死亡の告知

 今回は死亡の告知に付いて書かせて頂きました。

 

 ご家族のどなたかが ご逝去された場合、ご家族だけでお見送りする密葬のケースを除いては、故人様のご逝去を広く社会に告知する事が一般的です。告知の方法と致しましては 故人様ご逝去のお知らせを 友人・知人間で回覧頂く形、死亡記事、死亡広告等の方法が御座います。

 

 故人様ご逝去の告知に当たりましては、何れの形でも 下記の要点を含む形で作成します;

1 故人様に関する事項

  故人様氏名、肩書、死亡日時、死因(省略可)、死亡場所(省略可)、死亡時年齢(満年齢)。

2 通夜、葬儀、告別式に関する事項

  通夜、葬儀、告別式の場所(住所)と日時。

3 喪主様に関する事項

  喪主様氏名、喪主様と故人様との関係、ご自宅住所。

4 その他

  指定の服装(省略可)、供花 供物 香典の取扱い等。

 

 新聞 その他の媒体を使用した告知の方法として 死亡記事、死亡広告などが有ります。死亡記事は 新聞社等 媒体の掲載基準に従って掲載される記事で 費用負担は発生しません。死亡広告は 記載する内容に合わせてスペースを有料で確保する告知方法です。

 

 死亡記事は 新聞社により掲載基準が異なり 掲載内容も異なります。横浜市内の場合 全国紙での掲載は かなり制限が有りますが、神奈川新聞ではかなり協力的に処理してもらえます。いずれにしろ 新聞社指定の広告代理店があり、指定のフォーマットに記入をして代理店に送ると、新聞社に転送してくれ、新聞社の判断待ちとなります。掲載が決定すると 新聞社から確認の連絡が入ります。

 

 死亡広告は 掲載スペースと、掲載内容により料金が異なります。又 新聞社によっても広告料金は異なりますので、どの様な内容を どの新聞に載せるか決めた上で、料金をご確認下さい。

 

   今回は以上です。

追善供養

 今回は追善供養に付いて書かせて頂きました。

 

 追善供養とは 亡くなられた方の命日に 故人様の冥福を祈って 法要を営み 供養する事を称します。本来 法要とは 仏教に於いて 釈迦の教えである 仏法の要点・肝要を知る事を指して居りましたが、次第に 法事・仏事・法会などの儀式祭礼などの仏教行事一般を示すようになり、特に日本に於いては 死者の冥福を祈る 追善供養を指し示す様になりました。法事(ほうじ)、仏事(ぶつじ)とも言います。尚 法要は 死者を弔う儀式の他に、寺の創立記念日 落慶(新しいいお堂の完成記念) 仏像の開眼式のどの慶事にも営まれます。

 

 四十九日、一周忌、三回忌などの法事を営む際には 御身内だけで営むのであれば電話連絡で構いませんが、関係者にもお集まり頂く場合は 案内状を出状し、出欠の確認とる方が良いでしょう。法事にご招待するお客様の範囲に特定の決まりは有りません。故人様との関係、御家庭の事情などを考慮して慎重にお決め頂くの良いでしょう。法事の場所は 自宅 若しくは寺院で行うのが一般的ですが、最近では 斎場 ホテル 料理屋をご利用されるケースも多くなりました。

 

 ご自宅で営む場合は ご仏壇の前に打敷を敷き 五具足を用意するのが正式とされます。香炉を中央に置き その左右に花立て 更に外側の左右に火立て(燭台)を配置します。御供物は 仏飯 餅 菓子 果物などです。お供えする花は 原則として赤などの華美なお花は避け、ロウソクも白を原則とします。そして 故人様のお位牌、過去帳を仏壇の最下段に安置します。

 

 法事は 先に関係者が着席をして僧侶を迎え、読経、焼香、法話が営まれます。法要が終りますと 会食となりますが これを”お斎”(おとき)と言います。お斎の席では まず 施主様が挨拶をし 会食となります。席次は 僧侶を上席とし、御家族は末席とします。お斎の料理は 古くは肉食は避けて 菜食の精進料理とされましたが、現在ではあまり拘る必要は御座いません。

 

   今回は以上です。

中陰

 今回は故人様が御逝去されてからの四十九日間、中陰(ちゅういん)に付いて書かせて頂きました。

 

 中陰とは 輪廻転生を前提とする仏教に於いて、人が亡くなってから 次の生を受けるまでの四十九日間を指します。死者は今生と後生の中間に居る事から、中陰 或いは中有(ちゅうう)と言われます。又 日本独自の死生観として、死者があの世に旅立つ期間とも解釈されます。尚 四十九日は 七日間を七回繰り返す事によりますが、これは 古代インド文明では七進法(七毎に桁上がりする)が用いられていた事に起因します。

 

 古代インド文明では 人間を含む動物は輪廻転生すると考えられて居りました。この世に誕生した瞬間が 生有(しょうう)、この世で生きている間が本有(ほんう)、死の瞬間が死有(しう)、死んだ後に次の生を得るまでの期間を中有 若しくは中陰と呼び その期間は四十九日間とされました。インドに於ける輪廻の思想では 故人の没後 四十九日目に次の六道中(天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のどの世界に生まれ変わるかが決まると考えられて居り、生まれ変わり先を決める為の審判が七日毎に行われ、生前の罪が裁かれますが、罪が重いと魂を清める為に地獄道に落とされます。但し ご遺族の読経の声が審判官に届く事により その罪は赦されるとされて、七日毎に行われる審判に合わせて中陰法要を行う事と成りました。

 

 中陰の期間は 故人様の死の穢れが強い期間であるとされ、死穢が他の方々に移らぬ様 ご遺族は外出などを控えて 自宅に籠り謹慎するものとされます。これを 忌中と言います。四十九日法要が営まれ その終了と共に 忌明けとなり、生活は通常生活へ戻る事となります。

 

   今回は以上です。

十王信仰

 今回は十王信仰に付いて書かせて頂きました。

 

 十王信仰とは 人間などの衆生は 特別な善人かよほどの悪人で無い限りは、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日から七七日までのまでの7回と 百ヶ日、一周忌、三回忌の3回、合わせて十回、それぞれ決められた王の裁きを受けて、六道の何れかに輪廻するが、遺族の追善供養により地獄に堕ちる事を免れる とされる信仰です。日本では 恵心僧都源信により記された”往生要集”により紹介され、11世紀以降に全国に広まりました。一般には 閻魔に対する信仰と理解されて居りますが、正確には 閻魔の他 九王を加えた信仰です。

 

 十王信仰は 10世紀 中国に於いて、インドから伝来した仏教に道教の思想が加味されて作り上げられたと言われます。

 

 初七日には 秦広王(しんこうおう、本地;不動明王)(本地とはおおもとの仏を意味します)の審判を受け、判定の定まらない者は三途の川を渡ります。二七日には初江王(しょこうおう、本地;釈迦如来)の審判を受け、三七日には 宋帝王(そうていおう、本地;文珠菩薩)、四七日には 五官王(ごかんおう、本地;普賢菩薩)、五七日には 閻魔王(えんまおう、本地;地蔵菩薩)、六七日には 変成王(へんじょうおう、本地;弥勒菩薩)、七七日(四十九日)には 泰山王(たいざんおう、本地;薬師如来)の審判を受けます。この王の下で 地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の 六道のいずれかが決定されますので、四十九日の追善供養は特に懇ろに行う必要がある と説かれます。ここでも判定が定まらない場合は 百ヶ日に平等王(びょうどうおう、本地;観世音菩薩)、ここでも定まらない場合は 一周忌に 都市王(としおう、本地;勢至菩薩)、そして 三回忌に 五道転輪王(ごどうてんりんおう、本地;阿弥陀如来)の判定を受けますが、これまでに十分な追善供養がされていれば ここで成仏できるとされます。

