都筑区のご紹介

 都筑区は横浜市内の北部に位置し、人口21万人(8万世帯)が居住する都市と農業が調和した街です。都筑区は奈良時代から昭和14年まで続いた都筑郡という歴史ある名称を引き継いだ区で、平成6年、緑区より分区して誕生しました。永らく続いた農業の街に近年、宅地が造成され、現在の都筑区があります。農業としては小松菜の生産量は日本一であり、江戸時代に作られた川和の菊が有名で、著名人からも賞賛されました。なお都筑区民の平均年齢は40.49歳(横浜市平均44.72歳)で、市内では最も平均年齢の若い区となっております。

 都筑区の交通機関としては横浜市営地下鉄のブルーラインとグリーンラインの2線が区民の足となっております。道路としては第三京浜(国道466号線)と国道246線があります。ちょっとした豆知識ですが、第三京浜の港北ICは都筑区内、都筑ICは港北区内に位置しています。

 都筑地区の歴史は古く、1万年前には人が居住していたと考えられ、その痕跡を花見山遺跡に見ることができます。6千年前には中央部まで海が入り込んでいました(折本貝塚、茅ヶ崎貝塚)。1世紀にはこの地で稲作が始まり、7世紀には武蔵国都筑郡が制定されたと考えられます。都筑郡の文字が初めて有史に出てきたのは万葉集20巻の「都筑郡の防人(さきもり)の歌(755年)」です。中世には北条家の所領となり、江戸期は幕府直括領で東海道の脇街道である中原街道が制定され、佐江戸宿などができます。廃藩置県後の神奈川県都筑郡は現在の旭区・緑区・青葉区・都筑区の全域と保土ヶ谷区・港北区・瀬谷区・川崎市麻生区の一部を含む地域でしたが、昭和14年に横浜市と川崎市に編入され都筑郡の名は消滅します。横浜市に編入された区域は港北区となり、昭和44年に緑区が分区され、更に平成6年に分区して現在の都筑区になりました。都筑区の名は歴史のある名前を残すと共に都を築くという願いを込めて、公募により命名されました。

 

 都筑区での見所としては大塚・歳勝土遺跡公園、東方天満宮、都筑中央公園、横浜市歴史博物館、横浜国際プール等がございます。

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