泉区のご紹介

 泉区は横浜市内の南西部に位置し、境川を挟んで大和市と藤沢市に接する人口15万人(6万世帯)が居住する緑豊かな農業と住宅の街です。昭和61年、戸塚区の一部が分区して誕生しました。泉区の地名はその中心となる和泉町を基に、公募により泉が湧き出る様に若い活力を生み出しながら発展する街を願い命名されました。また、泉区は市街化区域の割合が最小で耕地面積は最大の区であり、“ゆめはま2010プラン”ではやすらぎと潤いの溢れる田園文化都市と位置づけられ、開発が進められております。

 泉区内の交通機関は平成11年に延伸した相模鉄道いずみの線と横浜市営地下鉄ブルーラインが区民の足となっています。道路は県道22号横浜伊勢原線(通称長後街道)と横浜市内環状4号線が区民の方々に便を供しています。

 泉区では旧石器時代の遺跡も発掘されており、1万年前には人が居住し、平安時代後期には水田が営まれていたと考えられる古い歴史を持つ街です。平安時代には相模国鎌倉郡84ケ村の一部でした。鎌倉時代には鎌倉七切通しの西の道(上の道)が泉区内を通っておりました。明治の廃藩置県により神奈川県鎌倉郡となり、明治22年の町村合併により鎌倉郡中川村と中和田村に統合されます。昭和14年には横浜市に編入されて戸塚区の一部となりました。そして昭和61年、中川地区と中和田地区の岡津・新橋の両町が分区して泉区となりました。泉区は境川と和泉川が南北に、北側を阿久和川、東側を宇田川と4本の川が流れ、台地の辺縁には湧水が分布する、地下水脈に恵まれた土地です。古くは水田・野菜耕作の農業が、明治に入ってからは養蚕が盛んとなりました。昭和に入り、戸塚駅を中心として建てられた軍需・民間工場の社宅として、戦争末期には疎開地として、戦後は戸塚を中心とした宅地化により人口は増加を続け、現在に至ります。

 

 泉区の見所としましては名所古跡として日蓮宗別格本山の本興寺、下飯田村の村社だった飯田神社、1526年建立と言われる日枝神社、桜の美しいいずみ桜広場、自然が豊かな天王森泉公園、いずみ歌舞伎等がございます。

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