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一家一寺

2014年2月17日

 今回は一家一寺について書かせて頂きました。

 昭和の時代には 一家一寺 即ち檀家制度が一般的でした。この一家一寺制は17世紀後半の江戸時代に制度化された”寺請制度”と共に確立されました。江戸時代 農民の自立化が促進され、そこで家という考え方出来、祖先崇拝も強まり、家の菩提寺として その寺の経済基盤を支えると共に、葬祭や仏事を寺院に委託して行く事と成ります。

 室町・安土桃山の時代には 村は大百姓により支配され、村の寺院や道場は大百姓の菩提寺としての性格が強く有りました。それが 江戸時代に入ると 徐々に大百姓が没落して行き、村は平均的な本百姓により構成される様に成ります、そして 地域共同体としての村を 精神的な結びつきにより強化する為 村惣堂や惣道場と呼ばれる寺院が出来始めます。

 江戸時代初期には それ程 一家という概念は確立されて居らず、同時に妻と夫が別々の寺院に属する等、一家の構成員全員が一つの寺院に所属する檀家制度はまだ確立されて居りませんでした。それが 17世紀後半に幕府より公布された寺請制度により一家一寺が強力に推進されました。同時に家系の考え方も庶民に間に広がる事と成ります。

 檀家制度が確立されると、それまで庶民が石碑を備えた墓を持つことは有りませんでした、家族が亡くなると 共同墓地に埋葬したり、山間に置いて来たりしていましたが、家の確立と共に 家の墓地を持ち、家の墓石を建てる様に成り、先祖崇拝も庶民の間に根付いてゆきました。

 現代のお墓は 農民(庶民)の自立を前提とした、家の確立により、家の象徴 或いは根拠として建てられ始めたと考えられます。又 お墓は 抽象的な祖先崇拝ではなく、家の先祖という具体的な対象を崇拝する形を取る事とも成りました。

   今回は以上です。