キリスト教の葬儀(カトリック)

 今回はキリスト教(カトリック)の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 近年 婚礼は神式からキリスト教式へと大きく変化して参りましたが、葬儀に於きましては1%前後と非常に少ないのが実体です。キリスト教では 死は命の終わりではなく、招天 あるいは帰天と言われ、神の下に召される記念すべき事であり、地上で犯した罪が許され 永遠の安息が与えられるとされます。従いまして 葬送に於いて大切な事は 葬式よりも 死の迎え方 となります。

 

 カソリックでは 伝統的な儀式を重要視しており、厳格に執り行われます。信者の方は ご自分の居住地区に洗礼を受けた宗派の教会を持ち、万一 ご危篤に至った場合は その教会の司祭(神父)様に連絡を取り、来て頂いて臨終に立会いをお願いし、神に祈りながらその時を迎えることが大切とされます。カソリックでは原則として 教会で洗礼を受けた教徒のみ葬儀を行うことができます。葬儀は教会で執り行われます。

 

病者の塗油の秘蹟

病者の塗油は キリストによって定められた神の恩恵に預かる儀式の一つです。司祭は死に瀬している病者の額に手を置き、顔と両手に聖油で十字架をしるし、全ての罪からの解放と永遠の安息を神に祈念する儀式です。罪が許され、主の恵みが得られるとされます。

聖体拝領

ご逝去前、あるいは直後に行います。司祭が持参する パンと赤ワインを 死を迎える方の口に与えます。

納棺式

ご遺体を 司祭を中心に遺族・近親者で囲みます。司祭の唱導で祈り―聖書朗読−聖歌斉唱し 故人の安息を祈って 聖水をご遺体に撒きます。司祭による祈りの言葉の後 ご遺体を納棺し、ご遺体の周りを花などで飾り、十字架を胸に置いて、柩に蓋をします。司祭のお祈りと故人を偲ぶ言葉−聖歌斉唱−祈りの後、司祭、遺族、近親者の順に徹水が行われ終了します。

通夜祭

カソリックには通夜の習慣は有りませんが、日本では プロテスタントや仏式に準じて行われるのが一般的です。司祭が祈りを捧げた後、聖歌斉唱−聖書朗読−司祭の説教−全員でお祈り―聖水徹布で終了となります。日本では聖水徹布の代りに献花が一般的です。

葬儀

入堂式; 聖歌演奏の中、十字架を先頭に、司祭が先導して柩を聖堂中央に運び、祭壇に ご遺体の足が向く様安置します。柩の上に花の十字架、周囲に6本の燭台と花が飾られます。司祭と参列者が祈りの言葉を交互に唱えた後、祭壇と柩に徹水し、司祭が 入祭の言葉をのべます。

ミサ聖祭式; 最とも重要とされる荘厳な儀式です。司祭が従者と 死者のためのミサの祈り を唱え、参列信者も唱和してキリストへの感謝と故人の安息を祈ります。ミサには聖体拝領も含まれます。信者でない参列者は静かに見守ります。ミサが終わると司祭は 祭服を着替えるため退場します。

斜祈式(しゃとうしき); 故人の生前の罪への許しを神に請い、招天して永遠の安息が得られるように祈る儀式です。祭服を着替えて司祭が入堂し、祈り―聖歌斉唱の後、香炉と聖水を持った従者を従えた司祭が柩の前に立ち、聖水をかけて故人の罪を清め、香炉を振りながら柩の周りを回り、故人の安息を祈る 撤香 を行います。最後に司祭の祈祷が有り、聖歌斉唱をして終了します。

 以上でカソリックの葬儀は終了しますが、日本では教会の了解を得たうえで、弔電朗読、弔辞奉読、献花、遺族代表挨拶等が続いて行われます。


   今回は以上です。 


臨済宗の葬儀

 今回は臨済宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 臨済宗は 栄西(千光国師)により開かれた禅宗の宗派で 法の精神は文字で伝える事は出来ないとする 不立文字(ふりゅうもんじ)の伝統を持ちます。その葬儀は 故人さまを大悟の境地に導くことを目的として居ります。臨済宗は 15派に分かれており それぞれ 公に定められた葬送儀則はなく 各派の本山を中心とした慣例により式次第が作られております。

 

 ご臨終の際の枕経のことを 枕経諷経(ふぎん)といい、観音経 大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)を読誦した後 和讃が唱えられます。諷経(ふぎん)とは声を揃えて経文を読む事をいいます。

 

 通夜では 通夜諷経として 遺教経、父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)、宗門安心章(しゅうもなんじんしょう)や和讃などが読まれます。

 

 葬儀式は 授戒から始まります、本来 僧の葬儀法を 在家の人に応用する没後作僧(ぼつごさそう)のための儀礼で まずは仏弟子となることを意味します。次第は以下のとおりです;

1 入堂

2 剃髪(ていはつ) 導師が剃髪用の剃刀を持ち 剃髪の偈 を唱えます。

3 懺悔文(さんげもん) 生涯で犯した小罪を反省し、入滅を願います。

4 三帰戒文(さんきかいもん) 仏陀と教えと修行者に帰依することを誓います。

5 三聚浄戒(さんじゅうじょうかい)、十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)

6 血脈授与 香に薫じて霊前に安置します。以上で授戒作法を終えます。

7 入龕諷経(にゅうがんふぎん) 大悲呪と回向文が唱えられます。本来はご納棺の際に行う作法です。

8 龕前念誦(がんぜんねんじゅ) 大悲呪と回向文が唱えられます。本来は柩の蓋を閉ざすときの作法です。

9 起龕諷経(きがんふぎん) 大悲呪と回向文が唱えられます。本来は出棺の際の作法です。

10 山頭念諷(さんとうねんじゅ) 往生咒(おうじょうしゅ)が読まれ、ハチや太鼓の鳴らし物が叩かれます。本来は寺から斎場へ向かう際の作法でした。

11 引導法語 導師により引導法語が唱えられます。

12 焼香 観音経、大悲心陀羅尼、楞厳呪(りょうごんしゅ)などが唱えられ、その間に焼香が行われます。

       臨済宗では香を押し戴かずに一回のみ香炉にくべます。

13 出棺 導師は回向文を唱え、ハチや太鼓が打ち鳴らされて葬儀が終り、出棺となります。

 

   今回は以上です。   

 

曹洞宗の葬儀

 今回は曹洞宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 曹洞宗(そうとうしゅう)は 道元(承陽大師)によって開かれた禅宗系の宗派で、葬儀は 故人さまに仏弟子になって頂くために戒名を授ける 授戒と、仏の世界に導き入れる 引導を中心として 執り行われます。又 ご遺族・参列者に対して 世の無常を説き 生きていることの本質をみきわめる為の大切な機会ともされます。

 

 ご臨終の際の枕経の事を 臨終諷経(りんじゅうふぎん)と言い、遣教経(ゆきょうぎょう)と 舎利礼文(しゃりらいもん)を唱えます。

 

 通夜では 修証義(しゅうしょうぎ)、観音経、舎利礼文などが読まれます。日本語のお経が中心で、ご遺族に対して世の無常を説く意味合いが強いとされます。

 

 葬儀式の手順は以下となります;

