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真言宗とは

 今回は真言宗に付いて書かせて頂きました。

 真言宗は 平安時代の9世紀初頭に空海(弘法大師)によって開かれた 日本の仏教の一宗派です。真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称します。空海は804年に唐(中国)に渡り、長安の青龍寺で恵果より真言密教を学んで、その秘法を伝授され 日本へ帰国後 高野山金剛峰寺と 嵯峨天皇より勅賜された 平安京の教王護国寺 八幡山東寺を修行場として真言宗を開きました。法身仏(絶対者)である大日如来をご本尊とし、その教義は即身成仏と密厳国土のもと 身(しん)、口(く)、意(い)という人の三っの働き(三密)において 手に印を結び、口に真言を唱えて、心を静めて三昧(さんまい)の境地にはいれば即身成仏できると説きます。

 空海は835年 62歳で高野山で入定しましたが 入定に際し 住持していた寺院を弟子達に付属しました。そして これらの寺院は年分度者(国家公認の僧侶の養成)を許可され、それぞれの寺院は独立性を持つ事と成ります。まずは 東寺と金剛峰寺の主導権争いが起き、東寺長者が金剛峰寺の座主を兼ねることで結着します。その後 金剛峰寺は落雷により伽藍・講堂を焼失し、無人の状態にまでなりますが、菅原道長が高野山参拝をした事により、皇族・摂家・公家などの支援を受け復興します。そして 又 派閥争いが起こり 古儀真言宗と 新義真言宗に分かれて行きます。

江戸時代に入り 1615年 徳川家康は 真言宗諸法度を出し 真言宗全体を幕府の管理下に置くと共に、その後の寺壇制度により、本山・末寺は財政的な安定を得る事となりました。但し 一部に綱紀のゆるみも生む事と成ります。

そして 明治政府の神仏分離と それに伴う廃仏棄却など困難な時代を乗り越え、昭和14年の宗教団体法成立に伴い宗派は統合され真言宗として一本化されました。戦後は分派独立が相次ぎ、現在は約50の宗派が有りますが、その内 主要な16派 18総大本山は 各山の連絡親睦・共通事業の主宰を目的として 真言宗各派総大本山会を設立して融合を図って居ります。

   今回は以上です。

修験道とは

 今回は修験道に付いて書かせて頂きました。

 修験道とは 平安時代末期 日本古来の古神道を包括する山岳信仰と仏教が習合し、密教・道教・陰陽道などの呪術的行法が融合された 神仏習合に宗教です。山に籠って厳しい修行を行い 即身成仏して 衆生の救済を目指す実践的な宗教です。創始は奈良時代の呪術者 役小角(えんのおずの)(尊称;役行者)によると言われ、江戸時代には 大和(奈良)金峰山を中心とした真言宗系の当山派と 熊野の聖護院を本山とする天台宗系の本山派に習合され 現在は 御嶽教、扶桑教、実行教、丸山教、他が布教を行って居ります。

 修験道は 日本各地の霊山を修行の場とし、深山幽谷に分け入り厳しい修行を行う事によって 超自然的な能力(験力)を会得し、民衆の救済を目指す実践的な宗教でもあります。この修行者の事を ”修行をして迷妄を払い験徳を得る者” と言う事で 修験者、或いは 山に伏して修行を行う姿から 山伏と称しました。又 験徳を得る道を修験道と呼び ”修行をし己の心体を鍛え磨き追及し其之成果を験す 確かめ表わす道” と考えました。修行の場所となる霊山は 日本全国に存在しますが 中でも 日本古来の山岳信仰の対象であった 大峰山(奈良県)や白山(石川県)、そして 平安時代 天皇をはじめ多くの公家が参拝をした 熊野三山(本宮・新宮・那智の三宮)が著名です。

 修験道は神仏習合の信仰であり、日本の神と仏教の仏が共に祀られ、表現の形態としては 権現(神仏が仮の姿で現れた神)等の神格や 王子(参拝途上で儀礼を行う場所)があります。修験道と言うと 神道の側面が強そうに思えますが、実際には仏教としての側面が極めて強い宗派と考えられます。

 修験道独自に有名な神としては 蔵王権現(ざおうごんげん)、愛宕権現(あたごごんげん)、若一王子(にゃくいちおうじ)、九十九王子(くじゅうくおうじ)、前鬼・後鬼(ぜんき・ごき)、一言主(ひとことぬし)、天狗(てんぐ)などが居られます。

 神奈川県内の霊山としては 大山、大雄山、箱根山がございます。

   今回は以上です。 

鎌倉仏教 日蓮宗系

 今回は日蓮宗系に付いて書かせて頂きました。

 日蓮宗は 鎌倉仏教の宗派の一つで日蓮上人を開祖とし、法華宗とも称されて居ります。日蓮上人の没後 多くの弟子達により布教が行われ、それに伴い 多くの派にも分かれて居りますので、日蓮宗系とさせて頂きました。日蓮上人は釈尊の教えの全ては法華経(妙法蓮華経)に凝縮されて居り、久遠の本仏として釈尊を諸仏の根源とすべきこと、滅後末法の世の衆生の救済は法華経の護持によりなされる、そして 南無妙法蓮華経(法華経に帰依する の意味)を題目として唱えよ と説きました。日蓮宗の総本山は 山梨県南巨摩郡身延町の 身延山久遠寺で ご本尊は三宝尊です。三宝尊とは 仏・法・僧の三宝をさし 仏の第一を釈迦如来、法の第一を法華経、僧の第一を日蓮大菩薩(後光厳天皇より、大正天皇よりは立正大師が贈られる)として祀られます。

 日蓮は 1222年安房国(千葉県鴨川市)の小湊で生まれ、11歳で地元の清澄寺の道善房に入門し、16歳で出家し是正房蓮長の名を与えられ、23歳の時 比叡山にのぼり就学し、その後 三井寺、薬師寺、高野山、天王寺、東寺などで遊学し、1253年 31歳で安房の清澄寺に帰山し 4月28日 朝 日の出に向かい 南無妙法蓮華経 と題目を唱えました(立教開宗の日)。そして 名を日蓮と改め、翌1254年 鎌倉に出て 辻説法を始めます。各地で辻説法を説き、1260年 立正安国論を著し、鎌倉幕府に建白しました。この建白により 日蓮は 幕府や他宗派より迫害を受けることとなります。1261年からは 伊豆国伊東へ、1271年からは佐渡へ流罪となりますが、その間にも 各地で辻説法を続け、”開目抄” ”観心本尊抄”などを著述し、法華曼荼羅を完成させました。1274年春 流罪赦免ののち 鎌倉で幕府に対し法華経 国教化の建白を行い、身延の地頭であった南部実長の招きを受けて、身延山に入山し、身延山を寄贈されて 身延山久遠寺を開山しました。1282年 病を得て 常陸国へ湯治に向かう途上 武蔵国の池上宗仲氏の邸宅近くに建立された一宇を開堂供養し 長栄山本門寺(通称池上本門寺)と命名。その一ヶ月後 10月13日 池上邸で逝去。享年は61歳でした。

 日蓮宗(法華宗)は 日蓮の死後 弟子たちにより各地で布教が行われましたが 法華教団は発展と共に分化されて行きます。多くに分かれた日蓮宗は1941年(昭和16年)政府の指導により 日蓮宗と法華宗の二つに統合されましたが、戦後は再び各宗派に分かれました。又 日蓮正宗は 日蓮の弟子 日興の流れをくむ派ですが 日蓮本仏の立場を取ります。

   今回は以上です。

日本のキリスト教

 今回は日本のキリスト教について書かせて頂きました。

 キリスト教の日本への伝来は 16世紀 ローマカトリック教会の一派であった イエズス会のバスク人司祭 フランシスコ・ザビエルによるとされて居ります。戦国時代のさなか 1549年ザビエル達イエズス会の宣教師により布教が開始され、織田信長の庇護を受ける事に成功し順調に信者を増やしましたが、仏教徒や神道徒を迫害する事例などから豊臣秀吉から宣教の禁止が出され、更には徳川幕府の鎖国令に伴い禁教として信仰を禁止されました。キリシタン(キリスト教徒)は地下に潜り 隠れキリシタンとして信仰を伝える状態が江戸時代末まで続きます。明治時代に入り信教の自由が許されると ローマ・カトリック教会、ギリシャ正教、プロテスタント各教が相次いで来日し 布教活動を開始しました。現在の日本では ローマ・カトリック教会は カトリック中央協議会となり、ギリシャ正教会系は日本ハリストス正教会教団として活動して居ります。プロテスタント系では 最大の教団として プロテスタント諸教派が合同してできた日本基督教団、他に 英国国教会系の日本聖公会、ルター派の諸教団(ルーテル教会)などが有ります。

