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葬儀横浜 葬儀の歴史・天皇家の仏式葬儀

2018年9月12日

 今回は葬儀横浜 葬儀の歴史・天皇家の仏式葬儀に付いて書かせて頂きました。

 紀元前450年頃 ネパール(当時はインド)のルンピ二で生まれた仏教は 6世紀に朝鮮半島から日本(当時は倭国)に伝えられますが、仏教と共に大陸の最新文化も伝えられました。この仏教の教えと大陸の最新文化は当時の権力者である大和朝廷の政策遂行に大きな影響を与え、天皇家も仏教に帰依する事と成ります。天皇の葬儀も仏式で営まれ、火葬も行われる様に成ります。

 飛鳥時代末に崩御された持統天皇の葬儀(大喪の礼、たいそうのれい)には 仏教が深く関係して居り、その御体は火葬に付されました。持統天皇は崩御される前に違勅(いちょく)を残し、”葬儀は倹約をこととし、素服と挙哀(きょあい)を止めるべし”としされました。素服とは 質素な白服をいい、喪服としてこれを着用して喪に服します。挙哀とは ”ああ 悲しいかな”と呼称して礼拝することです。素服も挙哀も 仏教伝来以前の葬儀を営む際の基本をなすもので、これらは葬儀を大袈裟にする象徴と考え禁止しました。

 持統天皇は 703年12月22日に崩御され、25日に四大寺(朝廷の祈願所 大官大寺、河原寺、飛鳥寺、薬師寺)にて設斎。設斎とは読経したり礼拝することで、法会を営んだと理解されます。29日 西殿にて殯(もがり)、1月5日 大安寺以下四ヶ寺にて設斎、2月17日 四大寺他四天王寺など33ヶ寺で設斎(この日は 七七日、四十九日)、4月2日 御在所に百日の斎を設ける、とされました。この事から 初七日、中陰(四十九日)、百ヶ日の法要が営まれた事がわかります。そして 12月17日 誅(しのびごと) 諡(おくりな) 飛鳥岡にて火葬。誅は故人の徳を讃える事、諡は崩御後に称号を贈ることです。最後に 崩御後1年を経て、12月26日 大内陵にご遺骨が葬られました。

   今回は以上です。