1 入堂

2 剃髪(ていはつ) 導師は剃刀を持ち 剃髪の偈 を唱えます。

3 懺悔文(さんげもん) これから授戒の儀に入ります。生涯で犯した小罪を反省し、入滅を願います。

4 三帰戒文(さんきかいもん) 仏陀と教えと修行者に帰依することを誓います。

5 三聚浄戒(さんじゅうじょうかい)、十重禁戒(じゅうじゅうきんかい) 導師は酒水器に移した法性水を位牌や自らの頭上に注ぐ酒水灌頂を行います。

6 血脈授与(けつみゃくじゅよ) 香に薫じて霊前に安置します。

7 入龕諷経(にゅうがんふぎん) 大悲心陀羅尼と回向文が唱えられます。

8 龕前念誦(がんぜんねんじゅ) 十仏名と 回向文が唱えられます。

9 挙龕念誦(こがんねんじゅ) 出棺に際して 大悲心陀羅尼と 回向文が唱えられ、や太鼓が打ち鳴らされる鳴り物の儀式 鼓三通(くはつさんつう)が行われます。

10 引導法語(いんどうほうご) 導師は松明に模した法炬(ほうこ)で円を描いて故人さまを仏世界に導いた後、払子(ほっす)に持ち替えて、引導法語が唱えられます。

11 山頭念誦(さんとうねんじゅ) 故人さまの仏性の覚醒を祈願し 修証義などが読誦されます。ここでご遺族・会葬者の焼香を行います。

   曹洞宗の焼香の仕方は 右手で香をつまんだのち 両手で額に押し戴き、香炉に投じます。続いて 二回目には少量を押し戴かず 香炉にくべます。

12 鼓三通、出棺

 

   今回は以上です。

浄土真宗の葬儀

 今回は浄土真宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 浄土真宗の葬儀の対象は 他の宗派と大きく異なります、絶対他力 往生即身仏という考えのもと 故人さまが門徒であれば ご逝去とともに阿弥陀仏によって極楽浄土へ迎えられており、故人さまの成仏を祈る必要はなく、授戒も引導も有りません、葬儀に於ける礼拝の対象は 阿弥陀仏であって故人さまではありません。

 

 浄土真宗では 往生即身仏との考えをもとに ご遺体への死に装束や 浄めの塩も用いません。又 弔電や弔辞でも 冥福を祈る、草葉の陰、お祈りなどの表現は禁じられております。浄土真宗各派は本願寺派、大谷派などを主として10の宗派に分かれて居り、葬儀の流れや仏具、供物なども微妙に相違します。ここでは 本願寺派と大谷派を中心に葬儀の流れを書かせて頂きました。

 

 ご臨終では 枕経を枕元では行いません、仏壇か掛け軸のご本尊に向って読経し、その後に法話を行います。ご納棺は通夜の前後に行いますが、納棺時に 納棺尊号という書付が棺の蓋の裏に貼られます。

 

 通夜勤行は 本願寺派の場合 阿弥陀経の読経、念仏、和讃、回向を行います。太谷派では 正信偈を読み、念仏讃、和讃、回向と続きます。浄土真宗のご焼香は;

−左手に念珠を持ち、焼香卓の前に出てご本尊に一礼します。

−抹香を右手でひとつまみし、そのまま香炉へくべます。押し頂くことはしません。本願寺派は1回、大谷派は2回。

−念珠を両手にして合掌し、念仏を唱えながらご本尊を礼拝。

−再度ご本尊に一礼して自席に戻ります。

 

 本願寺派の葬儀式は以下の通りです;

1 総礼(そうらい)

2 勧衆偈(かんしゅうげ) 人々に本願の信心をおこすよう勧める偈文が読まれます。

3 短念仏十編(たんねんぶつじゅっぺん)

4 出棺勤行(しゅっかんごんぎょう) 帰三宝偈の後、路念仏(じねんぶつ)が唱えられます。これで柩が蔡場に移されたことを表し、続いて葬場勤行に入ります。

5 三奉請(さんぶじょう) 法要を始めるに当たり、阿弥陀、釈迦、十方如来(あらゆる仏すべての意)を法要の場に招く意味が有ります。

6 正信偈(しょうしんげ)、念仏、和讃。

7 焼香。

8 火屋勤行(ひやごんぎょう) 火葬に先立ち行います。重誓偈(じゅうせいげ)などの偈文が読まれ、念仏、回向が唱えられます。

9 拾骨(しゅうこつ) 偈文、念仏、回向が唱えられます。

10 還骨勤行(かんこつごんぎょう) ご遺骨が自宅に戻ると行われます。阿弥陀経、念仏、和讃、回向、最後に御文章が拝読されます。

 

    今回は以上です。

浄土宗の葬儀

 今回は浄土宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 浄土宗では 故人さまはご逝去と共に仏の弟子となり、その葬儀式は 仏の弟子として 阿弥陀仏の下である西方の極楽浄土に往生することを教え導くことであり、本来の住処 生命の根源である極楽浄土へ立ち戻る凱旋式として営まれます。そして 参列者の方々も 深い悲しみの中に自らの死を意味を問い、清浄なる心で仏の教えに耳を傾け、授戒して新しく仏弟子となった 故人さまと共に、一心に 南無阿弥陀仏と 念仏する生活に生きる決意をする契機と成ることを願っています。


 浄土宗の法要は 序文(法要に際し御仏をお迎えする部分)、正宗文(しょうじゅうぶん 法要で御仏のお話をうかがう部分)、流通分(るつうぶん 法要を終え 感謝して御仏をお送りする部分) の3段階で構成されますが、これに 授戒と引導を加えたものが葬儀となります。浄土宗では臨終行儀は大切な儀式であり、この中で受戒をするのが基本とされて居りましたが、現在では 枕経は来迎仏をあげて念仏だけで良いとされ、授戒は通夜の際に行うのが一般的となりました。ご納棺中は 南無阿弥陀仏 と念仏を唱えます。


 授戒を伴う枕経の式次第は以下の通りです;

1 奉請(ぶじょう) 諸仏の入場を願う。

2 広懺悔(不懺悔偈)懺悔偈(略懺悔)(こうさんげ、ふさんげげ、さんげげ、りゃくさんげ) 迎えた仏、菩薩に自己の罪業を懺悔する。

3 剃度作法(ていどさほう) 剃刀を頭にあてて十念を唱える。

4 授与三帰三竟(じゅよさんきさんきょう) 授戒に当たり三宝に帰依。

5 授与戒名(じゅよかいみょう) 戒名を授与。

6 開経偈(かいきょうげ) 誦経に際し御仏の教えの真髄を体得することを願う。

7 誦経(読経)(ずきょう・どきょう) 阿弥陀経の 四誓偈 又は仏身観文。

8 聞名得益偈(もんみょうとくやげ) 仏の本願により皆往生する との喝。

9 発願文(はつがんもん) 臨終の心得をし阿弥陀仏に帰依。

10 摂益聞(しゅやくもん) 念仏を唱える者は皆 仏に守られる との喝。

11 念仏一会(ねんぶついちえ) 救われる幸いを喜び、感謝して数多く念仏を唱える。

12 総回向偈(そうえこうげ) 誦経・念仏の功徳を全て振り向け往生を願う。


 ご自宅や斎場で営む葬儀式の次第は以下の通りです;

  序文(諸仏を迎え、讃嘆し、仏前で懺悔する)

1 入堂(にゅうどう) 導師・式衆の入場。

2 香偈(こうげ) 香をたき、清らかな心になることを願う。

3 三宝礼(さんぽうらい) 仏、法、僧の三宝に礼をする。

4 奉請(ぶじょう) 諸仏の入場をお願いする。

5 懺悔偈(ざんげげ) お迎えした 御仏、菩薩に対して自己の罪業を懺悔する。

  正宗分(御仏の説法を聞き 念仏し、その功徳を回施する)