 日本へキリスト教が何時 伝来したかに付いては諸説御座います。その一つは 5世紀頃 中国で景教と呼ばれていた ネストリウス派キリスト教が 秦河勝(はたのかわかつ)などにより 日本に持ち込まれたとする説が有りますが 歴史的な証拠や文書による記録が少なく 定説とななって居りません。16世紀 イエズス会来日の背景は ローマ・カトリック教会の 権威回復と収入拡大に有ります。16世紀 ドイツで起きた マルティン・ルターによる宗教革命は ヨーロッパ各国に波及し、教皇の権威に陰りが見え始めました。プロテスタント勢力への対抗上、新たな信者を増やし 献金を期待して 教団の目はアジアに向けられ、イエズス会やフランシスコ会の多くの宣教師が インドや東南アジアに派遣され 更には極東の日本にまで進出する事と成りました。

   今回は以上です

神道の葬儀 神葬祭

 今回は神葬祭について書かせて頂きました。

 神葬祭とは 日本古来・固有の宗教である神道の葬儀を言います。神道に於いては ”人は皆 神の子であり、神の計らいにより母の胎内に宿り、この世に生まれ、この世での役割を終えると神々の住まう世界に帰り、子孫たちを見守る” と考え、従って 神葬祭は 故人様に家の守護神となって頂く為の儀式であります。神道に於いては死は穢れとされて居り、神葬祭は聖域である神社では行わず、自宅 又は別の式場で行います。又 仏教に於ける戒名・法名に代わり 諡(おくりな)が贈られます。

 神葬祭を執り行うに当たりましては まず斎主(葬儀を担当する神職)様にその手順、注意事項を確認頂く必要が御座います。その上で ご納棺の前に行う事は以下の通りです;

1 まず神棚と祖霊舎(ご先祖を祀る舎)に 故人様が帰幽(ご逝去のこと)したことを奉告し、その後 前面に白紙を貼ります。

2 病気平癒などを祈願した神社があれば、その祈願を解き 故人様の帰幽を奉告します。ご自分で神社に礼拝出来ない場合は 代参を送るか、遥拝(ようはい 遠くより礼拝)により奉告します。

3 葬儀執行の為の 斎主、副斎主、祭員、伶人(れいじん 雅楽を奏でる人)などを委嘱します。

4 各祭で必要な 幣帛(へいはく 進物)、神饌(しんせん 食物)、玉串、その他 の数量や程度を協議し決定します。

5 霊璽(れいじ 仏教の位牌)、墓誌、銘旗、墓標等の揮毫を依頼します。

以上を終えましたら 枕直しの儀に入りますが 以降は次号で書かせて頂きます。

   今回は以上です。

神道の葬儀 神葬祭Ⅱ

 今回は前回に続き神葬祭に付いて書かせて頂きました。

 神葬祭は 日本古来の宗教である神道の葬儀ですが、全国的に統一された式次第(祭式)が有る訳では有りません。神道は 日本古来の自然崇拝・祖先崇拝を基調として自然発生的に生まれた民俗信仰だからです。従いまして 地域によって、神社によって、更には斎主となる神職によっても 異なった祭式となります。とは言え 大きな混乱を招かぬ様、神社本庁では ”神葬祭の栞(しおり)” という小冊子を用意して 信徒の方のお手伝いをして居ります。

 前回は納棺前に行う事を書かせて頂きましたが、それ以降 神葬祭の最初の儀式であります 枕直しの儀 からご説明致します。

ご逝去されたご遺体には 白の小袖をお着せし 病室から殯室(ひんしつ ご遺体を安置する部屋)にお移しします。殯室では ご遺体は頭を北 若しくは 部屋の上位に向かって右に来るように 安置します。そして 白布で顔を覆い、枕元に枕屏風を立て、小案(小机)を備えて その上に守り刀を置き灯火を点けます。守り刀は柄を向こうにして 刃をご遺体に向けない様に置きます。ご遺体の前には 案(白木八足の机)を設けて 上に 故人様が生前好まれた常饌(じょうせん 日常の食べ物) や生饌(せいせん 洗米・塩・水)をお供えし、御家族やご親族は謹んで ご遺体の側近くでご奉仕します。

 次には 納棺の儀式 となります。ご遺体を棺にお納めする儀式ですが、まず ご遺体を湯灌などによりお清めして、神衣をお着せします。男性であれば 白の狩衣に烏帽子を被らせ、女性であれば白の小袿に扇を持たせて 柩にお納めします。お納めした後に 柩の蓋を閉め、白い布で柩を覆い、正寝(表座敷 神葬祭式場)に移動して、柩前を装飾し饌をお供えして 全員で拝礼します。尚 地域によりましては 柩の蓋をする前に 榊の葉に水を付けて口を湿らせる 末期の水 の行事を行う場合も御座います。

   今回は以上ですが、次回は通夜祭以降を書かせて頂きます。

神道の葬儀 神葬祭Ⅲ

 今回も前回に引き続き 神葬祭に付いて書かせて頂きました。

 神葬祭は神道に於ける葬儀式ですが 前回までの枕直しの儀、納棺の儀 に続きまして 通夜祭、遷霊祭、蔡場祭、火葬祭、埋葬祭、帰家祭、直会、そして 御霊祭と執り行われます。又 神葬祭に於いて 仏式との相違は 戒名・法名に代わり 諡(おくりな)が贈られ、その諡は霊璽(れいじ 仏式の位牌)に記されます。更に線香は使わず 代りに玉串を使用します。玉串とは 榊などの木の枝に紙垂を付けたもので、この紙垂は 参拝者の真心を表わすものとされます。

 通夜祭は 故人様がご逝去された後 葬儀を行うまでの間 ご遺体に付添い生前同様の礼を尽くして手厚く奉仕する大切な儀式です。通常は遷霊祭の前夜に行うのが一般的で、仏式の通夜式にあたります。

 遷霊祭とは 故人様の霊を ご遺体から霊璽に遷し留める儀式で、御魂移しの儀が 主なる目的で、本来は夜間に灯火を消して執り行います。神職は祝詞を奏上し、ご遺族・参列者は玉串を奉って拝礼します。現代では昼間に執り行うのが普通と成りましたので、夜を象徴するように 部屋を暗くして執り行う事が一般的と成りました。

 蔡場祭は 遷霊祭の後 故人様との最後の別れを告げる儀式で 神葬祭最大の重儀です。弔辞の奉呈、弔電奉読、神職による祝詞奏上、玉串奉奠などが行われます。仏式の葬儀・告別式に当る儀式です。

 火葬祭は ご遺体を火葬に付す前に、火葬炉の前で行う儀式で、神職が祝詞を奏上し、ご遺族は玉串を奉って拝礼します。

 埋葬祭は ご遺骨を墓地の奥津城(神道のお墓)に納骨する儀式で、奥津城の四方に竹を立てて 注連縄で囲い、ご遺骨の埋葬、祭詞奏上、ご遺族の拝礼が行われます。神葬祭では火葬を終えたご遺骨は そのまま墓地へ移動して埋葬します。しかしながら 最近ではご遺骨をご自宅に持ち返り、五十日祭で埋葬されるケースも多くなりました。

 帰家蔡 と直会(なおらい)は ご火葬・ご埋葬を終えてご自宅に戻りましたら、神職のお祓いを受けて家の門戸に塩をまきます。その後 神棚と祖霊舎(仏式の仏壇)に葬儀が滞りなく終了したことを報告します。その後に 葬儀でお世話になった神職、世話役などの労をねぎらい、直会を開いてもてなします。直会の終了により 葬儀に関する儀式は全てを終えることとなります。

   今回は以上です。

神道の葬儀 神葬祭 Ⅳ

 今回は神葬祭のⅣ回目を書かせて頂きました。

 神葬祭では ご遺体の埋葬を終え、帰家祭 直会をもって一段落となりますが、以降 百日祭までを霊前祭、一年祭以後を式年祭といい 節目毎に故人様の霊に考敬を尽くします。霊前祭には 翌日祭、十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭、百日祭が有り 夫々 霊前・墓前に考敬を尽くします。式年祭は 一年祭、三年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、三十年祭、五十年祭と続きますが、二十年祭までが一般的と成って居ります。尚 年数は仏教とは異なり満年数で行います。

