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横浜市磯子区での葬儀

横浜市磯子区は横浜市内の東南部に位置し、根岸湾に面する、人口16万人 7万世帯が居住する、

ピンクのコスモスを区の花と制定した、海岸部分の平地とそれを囲む緑の丘陵地から成る街です。

磯子区は平地部分の石油コンビナートを中心とした工業地帯と、

丘陵部分のベットタウンにより構成されて居ります。

磯子区は昭和2年の横浜市区制制定に伴い誕生致しました。

磯子区の命名は中心部に所在した磯子村を基にされたと言われます。

1 横浜市磯子区の交通機関

横浜市磯子区内の交通機関としては、昭和5年開通の湘南電気鉄道(現在の京浜急行) 

昭和39年開通のJR根岸線が区民の足となって居り、

道路としては、高速道路として首都高速道路湾岸線、

一般道として大正13年開通の国道16号線 横浜市内環状2号 横浜市内環状3号が交通路となって居ります。

2 横浜市磯子区の軌跡

横浜市磯子区では、三殿台遺跡から縄文時代の竪穴式住居や、弥生式時代の住居が出土して居り、

古くから半農半漁の村落が営まれていたと考えられます。

江戸時代には、杉田村の杉田一族から杉田玄白が、又 間宮林蔵もこの地から輩出して居ります。

磯子区は、古くは丘陵部が海岸にせり出した風光明媚な漁村でしたが 

明治・大正・昭和と埋立が行われ現在の海岸部分の平地が出来上がりました。

明治・大正時代は小型底引き網漁が盛んとなり、カレイ・イカ・アナゴなどが横浜に出荷され 

のりの養殖も始まりました。

又、横浜開港により居住した外国人向けとして

西洋野菜や生花(ゆり、フリージア、バラ、カーネーション等)が栽培される様に成ります。

特に昭和15年には鮮やかな紅色をしたカーネーションの新種“コーラル”が磯子で開発されました。

しかしながら昭和に入ると磯子区には軍事目的の施設が目立つ様に成ります。

昭和16年には杉田町に軍が埋立を行い飛行場が開場します。

そして敗戦となり磯子区内の多く土地が駐留米軍に接収され、その状態が昭和30年前後まで続きます。

根岸にあった小型飛行場は昭和33年まで米軍管理下となりました。

米軍による接収解除後は、丘陵部の土を海岸部分の埋め立てに使用し平地部分を大きく広げると共に、

平にされた丘陵地域を造成して最新式の団地磯子団地(現在の汐見台団地)を建設されました。

その後、磯子区は横浜市民のべットタウンとして急激に人口が増大して行きます。

現在でも磯子区民の60%は出生地が横浜市内です。

3 横浜市磯子区での葬儀

磯子区民の方がご葬儀をお考えの場合は横浜市南部斎場(金沢区 市営)をご利用頂くのが便利です。

横浜市南部斎場は横浜市営の葬儀式場で火葬場を併設して居り、

葬儀式場から火葬場への移動に特別な交通手段を必要とは致しません。

又、磯子区内からはお車で30分前後の距離です。

ご葬儀式をご自宅の近くでお考えの場合は、

ひかりの杜では新杉田駅前の東漸寺会館(私営)、洋光台の薬王院会館(私営)他 

ご葬家様のご希望に合わせた葬儀式場をご紹介させて頂きます。

その場合の火葬場は先の横浜市南部斎場(市営)、

若しくは横浜市久保山斎場(西区 火葬炉のみ 市営)をご利用頂くのが便利です。

ひかりの杜よりご紹介させて頂く式場は、全てご宗教、ご宗派を問わずにご利用出来る葬儀の式場です。

尚、横浜市内には火葬場を併設した葬儀式場として横浜市戸塚斎場(戸塚区 市営)、

横浜市北部斎場(緑区 市営)、西寺尾会堂(神奈川区 私営)などもご都合に合わせてご利用頂く事が出来ます。

ひかりの杜では宗教者のご紹介も可能です。

檀家寺・教会が遠方などでご都合が付かない場合は、

ひかりの杜より責任を持って希望される宗派の僧侶、神官、司祭、牧師様を紹介させて頂きます。

4 横浜市磯子区あれこれ

ひかりの杜ではご葬儀式典の祭壇として花祭壇をお薦め致して居ります。

故人様を偲び、お好みのお花でお包みした、心を込めたお見送りは如何でしょうか。

磯子区の区花は“ピンクのコスモス”と制定されて居りますが、

季節となる4月から10月にはコスモスを使わせて頂き、

白を基調とした花祭壇にピンクのコスモスは 良いアクセントとなります。

磯子区の見どころとしては、

根岸湾に面する事から磯子海の見える公園・海釣り施設、

流れるプールの横浜プールセンター、馬との交流が楽しめる根岸森林公園、

1400年の歴史を持つとされる根岸八幡神社、

そして、昭和35年開場のゴルフ場磯子カンツリークラブ等が御座います。

   今回は以上です。

横浜市保土ヶ谷区での葬儀

横浜市保土ケ谷区は、横浜市内の中央部に位置し、人口20万人・9万世帯が居住する、

区の花を”スミレ”と制定した、関東ローム層の南東端の起伏に富んだ街です。

横浜市保土ケ谷区は大正、昭和前期は工業の街でしたが、

東京・横浜大空襲によりほとんどの工場が焼失し、戦後に住宅地として再生しました。

昭和2年・保土ケ谷町と西谷町が横浜市に編入され、同年の区制制定に伴い保土ケ谷区が誕生しました。

尚、保土ケ谷のケは小文字ではなく大文字の“ケ”が正しい区名です。

1 横浜市保土ヶ谷区の交通機関

保土ケ谷区内の交通機関としては、明治20年に開業した程ヶ谷駅の東海道線、

昭和8年に開通した神中鉄道(現在の相模鉄道)が区民の足となって居り、

道路としては、国道1号線、国道16号線、横浜市内環状2号の他、昭和34年開通の横浜新道、

昭和49年開通の保土ヶ谷バイパス、横浜横須賀道路、首都高速狩場線が区民に便を供して居ります。

特に狩場インターチェンジは前記の3高速道路に直結し、更には横浜新道、横浜市内環状2号、東名高速道路、

国道16号にも繋がる便利の良いインタ-です。

2 横浜市保土ヶ谷区の軌跡

保土ケ谷に関連する地名が初めて文献に見られるのは、

平安時代中期(930年代)に作られたとされる分類辞典“和名抄”の中で”久良郡星川郷”の文字です。

更に1559年の小田原北条家の所領記録の中に星川、保土ケ谷、今井などの地名が見られます。

そして、1601年の東海道宿駅制度により保土ケ谷宿が設けられ、

本陣や問屋場が建築されて宿場町として発展します。

その証が1831年の葛飾北斎富嶽三十六景の“境木”、34年の安藤広重の東海道五十三次“椎子橋”などです。

明治に入ると鉄道の発達と共に宿場町の機能は失われますが、農業が発展します、

特に江戸末期に甲州より伝えられたジャガイモは保土ケ谷で改良を重ね、種芋・保土ケ谷イモとなり

全国へ出荷される様に成りました。

更にはジャガイモを加工した商品・片栗粉の生産地とも成ります。

大正時代に入ると西谷浄水場が竣工し横浜市内に上水を供給すると共に横浜港に隣接した便利な土地として 

大手企業の工場が建設され始め、保土ケ谷区は農業地から工業地へと変化しました。

その工業地も昭和20年5月の横浜大空襲により壊滅しました。

戦後の復興は京浜工業地帯・勤務者への居住地区として進み、昭和34年には明神台団地が完成し、

更に多くの団地と宅地が造成されて日に至ります。

3 横浜市保土ヶ谷区での葬儀

保土ヶ谷区でご葬儀をお考えの場合、

お車であれば、横浜市北部斎場(緑区 市営)、横浜市南部斎場(金沢区 市営)、

横浜市戸塚斎場(戸塚区 市営)、西寺尾会堂(神奈川区 私営)いずれの葬儀式場も30分前後の距離であり、

火葬場も併設して居りますので、保土ヶ谷区民の方々にはご利用し易いかと思います。                 

ご葬儀をご自宅の近くでお考えの場合、

ひかりの杜ではご葬家様のご要望に合わせた葬儀式場をご紹介させて頂き、

ご火葬は横浜市久保山斎場(西区 市営 火葬炉利用のみ)で執り行う事も可能です。

ひかりの杜では信仰される宗教・ご宗派に合わせて葬儀会場を紹介させて頂きます。

又、仏式のご葬儀をお考えで菩提寺が遠方などでご導師のご都合が付かない場合は 

ひかりの杜よりご希望のご宗派の僧侶を責任を持って紹介させて頂きます。

神式をご希望の場合は神官を、カトリック教をご信仰の場合は司祭様を、

プロテスタントをご信仰の場合は牧師様をご紹介する事も可能です。

ひかりの杜では葬儀で使用する祭壇は花祭壇をお薦めして居ります。

故人様のご遺体を花祭壇のお花で囲みお見送りされては如何でしょうか。

故人様を偲ぶお花で、ご希望のアレンジをし、お見送りする形も企画させて頂きます。

4 横浜市保土ヶ谷区あれこれ

保土ケ谷区の区花“紫のスミレ”は市制100周年、開港130周年の平成元年に区民の公募により制定されました。

紫のスミレの花言葉は”貞節・愛”です。

季節となる3月-5月には可憐なスミレの花で焼香台のご遺影を飾らせて頂いて居ります。

保土ヶ谷区の見どころとしては、保土ヶ谷球場・テニスコート・その他の設備を持ち 

桜の美しい神奈川県立保土ヶ谷公園、常盤公園、新井町公園、陣ヶ下峡谷。

境木地蔵尊とその前に建てられた武相・国境モニュメント(武蔵国と相模国の境界)。

今井地下調節池(内径10.8m×2、000m)、昭和49年に南区より移転した横浜国立大学キャンパス。

横浜カントリークラブなどが有ります。

   今回は以上です。

横浜市鶴見区での葬儀

横浜市鶴見区は、横浜市内北東部に位置し人口28万人、13万世帯が居住する、

区花をサルビアとする、東京湾に接した街です。

昭和2年に横浜市に編入され鶴見区が誕生しました。

鶴見区は北西部の豊な緑を保つ丘陵地帯(宅地)一級河川鶴見川流域の低地(商業地)旧東海道が通る歴史の町、

日本近代化の礎となった京浜工業地帯の中心となる湾岸埋立地帯(工業地)を持つユニークな街でも有ります。

現在は湾岸工場地帯も煙を出さない近代工場へと変化し、

交通の便の良さから東京・横浜中心部に勤務する方々のベットタウンとしても発展を続けて居り、

又、明治44年に能登より移転した曹洞宗大本山総持寺が建立され、門前町としての顔も合わせ持って居ります。

そして、鶴見区市場町は箱根駅伝に於ける往路で最初の、復路では最後の中継地となります。

1 横浜市鶴見区の交通機関

鶴見区を通る交通機関としては、明治5年開通の新橋横浜間鉄道(現在のJR京浜東北線)、

明治31年開通の大師電気鉄道(現在の京浜急行)

大正15年開通の鶴見臨港鉄道(現在のJR鶴見線)が有ります。

道路としては大正15年開通の京浜第一国道(国道15号線)、京浜第二国道(吉田ワンマン道路、国道1号線)