 

   今回は以上です。 

法要

 今回は故人様の供養の為の法要に付いて書かせて頂きました。

 

 法要の本来の意味は 釈尊の教え(仏法)を知る事、或いは 仏法の要点・肝要を知る事を意味します。そして 時代の変化と共に 理解が変わり 現在では 法事・仏事・法会などの仏教行事一般の事を指す様になり、私ども一般社会の中では 故人様を弔う 追善供養の儀式を指す事と成りました。日本では古くより死者供養を大切とする文化が醸成されて居り、法要(追善供養)は御家庭の大切な行事の一つとなって居ります。法事、仏事とも言います。

 

 死者供養の歴史は インドに始まり、中国を経て日本に伝わり、更に日本独自の考えを加えて、現在の形が出来上がって居ります。四十九日までの中陰の七仏事(初七日、二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、七七日)はインドに起源をもちます。その後 中国に於いて 百ヶ日、一周忌、三回忌(満2年目)の三仏事が加わり10仏事と成りました。そして 日本に於いて 七回忌、十三回忌、三十三回忌の弔い上げが加わり十三仏事となりました。更に 近世に十七回忌と二十五回忌が加わり、15仏事と言われる現在の形が出来上がりました。尚 お寺様によっては二十三回忌と二十七回忌を加えて十七仏事で追善供養を行う場合も御座います。

 

 七回忌(満6年目の命日)は 仏教に於い 七が節目の数字となる事から設定され、十三回忌は 七回忌から七年目である事から、十七回忌は 七の数字が付く事から設定されたと言われて居ります。三十三回忌 若しくは 五十回忌をもって”弔い上げ”となります。弔い上げとは 死者は個性を失い、祖霊になることで、”ほとけからかみになる”とも言われ、仏壇から戒名を書いたお位牌を下げ、以降は ”〇〇家先祖の霊”のお位牌となります。

 

   今回は以上です。

葬儀後のご相談

 今回は葬儀後の各種ご相談事に付いて書かせて頂きました。

 

 ご遺族様のとって葬送儀礼(葬儀)は 通夜・葬儀・告別式の2日間で終るのではなく、その後も悲しみの中で ”喪”のときを過さねばなりません。又 故人様のご逝去に伴う各種届け出なども行わなければ成りません。この様な時 以前であれば 地域社会やご親族の長老が各種のフォロ−をしてくれました。しかしながら 現代の核家族化、少子高齢化の時代には従来と同じ事を期待する事が出来ません。その様な中では 葬儀社が 地域社会に代わって ご葬儀後のお手伝いをしなければ成らないと考えて居ります。

 

 ご葬儀後のご相談項目と致しましては 節目毎の法要、香典返し、御仏壇、お墓、そして 死後の手続きなどが御座います。

 

 節目毎の法要と致しましては 初七日を始めとする7日毎の法要と四十九日の忌明け法要、納骨、100日法要、一周忌、三周忌、‥‥‥五十回忌・弔い上げの法要までとなりますが、一般的には 初七日法要は葬儀・告別式と同日に行い、二七日から六七日法要は行わず、四十九日法要と納骨を行い、次は一周忌法要となります。これらの法要の段取りをご遺族様のご希望に合わせて企画させて頂きます。


 香典返しは 現在の横浜では 即返しが一般的で告別式の式場でお返しをしますが、改めてお返しをする場合は香典帳を整理して、お返しの品物を決め、然るべき業者に委託しなければ成りません。このお手伝いも葬儀社でさせて頂きます。


 御仏壇や墓地をお持ちで無い場合も 葬儀社では ご遺族のご希望に合わせたご仏壇を提供出来る仏具店、ご希望に沿った霊園をご紹介する事がかのうです。


 故人様 御逝去の届け出は 市区町村役所が主となり、現在の役所では然るべく丁寧に手続きの指導をしてくれます。又 必要であれば葬儀社がお手伝いの為 同行する事も可能です。


 現代の葬儀社は 葬儀前は勿論、葬儀後もご遺族様のご希望に合わせて、必要なお手伝いをする事が可能ですが、ご依頼される場合は 有償・無償を明確に確認し、有償であれば 事前に見積書をお取り頂く事をお薦め致します。


   今回は以上です。

後飾り壇

 今回は後飾り壇に付いて書かせて頂きました。

 

 後飾り壇とは 葬祭儀礼の中で使用される祭壇のひとつで、ご遺体を火葬した後 墓所にご納骨されるまでの間 御自宅にご遺骨を安置しておく為に設けられる祭壇です。仏式では 四十九日法要までの”中陰”の間に使用される事から 中陰壇とも呼ばれます。後飾り壇に飾られるものは ご遺骨、白木位牌(白木霊璽)、ご遺影を中心として 仏具 若しくは神具とお供え物となりますが、宗旨 宗派 地域により異なりますので、ご指導頂いた僧職 若しくは神職にご確認下さい。

 

 後飾り壇は ご遺骨が火葬場からお戻り頂いた時 安置出来る様 設営されます。仏式の祭壇であれば、2段 若しくは3段の小机に白布をかけ、上段にご遺骨と白木のお位牌を安置し、下段の奥に御遺影を置き、その前に 三具足(火立て、香炉、花立て)と鈴(りん)を配置します。香炉を中央に、火立て(燈台)を右奥に、鈴を右前に、花立てを左奥に配置し、故人様の好物等のお供え物を左前に飾ります。又 ご葬儀で使用した 生花やお供え物は整理をして 後飾り壇の左右にお飾りします。尚 後飾り壇を設営する場所は 仏間であれば 仏壇の前 又は横に、居間であれば床の間などが一般的です。

 

 神式の後飾り壇は 白木の八脚案(八本の脚のついた台(案))を2段にして祭壇とします。上段に ご遺骨 白木の霊璽を安置し、下段奥にご遺影を置き その前に 洗米 塩 お神酒 榊を収めた花瓶 とその他のお供え物を配置します。

 

 キリスト教式の後飾り壇の場合は 特に定まった決まりは有りませんが、小机を用意し、その上に ご遺骨 ご遺影 燭台 お供え物などを配置します。

 

   今回は以上です。

精進落とし(直会)

 今回は精進落とし(神道では直会)について書かせて頂きました。

 

 精進落としとは 本来は 御家族の不幸、寺社巡礼、祭礼、神事など 精進潔斎が必要な行事が終了した後に 肉 酒等の摂守を再開する事を指します。ご家族に不幸があり四十九日(中陰)の間 通常の食事を断って精進料理を摂っていた方が 忌明けと共に精進料理から通常の料理に戻す事を指します。尚 浄土真宗では精進落としとは言いません。又 地域によりましては 精進上げ、精進落ち、精進明け、お斎(とき)などとも呼ばれ、神道では直会(なおらい)と呼ばれます。

 

 現代では 御葬儀・告別式、ご火葬、初七日法要を終えた後に設ける宴席を 精進落としと言う様になりました。現代の精進落としの宴席は本来の 精進料理から通常料理への切り替えの意味と共に、1 僧侶等の宗教者、お手伝い頂いた方々への感謝の席、2 故人様を偲んで食事をし お話をして交わる席、とも成りました。特に横浜市営斎場では 都合により ご火葬後に初七日を行う式場が無い為、葬儀式・告別式の後に続けて初七日法要を執り行い、ご火葬中の待ち時間(1時間+)の間に精進落としの宴席を設けるのが一般的となって居ります。

 