 霊前日供の儀

霊璽を祖霊舎に合祀するまで(五十日祭まで)は 霊前に朝夕の二回 常饌(日常の食物) あるいは生饌(洗米、塩、水)をお供えします。

 霊前祭

翌日祭; 葬儀の翌日に 葬儀が無事終了した事を霊前に報告する為の式ですが 最近はほとんど行われなくなりました。

毎十日祭; ご逝去の日から数えて十日毎に 霊璽、ご遺影、お供物を飾った仮霊舎の前で 神職により営みます。近年は 十日祭を繰り上げて帰家祭と合わせて行い、二十日、三十、四十祭は省略される傾向に有ります。五十日祭は 仏式の四十九日に当るもので、この日をもって忌明けとなります。本来は墓前で、そうでなければ自宅あるいは式場に神職をお迎えし、祭詞奏上 玉串奉奠などを行い、その後 参会者で会食をしながら故人を偲びます。五十日祭の後に清祓いの儀を行い 神棚や祖霊舎の白紙を取り除き、霊璽を仮霊舎から祖霊舎にお移ししてご先祖の霊と合祀します。

百日祭; ご逝去後 百日目に行いますが、近年は省略されるケースが多くなりました。

 式年祭

最初の式年祭は一年祭となります。仏教の一周忌にあたり 重要な祭儀となります。一年祭をもって 喪明けとなります。一年祭までは 柏手は 音をたてない しのび手で行いますが、以降は音をたてる 通常の柏手に戻る事と成ります。以後は三年祭、五年祭、十年祭、二十年祭、三十年祭と供養を行い、五十年祭をもって打ち上げとなり、故人様の霊はご先祖の霊へと合わさる事に成ります。但し近年では 二十年祭で打ち上げとされるご遺族も多く成られました。

   今回は以上です。 

天台宗の葬儀とは

 今回は 葬儀 天台宗に付いて書かせて頂きました。

 天台宗では 死は誰にでも訪れ、生者必滅、出会いの後には必ず別れがあり、これが この世の真実である。そして 残された者にとって ぽっかりと空いた穴は埋めがたく、その悲しみは 哀惜の情が深ければ深いほど大きいものでしょう。しかし 嘆いても死者が蘇えるものではありません。悲しみを乗り越えて送り出さなければならない。と説きます。

 天台宗の葬儀は 三種の儀礼によって営まれます。顕教法要の法華懺法(ほっけせんぽう 法華経を読誦する事で煩悩を薄くし減罪する作法)、例時作法(れいじさほう 阿弥陀経を読誦する事で極楽往生の指南とする作法)、そして 密教法要の光明供(こうみょうく 阿弥陀如来の来迎を得てその指導の下に故人を引導して仏となす作法)です。顕教とは仏法を理解しやすいように文字や言葉を用いて説くものであり、密教とは仏と自身が一体であることを念じ 仏の加護により仏の境地に達っしようとする秘法のことです。天台宗では顕密一致を説き、供養する遺族・縁者と 供養される故人が一体となり、仏の本性を開発し、共に仏道を成してゆくことが 天台宗の葬儀の本質であるとされます。 

枕経・通夜

 葬儀に先立ち通夜を行います。古くは臨終に当たり 臨終行儀と呼ばれる儀式が有りましたが、最近では稀と成りました。又 地域によっては 枕経をあげる場合があります。通夜は 近親の方々にとって故人との最後の交流の機会でもあり、又 死そのものを直視し考えるかけがえのない機会とも言えます。通夜の儀式は 新霊の浄土への引入を祈る事が中心となります。多くは阿弥陀如来のお迎えを頂戴するお経が唱えられます。(来仰仏)

   今回は以上です。次回は葬儀・告別式に付いて書かせて頂きます。

天台宗の葬儀とはⅡ

 今回は前回に続き天台宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 天台宗の教えでは衆生は全て仏性を持っており、必ず仏になることが出来ると説きます。仏に成る為には 仏様と縁を結ぶ事が大切となり、その為 葬儀にあたっては 先ず心身ともに仏様の弟子になるための儀式を行い、その後 仏弟子としてこの世(娑婆世)を離れ 仏の国(浄土)へ向かう事となります。

 葬儀

1 身体を清浄ににする。

 仏の浄土への門出に際し 姿形を改めて清浄にします。洒水(しゃすい 水で清める) 塗香(香で清める)で清めた後、髪を剃ります(剃髪)。剃髪は煩悩を除き去る儀式として行いますが 実際に髪を剃る事はあまり行われません。

2 心を清浄にする。

 次に心を清浄にします。私たちが生きて行く為には多くの助けを受けなければ成りません。生きてゆくこと自体が他の犠牲の上で成り立ち、意識 無意識に係わらず多くの罪を背負ってもいます。それらを懺悔し 心を清浄にするため懺悔の文を唱えます。

3 戒名を授かる(三帰授戒)

 心身ともに清浄になったところで、いよいよ仏の教えを授かります。ここで授かる教えは 仏教徒としての基本である 三っの戒めであります。第一は帰依仏 先ずなんと言っても仏を信じなければ始まりません、第二は帰依法で 仏の残された教えを法と言い それを信じることです、そして 第三が帰依僧で 仏の法えお実践する人を僧と言い 僧の教えに従い それを拠り所にして暮すことです。この三っを仏様に誓うことで 成仏の縁を受ける事ができます。

4 戒名

 戒を受け終わった証が戒名です。戒名は仏の弟子としての名前です。法名とも言われ 漢字二文字で表わされます。現在では 法名の上に道号二文字や院号などが付けられますが 仏弟子としての大切な名前は法名の二文字です。法名は生前に授戒して仏様を心に頂いて生活する事が本来の姿ですが、葬儀の中で頂くことも出来ます。

5 引導(いんどう)・下炬(あこ)。

 旅立ちの準備も整い、いよいよこの世とのお別れとなります。全ての執着心を絶って浄土に向かう訳です。最後にもう一度 仏の教えにより、必ず成仏することを 旅立ちの錢として言い渡すのが引導です。次に 霊棺に松明で火を点ける下炬の儀式を行います。勿論 実際に火をつける訳ではありませんが、釈尊の最期に倣って 火葬の儀式を行うわけです。

6 念仏

 最後に 新霊の往生(浄土に生まれ直す)をお迎えの阿弥陀如来にお願いし 十返のお念仏が唱えられて葬儀は終了します。

本内容は天台宗のHPを参考に書かせて頂きました。

   今回は以上です。

葬儀 真言宗

 今回は葬儀 真言宗に付いて書かせて頂きました。

 真言宗の葬儀観は 弘法大師の作と伝えられる 御詠歌により端的に示されております。御詠歌は ”阿字の子が 阿字の古里 立ち出でて また立ち帰る 阿字の古里” と詠まれます。阿は ご本尊である 大日如来と その生命を表し、葬儀は 大日如来の阿字へ還ることを意味します。葬儀の精神は 亡者(死者)を宇宙生命の源である 大日如来の大生命に包まれている 弥勒菩薩の浄土である 都率天(とそつてん 都率浄土とも言う)へ帰還させることです。

 真言宗の葬儀式は 即身成仏への引導作法として示されます。即身成仏とは この身このまま仏になること、身・口・意(しん・く・い)が行者と仏において一体となることです。こうなる為の修行を三密と呼びます。葬儀の前段階は 大日如来との一体感へ導くための準備段階の作法で、剃髪(ていはつ)、授戒(じゅかい)、戒名に授与 が行われます。後段階は 大日如来との永遠の生命との一体感に係わる作法となります。亡者(死者)に真言の教義を教え、一刻も早く仏弟子にする(即疾成仏 そくしつじょうぶつ)ため お経は微音で速めに読まれます。真言宗は 古儀真言宗と 新義真言宗に大別されますが、葬儀の基本思想に大差は有りませんが、高野山真言宗の古儀真言宗では 引導法の基軸を即身成仏に捉え、新義真言宗である 真言宗豊山派や真言宗智山派は 即身成仏に浄土思想を付加して捉える という違いがあります。尚 実際の葬儀の進行に当たりましては 宗派の違いだけではなく、地域によりましても異なる場合が御座いますので、ご導師様との事前確認が肝要となります。

