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近世の火葬

2016年3月15日

 今回は前回に引き続き近世の火葬に付いて書かせて頂きました。

 明治時代に入ると 火葬は仏教の葬法であり 廃止すべきであるとの意見や、市街地に隣接する火葬場での臭気や煤煙の問題などにより、明治6年 火葬禁止令が発令されて土葬用墓地が準備されます。しかしながら その土葬用墓地は十分に用意する事が出来ず、都市部ではまもなく墓地用地が枯渇し始めます。並行して 火葬の利点を説いた”火葬便益論”や仏教徒からの建白書も相次ぎ、明治8年には禁止令は廃止されます。その後は 火葬率は急速に高まり、現代では 特別な例を除いてほぼ100%の火葬率となって居ります。

 明治8年 政府は火葬禁止令を徹回すると共に、火葬場の設立許可条件を定めました。これによると、場所は市街地から離れる事、煤煙が人の健康を害さない様 煙突を高くする事、火葬場と墓地は分離する事等が示されて居ります。これを受けて、京都市は 市街地にある寺院墓地での土葬を禁止します。又 東京市でも 明治24年には市街地での土葬が禁止されました。

 当時の火葬場の運営規則によれば 火葬は夜の8時から10時まで、拾骨は翌日の午前8時から午後3時までと定められて居りました。現在の様に昼間に火葬をして同日拾骨となるのは 昭和2年に東京の町屋火葬場が重油の火葬炉を導入して以降の事と成ります。

 火葬が大きく推進されたのは 明治30年の伝染病予防法制定以降です。同法では法定伝染病の患者のご遺体は原則火葬と定められました。以後 埋葬が容易で大きく土地を必要としない事からも火葬率は高まり、昭和15年には火葬率が55.7%と過半数をこえる様に成ります。

 日本に於いて 中世の火葬場は常設の設備では無く、毎回 設備を設営する事から始めなければならず、火葬場での荼毘は貴族や上級武士階級だけが行える、高額な葬法でした。庶民は通常 土葬でしたが、火葬の場合は野焼きにて行われました。江戸時代に入ると 寺院内に炉が設けられて火葬設備が常設される様になりますが、薪を使用した火葬の為 火力が弱く、ご火葬時間もそれなりに掛りました。又 火葬炉は露出しており、火葬時の煙や臭いは 周囲住民を苦しませたことと考えられます。明治時代に入り 公衆衛生の理由から 火葬場は厳しく管理される様になり、施設の近代化が進めます。日本で最初に造られた、火葬炉を建物の中に納めた近代的火葬場は 浄土真宗の東・西本願寺により建設された”両本願寺火葬場(明治11年、現在の京都市中央斎場)です。

   今回は以上です。