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恵心僧都源信

2016年2月11日

 今回は恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)に付いて書かせて頂きました。

 平安時代中期の天台宗の僧 源信は 恵心僧都と尊称され、二十五三昧会立ち上げの中心人物になると共に、往生要集を著わして、浄土教の基礎を創り上げました。往生要集には 地獄・極楽の観念や、厭離穢土(おんりえど)・欣求浄土(ごんぐじょうど)の精神が示され、貴族・庶民に広く普及し、後の法然上人や親鸞聖人だけではなく、後の文学思想などのも大きな影響を与えました。又 本書は 中国の天台山国清寺に伝えられ、唐末五代の混乱によって散逸した教法を 中国の地で復活させる機縁ともなりました。

 恵心僧都源信(942年-1017年)は 大和国(奈良県)北葛城郡当麻に生まれ、950年9歳で 比叡山天台宗の慈恵大師良源に入門し、955年14歳で得度します。15歳で村上天皇により法華八講の講師の一人に選ばれます。その後 名利の道を捨てて、比叡山延暦寺横川兜率谷の恵心院に隠棲して、念仏三昧の求道の道に入ります。985年3月 往生要集を脱稿します。そして 1017年 76歳で示寂、臨終の際には 阿弥陀如来像の右手に結び付けた糸を手にして、合掌しながら入滅したとされます。

 往生要集は 浄土教の観点から、多くの仏教の経典や論書などから、極楽往生に関する重要な文章を集めた仏教書で、一部三巻からなります。死後に極楽往生するには 一心に仏を想い念仏をあげる以外に方法はない と説かれます。その内容は;

-巻上

  -大文第一 厭離穢土 地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・・人間・天人の六道を説く。

  -大文第二 欣求浄土 極楽浄土に生まれる十楽を説く。

  -大文第三 極楽証拠 極楽往生の証拠を書く。

  -大文第四 正修念仏 浄土往生の道を明らかにする。

-巻中

  -大文第五 助念方法 念仏修行の方法論。

  -大文第六 別時念仏 臨終の念仏を説く。

-巻下

  -大文第七 念仏利益 念仏を唱えることによる功徳。

  -大文第八 念仏証拠 念仏を唱えることによる善業。

  -大文第九 往生諸行 念仏の包容性。

  -大文第十 問答料簡 何よりも勝れているにが念仏であると説く。

念仏による浄土信仰に関する百科全書とも言えます。

 平安時代には 浄土教は 地方へ、庶民へと入って行き、庶民の葬祭は浄土宗の手により行われる様になって行きます。

   今回は以上です。