 真言宗の葬儀式に於ける 焼香は 戒香、定香、解脱香 の3っを 仏法僧の三宝に捧げる意味で 三回行います。

   今回は以上です。 

葬儀 浄土宗

 今回は葬儀 浄土宗に付いて書かせて頂きました。

 浄土宗は 法然上人を宗祖と仰ぎ その教えは ただひたすらに仏に帰依すれば必ず救われる とし 南無阿弥陀仏 を口に出して唱えれば、必ず仏の救済を受けて平和な毎日を送り、浄土へ生まれ帰ることができる という 他力のおしえをひろめています。浄土宗の葬儀は 故人様を仏の弟子として 仏の本願により阿弥陀仏の下である極楽浄土に往生することを教え導き、本来の住処 生命の根源である極楽浄土へ立ち戻る凱旋式として行うとも考えられます。

 浄土宗では 生きていると言う事は 死に向かっている事で有り 人間を含めた生物は この世に生を受けた瞬間から必ず死を迎えること それを定めとして生活している と説きます。古い時代には 人の寿命も短く 医療も十分でない中で 死は身近な出来事でも有りました。その様な中で育まれた 習慣やしきたりから 現代の葬儀式があります。浄土宗の葬儀式では 故人様を極楽浄土へお見送りすると共に 参列された方々にも 、深い悲しみの内にも自らの死の意味を問い、清浄な心で仏の教えに耳を傾け、授戒し新しく仏の弟子となった 故人様と共に、一心に念仏する生活に生きる決意をする契機となるよう願っています。

 浄土宗の法要は 序文(法要を行うに当たって仏をお迎えする部分)、正宗分(法要で仏のお話を伺う部分)、流通分(法要を終えた後に感謝して仏をお送りする部分)の3段階で構成されます。この通常法要に授戒と引導を加えた形が葬儀式となります。授戒は 仏法に縁のなかった人でも 戒名を授けて仏に弟子とする事で、引導は仏の弟子として教え導くことです。生前に授戒されている方には 授戒は省略され 引導だけを行います。僧侶の場合には 授戒も引導も行いません。

   今回は以上です。

葬儀 臨済宗

 今回は葬儀 臨済宗に付いて書かせて頂きました。

 臨済宗は 千光国師(栄西 1141~1215年)を宗祖と仰ぎ、法の精神は 文字で伝える事は出来ないという ”不立文字(ふりゅうもんじ)”の伝統をもつ 禅宗の宗派です。その葬儀は 死者を大悟の境地に導くことを目的として居ります。端的には 死者が仏弟子となり、修行の道に入り、自己の仏性に目覚めることを願う儀式 です。したがって 死者を仏弟子とする為の授戒と、仏性に目覚めさせる為の引導が 葬儀式の中心となります。

 臨済宗は多くの派に分かれて居り、代表的な 建仁寺派や東福寺派を含み15の派からなりたって居ります。臨済宗の葬儀式次第としては 特に定められた葬送儀則はなく、各派本山、僧堂、僧侶が個別に 慣例による儀則を作り 執り行われて居りますが、基本的には江戸時代に作られた 清規 を基にして居ります。

 葬儀式には 人間は仏の世界から見れば まだまだ修行が不足した存在であるから、縁が無くて この世で修行ができなかったにしろ、この後 仏の世界に縁を結んで、亡くなった後でも 仏弟子として修行に励んで欲しいとの 願いが込められて居ります。又 これによって ご遺族は 亡き人の最後をきちんとしてあげ、故人様の安心(あんじん)を願うと共に、葬儀式を営むことを通して 故人様と共に平静な心(安心)を得、故人様に報いようと自ら促されます。

 葬儀式次第は 導師さまにより異なりますが、一般的には 龕前念誦(がんぜんねんじゅ、棺の前でお経をあげる)、鎖龕念誦(さがんねんじゅ、棺を閉ざしてお経をあげる)、起龕念誦(きがんねんじゅ、お経をあげて出棺)、葬列(そうれつ、葬列を組み寺院へむかう)、山頭念誦(さんとうねんじゅ、寺院でお経をあげる)‥‥と昔の葬儀の一連の流れを追う形で行われます。

 引導法語は 四六文と言われる形式を用いて漢詩文で書かれるのが普通で、漢詩作法にのっとり、禅の宗旨、生死の安心を示し、故人様の生涯や戒名の意味 を示すなど 様式に従って 導師様の修行を背景として作られます。

   今回は以上です。

葬儀 曹洞宗

 今回は葬儀 曹洞宗(そうとうしゅう)に付いて書かせて頂きました。

 曹洞宗は 日本に於ける禅宗の一宗派で 鎌倉時代に宋で修学した道元禅師(諡号(しごう) 仏性伝東国師、承陽大師)により伝えられ、専ら座禅に徹する 黙照禅であることを特徴として居ります。曹洞宗の教義では 浄土はなく、成仏以前という考え方も有りませんので、授戒と引導が葬儀式の中心となります。又 葬儀式は 故人様を偲び、讃えることであり、ご遺族をいたわり、慰める為に営むものとされて居ります。

 曹洞宗の檀信徒用の葬儀儀礼次第を示した 檀信徒喪儀法では 僧侶(特に修行途中の僧侶)の葬儀を簡略化して作られて居ります。その中心に置かれているのが 授戒(戒を授けて仏弟子にすること)と 引導(仏世界に入らしむること)です。曹洞宗の教義は ”正伝の仏法” を伝統とし、南無釈迦牟尼仏 として釈迦を本尊と仰ぎ、”即心是仏”の心をもつて、主に座禅により働きかけます。日本の曹洞宗の座禅は 中国禅の伝統と異なり教義をたてます。即ち ”修証一如”(無限の修行こそが成仏である)という道元禅師の教えに基ずいて”只管打座(しかんたざ)”(ひたすら座禅すること)をもっぱらとし、座禅による悟りによって仏性を自覚するところに信仰の中心があります。ただひたすら座禅することにより釈迦の悟りに到達し、自己と大宇宙が一つになる ”即心是仏(そくしんぜぶつ)”を説きます。本来は生前に仏教徒として授戒すべきですが、それが出来なかった人にも これを及ぼすため 葬儀式の授戒、引導により悟り(仏世界)に入らしむる訳です。又 肉親の死により悲嘆にくれるご遺族に、故人様もまたこうして仏の慈悲により救済され、仏の世界に入れることを 葬儀式で示して、慰めを与えることとなります。

 生前に戒を授かる授戒会(じゅかいえ)は 通常 七日間 お寺に籠り、座禅し 洒水灌頂(しゃすいかんじょう)を受け 法話を聞き 自らの悪業を懺悔し 捨身供養し 戒法を受けて 仏弟子としての血脈を授けられることで終わります。

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葬儀 日蓮宗

 今回は葬儀日蓮宗に付いて書かせて頂きました。

 日蓮宗は 鎌倉時代中期に 日蓮聖人(1222年-1282年 諡号 日蓮大菩薩、立正大師)により起こされた仏教の宗派の一つで 日蓮法華宗とも称しました。その教えは 法華経(妙法蓮華経)が釈迦の正しい教えであるとし、南無妙法蓮華経 という題目をとなえる(唱題)ことにより、滅度後の衆生は救済される と説かれます。その葬儀式は 日蓮聖人の ”法華経を信じ、南無妙法蓮華経の題目を受持する者は、必ず 霊山浄土に往径することができる” という言葉を信じて営まれます。

 日蓮宗の葬儀式は 故人様に 穏やかにこの世を離れ、新たな世界に清々しい気持ちで旅立っていただく為に営まれます。故人様に対して 生死の二法を明らかにし、法華経信仰を通して 釈尊 日蓮聖人との関係に於ける安心(あんじん)を説き、過去・現在・未来の三世にわたり 法華経を護持することを勧め、霊山浄土へ導くことを眼目として居ります。霊山浄土とは インドの霊鷲山(りょうじゅさん)を指し、釈尊は今尚 そこで法華経を講じている久遠実成(くおんじつじょう)の仏でであるとされ、その釈尊の下え故人様をお送りする儀式が葬儀式であります。 日蓮宗の本尊は 久遠実成の本師 釈迦牟尼仏であり、その永遠の釈尊の慈悲と救いを表わすのが 大曼荼羅であります。大曼荼羅は 日蓮聖人が 久遠の仏さまがお悟りになった世界を文字で表わしたもので、中央に南無妙法蓮華経の宝塔が輝き、その左右にお釈迦と多宝如来が座られ、地湧の菩薩や十界の代表も列座に連ねられたものです。法会の中心には本尊として大曼荼羅が掲げられます。法華経の世界の再現が法会であり、葬儀は故人様 最後の聞法修行の機会であるとも理解されますので、大曼荼羅が大切な位置を占めることとなります。