 ご火葬が始まりましたら あらかじめ お願いした方々に控室にお集まり頂き、宗教者を上席にご遺族は末席にお座り頂いて会食となります。精進落としの宴席での式次第としては 特に決まりは御座いませんが、喪主様のご挨拶 ご親族の長老の方による献杯(浄土真宗では献杯とは言いません)の音頭により会食が始まります。お料理は 出席者の数が確定している場合はお料理膳で、数が確定しない場合は 大皿料理を用意します。又 喪主様、ご遺族の方々は 会食の間 席を回ってお礼の言葉を述べると共に、お好みの飲物をお勧めします。宴席は拾骨室への移動を持って閉宴となります。

 

   今回は以上です。

骨壺

 今回はお骨壺に付いて書かせて頂きました。

 

 お骨壺とは 故人様のご火葬後の焼骨を収める為の容器を指します。一般的には 白の陶磁器、絵付けされた陶磁器、キリスト教では十字架が刻まれた陶磁器等が使用されます。又 ご葬家のご希望に合わせて 金属製、大理石を使用した容器もご利用頂けます。お骨壺の大きさは 全部拾骨、部分拾骨、分骨などに合わせて その大きさが異なります。収骨の後は お骨壺は桐箱に収められ 白布に包まれてご遺族に引き渡されます。尚 桐箱にはお骨壺と共に埋葬許可証も収められるのが一般的です。

 

 お骨壺は 古代に於いては 蔵骨器と呼ばれ、土師器(はじき)や須恵器(すえき)の甕を転用したものの他、石をくり抜いた物や金属製の容器なども利用されて居りました。これらの容器の蓋や本体には銘文などが刻印されているケースも多く、貴重な古代の歴史史料となっても居ります。更に 中世に於いては 常滑焼、瀬戸焼、信楽焼など大衆的な陶器も使われるようになりました。

 

 東日本に於いてはご火葬された焼骨の全てを収骨する 全部拾骨が一般的でお骨壺も大き目な容器を使用しますが、西日本では 特定部分のみを収骨する部分拾骨が主流ですので 使用される容器は小さ目な物となります。部分拾骨を行う為には 残存焼骨を後日請求しない という誓約書を入れて許可されます。尚 残存の焼骨は共同墓地に埋葬される事となります。又 沖縄では 厨子甕と呼ばれる石製、あるいは陶器製のお骨壺が使用される場合も有ります。厨子甕は それ自体が礼拝の対象となる様な外見を有したお骨壺です。


   今回は以上です。


お骨揚げ

 今回はお骨揚げについて書かせて頂きました。

 

 お骨揚げとは 荼毘(火葬)に付した故人様の焼骨を拾い上げ、お骨壺に納める事を言います。お骨揚げは拾骨(しゅうこつ)、収骨(しゅうこつ)とも呼ばれ、又 お骨上げと書かれる場合も御座います。厳密に言うと 拾骨は 焼骨を拾う事を指し、収骨は 拾い上げた焼骨をお骨壺等に収める事を指しますが、特に使い分けられる事は無い様です。ご遺族によるお骨揚げの習慣は日本独特の儀礼と言われて居ります。このため 欧米ではお骨の原型が残らぬ様 骨灰になるまで焼かれますが、日本ではご遺骨の形がきれいに残る様 焼かれる事が大切とされます。

 

 横浜市内の火葬場では ご遺体の火葬が終り、火葬炉の冷却が始まると 控室に ”間もなく拾骨です” との連絡が入り、ご遺族の方々には拾骨室への移動の準備をお願いする事となります。そして 火葬炉の冷却が終ると ”〇〇家のご遺族様 拾骨室へお集まり下さい” とのアナウンスを受けて 拾骨室に集合頂きます。拾骨室では まず最初に係員の指示に基ずいて 喪主様以下2名の方は 火葬炉にて 火葬後の状態を確認して頂きます。その上で 係員は全ての焼骨を火葬炉から容器に収めて拾骨室に運び お骨揚げが始まります。


 お骨揚げは 古くには 箸渡しと呼ばれ 一人がご遺骨を箸で持ち 順に次の人に渡して行き、最後に骨袋 若しくは骨壺にお納めする形でしたが、現在では 二人一組でご遺骨を持ち上げ、お骨壺に収める形が一般的となって居ります。箸渡しは 箸と橋は音読みが同じところから、故人様をこの世からあの世へ 三途の川の橋渡しを皆でお手伝いする との願いが込められて居ると言われます。


  今回は以上です。

火葬

 今回はご出棺の後の火葬に付いて書かせて頂きました。

 

 霊柩車が火葬場に到着しましたら 火葬場係員が用意した台車にお柩を移し、火葬炉前へと進みます。その際 お柩の後ろには僧職を先頭に位牌を保持した喪主様 ご遺影を持つご遺族 そしてご親族・友人・知人と続きます。炉前に到着しますと 僧侶の読経 そして 焼香を行い、火葬が始まります。ご火葬の時間は 横浜市内の火葬場では1時間前後が必要と成ります。火葬が終了すると係員の指示の下 拾骨を行い、故人様の焼骨は全て お骨壺の中に収容され ご自宅にお持ち帰り頂く事と成ります。

 

 火葬場に到着した後 お柩は丁重に移動用の台車にお移しし、炉前へと移動しますが、横浜市内の火葬場では ご火葬の前に最後のお別れをする事が出来ます。故人様のご遺体と面談し、お柩の中に ご遺体と共にご火葬を希望する品物をお納めする事も可能です。そして お柩は火葬炉内に納められ 仏式であれば僧侶による読経、神式であれば神官による祝詞、キリスト教式であれば司祭・牧師によるお祈りをあげて頂き、ご火葬が始まります。その後に 焼香 玉串奉奠を行って、ご火葬の終了を控室でお待ち頂く事と成ります。

 

 ご火葬の時間は横浜市内の火葬場の場合、1時間前後が必要となりますが、この間 控室でお休み頂く事と成ります。横浜市営斎場をご利用されたご葬家では 葬儀・告別式に加えて初七日法要も行われて居りますので この時間を利用して 精進落とし席とされるのが一般的です。


   今回は以上です。

 

 

出棺

 今回は出棺に付いて書かせて頂きました。

 

 出棺とは 葬儀・告別式を終えた後に、火葬場に向けてお柩を式場からお運び出すことを指します。式場がご自宅の場合は ご自宅からの出棺となり、お柩は霊柩車にお乗せして火葬場にお運びする事と成ります。私設の式場の場合もご自宅からの出棺と同様となります。火葬場が併設された 横浜市営斎場、若しくは 西寺尾斎場の場合は 斎場からのご出棺の後は霊柩車は使用せず、徒歩での移動となります。ご出棺の際には 故人様と関係の深かった若い男の方々の手をお借りして、お柩をお運びします。

 

 ご自宅からの出棺の場合、古くから習俗として、玄関からでは無く 窓や縁側から運び出したり 仮の門を設けてそこからお柩を運び出す事もあります。これは 死霊に対する恐怖心から、死霊がふたたび家に戻る事が無い様にとの気持ちの現れであるとも、死は非日常の事柄であるので 日常とは逆のことをしなければ成らず 通常の出入り口げある玄関や門を用いてはならないと言われて居ります。又 出棺に当って 故人様が生前使用していた茶碗を割ると言う習俗も御座います。これも 死霊に対する恐怖心から 死霊が戻らぬ様にする為とも、来世でこの茶碗が使用出来るようにする為とも、言われます。何れにしろ 故人様の蘇生断念する為の儀式であったと考えられます。更に 式場を出る際も、霊柩車にお乗せする際も、足側が先にくる様にするのがセオリーです。これは 故人様が家に帰って来ぬ様にとの願いが込められていると言われます。

