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葬儀横浜 葬儀の歴史・近世の火葬場

2018年10月17日

 今回は葬儀横浜 葬儀の歴史・近世の火葬場に付いて書かせて頂きました。

 火葬場とは ご遺体を火葬する為の施設を言いますが、現代では火葬場とは呼ばずに 斎場と称されるケースが多くなりました。本来 斎場とは 葬送儀礼を営む為の施設全般を指す呼称ですが、横浜市営の火葬場も全て斎場の名称で運営されて居ります。日本に於ける火葬場の歴史は古く、古代の時代から火葬は行われて居りました。古代から近世に至るまで火葬は 野天に火床を造り、木薪を組み上げて、その上にご遺体を載せて梵焼(ぼんしょう)する野焼きが一般的で、常設の火葬場が出来るのは江戸時代となってからです。江戸時代には 屋根付きの火葬場も見られる様になります。そして 明治11年には 建物内に火葬炉を設けた火葬場が、浄土真宗大本山である東・西本願寺により京都市内に建設されました。

 神道を国教とする明治政府は 明治6年に火葬を推奨する仏教を憂慮し、火葬禁止令を布告します。しかしながら 2年後には 火葬禁止令の行き過ぎを認めて、おこれを徹回しました。更に同年 火葬場建設の許可条件が内務省より示されます。その内容は ①市街地から離れている事、②ご遺体を焼く際の臭いや煤煙が住民の健康を損なわぬ様 煙突を高く設ける事、③火葬場と墓地を分離する事、などを条件としました。これを受けて 京都市は市街地にある寺院墓地での土葬を禁止します。東京市では 遅れて 明治24年に市街地での土葬を禁止します。

 当時の火葬場の運営規則を見ると、ご遺体の火葬は夜の8時から10時までに間で始め(すなわち ご火葬は深夜に行い)、拾骨は 翌日の午前8時から午後3時までの間で行う様 定められて居ります。昼間に火葬と拾骨が行える様になるのは 昭和2年 東京の町屋火葬場(現在の東京都荒川区 私営町屋斎場)が重油火葬炉を導入して後の事と成ります。又 明治17年には 墓地及び埋葬取締規則が制定されました。

   今回は以上です。