 尚 南無妙法蓮華経 という題目を唱えると言いますが、題目は経典の表題を唱えることに由来します。

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葬儀 天理教

 今回は葬儀 天理教に付いて書かせて頂きました。

 天理教は 江戸時代末期に 中山みき を教祖として成立した 新宗教の一つです。天理教の神名(かみな)は 天理王命(てんりおうのみこと)、教祖の中山みきは ”おやさま”として その魂は現世に生きており、人々の暮らしを見守り続けているとされます。人の身体は 神様から貸し与えられたものとされ、その葬儀の目的は 故人様の魂を 古い身体から 親神様の下へ移し、残った亡骸(身体)を葬り、早い機会に新たな身体を神様よりお借りし この世に出直し帰ることを願う 儀式とされます。

 天理教では 信者の方が亡くなることを ”出直し” と言います。人の魂は永遠のものであり、その器である身体は親神様から借用したものであるとされます。従いまして 人が死ぬことで お借りしていた身体を 親神様へお返しし、永遠の魂は霊様として 親神様に一時 お預かり頂き、新しい身体が見つかれば、再び親神様にお預かり頂いた魂と 新しい身体でこの世に生まれ変わる、即ち 出直す こととなります。天理教では 死というものは 恐ろしいものではなく、新たな出発であるとされます。

 天理教では 葬儀の形式にはあまり厳密な次第を設けては居りませんが、明治時代に 教派神道十三派に属されたことから 神葬祭を基本とした形式をとって居ります。又 天理教の教理は ”世界中の人々が心を澄まし、仲良く助け合う人間本来の生き方 陽気ぐらし” であることから、その中心は現世の過し方にあり、死後の世界に付いては余り深く言及をして居りません。天理教では信者であっても 墓地などの関係で事情が有る場合は他の宗教で葬儀を営むケースを許して居り、個人の自由に任せているのが実情の様です。

 天理教では 仏教の通夜式にあたるものが 遷霊鎮霊祭、葬儀式にあたるものが 発葬祭として執り行われます。玉串奉奠の作法は 玉串を受取り、玉串を持ったまま二礼、祭壇側に根元を向けて置き、四拍手、一拝、四拍手、一礼 を忍び手で行います。

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葬儀 金光教

 今回は葬儀 金光教に付いて書かせて頂きました。

 金光教は 教派神道連合会に属する 幕末三大新宗教(天理教、黒住教、金光教)の一つで 1859年備中国浅口郡(岡山県浅口市)にて 赤沢文治(金光大神)に立教神伝の神示が下り、立教されました。祭神は 天地金乃神(てんちかねのかみ)と 生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)で その教えは 神と人とは”あいよかけよ”の関係(人が助かるには神に願い、神の助けを必要とするが、神もまた人が助かって欲しいという願いを持ち、人を助けることで神としての働きが出来るので助かっているという関係)であるとします。そして ”生きている間も死んだ後も、天と地は我が住処である”と教え、人は神から肉体とともに分霊を授けられて生きており、体の活動が停止した後 霊は 神の下へ還ると考えられて居ります。

 備中国地方では 古くから金神思想というものが有り、日柄方位の吉凶を重視する習慣が重んじられて居りましたが、金光教祖は もろもろの凶事は 人間の勝手気ままから生じる神への無礼が原因であり、神への願いにかなう生き方や行いをすれば、すべてが神に守られた中での生活が行える、と説きました。又 あいよかけよ の関係とともに 人はみな神のいとしご(氏子)であり、それぞれの宗教の開祖も 神のいとしごであるという考えから、他の宗教を否定しないという思想を持ちます。こうした性格から 布教活動的な言論は多く有りません。そして 金光教は 取次ぎの宗教 とも言われ 信者は 各教会の広前に設けられた結界の場に於いて 生神金光大神のてがわり(代理)となる取次者を通じて、それぞれの願い・詫び・断り・お礼を天地金乃神に伝える事により、その願い・祈りを神に届け、そして神からの助けを受けると事します。 

 金光教祖は 生死を超えて神の懐に抱かれ、安心の境地に生きることを促しました。人の死は忌むべきものではなく、葬儀も凶事とはして居りません。従って 死者の柩は神前に置かれ、葬儀は神前で営まれます。活動を停止した肉体の霊は もとの神に帰一し、その個別性を失わずに、霊を祭祀する肉親・縁者とともに生き、交流することで、真に霊としての助かりを得て、その働きをなし得ると考えられて居ります。葬儀は 神に帰一した霊と生者との 新しい関係を生み出す儀式と考えられます。

 金光教の拝礼は 一拝四拍手一拝を忍び手で行います。金光教では 四の数字を忌む一般の風習を戒め、四に よかれ、しあわせ の意味を込めて 拍手を4回と定めました。

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通夜を営む

 今回は通夜の施行に付いて書かせて頂きました。

 通夜の施行は 仏式であれば 弔問客 ご導師(僧侶)のお迎えに始まり、読経 焼香 喪主の挨拶 の通夜式、そして 通夜ふるまい で終えます。神式 キリスト教式の場合も同様の形ですが、宗教者のご指導を受けて 式次を決めます。

 弔問客の受付は 参列者の方々が多数の場合は 式開始の一時間前から、少人数の場合は30分前から開始します。ご導師には 世話役がお迎えにあがり、通夜の始まる30分前には会場にお着き頂くようにします、到着後 先ず祭壇の状態を確認頂き、控室のご案内して茶菓でもてなします。世話役は その後 読経 法話の有無 通夜ふるまいを受けて頂けるか等 を確認した上で、喪主様は ご導師にご挨拶します。ご挨拶とともに ご導師への お布施・お膳料・御車代を お渡しするケースもあります。ご導師への御礼は 葬儀終了後にお渡ししても構いません。そして 喪主様 ご遺族様は通夜式開始に10分前には着席して ご導師の入場を待ちます。

 通夜式は ご導師の入場で始まり 読経、焼香、喪主の挨拶の順で進行し、一般的には40分前後の時間を必要とします。ご導師の読経が始りましたら 参列者は故人様の冥福を祈りながら、静かに読経を拝聴します。そして ご導師の 焼香をどうぞ との案内に従い 喪主様 ご遺族様 近親者 一般弔問客 世話役の順で焼香をします。読経の後に 法話や説教が行われることも有ります。ご導師が これで通夜式の法要を終わります と告げて退場し、通夜の式次第が終了します。ご導師の退席後に喪主様より弔問客に挨拶を行います。その内容は 参列への御礼 逝去の報告 生前の厚誼への感謝 を手短に伝え、通夜ふるまいの席へお誘いします。但し 焼香後 そのまま通夜ふるまいにお誘いする場合は 挨拶は省略されます。

 通夜ふるまいの席は 故人様への供養と共に 弔問へのお礼とお清めのしるしとして設けられます。従来は夜更けまで行われて居りましたが、最近は1時間から2時間の間で行われるのが一般的と成りました。横浜市営の式場では 式は午後6時 又は7時から始まり、9時には式場出入り口が閉門と成りますので、その時間内で通夜ふるまいを行わなければ成りません。

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葬儀・告別式を営む

 今回は葬儀・告別式の施行に付いて書かせて頂きました。

 葬儀と告別式は 本来 異なる目的を持って執り行われます。葬儀は ご遺族や近親者の方々が故人様をあの世にお送りし、成仏させる儀式であり、告別式は 故人様と親交のあった方々が故人様に最後のお別れを告げる為の儀式です。正式には 葬儀式の後 僧侶は一度退席し、再度 入場頂いて告別式を執り行うのが本来ですが、最近では葬儀に引きつずいて告別式を行ったり、葬儀と告別式をまとめて営む事も多くなりました。横浜市営斎場では 葬儀・告別式の後 初七日も合わせて営む事を前提として居ります。