 

 ご出棺の際は お柩を霊柩車にお乗せした後 ご遺族は 会葬者の方々に向かって横一列に並び、喪主様 もしくはご遺族代表がご挨拶します。挨拶のときは ご遺族は お位牌と御遺影を会葬の方々に向けて持ようにし、終わりましたら一礼して出棺となります。火葬場に向かう車には 喪主様がお位牌を持ち、ご遺族様が御遺影を持って乗車します。火葬場には ご遺族・ご親族・そして故人様と特に親しかった方が同行します。

 

   今回は以上です。

 

骨葬

 今回は骨葬に付いて書かせて頂きました。

 

 骨葬とは ご遺体のご火葬を事前に行い、葬儀・告別式をその焼骨を対象として執り行うお見送りです。それに対し 現在 横浜で一般的に行われている ご遺体を安置して行う葬儀・告別式を遺体葬を言います。骨葬は東北地方を中心に北海道や九州の一部で行われて居りますが、葬儀は重要な儀式であり 然るべく盛大に執り行われなければ成りませんが、その準備に時間を要する場合 ご遺体の保全技術が未熟であった以前には先にご火葬をせざるを得なかった事によります。骨葬の習俗は 火葬炉の利用は一般化されましたが、ご遺体保全は難しかった、大正時代より始まりました。

 

 骨葬を行う地域は 東北・北海道が中心となって居りますが、この地域は夏が短く 農作業はこの短い間に集中して行わなければならず、盛大な葬儀は農閑期に改めて行わざるを得なかった事情によります。又 漁師町などでは 平時は男性が居らず、どなたかが亡くなると まずご火葬を行って、ご葬儀は船が戻ってご親族がそろってから 改めて行う事になります。又 変わった事例と致しましては 函館大火が有ります。昭和9年3月 函館市では瞬間最大風速39m/秒の風な吹く中、住吉町から出火し その火は瞬く間に全市に燃え広がり、死者2千百人、重軽症者9千5百人の大惨事と成りました。このとき 全ての死者は ご火葬され、そのご遺骨がご家族に渡されて それぞれご葬儀が営まれました。この時以来 函館市では 骨葬が一般的と成りました。


 骨葬の地域では 本通夜に先立ってご火葬をする地域もありますが、午前中にご火葬に付し 午後に葬儀・告別式を行い、その後 菩提寺で納骨するのが一般的です。又 ご火葬とご葬儀・告別式の間を空けて行う場合も御座います。骨葬の場合 通夜・出棺・火葬をご遺族だけで密葬として行い、後日 葬儀・告別式を本葬として行う形も御座います。

遺体葬で行うか、骨葬で行うかは その土地の習俗によるだけでは無く、ご遺族様のお考えに従う事も重要ではないかと考えます。


   今回は以上です。


お別れの儀

 今回はお別れの儀に付いて書かせて頂きました。

 

 お別れの儀とは 葬儀・告別式の最後の出棺に先立って、ご遺族・関係者による故人様のご遺体との最後の対面の時間です。ご遺族・ご親族・親しい友人知人の方々は ご遺体と対面し、ご遺体と共にする遺品をお柩に納め、式場を飾っていた生花でご遺体を飾り、柩の蓋を有志の手で閉じて、お柩を送り出す事となります。生花祭壇をご利用頂いた場合はより多くのお花でご遺体をお飾りすることが出来ます。この後 お柩は火葬場、土葬の場合は埋葬地にお送りする事と成ります。

 

 葬儀式・告別式が終了しますと 式に参列された方々は会場外への退場を即されます。これはお別れの儀の準備を行う為で、会場内を ご遺体とのお別れがし易い様に整え直し、式場内の生花をお柩に納め易くする為 小さく切り分けて準備します。このお花は”別れ花”と呼ばれます。別れ花は故人様に身近な方から順にお納めします。一般的には喪主様、喪主様の配偶者、ご子息・御令嬢、親兄弟、親しい知人・友人の順となります。このお別れの時間は ご遺族にとって未練の残る時間では御座いますが、ある程度の時間で収めて頂く事と成ります。

 

 お柩に蓋をした後、古くには蓋が外れぬ様 縄で縛りました。その後 何時の頃からか ご遺族も参加して 釘を石で打って蓋を止めるという習俗が出来ました。これは 死霊が柩の外に出ぬ様に封じるという 死霊に対する恐怖心から生まれたと同時に、特定の石には呪力が有り 死者を悪霊から守る事が出来ると信じられていた事によります。又 ご遺族が自ら釘を打つ事で死者の蘇生を断念する為とも言われて居ります。尚 現在では 多くの火葬炉は電気式となり金属の使用が禁止された事から、柩の蓋ははめ込み式となって居り、釘を使用して止める必要は無くなって居ります。

 

   今回は以上です。

葬儀の演出

 今回は葬儀の演出に付いて書かせて頂きました。

 

 ご葬儀は 故人様をこの世からお見送りすると共に、ご遺族の悲しみをお慰めする為の宗教儀礼です。たとえ 宗教者を呼ばない無宗教葬であっても ある意味での宗教儀礼であると言えます。従いまして ご葬儀の演出は 故人様・ご遺族のご希望を良く忖度し、お願いする宗教者のご指示をふまえて演出されなければ成りません。又 結婚式ではサプライズが好まれますが、葬儀・告別式では主旨を考えるとサプライズは極力控えるべきでしょう。

 

 昭和時代後半の高度経済成長時代に合わせて 葬儀・告別式の演出も多様に行われる様に成りました。又 それに合わせて宗教者やお見送るする方々から多様な意見が出されて居ります。そうした中で 故人様の生前の写真を展示したり、故人様・ご遺族様がお好みの音楽を使用する事も一般化しております。式の開会を待つ間、弔辞のバックグランドミュージックとして、ご焼香の間、ご出棺の際などに音楽を流す形です。更に 故人様の人となりをお知らせする為 ナレーションテープやビデオなどを制作してお見せする演出も御座います。故人様の趣味であった詩歌や、音曲を流したり等もされます。又 会葬の方々の控室やお清めの席が作られた別室に 故人様の人となりを表はすお写真や生前の業績を表わす記念品などを展示する事も御座います。

 

 最近では 故人様やご遺族様による個性化のご希望から様々な演出をする事が可能となりました。葬儀・告別式の演出には様々な考え方が御座いますが、葬儀・告別式は宗教儀礼として厳粛に行う事が肝心であり、ご葬家や宗教者のご意見を良くお伺いした上で執り行われなければ成りません。

 

   今回は以上です。

葬儀の祭壇

 今回は葬儀の祭壇に付いて書かせて頂きました。

 

 祭壇とは 葬儀式に使用される壇を指しますが、故人様を偲び供養する為に、ご位牌 ご遺影写真 お供物を供える為に用います。仏式の葬儀の場合は 祭壇の前に経机が置かれて、葬具がその上に置かれます。神式の場合は 経机に代えて饌案が置かれて、洗米 酒 塩 水 その他生饌が配置されます。祭壇は伝統的に白木祭壇が用いられて来ましたが、近年は後々にも有効活用出来る 花祭壇が好まれる様に成りました。ひかりの杜では花祭壇を主としてお薦めし、故人様やご遺族様がお好みのお花や季節のを利用して、オリジナリティの高い祭壇でお手伝いをさせて頂いて居ります。尚 花祭壇は 仏式、神式、キリスト教式に拘らずご利用頂けます。

 