6 転座(てんざ) 本尊に向いた身体を棺に向ける。

7 作梵(さぼん) 転座する際に梵語の四智讃を唱える。

8 合ばち(がっばち) ばちを鳴らす。

9 下炬(あこ) 二本の松明を持ち、1本を捨て、残りの1本で一円を描き、下炬引導文を述べる。引導文を終えると同時に松明を捨てて十念を授ける。捨てるのは厭離穢土(えんりえど)、一円を描くのは欣求浄土(ごんぐじょうど)の意味を表すとされます。

10 弔辞(ちょうじ) 弔辞・弔電 拝読。

11 開教偈(かいきょうげ) 誦経に際して 教えの真義を体得することを願う。

12 誦経(ずきょう) 四誓偈 又は仏心観文を読経。この間に会葬者は焼香。

13 摂益文(しょうやくもん) 念仏を唱える者は皆仏に守られる との喝。

14 念仏一会(転座)(ねんぶついちえ) 救われる幸いを喜び、感謝し、多くの念仏を唱える。この間に柩から本尊に向き直す。

15 回向(えこう) 故人さまの霊に誦経・念仏の功徳を捧げる。

16 総回向(そうえこう) 誦経・念仏の功徳を一切のものに振り向け、往生を願う。

   流通分(誓いを新たにして御仏をお送りする部分)

17 総願偈(そうがんげ) 仏堂修行の四願を誓い、成就を念じ往生を願う。

18 三身礼(さんじんらい) 阿弥陀仏への帰依を表明する。

19 送仏偈(そうぶつげ) 諸仏諸菩薩を心からお送りする。

20 退堂


   今回は以上です。


日蓮宗の葬儀

 今回は日蓮宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 日蓮宗では 日蓮聖人の 法華経を信じ 南無妙法蓮華経と御題目を唱える者は 必ず 霊山浄土に往生できる との言葉をよりどころに営まれます。葬儀は 最後の聞法(もんぽう)修行であると考えられて居り、同時に故人さまを釈尊のもとへ導くことが本義とされております。釈尊は今でも霊山浄土(インドの霊鷲山りょうじゅさん)で法華経を講じている久遠実成(くおんじつじょう)の仏であるとされます。葬儀に於けるご本尊は十界曼荼羅を掲げます。

 

 ご臨終の時の枕経、及び通夜は 下記の通り 日常勤行と同じです。

1 勧請(かんじょう) 久遠釈尊を始め四菩薩、諸仏諸尊、日蓮聖人をお招きする。

2 開経偈(かいきょうげ) 法華経の功徳を讃え、この教えをいつまでも受持することを誓う。

3 読経(どっきょう) 法華経の中の肝要な緒品(しょほん)を拝読する。

4 祖訓(そくん) 日蓮聖人の遺文の一節を拝読する。

5 唱題(しょうだい) 一心に題目 南無妙法蓮華経を唱える。

6 宝塔偈(ほうとうげ) 回向の前に唱える偈文(げもん)で、法華経受持の功徳を讃嘆する。

7 回向(えこう) 法要の功徳を一切の人々に手向ける。

8 四誓(しせい) 回向の次に唱える文で、人々を救う、道を求めるなどの4つの誓いを唱える。

9 題目三唱(だいもくさんしょう) 最後に御題目を3回唱え、心を正して勤行を結ぶ。

尚 湯灌、ご納棺の際は南無妙法蓮華経と唱題しながら行います。又仏弟子としての名は法名と言います。

 

 葬儀式も基本的には日常勤行の形ですが、それに声明曲が加わり、引導が行われます。

1 入堂

2 開会の辞

3 総礼(そうらい) 僧侶、参列者一同が合掌して唱題三遍し礼拝する。

4 道場偈(どうじょうげ) 諸仏諸尊をお招きする声明曲。

5 三宝礼(さんぽうらい) 仏法僧の三宝を礼拝する。

6 勧請(かんじょう) 久遠釈尊をはじめ四菩薩、諸仏諸尊、日蓮聖人をお招きする。

7 開経偈(かいきょうげ) 読経の前に唱えるもので 法華経の功徳を讃え、この教えを何時までも受持する事を誓う。

8 読経(どっきょう) 法華経の中の肝要な緒品を拝読する。

9 咒讃饒はち(しゅさんようはち) 唄をうたい、楽器を演奏して諸仏を供養。導師が一人の場合は省略。

10 開棺(かいかん) 引導の前に行い、迷いを転じて悟りに入ることを予告する。

11 献供(けんく) 茶湯、霊膳、献華、水供とう 極上の美味を献上する式。事前に供えて省略する事も多い。

12 引導(いんどう) 導師は必備前に進み、払子(はっす)を3振りし、焼香を3回した後 引導文を読み上げる。霊山往詣の安心を説き、故人さまの行積を語り、法華経信仰をもつことの尊さを讃嘆する。

13 弔詞・弔電

14 読経(どっきょう) 自我喝など 法華経の中の肝要な諸品を拝読する。焼香を始める。

15 祖訓(そくん) 日蓮聖人の遺文を拝読する。省略されることも多い。

16 唱題(しょうだい) 参列者全員で故人さまの霊山往詣を念じ、一心に南無妙法蓮華経を唱える。

17 宝塔偈(ほうとうげ) 回向の前に唱える偈文。法華経受持の功徳を讃嘆する。

18 回向(えこう) 法要の功徳をめぐらして現世安寧後生善処を祈念する。

19 四誓(しせい) 回向の次に唱える文で、人を救う誓いの言葉を唱える。

20 三帰(さんき) 三宝に帰依し、仏道に精進することを誓う声明曲。

21 奉送(ぶそう) 諸仏諸尊をお送りする声明曲。帰居礼(きこらい)

22 閉式の辞

23 退堂

 

   今回は以上です。

 

 

 

 

天台宗の葬儀

 今回は天台宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 天台宗の葬儀は 全ての衆生には仏性が具わっており、必ず仏になる事が出来ると説き、その為に仏様と縁を結ぶ大切な儀式とされます。葬儀に当っては 先ず心身ともに仏の弟子になるための儀式を行い、その後 仏弟子としてこの世(娑婆世)を離れ 仏の国(浄土)へ向かう儀式で終わります。

 

 葬儀は 顕教法要の法華懺法 (ほっけせんぽう 法華経を読誦することで煩悩を薄くし減罪する作法) と例時作法 (れいじさほう) 阿弥陀経を読誦することで往生極楽の指南とする作法) および 密教法要の光明供 (こうみょうく 阿弥陀如来の来迎を得て その指導の下に故人さまを引導して仏となす作法) の三種の儀礼によって営まれます。

 

 ご臨終の際の枕経では 臨終誦教と呼ばれる阿弥陀経を読誦します。

 

 通夜 或いはご納棺にあたり 授戒式が行われますが 天台宗の葬儀の基本となる儀礼です。授戒式は 剃髪式(剃刀を頭頂にあてて行う出家の儀式)、授与文、授円頓戒(天台宗が基本とする戒が円頓戒で、これを受けることを 天台に受戒 と言います)、位牌開眼式により構成されます。

 

葬儀式の一例は以下の通りです;

