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明治時代の葬儀

2019年3月22日

 今回は明治時代の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 現代の葬儀様式のルーツは明治時代にあると言われます。江戸時代に 葬儀は 士農工商の身分制度を基に、身分ごとに葬儀基準が示され、葬儀の簡素化が奨励されて居りましたが、明治時代に入ると 身分制度が取り払われ、大都市を中心に 大きく変化して行きます。大掛りな日中の葬列、白木の輿と寝棺の増加、葬列を飾る葬具の出現、大掛りな粗供養等です。

 江戸時代までは ご遺体の移送は夜間にひっそりと葬列を組むのが習慣でしたが、明治に入ると 台頭してきた商人層を中心に 家を誇示する為の大きな葬列を、日中に組む様に成ります。なかには その役割を終えた 大名行列の奴を動員した葬列なども出現しました。

 葬列の大規模化と共に 従来 使用されていた座棺は寝棺へと変化し、寝棺を運ぶ為の白木の輿が出来、多くの人で運ぶ様に成ります。そして 白木の輿には色々な装飾がされました。現代の宮型霊柩車は この装飾された白木の輿を原型として居ります。ただし 庶民の間では 長い間 座棺が使用され、それを 駕籠や 装飾した人力車などで運ぶかたちが第二次世界大戦終了まで続きます。

 大きな 葬列を飾る為の 野道具(葬具)もきらびやかな形に成りました。金連、銀蓮、生花や造花を挿した花車、放鳥する為の鳩を運ぶ放鳥籠、位牌を運ぶ位牌輿、輿も 寝棺用、座棺用、遺骨用などが作られました。近代的な葬具の始まりと言えます。

 そして 粗供養が大型化します。葬儀に 地域の人々に食事を振舞うという習慣は江戸時代でも行われて居りました。又 葬列の出発に当たり 花籠に菓子や小銭を入れて、これを振って 近隣の人々へ振舞うと言う様な事が 粗供養の起源と考えられますが、明治に入り大型化しました。

 明治18年に行われた 三菱の創設者 岩崎弥太郎氏の葬儀は 神葬祭で行われ、会葬者3万人、用意した料理は和洋食合わせて6万人分、葬儀に雇った人員は7万人と言われて居ります。

    今回は以上です。