栄区のご紹介

 栄区は横浜市内の南部に位置し、南側を鎌倉市と接する人口12万人(5万世帯)が居住する住宅都市です。緑豊かな丘陵地を開発し、昭和61年に戸塚区の一部が分区されて誕生しました。栄区の区名は公募により“新しい区として未来に向けて大きく栄える”ことを祈念して命名されました。区内には東西にいたち川、西側を南北に柏尾川が流れ、それを中心とした農村地帯でありました。昭和40〜50年代に掛け、大規模な住宅地開発により住宅都市となり、現在は緑豊かな生活文化都市として発展を続けて居ります。

 栄区内の交通機関はJR根岸線が区民の足となり、道路は県道21号線(横浜鎌倉線・旧鎌倉街道)、県道23号線(原宿六浦線)が便を供しております。

 栄区の地域では約3万年前の頃から人が居住していたと考えられ、1万年前の縄文時代の公田遺跡からは縄文式土器の桂台式土器も出土しております。桂台式土器は東北地方を中心に出土していますが、最初に栄区公田町桂台より出土したことから名付けられました。飛鳥・平安時代には相模国鎌倉郡尺戸郷として豊な水田地帯でした。鎌倉時代に入り、鎌倉に幕府が建てられると、この地は幕府東方警備の重要な拠点となります。よって、栄区には鎌倉時代の史跡が多く残されております。栄区地域は永らく鎌倉街道沿いの農村が営まれておりました。明治22年、栄区地域は市町村制度制定により、神奈川県鎌倉郡本郷村、豊田村、長尾村となります。昭和13年には第一海軍燃料廠が設立され、昭和14年には横浜市と合併して戸塚区が誕生します。この燃料廠の地は昭和20〜42年までの永きに渡って米軍に接収され、地域開発の妨げとなりました。昭和45年には神奈川県警察学校が開校、昭和48年にはJR根岸線が開通し、本郷台駅が開業しました。この開業に前後して栄区内の丘陵地に公田団地、飯島団地、県営住宅、市営住宅等が数多く造成され、人口も急増して現在の栄区が出来上がります。尚、昭和14年の横浜市編入時の栄区地域の人口は7千人でした。

 

 栄区の見どころとしましては自然に親しむ場所として宿泊・バーベキューも可能な上郷・森の家があります。また、横浜自然観察の森、飯島市民の森、いたち川プロムナードと桜並木も自然に親しめる場所です。古跡としましては7世紀に建立されたとされる光明寺、1335年建立の玉泉寺、いぼとり地蔵尊、遺跡としましては七石山横穴墓群等がございます。

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