葬式作法

1 入式場 ご遺族・会葬者の着席後、若い僧から順に式僧が入場します。

2 列讃(れっさん) 仏の臨終を讃える意味で四智讃(梵語)の声明を唱える。

3 導師登盤(どうしとうばん) 導師以外の僧侶(式衆)は平座する。

4 着座讃(ちゃくざさん) 威儀を正して修法をする旨、この儀式を成就させたまえという祈念を込めて四智讃(漢語)の声明を唱える。

5 法則(ほっそく) 導師がこの葬送の目的を述べる。

6 光明供修法(こうみょうくしゅうほう) 導師は阿弥陀如来の来迎を得て、その指導の下に故人さまを引導して仏となす密教作法を行う。

7 九条錫杖(くじょうしゃくじょう) 光明供修法の間、他の僧侶は故人さまに代わって仏となる誓いの声明を錫杖を振りながら唱える。

8 随方回向(ずいこうえほう) 導師が全ての法界に供養回向する。回施法回向無上大菩堤(仏に何とぞ宜しくと今一度お願いする言葉)と唱える。

9 導師降盤(どうしこうばん)

引導方法

1 列讃(れっさん) 四智讃を唱え、導師は別座(曲ろく)に座す。

2 鎖龕、起龕(さがん、きがん) 故人さまを悟りに導くための準備段階として 棺の蓋を閉ざす儀式と 棺を起こす意味の儀式。両役の僧侶は正面に出て導師に一礼の後 龕(柩)の両側に進み、先に鎖龕師が扇で軽く棺台を打ち、退いて鎖龕文を唱える。続いて起龕師が起龕文を呈し 軽く柩を打って一礼する。次に両僧は霊前に進み、焼香一拝して本座に戻る。

3 奠湯・奠茶(てんとう・てんちゃ) 故人さまが悟りの世界に入るに際して行う儀礼。両役の僧侶は霊前に進み、焼香一拝の後、茶湯器をとって薫香加持をして、これを供えてはなむけの言葉を捧げて、自席に戻る。

4 歎徳(たんどく) 歎徳師又は導師が 故人さまの生前の業績や高徳を讃える歎徳文を奉読する。

5 引導・下炬(いんどう・あこ) 導師は霊前に進み、引導作法を修し、松明を持って空中に梵字のアの字と それを囲むように大きく円を描き、入滅(成仏)の証として故人さまの仏教教養の深さと徳の高さを讃える下炬の文を贈る。

6 弔詞(ちょうし) 弔辞、弔電 奉読。

7 法施(ほっせ) 自我喝・十方念仏・後歌など 経文を回向する。同時に ご遺族・会葬者の焼香を行う。

8 念仏あるいは光明真言(ねんぶつ、こうみょうしんごん) 光明真言を唱える。大日如来の大威神力により 無明の煩悩を打ち砕き、地獄の苦しみを転じて浄土に生まれ変はるよう祈念します。

9 総回向(そうえこう) 総回向を唱えて 法儀を終了します。

10 退出式場 導師から順に退出します。

 

   今回は以上です。

 

真言宗の葬儀

 今回は真言宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 

 真言宗の葬儀は 故人さまを宇宙生命の本源である大日如来の大生命に包まれている弥勒菩薩の浄土へ還帰させる事が葬儀の精神となります。葬儀式は 故人さまに即身成仏(この身このまま仏になること)して頂くための引導作法として示されます。剃髪(ていはつ) 授戒(じゅかい、戒名を授ける)が前段階で、続く後段階で 大日如来との一体感、すなわち永遠の生命との一体感に関わる作法となります。

 

 ご臨終の際には枕経をあげます。@故人さまの成仏を勧める 般若理趣経を読誦し、A慈救の呪を唱えて悪魔を祓い、B阿弥陀如来の陀羅尼、C光明真言、D御法号 南無大師返照金剛 を唱えます。

 

 故人さまには 清浄な衣服を着せて左手に念珠を持たせて合唱のすがたにして 北枕で安置します。納棺に当たりましては ご遺体を土砂で加持し、光明真言を唱えながら納棺します。

 

 通夜では @理趣経、A慈救の呪、B光明真言、C御法号を唱えて故人さまの霊を慰め、D通夜法話が行われます。

尚 お線香は 一筋に成仏向かう意味で一本です。(通夜から四十九日の法要が終るまでは一本ですが その他の場合は三本となります)

 

 葬儀式では 

@洒水(しゃすい)加持された法水を注いで故人さまの心身を浄める、

A加持供物(かじくもつ)仏前の供養を加持して浄める、

B三礼(さんらい)三礼文を唱えて仏法僧を礼拝する、

C剃髪 剃刀を執って喝を唱える、D授戒(じゅかい)十善戒あるいは五善戒を授ける、

E綬戒名(じゅかいみょう)故人さまに戒名を授ける、

F表白(ひょうびゃく)御本尊大日如来をはじめ諸仏諸菩薩に対して故人さまへの功徳を乞い願う、

G神分(しんぶん)大日如来、阿弥陀仏、弥勒菩薩、観音菩薩、閻魔大王などの名を唱えて、その降臨を感謝し、故人さまの減罪、生善、成仏を願う、

H教化(きょうけ)故人さまが即身成仏の生覚を得るために、その開発、教化を諸仏に願う、

I引導の印明(いんどうのいんみょう)印契を結び真言を唱えることにより大いなる功徳が与えられるとされるのが印明です ここで臨終の大事を授けます、

J玻地獄の印明(はじごくのいんみょう)故人さまの心内の地獄を破砕する、

K五鈷杵授与偈文(ごこしょじゅうよげもん)本来は生前に結縁灌頂(けちえんかんじょう)を受法するのであるが、その代わりに如来の五智を表現する五鈷杵(ごこしょ)を授けて灌頂とする、

L金剛界胎蔵秘印明(こんごうかいたいぞうひいんみょう)真言をうける、

M大師御引導の大事偈文(だいしいんどうのだいじげもん)弘法大師による引導の印明 偈文を授け即身成仏の境地に引導する 真言宗引導の中心、

N開眼の印明 仏眼の印明により故人さまを加持し 位牌を開眼する、

O授血脈(じゅちみゃく)大日如来から弘法大師に至る系譜の後に導師名 故人さま戒名を加えて真言密教の血脈を授ける、

P六大の印明 地・水・火・風・空・識の六大縁起による生命の境界を与えて引導を授ける、

Q諷誦文(ふじゅもん)引導作法の後に導師により読まれる 故人さまの生前の功績と徳を讃え その成仏を願う文、

R弔辞、

S弔電、

焼香、

祈願 故人さまが都率浄土へ往生するよう祈願する、

導師最極秘印(どうしさいごくひいん) 弾指三度(指を三度弾く)して故人さまを都率浄土へ送る印契を行い 葬儀式を終える。

尚 焼香は 戒香、定香、解脱香の三つを仏法僧の三宝に捧げる意味で三回行います。

 

   今回は以上です。

神葬祭の流れ

 今回は神葬祭の流れに付いて書かせて頂きました。

 

 神葬祭は 日本固有の宗教である神道に於ける葬儀ですが、その儀式の流れは 枕直しの儀に始まり、納棺の儀、通夜祭及び遷霊祭、葬場祭、火葬祭、埋葬祭、帰家祭及び直会、御霊祭と続きます。

 

 枕直しの儀は 神葬祭に於ける最初の儀式で、神棚・祖霊舎に故人さまのご逝去を報告します。その後 神棚の前面に白い和紙を下げて 神棚封じをします(この封は五十日祭で解きます)。ご遺体には白の小袖をお着せし、北枕に安置して、枕元に守り刀を置きます。そして 前面に小机で祭壇を設け、米・酒・塩・水・故人さまが生前 好んだ物などをお供えします。

 

 納棺の儀は ご遺体を棺にお納めする儀式です。ご遺体に神衣と呼ばれる 男性には白の狩衣、女性には白の小を着せ、男性なら笏を持たせて鳥帽子を被せ・女性には扇をもたせて 神様の形を作り 棺にお納めします。その後 蓋をして白い布で棺を覆い、全員で拝礼します。

