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葬儀横浜港北区、室町時代農村の確立と庶民の葬儀

今回は葬儀横浜港北区、室町時代農村の確立と庶民の葬儀に付いて書かせて頂きました。

室町幕府第三代将軍・足利義満室町幕府第三代将軍・足利義満

中世日本で人口の中心であった農民社会は平安・鎌倉時代の荘園・有力名主を中心とした農民結合から、室町時代には農民による自治組織・共同体とする惣村へと変化して行きます。

惣村は地域共同体を守る為の規則を持ち、検察・裁判機能を持って治安を維持し、他共同体に対する闘争組織でもありました。

中世日本の民衆の葬儀;

現在の葬儀原型は鎌倉、室町時代に出来上がったというのが定説です。

それと共に貴族、上級武士だけではなく一般民衆にも葬儀の習慣が少しずつ浸透し始めました。

それまで民衆の遺体は川原や野原などに放置されて居りました。

時にはそれが余りに酷い為 鎌倉幕府は遺体をむやみに放置せぬ様 通達を出しております。

仏教の普及と民衆葬儀;

鎌倉・室町時代、浄土宗開祖法然、浄土真宗開祖親鸞、どが親孝行の実遷のひとつとして葬儀を行うよう推奨しました。

さらに葬儀の型式は何故か自己修養が主体である禅宗により整えられ、その型式が各宗共通の型式となり全国へ普及していきます。

インド仏教の葬儀は簡単な儀礼のみでしたが、中国に伝わり道教の中で形が整えられ、日本に伝来し禅宗の中により多くの知識が蓄積されてゆきました。

鎌倉、室町時代は兵農一体の時代であり、織田信長の兵農分離まで農民は日々田畑を耕すとともに、領主の意向に応じて戦に出る生活でした。

従いまして一般民衆にとって 死は身近な存在でありました。

鎌倉幕府による遺体放置禁止令、また浄土宗・真言宗・浄土真宗・日蓮宗などの布教活動のもと、埋葬の習慣が少しずつ定着していきます。

もちろん費用の掛かる火葬などは出来ませんので、墓地にて僧侶による簡単な葬礼の後土葬される様に変化して行きます。

日本古来の宗教である神道では死は忌むべきもので有りますが、身近な問題でもあり、墓地は所有する土地の中の家から一番離れた場所、例えば田畑の片隅もしくは惣村の共同墓地などに埋葬される様になります。

葬礼型式も各宗派ごとに決まりは有りますが、地域の文化と融合し地域独特の葬礼型式が出来始めるのはこの時代からです。

鹿苑寺金閣鹿苑寺金閣

仏教の民衆化と葬儀;

惣村が形成される事により自立した農民達は経済的な余裕も出来始め寺院を支える事が可能と成ります。

この状況を背景に仏教の各宗派は各地に進出して、寺や道場が造成され、仏教の民衆化が進捗します。

惣村を中心とする庶民に葬祭の営みを強く推し進めたのが浄土宗でした。

又、曹洞宗、真言宗、日蓮宗、浄土真宗(一向宗)などの各宗派も葬祭を中心として信徒の拡大に努めました。

そこから、民衆の間での葬祭仏教化が顕著となって行きます。

今回は以上です。