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横浜市民の葬儀・ご遺体埋葬の歴史

2021年12月4日

埋葬とは ご遺体を土の中に埋める事を言いますが、

必ずしも土中に限らず、地下室や地上の施設に葬る場合も埋葬と表現します。

現在の横浜では、特定の宗教信者を除きほぼ100%の故人様がご火葬後の埋葬と成っておりますので、

ご遺骨を埋葬する事となります。

1 埋葬の歴史

ご遺体埋葬の歴史は古く、

10万年ほど前のネアンデルタール人の時代には、すでに埋葬が行われていたと考えられて居ります。

その前の猿人・原人の段階では埋葬は行われていなかったと推定されて居ります。

これは、人類が考える力を持ち始め、人の死や死霊などを特別な意識で見始めてから 

遺体埋葬と言う行為が始まったと推定されます。

そして、埋葬の場所として墓域が設けられて居たとも推測されます。

その後、文明の発展と共に強力な権力者が誕生し、埋葬行為は権力の象徴へと変化して行きます。

2 日本での埋葬の歴史

日本に於ける埋葬としては、旧石器時代に属する北海道の湯の里遺跡で 

お墓と思われる遺構が発見されて居り、旧石器時代には既に埋葬が行われていたと考えられます。

それに続く縄文式時代以降には多くの遺跡で埋葬行為が確認されて居ります。

集落内や貝塚などに墓域が設けられ、土器棺、石棺に納められて埋葬されて居ります。

埋葬には手足を折り曲げた屈葬と、手足を伸ばした伸展葬が有りますが、この時代は屈葬が一般的でした。

又、再葬と呼ばれる埋葬方法も見られます。

再葬は、一度ご遺体を埋葬し、白骨化した後に改めて骨壺に納めて埋葬し直す方法です。

そして、埋葬の形態は弥生時代、古墳時代と進むにつれより大掛りなものへ変化して行きます。

何れにしろ、仏教が伝来する前の古代から中世にかけては 

日本古来の神道を基にした”死は穢れ”との思想が強く、貴人の墓地であっても、その管理は疎かでありました。

江戸時代初期に入るまではご遺体を埋葬する墓地は然るべき権力を持つ貴人の為の場所であり、

庶民の多くは山林や河原などに打ち捨てられるのが一般的で、

その後徐々に集落の共同墓地に埋葬される様になります。

そして、江戸時代に入り寺院の檀家制度が定着し、寺院墓地に人々が埋葬される事となり、

現代の埋葬形態の原型が創り上げられました。

お墓参り

3 現代横浜での埋葬

埋葬とは故人様のご遺体を土の中に埋める事(土葬)を指しますが、

広義にはご火葬後のご遺骨を墓地や納骨堂等にお納めする事も含めて居ります。

現在の日本に於いては多くの場合火葬が前提となって居り、ご遺体を埋葬する事はほとんど無くなりました。

特に横浜等の大都市では衛生上の観点からも土葬が禁止されて居ります。

ご遺骨を埋葬する時期と致しましては、

仏教であれば四十九日法要後の忌明けに、

神道であれば忌明けの五十日祭に合わせて、

キリスト教では1ヶ月後追悼ミサに合わせて埋葬(納骨)するのが一般的です。

ご遺骨は、御骨壺に納められている場合、ご遺骨はほとんど風化しませんが、

そのまま土壌に埋葬されたご遺骨は年と共に風化し、土に還ると言われます。

土壌の種類によって差異がありますが、大体30年でご遺骨は土に還るとされて居ります。

尚、日本では墓地埋葬法により墓地以外の場所、例えば自宅の庭などに埋葬する事は出来ません。

違反をすると死体遺棄罪として罰せられる事が有ります。

   今回は以上です。