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葬儀横浜 葬儀の歴史・火葬場

2018年10月15日

今回は葬儀横浜 葬儀の歴史・火葬場に付いて書かせて頂きました。

 火葬場とは ご遺体を火葬する為の施設を言います。現代では斎場と称されるケースが多くなりました。本来 斎場とは 葬送儀礼を営む為の施設全般を指す呼称ですが、横浜市営の火葬場も全て斎場の名称で運営されて居ります。日本に於ける火葬場の歴史は古く、古代の時代から火葬は行われて居りました。古代から近世に至るまで火葬は 野天に火床を造り、木薪を組み上げて、その上にご遺体を載せて梵焼(ぼんしょう)して居り、野焼きが一般的で、常設の火葬場が出来るのは江戸時代となってからです。江戸時代には 屋根付きの火葬場も見られる様になります。そして 明治11年には 建物内に火葬炉を設けた火葬場が、浄土真宗大本山である東・西本願寺により京都市内に建設されました。

 日本に於いて 火葬が増えて来たと言われますが、古代、中世は貴族階級、地方豪族のみであり、その後 江戸時代でも 人工密度が高く墓地となる土地が逼迫した一部地域(大都市)と、火葬を奨励する仏教宗派(浄土真宗他)の門徒、信者が多い地域に限られて居りました。

 明治6年 明治政府は火葬禁止令を布告します。これは火葬が仏教的であるとの理由によるものと考えられます。この火葬禁止令に対して 東京市内の常設火葬場を持つ寺院は連名で 火葬の有用性を説いた訴え(火葬便益論)を起しました。そこでは 土葬にはそれなりの土地が必要となり市内が墓地だらけになってしまう事、それに比べ 火葬された焼骨は大きな土地を必要としない事、事情に応じて焼骨は故郷の墓地に送る事も出来る事、これらの事から火葬は都市生活に有用な手段である事、などが強調されて居りました。尚 この訴えには 政府の意向を忖度して仏教の文字を避けて書かれて居りました。

   今回は以上です。