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弥生時代の墓

2016年1月13日

 今回は弥生時代(紀元前3.5世紀-紀元3.5世紀)の墓に付いて書かせて頂きました。

 縄文時代から弥生時代へと移ると 墓地や埋葬の形態も変化して行きました。縄文時代にはご遺体を住居の側に埋葬する事が一般的でしたが、弥生時代になると集落が営む共同墓地が一般的となり、更に時間と共に墓の形態が大きくなり、そして 社会階層が生まれるに伴い 階層による墓の差異も生まれ始めます。又 縄文期の地面に穴を掘りご遺体を埋葬する形(土壙墓 どこうぼ)から、弥生期には ご遺体を甕、石、木製などの棺に納めて埋葬する形へと変化しました。

 弥生時代の墓地の形態としては 大きく分けて三段階に分けられ、集団墓・共同墓地であった第一段階、集団墓の中に不均等が出て来る第二段階、そして 集団の中の特定の人物や 特定のグループの墓地が区画化される第三段階と考えられます。また この時代には 数個の支石の上に長方形の天井石を乗せた 支石墓(しせきぼ)が現れます。現存する最古の支石墓は 佐賀県唐津市東宇木にある 葉山尻支石墓で、天井石には長さ2メートル程の巨石が乗せられて居ります。

 弥生時代の棺としては 甕棺(かめかん)が主流となって居ります。甕棺は縄文時代にも使われて居りましたが、それは主として乳幼児用の非常に小さいものだけで、成人用の大きな甕棺が出現するのは弥生期に入ってからになります。甕棺に納められたご遺体は 膝をおった形の屈葬の形で収められ、社会階層の高いと思われる棺には副葬品も収められ、甕の口は密封されました。密封する事により 死者の霊魂を閉じ込めたと言う説も有ります。

 弥生時代の棺としては 木棺や石棺も存在しました。木棺は弥生前期に出現したと考えられて居りますが、現存するものが無く、その実態は明らかでは有りません。石棺は板石を箱状に組み合わせた棺で 木棺と同じく弥生前期に出現しましたが、甕棺が作られ始めると その利便性から、利用される事は少なくなりました。

 弥生時代に入ると 遺体埋葬地に土で塚を築く 墳丘墓が出始めます。当初は比較的小規模なものでしたが、弥生後期に入ると墳丘の規模が一気に大きくなり、その後の古墳時代へとつながって行きます。

   今回は以上です。