 

 通夜祭は 仏教の通夜に当る儀式であり、遷霊祭は 故人さまの霊を霊璽へ遷し留める儀式です。通夜祭では 神職が祭詞を奏上し、ご遺族は玉串を奉って拝礼します。遷霊祭は 神職による 御霊移しの儀により ご遺体の魂が 霊璽に移されます。

 

 葬場祭は 仏教の葬儀・告別式に当たり、故人さまとの最後のお別れをする 神葬祭最大の重儀で、弔辞の奉呈、弔電の奉読、神職による祭詞奏上、参列者による玉串奉奠などを執り行います。

 

 火葬祭は ご遺体をご火葬に付す前に 火葬場で執り行う儀式で、神職が祭詞を奏上し、ご遺族は玉串を奉って拝礼します。

 

 埋葬祭は 墓地にご遺骨を埋葬する儀式で、ご遺骨の埋葬、祭詞奏上、ご遺族の拝礼が行われます。以前は ご火葬後 直ぐに埋葬が行われて居りましたが、最近は ご遺骨を一度ご自宅に持ち返り、忌明けの五十日祭で埋葬する事が一般的となって居ります。

 

 帰家祭は ご火葬・ご埋葬を終えてご自宅に戻り、神職のお祓いを受けて 門前に塩を撒いて清め、神棚・祖霊舎に葬儀が滞りなく終了した事を報告して終了します。その後 神職や世話役など 葬儀でお世話になった方々の労をねぎらい、宴をひらいてもてなします、これを直会(なおらい)と言います。

 

 御霊祭は 十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭、百日祭、一年祭、三年祭、五年祭、十年祭と続き 以降 五年毎に五十年まで御霊祭を執り行います。五十日祭で忌明け、一年祭で喪明けとなります。尚 三年祭は仏教と違い三年目に行いますので 注意が必要です。

 

   今回は以上です。

神葬祭

 今回は神葬祭に付いて書かせて頂きました。

 

 神葬祭とは 日本古来の宗教である神道に於ける葬儀を指します。神道に於いては ”人はみな神の子であり、神の計らいにより母の胎内に宿り、この世に生まれ、この世での役割を終えると神々の住まう世界へ帰り、子孫たちを見守る” ものとされます。従いまして 神霊祭は故人様に家の守護神となって頂く為の儀式であります。神道に於きましては死は穢れである為、神霊祭を 聖域である神社で行う事は無く、自宅 或いは然るべき斎場で執り行います。

 

 日本固有の宗教である神道に於ける葬儀は 神話の世界で登場しますが、6世紀に仏教が伝来して以降 仏式の葬儀が急速に普及して行き、更に江戸時代の寺請制度により葬儀は仏式というのが定着しました。そして 明治時代に入り 政府の神祇政策の一還として神霊祭は奨励され、神霊祭専用墓地として青山霊園が設立されました。しかしながら 明治憲法では制限付きでは有りますが 信教の自由が保障されており、強制されることは無く、又 神社の神職は公務員とされ、例外を除いて 宗教行為である神葬祭を担当する事が出来ず、神葬祭が普及する事は有りませんでした。第二次世界大戦後 神道は宗教としての立場を回復し 神職が神葬祭を執り行える様に成ります。

 

 故人様の死後のお名前には 諡号(おくりな)が贈られ 仏式のお位牌に当る霊璽に書かれて神葬祭の祭壇に祀られます。諡号は仏式の戒名・法名にあたり、故人様の氏名、その後に故人様の性質・業績・ご逝去の時節などを現す尊称を連ね、最後に成人男性の場合は 大人(うし)、成人女性の場合は 刀自(とじ)がつけられ霊号となります。ご逝去の年齢や業績に応じて 男性の場合 若子、童子、翁、大翁、君、命、尊 女性の場合は 童女、大刀自、姫、媛 などが贈られる場合もあります。

 

 仏式の焼香に代わるものとして 神葬祭では お祈りの際 玉串を奉奠(ほうてん)します。玉串とは 榊などの木の枝に紙垂を付けたものです。地域によっては 玉串奉奠の代りに 容器の中に米や酒を注ぐ 献米や献杯の場合も御座います。

 

   今回は以上です。  

 

ヒンズ−教

 今回はヒンズ−教に付いて書かせて頂きました。

 

 ヒンズー教は インド、ネパールを中心に信仰される民族宗教で、世界三大宗教には入りませんが、信徒は9億人とも言われ、キリスト教、イスラム教に続いて 世界で3番目の宗教です。紀元前より バラモン教を基にインド土着の神々と融合しながら作りあげられた 業と輪廻転生を死生観に持つ 多神教の宗教です。特定の開祖は持たず、インダス文明の時代から インドとその周辺に居住する住民の信仰が集大成したものです。

 

 紀元前(BC)2000年頃 アーリア人がペルシャ(現在のイラン)からインド北西部に進入し、BC1500年頃にヴェーダ聖典を成立させ、それを基ずくバラモン教を信仰しました。そしてBC500年頃には 仏教の隆盛や社会情勢の変化により、バラモン教は民間の宗教と同化し、ヒンズー教へと変化して行きます。AC500年前後には仏教をも凌ぐ様に成り、以後現在に至るまでインドの民衆により信仰され続けて居ります。

 

 ヴェーダ聖典を基にした信仰は 3大神への信仰と共に、輪廻や解脱といった独特の概念を持ち、四住期に代表される生活様式、カースト制度という身分制度等を特徴とする宗教です。

基本とされる3大神とは;

 ・ ブラフマー ;宇宙の創造を司る神。

 ・ ヴィシュヌ ;宇宙の維持を司る神。鳥神ガルーダに乗り、10大化身と呼ばれる多数の分身を持ちます。

 ・ シヴァ   ;宇宙の寿命が尽きた時に世界の破壊を司る神。牡牛のナンディンに乗り、トラの皮をまとい首にコブラを巻きます。

その他にも多くの神や化身が御座います。ちなみに釈迦はヴィシュヌ神の9番目の化身とされて居ります。

仏教の開祖 釈迦も バラモン教の教え 四住期に従い 男子をもうけた後に 29歳で釈迦族の王族の地位を捨て、林間で修行をし、その後悟りを開いて布教の旅に出ます。又 インドでは キリスト教、イスラム教などの外来の宗教以外は全てヒンズー教と定義しており、仏教はヒンズー教の一派と位置付けられて居ります。


  今回は以上です。

イスラム教

 今回はイスラム教に付いて書かせて頂きました。

 

 イスラム教とは 世界3大宗教の一つで アラビア語圏を中心に11億5千万人(16億人とも言われます)の信徒を持ち、唯一絶対の神(アラビア語でアッラーフと呼ばれる)を信仰し、神がこの世に送った最後の預言者 ムハンマドを通して人々に下されたクルアーン(コーラン)の教えを信じ、従う一神教です。ユダヤ教、キリスト教と同じアブラハムの宗教の一つであります。

 

 アラビア語では 神に帰依する事をイスラームといい、神に帰依する者(イスラム教徒)をムスリムと呼びます。日本を含む漢字文化圏では イスラム教を回教、イスラム教徒を回教徒とも呼ばれて居ります。その教えの特色は 偶像崇拝を徹底的に排除し、神への奉仕を重んじ、信徒同士の相互扶助関係や一体感を重んじる事に有ります。

 