 葬儀・告別式の一時間前には喪主様、世話役、葬儀社で 再度 式次第を確認し、各世話役は 其々の持ち場の最終点検をします。葬儀・告別式は時間通りに執り行う事が大切です。会葬者の数が想定よりも多くなることも考えられますので、その場合はどこで時間を調整するかも事前に決めておくと良いでしょう。式場の準備や飾り付けは葬儀社で行いますが、御供物やご供花の配置順序は 送り主に失礼の無い様、喪主様と世話役により最終確認をされるべきです。

 喪主様を始め ご家族、近親者、世話役の方々は 葬儀開始の10分前には指定の場所に着席をして 僧侶の入場を待ちます。僧侶が入場をし、司会の開式の辞が終ると、読経が始ります。この読経により 故人様を悟りの世界へ導く為の 引導 が渡されます。引導とは 死者を仏の道に導き入れることです。引導を渡す作法は宗派により異なります。引導は葬儀に加わる僧侶の中で、最も位の高い僧侶により渡されますが、この僧侶を導師と呼びます。引導を渡す儀式が葬儀の中で最も重要な部分となります。葬儀と告別式を分けないで行う場合は 僧侶の焼香に続いて 喪主様、ご遺族、近親者が焼香をし、そして 一般会葬者の焼香に移ります。会葬者の焼香が終わると 僧侶は退席し、その後 司会者の閉会の辞により 葬儀・告別式は終了します。尚 僧侶の入場、退場時には 合掌をしてお迎え、お見送りをします。

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火葬を営む

 今回はご火葬に付いて書かせて頂きました。

 告別式が終了し ご出棺しますと 霊柩車を先頭にして火葬場へ向かいます。火葬場へ向かう際は 火葬許可証と心付けを忘れずに持参します。火葬場に到着しましたら 係員の指示に従いお柩と共に火葬炉前まで進みます。火葬炉前でお柩の窓から最後のお別れをし、ご火葬が始まります。火葬中は控室で待機し、拾骨開始の連絡を受けて、指定の場所で収骨を行います。

 火葬場へは ご遺族、近親者、故人様と特別な親交の有った方に同行を願います。お願いした方以外でも 当日 同行を申し出る方が居られれば、同行して頂きます。火葬場へは霊柩車を先頭にして向かいます。霊柩車には お柩と運転手 そして葬儀社の者が同乗します。霊柩車に続く車に ご位牌を持った喪主様、ご遺影を持った遺族代表が乗ります。僧侶が同行される場合は同じ車に同乗をお願いします。他の方々は自家用車、マイクロバス等に分乗して続きます。葬儀式場として 横浜市営式場 及び西寺尾会館をご利用の場合は 火葬場が隣接して居りますので、式場出口からは係員が操作する お柩をお乗せした移動車を先頭に、喪主様 遺族代表 近親者の順で火葬炉に徒歩で向かいます。その際 火葬許可証は事前に葬儀社の者に渡し手続きを済ませてもらいます。お心付けは 霊柩車の運転手へのみご用意下さい。横浜市営斎場の係員に対する心付けは規則により必要ありません。

 火葬炉の前に到着しますと お柩の小窓をとおして最後のお別れを行い、火葬炉のお収めして火葬が始まります。火葬炉の前には 祭壇用の小机が御座いますので、祭壇の上にご位牌とご遺影をお飾りして 納めの式 を行います。僧侶の読経、焼香につずき 喪主様 ご遺族 近親者 会葬者が 故人様との血縁の深い順に焼香 合掌 拝礼を行い 式を終えます。ご火葬には1時間から1時間半が必要とされ、その間 ご遺族は控室で僧侶と同行者をおもてなしします。

 ご火葬がすんだお骨を骨壺に納めることを 拾骨、若しくは 骨揚げと言います。拾骨は 火葬炉前 又は 拾骨室で行います。所定の箸を使用して 二人一組でそれぞれ箸を持ち、一つの骨片をいっしょにはさんで骨壺にお納めします。お納めしたら、次の方々に箸をお渡しします。拾骨の順番は 故人様と関係の深い順に 喪主様、ご遺族、近親者、友人・知人と続きます。拾骨が終ると 係員の手で骨壺と埋葬許可証(納骨の際に必要)を白木の箱に入れ、白布で包んで 喪主様に手渡されます。喪主様に続くご遺族がご位牌とご遺影を持って、喪主様のお車を先頭に帰宅します。

 分骨が必要な時には 事前に葬儀社にその旨を伝え、分骨用の骨壺、錦袋、ペンダントなどを用意します。尚 横浜市の場合 分骨の費用は1件に付き300円の費用が必要です。

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仏壇の準備

 今回は仏壇に付いて書かせて頂きました。

 仏壇の中心は 信仰する宗派の本尊となります。仏壇内の最上段を須弥壇(しゅみだん)と呼び、須弥壇の中央に本尊を安置し、その左右に脇仏を配置します。ご先祖・故人様の位牌は二段目の左側に、中央には茶湯器 仏飯器が置かれ、最下段に具足 その他の仏具 お供え物が置かれます。尚 ご本尊は 天台宗 曹洞宗 臨済宗が釈迦牟尼如来、浄土宗 浄土真宗が阿弥陀如来、真言宗が大日如来、日蓮宗は大曼荼羅となります。

 仏壇はご先祖を祀るものと 考えがちですが、仏壇の中心は 先祖の位牌ではなく、信仰されているご宗派の本尊です。仏壇は信仰される宗教・宗派の 御家庭内の於ける基点であり、亡くなった人は全て成仏するという仏教の教えから、ご先祖のお位牌も仏壇に安置するようになりました。本尊は所属される菩提寺の宗派によって異なります。普通は立像、坐像、掛け軸などですが、絵像や名号のご宗派も御座います。ご本尊の左右に両脇仏を飾ります。脇仏もご宗派により異なります。尚 仏檀の大きさ等により脇仏を飾らないケースも多々御座います。

 仏壇内の最上段は 須弥壇と呼ばれる聖域を意味し、御本尊はこの須弥壇に安置され、仏壇の中心部となります。須弥壇は 仏教の世界で中心にそびえ立つ、最も高い位置をあらわす須弥山をかたどったものとされます。仏壇には 本尊、両脇仏の他、位牌、過去帳などが置かれ、供物の為の仏具や、読経・礼拝の為の仏具も用意しなければ成りません。仏壇はご宗派により 本尊や仏具の数、置き方が異なりますので、御購入される場合は 仏具店の方に良く相談をされて、自家のご宗派に合ったものを購入される様 お薦め致します。

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仏壇の設営

 今回は仏壇の安置に付いて書かせて頂きました。

 現在 市販されている仏壇は 大きさとしても 箪笥の上に置ける小型の物から、幅1mを超える大型のものまで、又 材質も従来からの唐木のものから新素材を使用したものまではば広く御座います。その仏壇の安置の仕方は 諸説御座いますが、御家族が集まり、落ち着いて礼拝できる場所であれば 何れの場所、いずれの方角でも良いでしょう。但し 神棚をおかれている場合は 神棚と向い合せにならぬ様、気お付けて下さい。

 ご仏壇は 大別して、塗り仏壇(金仏壇とも言います)と唐木仏壇の2種類が主流です。塗り仏壇は 主に 杉、松、ひのきなどを素材として作り、漆塗りをした上に金箔を施して、華やかに仕上げて有ります。唐木仏壇は黒檀、紫檀、鉄刀木(たがやさん)、桑、けやき、桜、胡桃など 重くて硬い素材を使い、木目を生かして作られます(金箔は使用しません)。塗り仏壇は大型の仏壇が多く、唐木仏壇は比較的小型の仏壇で使用されます。又 最近では 新素材を使用した仏壇や、居間にも安置出来る家具調の仏壇なども作られて居ります。

 ご仏壇の安置する方向に付いては諸説御座います;

1 南面北座説; 仏壇を北を背にして南向きに安置する考え方。但し 直射日光が当たらぬ様にします。

2 本山中心説; 仏壇の背を本山のに向けて安置する考え方。仏壇に向かって正座合掌した時、自動的に宗派の本山に向かう形となります。

3 西方浄土説; 仏壇の背を西に向けて安置する考え方。礼拝する際には常に 西方極楽浄土を向いて礼拝できる事に成ります。

かつては 仏間を設けた御家庭も多く御座いましたが、昨今の住宅事情から考えますと、ご仏壇を安置する場所や方向は 余りこだわる必要は御座いません。ご家族が集まって 落ち着いて礼拝できる場所であれば良いでしょう。但し 湿気のある場所や直射日光の当たる場所は避けます。その他 気を付けて頂きたいのは 座って礼拝をする時に ご本尊がご自分の目線の高さより 上に来るよう仏壇を安置して下さい。又 立って礼拝をする形の場合は 御本尊の位置がご自分の胸よりも高い位置にご仏壇を安置して下さい。

