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告別式

 今回は告別式に付いて書かせて頂きました。

 告別式とは 宗教的儀式を伴わない 故人様とのお別れの儀式が 本来の目的です。現在では仏式の葬儀に於いて、家族・親族によるお見送りを葬儀、知人・友人によるお見送りを告別式と定義して、葬儀・告別式は何時よりと 表現する事が一般的と成りました。日本で最初の告別式は 明治34年の中江兆民の葬儀と言われて居ります。

 明治時代に於ける葬儀は 葬列を中心とする儀式が主流でしたが、都市部においては 大型葬列に対して ”私事の為に交通を妨げて良いのか” との批判や 明治17年に制定された ”墓地及び埋葬取扱い規則” により 火葬場や墓地の所在地が限定され 葬列を組む事が 徐々に難しくなって行きます。又 明治後半に導入された路面電車の発達が葬列廃止を加速させます。大正時代に入ると 葬儀の中心は告別式へと 変化して行きます、又 ご遺体の移送は 葬列から霊柩車の使用へと変わって行きました。

 中江兆民の葬儀は 明治34年12月17日に 青山墓地式場で執り行われました。中江は無宗教であった為、無宗教式の告別式により見送られました。柩が式場正面に安置された後、葬儀係による挨拶が行われ、板垣退助による弔辞拝読、大石正巳の演説、門下生総代 永訣弔詞、弔歌・弔詞の拝読と続いた後、嗣子・親族 及び会葬者が柩前で告別をなしました。最後に 嗣子(十三才)と親戚代表が会葬者に挨拶をして終了しました。

仏式の葬儀と比較すると 僧侶の読経に代えて 弔辞・演説・弔歌・弔詞などの献読が行われ、焼香の代りに 棺前告別が行われた考えられます。この告別式以降 かなりの数の告別式が行われる様に成りましたが 主として大学関係者や法曹関係者が中心で 一般大衆に広まるのは昭和に入ってからとなります。

   今回は以上です。