旭区のご紹介

 旭区は横浜市内の中央西側に位置し、人口25万人(10万世帯)が居住する横浜中心部や京浜工業地帯に勤務する方々のベッドタウンとなる街です。旭区は第二次世界大戦終了後、相模鉄道の沿線で始まった宅地開発とそれに伴う人口の激増により昭和44年、保土ヶ谷区の一部を分区して誕生しました。旭区の地名は公募により、他の区名と紛らわしくなく、字画が少なく明瞭な区名ということで命名されました。また、旭区内には古くより神奈川県運転免許試験場、県立ガンセンタ−、県立公文書館などが所在し、県行政の一助を担っております。横浜市内で平均年齢の最も高い区でもあります。

 旭区の交通機関としましては大正15年、厚木〜二俣川間で開業した神中鉄道(現在の相模鉄道、二俣川〜横浜間の開通は昭和8年)と昭和51年に開通した相模鉄道いずみの線があり、両鉄道とも区民の足となっています。主要な道路は国道16号線(その一部は保土ヶ谷バイパス)と横浜市内環状2号が区民へ便を供しております。なお、道路の整備率はまだ充分では有りません。

 旭区の歴史は古く、7世紀に制定された武蔵国都筑郡の一部であり、鎌倉時代にはこの地で鶴ヶ峰の乱(1205年)が起こり、勇将の畠山重忠が討死しております。明治4年の廃藩置県により神奈川県都筑郡となり、明治22年の市町村制施行によりこの地は都岡町と二俣川町に統合されます。昭和14年には横浜市に編入され、保土ヶ谷区の一部となります。昭和21年には鶴ヶ峰に県営の住宅が建築され、その後40年代まで宅地の開発、団地の造成が進みます。そして人口の激増に伴い、昭和44年に保土ヶ谷区より分区して現在の旭区の形が出来上がりました。旭区は横浜中心部まで7Km、東京都心まで31Kmと通勤、通学には便利な街です。なお、旭区の公園面積は市内2位、病院一般病床数も市内2位で環境も良い街と言えるでしょう。

 

 旭区の見所としましては毎年6月22日に畠山重忠の慰霊祭を行う薬王寺、源義家と頼朝が尊崇したと言われる不動明王を本尊とする白根神社(白根不動とも通称される)、木造大日如来坐像(室町時代の作)を本尊とする長源寺があります。源氏ほたるが見られるこども自然公園、四季折々のお花が見られる追分市民の森、よこはま動物園ズーラシアも人気のスポットです。

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