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民間仏教と葬儀

2016年2月6日

 今回は平安時代に於ける仏教の民間への広がりと葬儀に付いて書かせて頂きました。

 本来 仏教の僧侶になる為には 教団の承認を得て、得度と呼ばれる出家の儀式を受ければ、誰でも僧侶となれるのが基本ですが、奈良時代には僧侶の人数を制限する為、得度は国家の許可制となって居りました(官度)。国の許可を得ずに出家することは 私度として禁じられて居り、民間への布教も大きく制限されて居りました。しかし 行基や空也などの 私度僧が多く現れ、民間仏教が盛んになって行くと、その宗教指導者は 菩薩 あるいは 聖(ひじり)と呼ばれて民衆から慕われる様になります。こうした 民間仏教の広まりは 仏教の民衆化を押し進めると共に、民衆の葬儀の仏教化を進めることにもなりました。

 仏教の僧侶になる為には 教団の10名の先達の承認を受けて、戒律を護る事を誓えば誰でもなれるものでしたが、中国や日本では 労働、納税、兵役が免除されていた為、僧侶になる者が続出し、国の存立を犯しかねない事態を憂慮して、年度や地域ごとに僧侶の人数を制限する為 得度を国の許可制としました。

 奈良時代に 民間仏教の先達として頂点に立つのが 行基(668年-749年)です。行基は 河内国大鳥郡(大阪府堺市)に生まれ、法相宗の僧侶となり、朝廷が禁じた民衆への仏教布教の禁を破り 民衆や豪族など階層を問わずに仏法の教えを説き、朝廷からの弾圧を受けながらも 逆境を跳ね返し 多くの社会活動を成し遂げて 民衆の圧倒的支持を受けました。その後には 朝廷も認めて 日本で最初の大僧正となります。続日本紀 には 行基集団が ”死魂を妖祇す” と記されて居り、死者の弔いに従事していた事を窺わせます。又 行基の弟子集団である志阿弥(行基の法弟、架空の人物)は 火葬を行い、墓地を開創したと言われ、後に 葬送の俗聖である三昧聖として諸国に伝承したと伝えられます。

   今回は以上です。