首都高速横羽線、首都高速湾岸線などが通っており、大変交通の便の良い街でもあります。

2 横浜市鶴見区の軌跡

鶴見は永らく東海道に隣接する小さな漁村でした。

それが明治5年の新橋横浜間鉄道の開通に伴い、鶴見駅が開業し、商業地・住宅地としての発展が始まります。

又、明治四十四年の曹洞宗大本山総持寺の移転により門前町としての要素も加わりました。

更なる発展の前提となったのが大正・昭和初期に於ける日本工業界の軽工業から重工業重視への変化です。

明治45年浅野総一郎を中心として鶴見埋立組合(後の東亜港湾工業)が創立され、

鶴見湾岸地域150万坪の埋め立て工事が開始します。

この埋立地に多くの主要重工業工場が建設され、京浜工業地帯の中心拠点として日本国発展の礎となりました。

3 横浜市鶴見区での葬儀

鶴見区の葬儀事情と致しましては、身近な火葬場として西寺尾火葬場(私営 式場併設 神奈川区)、

横浜市久保山斎場(横浜市営 火葬炉利用のみ 西区)がご利用頂けます。

葬儀式場としては、

横浜市営斎場であれば少々離れますが火葬場を併設した横浜市北部斎場(緑区)が多くのご葬家で 好評を頂いており、

私営斎場でのご葬儀であれば総持寺、妙蓮寺(港北区)他の寺院会館がご都合に合わせてご利用頂けます。

ひかりの杜がご紹介する式場は寺院会館であっても宗教・宗派を問わずご葬儀にご利用頂く事が出来ます。

又、菩提寺様のご都合がつかない、菩提寺をお持ちでない等のご事情が御座いましたら

ひかりの杜より信頼出来るご希望の宗派の僧侶をご紹介する事も可能です。

神道によるご葬儀をご希望の場合は、葬儀の式場をお決め頂いた上で鶴見神社他の神官を 

ひかりの杜よりご紹介させて頂きます。

尚、鶴見神社では会館を併設して居り、神社本宮と会館の間に結界を設ける事により、

会館内で神葬祭を執り行う事も可能となって居ります。

4 横浜市鶴見区あれこれ

鶴見区の区花は、サルビアで、その花言葉は尊敬・智恵・良い家庭・家族愛です。

赤いいサルビアは工業の街の鶴見の赤い炎やエネルギーをイメージし、

花言葉の良い家庭から福祉のゆきとどいた暖かい街を意識して制定されました。

ひかりの杜が企画するご葬儀の花祭壇にも季節である5月から10月の間でご葬家のご希望により 

深紅のサルビアを祭壇のアクセントとして飾らせて頂いて居ります。

横浜市鶴見区の見どころと致しましては、自然を楽しむのであれば櫻の名所である県立三ツ池公園、

大きな境内を持つ曹洞宗大本山総持寺、東京湾を一望する鶴見つばさ橋。

歴史を感じさせるものとして、旧東海道食べ歩き、鶴見神社田祭り、生麦魚河岸通り等。                                                    

又、少々変わったところでは大正年間よりビールを醸造してきたキリン横浜ビアビレッジ、

釣りが楽しめる大黒海釣り公園、年間を通してスノーボードが楽しめるスノーヴァ新横浜等が有ります。

   今回は以上です。

横浜市神奈川区での葬儀

横浜市神奈川区は、横浜市内のほぼ中央部に位置し、人口24万人 12万世帯が居住する、

区の花をチュウリップと制定した東京湾に面した街です。

明治34年に神奈川町が横浜市に編入され、昭和2年の区制制定に伴い神奈川区が誕生しました。

神奈川区は西側は緑多い台地で住宅地として利用され、

東側は海に接した埋立低地として多くの港湾施設が立ち並ぶ海・緑・丘をもつ表情豊かな街です。

昭和5年には横浜専門学校(現在の神奈川大学)が六角橋に移転して学園都市とも成りました。

又、浦島太郎伝説 発祥の地でもあります。

1 神奈川区内を通る交通機関

神奈川区内の交通機関としては、明治5年の新橋横浜間鉄道(現在のJR京浜東北線)の開通、

明治37年横浜電気鉄道(市電、現在は廃止)の開通、

明治38年京浜電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)品川―神奈川間 開通、

明治41年横浜鉄道(現在のJR横浜線)東神奈川―八王子間 開通、

大正15年東京横浜電鉄(現在の東急東横線)二子多摩川―神奈川間 開通、

平成16年みなとみらい線 開通 と多くの鉄道が網羅されて居ります。

又、道路としては京浜第一国道(国道15号線)、京浜第二国道(国道1号線)、第三京浜道路(有料道路)、

首都高速横羽線が通り、都心との交通の便も良好です。

2 横浜市神奈川区の軌跡

古文献の中に”かながわ”の文字が初めて現れるのは、1266年北条時宗下文の中の”神奈河”です。

そして、1601年東海道宿駅伝馬の制度制定により神奈川宿が設置され、以後宿場町として発展します。

1853年のペリー下田来航、翌1854年に締結された日米和親条約は 

この神奈川区内で調印されたことから神奈川条約とも呼ばれて居ります。

更に神奈川(横浜)・長崎・函館の開港により、1860年神奈川台場が築かれました。

当時の横浜港は神奈川区を中心に築かれておりました。

この様に横浜市内でも古くからの歴史を持つ神奈川区ですが、

その面影は昭和20年3月10日の東京・横浜大空襲により失われ、

残念ながら現在に留めるものはほとんど有りません。

現在の神奈川区は神奈川大学、浅野学園(創立者 浅野総一郎)を中心とした学園都市であり、

東京のベットタウンでもあります。

3 横浜市神奈川区での葬儀

神奈川区民の方々のご葬儀の利用可能な施設としては火葬場は古くより横浜市民のご葬儀をお手伝いしてきた

西寺尾火葬場(西寺尾会堂を併設 私営)を神奈川区内に持ち、

横浜市営の火葬場としては横浜市久保山斎場(西区 火葬炉のみ)がご利用頂けます。

同じく横浜市北部斎場(緑区)は少々離れては居りますが 

葬儀の式場を併設した市営設備として、多くのご葬家から好評を頂いて居ります。

神奈川区内の葬儀式場としては先程の西寺尾会堂、JR新子安駅近くの遍照院会館、

JR東神奈川駅近くの宗興寺会館、東急東横線妙蓮寺駅前の妙蓮寺斎場他 

ひかりの杜ではご葬家のご事情に合せてご葬儀の式場をご紹介させて頂いて居ります。

尚、ひかりの杜よりご紹介させて頂く葬儀の式場は宗教、宗派を問わず、ご葬儀にご利用頂く事が出来ます。

又、遠距離等で菩提寺様のご都合が付かない場合、菩提寺をお持ちでない場合などでは

はひかりの杜よりご希望のご宗派の信頼出来る僧侶をご紹介する事も可能です。

神道でのご葬儀をご希望であれば式場をお決め頂いた後に

横浜一之宮神社(社号 一之宮社)他の神官を ご紹介させて頂く事も可能です。

神奈川区の花・チューリツプ

4 横浜市神奈川区あれこれ

神奈川区の区花はチュウリップで、その花言葉は”思いやり”です。

この区花チュウリップは、1988年に区政60周年を記念して区民の投票により制定されました。

ひかりの杜がお手伝いさせて頂くご葬儀の花祭壇でも季節となる3月から5月の間で、

ご葬家のご希望の色のチュウリップをアクセントとして使わせて頂いて居ります。

神奈川区内の見どころとしては

古い櫻林と陸上競技場・サッカ-場・テニスコート・野球場・馬術練習場などを有する三ツ沢公園、

横浜市中央卸売市場、通年でアイススケートが楽しめる反町公園等が有ります。

尚、神奈川区内には横浜市営の三ツ沢墓地が御座います。

   今回は以上です。 

横浜市中区での葬儀

中区は横浜市内の東側中央部に位置する、人口15万人、8万世帯が居住する、

区の花をチュウリップと制定した、金港の美称を持つ国際貿易港横浜港に接した国際都市であります。

明治22年の市制施行により横浜市となり、昭和2年の区政施行により

鶴見区・神奈川区・磯子区・保土ヶ谷区と共に中区が誕生しました。

中区には横浜市庁舎、神奈川県庁舎、神奈川県警察本部、横浜地方裁判所、横浜税関、

海上保安庁第三管区海上保安本部、日本銀行横浜支店等が所在し、

神奈川県 及び横浜市の行政、司法、金融の中心となる街でも有ります。

1 横浜市中区の交通機関

中区内の交通機関としては、明治5年に開通した新橋横浜間鉄道の起点として桜木町駅が開業し、

その後大船駅まで延長されたJR京浜東北線、

昭和7年に高島町-桜木町間が開通し、現在は中華街まで延長された東急東横線、

日ノ出町駅を持つ京浜急行電鉄、平成16年開通の横浜市営地下鉄 みなとみらい線が網羅されて居ります。

又、道路としては首都高速横羽線、首都高速湾岸線、首都高速3号線により市内・外の各地と連結して居ります。

開港記念会館

2 横浜市中区の軌跡

東海道神奈川宿の対岸に位置する半農半漁の寒村であった横浜村は、

1858年の日米修好通商条約締結と共に大きく変化する事と成ります。

条約締結により江戸幕府は神奈川、長崎、兵庫、新潟、函館の開港に同意しますが、

東海道神奈川宿での開港を嫌った幕府はその対岸の横浜村を港として建設する事としました。

その横浜村が中区の前身でもあります。

横浜港の建設に伴い明治2年には日本初めての鉄橋として吉田鉄橋が架けられます。

明治27年には横浜鉄さん橋(現在の大さん橋)が完成し、昭和2年には ホテル・ニュ-グランドが開業します。

このホテルは後に昭和20年終戦と共に陸軍厚木飛行場に到着したマッカーサー元帥の宿舎ともなりました。

中区は国際都市の名に恥じず人口の10%1万5千人の外国人が居住して居ります。

3 横浜市中区でのご葬儀

中区区民の方々がご葬儀をお考えの場合は、お近くの火葬場としては横浜市久保山斎場(西区)が便利です。

久保山斎場は火葬炉利用のみで式場を備えては居りませんが、

隣接して一休庵久保山斎場(私営)、小西斎場(私営)、寺院会館多数があり、

ひかりの杜よりご紹介させて頂けます。

ひかりの杜よりご紹介させて頂く式場は宗教・宗派に係わらずご利用頂く事ができます。

又、横浜市営式場の利用をご希望される場合は少々離れますが、

横浜市北部斎場(緑区 火葬炉併設)、横浜市戸塚斎場(戸塚区 火葬炉併設)、

横浜市南部斎場(金沢区 火葬炉併設)がご利用頂けます。

何れの市営斎場も駐車スペースは十分にとられて居り、お車であればそれ程の交通時間を必要とは致しません。

仏式のご葬儀をお考えで、檀家寺が遠方などでご都合が付かない場合は

ひかりの杜よりご希望の宗派の信頼できる僧侶をご紹介する事も可能です。

神道でご葬儀をお考えの場合も神官をご紹介させて頂きます。

ひかりの杜では葬儀式典の祭壇は花祭壇をお薦めして居りますが、

ご葬家ご希望の花をご希望のアレンジでお創りする事も可能です。

中区の区花はチュウリップですが、その花言葉は”思いやり”です。

ひかりの杜がお手伝いさせて頂く花祭壇でも季節となる3月から5月には 

ご葬家のご希望に合わせた色のチュウリップをアクセントとして使わせて頂いて居ります。

4 横浜市中区あれこれ

中区の見どころとしては数多くの場所が御座います。

本牧地区であれば本牧公園、国の名勝に指定されている三溪園。

山手地区では港のみえる丘公園、外人墓地、

日本最初のテニス・クラブ レディス・ローン・テニス&クロッケ-クラブ(明治11年創立)

が利用する横浜山手公園。そして 山手の下の元町商店街、運河をはさんで 横浜中華街。

関内・外地区としては マリンタワー、人形の家、山下公園、氷川丸、横浜大桟橋等が御座います。

   今回は以上です。  

横浜市鶴見区での葬儀・生活保護葬での粉骨

先日、深夜にお電話を頂き、

生活保護葬での粉骨は可能か?とのお問い合わせを頂き、可能とお答えして指定頂いた病院へ急行致しました。

故人様は横浜市鶴見区役所の生活保護を受給中で、

ご葬儀はどの様に出来るのか?

ご遺骨は故人様の思い出の海に散骨をしたいので、粉骨したいとのご希望。

お見送りはご火葬のみを営む”直葬”で執り行い、その費用は全て横浜市鶴見区役所で負担、

但し、粉骨の費用は別途ご遺族でご負担頂く必要が御座います。

とご説明して了解を得、お手伝いさせて頂く事となりました。

散骨

1 生活保護葬祭補助金での葬儀の流れ

直葬と呼ばれる葬儀形式は、通夜式・葬儀式は行わずに”ご火葬”のみを執り行う形でのお見送りです。

その内訳は;

1)ご連絡を受けてご遺体をひかりの杜遺体安置所内に移送し、ご遺体に保全処置を施して安置させて頂きます。

特別な場合を除き死亡後24時間は法律により荼毘に付す事が出来ませんので、

ご遺体は1日以上ひかりの杜遺体安置所内に安置される事となります。

尚、ひかりの杜遺体安置所内での故人様との面会は10;00-17;00の間で何時でも可能です。

2)ご遺族様とひかりの杜担当者は帯同して横浜市鶴見区役所を訪問し

担当ケースワーカーに面談して故人様死亡診断書を提示してご逝去を報告し、指定された手続きを行いました。

以降の死亡届の提出、火葬場の予約、ご遺体の納棺等、全てひかりの杜で作業させて頂きました。

3)ご火葬の予定に合わせてご遺体を柩に納め、横浜市久保山斎場に向け出棺しました。

横浜市久保山斎場

4)横浜市久保山斎場到着後、入口にてご遺族様と合流してお柩は火葬炉前に移され、

最後のお別れをされた後、荼毘に付されます。

5)ご火葬終了後、ご遺族様の手で拾骨を行いお骨壺に焼骨を全て納めました。

6)お骨壺をひかりの杜でお預かりし、粉骨の上でご自宅にお届けし、然るべき所に安置して終了となりました。

7)後日ご連絡を頂き、江ノ島沖で散骨されたとの事でした。

尚、ご遺骨のお持ち帰りが困難な場合 には、お申し出頂ければひかりの杜でお預かりして

担当ケースワーカーと相談の上、横浜市役所で一定時間お預かりし、

必要な時期に横浜市民の共同墓地へ埋葬させて頂く事も可能です。

ご火葬のみのシンプルな儀式ですが、故人様とのお別れの時間を十分にお取り頂く事は可能です。

2 生活保護とは

生活保護制度は、厚生労働省が管轄する生活保護法に基ずいて、

生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、

健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的として創設された制度です。

この制度下では、横浜市内で生活保護を受給されて居られる方が亡くなられた場合、

その方のご葬儀を営むにあたっては葬祭補助金が支給されます。

1)補助対象の費用は葬祭費用(ご遺体火葬の費用のみ、定額)、ご遺体搬送費用、ご遺体保全費用、

死亡診断書発行費用の4項目です。

2)”ひかりの杜生活保護葬”では前記の費用の範囲内でご遺体をお預かりし、

ご遺体を荼毘に付す形の”直葬”を営む事が可能です。

お見送り(直葬、ご火葬のみ)に必要とされる費用は全て横浜市より支給される葬祭補助金の範囲で営む事が出来、

ご遺族様、関係の方、もしくは医療法人様が費用を負担する必要は御座いません。

3)その手続きは故人様の死亡診断書をお預かりし、該当区役所に同行して頂き担当ケースワーカーに紹介して頂けば、以降の全てをひかりの杜で対応させて頂きます。

4)又、身寄りの方が居られない、ご遺骨を納める設備を持たない、等のケースでは

横浜市内居住する区役所に相談する事により一定期間ご遺骨を保管したり、

横浜市営の共同墓地に埋葬してもらう事も可能となっております。

以上”ひかりの杜”にご相談頂ければ全てを執り行わさせて頂きます。

   今回は以上です。

横浜市港北区での葬儀・ご葬儀での祭壇

お身内の方が亡くなられ、お見送りの儀礼を営むに当たりましては

故人様のご遺体と共にお見送りを弔う祭壇を設ける事が古くよりの慣わしです。 

今回は祭壇に付いて考えてみました。

1 葬儀に於ける祭壇の位置ずけ

お見送りの儀礼を営む際の 葬儀に於ける祭壇の位置付けに付いては色々な考え方が有ります。

1)仏教であれば “仏を供養する事によって得られる功徳を故人様に振り向ける” 事から 

祭壇の中心は仏様の本尊であります。

2)キリスト教では 故人が地上での罪を許されて神のもとに召される事を神に礼拝する事から 

祭壇の中心は神となります。

3)そして、告別式では故人様とご遺族・会葬者の方々とのお別れが中心となりますので 

祭壇の中心は故人様のご遺体となります。

現代では葬儀式と告別式は同時に行われるのが通例となって居りますので、

祭壇の中心は御本尊と故人様が同時に祀られる形となって居ります。

但し、キリスト教ではあくまでも祭壇の中心は神となります。

勿論、無宗教葬の場合は故人様が祭壇の中心にお祀りされる事と成ります。

2 日本の仏教に於ける葬送儀礼の変遷と祭壇

葬儀で用いられる祭壇を葬儀壇とも言います。

かって、葬儀はご自宅での法要と、葬列を組んで葬場若しくは菩提寺に行っての法要と、

二段階で法要が行われて居りましたが、

現在ではこの二段階の法要が合体し、更に告別式も加えられて葬儀が執り行われて居ります。

従いまして、祭壇もその目的に合わせて変化致しました。

葬列が組まれた当時の葬儀壇は柩の前に野机と呼ばれる小机を置き、白布で覆い、

その上に位牌、三具足、供物を乗せてその両側に供花や供物、

そして、葬列で用いた野道具を式場後方に並べる、という形で式場が設営されました。

その後、時代の変化と共に小机が大きくなり、仏壇の様に二段、三段と増えて行き、

さらには寺院の荘厳(お飾り)にならった白木の須弥壇が葬儀壇として備えられる様になりました。

更に今日では故人様のお人柄に合わせた生花祭壇も流行の一つとなって居ります。

百合の花

3 葬儀壇の形式

葬儀壇とは仏教の葬儀式に使用される祭壇を指しますが、

特定ご宗派の場合は御本尊を祀り、故人様を偲び供養する為に、

ご位牌・ご遺影写真を安置し・お供物を供える為に用います。

仏式の葬儀の場合は祭壇の前に経机が置かれて、葬具がその上に置かれます。

神式の場合は、経机に代えて饌案(せんあん)が置かれて、洗米 酒 塩 水 その他生饌が配置されます。

葬儀壇は伝統的に白木祭壇が用いられて来ましたが、

近年は後々にも有効活用出来る花祭壇が好まれる様に成りました。

ひかりの杜では花祭壇を主としてお薦めし、

故人様やご遺族様がお好みのお花や、季節を表わす生花を利用して、

オリジナリティの高い祭壇でお手伝いをさせて頂いて居ります。

尚、生花祭壇は仏式、神式、キリスト教式に拘らずご利用頂けます。

   今回は以上です。

横浜港北区での葬儀・ご遺骨保管・粉骨

男性の方よりお電話を頂き、

ご妻女ご逝去、各種相談したいが可能か?との問い合わせを頂きました。

ご葬儀を含めご相談に乗らせて頂きます。と回答してご遺体が安置されている病院に急行致しました。

横浜での海洋散骨

病院の喫茶室にてご家族の各種お問い合わせにお答えし、今お決め頂く事、ご葬儀後にお決め頂く事をご説明し、

ご理解を頂いた後に、ご希望によりご妻女のご遺体をひかりの杜遺体安置所に安置すべくご遺体移送車の手配をし、

ご遺体をお預かりしました。

その後、再度ご遺族様のご希望をお伺いして、横浜市北部斎場を利用してのご家族による一日葬を営む事とし、

菩提寺はお持ちでないが、式は仏式・曹洞宗でとのご希望から、俗名での葬儀式とし、

ご導師はひかりの杜より紹介させて頂く事となりました。

横浜市北部斎場

ご妻女ご逝去からご葬儀までは、斎場予約の関係から6日間ほどの間隔があり、

日々お問い合わせや新規のご希望が寄せられて、ご自宅にて懇談を重ねさせて頂きました。

その中の一つとして、ご葬家では仏壇をお持ちでなく、

ー今後も持たれる予定はない中でどの様にご妻女の霊をお祀りするか、

ーご遺骨埋葬の方法もゆっくり時間をかけて考えたい、との事から各種の方法論を説明させて頂きました。

結論は;

