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横浜市民の葬儀・現代葬儀の原型

2021年12月8日

現代の横浜で営まれております葬儀の多くは仏教徒の為の仏式のご葬儀です。

日本に於ける仏式の葬儀の原型は平安時代に出来あがったと考えられて居ります。

その典型例として、第66代一条天皇のご葬儀が有名です。

横浜での海洋散骨

1 平安時代の天皇家葬送儀礼

一条天皇はわずか7歳で即位して後、1011年32歳で崩御されるまで、

25年間在位し、平安王朝文化を花咲かせた天皇陛下です。

6月22日譲位して上皇と成られた天皇は危篤状態となり正午ごろに崩御。

6月25日宮中に陰陽師が召されて葬送の日時、入棺の日時、墓所の方向などを占わせる。

同日、沐浴をさせ深夜に入棺。

入棺作業には天台座主慶円僧正他数名の僧侶と公卿数名が奉仕し、

皇后・宮さま方により棺に形代が納めれられました。

7月8日葬送、参列の人々は素服を裁縫して着用、慶円僧正が呪願を行い、天台宗院源僧都が導師を務める。

出棺には柩を輿の上に安置し葬列を組んで、

通常の出入り口とは異なる築垣を崩して道に出、御竈所(火葬場)へ向かい、

僧侶立会いの下に荼毘に付されました。

7月9日早朝、荼毘が終了し会葬者によりお骨が拾われ白壺に納められました。

お骨壺は円成寺に移されて仮安置され、その後建てられた三昧堂に7月20日 奉納されました。

8月2日と11日に七七(四十九日)の法事を執り行い、

そして、翌年の6月22日に一周忌の法事を行い葬送の儀礼が終了しました。

2 一条天皇陛下の葬送式次第

日本国第66代天皇、一条天皇陛下のご葬儀は以下の通りでした。(新谷尚紀著”日本人の葬儀”より)

臨終と納棺

6月22日、危篤状態の中で時々念仏を唱えていたが、正午頃に崩御。

6月25日、陰陽師を召して、葬送に日時、入棺の日時、墓所の方角、などを占わせ、深夜に入棺。

入棺作業には天台座主慶円僧正をはじめ数名の僧侶、諸卿数名が奉仕。

皇后や宮たちが形代を柩に納める。

葬送の次第

7月8日、葬送、素服を裁縫し、人々は着用。

慶円僧正が呪願を行い、院源僧都が導師を務める。

出棺に際して、御輿の前を2人が松明を持って先導、築垣を壊して道路に出る。

葬列には松明を持った近習が10名、香炉を首にかけて従う役、黄幡を持つ役などが続いた。

火葬場である御竈所(もかまどころ)で出棺の時と同様に導師、呪願が行われ、僧も立ち会って荼毘を行う。

拾骨と納骨の次第

7月9日、前日より夜を通して営まれた荼毘は朝6時におわる。

御骨を皆で拾い、4升程の白磁の壺に納めて、天台座主慶円僧正が光明真言を念誦(ねんじゅ)する。

骨壺は京都の円成寺に移動。

その後、入れ替わり御骸骨所(みがいごつどころ)に人々が伺候(しこう、側に付いて奉仕する事)し、

阿弥陀護摩(」あみだごま)も行われる。

7月20日、御骨を奉納する三昧堂のような小堂を円成寺に造り、奉納。

法要の次第

8月2日、七七日(四十九日)の法要。

8月11日、七七の正日にも法要を行う。

9月12日、月例の御念仏を初めて行う。

翌年5月27日、京都円教寺にて一周忌の法要を繰り上げて行う。

6月22日、一周忌の正日、法要を行う。

これで葬送の行事は全て終了しました。

3 現代横浜での仏式葬儀

一条天皇の葬送儀礼は現代の葬送儀礼にも多く通じるものが有ります。

先ず第一には危篤状態で念仏を臨終作法として行った事、現代でも宗派、地域によっては営まれて居ります。

納棺に先立って沐浴を行った事(現代の湯灌に通じる)。

納棺に際して近親者が形代(霊が依り憑く為の人形など)を収めた事。

出棺に先立ち儀礼が行われ、柩は輿に乗せて運ばれ、出棺には通常の出入口以外が使用され、葬列が組まれた事。

荼毘の前に儀礼が営まれ、荼毘に立会い、拾骨が行われた事。

又 帰宅する前には浄めが行われました。

七七日の法要、一周忌の法要を営むなど、日本の葬送儀礼の習俗はこの時代に原型が整えられたと考えられます。

   今回は以上です。