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葬儀横浜 日本の葬儀の始まり

2018年9月2日

 今回は葬儀横浜 日本の葬儀の始まりに付いて書かせて頂きました。

 日本に於ける葬送儀礼の始まりがどの時代からは それほど明確では有りませんが、日本最古の歴史書である古事記(712年編纂)の中に 葬儀として殯(もがり)と呼ばれる儀礼が営まれる事が記されて居り、飛鳥時代には 人の死と共に葬送儀礼が営まれていたものと考えられます。この 殯は 現代の通夜式につながる儀礼でもあります。又 同時代には 葬列を組む事も行われて居りました。

 古事記の中の記述として 天若日子(あめのわかひこ 日本神話の中の神)の葬儀の様子が記されて居ります;

乃ち其処にに喪屋(もや)を作りて、河雁(かわかり)を岐佐理持(きさりもち)と為、鷺(さぎ)を掃持(ほおきもち)と為、翠鳥(=かわせみ)を御食人と為、雀を確女と為、雉を哭女と為、如此行い定めて、日八日夜八夜を遊びき。

喪屋とは 死者が出た場合にご遺体を安置する為に作られる小屋のようなものです。岐佐理持は 食べ物を運ぶ役、掃持は 喪屋を掃除する役、御食人は神に供える食物を用意する役、確女はお米をつく役、哭女は悲嘆を表わして泣く役、遊ぶは 歌舞を指し 死者の霊を慰める為に歌ったり 踊ったりする事を指します。この事から 人が亡くなっても すぐには埋葬せず、周囲の人々に必要な役割を与え、一定期間をかけて死者の鎮魂をすると共に、死の確認をしていたと推定されます。この儀礼を 殯(もがり)と言い、死者に食事を供し、死を嘆き悲しみ、歌い踊って死者の霊を慰める儀礼が行われていました。

 又 奈良時代の初期の713年に編纂された 常陸国(茨城県の大部分)地誌である 常陸国風土記には 黒坂命(くろさかのみこと)の葬儀に付いての記述が有り、葬列が組まれた記録として読むことが出来ます。この時代には既に葬列を組む事が行われて居り、その後 現代に至るまで、各時代 各所で葬送儀礼の一部として葬列が組まれました。葬列は日本だけでは無く、世界各地の葬儀で現代でも見る事が出来ます。

   今回は以上です。