1)俗名でのご位牌をサイドボードの上に安置し容易に日々お祀りする。

2)ご遺骨は粉骨をして、その一部を化粧された小さなお骨壺に収容してご位牌と共に安置。

3)残りの粉骨されたご遺骨は別途保管し、埋葬方法が決まった後に処置する。

粉骨とは

粉骨とは、故人様の焼骨を砕いて粉末状にする事を言います。

粉骨をする事により故人様の焼骨の容積は五分の一から六分の一に縮小する事が出来ます。

以前は海や山へ散骨する際に利用されて居りましたが、埋葬に対する考え方も変化してきた近年では、

ご遺骨保管・手元供養・その他で多く利用され始めて居ります。

ひかりの杜でも粉骨のお希望をお受け致して居ります。

   今回は以上です。

横浜市港北区での葬儀・夫婦別墓

過日、横浜市港北区内でご主人様を亡くされたご妻女様喪主による家族葬をお手伝いさせて頂きました。

ご葬儀を終えて四十九日法要・埋葬に話が及びますと、現在特定の墓所はお持ちでなく、

夫婦別墓所での埋葬は可能か?その場合どの様な埋葬方法があるか?との問い合わせを受けました。

近年、夫と同じお墓に入りたくない、妻とは別のお墓を用意して於きたい、独身用のお墓は、

などのコメントを頂く機会が多くなりました。

“○○家代々の墓”と書かれた墓碑の考え方は時代の変化と共に少なく成りつつ有る様です。

葬儀について

1 熟年離婚

古くより日本の文化の中では”離婚”という言葉は必ずしも肯定的な意味を持つ言葉ではありませんでした。

しかしながら現代の日本では離婚に伴うマイナス意識はほとんど無くなって居ります。

1)日本と各国の離婚事情

日本に於ける離婚件数は、1975年(昭和50年)では約12万件でしたが、

2014年(平成26年)では約22万件と倍に増えました。

その離婚率(1000人対)は1.77件で 先進国の中では比較的低い数字となって居ります。

ちなみに、先進各国の離婚率は USA;3.6、スウェーデン;2.46、韓国;2.3、ドイツ;2.19、

イギリス;2.05、フランス;1.97でした。

2)熟年離婚

その中で50歳以上の夫婦が離婚する熟年離婚は、1975年の6千件弱から、2014年には6万件弱と

10倍に増加して年齢別離婚の中で特出する様になりました。

但し、この6万件前後は2002年をピークとしてその後横這い状態で推移して居ります、

この様な背景が夫婦別々の埋葬という考えにつながるのかもしれません。

3)高年齢の方の離婚 

然るべき年齢の方々の離婚のパターンの多くは

20年を越える結婚生活を過し、お子様が自立した事を喫掛けとしたケースです。

その原因・理由としては

①価値観の違い、

②性格の不一致、

③両親とそりが合わない、

④相手の親の介護が苦痛、

⑤家庭内で会話が無い、

⑥お金の浪費・借金、

⑦家庭を顧みない・家事をしてくれない、

⑧夫婦間の精神的暴力(モラルハラスメント)、

⑨相手方の異性問題、

⑩自分に好きな人が出来た、

⑪相手の介護をしたくない 

など多岐にわたりますが、価値観の違い・性格の不一致・両親とそりが合わないなどは 

結婚生活中には我慢していた事が、お子様の自立と共に噴出して、訣別となるケースです、

それと共に夫が定年退職し、自宅に居る時間が長く接触する時間が多くなると、

新たなフラストレーションが造成されます。

熟年離婚を後押しする要素としては子供が自立し手がかからなく成る事と共に 

年金分割制度の整備により離婚後でも年金が受給できる事になった事があります。

4)熟年離婚をして良い事・困る事

離婚をした方に対するアンケートによれば;

ー良かった事は 離婚原因から解放された事が一番でした。

ー後悔している事としては

 一人での生活で感じる孤独感、収入確保の困難さ(高齢であるが故 就職が困難)、

 不十分な収入により子供・親族に対する金銭援助の依頼、などがあげられました。

 特に女性の方は離婚後、高齢での就職は困難が伴い、当初考えていた収入を確保出来ず、

御苦労する事が多いようです。

 平均寿命が延びる中で 離婚後の生活も長期に及びます、資金確保は十分に検討する必要が御座います。

2 個人のお墓

御一人のお墓で永眠したい、とのご希望をお持ち方には

樹木葬、散骨、永代供養墓などの選択肢が御座います。

1)樹木葬とは

日本に於ける樹木葬とは“墓地、埋葬に関する法律”に基き都道府県知事より認可された墓地の 

地中にご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、樹木墓地・樹林墓地などとも呼ばれます。

2)東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては、2012年に開設された東京都の小平霊園 樹林墓地が有名です。

そして、横浜市営ではメモリアルグリーン(戸塚区)の合葬式樹木墓地が提供されて居り、

横浜市内の多くの霊苑でも樹木葬墓地が多数 提供され始めて居ります。

3)継承を前提としない樹木葬

現代の横浜に於ける高齢化率は既に305%を超え、家族構成も単身所帯が30%を超える中で、

従来の家族制度を基にした先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では、個人個人がご自分のお墓の事を考え、親のお墓の供養をどの様に続けるのか、

考慮しなければならない状況です。

この様な中で、継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

4)樹木葬墓地でのご遺骨埋蔵

尚 ご遺骨埋蔵の形態としては; 

多くの私営霊園が樹木葬墓地を提供して居りますが、大多数は④の形態となります。 

面白い形態としては、散骨樹木葬と呼ばれ、

島根県壱岐郡海士町に属する無人島カズラ島は島全体が霊園として登録され、

この島の樹林に有料で散骨する事が可能となって居ります。

散骨

5)散骨

散骨とはご遺骨葬送方法の一つで、

ご火葬した後の焼骨を粉末状にした上で、山中、海、空、宇宙などへ撒く形の葬送です。

死後には山や海等の自然の中に帰りたいという 故人様のご希望や、お墓を守る方が居ない、

などの理由から選ばれます。

6)散骨の規則

葬送方法を規定した”墓地、埋葬等に関する法律”では、

焼骨の墳墓への埋蔵や、納骨堂に収蔵する為の手続きに付いて定められて居りますが、

これら以外の方法に付いては特段の規定は無い為、法律上は散骨をする事が可能です。

但し、私有地、水源地周辺、漁場・養殖場の周辺は避けるべきかと考えます。

散骨は法務省の”節度をもって行われる限りは違法性はない”と言う見解により認められて居ります。

この”節度をもって”とは、焼骨をそのままでは無く、粉末状(焼灰と同程度)にして原型を無くす事、

そして、周辺住民から苦情の出ない場所に散布する事が求められます。

尚、北海道長沼町では条例により散骨は認められて居りません。

又、北海道七飯町、長野県諏訪市、北海道岩見沢市、埼玉県秩父市では

散骨は条件付きとなって居りますのでご注意下さい。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・紅葉に囲まれて天台宗の葬儀

ご夫君を亡くされた喪主様が岐阜県大津市の比叡山延暦寺よりご導師をお招きして天台宗の葬儀を執り行われました。

ご夫妻は毎年数回はご旅行をされて居り、特に晩秋には必ず日本国内はもちろんカナダ・北米などでも、

紅葉狩りをされていたとの事。

今年の紅葉を見ることが出来ないとの事で、ご主人様ご遺影を赤い紅葉でお飾りしてお見送りいたしました。

1 天台宗とは

天台宗は6世紀に中国の天台山を本山として起こされた大乗仏教の宗派であります。

日本では比叡山延暦寺の僧侶であった伝経大師最澄が唐に派遣され天台山にのぼり、

天台教学を受けて806年持ち帰ったのが天台宗の始まりです。

天台宗の正式な名称は天台法華円宗、法華円宗、あるいは天台法華宗と称しています。

法華宗と称する事も有りましたが日蓮教学の法華宗との混乱を避ける為あまり用いられては居りません。

最澄が帰国した頃は奈良仏教が主流でしたが、最澄は当時僧侶には認められていなかった大乗戒を基に

全ての衆生は成仏できるとの法華一乗の立場を説き、南都六宗と激しい論争を起こしました。

その頃、朝廷も奈良仏教に飽き始めており、旧仏教の束縛を切り新しい平安の新興仏教を求めていた事とあいまって 

最澄の没後に清和天皇より”伝教”の大師号が贈られ日本の天台宗が確立されました。

最澄は帰国後、延暦寺で禅、戒、念仏、密教の要素を含む四宗兼学の道場を開き

総合仏教としての教義を確立すると共に多くの僧侶を育成しました。

又、伝経大師最澄は飲酒を厳しく制限し、

飲酒をする者は仏弟子になる資格が無いので追放するよう述べて居ります。

天台宗の総本山は滋賀県大津市の比叡山延暦寺ですが、 

門跡寺院として京都市の魚山三千院、青蓮院など、大本山として岩手県関山中尊寺、栃木県日光山輪王寺、

東京都東叡山寛永寺、長野県定額山善光寺があります、 

又、別格本山としては東京都浮岳山昌楽院深大寺ほか全国に11寺院があります。

2 天台宗の葬儀とお経

天台宗の葬儀は、顕教法要(けんきょうほうよう)の

法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦する事で煩悩を薄くし滅罪する作法)、

例時作法(阿弥陀経を読誦する事で極楽往生の指南とする作法)、

密教法要の光明供(こうみょうぐ)(阿弥陀如来の来迎を得てその指導の下に故人を引導して仏と成す作法)

の三種の儀礼により営まれます。

顕教とは仏法を理解しやすいように言葉・文字を用いて説いたものであり、

密教とは仏と自分が一体である事を念じ仏の加護によって仏の境地に達しようとする秘法の事です。

天台宗では顕密一致を説きます。

供養する遺族、供養される故人様が一体となり、

仏の本性を開発し、共に仏道を成して行く事が天台宗の葬儀の本質であるとされます。

枕経(臨終誦経りんじゅうじゅきょうと呼ばれる)では阿弥陀経が読経されます。

通夜式では授戒が行われ、戒名を授かり、戒を護持して犯さざる事を仏前に誓います。

葬儀式は光明供修法阿弥陀如来の来迎を得て、

その指導の下に故人を引導して仏となす密法作法)と故人の成仏を祈る引導の作法が主となります。

適時、法華経と阿弥陀経が読経されます。

3 天台宗の焼香

天台宗でのお焼香は3回が基本とされて居ります。

最初に合掌して礼拝をし、

右手の三本の指(親指、人差し指、そして中指)でお香をとり、

その右手に左手を添えて額にいただき、火床にくべます。

これを三回繰り返し、最後に合掌礼拝をして終了します。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・桜草に囲まれて浄土宗の葬儀

横浜市青葉区に居住されるご婦人はご自宅のお庭いちめんを桜草で飾り、

開花季節となる4月5月にはお庭を開放して訪れる方々のお気持ちを和ませてくれました。

本年は残念ながら開花前に天寿をまっとうされて、西方浄土へ旅立たれる事と成り、

故人様のご葬儀は一族が信仰される浄土宗のご導師の下で執り行われました。

葬儀式場の祭壇は生花祭壇を選択され、ご遺影は早咲きの桜草に囲まれて、笑顔でのお見送りと成りました。

1 浄土宗とは

浄土宗は西暦1175年法然上人により立教開宗された、専修念仏を中心とする日本の仏教宗旨の一つです。

法然上人は比叡山の学僧でありましたが、その教学に満足できず比叡山を下りて”民衆の仏教の道”を探求します。

仏教を厳しい修行の基に悟りを得る聖道門と、念仏を唱え極楽浄土へ往生する浄土門とに分け 

聖道門を民衆に伝える事は難しいと考えて浄土門を選択しました。

浄土宗における念仏”南無阿弥陀仏”は、阿弥陀仏に帰依(南無)しますを意味しております。

浄土宗は法然上人の没後、親鸞などの多くの門人の間で法然上人の教えに対する解釈に違いが生まれ始めると共に 

1227年の承元の法難と呼ばれる専修念仏の停止令により、大きな被害を受け、分派活動も盛んとなりました。

また 鎌倉幕府などより念仏停止などの弾圧を受けましたが

1575年京都の知恩院が正親町天皇より浄土宗本寺として承認されます。

これに遡る1475年には松平親忠に乞われて浄土宗の僧侶愚底が

愛知県岡崎に戦没者供養のための大樹寺を建立します。

以降、大樹寺は松平家(徳川家)の菩提寺となり、

浄土宗知恩院、増上寺は徳川将軍家の手厚い保護を受ける事と成ります。

2 浄土宗の葬儀とお経

浄土宗の葬儀は、死者を仏の弟子として、仏の本願により阿弥陀仏の下にある極楽浄土へ往生することを教え導き、

本来の住処であり生命の根源である極楽浄土へ立ち帰る凱旋式として行うとされます。

更に参列する方々にも、悲しみの中にも自らの死の意味を問い、清浄な心で仏の教えに耳を傾け 

授戒し新たに仏の弟子となった故人様と共に一心に念仏せる生活に入る契機となるよう願って行われます。

葬儀式の構成は浄土宗の通常の法要(序分、正宗分、流通分)に授戒と引導が加えられたものです。

序文は法要を行うに当たって仏様をお迎えする部分、正宗分は法要で仏様のお話をうかがう部分、

流通分は法要を終えたら感謝して仏様をお送りする部分、授戒は戒名を授けて仏様の弟子とすること、

引導は仏様の弟子として教え導くことをさします。

枕経は臨終行儀として伝統的に重視され、この時授戒することが基本とされて居りました。

しかし、現代では枕経では来迎仏をあげて念仏するだけで良いと変化し、

授戒は通夜式で行うことが一般的となって居ります。

通夜式では四誓偈(しせいげ)が読誦されます(もしくは仏身観文(ぶつしんかんもん)、阿弥陀経)。

葬儀式では 四誓偈 もしくは仏身観文が読誦されます。

3 浄土宗の焼香

浄土宗の焼香の作法では焼香の回数に決まりはなく、寺院や地域により異なりますが、

三回のお焼香が基本となります。

香炉の前に立ち、合掌をして一礼をします。

その上で焼香を三回繰り返します。

焼香は;

