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平安時代の葬儀

2014年2月5日

 今回は平安時代中期の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 平安時代に入ると それまで度々出されていた 薄葬令が定着しはじめ 従来の山陵を造成して葬る厚葬から、葬儀を地味に行う薄葬へと変化しました。又 この時代に天台宗と真言宗が誕生し、大きな影響を与えます。現代の日本の葬儀の原型はこの時代に作られたと言っても過言では有りません。

 平安時代中期に崩御された一条天皇(1011年6月22日)の葬儀の次第は 新谷尚紀著”日本人の葬儀”によれば;

6月22日一条天皇は危篤状態の中で時々念仏を唱えていたが、正午頃に崩御。

25日に 陰陽師を召して、葬儀の日時、入棺の日時、墓所の方向などを占なわせる。同日 御体を沐浴の上、深夜に御納棺。御納棺の作業には 天台宗権僧正慶円(後に大僧正、天台座主)を中心に 数名の僧侶と、公卿数名が奉仕し、皇后や宮たちが棺に形代(人の霊を宿す為の人形等)を入れました。

7月8日葬送。素服を裁縫して人々は着用、慶円権僧正が呪願(じゅがん)を行い、院源僧都が導師を務めます。出棺には 御輿の前を2名が松明を持って先導、築垣を壊して道路に出て 御竈所(みかまどどころ、火葬場)に向かいました。葬列には 松明を持った近習が10名、香炉を首にかけて従う役、黄幡(きはた)を持つ役などが従いました。そして御竈所では呪願の後に 僧侶も立会いの下に荼毘を行いました。

7月9日終夜を通して行われた荼毘は早朝に終了し、御骨を皆で拾い白壺に御納めし、慶円権僧正により光明真言が念誦された上で、お骨壺を円成寺にお運びして安置しました。その後 人々は御骸骨所(みがいこつどころ)に祗候(側について奉仕)し、又 阿弥陀護摩も行われました。

7月20日 円成寺内に三昧堂が完成し、御骨を奉納しました。

8月2日 七七日の法要、8月11日 七七の正日の法要、9月12日 初めての月例法要が行われました。

翌年5月27日 円教寺で一周忌の繰り上げ法要が行われ、6月22日に一周忌の正日法要が行われて、葬送儀礼の全てが終了しました。  

   今回は以上です。