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火葬場

2014年2月25日

 今回は火葬場に付いて書かせて頂きました。

 火葬場とは ご遺体を火葬する為の施設を指します。現在では斎場とも言われます。古くは 天皇の御体を火葬する場所を 山作所、天皇家以外の火葬場は 三昧(さんまい) 三昧場 或いは 荼毘場 と呼んで居りました。又 近畿以西では 火屋や、三昧の呼称が定着し、関東以北では 焼き場や、竈場(かまば)の呼び名が定着した時代も有りました。

 日本国内に於ける火葬場の歴史は弥生時代後期から有すると想像されますが、確認出来る物は 日本書記に記載されている 700年以降であり 仏教の要請から発生して居ります。当時は 常設の火葬場は設けられて居らず、貴人の火葬に当っては 火床を設け その周りを幕や板塀で囲んだ 仮設の場所で行われました。その後 庶民の間でも 火葬を行う者が現れ 人里離れた野原に木薪を組み上げ その上にご遺体を乗せて焚焼しました。これを 野焼きと言います。野焼きは 特定の地域に於いて 昭和後期まで行われて居りました。

 鎌倉、室町時代に入ると 墓地の傍らなどに 棺桶より一回り大きい場所に石等で火床を設けた 常設の火葬場所だ出来始めます。これらは 火屋、火家、三昧、荼毘場などとよばれ、京都、大阪、江戸の都市に広がって行きました。そして 火葬の際に出る 臭気や灰等の弊害から 郊外に統合化され 大規模火葬場が出来て行きます。その典型的な例が 小塚原刑場近くに作られた 現在の東京博善町屋斎場です。江戸時代中期には 硬質良土を敷き込んで整地した上に 火床を設け 屋根かけもされる様に成りましたが、まだ火葬炉と呼べる状態ではありませんでした。

 明治時代に入り 製鉄用反射炉やレンガ焼成炉の技術を応用した トンネル状炉室と煙突を備えた 火葬炉が築造される様になり、火葬率の高かった 近畿、北陸、中国地方の 個人所有や 集落所有の簡易な火葬場にも普及して行きます。この火葬炉は 少ない燃料(木薪や木炭)で、ご遺体の燃え残りも少なく、使用も簡単で、煙突効果により臭気・煤煙も低減出来る事と成りました。そして 昭和初期には 重油焚きの火葬炉が開発されます。現在では 更に進んで ほとんどの火葬場では 電気式の火葬炉使用と 排煙処理により、臭気・媒炎などを気にする必要は無くなりました。

   今回は以上です。