親指・人差し指・中指の三指で香をつまみ、その手を仰向けにして反対の手を添え、香炉の火種の上にくべます。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀、南瓜に囲まれ臨済宗のお見送り

ご還暦の前にも拘らず急な病でご妻女を亡くされた喪主様のお手伝いをさせて頂きました。

喪主様のご先祖は九州佐賀のご出身で臨済宗南禅寺派(りんざいしゅうなんぜんじは)を信仰されて居られた事から

臨済宗次第によるご葬儀を営まれました。

生前、ご妻女は年々歳々お庭の畑で南瓜(かぼちゃ)を育て、食卓に供していたとの事で、

お選びいただいた生花祭壇のご遺影の両側に南瓜をお飾りしてお見送りされました。

1 臨済宗とは

日本の臨済宗は日本の禅の宗派の一つであり、師から弟子への悟りの伝達(法嗣、はっす)を重んじる宗派です。

ゴータマ・シッダッタ(本師釈迦如来大和尚)の教え(悟り)を直接受け継いだマハーカシャバ(大釈葉)から

28代目のボーディダルマ(初祖菩提達磨大師)を得てインドから中国へ伝来し 

唐末、河北の地の臨済寺を拠点とした臨済義玄(宗祖臨済大師)により始まります。

日本へは宋の時代に中国に学んだ栄西を始めとし、中国に学んだ日本の僧侶、

日本に招かれた中国の僧侶たちによって日本に伝えられました。

法嗣という師匠から弟子への悟りの伝達を続けて現在に至っております。

師匠と弟子の重要なやりとりは室内の秘密と呼ばれ師匠の部屋から持ち出される事は有りません。

しかしながら師匠の振る舞いを記録した禅語録が弟子たちにより作られ時代の流れと共に

多くの禅語録が集成され悟りの伝達も禅語録を教材に行う様にに変化しております。

師匠が肉体を去るとき跡継ぎを選ぶのが一般的ですが、臨済宗では複数の跡継ぎを指名したり、

跡継ぎを指名しないケースもあり、ある流れはいくつもの支流に別れ、ある流は消えてゆき現在に至っております。

禅宗は知識ではなく、悟りを重んじております。

ここで悟りとは”生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気ずく”ことです。

悟りは言葉で伝えられるものではなく、祖師たちは苦闘を重ねて悟りを得てきましたが多くの技法が考案され 

現在では師の下で座禅、公案(知的な理解を超えた話を理解する事)、読経、作務(普段の作業)の修行をする事で

悟りを得る方法論が生み出されております。

悟りは師から弟子へ伝わるとされております、言葉による教えでは有りません。

従い自分にとって正しい禅師を選ぶことが肝要とされます。

臨済宗の宗派としては、建仁寺派、東福寺派、建長寺派、円覚寺派、南禅寺派、国泰寺派、大徳寺派、向嶽寺派、

妙心寺派、天竜寺派、永源寺派、方広寺派、相国寺派、佛通寺派、興聖寺派などが御座います。

2 臨済宗の葬儀のお経

臨済宗の葬儀は、故人様が仏弟子となり、修行の道に入り、自己の仏性に目覚める事を願う 儀式とされます。

従いまして、死者を仏弟子とする授戒と、仏性に目覚めさせる引導が葬儀式の中心となります。

葬儀には、人間は仏の世界から見れば修行不足の存在であるから、

縁が無くてこの世で修行を積むことが出来なくても、

亡くなった後に仏弟子として修行に励んで欲しいとの願いが表現され、

又、ご遺族は故人様の最後をきちんとしてあげ故人様の安心を願うと共に、

平静な心を得、亡き人に報いるべく自らを促されます。

臨済宗は禅宗であり、導師の修行を背景として営まれ、地域によっても式次第は異なります。

枕経では観音経、大悲呪(だいひしゅう)などが読誦されます。

通夜式では観音経、金剛経などが読誦されます。

葬儀式では大悲呪が読誦されます。 

家族葬

3 臨済宗の焼香

臨済宗でのお焼香は額(ひたい)に戴かずに一回だけするのが基本です。

しかしながら、特別な定めは御座いませんので、

額にいただいて焼香をされても、

二回、三回の焼香をされても、作法に反するなどの指摘を受ける事は御座いません。

   今回は以上です。 

横浜市での葬儀・梅の花に囲まれて日蓮宗でのお見送り

本年2月に御岳母様をお見送りされた喪主様は信仰される日蓮宗で葬送儀礼を営まれました。

御岳母様は生前、お庭に梅の木を植えて日々手入れを怠らずお育てになって居られたとの事。

ご葬儀の式場には生花祭壇のご利用を提案し、ご遺影の周りを梅の花で飾らせて頂きました。

1 日蓮宗とは

日蓮宗は鎌倉時代中期に日蓮聖人(1222年-1282年 諡号 日蓮大菩薩、立正大師)により

起こされた仏教の宗派の一つで日蓮法華宗とも称しました。

その教えは、法華経(妙法蓮華経)が釈迦の正しい教えであるとし、

”南無妙法蓮華経”(なむ・みょうほうれんげきょう)という題目をとなえる(唱題)ことにより、

滅度後の衆生は救済されると説かれます。

その葬儀式は、日蓮聖人の”法華経を信じ、南無妙法蓮華経の題目を受持する者は、

必ず霊山浄土に往径することができる”という言葉を信じて営まれます。

日蓮宗の葬儀式は、故人様に穏やかにこの世を離れ、

新たな世界に清々しい気持ちで旅立っていただく為に営まれます。

故人様に対して生死の二法を明らかにし、法華経信仰を通して釈尊 日蓮聖人との関係に於ける安心(あんじん)を説き、

過去・現在・未来の三世にわたり法華経を護持することを勧め、霊山浄土へ導くことを眼目として居ります。

霊山浄土とはインドの霊鷲山(りょうじゅさん)を指し、

釈尊は今尚そこで法華経を講じている久遠実成(くおんじつじょう)の仏でであるとされ、

その釈尊の下え故人様をお送りする儀式が葬儀式であります。

日蓮宗の本尊は。久遠実成の本師・釈迦牟尼仏であり、

その永遠の釈尊の慈悲と救いを表わすのが大曼荼羅(おおまんだら)であります。

大曼荼羅は 日蓮聖人が久遠の仏さまがお悟りになった世界を文字で表わしたもので、

中央に南無妙法蓮華経の宝塔が輝き、その左右にお釈迦と多宝如来が座られ、

地湧の菩薩や十界の代表も列座に連ねられたものです。

法会の中心には本尊として大曼荼羅が掲げられます。

法華経の世界の再現が法会であり、葬儀は故人様 最後の聞法修行の機会であるとも理解されますので、

大曼荼羅が大切な位置を占めることとなります。

尚、南無妙法蓮華経という題目を唱えると言いますが、題目は経典の表題を唱えることに由来します。

2 日蓮宗の葬儀のお経

日蓮宗の葬儀は、日蓮聖人の法華経を信じ南無妙法蓮華経の題目を受持する者は 

必ず霊山浄土に往詣(おうけい)する事が出来る、の言葉をよりどころに営まれます。

死者に対し、生死の二法を明らかにし、法華経信仰を通して釈尊・日蓮聖人との関係に於ける安心を説き、

過去・現在・未来の三世にわたり法華経を護持することを勧め、霊山浄土への導きをなすことを眼目とします。

枕経、通夜式、葬儀式 いずれの場合も 法華経が読誦されます。

3 日蓮宗の焼香

日蓮宗では、大曼荼羅に向かい合掌して一礼します。

焼香盆の中のお香を右手の親指・人差し指でひとつまみ取って火種に振りかけます。

焼香は3回行うのが日蓮宗の導師の正式な作法とされています。

一般参列者の場合は1~3回の間で選択します。

数珠を左手に持ち右手でお香を火種にくべた後、再び合掌一礼して席へ戻ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・桜の花に囲まれて浄土真宗でのお見送り

本年3月にご尊父様ご逝去に伴うお見送りのお手伝いをさせて頂きました。

菩提寺は静岡との事で、ご住職を静岡よりお招きして浄土真宗西本願寺派により葬儀を営まれました。

ご尊父様は日々散策を楽しまれ、特に桜並木での散策を好まれましたが今年の桜を見る事は出来なかったとの事、

生花祭壇を選択されましたので、ご尊父様ご遺影を桜の花で囲んでお見送りされました。

1 浄土真宗

浄土真宗は鎌倉時代初期、比叡山の学僧であった親鸞聖人が法然上人に弟子入りし 

浄土門の念仏の教えこそ真実の教え(浄土真宗)を継承して展開し、

親鸞上人の没後、弟子たちにより教団として発展させた日本の仏教の宗旨の一つです。

親鸞上人には独立開宗の意思はなく法然上人に師事出来た事を生涯の喜びとしていました。

宗旨名として浄土真宗を用いることに成るのは親鸞聖人の没後であり、

他派からは永らく一向宗、あるいは門徒宗と通称されて居りました。

浄土真宗は僧侶の肉食妻帯が許されて居り、細かい戒律も有りません。

明治になるまで公式に妻帯を認めていた宗旨は浄土真宗だけです。

法然上人が説いた”出家、在家の仏教徒の規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である”

を親鸞上人は実遷して妻帯をしたのが始まりと成りました。

真宗は、ただ如来の働きに任せて、全ての人が往生できるとの教えから 合理性を重んじ、

作法や教えも簡潔であった事から広く庶民に受け入れられました。

又、加持祈祷を行わない唯一の仏教宗派です。

その後本願寺八世の蓮如が登場し講と呼ぶ組織を作り発展、拡大をしますが戦国大名との争いをへて、

十一世顕如は豊臣秀吉に降伏します。

顕如は京都に土地を与えられ本願寺(西)を再建します。

その後、徳川家康の宗教政策により顕如の長男 教如が本願寺(東)を建立して 

以降、西と東の二派に別れ今日にいたって居ります。

2 浄土真宗の葬儀とお経

浄土真宗の葬儀は他の宗派と大きく異なります。

葬儀の中に授戒と引導が無い為、葬儀は日常の勤行がそのまま葬儀式の構成となります。

これは在家仏教ゆえに戒が無く、“絶対他力”ですので信心をいただいていない人が亡くなっても 

その人を往生・成仏される力は私たち凡夫(僧を含む)には出来ない、阿弥陀如来の一人働きによるのみとされ、

“平生業成”から生前に信心をいただいていたならば 浄土往生と成仏は すでに約束されている事なので 

故人様の成仏を祈る必要はない、との考えから引導も有りません。

又、人間には他に分かち合うだけの功徳が備わっていないとの考えから、他宗派と同じ回向の考え方も有りません。

往生即成仏と成りますので、死装束は不要であり、霊やケガレも認めて居りませんので清め塩は使いません。

浄土真宗の葬儀式は故人様が死という事実を身をもって示し、

私達に死を迎える準備をしなければならない事を無言の内に教えてくれて居る事から、

これを機縁として本尊阿弥陀如来に報恩感謝し、仏様の教えを学ぶ“聞法”の場であると位置付けられて居ります。

従いまして、あくまでもご本尊を中心にしてご葬儀は営まれます。

臨終勤行の枕経では阿弥陀経(本願寺派)が読誦され、通夜式でも同様です。

葬儀式では阿弥陀経が読誦されます。

3 浄土真宗の焼香

ご本尊の前で一礼し、お香を3本の指で摘むところまでは他の宗派と同じせすが

本願寺派の場合お香を額に押しいただかずそのまま1回だけ香炉にくべます。

大谷派は同様にして2回香炉にくべます。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・ヒマワリに囲まれて曹洞宗のお見送り