 花祭壇を用いる例は 以前では著名人のお別れ会や社葬など 大規模な葬儀に限られて居りましたが、現在では 家族葬等の小規模な葬儀でも利用できる様に成りました。費用的にも白木祭壇より廉価な費用でご採用頂けます。又 花祭壇で利用したお花は 故人様のお柩を飾る御花として使用させて頂くと共に、忌中の後飾りに利用する生花やご仏壇の仏花としてもご利用頂けます。

 

 花祭壇の左右を飾るものとしてご供花が御座います。喪主様御自身、御家族、ご親族、そしてご友人・関連各社様からお供えされる花束が花祭壇の彩を更に高める事となります。一般的には 個々の花束にはご芳名が記されます。ご供花を配置する順序は ご葬家様のお気持ちが優先されますが、一般的には 故人様との血縁の深さに合わせて上段から下段へと配置されます。又 祭壇の右側は左側より高位とされます。又 ご芳名を個々の花束に付けずに、芳名板として一括してお名前を記す形も御座います。

 

   今回は以上です。 

 

告別式

 告別式とは 故人様に別れを告げると共に、社会 そして参列者に故人様のご逝去をご挨拶する式です。葬儀式は僧侶が主導する宗教儀礼ですが、告別式は喪主様 もしくは施主様(葬儀委員長)が主導する社会儀礼です。一般的には葬儀式の後に続けて行われますが、参列者が多数見込まれる場合は後日 改めて執り行う事も御座います。又 無宗教の場合は 葬儀式は行わずに告別式のみを行うケースも御座います。告別式の代わりにお別れ会と告知される事も御座います。最初に告別式が執り行われたのは 明治34年の中江兆民の葬送だと言われて居り、現在の葬儀式の後に続けて行われ形は 昭和時代に入ってから定着しました。

 

 日本で初めて告別式が行われた 中江兆民は明治時代の思想家で フランスの思想家 ジャン・ジャック・ルソーを日本に紹介し、自由民権運動の理論的指導者として名を知られ、東洋のルソーとも評されました。本名は中江篤介(とくすけ)、1847年に土佐藩高知城下で生誕し、第一回衆議院議員総選挙の当選者の一人でも有ります。中江兆民は無宗教葬に対するこだわりを強く持って居り、生前より”自分が死んだら直ぐに火葬場に送って荼毘に付せ”と遺言して居りました。しかしながら その死を悼んだ弟子達により青山葬会場に於いて、宗教儀礼によらない無宗教葬として、日本で初めての告別式が執り行われました。

 

 現在の告別式は 葬儀式の後、出棺の前に行われるのが一般的となって居りますが、東北地方や九州地方など特定の地域では火葬を先に行うケースもあります。告別式の流れと致しましては 施主(葬儀委員長)による式辞、参列代表者の弔辞、弔歌の奉読、弔電の披露、参列者による故人様への告別(焼香、献花など)が行われます。参列者は喪服、若しくは喪服に準じる服装(学生の場合は制服)を着用するのが慣例とされ、華美な服装や派手な美粧はタブーとされます。喪服ではなく ”平服でおいで下さい”とお断りする場合も御座います。

 

   今回は以上です。

葬儀・告別式の流れ

 今回は葬儀・告別式の流れに付いて書かせて頂きました。

 

 仏教式の一般的な葬儀・告別式の流れは @一同着席、A導師入場・開式、B葬儀式作法(読経・引導、遺族焼香)、C式辞・弔辞、D読経・焼香、E導師退場・閉式、F一同退場、Gお別れの儀、H柩搬出、I喪主挨拶、J出棺(霊柩車出発)となり、@からBまでが葬儀式 CからFまでが告別式となります。式場利用時間の都合上 ご遺族による葬儀式と 会葬者による告別式が同時進行する場合も御座います。又 初七日法要も含めて行う場合は ご遺族様は葬儀式と法要の為 二回焼香を行う事となります。

 

 式辞は 葬儀委員長(施主)による故人様への弔いの表明であり、弔辞は会葬者代表による故人様へのお別れの言葉です。尚 宗派、地域によりましては導師が式辞を述べる場合もあります。この後に弔電が拝読されます。尚 ご自宅でご葬儀・告別式が執り行われる場合には式辞・弔辞が省略される場合も御座います。

 

 焼香は 遺族焼香、参列者焼香、そして一般焼香の順に行われますが、ご焼香の方々が多数にわたる場合は 遺族用焼香台、参列者用焼香台、一般用焼香台がそれぞれ別に用意されて 三カ所の焼香台で並行して焼香を行う場合も御座います。又 地域によりましては 遺族焼香、参列者焼香を指名により行う事も御座います。これは 指名焼香、呼名(こめい)焼香と言われます。

 

 お別れの儀は ご遺族や親しい知人の方々が故人様と面会出来る最期の機会です。最後のお別れをして頂くと共に柩の中にお花を供えてご遺体を飾ります。又 この際にご遺体と共に火葬する品物もお柩に納めます。お柩の蓋を覆った後に 喪主様よりご挨拶がされ 出棺となります。喪主様に代わってご遺族の代表が挨拶する場合も御座います。

 

 横浜市営斎場、西寺尾斎場で葬儀・告別式を執り行った場合は 火葬場が併設されて居りますので ご出棺の後は葬列を組んで 徒歩で火葬炉前まで向かう形となります。葬列は お柩を先頭に お位牌、ご遺影、ご遺族、親戚、指定された参列者の順に進みます。

 

   今回は以上です。

葬儀と告別式

 今回は葬儀と告別式に付いて書かせて頂きました。

 

 葬儀とは 古くから行われて来た宗教的儀式で、故人様を現世とは異なる世界にお送りする と共に残された人々が故人様の死を受け止める援助をする為の儀式でも有ります。従いまして その形式は 故人様とご葬家の死生観や宗教観が深く反映されたものでなければ成りません。告別式とは 葬儀の後、もしくは葬儀の代りに行われる式で、参列者が故人様にお別れを告げる と共に社会に故人様の逝去を告知する為の式でもあります。現代では葬儀と告別式が同時に行われる様になって参りましたが、本来は それぞれ異なる目的を持って行われるべき式であります。

 

 葬儀・告別式は 古くは自宅で出棺の儀礼を行った後に、葬列を組んで葬場に行き、葬場で葬儀式を行い、火葬 或いは土葬が行われました。しかしながら 現代では葬列は無くなり、自宅での儀礼と 葬場での儀礼が一体化した事により、私どもが行う葬儀・告別式の形態が出来上がっております。

 

 葬儀式は故人様をこの世からあの世へ送り出す宗教的儀礼であり、告別式は 参列者が 焼香や献花をして 故人様とお別れをし ご遺族へ慰めの言葉を寄せる儀礼で 故人様のお知り合いの方々が弔問する場を儀礼として作り上げた社会的儀礼です。

 

 そして 現代に於いては 各種の制約から葬儀・告別式を執り行う時間も1時間程度でとの要請を受けて、葬儀式と告別式を同時に進行させることが一般的となって居ります。横浜市営の斎場では 葬儀・告別式に加えて初七日法要も1時間の間で行うべく 推奨されて居ります。従いまして ご遺族は 葬儀式と初七日法要の焼香を2回行い、それと並行して参列者による告別式の焼香が行われる形となります。

 

   今回は以上です。 

通夜の準備

 今回は通夜の準備に付いて書かせて頂きました。

 

 通夜とは 葬儀の前夜に夜を通して行う儀式で、生と死の境界線に在る故人様を ご遺族 ご親族が別れを惜しむ場で御座います。しかしながら 現代では 昼間に行われる葬儀・告別式には参列する事が難しい方々が、比較的 融通しやすい夜間の通夜に参列される様になり、告別式より通夜にほうが参列される方が多く見られる事が一般的と成りました。従いまして 葬儀・告別式よりも 通夜式の方がより多くの参列者に応対する前提で準備して頂く必要が御座います。