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神道の御霊舎

 今回は御霊舎(みたまや)に付いて書かせて頂きました。

 神道では 神様を神棚にお祀りしますが、ご先祖は御霊舎(みたまや)(祖霊舎 それいしゃとも呼びます)にお祀りします。 祖霊舎は 神棚より一段低い位置に安置し、中にご先祖の霊が宿る神鏡と故人様の霊璽を安置して 神棚と同じように 洗米 お塩 お水をお供えし 榊を飾り、毎朝 拝礼します。故人様の霊は祖霊に加わり 家の守護神となって 子孫を護ると言われます。

 御家族内にご不幸があって 御霊舎を新たにご用意される場合は 五十日祭までに用意します。ご用意される場合は 事前に設置する場所を決め、縦 横 高さを採寸して神具店にお出かけ下さい。御霊舎は神棚の近くで構いませんが、神棚より一段下げた所にお決め下さい。祖霊舎には 仏式の位牌に代わる 霊璽をお祀りします。五十日祭の忌明けに営む祭儀の際に 合祀祭と呼ばれる 霊璽を御霊舎に移す儀式が行われます。その他に 神具として 水器 土器 お神酒徳利一対 灯明具一式 榊立て一対なども用意します。

 御霊舎の日々のお祀りは 神棚と同じく お米、お塩、お水、お神酒をお供えし 榊はいつもきれいなものを飾ります。特にお水と榊の水は毎朝拝礼の前に新しいものに変えます。又 美味しい物を頂いた際には お供え下さい。尚 お供えされた物は 後にご家族皆様でお召し上がり下さい。仏教では 仏様にお供えした物は食さない という風習を持つ地域も御座いますが、神道ではお供えしたものを頂くことに意義があるとされます。又 何かあった時などは 御霊様、ご先祖様にご報告下さい。拝礼は毎朝 顔 手を清め、口をすすいだ後、神饌を供え、軽くお辞儀をしてから 二礼をし、祓詞を奏上して、願い事を祈念し、二礼二拍手一礼をします。尚 祓詞(祝詞)や拝礼の仕方の詳細は最寄りの神社の神職に聞かれる事をお薦めします。

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墓石を建てる

 今回は墓石に付いて書かせて頂きました。

 墓石は お墓のしるしとして建てる石材製品で、墓碑とも言われます、主には御影石(花崗岩)を原材料として作られて居りますが、墓碑としては大理石や鉄、白銅、木材を使用するお墓も御座います。日本に於ける墓石の形は仏式であれば 和型三段墓と呼ばれる 四つの石を組み合わせた物が一般的です。神道では お墓を 奥津城(おくつき)と呼び、その形状は仏式の和型三段墓と似た形となります。尚 仏式では お墓の完成時に は僧侶を招いて 開眼式(入魂式、御魂入れとも言う)を行います。

 墓石の和型三段墓は 下から 下台石、中台石、上台石と積み上げられ、その上に竿石が立てられます。この上三段の石は天地人に見立てられ、竿石を天の石、上台を人の石、中台を地の石と呼んで居ります。竿石の正面には 以前は個人や夫婦の名前が刻まれて居りましたが、家制度の確立により 家単位で建立されたお墓では ”〇〇家先祖代々の墓”が一般的と成りました。そして 側面や背面に建立日、建立者、故人名、命日などが記されます。昨今では 台石の上に横長の石を乗せた洋式墓石や、既成の観念に囚われない 故人様への想い入れを反映させたデザイン墓なども多く見られる様になりました。

 墓石の建立は石材店に委託する事になります。公営墓地の場合はご自分で石材店を探すか、管理事務所に紹介を依頼します。寺院墓地や民営墓地の場合は指定の石材店を利用しなければ成らず、墓石の形や大きさも規定されているケースがほとんどです。墓石の形態は大きくわけて 縦長の和型、横長の洋型、オリジナルデザイン石碑とありますが、建立費用は デザイン、石の種類、大きさ、加工方法により異なります。墓石建立には 墓地・石材店を決めてから2ヶ月前後の期間が必要となります。百ヶ日、一周忌、三回忌などを目安に この期間を見込む必要が御座います。墓地がご用意出来ても、建立が間に合わない場合は、納骨だけを済まして白木の墓標を建てておく事も可能です。

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お墓の準備

 今回はお墓の準備に付いて書かせて頂きました。

 お墓の準備をお考えの場合 もし先祖代々の墓地をお持ちの際は、そこに埋葬して貰うことが考えられますが、後々 どなたにお墓を継いでもらい、管理して貰うかをお決め頂く必要が御座います。即ち 祭祀承継者をどなたにお願いするか考える必要があります。又 お墓が無い場合は どの様な形のお墓を、どの様な墓地に設けるのかお決め頂き、墓地を購入頂きます。

 お墓を新たに設けられる場合、どの様なスタイルのお墓に埋葬してもらいたいのか、自然葬にするのなら、どの様な形が良いのか、そのお墓を誰に承継して貰うのかを考える必要があります。子供の居ないご夫婦や一人暮らしの方、お墓を継ぐ方がいない場合などでは、永代供養墓や、合同墓を選択されるのも、その一つです。

 お墓のスタイルとしては以下の様な形が有ります;

-累代墓; 墓石に 〇〇家累代之墓 と彫られ、親から子へ、子から孫へ と代々受け継がれて行く 一族(家)の為のお墓です。

-個人墓・夫婦墓; 個人がご自分の為だけに建てるお墓を個人墓と言い、その一種として夫婦墓があります。いずれの場合も ご自分が入れるお墓が無い、先祖代々のお墓に入りたくない、お子様が居られないので お墓を家のものにする必要が無い、などの理由で選択されます。個人墓は お墓を建てたご本人が埋葬された後 承継者が居られない場合は 菩提寺に永代供養をお願いする必要があります。個人墓専用墓地では 始めから 永代供養を前提として募集している 永代供養墓もあります。

-両家墓; ひとりっ子同士が結婚すると、双方の実家のお墓を 一つの家で継承しなければ成りません。この時 両家のお墓を合わせて一つにするのが両家墓です。

-永代供養墓; 寺院や霊苑が 永代にわたって供養・管理するスタイルのお墓です。主に お墓を承継する方がいないケースで利用されます。

-室内墓苑; 核家族化、高齢化が進む都会で、お墓のお参りに負担をかけたくない、アクセスの良い所にお墓が欲しい等のご希望に合わせた霊苑が室内霊苑です。駅に近い建物の中に独立した家ごとの墓碑が複数 納められ、お墓参りの際には 参拝祭壇まで故人様の墓碑が自動的に運ばれてきて、香を捧げる事も出来ます。又 永代供養墓としての条件を備える室内霊苑も多くなりました。

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尊厳死

 今回は尊厳死に付いて書かせて頂きました。

 尊厳死とは ご自分が 治る見込みの無い病態に陥り、死期が迫った時に、延命治療を施さずに死を迎えたい、という考え方です。具体的な内容としては ① 不治かつ末期になった場合、無意味な延命処置を拒否する、② 苦痛を和らげる処置は最大限に実施して欲しい、③ 回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った場合は生命維持措置をとりやめてほしい、④ 以上の要望に沿った行為の責任は本人に帰する、というものです。

 尊厳死は ”延命措置は望まず、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えたい”、”自分の死のあり方を選ぶ権利は自分自身にある”という考え方にもとずいた終活の一つです。

ご本人が延命措置を望まない場合でも 病院では 回復の見込みのない病気で死が迫っている病人にも 各種の延命措置が施されるのが一般的であり、又 御家族が延命措置を希望されたり、医師が尊厳死に理解を示さないことなどから、本人の意思が尊重されないことになります。

 この様な場合を想定して、本人の意思を確実に伝える方法の一つとして、日本尊厳死協会の会員になる事が有ります。協会では ”尊厳死の宣言書(リビング・ウイル、Living Will)”を会員の為に 登録、発行し、入院時にリビング・ウイルを提示する事により、医師に尊厳死を認めてもらい、延命措置を施さぬよう理解を求めるものです。現在 協会には12万人の会員が登録されて居り、95%以上の医師が このリビング・ウイルを受容しているとの事です。

