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葬儀横浜 葬儀の歴史・神葬祭墓地

2018年10月13日

 今回は葬儀横浜 葬儀の歴史・神葬祭墓地に付いて書かせて頂きました。

 1868年 討幕を実現した明治政府の下 神道は国教と定められ、従来の寺請制度を廃止し、神仏習合の習慣を禁止しました。神道と仏教、神と仏、神社と寺院、とお分離 区別する一連の神仏分離令を発令しました。以降 神葬祭の施行が許可され、神葬祭を営んだ故人の為の 神葬祭墓地も開設されました。しかしながら 神葬祭は必ずしも庶民の間で一般化はして行きませんでした。永い年月を経て民衆の間に定着した檀家制度は大きく変化する事無く現在に至っております。

 明治5年(1872年) 明治政府は自葬禁止の布告を行います。自葬とは 僧侶・神官に頼らず、自らで葬儀を営む形態をいいますが、この布告により ”葬儀を営むに当たっては 神職・僧侶に依頼すべし” との事から、神職は自由に氏子の葬儀を司どる事が出来る様に成りました。しかし 寺院の墓地は有りましたが、神葬祭の墓地が存在しないと言う事で、同年に神葬祭墓地として東京市営墓地が開設されました。青山墓地、谷中墓地、染井墓地がそれに当ります(現在は神葬祭に限定して居りません)。

余談ですが 桜の品種の一つである 染井吉野 は明治初期に染井村(染井墓地の所在村)で交配によ開発された品種です。

尚 明治6年には キリシタン禁制の高札も撤去され、明治8年には、安寧秩序を妨げない 事を前提に 信教の自由が布告されます。これにより キリスト教も公認されるところとなります。

 神道に於きましては 本来 神社は祈りを営む神聖な場であり、人間の死は穢れである事から、神葬祭を神社内では営めません。明治政府は 神道を国教とし、神葬祭の営みを支援しますが、それほど大きな広がりは見せませんでした。それは 檀家制度は 法的根拠は失いましたが、明治政府の家制度を強化する施策の中で強い基盤を維持し続け、地域の民俗と同化した仏教葬は民衆の支持を受け続けました。

   今回は以上です。