 通夜は急な知らせを受けて、駈け付ける場でも御座いますので、本来は喪礼服の着用は必要とされて居りませんでした。しかしながら 現代では 喪服を着用しての弔問が一般的となって居りますが、派手ではなく きちんとした服装であれば平服でも問題有りません。ただし 金具類(ネクタイピン、結婚指輪以外の指輪、靴の飾り等)は着用を避けなっければなりません。又 遺族・親族よりも格式が上の喪服を喪服を着てはならない という暗黙の決まりも有りますので、和装の礼服は避けた方が無難です。


 通夜式のお焼香が済みましたら、弔問の方々に通夜振舞いとして酒食を供しますが、人数はその場にならないと解りませんので 盛り合わせのお料理を用意するのが一般的です。又 地域に依りましては 色々な形の通夜振舞いがあります。酒食は供さずに 弔問客にお菓子をお持ち帰り頂くもの、食事券(寿司屋などの)をお持ち帰り頂く形、酒食では無くお茶だけを供する形、あるいは 酒 砂糖などの詰め合わせをお渡しして通夜振舞いに代える形なども御座います。


 何れにしろ ご遺族様のご希望を明確にして、葬儀社と良くご相談される事をお薦め致します。


   今回は以上です。 

 

通夜

 今回は通夜(つや)に付いて書かせて頂きました。

 

 通夜は ご葬儀の前夜に夜を通して執り行う儀式を指します。仏教では通夜式、神道では通夜祭、キリスト教では前夜式と呼ばれます。日本に於いて 通夜は古代の”もがり”の習慣であるとも、臨終の際の看病の延長にあるもの、とも言われ、夜伽とも言われ 夜を徹して死者を見守ります。法律的には 死は医師の判定による心停止の時点となりますが、ご遺族にとっては直ぐに受け入れられることではありません。夜を徹して枕元に侍り、生きている時と同じ様に仕える事により、故人様と最後に過ごす大切な時間でも有ります。

 

 仏教に於ける通夜式の起源は 紀元前383年2月15日 釈迦が入滅した後に 悲しみにくれる弟子達が 死後7日間 ご遺体を見守りながら 釈迦が生涯にかけて説いた説法を弟子達だ夜通し 聞き合ったと言われる故事に由来します。仏教での通夜は 故人様の成仏を祈る事では無く、大夜(たいや)という 故人様の現世での最後の夜を共に過ごす為に集った方々が、ご遺体を取り囲み 故人様の思い出話を語り合う場であります。

 

 現代の通夜では 全てのご親族が地元に居られるとは限らず、又 式場や火葬炉の都合などもあり、亡くなられた その夜に通夜を行う事が難しくなりました。死の当日は そこに居られる方々で仮通夜を行い、葬儀・告別式の前夜に 本通夜を行う形が一般的となって居ります。本通夜は 夜の6時か7時から始まり 1時間程度を僧侶の読経と弔問客の焼香にあて、終了後 通夜振舞いを供して1時間から2時間でお開きという 半通夜の形式が一般的となって居ります。

 

   今回は以上です。

葬儀の祭壇

 今回は葬儀の祭壇に付いて書かせて頂きました。

 

 故人様をお見送りするに際していくつかの祭壇が御座います。それぞれ目的に合わせてご用意頂きます。故人様がご逝去され ご葬儀を待つまでの間 安置されたご遺体の枕元に備えられる”枕飾り”、葬儀式でご使用される祭壇、そして ご火葬の後 四十九日法要までの忌中にお使い頂く ”後飾り”です。其々の祭壇に彩を添えるお花が 枕飾りでは 一本花と枕花、葬儀式祭壇では白木祭壇に供花 もしくは花祭壇、そして 後飾りには供花と呼ばれます。

 

 枕飾りは 故人様が亡くなられ そのご遺体をご自宅に安置した際 枕元に備える供物台です。その上には 三具足の他 故人様にお供えする供え物が置かれます。そして 三具足の一つ 花立て(花瓶)には 樒(しきみ)が一本 活けられ これを一本花と呼びます。仏教のお花と言えば蓮華ですが 弘法大師が修行の際に青蓮華の代用として樒を使用した事から、仏事に於ける神聖な植物として樒が使用されて居ります。神事に於ける榊(さかき)と同じ位置付けです。樒は 日本国内では西日本に自生して居り、香りが強く 毒性の強い植物です。尚 現代の東京・横浜では樒の入手は困難な状態となって居り、一本花としては樒に代えて 菊を一本 活けるのが一般的となって居ります。


 枕花は 故人様と特に親しかった方が 哀悼の意味を込めて贈る花で、枕飾りと共に枕元にお飾りします。一般的には白を基調とした生花をアレンジしたものですが、最近では故人様が好まれたお花を贈る事も多くなりました。


 通夜式は 本来は枕飾りを前提として行われるものでした。これは ご遺族にとって故人様の死を完全に受容したとは言い切れない 生と死の境界にある時間だからです。正式な祭壇を設ける事は死を認める事につながるからで、通夜では喪服を着用しない、香典を持参しない、持参するなら”お見舞い”とする等も同じ理由によります。しかしながら 作今では 通夜が告別式と同様に会葬者の弔問を受ける場に変化した事から、通夜でも 葬儀・告別式と同じ祭壇を設ける事が一般的となりました。

通夜・葬儀・告別式の祭壇は 白木の祭壇とその周囲をご供花で飾る形が一般的でしたが、現代では白木祭壇に代って花祭壇をご利用頂くケースが多くなって参りました。次回はこの花祭壇に付いて書かせて頂きます。


   今回は以上です。 

葬儀の式場

 今回は葬儀の式場に付いて書かせて頂きました。

 

 ご葬儀の式場に付きましては ご自宅で行う場合と、公営 或いは私営の式場をご利用頂く場合とが御座います。ご自宅で執り行われる場合は 式場に使用されるお部屋をお定め頂いた上で祭壇の形をお決め頂きます。更に張幕、テント、冷暖房、案内標識、駐車場等を検討頂く必要が御座います。外部の式場をご利用頂く場合には その式場の使用規則に従って執り行う形となりますので、ご検討頂く項目はかなり少なくなります。尚 その際には 故人様 及び ご遺族様のご希望は忌憚なくお話頂く事が大切です。

 

 ご自宅でご葬儀を行う場合は 式場とする部屋、飲食の接待をする部屋、宗教者の控室、近親者の控室、会葬者の待機する場所、受付の場所等を 葬儀社とご相談の上でお決め頂きます。又 場合によっては 近隣の方々の了解を取り付けます。

 

 現代では 車で来訪される会葬者の方も多くなりましたので、近隣の駐車スペースを用意したり、無い場合は 一時的な路上駐車スペースを用意し、近隣に了解を取ると共に 所轄警察に届け出を出して許可を取り付けます。

 

 地元に不案内な会葬の方を考慮して、最寄の駅やバス停などから自宅までの案内標識、玄関から待機場 そして 式場に至るに必要な案内標識も必要となります。勿論 式場を示す門標も必要です。

 

 更に 門前から玄関までの通路の足元が暗い場合は 夜間の弔問客に備えて照明を用意します。又 夏の暑い季節には 冷房器や扇風機、冬の寒い季節には 暖房機具、雨が予想される場合はテントや予備の傘も用意します。又 式中に停電などが起こらぬ様、最大使用電力量にも注意が必要です。