今週は曹洞宗ご導師によるご葬儀のお手伝いをさせて頂きました。

参列の方々は二十数名と多人数ではありましたがご親族のみとの事で、

ひかりの杜家族葬プランをご利用頂いて営まれました。

ご葬儀式場の祭壇は生花祭壇をご指定頂き、故人様がお好きだったヒマワリのお花でご遺影を飾らせて頂きました。

1 曹洞宗とは

曹洞宗は、鎌倉時代に道元禅師により中国から伝えられた 

日本の禅宗(曹洞宗・日本達磨宗・臨済宗・黄檗宗(おうばくしゅう)・普化宗)の一つで、

”正伝の仏法” を伝統とし 南無釈迦牟尼仏として釈迦をご本尊と仰ぎ  

修証一如(無限の修行こそが成仏である)、只管打坐(しかんたざ、ひたすら座禅する事)をもっぱらとし、

座禅を通して、真実の自己・仏性に目覚め、懺悔・菩薩心の働きによる菩薩行により

他者に働きかけ活かすことを教義とします。

大本山は福井県吉田郡の吉祥山永平寺(ご本尊 釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来)と 

神奈川県横浜市鶴見区の諸嶽山総持寺(ご本尊 釈迦如来)の二寺が有ります。

1)日本国曹洞宗開祖、道元禅師

道元禅師は1200年京都に生まれ、14歳で天台宗座主公円の下で出家し仏法房道元と名乗ります。

その後三井寺で天台教学を修め、1217年より京都建仁寺にて栄西の弟子明全に師事します。

1223年明全と共に南宋に渡り、諸山を巡って修学し、曹洞宗禅師天童如浄より印可を与えられ 

1228年に帰国します。

帰国後1233年京都深草に興聖寺を開きますが比叡山からの度重なる弾圧を受け、

1243年越前国の地頭 波多野義重の招きに応じて越前志比荘に移り、

傘松に大仏寺(後に永平寺)を開き、自ら貫首となります。

そして1253年病を得て貫首の座を弟子の弧雲懷ジョウ(こうんえじょう)に譲り、

京都高辻西洞院で没っしました。享年は54歳でした。

2)曹洞宗の教義

道元禅師は自らの教えを”正伝の仏法である”として、セクショナリズムを否定し、

弟子達にも特定の宗派名を称することを禁じ、禅宗として見られることすら拒否感を示したと伝えられます。

従いまして、道元の下に集まる人々により教団が形成されましたが特定名称を持ちませんでした。

宗派の呼称として曹洞宗を用いる様になるのは、

宗団の太祖と仰がれる第四祖瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)の頃からで、

瑩山により、禅の大衆化と現在の様な大教団なる為の基礎が築かれました。

総持寺は瑩山により能登で開山しましたが、明治時代に焼失した為、現在の横浜市鶴見に移して建立されました。

3)曹洞宗の葬儀とお経

曹洞宗の葬儀は故人様を偲び、讃えることであり、ご遺族をいたわり、慰める為に営むものとされます。

葬儀儀礼は僧侶の葬儀を簡略化して営まれ、

授戒(戒を授けて仏弟子とすること)と引導(仏世界に入らしむこと)が中心に置かれます。

又、肉親の死により悲しみの中に居られるご遺族に、

故人様もこうして仏の慈悲により救済され、仏の世界に入れることを儀式により示すことで、慰めを与えます。

枕経では仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)又は舎利礼文(しゃりらいもん)が読誦され、

通夜式では修証義(しゅうしょうぎ)舎利礼文が読誦されます。

葬儀式では大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)、舎利礼文が読誦されます。

4)曹洞宗でのお焼香

曹洞宗では香を二回香炉に投じて仏と故人の霊を拝みます。

一回目は右手で香をつまんだのち両手で額に押し戴き、香炉に投じます。

続けて二回目には少量を押し戴かずに香炉にくべて拝みます。

  今回は以上です。

横浜市での葬儀・真言宗による葬儀の営み

先週は秋のお彼岸でしたが、享年95才で天寿をまっとうされた故人様のお見送りを手伝わせて頂きました。

お見送りは仏式、真言宗で執り行われてました。

1 真言宗とは

真言宗は平安時代の9世紀初頭に空海(弘法大師)によって開かれた 日本の仏教の一宗派です。

真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称します。

空海は804年に唐(中国)に渡り、長安の青龍寺で恵果より真言密教を学んで、その秘法を伝授され 

日本へ帰国後、高野山金剛峰寺と、

嵯峨天皇より勅賜された平安京の教王護国寺・八幡山東寺を修行場として真言宗を開きました。

法身仏(絶対者)である大日如来をご本尊とし、

その教義は即身成仏と密厳国土のもと

身(しん)、口(く)、意(い)という人の三っの働き(三密)において手に印を結び、

口に真言を唱えて、心を静めて三昧(さんまい)の境地にはいれば即身成仏できると説きます。

空海は835年62歳で高野山で入定(逝去)しましたが 

入定に際し住持していた寺院を弟子達に付属しました。

そして、これらの寺院は年分度者(国家公認の僧侶の養成)を許可され、

それぞれの寺院は独立性を持つ事と成ります。

江戸時代に入り、1615年徳川家康は真言宗諸法度を出し、真言宗全体を幕府の管理下に置くと共に、

その後の寺壇制度により、本山・末寺は財政的な安定を得る事となりました。

但し、一部に綱紀のゆるみも生む事と成ります。

明治政府の神仏分離とそれに伴う廃仏棄却など困難な時代を乗り越え、

昭和14年の宗教団体法成立に伴い宗派は統合され真言宗として一本化されました。

戦後は分派独立が相次ぎ、現在は約50の宗派が有りますが、

その内主要な16派 18総大本山は各山の連絡親睦・共通事業の主宰を目的として 

真言宗各派総大本山会を設立して融合を図って居ります。

2 真言宗の葬儀

1)真言宗の葬儀とお経

弘法大師の作と言われるご詠歌(ごえいか)

“阿字(あじ)の子が、阿字の古里、立ち出でて、また立ち帰る、阿字の古里”

は真言宗に於ける葬儀観を示したものとされます。

阿は梵字で書かれ、大日如来とその生命を表わします。

死者(亡者と呼ばれる)を宇宙生命の源である大日如来の大生命に包まれている弥勒菩薩の浄土である

“都率浄土”へ送り返す事が葬送儀礼の精神とされます。

従いまして葬儀式は即身成仏への引導作法として示されます。

剃髪・授戒・戒名の授与までが前段階で、大日如来のもとへ導くための準備段階の作法で、

それ以降が後段階として”大日如来との一体感”、すなわち永遠の生命との一体感をきわめる作法となります。

具体的な葬儀の進行は 真言宗内 宗派、地域により異なります。

枕経では死者の成仏を勧める“般若理趣経”が読誦され、“慈救の呪”を唱えて悪魔を祓い、

阿弥陀如来の“陀羅尼”、“光明真言”、御法号“南無大師遍照金剛”を唱えます。

通夜式でも理趣経を読誦し、慈救の呪、光明真言、御法号が唱えられます。

葬儀式では前賛、理趣経などが読誦されます。

線香

2)焼香の作法

真言宗の焼香作法は、まずご仏前に進み出て、合掌礼拝します。

此の時ご導師さまにも一礼すると丁寧です。

そして右手の親指と人指し指で香をつまみ、額に捧げて香炉に入れます。

これを三回繰り返します。

そしてもう一度合掌をし、ご遺族に一礼をして静かに自分の席に戻ります。

回し香炉の場合、自分の席に来たら速やかに焼香し次の方に回します。

この場合も焼香は三回です。

尚、真言宗智山派では摘んだ香を三回にわけて額に捧げて香炉に入れます。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・9月19日は遺品整理の日

令和3年9月19日は彼岸入りの前日となりますが、

特定の業界ではこの日を遺品整理開始の記念日に制定してご遺族へのお手伝いを宣伝して居ります。

これは、”ク(9)イ(1)ック(9)”の語呂合わせと秋の彼岸前とを重ねて記念日としました。

故人様を亡くされたお気持ちを癒される時期ではあっても、

故人様の死後には遺品整理を含めいくつもの手続きをしなければ成りません。

中には限られた日にちの中で行わなければならない手続きも御座いますので注意が必要です。

ひかりの杜ではご遺品の整理・廃棄もお手伝いさせて頂いて居りますので、

必要とされるさいにはお気軽にご連絡下さい。

お墓参り

1 ご遺品の整理

故人様のご遺品を整理に当たりましては、

お一人での整理、ご遺族だけでの整理、多くのご遺品、その他いろいろなケースが御座いますが、

故人様への思い入れが残るなかでの整理には時として困難を伴う場合も御座います。

そんなときには第三者の意見を聞くのも整理推進の一助と成り得ます。

廃棄作業を含めて業者を利用する価値が御座います。

横浜市役所

2 葬儀後の手続き

1)世帯主変更

葬儀が終了致しました後には、故人様が所帯主であった場合は所帯主変更をしなければ成りません。

新たにその家の生計を維持する世帯主は故人様の死後14日以内に故人様居住地の区役所に所帯主変更届を提出しなければ成りません。

届け出には印鑑と本人確認の為の書類(運転免許証、パスポート、マイナンバーカード等)が必要と成ります。

この届け出は代理人でも可能ですが、その場合は本人確認の書類と委任状が必要と成ります。

尚、残された所帯員が1名の場合は自動的に世帯主が変更されますので、変更届を提出する必要は有りません。

2)返却する書類

健康保険証、年金手帳、マイナンバーカードなどを故人様居住地の区役所に返却しなければ成りません。

3)国民健康保険 加入者

故人様が国民健康保険に加入、もしくはその扶養家族であった場合は、葬祭費が自治体より支払われます。

その金額は自治体により異なりますが、横浜市の場合は5万円です。

申告制ですので、申請しないと支給は受けられません。

申請期限は葬儀の日より2年以内となります。

開港記念会館

4)ご遺族の健康保険

故人様が企業の健康保険に加入されていた場合、その扶養家族は健康保険証を企業に返却すると同時に

扶養家族が居住する区役所で国民健康保険に加入します。

手続きは死亡した日の翌日から14日以内に行います。

加入が遅れた場合はその間に係る医療費は全額自己負担となります。

5)高額医療費 補助

高額医療費補助と呼ばれる制度が有り、故人様が国民健康保険、後期高齢者医療制度、又は健康保険を利用して、

同じ医療機関に支払った医療費の自己負担額が(1ヶ月単位)一定限度を超えると、

その超えた分が払い戻される制度です。

該当する場合は医療費を支払った2~3ヶ月後に高額医療費の払い戻し通知が送られて来ます。

この通知を基に国民健康保険・後期高齢者医療制度であれば 故人様居住の区役所に、

健康保険であれば健康保険組合に申請して、払い戻しを受けます。

尚、横浜市の国民健康保険では申請をしなくても自動的に払い戻されるます。

6)国民年金・厚生年金 受給者

国民年金・厚生年金を受給していた方が亡くなられて場合は、受給を停止する手続きを取らなければ成りません。

国民年金は死後14日以内に、厚生年金は10日以内に行います。

停止をせずにいると年金は支払われ続け、死亡が判明した時点で全額を一括で返還しなければなりません。

手続きは厚生年金・国民年金の老齢基礎年金の場合は年金事務所で、

それ以外の国民年金の場合は居住地の区役所の国民年金窓口で行います。

必要とされる書類は年金受給権者死亡届、年金証書、死亡を証明する書類(死亡診断書の写し、戸籍抄本(除籍))などです。

年金は2ヶ月毎の支給されますが、前回支給日から死亡日までが未払いとなるケースが有ります。

この場合は受給停止の手続きと共に未払い金を受取る手続きも行います。

又、年金加入者が亡くなられた場合はご遺族に一時金や遺族年金が支給されますので、その手続きも必要です。

尚、その金額は故人様の加入条件、ご遺族が誰か、ご遺族の年齢により異なりますので窓口でご確認下さい。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・秋のお彼岸

令和3年も9月となりお彼岸の季節と成りました。

新型コロナウィルスによる緊急事態宣言下の横浜ですが、

三密を避けながらもご先祖の冥福を祈る機会はつくりたいものです。

今年の秋のお彼岸は9月20日彼岸の入り、26日彼岸明け、23日が中日(ちゅうにち、春分の日)となります。

お彼岸

1 お彼岸

お彼岸とは、季節の移り変わりを的確に掴む為に設けられた”雑節”一つで ”

暑さ寒さも彼岸まで” に示されように、冬から春、夏から秋への変わり目を指します。

春分の日・秋分の日を中日とした、前後其々3日を合わせて計7日間を指し、

その中日は先祖に感謝する日であり、残りの6日間は悟りの境地に達する為に必要な六つの徳目 

“六波羅蜜” を1日に一つずつ修める日とされて居ります。

彼岸は7日間ですが、初日の彼岸の入りから3日の間六波羅蜜を唱えて三種の徳目を修め、

中日にはご先祖に感謝し、

残る3日間で更に三種の徳目を修めます、

七日目は彼岸明け(はしりくち と呼ぶ地域も有ります)となります。

尚、彼岸の間に行う仏事を 彼岸会(ひがんえ)と呼びます。

1)お彼岸の起源 

お彼岸の語源は仏教用語の到彼岸(とうひがん)から来ており、

サンスクリット語で”完全である事、最高である事”を意味する波羅蜜多(はらみた)をあらわし、

仏教に於いて各修行で完遂・達成されるべきものを指します。

達成されるべき徳目は全六種であり六波羅蜜と呼ばれます。

六波羅蜜を会得することにより此岸(迷い)から彼岸(覚り)に到る(到彼岸)とされます。

これらの考え方は全て日本で創られたものです。

2)お彼岸の期間

彼岸は7日間ですが、初日の彼岸の入りから3日の間六波羅蜜を唱えて三種の徳目を修め、

中日にはご先祖に感謝し、残る3日間で更に三種の徳目を修めます、

七日目は彼岸明け(はしりくち と呼ぶ地域も有ります)となります。

尚、彼岸の間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼びます。

日本で初めて営まれた彼岸会は、806年で、諸国の国分寺の僧が崇道天皇の為に七日間金剛般若経を読み続けたとされます。

3)お彼岸の願い 

本来の彼岸は”自身が極楽浄土昇天”を祈念するものでした。

浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土)は西方の遙か彼方(西方浄土)にあるとされ、

春分と秋分の日は太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝して 

遙か彼方の極楽浄土を思い描き、浄土に生まれ変わる事に思いをはせたのがお彼岸の始まりとされます。

現在では六波羅蜜を修める6日間を除いた中日のご先祖法要のみが一般化しました。

尚、彼岸は日願(ひがん)から変化したとも言われて居ります。

4)お彼岸のお供え物

お彼岸の期間にご先祖にお供えする物として“おはぎ”があります。

おはぎはもち米と小豆を焚いて作られますが、

古くは小豆には邪気を払う効果が有ると信じられて居り、

先祖の霊から邪気を払う為に小豆をまぶした食べ物をお供えする様になり、それが定着して現代に至りました。

尚、現在の甘いおはぎは明治時代以降、砂糖が庶民の手にも入る様になってからの変化です。

 -御萩(おはぎ) と 牡丹餅(ぼたもち)

 おはぎ と ぼたもちの違いに付いては以下の様に諸説が有ります;

① 春のものを 牡丹餅、秋のものを 御萩とする説

   牡丹餅は 牡丹の花に似せて見立てたものであり、御萩は 萩の花が咲き乱れる様子を見立てたものである故、春は牡丹餅、秋は御萩と呼ぶ。

② もち米を使用したものは 牡丹餅、うるち米を使用したものは 御萩と言う。

③ 小豆餡を使用したものを ぼたもち、きな粉を使用したものは おはぎ。

④ こし餡を使用すると ぼたもち、つぶし餡を使用したものは おはぎ。

   (逆の場合も有ります)

⑤ 二口程度で食べられる小さいものを おはぎ、それより 大きいものを ぼたもち。

等です。

萩の花

5)お彼岸前の準備

お彼岸が来る前には;

〇 まず お墓と その周りを綺麗に清掃して於きます。

〇 そして 仏壇の掃除も行います。

〇 お墓参りに必要な 数珠、供花、供え物、ローソク、マッチ、線香、掃除道具、手袋、ゴミ袋、植物用ハサミ、手桶、柄杓、タオルを用意します。通常 寺院や霊苑の場合 掃除道具、手桶、柄杓は備え付けの物が有ります。

〇 お彼岸の前日におはぎを作ります。仏壇用、墓前用、家族用が必要です。

お墓参り

6)中日の過し方

〇 朝一番で仏壇におはぎ等のお供え物をし、生花を飾り、お参りします。

〇 家族内揃ってお墓参りをします。

まず墓地に着きましたら 寺院の場合はお寺様、霊苑の場合は管理事務所に挨拶します。

最初に墓地の木や草を刈込み、古い卒塔婆をかたずけて、墓地を清掃します。

そして墓石の汚れを落としてきれいにします(事前に手入れが出来なかった場合)。

お墓がきれいに成りましたら、お花を飾りおはぎ等のお供え物をお供えします。

ローソクに火を付けて線香に火を移し、お参りする方々で分けそれぞれお参りします。

お参りは柄杓で水をお墓にかけ、線香を上げて、合掌礼拝します。

このときお墓を見下ろしてはなりません、見上げる形で礼拝します。

また、墓石へのかけ水は墓石を浄める意味と故人様に施す食べ物の意味が有ります。

〇 お墓参りを済ませ、ご自宅に戻りましたら 故人様・ご先祖様を偲びながら 

おはぎや 彼岸団子などを食します。

〇 時間が有れば、故人様を偲んで故人様がお好きだった場所にご家族で出かけるのも良いでしょう。

7)お彼岸に避けるべき事 

お彼岸の期間中の避けなければいけない事は何も有りません。

仏事と祝い事が重なる事は良くない印象が有りますが、お彼岸は 忌中や喪中とは意味が異なりますので、

特に身を慎む必要は有りません。

但し、中日に行う結婚式や引越しなどはお墓参りと重なる時間的な制約が御座いますので、注意が必要です。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・喪主様の服装

