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仏教葬と火葬

2016年1月19日

 今回は仏教の葬儀と火葬に付いて書かせて頂きました。

 仏教の葬儀に於いては ご遺体の処理は火葬を前提として居ります。それは 釈尊のご遺体は火葬された故事にもとずきます。日本の考古学上では 5世紀頃の遺跡から焼骨が発見されている事から、日本国内では 仏教伝来以前にも火葬が行われていたと推定されますが、人工的にご遺体を焼却する葬法である火葬が日本人に受入られたのは仏教の伝来が大きかったと考えられます。記録に現れる最初の火葬は700年に僧道昭に対して行われたものです。又 天皇家に於ける最初の火葬は持統天皇の葬儀で行われました。以後 天皇家に於ける葬儀は仏教葬を前提として居りました。天皇家の葬儀が神式となるのは明治天皇以降です。

 7世紀後半に行われた 聖徳太子の葬儀には仏僧が係わったと記録されて居りますが、あくまでも部分的なものであったと考えられます。天皇家の葬儀に仏教が深く係わったのは持統天皇の葬儀が最初であろうと推定されます。持統天皇は703年12月22日に崩御され、その玉体はご火葬がされました。天皇はご遺詔(いしょう、遺言)をのこされ、葬儀は倹約をこととし、素服(そふく)と挙哀(きょあい)を禁止しました。素服とは 質素な白服で 喪服として裁縫し、喪の期間に着用しました。挙哀は ああ悲しいかな と唱えて礼拝することをさします。いずれも 仏教葬が始まる以前の葬儀の基本となるものでした。これらを止める事により葬儀が大袈裟になる事を戒めました。25日には四大寺で法会が行われ、29日 飛鳥宮 西殿に殯(もがり)、2月17日(七七日、四十九日) 四大寺を含む三十三の寺院で法会、12月17日 飛鳥岡でご火葬、同月26日に 大内陵にご遺骨が納められました。

 以後 天皇、貴族階級に於いては仏教葬、火葬が定着してゆきます。

   今回は以上です。