 

 以上は全て 葬儀社が手配致しますが、適時 ご葬家の指示を必要と致しますので、ご留意下さい。

 

   今回は以上です。

納棺

 今回はご納棺に付いて書かせて頂きました。

 

 ご納棺とは ご遺体をお浄めし、装いを整えてお柩にお納めする事です。入棺とも言われます。ご自宅でご葬儀を執り行う場合はお通夜の支度を整える前に、外部の式場で行う場合はご自宅から出棺する前に行います。湯灌などのご遺体処置を行い、死に装束で身支度をし、ご遺体を柩の中にお納めし、副葬品でご遺体の周りを飾ります。故人様の”死”を受け止める大切な儀式ですので、ご遺族様 御親戚 極親しいご友人の手を煩わせて行う事をお薦めします。

 

 ご納棺は ご遺族の手で行うのが基本ではありますが、ご葬家のご希望に合わせて 葬儀社のスタッフにより行う事も可能ですし、納棺師と呼ばれる特別なスタッフをご利用頂く事も可能です。ご遺体をお納めするに当たり 死に装束で身支度を整えた後にお柩にお納めすべきではありますが、ご遺体の死後硬直の状態によりましては ご遺体をお納めした後に 死に装束でご遺体を覆うかたちの場合も御座います。又 指輪や装身具ははずした上でご納棺致します。

 

 尚 副葬品は 火葬の際に問題が起きぬ様;

−爆発の怖れのあるもの。

−燃えないもの。

−ご遺骨を傷つける怖れのあるもの。

−ご遺骨を着色する怖れのあるもの。 

は避けて下さい。具体的には ペースメーカー、ガスライターなど爆発の恐れの有るもの 体内に埋め込まれたペースメーカーは病院で除去して貰います。メガネや酒のビンなどのガラス製品、金属やカーボンで作られた釣竿やゴルフクラブなどです。又 ゴルフボールは火葬炉の中で回ってご遺骨を傷つける怖れがあり、果物は燃えにくく ご遺骨を着色する可能性があり、書籍は燃えにくいので、お納めする際に注意が必要です。

 

   今回は以上です。

死に装束

 今回は死に装束(しょうぞく)に付いて書かせて頂きました。

 

 死に装束とは 死者を見送るに当たり施される衣裳の事です。白を基調とした衣裳から 白装束とも呼ばれます。日本では古くから仏式の葬儀が基本となって居り、故人様の衣裳も仏式を前提とされて居ります。神道の葬儀においては、同じく白を基調とした神官が着用する衣裳に近い装束が施されます。キリスト教では特に死に装束は無く、故人様がお好きだった衣服を施す形となります。尚 古くには 武士が切復するさいの衣裳も死に装束と呼ばれました。尚 浄土真宗では死と共に成仏するとの教えから、冥土(めいど)への旅を認めて居りませんので、死に装束は有りません。又 その地域や宗派により それぞれ特色を持ち、相違が御座います。

 

 日本に於ける死に装束は ご遺体を棺に納める直前に施されます。基本的には仏式の巡礼者や修行僧の衣裳が前提となります。死に装束は 経帷子(きょうかたびら)・帯、三角巾(さんかくきん)、頭侘袋・六文銭、杖・手甲(てこう)・脚絆(きゃはん)・草鞋・編笠、そして 数珠により一式となります。

経帷子・帯は 白無地の帷子に真言や経文を記したもので、古くは 故人様と縁のある女性の手により縫い上げられ、裁縫のさいには 引っ張り合ながら縫い、糸には結び目をつけぬものとされました。明衣(みょうえ)、浄衣(じょうえ)とも言われます。

三角巾は 宝冠・、紙冠、あるいは額烏帽子 とも呼ばれる、額につける三角形の布です。起源としては 大日如来の頭部にある五智の宝冠を模したもので、山伏が被る兜布に由来するとの説があります。又 死者の贖罪を願うと共に魔除けになる との説や、閻魔大王に拝喝する際の正装となる烏帽子との説などが有ります。

頭侘袋は 修行僧が托鉢の際に首にかけて携帯 使用するもので、六文銭は三途の川の渡し賃とされます。六文銭には硬貨が使用されて居りましたが、火葬がほとんどとなった昨今では紙に印刷された物が使用されて居ります。

木製の杖は利き腕の横に置かれ、手甲・脚絆は左右反対に着け、草鞋を履いて、編笠を頭上に置き、数珠を手持たせて 西方極楽浄土への旅装が整います。

 

   今回は以上です。

遺体の変化

 今回はご遺体の変化に付いて書かせて頂きました。

 

 人はご逝去されると 生活反応が失われ、修復性や回復性も喪失します。従いまして ご遺体の状態は急激に悪化して行きます。死斑が出、死後硬直が始まり、腐敗が始まります。ご遺体の保全に最も大切な事は ”ご遺体を悪化させないこと”につきます。ご遺体の悪化防止の為には 死亡直後の看護師による適切な処置と その後の低温保存が重要となります。尚 ご遺体は保存方法により進捗の度合いは異なりますが、悪化はしつずけますので 死亡直後のメイクはあまり効果は有りません。

 

 死斑とは 心臓が停止し血液の流れが止まると、血管内の血液は全て下に集中します。ご遺体の上の部分の皮膚は蒼白となり、下になった部分の静脈に全ての血液が溜ります。この血液が凝固して死斑となります。死斑は死後20~30分後位から始まり、20時間以上経過すると固定されます。尚 死後10時間くらいまでは固定されません。

 

 死後硬直は 体内の化学反応により筋肉や関節が硬直して動かなくなる現象です。死後硬直は死後2時間位から始まり、20時間位で硬直は最も強くなります。その後は腐敗が強まる為、硬直は徐々に解けて行きます。

 

 ご遺体は 体内を一定の状態に維持する為の 恒常性が消失した状態となります。恒常性は 終末期から徐々に失われて行き、死亡と同時に加速度的に消失して行きます。人が健康な際には 体内や体表面の人体に有害な細菌や問題のある細菌の増殖を抑制していますが、死により細菌の繁殖環境が大きく崩れ、抑制されていた問題細菌が爆発的に増殖を繰り返し、ご遺体の悪化を一気に進めます。しかし ご遺体には生命活動が存在しない為恒常性は無く、これを取り戻す術は有りません。この悪化をより遅らせる為にご遺体を低温で保存しなければ成りません。

 

   今回は以上です。

遺体の保全

 今回はご遺体の保全に付いて書かせて頂きました。

 

 ご家族が永眠され 枕経の後にご遺体をお柩にお納め(納棺)してお通夜を待つのが一般的ですが、火葬場や式場の予約状況に依りましたは数日間 ご自宅にそのまま安置し、お通夜の前にご納棺する場合も御座います。ご納棺に先立ち 湯灌、死化粧、遺体衛生保全処置(エンバーミング)などを施す事もあり、又 その間 ご遺体を保全する為にドライアイスを利用します。(エンバーミングされたご遺体にはドライアイスは必要有りません)。

 

 湯灌とは ご遺族の手でご遺体を清める作法です。盥に水を入れ それに沸かした湯をいれて ぬるま湯を作り ご遺体をお清めします。通常は湯に水を入れてぬるま湯を作りますが この場合は水に湯を入れるので”逆さ水”と呼ばれます。最近は病院でエンジェルケアーによりご遺体は清められて居りますので、行う事は少なくなりました。又 湯灌では 湯を使用する事から ご遺体の体内の菌を増殖させ、ご遺体の腐敗を促進するので公衆衛生上好ましくない とする医学専門医の指摘が有ります。

 

