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葬儀横浜 葬儀の歴史・民衆の葬祭

2018年10月5日

 今回は葬儀横浜 葬儀の歴史・民衆の葬祭に付いて書かせて頂きました。

 鎌倉・室町時代 仏式による葬儀は貴族階級から武士階級へと広がり、更には 惣村と呼ばれる農民の村社会が形成されると、惣村の中に設けられた寺院や道場による仏教の布教活動が活発となり、信者の拡大は庶民へとも広がり、庶民も葬祭を営む様になり、それは仏式で営なまれました。多くの 仏教宗派は 葬祭の施行を中心に置いて布教活動を行つても居り、特に 浄土真宗は 火葬を推奨した事から 火葬が普及し始めました。そして 室町時代末期 応仁の乱以降には 農民が寺院の支え手に加わる形も出来始め、檀家制度がつくられ始めます。

 室町時代以降 貴族や武士の間では ご遺体を火葬に付す習慣が進みます。この習慣は 仏教が庶民の間に普及すると共に、庶民階級にも広がりました。しかしながら 時代も進んだ明治時代中期の火葬率が30%前後である事から見ると、庶民の多くのご遺体は 土葬されて居りました。仏教の教えでは火葬を原則として居り、特に浄土真宗は火葬を推奨しましたが、火葬場の数は少なく、ご火葬する為の費用(人手と薪)が高額でもある事から、普及率が高まる事はありませんでした。

 日本に於ける 寺院と信徒の関係は 壇那寺(旦那寺)ー檀家の関係で結ばれています。檀家とは 檀越(だんおつ)の家と言う意味で、檀越とは古代インド語である梵語のダーナパティの音写で、寺や僧侶を援助する庇護者を意味します。日本に於いて 中世までは寺院は天皇家を中心とする貴族と武士により支えられて来ましたが、室町時代末期 応仁の乱以後 戦乱の世を中心に惣村が形成されると、庶民(農民)も寺院の支え手に加わり始めます。庶民は 葬祭や仏事を寺院に委託する代わりに、寺院の維持費を負担する様になり、自然発生的に寺檀関係が出来始め、江戸時代の檀家制度へと発展して行きました。

   今回は以上です。