磯子区でご葬儀

磯子区でご葬儀をお考えの皆様へ

磯子区の皆様がご葬儀を行う際に必要な書類や手続きについてご紹介しています。

磯子区で葬儀の葬儀プラン、磯子区特別価格
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ご葬儀の流れ 磯子区

1.お迎え

ご逝去後、法律に24時間は火葬することができませんので、ご遺体を安置する必要があります。
病院での長時間安置はできませんので、「ご自宅」または「専用の安置所」まで搬送する必要があります。
安置場所が決まっていない場合はお迎えに伺った際にご案内し、決定次第搬送致します。
※プランに搬送料は含まれています(1回分のみ)

お迎え
2.ご安置

火葬までの間、ご自宅にご遺体を搬送し、安置します。
※ご都合が悪く、ご自宅で安置出来ない場合はご相談下さい。
※この間、現地スタッフと詳細なお打合せを行っていただきます。ご遠慮なくご質問ください。

ご安置
3.ご納棺

故人様を棺に納めます。
※一般的にはご家族立会いで納棺致しますが、立ち会わずにお任せ頂くことも可能です。

ご納棺
4.お通夜

葬儀場まで寝台車でご遺体の搬送を行い、通夜式を行います。
葬儀場の休憩室・宿泊室・霊安室等のご利用も可能です。
※葬儀場によっては、休憩室・宿泊室・霊安室をご用意できない場合があります。

お通夜
5.ご葬儀・告別式

一晩故人様と一緒に過ごされた後、告別式を行います。
お花を棺に納めて、故人と最後のお別れをなさって下さい。

ご葬儀・告別式
6.出棺

火葬の日時に合わせ、現地スタッフが故人様を寝台車で火葬場へ搬送致します。

出棺
7.火葬

火葬場までご家族と同行または火葬場で待ち合せをし、火葬を行います。
火葬が終わったら収骨を行います。(火葬時間は約1時間程度です)

火葬
8.ご法要

火葬後、日程を繰り上げて初七日法要を行います。

ご法要
9.ご自宅へ

火葬場からご帰宅後、あと飾り壇へご安置致します。

磯子区のご遺族様の声

磯子区で葬儀のご遺族様の声

野中様

この度は大変ご丁寧なご説明とご対応を頂き
誠にありがとうございました。
突然の事でしたので、家族全員が動揺しており
何をしてよいのかわからない状態でしたが、
野中様の良心的な対応のおかげで
無事に葬儀を終える事が出来ました。

追伸
大変なお仕事ですので、くれぐれも
お身体ご自愛下さい。

篠原

磯子区役所でのお手続き

■所在地
〒235-0016 横浜市磯子区磯子3-5-1

■連絡先
045-750-2341(直通)

■アクセス
・電車をご利用の場合
JR根岸線「磯子駅」徒歩3分

・バスをご利用の場合
市営・京急バス停「磯子区総合庁舎前」

■受付窓口
磯子区役所2階(6番)
戸籍課戸籍担当窓口

■夜間・休日の受付窓口
夜間、休日など戸籍担当窓口での受付時間外の場合
お預かりのみとなります。

■取り扱い日時
月曜日〜金曜日 8:45〜17:15
第2・第4土曜日 9:00〜12:00

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あおい葬祭では磯子区役所でのお手続きの代行を承っております。お気軽にご相談下さい。

葬儀についてお困り事はありませんか?

葬儀の為に、まずは何をすれば良いの?

キリスト式の葬儀にしたい・・・

葬儀社の選び方がわからない・・・

上記以外にもたくさんのご質問をお客様から頂いています。
どんな些細なことでも構いませんので、お気軽にご相談下さい。

24時間365日受付ております!ご質問・ご相談無料で承ります。0120−200−759
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磯子区のご紹介

市の東南に位置し、根岸湾に面する。沿岸部の低地の大半は埋立地であり、それを囲むように丘陵地が広がっており、区内の大部分は宅地化されているが、南部の円海山周辺には緑地が残されている。 氷取沢一帯は、大岡川の水源となっています。

かつて山手・根岸から延びる沿岸丘陵の隆起は海岸までせり出し、現在でも京浜急行屏風浦駅の地名にその残影が残っています。
丘陵部は横浜開港時より根岸湾遠景が尊ばれ避暑地として別邸や別荘を構えるものが多かったようです。

明治から昭和にかけて数回に渡り丘陵部手前の埋立てが行われ、県道(現在の国道16号)が根岸湾に沿って整備されました。
また関内・伊勢佐木町から同区八幡橋・芦名橋を経由し杉田まで市電が延伸され人口の集積が進み、当時の区勢は国道16号や堀割川周辺から丘陵部までの低地にある住宅街に偲ぶことができます。

1960年(昭和35年)頃から根岸湾の埋立てが行われ、重化学工業地帯が誕生した。埋立に利用した土砂は丘陵部のものを利用し、その際に同時整備したのが現在の汐見台です。
当初から電気・ガス等ライフラインを地下埋設にし、全車道に歩道が設置され、下水道完備、保存緑地等、昭和30年代当時としてはかなり最新構造の都市基盤をもって整備されました。
昭和39年に桜木町から磯子まで国鉄(現JR東日本)根岸線が開通し昭和40年代に全通、沿線丘陵部の宅地開発も進み、昭和50年代には駅周辺のマンション建設が進み、昭和60年代まで人口が急増しました。

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