 イスラム教は 西暦610年頃 預言者ムハンマドは アラビア半島の紅海側に位置する メッカ郊外で 天使ジブリールより 唯一神(アッラーフ)の啓示を受けたとして イスラム教を始めました。その後 後援者であった叔父の他界とともに迫害を受け、同じアラビア半島のメディナに逃れ、周囲のユダヤ人との争いに勝利し、周囲のアラブ人たちを支配下に収めて、勢力圏を広げてゆきます。勢力圏の拡大と共に クルアーン(コーラン)に書かれた内容も 色々な解釈が生まれ、多くの派へと分かれて行きました。大きくは スンニ派とシーア派ですが、夫々の派の中にも多くの学派が存在します。

 

 イスラム教の信仰の根幹は 6っの信仰箇条(6信)と、5っの信仰行為(5行)から成ります。

6信とは; 

1 神(アッラ−)、 2 天使(マラーイカ)、 3 啓典(クトゥブ)、 4 使徒(ルスル)、 5 来世(アーヒラ)、 6 定命(カダル)ですが  特に 神と使徒 が重要で、アッラ−が唯一の神で有る事と、その招命を受けて預言者となったムハンマドが真正なる神の使徒であることを固く信じる事です。

5行とは;

1 信仰告白(シャハーダ)、 2 礼拝(サラー)、 3 喜捨(ザカート)、 4 断食(サウム)、 5 巡礼(ハッジ)、  ですが 特定の教派では 奮闘努力(ジハード)を加えた6行として過激な活動を行うケースも有ります。

 

 尚 日本に於けるモスレムの総数は 数千から数万と言われ、明確な数字は不明ですが、何れにしろ5万人以下と推定されます。

 

   今回は以上です。

諸教

 今回は諸教に付いて書かせて頂きました。

 

 諸教とは 日本に於ける宗教団体の現況は文化庁により調査され、宗教年鑑として報告されて居りますが、その中では 神道系、仏教系、キリスト教系、そして 前3系に属さない諸教の 4系統に分類されてまとめられて居ります。平成23年12月末現在 諸教としては 包括宗教団体として 36団体が登録されております。その主な団体としては 天理教、円応教、生長の家、世界救世教、パーフェクトリバティ教団(略称 PL教団)などが御座います。

 

1 天理教(てんりきょう)

  1838年(天保9年) 大和国山辺郡(奈良県天理市)にて 中山みき に天啓が下り、みきを教祖として、”陽気ぐらし” という世界の実現を目指して立教されました。天理王命(てんりおうのみこと)を神とする 一神教で、”みかぐらうた” ”おふでさき” ”おさしず” を啓示の書、原典とします。奈良県天理市に教会本部を持ちます。

 

2 円応教(えんのうきょう)

  1919年7月 大阪市に於いて 深田千代子は天啓を受け 奇蹟霊験を現し、”神の使いしめに生まれ、世の中の道具になる”という教義の元に宗教活動を開始し教祖となります。その後 千代子の長男により 1948年 千代子の法名より円応を取り出し、円応教として設立され、1952年に宗教法人として認可されました。現在の本部は教祖生誕の地 兵庫県丹波市に有ります。

 

3 生長の家(せいちょうのいえ)

  1929年12月13日 創始者 谷口雅春は 深夜 瞑想中に ”今起て!” と神から啓示を受け、1930年に修身書として 雑誌 ”生長の家” を1000部自費出版した事を始まりとします。現在 本部を東京都渋谷区、総本山を長崎県西海市に持ちます。

 

4 世界救世教(せかいきゅうせいきょう)

  1935年 教派神道系 大木の幹部だった 岡田茂吉により立教された新宗教系の教団。物質文明に対し、宗教を土台とする精神文明を実現することを説き、自然農法による農法を推進する事、芸術活動を行うよう薦めました。国内3ヶ所 神奈川県箱根町強羅、静岡県熱海市、京都府嵯峨野に聖地を定めました。

 

5 パーフェクトリバティ教団(PL教団)

  1946年 御木徳近により ”人生は芸術である” に始まるPL処世訓21ヶ条と共に立教を宣言したことにより始まります。PLは 完全な自由 を意味します。現在 教団本部は 大阪府富田林市にあります。

 

   今回は以上です。

日本のキリスト教

 今回は日本に於けるキリスト教に付いて書かせて頂きました。

 

 キリスト教の日本への伝来は 史実により確認されて居りますのは 1549年の カトリックの司祭 イエズス会のフランシスコ・ザビエルらによる布教活動です。この時期 キリスト教は織田信長の後援を受け、九州から西日本を中心に多くの信者を獲得しましたが、江戸、明治、大正、昭和前半と迫害や制約を受け、自由な布教が出来る様に成りましたのは 第二次世界大戦後となります。尚 未確認の説としては 5世紀頃 中国では景教と呼ばれていた ネストリウス派キリスト教が 秦河勝らによって日本に伝えられたとする説が御座います。

 

 キリスト教は 日本伝来後 耶蘇教(やそきょう)と呼ばれ(耶蘇はラテン語 Jesusの中国音訳 耶蘇の音読み)、キリスト教徒を切支丹(きりしたん)、宣教師を伴天連(ばてれん)と呼び、信長、秀吉の保護を得て 大きな広がりを見せました。しかしながら その後 キリシタン大名による 神道徒や仏教徒への迫害や、ポルトガル商人による日本人の人身売買などから 1587年 バテレン追放令が出され 布教活動への制限が始まります。更に江戸時代 1612年禁教令が出されて 教会の破壊と布教の禁止が発令されました。1637年の島原の乱がおこる事により 宗教団体が政治勢力となる事を恐れた幕府は 1639年 鎖国令を発布すると共に キリスト教徒の根絶やしに乗り出し、以後 信徒は地下にもぐり,潜伏キリシタンとして 信仰を守ることとなります。

 

 明治維新後 日本政府は欧米諸国からの強い抗議を受けて、1873年 キリスト教禁制を徹廃します。カトリック、プロテスタント、正教会は日本へ宣教師を派遣して 教会や伝道所を立てて宣教に努めます。又 社会実践として 学校(ミッションスクール)や病院を設立して 活動を行いました。正教会はロシアからの援助により 東京神田に 大聖堂・ニコライ堂を建設しました。しかしながら 総じて 日本政府の神道崇拝との間で十分な宣教活動が出来たとは言えませんでした。

 

 戦後 GHQの意向により存続した 日本基督教団、教団より訣別したプロテスタント各派、正教会、そして 異端とされる 未日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)、エホバの証人などが活動して居ります。

 

   今回は以上です。

 

 

キリスト教

 今回はキリスト教に付いて書かせて頂きました。

 

 キリスト教は 紀元前4世紀にローマ帝国のナザレ(現在はイスラエル国内)に生まれたイエスは ユダヤ教を批判し、ローマ帝国皇帝により十字架刑に処せられます。その後 イエスの弟子達により紀元1世紀 初期キリスト教として独立します、その後 何度か弾圧を受けながら、4世紀 コンスタンティヌス1世により公認され、更に国教とされます。現在は20億を超える信者数を持つ 世界最大の宗教です。

 

 その基本教義は この世には3位の神が存在し、天地の創造主である 父の神、万物に先立って生まれた父の神の独り子 子の神 イエス・キリスト、そして イエスの地上での誕生に関係した 精霊の神、この3位は一体であるとされます。キリストとは 救い主の意味を持ち、イエス・キリストは 救い主・イエスを示します。キリストは 聖母マリアから処女生誕し、罪人としてはずかしめられ、十字架上で刑死したが、三日目に復活した。そして 昇天した後には 栄光の座である 父の右に座している とされます。キリストは 自らの死と復活により死を克服し、人類もまた死から解かれる正当な権利を得たと信じられました。

