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江戸時代の葬儀

2016年3月4日

 今回は江戸時代の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 江戸時代の葬儀の大きな特徴は 17世紀後半に制定された寺請制度に有ります。寺請制度は キリシタン禁制を目的とすると共に、庶民の戸籍事務を寺院に取り扱わせた制度で、全ての人が何れかの寺院に登録しなければならず、寺壇制度の確立に寄与する事となりました。死者が出た場合、旦那寺の僧侶は 檀家であった者の死相を見届け、引導を渡し、然るべき役所に届け出なければ成りませんでした。従いまして 全ての日本人は仏式で葬儀を行うこととなります。

 江戸時代 人が亡くなりましたら ご遺体をむしろの上に移し、逆さ屏風を立て、枕元に小机を置き、樒(しきみ)と香を供えて、旦那寺に死亡の知らせ告げます。死の知らせを受けた寺院は検僧を派遣して死者が変死でない事を確認した上で葬儀の手配りを行いました。変死の疑いがある場合は その筋の証書が無ければ葬儀を行う事が出来ませんでした。故人様の死が確認された後に枕経があげられ、ご遺体を沐浴・剃髪させ、白衣を着せて納棺しました。棺は 裕福な家では寝棺が使用されましたが、一般的には早桶と呼ばれる桶が使用されました。棺の中には 故人様の衣服・調度・六文銭などが納められました。葬儀は 故人様が亡くなって後 一昼夜が過ぎてから行われ、出棺に当っては 門火を燃やし葬列を見送りました。

 江戸時代 葬列の規模は 武家の場合、格式身分により定められて居りましたが、通常の行列よりも一壇上位の列を組む事が出来ました。従い 通常は 徒・率馬・対箱・先道具などを用いる事が出来ない身分でも、葬儀の場合に限り、徒をたて、馬をひかせ、対箱を持たせ、棺前に槍を立たせる事も出来ました。但し 高張提灯は 武士のみ使用が許され、庶民が使用する事は許されませんでした。

 武家の葬列では 喪主・会葬者の侍は麻の裃(かみしも)を着用し、棺かき・中間・小者などの者は 白丁(白布で作られた法披のようなもの)を着用し、槍・刀の鞘・率馬・長柄傘などには白い布をかけて寺院に向かいました。武家の婦人の葬列では 柩の脇に白小袖に白い布を被った婦人が付添いました。

 町人・百姓の葬列では 位牌・香炉持ちと 喪主・会葬者は羽織袴を着用し一刀を帯びました。喪主は編笠をかぶり、喪主・会葬者で刀を帯びる者は 刀の柄を白紙で包み、これを紙縒りで結んで留めました。

 寺院での葬礼が終りますと ご遺体は埋葬されました。この時代 浄土真宗では火葬を推奨して居りましたが、それ以外の宗派では土葬が一般的でした。当時 江戸には 北の小塚原、南の鈴が森、東の中川の 三カ所に 火葬場が在りました。

   今回は以上です。