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戦後の葬儀

2016年4月10日

 今回は第二次世界大戦終了後の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 昭和20年8月15日 第二次世界大戦は日本の降伏により終結します。その後の日本国内は 物資の不足とインフレにより社会生活は混乱の時期に入ります。葬儀を行う事も困難な時期が続きますが、昭和25年に始まった朝鮮戦争の特需により、日本の経済と社会は回復期に入ります。経済の回復と共に葬儀に対する関心も 以前の状態に戻り、各種の祭壇や葬具が整備され、各種の葬儀様式が生まれ、宮型霊柩車が全国的に普及し、そして ご火葬の普及率が急速に高まりました。

 葬儀に於ける戦後の大きな変化は 祭壇、棺、葬具などの標準化があります。多くの葬具が開発されると共に、その製品は全国的な標準化が図られてゆきます。それまでは各地域で その地域特有の葬具が利用されて居りましたが次第に姿を消してゆきました。それまでは大都市だけで使用されていた 複数壇飾りの祭壇も全国に普及して行き、祭壇を飾る道具も多数 開発されて葬儀=祭壇の図式が出来上がります。

 大正から戦前にかけて 大都市で使用されていた霊柩車が、戦後には全国に普及して行きます。霊柩車の普及とともに、各地で行われていた葬列は姿を消して行きます。更に その後の高度経済成長の波に乗り、宮型霊柩車がご遺体移送の手段として一般化して行きます。

 又 戦後に大きく変化した事柄としては 火葬率の変化があります。戦前の昭和15年に初めて50%(55.7%)を超えた火葬率は 戦後 各地方自治体による 火葬設備の新設、統廃合、改善・整備が進められ、急速に向上して行きました。昭和35年には63.1%、昭和40年 71.8%、昭和45年 79.2%、昭和50年 86.5%と火葬率は増え続け、現在では 特別な場合を除いてほぼ100%のご遺体が火葬される様になって居ります。

   今回は以上です。