教典は ユダヤ教の教典でもある 旧約聖書と、イエス以降の伝記や書簡からなる 新約聖書を信仰の中心において居ります。


 キリスト教は その長い歴史と共に多くの教派に分かれて居りますが、その主な分類は以下の通りです。

−初代教会   最初期の教会、諸教派の前身。

−西方教会   西ローマ帝国、西欧で発展した教会。

   ・ カトリック教会  ローマ教皇を中心とする教派。

   ・ 聖公会(英国国教会) カトリックとプロテスタントの中間に位置付けられる教派。

   ・ プロテスタント  16世紀の宗教改革運動によりカソリック教会から分離した諸教派。

     ・ ルーテル教会(ルター派)

     ・ 改革派教会(カルヴァン派、長老派教会、改革長老教会)

     ・ 会衆派教会

     ・ メソジスト教会

     ・ バブテスト教会

   ・ アナバブテスト

−東方教会

   ・ 正教会(ギリシャ正教)  東ローマ帝国・ギリシャ・東欧で発展した教会。

   ・ 東方諸教会  非カルケドン派の諸教会とアッシリア東方教会


   今回は以上です。   

仏教・新教派系

 今回は仏教・新教派系に付いて書かせて頂きました。

 

 前回までに説明致しました 5系列、13宗派以外の宗 を新教派系と位置付けて居ります。13宗もしくは 他の宗から分離・独立した宗、比較的近年に成立した仏教系の新宗教 あるいは新興宗教などを指し、本門仏立宗、霊友会、孝道教団、立正佼成会、創価学会、念法真教などが主な団体です。

 

1 本門仏立宗

   江戸時代末期に 長松清風により興された 本門仏立講が始まりで 法華宗に所属していましたが 1947年に独立して本門仏立宗となりました。日蓮上人を高祖、日降上人を門祖として居ります。

2 霊友会

   1920年に 久保角太郎により始まり、1927年 小谷喜美と共に立ち上げた赤坂霊友会を始めとして居ります。法華教信仰を基盤とした祖先崇拝を基本とし、在家による夫方・婦方の双系の先祖供養を中心として居ります。

3 孝道教団

   1936年に 岡野正道と 妻貴美子が霊友会より独立して 宗教結社孝道会を立ち上げたのを始めとします。先祖供養を中心に 解り易く仏法を説くところに特徴をもちます。

4 立正佼成会

   1938年に 長沼妙佼と庭野日敬が霊友会より独立して始まりました。当初の布教法には 生命鑑定と法座が有りましたが、現在では 原始仏教を基本とする教学の確立に努めて居り、宗教協力にも熱心に取り組んでおります。

5 創価学会

   1930年に 牧口常三郎と戸田城聖により設立された 在家信者団体の創価教育学会が始まり。自らの教育理論確立の為 日蓮正宗の信仰を採り入れ、次第に信仰中心の団体と成りました。一時は日蓮正宗の講の性格を持ちましたが、現在は日蓮正宗と対立関係にあります。

6 念法真教

   1925年に 小倉霊現が 阿弥陀如来より念法真言を授かり 会員制の教団を立ち上げたのが始まりです。第二次世界大戦中は 天台宗に所属し、1947年に別派独立しました。現世極楽浄土作りを目的として、心の入れ換え、日常論理の確立を説きます。

 

   今回は以上です。

禅系(鎌倉仏教禅系)

 今回は禅系(鎌倉仏教禅系)に付いて書かせて頂きました。

 

 鎌倉時代は 国の権力が貴族から武士に移り、武士は その力を着々とつけた時代で有りました。この時代に曹洞宗と臨済宗という二つの禅宗が 中国からもたらされ、武士階級に受け入れられて 多くの禅寺が 鎌倉に建立され、大きく栄ました。そして 1654年(江戸時代)に明国の僧侶 隠元(真空大師)が来日して黄檗宗(おうばくしゅう)を布教しました。この三宗を禅系(鎌倉仏教禅系、禅宗系)と位置付けられて居ります。

 

 曹洞宗は 中国の禅宗五家の中の一つで 日本へは 宋に渡った 道元(承陽大師)により伝えられました。その教えは 座禅の修行を基本とし、修行の威儀作法を重視します。経典は法華経を中心とした 道元により書かれた”正法眼蔵”、ご本尊はお釈迦様です。悟りを求めない修行により悟りが得られると考えます。これは 悟りを目的とする修行は打算的修行であり、悟りを得たら修行しなくて良い事に成る。従って悟りへの拘りは不要とされます。

 

 臨済宗も 中国の禅宗五家の一つであり 宋に学んだ 栄西(千光国師)により日本に伝えられました。その教えは 1700余りの祖師の言葉を体得する事が悟りの基本とされ、経典や教えに依存せず相手の心に直接働きかけ、その本質を悟らせる、そして 日常の中で真理を具体的なものとして行く事が求められます。経典の定めは無く、本尊の定めも有りません。禅宗様式では 本尊は祀らず お堂に椅子を一つ置き、椅子に座って法を説く人が本尊に相当します。この場合のお堂を 法堂、仏像を祀るお堂を仏殿と呼びます。

 

 黄檗宗は 唐の僧 黄檗希運の名に由来する宗派で 江戸時代に来日した明の僧 隠元(真空大師)により伝えられました。修行形態は臨済宗と同様ですが、儀式の形式や使われる言葉は明時代の様式を踏襲して居ります。陀羅尼や阿弥陀経を読み、念仏を唱えますが 浄土系とは目的が異なります。南無阿弥陀仏を ナムオミトフと読み、般若心経も唐音で読みます。経典の定めは無く、本尊はお釈迦様です。

 

   今回は以上です。    

浄土派(鎌倉仏教浄土派)

 今回は浄土派(鎌倉仏教浄土派)に付いて書かせて頂きました。

 

 鎌倉時代は 平安時代末期の混乱から 武士階級の社会が出現した時期であり、仏教界でも それまで貴族を対象とした仏教から、武士階級・一般庶民を対象とした信仰思想の変革が起こります。その中で 南無阿弥陀仏と念仏を唱え続ける(称名念仏)事で救われると説く浄土宗、更に踏み込んで 善人・悪人・男・女に係わらず 浄土へ成仏出来ると説く浄土真宗(一向宗)、踊りながら念仏を唱える融通念仏宗、時宗などを浄土派と呼びます。

 

 鎌倉時代には 政権が貴族階級から武士階級に移る事により、政治・経済・社会が劇的な構造変化をすると共に発展します。更に 末法思想・仏教の変革なども連動して 浄土教は飛躍的な発展を遂げました。

 

 浄土宗の開祖とされる法然上人は まず比叡山に学び、のちに叡山を下りて 東山吉水に居をかまえて 吉水教団を形成します。その教えは 観相念仏を否定し、称名念仏のみを認めました。南無阿弥陀仏と唱える事で 貴賤や男女を問わず 西方浄土へ往生できると説きました。

 

 浄土真宗の宗祖とされる親鸞上人も 比叡山に学び、後に修行では民衆を救済出来ないと修行仏教と訣別し 叡山を下りて 法然上人の吉水教団に弟子入りします。その後 念仏停止により 流罪に処せられ 僧籍を剥奪されます、そして 法然上人の助言により 生涯 非僧非俗の立場を貫きました。赦免後は関東を中心に20年間に渡る布教活動を通して 念仏の教えを深化させました。その教えは 阿弥陀仏の働きにより起こされた”真実信心”を賜る事を因として、いかなる者でも現生に浄土往生が約束される”正定聚”に住し必ず滅度に至らしめられると説く。尚 浄土真宗が成立するのは上人没後のことです。