不幸にしてご家族のどなたか亡くなられた場合には、お見送り儀礼の主宰者をお決め頂かなければなりません。

お見送り儀礼の主宰者は喪主と呼ばれ、原則としてご家族の祭祀継承者が務めます。

お見送り儀礼を主宰する喪主様は然るべき服装で儀礼に臨まなければなりません。

横浜での海洋散骨

1 喪主様の服装

喪主様はご葬儀や法要を執り行う際に喪服(もふく)と呼ばれる服装で臨席しなければ成りません。

喪服とは葬儀や法事などに参加する際に着用する正装・礼服です。

喪衣(もぎぬ)や喪衣(もごろも)とも呼ばれます。

本来、喪服とは喪主様・ご遺族が喪に服している事を示す衣装でもあります。

1)正式な喪服と略式の喪服

正式と略式と呼ばれるものがあります。

喪主様は正式な喪服を着用します。

男性の正式礼装は、

洋装であればモーニングコートに黒とグレーの縦縞のズボンを合わせ、Yシャツは白、ネクタイは黒無地を着用します。

ただし、モーニングコートは昼間の正装ですので、夕刻に行われる通夜では着用しません。

通夜では略式礼服を着用します。

尚、フロントボタンは慶事の際の拝み合わせでは無く普通の合わせ、カフスボタンは光る物は避けます 

付けなくても構いません、靴下は黒無地、靴は黒のプレーンなものを着用します。

2)和装での喪服

和装であれば黒羽二重染め抜き五つ紋の着物に角帯で締め、仙台平のはかまを履いて羽織を着用します。

足袋は白もしくは黒、草履の鼻緒は黒です。

3)最近の喪服

最近の横浜では、正式礼装を着用するケースは少なくなり、

喪主様、ご遺族、一般会葬者の方々が通夜・葬儀・告別式をとうして略式礼装を着用される様に成っております。

4)喪服の統一

気を付けたい事として、喪主様と葬儀委員長・世話人代表は葬儀の中で同格ですので 

喪主様は略式礼装、葬儀委員長は正式礼装を着用という様なちぐはぐにならぬ様にします。

5)女性の喪服

女性の正式礼装は洋装であれば、

黒無地のオーソドックスなデザインのワンピース、スーツ、アンサンブルとなり 

透けていたり光沢のある素材は避けます。

襟元がつまったデザインで、袖は長め、スカート丈は膝が隠れる程度にします。

和装では 

黒無地染め抜き五つ紋付きで、半えりと足袋は白ですが、

それ以外の帯や帯揚げ、帯締めなどの小物は全て黒にします。

バック、靴、草履は布製のものが正式です。

尚、つやの無いシンプルなものであれば革製でも構いません。

6)制服の着用

幼少の方が喪主の場合は学生服を着用します。

警察官。自衛官・消防官・海上保安庁など、職業上制服を着用される方は

喪服の代りに制服を着用するケースも御座います。

その場合は記章・略章等をはずす事が望ましい。

2 喪服の色

日本に於いて、江戸時代までは喪服の色は白、又は水色の無紋の麻の上下で、

女性も白絹白麻布の着物に白絹白綸子の帯を着用しました。

又、 江戸時代中期には染服に小紋の上下を着用する様になります。

それが明治11年、大久保利通の葬儀に当たり多くの会葬者が黒の大礼服を着用した事から、

上流社会の中では黒が喪の色として認識され始め、

明治時代を通して庶民の間にも黒の喪服が定着して行く事と成ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お見送りの形式と規模

お見送りの儀礼はご家族が信仰されている宗教の定める次第により営むことが基本と成ります。

しかしながら現代の横浜では信仰する宗教をお持ちのご家庭は必ずしも多く御座いません。

多くの事例は、離れて久しいご実家の信仰を思い起こして営まれるケースが多数と成りました。

そのケースの多くは仏教であり、ご家庭の宗教はお持ちでないが、お見送りの儀礼は仏教で営まれております。

尚、故人様の信仰と喪主様の信仰が異なる場合は、喪主様のご意思で営みの儀礼は定められます。

 

葬儀について

1 葬儀の形式

横浜に於ける葬儀の形式では95%を超える御家庭が仏式で葬儀を営まれて居りますが、

横浜に於ける葬儀の形式では95%を超える御家庭が仏式で葬儀を営まれて居りますが、

同じ仏式でもご宗派によって仕来りが異なりますので、

菩提寺或いは葬儀社から紹介された住職との確認が必要です。

故人様の宗旨が家の宗旨と異なる場合や、宗旨は同じでも宗派が異なる場合は、

故人様の生前のご遺志を尊重頂くのが良いと考えます。

但し、家として寺院墓地をお持ちの場合は後日納骨の際に問題が起こる可能性が有りますので、

寺院のご住職に相談するなど慎重な検討が必要です。

又、無宗教葬で戒名を付けない場合や、戒名を他のお寺から頂いた場合などでも、同様の問題が発生します。

不対称花祭壇

2 葬儀の規模

葬儀の規模は、故人様の社会的地位・交際範囲・遺志・葬家の意向・などを考え合わせてお決め頂きます。

かっては、本家・分家の関係、地域の慣習などにより葬儀の規模が決められて居りましたが、

現在では故人様とご葬家の意向が優先される様に変化致しました。

世間体に捉われて、経済的に無理をしてまで大規模な葬儀を営む必要は御座いません。

ご家族だけで故人様とゆっくりお見送りをしたいのであれば、家族葬を選択されるのもその一選択肢です。

横浜市戸塚斎場
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3 通夜・葬儀の場所

通夜・葬儀の式場は、かってはご自宅で行うのが通常でしたが、

現代の住宅事情などを考慮すると、ご自宅以外で行うのが一般的となりました。

以前はマンションや団地の集会所を利用する事も有りましたが、現在ではほとんど行われる事も無くなりました。

現在では、ホテル・菩提寺・私営斎場・公営斎場など設備が整えられた式場で営まれる事が多くなりました。

横浜市内には市営斎場が3ヶ所有ります(緑区・戸塚区・金沢区)。

これらの斎場は設備も整い、火葬場が隣接している事からマイクロバスの手配など不要で、

横浜市内在住の方には廉価で利用できる便利な葬儀式場です。

その為予約に時間がかかる事も御座いますが、余りあるべネフィットが御座います。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お見送りの営み

人は生を受けると共に多くの愛に育まれ成長し、然るべき時が来ると社会人として巣立ち、

社会生活を送る事と成りますが、その一生は人により千差万別です。

そして、全ての人が生を終えて死を迎える事と成り、その死も千差万別となります。

幼くして生を終える方、突然の事故で生を終える方、病に侵され生を終える方、長寿をまっとうされて生を終える方、

全て人が其々個別の生を営み死を迎える事と成ります。

人の死をお見送りする営みは信仰する宗教の教えにのっとった儀礼であると共に、

その人の生を偲ぶ儀礼でもなければ成りません。

お盆

1 お見送り儀礼の目的

人は誕生した後には、成長し、社会生活を営み、そして死を迎えます。

その死は突然の事故であったり、若くして病に倒れることであったり、老齢になり命が尽きるものであったり、

様々ですが生あるところには必ず死が伴います。

人の生が多様であるがごとく、その死もまた多様です。

人の死と共に起こる事柄の為にお見送りの儀礼を営みます。 

その目的とする所は、社会的な処理、ご遺体の処理、霊の処理、悲嘆の処理、様々な感情の処理などです。

1)社会的な処理

人はすべからく社会の中で生きている訳ですから、社会はその人の死を処理しなければ成りません。

社会にその人の死を告知しなければ成りませんし、社会の人々は集ってその死を確認しなければ成りません。

死亡届を提出したり、戸籍から抹消したり、相続をしたりなどの手続きも必要です。

2)ご遺体の処理

目に見える形での”死者との決別”とはご遺体とのお別れです。

これは単なるご遺体の物理的な処理とは大きく異なります。

そして、人の身体は生命を失うと腐敗が始まります。

従いまして、ご遺体は土中に埋めたり、火で燃やすなどしての処理が必要となります。

3)霊の処理

霊とは古くから育まれて来た文化や宗教に根差すもので、

人は死ぬ事により、この世に於いてはその人と残された者との関係が閉ざされる事の成ります。

従いまして、残された者達は死者の零を慰め、来世での幸せを祈ると共に、

死者との関係を新たに作りあげなければ成りません。

これが葬儀式の中心をなすもので、一般的には信仰する宗教による儀礼を基に執り行う事に成ります。

4)悲嘆の処理

人の死は周囲の者に衝撃を与え、悲しみ、心の痛みをもたらします。

従いまして、周囲の者がその死を受入れる為には時により長い時間を必要とします。

臨終行事に始まり、通夜式、葬儀式、その後の法要に至るプロセスは周囲の者の心を安んじる為でもあります。

特に死者との関係な密であった配偶者や御家族には深刻な心の痛みを生じさせます。

これは病気ではなく、自然な心持ちであり、必要なだけの時間をかけて癒さなければ成りません。

周囲の方々もこの悲しみにある者の心に寄り添い、慰め続けることも必要となります。

様々な感情の処理とは人が死ぬと様々な感情にとらわれる事があります。

古くは人の死が新たな死を招く祟りの様な怖れや、遺体の腐敗に対する恐怖心などがあり、

この様な恐怖心を和らげる為に死者の霊を鎮魂し、こうした感情を緩和する為にも弔いの儀礼が要請されて来ました。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・エンヂィングノート

終活とは終末期活動の略ですが、ご自分の人生の終りをどの様に迎え、過ごし、

そして死後のもろもろをご遺族に期待するものは何か、考える事です。

そのお考えをまとめてノートとしたものが”エンヂィングノート”と呼ばれます。

1 エンディングノート

ご自分の人生の終わりをどの様に迎え、死後はどの様にして欲しいのか、を纏めて記したものを

エンディングノートといいますが、その書式等まとめたものは書店で購入可能ですが、

現在ではインターネット上に多数の書式が存在し無償ダウンロードする事も可能となって居ります。

その詳細は;

1)ご自分の事 

名前、生年月日、血液型、住所(所帯主名)、電話番号、携帯電話、本籍(筆頭者名)、出生地、緊急連絡先(氏名・関係・連絡先)、現在かかって居る病気・病院名(病名・対症薬・病院名・担当医・その他付記)、既往歴(病名・病院名・担当医)、アレルギ-や健康上の注意点、健康保険証・年金手帳・介護保険証・後期高齢者医療保険証・運転免許証・パスポート・住民票コード(記号・番号・保管場所)、その他、資格、免許(取得日・内容)、父親に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)母親に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、配偶者に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、子供に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、家系図。

散骨クルーズ

2)自分史

 自分の名前の由来、兄弟の名前の由来、思い出に残っている事、学歴、職歴、幼少期の思い出、10代の思い出、20代の思い出、30代の思い出、40代の思い出、50代の思い出、60代の思い出、配偶者との思い出、子供との思い出、これまで住んだ場所。

3)親戚・友人・知人リスト

 親類関係(氏名・続柄・住所・電話番号、入院時の連絡(する・しない)、葬儀の連絡(する・しない・葬儀後に連絡)、友人関係(同上)、知人関係(同上)。

4)ぺットに付いて

 名前、種別、生年月日、性別、血統書の有無(登録協会、番号)、避妊・去勢手術の有無、接種済み予防接種、えさ、掛り付けの獣医(病院名・担当医師・住所)、ぺット保険、飼育上の注意、私に何かあった時、ぺットが寿命を迎えた時。

5)私の財産に付いて

 預貯金(金融機関名・支店名・口座番号・保管場所)、株式(銘柄・株数・名義人・預入証券会社名・支店名)不動産(所有地・面積・名義人・持分・抵当権の設定・権利書保管場所)、有価証券や金融資産(種類・名称・番号・購入先窓口・担当者・連絡先)、借入金・ローン(借入先・借入額・毎月の返済日・返済額・返済方法・返済期限・借入残高・借入目的・返済口座銀行名・担保・保証人)、クレジットカード(カード会社・カード番号・連絡先)、カードローン・キャシングなど(カード会社・カード番号・連絡先)、借金の保障人など(主債務者・債権者・保証した日・保証した金額)。

6)保険・私的年金

 生命保険、損害・障害保険(保険会社名・担当者・契約の種類・証券番号・証券保管場所・満期年月日・契約者名・被保険者名・保険金受取人・保険金額・支払い満了日)、個人年金・企業年金(名称・連絡先)

7)介護・告知や延命治療・献体など

  介護が必要になった場合(介護の方法・介護場所・介護費用の捻出)、介護が必要になった場合 資産管理をお願いする人(氏名・続柄・住所・連絡先・契約の有無)告知の希望、終末医療、尊厳死に付いて、臓器提供や献体に付いて(登録団体・登録証の保管場所)

8)葬儀に付いて

  葬儀の実施(する・しない)、葬儀業者や会場について、葬儀の費用、宗教・宗派、戒名・法名に付いて、葬儀の規模(直葬・家族葬・一般葬・社葬・密葬)、供物・供花・お香典に付いて(頂く・辞退)、遺影に付いて、納棺時の服装に付いて、棺・骨壺に入れて欲しい物、葬儀で流したい曲、葬儀でこだわりたい所、その他、葬儀に付いて伝えて於きたい事、

9)お墓の事

 希望する埋葬方法、お墓の費用、その他お墓に付いて伝えて於きたいこと。

10)携帯電話、会員サービスなど 解約をお願いしたいもの

  携帯電話(会社名・電話番号・携帯メールアドレス・契約者名)、パソコン・プロバイダ(パソコンのメーカー名・機種名・サポートセンターの電話番号・プロバイダ名・契約者名・解約時の連絡先)、その他の会員サービス(利用サービスサイト・会員番号・会員ID・暗証番号・登録メールアドレス)。

11)遺言書や依頼・相談先リスト

 遺言書の有無(有無・保管場所・遺言書の形式)、依頼・相談先リスト(氏名・住所・連絡先)。

12) 大切な人へのメッセージ

などと成ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・終活で考えること(死後)

ご自身の死後に付いてどの様に見送って欲しいかは、ご自分の希望を卒直にご家族へ伝えるべきです。

出来れば、ご家族が周囲の方々と摩擦が起こらぬ様、文書で残す事をお勧め致します。

エンヂィングの希望文書は遺書とは別に分かり易いに保管し、

その旨をご家族に知らせておきます。

 

1 死後の準備

1)ご葬儀

ご葬儀がスムーズに執り行われる為に 準備しなければならない事が幾つか御座います。まずは 

-菩提寺の確認

ご自分の葬儀に特別なご希望が無い場合でも、ご遺族が迷わぬ様菩提寺・宗派・連絡先をメモに残しておきます。

特に墓地を菩提寺にお持ちの場合は戒名は菩提寺より頂かなければ成りませんので重要です。

又、菩提寺が遠方、あるいはお持ちで無い場合は葬儀社に紹介を頼む事も可能ですが、

その場合、ご宗派は必ず必要と成りますので明記しておきます。

-お布施の金額確認

葬儀を経験して困った事の一番目として”お布施や心付けの金額が解らない”と有りますので 

忌憚なく菩提寺様に問い合せて確認し明記しておくのも良いでしょう。

-万一の際の連絡先

御自身の人間関係です。

危篤になった時、亡くなられた時、葬儀に来て欲しい方をそれぞれリストにして残しておくと、

ご遺族も連絡漏れを悩まずに済みます。

-ご遺産は遺言書で

ご遺産についてはトラブルを防ぐ為に法的に有効な遺言書を残して置きます。

蘭の花

-祭祀承継者の指名

仏壇・仏具・墓地・墓石を承継する”祭祀承継者”も指名して置きます。

原則として祭祀承継者が喪主を務める事と成ります。

墓地が寺院内の場合は埋葬する為には寺院より戒名を頂く必要がある場合も有りますので、

戒名に拘らない場合はそれでも納骨は可能か事前に確認しておく必要が御座います。

-葬儀プランの作成

御自身がご家族に “仕来りや形式に捉われない葬儀”、“自分らしい葬儀”などと伝えられても、

具体的なプランが無ければ実現は困難です。

とはいえ御自身だけでプランを作成するのも難しい場合は葬儀社に問合せ 

事前相談、生前予約を行うのも一つ方法です。

葬儀社にご希望の葬儀を全て伝え、葬儀社にプランを作成して貰うのも一つ方法です。

ご希望をお話される際には必ずしも順序立ててお話する必要は無く、

思いつくままにお話頂いても葬儀社の方でまとめてくれます。

その上で見積書を受領しておけば必要費用の心積りもしておけます。

ご葬儀は亡くなった方が安らかに旅立てる様残された方々が執り行うものですが、

遺された方々の大いなる悲しみを癒し、老いや死を身近に感じて貰い、

命の大切さを感じてもらう大切な場でもあります。

プランをお考えの際には お見送りする方々のお気持ちにも配慮して作成する必要が御座います。

菊

-葬儀プランを考える際のポイント

葬儀のプランを考えるポイントとしては;

