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横浜市民の葬儀・西区民のご葬儀

2022年11月17日

横浜市西区は、横浜市内の東側中央部に位置する、人口10万人・6万世帯が居住する、

区の花をスイセンと制定した、”金港”と美称される国際貿易港・横浜港に隣接した街です。

西区区民のご葬家の為の葬儀式場といたしましては横浜市久保山斎場が御座います。

但し、横浜市久保山斎場は火葬炉利用のみの斎場で、葬儀式場と致しましては

隣接する私営小西斎場、若しくは一休庵久保山斎場をご利用頂く事と成ります。

1 横浜市久保山斎場

横浜市久保山斎場は横浜市西区元久保町に位置する、開港横浜を象徴する火葬場で、

明治8年(1875年)6月より操業を開始し、

多くの人々が海外との往来をする中で、伝染病の拡散防止を目的とした火葬場でもありました。

横浜市久保山斎場は他の市営斎場と異なり、火葬設備のみを保有する斎場で葬儀式場は御座いません。

葬儀式場は隣接する私営の小西斎場・一休庵久保山斎場他をご利用頂くと便利です。

ご利用の費用は横浜市民を前提として、火葬炉利用料1万2千円、控室利用料5千円となります。

2 横浜市久保山斎場に隣接する葬儀式場

小西斎場
小西斎場 全景

1)私営小西斎場

小西斎場は西区元久保町に位置する私営の斎場で、

横浜市久保山斎場に隣接した大変便利な葬儀式場です。

火葬場への移動は徒歩が可能でマイクロバス等の移動手段を必要と致しません。

花祭壇

小西斎場の設備といたしましては、

葬儀式場は1室、60席 150名の葬儀を執り行う事が可能な式場となります。

その構造は、1FとB1Fの二階構造となって居り、

1Fに正面入り口、受付、待合せロビー、式場、そして宗教者控室が配置され、

B1Fには遺族控室(和室18畳)お清め室(立食100名)シャワー室が配置されて居ります。

1FとB1Fの間にはエレベーターで繋がれ、B1Fには身障者対応トイレも設備されて居ります。

遺族控室は通夜仮眠のお部屋としてもご利用頂け、大変ご利用頂き易い斎場で御座います。

又、ご自宅でご遺体を安置する事が出来ない場合は 別棟にご安置する事も可能となって居ります。

尚、小西斎場より横浜市久保山斎場へのご遺体の移送には霊柩車が必要となります。

小西斎場の式場利用費用は25万円(2日間)と成ります。

一休庵久保山斎場全景
一休庵久保山斎場 全景

2)一休庵久保山斎場

一休庵久保山斎場は西区元久保町に位置する私営の斎場で、

横浜市久保山斎場(火葬場のみ)に隣接した大変便利な葬儀式場です。

隣接する横浜市久保山斎場火葬炉前への移動は徒歩が可能でマイクロバス等を必要と致しません。

但し、ご遺体の移送には霊柩車が必要と成ります。

百合花祭壇

一休庵久保山斎場の葬儀式場は2室あり 

1Fが駐車場と正面入口、B1Fが第一式場、B2Fが第二式場となり、

正面入口からはエレベーターで下りて頂きます。

エレベーターで下りますと受付と待合せロビーとなり、

正面の通路を挟んで左側に式場とお清め室、

右側に遺族控室(和室12畳)手洗いシャワー室が配置されて居ります。

式場は会葬の方々の予定人数に合わせて、広さを調整する事が可能となって居り、

ご利用される広さに合わせた利用料体系となって居ります。

式場とお清めの席の間はパ-ティションで区切る形となります。

式場のご利用費用は15万円から25万円となります。 

水仙

3 横浜市西区あれこれ

横浜市西区は昭和19年に中区より分区して誕生しました。

西区は人口・面積ともに横浜市内で最小規模の区ですが、

開港以来の下町情緒を持つ既成市街地地域と、横浜駅周辺地区と、みなとみらい21地区を持つ 

横浜市内の商業と業務の中心ともなる街であります。

西区は中区と同じく東海道神奈川宿の対岸に位置する横浜村と呼ばれる半農半漁の寒村でしたが、

江戸時代末期、幕府の開港政策により大きく発展します。

開港に伴い岡野新田や平沼新田などの開発が進み、

新橋横浜間鉄道の開通後には横浜港に隣接する埋め立て地に多くの工場が建設されました。

特に、桜木町駅近くには大きな鉄道操車場が、又、巨大な造船場もいくつか建設されました。

西区地域は横浜村、横浜市、横浜市中区、横浜市西区と名称を変えて行きます。

西区の誕生は終戦前年の昭和19年です。

西区の名称は中区の西に位置する事から命名されました。

横浜での海洋散骨

西区は誕生の翌年昭和20年5月29日の横浜大空襲により主要地域は焼失し焼野原となります。

そして、敗戦とともに進駐してきた米軍により多くの地域が接収され、その状態が昭和30年まで続きます。

従いまして、西区が戦後復興を開始出来たのは昭和30年からとなります。

昭和26年には野毛山動物園が開園し市民の憩いの場となり、横浜駅周辺地区は商業・業務の中心に、

旧造船場地域は再開発されてみなとみらい21地区となり、平成5年に完成したランドマークタワーを中心とした 

オフィス、ホテル、高級店舗、国際会議・展示場が立ち並ぶ街として発展を続けて居ります。

西区の見どころとしてはみなとみらい21地区が有名ですが、

桜並木で有名な紅葉坂と、そこに立ち並ぶ神奈川県立音楽堂、神奈川県立図書館、横浜能楽堂なども 

落ち着いた街並みと建物を見せて居ります。

又、お子様には野毛山動物薗でしょうか。