 遺体衛生保全(エンバーミング)とは 北米などで行われている、一般的な遺体処置の方法です。所定の施設に於いて ご遺体を洗浄・消毒し、防腐処置と、必要に応じて顔などの復元処置を施します。防腐処置は 静脈から血液を抜き、動脈から防腐液を注入して行います。土葬が一般的な国、特に北米では多く利用されて居りますが、火葬が主流の日本では ご遺体を海外に移送する場合を除いて ご利用頂くケースはわずかです。

 

 遺体衛生保全されたご遺体を除いて ご遺体の保全にはドライアイスが使用されます。ご遺体は 胃や腸から腐敗が始まり 腐敗ガスを発生させます。ドライアイスは直下を冷やす事に適して居りますので 胸から腹部を中心にして 喉元と下腹部までの上にドライアイスを置いて 内臓の腐敗を防ぎます。この為に10Kgのドライアイスで24時間保全する事が可能です。尚 夏場などの酷暑の季節ではもう少し頻繁に使用する必要が御座います。

 

   今回は以上です。

遺体の保全

 今回はご遺体の保全に付いて書かせて頂きました。

 

 ご家族が永眠され 枕経の後にご遺体をお柩にお納め(納棺)してお通夜を待つのが一般的ですが、火葬場や式場の予約状況に依りましたは数日間 ご自宅にそのまま安置し、お通夜の前にご納棺する場合も御座います。ご納棺に先立ち 湯灌、死化粧、遺体衛生保全処置(エンバーミング)などを施す事もあり、又 その間 ご遺体を保全する為にドライアイスを利用します。(エンバーミングされたご遺体にはドライアイスは必要有りません)。

 

 湯灌とは ご遺族の手でご遺体を清める作法です。盥に水を入れ それに沸かした湯をいれて ぬるま湯を作り ご遺体をお清めします。通常は湯に水を入れてぬるま湯を作りますが この場合は水に湯を入れるので”逆さ水”と呼ばれます。最近は病院でエンジェルケアーによりご遺体は清められて居りますので、行う事は少なくなりました。又 湯灌では 湯を使用する事から ご遺体の体内の菌を増殖させ、ご遺体の腐敗を促進するので公衆衛生上好ましくない とする医学専門医の指摘が有ります。

 

 遺体衛生保全(エンバーミング)とは 北米などで行われている、一般的な遺体処置の方法です。所定の施設に於いて ご遺体を洗浄・消毒し、防腐処置と、必要に応じて顔などの復元処置を施します。防腐処置は 静脈から血液を抜き、動脈から防腐液を注入して行います。土葬が一般的な国、特に北米では多く利用されて居りますが、火葬が主流の日本では ご遺体を海外に移送する場合を除いて ご利用頂くケースはわずかです。

 

 遺体衛生保全されたご遺体を除いて ご遺体の保全にはドライアイスが使用されます。ご遺体は 胃や腸から腐敗が始まり 腐敗ガスを発生させます。ドライアイスは直下を冷やす事に適して居りますので 胸から腹部を中心にして 喉元と下腹部までの上にドライアイスを置いて 内臓の腐敗を防ぎます。この為に10Kgのドライアイスで24時間保全する事が可能です。尚 夏場などの酷暑の季節ではもう少し頻繁に使用する必要が御座います。

 

   今回は以上です。

枕経

 今回は枕経に付いて書かせて頂きました。

 

 枕経とは 仏教の臨終行儀のひとつで、亡くなり逝く方を仏弟子にして 心穏やかに往生して頂く為に、臨終間際の方の枕元で上げるお経のことです。現代では病院でご逝去される事がほとんどのケースで、病院内でお経を上げる事が難しい事から ご自宅にご遺体を安置した後に読経して頂くのが一般的となって居ります。ご遺体をご自宅に安置するのが困難な場合は 通夜式の中に含めて執り行われる場合も御座います。神道ではご臨終の後に帰幽報告の儀、神棚封じ、枕直しの儀を行います。そして キリスト教の場合は 危篤、臨終のときから神父、あるいは牧師が立会うことが原則となって居ります。

 

 枕経の起源は 平安時代中期に浄土教の僧侶が 死の間際にある本人と共に誦経(ずきょう)・念仏した臨終行儀にあると言われます。枕経はご臨終の方が居られるお部屋を清らかにし、臨終の方のお心が乱れぬ様物音などにも気を配り、来迎仏などの掛け軸か屏風を枕元に飾って行います。僧侶により 剃刀で頭髪を剃り、仏 法 僧に帰依させて頂きます。共に その証として戒名を授与して頂きます。看取る人 全員で念仏を唱え、ご臨終間際の方に 念仏を唱える力が出る様 祈念します。そして 臨終の瞬間が来そうな時には清らかな水を用意して、綿 又は筆で本人の唇を潤してあげます。これが末期の水です。死に水とも言われ お釈迦様が最期に水を求めた との言い伝えに依ります。末期の水は 本人に蘇って欲しいという願いと 死後 喉の渇きに苦しまぬ様との願いを込めて注されます。

 

 神道では 枕経はありませんが、末期の水は仏式と同様に行います。その後に 帰幽報告の儀、神棚封じ 枕直しの儀 を執り行います。

帰幽報告の儀は 神棚に向かって ”〇〇が帰幽致しました”と 家族の死を報告する儀式です。その後に 神棚の扉を閉め白い半紙を張り付けて封じます。これは 死と言うけがれが神棚の中に紛れ込まない様にする為です。そして ご遺体の枕元に枕飾りを設けて 灯明を灯し ご遺族・ご親族が礼拝します。この時の礼拝は二礼拝二拍手二礼拝を”忍び手”で行います。この礼拝を”枕直しの儀”といい 仏式の枕経にあたるものです。

 

   今回は以上です。

 

忌中札

 今回は忌中札(きちゅうふだ)に付いて書かせて頂きました。

 

 忌中札とは 御家族のどなたかが亡くなられた際に 忌中の期間 忌中と書かれたお札を玄関前に掲げる習俗に使用されます。忌中札は 死穢を他の人に及ばさぬ様 告知し、遺族は死の穢れに染まっているので こもって居る事を知らせれ為のものです。現代では 死者が出た家であることを告知する現実的な意味合いが強くなりました。昨今の東京、横浜等の大都市では 控え目なご葬儀をご希望されるご葬家が多くなり、忌中札を見かける事も少なくなりました。

 

 忌中とは 故人様を偲び 祀りに専念して 故人様の御霊を鎮め そして殺生をしてはいけない期間で、仏式であれば四十九日法要まで 神式であれば五十日祭までの間ですが、故人様との関係により その期間は異なります。父母・配偶者は四十九日(神式50日)、祖父母は30日、兄弟姉妹・子ども・叔父叔母は20日、孫は10日、その他の親戚は1~3日間が一般的です。この期間には神事、結婚式・お祝い会・初詣などの祝い事への出席を控えます。又 神棚をお祀りの御家庭では 神棚に白紙を掛けてお参りを控えます。

 

 忌中と同義語のように思われてもいる 喪中(もちゅう)と呼ばれる期間があります。喪中とは 精神的に故人様を偲び、悲しみを乗り越えて通常の生活に戻って行く期間で、忌中とは目的が異なり 一般的には 13ヶ月(一周忌法要まで)とされます。喪中に服しなければならないご親族は 父、母、兄弟、姉妹、子、義理の父、義理の母 が一般的です。喪に服している間(喪中)は 年末年始の挨拶は控え、結婚式やお祝い事への参加も控えます。但し 喪中である事を承知の上でご招待を受けた場合は 参加するのが礼儀となります。

 

   今回は以上です。

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