① 形式と規模が有ります。

葬儀は仏式、神式、キリスト教などの進行する宗教にのっとって行うのか、それとも無宗教形式で行うのか。

大勢の人に集まって貰うのか、親しい方のみに集まって欲しいのか、家族のみで送って貰いたいのか。

② 喪主は誰にお願いするのか。

一般的には配偶者、若しくはお子様ですが、シングルの方の場合はどなたにお願いするか決めて、

事前に了解を頂くと良いでしょう。

③ 費用はどの位掛けるのか。

費用はかけたくないと希望されても、場合によっては大規模な葬儀となってしまいます。

先程の事前相談を基に条件と概算費用見積を文書として残して置けば不要な混乱を避ける事が出来ます。

百合

-遺言書には書かない葬儀の希望

葬儀プランのご希望を法定遺言書の中に書かれる方も居られますが、

法定遺言書は然るべき時に家庭裁判所で開封されます。

通常はご葬儀が終了した後となりご葬儀には間に合いません。

従いまして、ご葬儀のお希望はエンディングノート、若しくは葬儀施行に関する遺言書を別途作成し、

ご家族にその旨お話しし、保管場所をお知らせしておく事をお薦めいたします。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・終活で考える事(生前)

生物にはすべからく生と死が存在します。

人は父母より生を与えられた、日々成長して人生を過ごし、そして死を迎えねばなりません。

人にとり死は不可分の事柄であり、恐れる事柄でもありません。

そして、死を迎える為の準備もお元気なうちにすべきでしょう。

日没

1 生前に起こり得る事柄

1)終末期の医療 

高齢化社会が進捗すると共に、老いて認知症になった場合や不治の病に侵された場合に 

誰が生活の援助をし、療養・介護はどの様にするのか、財産の管理は誰が行うのか等を

決めて於かなければ成りません。

配偶者、ご親族、信頼の置けるご友人の中から後見人を選ぶ必要も御座います。

-成年後見制度

法律上は成年後見制度と呼ばれる制度が有ります。

法定後見制度と任意後見制度の二つの制度があり、

法定後見制度は既に判断能力が失われた方の為の後見制度です。

任意後見制度はご自分の判断能力が十分にある時に、

認知症などで判断能力が低下した時に備えて、信頼できる人を後見人として事前に選任する制度です。

-任意後見制度

任意後見の契約は公証役場で “任意後見契約公正証書”を作成する事で成立します。

任意後見人に成るには法律上の資格に制約はありません。

ご本人の親族、友人、弁護士、税理士、行政書士、司法書士、NPO法人など信頼のおける人を選びます。

個人、法人、いずれにも依頼できます。

ご本人の判断能力が低下し任意後見人が必要となった際には

本人、配偶者、4等親以内の親族、もしくは任意後見人は家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。

家庭裁判所がこの申立てを受けて、任意後見監督人を選任すると、

任意後見人は契約職務を遂行し援助を開始する事が出来る様に成ります。

2)尊厳死

次は尊厳死の問題です。

通常、病院では回復の見込みのない病気で死が迫っている病人にも各種の延命治療を施します。

こうした中で、無意味な延命措置を望まない尊厳死を希望する方が増えて来ました。

これは、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えたい、自分の死のあり方を選ぶ権利は自分自身にある 

との考え方に基きます。

-日本尊厳死協会

とはいえ御自身が望んでもご家族の方の希望や、医師が理解を示さない事により延命措置が施され 

本人の意思は尊重されないケースも多くあります。

本人の意思を確実に伝える方法として日本尊厳死協会があります。

日本尊厳死協会では会員の方にたいして“尊厳死の宣言書”(リビング・ウイルと呼ばれる)を発行して居り、

これをご家族や担当医師に示す事により尊厳死を認めて延命措置を行わない意思を表示する事が出来ます。

このリビング・ウイルは法的な効力は有りませんが、

現在90%を超える医師が受容して延命措置を行わないという現実が御座います。

夕暮れ

3)献体と臓器提供 

-献体

献体とは医学・歯学の大学で、人体解剖学の教育・研究に役立たせる為 

無条件・無報酬でご遺体を提供する事です。

献体の場合は死後48時間以内のご遺体提供を目安として居ります。

ご遺体は大学医学部内部で各種の教育・研究支援に供され、

2~3年後にご火葬されて焼骨の形でご遺族の元にお帰りに成ります。

但し、現在の新型コロナウイルス慢延下ではほとんどの大学が献体を休止して居ります。

-臓器提供

臓器提供とは

心臓・肝臓・肺・小腸・腎臓・膵臓・眼球(以上 脳死後に提供出来る臓器)

皮膚・心臓弁・血管・耳小骨・気管等の臓器を“

日本臓器移植ネットワーク”を通して必要としている患者に提供する事です。

その意思表示は日本臓器移植ネットワークへの登録、臓器提供意思表示カード、臓器提供意思表示シール、

健康保険被保険者証、運転免許証で可能です。

臓器移植の場合は移植後、ご遺体は綺麗に修復されてご遺族の元に戻されますので 

その後にご葬儀を執り行う事が出来ます。

ご家族の了解を

献体、臓器提供何れの場合もご家族の了解が必要と成りますので、

意思表示の内容は必ず御家族に知らせて置かなければ成りません。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・終活(エンヂィング)

日本の文化では、生前に死後を語る事はタブーとされて居りましたが、

最近では終活(人生の終わりの為の活動)と呼ばれる言葉も生まれ、

報道機関などでも取り上げられ、テレビコマーシャルも流れる時代となり、

その為のセミナーなども開催される様に成りました。

そんな世代では多くの方々が御自身の“エンディング”に付いてお考えになり、

ご家族にも伝える時代へと変化致しました。

1 エンディングとは

1)死後の全てを語るエンディング

エンディングには御自身の死に係わる全ての事が含まれます。

認知症になった時にはどうするのか、介護の受け方、終末期医療は受入れるのか、どの様な葬儀を希望されるか、

現在の財産は、その相続は、お墓はどうするのか等に付き、細かく記述しておく事は 

残されたご家族への思い遣りであると共に、御自身の人生をより良く生きる為の指針ともなるものです。

2)ご遺族の混乱を避けるエンディングノート

核家族化、少子高齢化が進む現代・未来では、葬儀に参列する機会も少なくなり、

ご家族は葬儀に付いての知識も準備も少ない中で、

大きな悲しみと共に、とまどいながら葬儀を執り行はなければ成りません。

ご葬儀は故人様の安らかな永眠を祈ると共に、遺された方々が 最愛の人のご逝去を受入れる為の大切な儀式です。

ご逝去から葬儀までの間は、早ければ1日、遅くとも3~4日の内には

葬儀の形式や内容をお決め頂かなければ成りません。

自らの死や葬儀を生きている内に考えるのは縁起が悪いとの考え方も有りますが、

御元気な内にご自分はどの様に送って欲しいのか御家族に伝えておく事は、

お見送りする方々の不安や不満を和らげる事ともなります。

3)文書で残すエンディング

この様なエンディングの意思は第三者でも解る様な形で文章に残す事をお薦めします。

特に従来の形とは違う形でのお見送り、無宗教葬、直葬、家族葬(密葬とも呼ばれます)などをご希望の場合、

又、納骨には散骨をご希望の場合などでは、ご親族の方で違うご意見をお持ちの場合も多々御座います、

その様な際に混乱を避ける為にも、文書で残してあれば、

“故人の希望でもあるので”と周囲のご理解を得やすくする事が容易となります。

又、お子様の居ない御家庭や、単身で過して居られる方の場合、

遠方のご親族が解らないままに葬儀やご遺骨の始末を行う事となります。

この様な場合でも死後の後始末をスムーズに行ってもらう為には 

葬儀のプランやお墓を準備し、必要な費用と共に整えておくと安心です。

葬儀の生前契約などもその一つとなります。

以上の様な事を目的としてエンディングノートが御座います。

4)希望する葬儀の変化

(財)日本消費者協会が平成22年度に行った“今後の葬儀の在り方”アンケートによれば 

56.9%の人が形式や仕来りに拘らない自由な葬儀があっても良い、

48.4%の人が”家族だけでの葬儀で良い”と回答し

従来からの慣習には拘らない考え方が目立つ様に成って居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・危篤/死亡の連絡

大切なご家族が危篤状態におちいった時には患者様の為に、

ご家族・ご親族・ご友人・所属団体等、必要な方々へ連絡しなければなりません。

お見取り

1 ご臨終前のご連絡

ご家族様の治療を担当する医師から危篤を告げられましたら、

まず、息のある内に会わせたい人々に至急連絡を取ります。

一般的に 危篤を知らせる範囲と順位は;

① 家族と3等親くらいまでの近親者、

② 特に繋がりの深い友人・知人、

③ 勤務先 学校 関係団体などでお付き合いの深い方、

以上が目安ですが、本人が会いたがっている人や、ご家族が知らせたい人が優先となります。

仮に現在交流が無い場合でも、親、兄弟、深い繋がりを持っていた方には連絡すべきです。

又、ご親戚でも日頃から親しくない方には連絡する必要は有りません。

1)危篤の連絡は電話で行います。

-連絡の方法

無礼講ですので深夜・早朝でも構いません。

電話で連絡が取れない場合はファクシミリ、メール、電報などにより連絡します。

連絡の内容は;

①危篤者の居る場所の住所、電話番号、病院の科名、病室番号、交通機関、道順、

②病状、

③何時ごろ来て欲しいのか、などで 

“〇〇が危篤となりました、最後に一目会って頂けませんか”

と付け加えます。

2 臨終後の連絡

死亡の連絡は臨終に立会えなかった

ご家族、近親者、故人様と親しかった友人・知人、勤務先、学校、関係団体、隣近所、町内会などですが、

直ぐに知らせなければならない方と、葬儀の日取りが決まってからお知らせする方とに分けて連絡します。

連絡を全ての方にご遺族だけでするのが大変な場合は 

カテゴリー毎の代表者に連絡をして、その後はお任せします。

又、葬儀でお世話になる宗教者(菩提寺の住職、神官、神父、牧師)にも連絡を入れ 

葬儀施行のお願いとご予定を確認して置きます。

これは葬儀の日程を決める際に必要と成ります。

1)連絡は電話で構いません、通常の挨拶は省いて 

“〇〇の長男〇〇でございます。本日〇時父が亡くなりましたのでお知らせ致します”と伝えます。

ー葬儀日程が決まってから連絡する場合は 

“〇〇の次男〇〇で御座います父が本日〇時に死去致しました。

通夜は〇月〇日〇時より、葬儀・告別式は〇月〇日〇時より、

ともに〇〇会館で仏式にて行いますのでお知らせいたします”

と伝えます。

葬儀斎場の住所、電話番号、道順などを用意しておき、必要な方にはメール又はFAXします。

連絡は手短に行います、又 先方に通夜・葬儀への出席 可否を聞いては成りません。

尚、病院への支払い、当座のタクシー、ホテル代、食事代など、通夜・葬儀の前に現金が必要と成りますので、

ある程度まとまった金額の現金を用意しておくと良いでしょう。

   今回は以上です。                          

横浜市での葬儀・永代供養も可能な納骨堂

少子高齢化・核家族化が進捗する東京・横浜に於きまして、

祭祀継承者を必ずしも必要としないご遺骨の安置方法として納骨堂が御座います。

 

鶴見つばさ橋

1 納骨堂

1)納骨堂とは

納骨堂とは “墓地、埋葬に関する法律” に基き都道府県知事より認可を受けた施設で、

骨壺に納められたご遺骨を安置しておく事が出来る建物です。

管理・運営の主体者により、寺院納骨堂、公営納骨堂、私営納骨堂に分かれます。

2)ご遺骨の保管形態

ご遺骨の保管はお墓を建てるまでの短期間、5年間・10年間等の長期保管、永代保管などの形態が御座います。

永代保管の場合は一定期間は何時でもお骨壺に面会する事が可能ですが、

定められた期間以降はご遺骨は特定場所に合祀され、その後の面会は出来なくなるのが一般的です。

3)納骨堂の起源とメリット

日本に於ける現代の納骨堂は、お墓を継承する方が居られない場合や、

経済的な理由でお墓を建立する事が出来ない方々の為に提供が始まりました。

現代では生涯独身の方や、現在お持ちのお墓の維持・管理に負担を感じ始めた方、

お墓が遠方でお参りに行きにくい方などに選ばれる様になって居ります。

お墓を建てるには、墓地の永代使用料、墓石代と工事費用、維持管理料等が必要と成りますが、

納骨堂では墓石建立の費用は不要であると共に、使用空間も大幅に小さくなり 

使用料はそれに合わせて少額となります。

4)納骨堂は清掃不要

お墓は屋外に建立されて風雨にさらされて居る為、

適時清掃をしなければならず、墓石の老朽化に伴う補修も必要と成ります。

その点、納骨堂ではお骨壺は屋内に安置されて居り、常に清潔な環境の中で保管されて居ると共に 

天候に左右されずお参りする事が可能です。

更に納骨堂はビルの内部で運営する事が可能で、駅近くに所在する場合は交通の便も大変良くなります。

5)納骨堂でのご遺骨安置

ご遺骨(骨壺)安置の方式としては ロッカー式、棚式、仏壇式、お墓式などが有ります。

何れの方式も外形は異なりますが、内部にはお骨壺を安置する為の納骨壇とご位牌を安置する祭壇が用意されて居ります。

6)宗旨は問わない納骨堂

納骨堂は一般的に宗旨を問はずに利用出来ますので、神道 キリスト教のご遺骨も利用が可能です。

7)納骨堂利用に当っての注意事項

納骨堂のご利用に当たりご注意頂く点は、納骨堂にご遺骨を納骨されますと、

納骨された時点でご遺骨の管理主体はご遺族から納骨堂管理者に移行されます。

従いまして、以降は管理者の許可なくご遺骨を持ち出す事は出来ません。

無断で持ち出した場合は 法律による処罰の対象となります。

8)モダン化する納骨堂

近年、納骨堂は室内霊園とも呼ばれて増えて居り、マンション形式で多数の納骨壇を持つ施設などの多くなり、

都内には9階建の日本最大の屋内霊園が御座います。

又、香港やシンガポールなど国土の狭い国ではより大型の室内霊園が建てられる傾向に有ります。

9)横浜市営納骨堂

横浜市営の納骨堂としては横浜市久保山霊堂が御座います。

久保山霊堂は横浜市西区元久保町1-1に位置し、

家族納骨壇2000基、短期保管庫910基、大式場・小式場各1の施設を維持して居ります。

家族納骨壇は扉付きの納骨壇で上部が香炉及び花立が配置された祭壇、

下部は6体分のご遺骨納めることが出来る壇となって居り、

10年間(12万円)、若しくは5年間(6万円)の利用が可能となって居ります。

短期保管庫はロッカー形式の保管庫でご遺骨1体分を安置し、保管期間は1年(3千円)となります。

横浜市民であれば申込みは可能ですが、現在は申込み多数で順番待ちの状態となって居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓の継承