 尚 尊厳死は安楽死とは異なります。安楽死とは 医師が 患者本人の自発的意思にもとずく要求に応じて 患者の自殺を故意に幇助して死に至らしめる(積極的安楽死)、患者本人又は親・子・配偶者の自発的意思にもとずく要求に応じて 治療を行わず 死に至らしめる(消極的安楽死) ことを言います。

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臓器提供

 今回は臓器提供に付いて書かせて頂きました。

 臓器提供とは 重い病気や事故等により臓器の機能が低下し、臓器の移植でしか治療出来ない方に対して、ご自分の死後 臓器を提供する事です。死後の定義は ”心臓が停止した死後” と”脳死後”の二つがあり、心臓停止後では 腎臓 脾臓 眼球(角膜)が、脳死後では 心臓 肝臓 肺 腎臓 膵臓 眼球 の移植が可能となります。何れの場合も、2010年7月17日に施行された 改正臓器移植法にもとずき移植は行われます。尚同法に規定されていない 皮膚 心臓弁 血管 耳小骨 気管などは 御家族が承諾すれば提供が可能と成ります。

 臓器提供は 脳死後、あるいは心臓が停止した後に可能となります。臓器提供は ご本人が生前に書面で臓器を提供する意思を表示している場合、ご本人の臓器提供の意思は不明だが 御家族が承諾された場合、15歳未満でも前二項目の前提で移植をすることが出来ます。

 臓器提供の意思表示は ①インターネットによる意思登録、②健康保険証・運転免許証の意思表示欄への記入、③意思表示カードやシールへの記入、により行う事が出来ます。

①は(公社)日本臓器移植ネットワークのホームページにアクセスして登録する事が出来ます。登録すると登録カードが発行されます。

②は保険証・免許証の裏面に意思表示欄が有り、そこに自筆で記入する事により、意思が表示されます。

③は臓器提供意思表示カード付きリーフレットが 都道府県市区町村役所、保健所、全国のハローワーク、運転免許試験場、警察署、コンビニ、スーパーマーケットなどに置かれて居り、これに自筆で記入する事により、意思が表示されます。

臓器提供に付いての意思表示は 必ず御家族にもお知らせする様お薦め致します。

又 ご親族に対して優先的に臓器提供する意思を書面で表示する事が出来ますが、提供するに当たっては厳しい条件が御座いますので、意思表示の前にご確認下さい。

現在 日本で臓器の提供を待っている患者は 約13,000人ですが、その中で移植を受けられる患者は およそ 年間300人です。

   今回は以上です。

遺言を遺す

 今回は遺言(ゆいごん、いごん)に付いて書かせて頂きました。

 遺言とは 一般的には 故人様が自らの死後のために残した言葉や文章を指しますが、死後の法律関係を定める為の最終意思の表示とする為には 民法に定める方式に従い文書として残さなければ成りません。出来れば 公証役場に公正証書として残されることがベストです。

 最近は ご遺産の多寡に係わらず 相続でトラブルになるケースが増えて居ります。遺産相続の方法としては 遺言による相続、相続人全員による分割協議の決果を基にした相続、民法に定められた相続人の範囲で 相続分に従って相続する法定相続がありますが ご自分の財産を どの様に相続させたいのかお決まりでしたら 無用の混乱を避ける為には 遺言書を作成される様 お薦めいたします。相続には ”遺言による相続は法定相続に優先する” という大原則があります。遺言書が残されていて それが法的に有効であれば 相続は ご遺言の通りに行われます。相続争いを防ぎ、相続を円滑に進めさせるためにも 遺言書作成は有効な手段となります。特に遺言を残しておいた方が良い場合とは お子様が居ないご夫婦、内縁関係の相手に財産を譲りたい場合、相続関係が複雑な場合、認知したお子様をお持ちの場合、認知していないお子様がいる場合、相続人がいない場合、相続権の無い人に財産を譲りたい場合、家業の後継者を指定したい場合などです。

 遺言書を作成しておけば 内縁の妻、息子の嫁、世話になった団体など 本来は相続権を持たない人や団体にも 財産を譲る事が出来ます。又 遺言では 子の認知など血縁者の身分についても 本人の最終意思を明確にする事が出来ます。遺言書は 満15歳以上であれば だれでも遺言する事が出来ますが、法律上の効力を持たせる為には 法律で定められて方式にのっとって作成しなければ成りません。不備があれば 無効となってしまいますので 注意が必要です。尚 夫婦で1通の遺言書を作成するなど、連名による遺言は禁止されて居ります。

   今回は以上です。 

正しい遺言書の内容

 今回は遺言書の内容に付いて書かせて頂きました。

 遺言書とは 故人様が 自らの死後のために残した文章のことをさし、書く内容に特別な制限は有りませんが、法律上の効力を期待できる 事項には限りがあります。法的に効力を持つ事項は大きく分けて 三項目となります。① 身分に関する事、② 財産の処分に関する事、③ 相続に関する事です。尚 ”死後、配偶者との婚姻関係を解消する” とか”養子縁組を解消する”などの 婚姻や養子縁組に関する内容は認められて居りません。

 身分に関する事としては 婚姻関係にない相手の子との親子関係を認める事(子の認知)や、相続人が未成年者である場合に その後見人や後見監督人を指定する事ができます。

 財産の処分に関する事としては 財産を相続人以外の人に贈与する事、財産を寄付したり 財団法人を設立する事、財産を指定した信託銀行等に預けて、管理・運用してもらう事などができます。

 相続に関する事としては 各相続人の相続分を指定する事、遺産分割方法の指定、遺産分割の禁止、相続人相互の担保責任の指定、生前贈与など特別受益の持ち戻しの免除、相続人の解除や 廃除の取り消し、遺言執行者の指定とその委託、祭祀継承者の指定などができます。

 尚 推定相続人が遺言者を虐待したり、重大な侮辱を与えた場合や、推定相続人自身に著しい非行があった場合は 遺言者は推定相続人の相続権を奪う事ができます(相続人の廃除)。相続人の廃除は 遺言者が生前中であれば 家庭裁判所に申立てをして 調停 または審判を受けて認めてもらいます。又 相続人の廃除や 解除の取消しは 遺言によって行う事も出来ます。

 遺言書がもつ法的な効力は以上ですが、遺言書を書くに当たっての心境、遺産分割についての考え方、ご家族への思いなどを したためることも、相続トラブルを防ぐ一助になるのではないかと考えます。

   今回は以上です。

民間仏教と葬儀Ⅱ

 今回は平安時代の民間仏教と葬儀の広がりに付いて書かせて頂きました。

 民間仏教の広がりは 奈良時代の行基上人を始めととして、平安時代の空也上人(903年-972年)とその弟子達による口称念仏により民間に普及して行きました。阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人(いちのしょうにん)などと尊称され ”南無阿弥陀仏”の名号を唱えながら 道路・橋・寺院などを造る社会事業に奉仕し、貴賤を問わず 幅広い帰依者を得ました。口称念仏の祖、民間に於ける浄土教の先駆者として評価されて居ります。

 空也は 平安時代中期の僧ですが 複数の宗派と関わりを持って 超宗派的立場を保ち、若い頃から在俗の修行者として諸国を回り、南無阿弥陀仏を口称すれば 阿弥陀仏の絶大な力を働かせる事が出来る と口称の念仏を説きました。この事は 民間念仏として死者儀礼や農耕儀礼と結びついて仏教の民衆化を推し進めました。念仏も呪力として死者の減罪に力を持つと信じられました。空也は948年に比叡山で天台座主・延昌のもと授戒し、光勝の法号を受けて居りますが、生涯超宗派的立場を守り続けました。又 踊念仏、六斎念仏の開祖とも仰がれて居ります。そして その弟子たちは 高野聖など 以降に広まった民間浄土教行者”念仏聖”の先駆者となり、鎌倉時代の仏教界に多大な影響を与えました。

 又 空也は 風葬されたと思われる野原の委骸(いがい、遺され捨てられた死骸)を集めて、火葬して供養をしたと伝えられます。空也の弟子達も火葬の技術を伝承したと考えられます。

 こうした民間仏教の広がりは 仏教を民衆の中に定着させ、民衆の葬儀も仏教で行われる様になって参ります。

 尚 空也上人は972年 京都東山西光寺(現在は東山区 六波羅蜜寺)において、70歳で示寂されました。

   今回は以上です。

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