核家族化が進捗する現代の東京・横浜ではお墓をどの様にして継承して行くか困難な問題になりつつあります。

墓地の継承を前提としないご遺体埋葬としては”散骨”が一般的ですが、

別の選択肢として樹木葬と呼ばれる埋葬の方法が注目され始めて居ります。

1 樹木葬

1)樹木葬とは

日本に於ける樹木葬とは“墓地、埋葬に関する法律”に基き、

都道府県知事より認可された墓地の地中にご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、

樹木墓地 樹林墓地などとも呼ばれます。

2)日本の樹木葬の歴史

現代日本に於いて、最初の樹木葬墓地は1999年に開設された岩手県一関市の宗教法人知勝院です。

知勝院では里山にご遺骨を埋葬するタイプと、整備された霊園の区画に埋葬するタイプとが提供されました。

3)東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては、2012年に開設された東京都の小平霊園 樹林墓地が有名です。

又、横浜市営霊園としては横浜市戸塚区に所在する

メモリアルグリーンの一画に合葬式樹木墓地が提供されて居ります。

又、日本国内各地でも樹木葬墓地が多数提供され始めて居ります。

4)継承を前提としない樹木葬

現代の日本に於ける高齢化率は既に30%を超え、家族構成も単身所帯が30%を超える中で、

従来の家族制度を基にした、先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では、個人個人がご自分のお墓の事を考え、親のお墓の供養をどの様に続けるのか、

考慮しなければならない状況です。

この様な中で、継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

5)樹木葬墓地でのご遺骨埋蔵

樹木葬でのご遺骨埋蔵の形態としては 

岩手県一関市の知勝院では①と③が提供されると共に現地の里山保護にも寄与して居ります。

東京都営の小平霊園では②と③が提供されて居ります。

横浜市営霊園のメモリアルグリーン(戸塚)では③の合葬式樹木墓地が提供されて居ります。

又、多くの私営霊園でも樹木葬墓地を提供して居りますが、大多数は④の形態となります。

面白い形態としては、自然散骨・散骨樹林葬と呼ばれる遺骨埋葬が御座います。

島根県壱岐郡海士町に属する無人島カズラ島は大山壱岐国立公園内に位置し、

島全体が霊園として登録され、この島の樹林に有料で散骨する事が可能となって居ります。

   今回は以上です。

横浜での葬儀・生涯独身の方の終活

 

現代の横浜市内の人口は378万人・177万世帯で、一世帯当たりの人数は2.14名と、

多くに単身家庭の方が生活されて居ります。

終活をお考えの際にも単身の方は単身なりの終活をお考え頂く必要が御座います。

横浜での海洋散骨

1 生涯独身とは 

 生涯独身(50歳まで結婚をしなかった)の方は 1965年(昭和40年)には男性1.5%、女性2.6%(人口比)でしたが、2010年(平成22年)では男性20.1%、女性10.6%と大きく増加しており、2020年には男性26.6%、女性18.9と、更に増加して居ります。

生涯独身の方々には、一生独身で居たいと考える方も居れば、

結婚したくても何らかの理由で出来なかった方など様々ですが、

その生活は覚悟さえあればそれ程難しい事では有りません。

1 生涯独身の方が気を付けなければならない事

その独身生活には多くのメリットとディメリットが御座います。

但し、気を付けなければならない事は老後の生活資金と死後の必要費用を確保しておく事です。

平均寿命を90歳とした時、60歳から90歳までの老後に必要な資金は夫婦2人で8000万円と言われます。

生涯独身の方はこの半分4000万円+アルファ(病気への備え、介護費用、後見人費用等)を

退職金・年金を含めて計算し、不足分を用意しなければ成りません。

又、葬儀費用は控え目に行うのであれば20万円から60万円、

お墓の費用として樹木葬・海上散骨などを前提とすれば数十万円を別途用意する必要が御座います。

2 生涯独身のメリット

生涯独身を選ばれた男性の特徴やメリットとしては 

-時間が自由に使える

時間が自由に使えるという事は、御自身のプライベートな時間は自分で管理する事が出来、

自分がしたい事をしたい時に誰にも邪魔されずする事が出来ます。

自分の想う様に行動できるのが最大のメリットです。

-お金が自由に使える

ご自分のお金は自由に使えます。

家庭を持てばご自分の収入は自分を含めた家族全員の為に使用されます。

生涯独身であれば収入は全て自分自身の為に使用しても誰にも文句を言われる事はありません。

-恋愛に縛られない

恋愛に縛られないとは、結婚をすれば原則として恋愛は出来ません。

結婚後に魅力的な女性に出会った場合、その女性との恋をあきらめるか、不倫をするか の二者択一となります。

人に隠れて不倫をするよりは何時でも好きな様に恋愛をしたい男性は生涯独身を選択する事と成ります。

但し、御自身が年を取り周囲の女性から相手にされなくなった際にも 

この選択を後悔しないか?は良く考えなければ成りません。

-家庭に縛られない

生涯独身のメリットとして家庭に縛られないがあります。

どの様な形にしろ結婚をした後は家庭に縛られる事と成ります。

家庭を持つ事により安心感を得て、自分磨きを怠る男性の方が多くみられます。

2 生涯独身女性の特徴・メリット

生涯独身を選択する女性の特徴やメリットとしては 

仕事に対する能力が高い、人を余り信用しない、派手な交際関係、

ひとりで生活するに十分な収入(貯蓄)がある等があります。

ー生涯独身を選ぶ、或いは選ばざる得ない女性の方は 仕事に対する能力の高い方が多く見られます。

常にスキルを向上させ、自信を持って仕事をこなす女性は仕事が楽しく、仕事を生きがいとする為、

結婚を意識する機会が減り、いつの間にか歳を取ってしまったと言う方です。

ー人を余り信用できない女性も生涯独身の方の中に多く見られます。

過去の何等かの出来事によりトラウマとなって男性不信や人間不信に陥いった結果、

恋愛が思う様に出来ない方です。

ー交友関係が派手な女性は多くの男性から遊び相手としては見られても、

結婚の対象としては見られない事が多々あります。

この誤解から結婚したくても 出来ないという状況が推移し、婚期を逸するという形です。

但し、この形の女性は結婚出来なくとも周りに多くの友人が居られますので寂しい思いをする事はありません。

一人で生活するのに十分な収入が有る女性は 男性と同様にあえて結婚をして制限を受けたくないと考える方です。

3 -生涯独身の覚悟

生涯独身を決めた方は幾つかの事を覚悟しなければ成りません。

その一つは子供を持てない事です。

子供を持たない事はご両親に孫を抱かせる事が出来ない事でも有ります。

日本では古くからご両親に孫を抱かせる事は親孝行の第一とされて居りました。

生涯独身の方は別の親孝行を考えなければ成りません。

二番目は病気や怪我で倒れても助けてくれる家族は居ないと言う事です。

どの様な状態に陥っても自分自身の力で解決する覚悟が必要と成ります。

生涯独身の方は老後の心配も若い内から準備を行い、生涯自己解決の前提を覚悟して努力し続ける事が必要です。

三番目は世間一般・結婚するのが当たり前と考える近親者や世間の中で肩身の狭い思いをする事と成りますが、

耐えねばなりません。

納棺の儀

2 単身家庭にお薦めする葬送儀礼

1)火葬儀

終活をお考えに成る際の 選択肢の一つとして “火葬儀”が御座います。一般には直葬と呼ばれる葬儀形式で 通夜式・葬儀式は行わずに ご火葬のみを執り行う形式で 高齢ゆえに静かに見送りたい、宗教色の無い葬儀でありたい、費用を抑えたい、などのご希望をお持ちの方にご利用頂けます。その内訳は;

ご火葬のみのシンプルな儀式ですが、故人様とのお別れの時間を十分に取る事は可能です。

2)家族葬

葬送儀礼は仕来りにのっとり行いたいが、会葬は家族のみの密葬とし、静かに、廉価に行いたい とのご希望に方には家族葬をお薦め致します。その内訳は;

家族葬は 故人様とご家族だけでのお別れとなりますので、慌しさや煩わしさも無く、喪主様は故人様とのお別れの時間を大切に過ごす事が出来ます。

散骨

3 散骨

散骨とは葬送方法の一つでご火葬した後の焼骨を粉末状にした上で、山中、海、空、宇宙などへ撒く形の葬送です。

死後には山や海等の自然の中に帰りたいという故人様のご希望や、お墓を守る方が居ない、

などの理由から選ばれます。

1)散骨の規則

葬送方法を規定した ”墓地、埋葬等に関する法律”では 焼骨の墳墓への埋蔵や、納骨堂に収蔵する為の手続きに付いて定められて居りますが、これら以外の方法に付いては 特段の規定は無い為、法律上は散骨をする事が可能です。但し 私有地、水源地周辺、漁場・養殖場の周辺は避けるべきかと考えます。 散骨は 法務省の”節度をもって行われる限りは違法性はない”と言う見解により認められて居ります。この”節度をもって”とは 焼骨をそのままでは無く 粉末状(焼灰と同程度)にして原型を無くす事、そして 周辺住民から苦情の出ない場所に散布する事が求められます。尚 北海道長沼町では条例により 散骨は認められて居りません。又 北海道七飯町、長野県諏訪市、北海道岩見沢市、埼玉県秩父市では 散骨は条件付きとなって居りますのでご注意下さい。神奈川県御殿場市は現在 検討中です。

2)海外での散骨

海外では アメリカ ハワイ州等で 散骨に関する法律が有り、法律に反して散骨を行うと、多額の罰金が科せられますので、良くご確認下さい。又 反対にブータンなどでは 宗教上の理由から墳墓を作りませんので、散骨が原則です。キリスト教では カトリックは教会に埋葬する事を前提として居りますので、ご自宅での保管や散骨には否定的です。プロテスタントでは 多くの教派で散骨を許容して居ります。

3)散骨の手続き

日本に於いて散骨を行うに当たりましては特に必要な書類や届け出は有りません。

ご希望の場所で、ご希望の時に 散骨を行うことが可能ですが、

”節度をもって”の制約から民間業者に希望を伝えてプランを作り、行うのが一般的です。

当社ひかりの杜でも海上、航空、宇宙での散骨をお手伝いさせて頂いて居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・法要

横浜市内では、営まれるお見送りの儀礼の多くは仏式で執り行われて居ります。

そして、仏教の儀礼では葬儀の後、定められた日に故人様を偲び供養する儀礼として追善の法要が御座います。

追善の法要は故人様の命日に故人様の冥福を祈って行われる儀式ですので、

死者の冥福を祈るお経が読まれる事と成ります。

喪中

1 法要とは

法要とは本来仏教に於いて釈迦の教え(仏法)を学ぶ事を意味して居りましたが、

その後、儀式祭礼などの仏教行事一般をも指す様に成り、

現在の社会の中では、死者の冥福を祈り、その霊を慰める儀式であります追善供養の事を指すように成りました。

法事、仏事とも言います。

尚、お寺の創立記念、新しい御堂の完成記念、新しく作られた仏像の開眼記念、などの慶事でも

法要は営まれます。

法要

1)中陰の法要

ー仏教では人は亡くなられましてから七週間(7X7=49日)を中陰といい 

現世と冥土の間をさまよっているとされております。

この間、ご遺族の方々は故人様の霊が無事に極楽浄土へ着き成仏出来る様七日毎にご供養をします。

初七日と四十九日の法要は重要ですので近親者、友人・知人をお招きして執り行います。

ただし、現代の横浜では初七日法要はご火葬後のご遺骨迎えと併せて執り行い、

七日毎の法要、と百ヶ日の法要は内々で行うのが一般的です。

中陰の間を忌中(キチュウ)と言い、四十九日の法要(7×7)は忌明けの法要となります。

そして 忌明けより一周忌の法要までが喪中(モチュウ)となります。

2)葬儀後の法要

ー中陰

初七日(ショナヌカ、死後7日目)、二七日(フタナヌカ、死後14日目)、三七日(ミナヌカ、死後21日目)

四七日(ヨナヌカ、死後28日目)、五七日(イツナヌカ、死後35日目)、六七日(ムナヌカ、死後42日目)

七七日(ナナナヌカ、死後四十九日、忌明け法要、満中陰)、

ー中陰以降弔い上げまで

百ヶ日(死後100日目)、一周忌(死後一年目)、三回忌(死後二年目)、七回忌(死後6年目)、

十三回忌(死後12年目)、十七回忌(死後16年目)、二十三回忌(死後22年目)、

二十七回忌(死後26年目)、三十三回忌(死後32年目、五十回忌(死後49年目)、

以上の他に亡くなられた同月同日を祥月命日(ショウツキメイニチ)といい、

毎月の同日を月忌(ガツキ)といってお墓参りを致します。

一般的には三十三回忌を弔い上げとして故人様の霊は先祖様の一人となり法要の営みを終了致します。

家族葬

2 法要を営む

ー法要の日取りを決める為には、お願いする僧侶のご都合を確認し、

お呼びする招待客の都合を考慮してお決め頂きます。

招待客のご都合は平日は避けて土日曜日或いは休日であれば問題ないと思います。

ー招待するお客様の範囲に決まりは有りませんが、

故人様との関係、御家庭の事情などを考慮して慎重に決める必要が有ります。

ーお呼びするお客様が決まりましたら、案内状を用意し、出欠の確認をとります。

ー法要を営む式場としてはご自宅、寺院、貸斎場、ホテル、料理店などが考えられますが、

ホテル・料理店では鳴り物(杢魚、鈴)焼香が出来ませんので注意が必要です。

ご自宅で営む場合は仏壇をお飾りして営みますが、

ー仏壇が大型でない場合には仏檀の前に小机を用意し、五具足を配置します。

香炉を中心にし、その左右に花立て、更にその外側に燭台を置きます。

供え物は仏飯、餅、菓子、果物などです。

花立てに供える花は三回忌までは赤などの華美なお花は避けます。

ロウソクも白を原則とします。

そして、故人様のお位牌(過去帳)を仏壇の最下段に安置します。

ー法要は先に関係者が入室して着席し、僧侶をお迎えし、読経・焼香・法話が行われます。

ご自宅で営む際にご家族がお食事の用意の為席に着かない事もしばしば見られますが、

原則としては全員で務めるものとされます。

ー法話が終了しましたら、会食となりますが、この席をお斎の席と言います。

最初に施主様が挨拶をし、食事となります。

席は僧侶を上席とし、家族は末席とします。

お斎の席の食事はかっては肉食を避けて、菜食を振舞う精進料理でしたが、現代ではあまり拘らないとされます。

施主様は招待者がお帰りの際にお渡しする、引き物(お土産)を用意するのが一般的です。

   今回は以上です。

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