 

 時宗の開祖とされる一遍大師は 大宰府に赴き 法然上人の孫弟子である 浄土宗の聖達に師事します、その後 諸国を遍歴し、紀伊の熊野本宮証誠殿で熊野権現から啓示を受けて悟りを開き 時宗を開宗したとされます。その教えは 阿弥陀仏の絶対性は 信 すらも不要で、念仏を唱える事のみで極楽往生できると説きました。晩年には踊念仏を始めました。

 

   今回は以上です。

 

法華系(鎌倉仏教法華系)

 今回は法華系(鎌倉仏教法華系)に付いて書かせて頂きました。

 

 鎌倉時代に入りますと 平安時代 仏教の主体は鎮護国家を標榜した 国家や貴族の為の儀式や研究に置かれていた形が 末期の動乱と それに伴う末法思想により変化し、民衆救済の為の仏教へと次第に変って行きました。その第一が日蓮上人により開かれた法華宗(日蓮法華宗、日蓮宗とも呼ばれます)です。

 

 この時代に入りますと 主として比叡山で学んだ僧侶によって 仏教の民衆化が図られ 新しい宗派が生まれて行きました。日蓮上人は難しい理論や厳しい修行ではなく、在家の信者が生活の合間に実践出来る様な易しい教えとして 南無妙法蓮華経 と唱える事で救われると説きました。日蓮上人は 法華経が釈迦の正しい教えを伝えていると考え、法華経に帰依します という意味の 南無妙法蓮華経 という御題目を唱えることを重視しました。

 

 上人は 鎌倉時代をすでに末法の世に入っているとみなし、法華経は 滅後末法の世に向けて説かれた経典と考え、在世の衆生に対してではなく、滅度後の衆生の救済を目的に法華経を説きました。そして 当時に起った 鎌倉幕府内の権力闘争、天変地異、モンゴル帝国からの攻撃等は 日本に於いて法華経をないがしろにした結果であると 幕府を批判し、釈迦を第一として尊ぼうとしない 禅や阿弥陀信仰は 衆生を救済から遠ざけてしまうと 他宗を批判しました。当然の事ながら 当初は幕府からの弾圧や 他宗からの迫害を受けましたが、日蓮宗の広がりと共に 収まって行きます。

 

 日蓮宗では 信仰に於ける重要な契機として 時(末法の世である現在) と国(日本)を掲げており、他の宗派には見られない 政治に対する積極的係わりが見られます。又 日蓮は 世の在りかたは 法を拠り所とすべきであって、人を拠り所にしてはならないと説きました。王仏冥合を理想とし、天皇を政治の主体とするも、仏法に背けば仏罰をこうむるとして、宗教上では天皇の権威を一切認めない仏法絶対の立場を示しました。


   今回は以上です。 

平安仏教派

 今回は平安仏教派に付いて書かせて頂きました。

 

 奈良時代後期には 仏法が盛んになると共に 寺院群は政治にも興味を示す様に成ります。彼らの影響力を憂慮した桓武天皇は その口出しを避ける為 京都(平安京)への遷都を決意し、実行します。そして旧仏教に対抗する為 最澄と空海を中国に派遣し密教を学ばせました。両大師は帰国後 最澄は比叡山に天台宗を、空海は高野山に真言宗を開いて 広く平安仏教派を広める事と成ります。

 

 平安時代中期は 釈迦入滅後二千年に当たり、正法の千年・像法の千年の後は 仏教が滅びる暗黒の世、即ち末法の世が始まると考えられました。末法の世では どんなに努力しても悟りを開く事は出来ず、国は衰え、人の心も荒んで、現世での幸福も期待出来ないと考えられました。人々はこの様な現世に期待せず、来世の幸せを願う 浄土信仰が流行します。阿弥陀仏にすがり、極楽浄土に迎えられる事を願って来迎図などが多く描かれました。その究極が宇治の平等院 鳳凰堂です。極楽の阿弥陀仏の宮殿を模したとされて居ります。平安時代末期は社会不安が増大し 広大な所領を持つ大寺院は 防衛の為 僧兵を保持する様に成ります。そして この僧兵集団は 社会不安の一つ要素となって行きます。

 

 仏教は大きく分けて顕教と密教に分かれます。顕(あらわ)れる教え と秘密の教えです。真言宗の信仰する本仏は大日如来ですが、大日如来はマントラ(真言)という特別な言葉で説教をします。マントラは宇宙語ともゆうべき われわれには理解出来ない言葉という事で、秘密の教え、密教と称します。真言密教では 宇宙の万物は 地・水・火・風・空・識という六つの構成要素から成っており(六大といいます)、互いに転化してとどこおる事なく、この六大を大日仏の現れとし、あらゆる人間は本質的に大日仏と異ならない存在で平等であるとされて居ります。

尚 天台密教を台密、真言密教を東密と呼んで居ります。

 

   今回は以上です。

奈良仏教

 今回な奈良仏教系に付いて書かせて頂きました。

 

 仏教は 飛鳥時代に伝来し、聖徳太子の活動と伴に、国家鎮護の道具として定着しました。その後 奈良時代に入り、律令法の中に僧尼令が制定されて、僧職者は官僚組織の一員として組み入れられ、多くの官寺が建立されます。この時代に大勢を占めた宗派は”南都六宗” 或いは”奈良仏教系”と呼ばれました。三論宗、成実宗、法相宗、舎宗、律宗、華厳宗の六宗です。

 

 奈良時代の寺院の多くは 国家施設であり、南都六宗は仏教の宗派と言うよりは、学派と呼ばれる性格を持って居りました。これらの学派は 大陸から輸入された多くの経典や注釈書を基に 官僧による仏教の学問的・論理的研究を主として居りました。従いまして 理論が中心となり、宗教的実践を伴うまでには至りませんでした。

 

 聖武天皇の時代 藤原氏とその他豪族の間で政権争いが激化し、疫病が流行し、新羅との外交関係が悪化する等の事が重なり、天皇とその妃の光明皇后は仏教の加護に頼り、仏教を深く信仰する事となります。聖武天皇は 国ごとに 国分寺・国分尼寺をたて、総国分寺として 東大寺を建立し、東大寺に奈良大仏を造立します。そして 華厳経の教理を拠り所とした 平安な律令国家の実現を目指しました。この時代に 唐の揚州に生まれ、洛陽・長安で修行を積んだ 鑑真大和尚が招かれました。鑑真大和尚は東大寺に戒壇を設け、僧侶に戒を授けました。その後 唐招提寺を建立し そこに住んで生涯を終えました。

 

   今回は以上です。

 

日本の仏教

 今回は日本の仏教に付いて書かせて頂きました。

 

 日本の仏教は 538年(552年とも言われます)に百済(現在の韓国・北朝鮮)より伝来したと考えられて居ります。その後 国家鎮護の道具として天皇家に支持され、聖徳太子の活動により飛躍的に発展しました。現在 文化庁の統計によれば 登録団体;85,343団体、教師(僧侶);332,971人、信者数;8,470万人とされて居ります。

 

 全世界の仏教徒数は3億数千万人といわれる中で、8千5百万人の信徒 約7万5千の寺院 30万体以上の仏像を有する日本は 世界有数の仏教国であると言えます。又 最古の仏典・古文書、世界最古の木造寺院 法隆寺も日本に御座います。

 

 日本の仏教には 数多くの様々な宗派が存在しますが、1940年公布の宗教団体法により 13宗28宗派に統合されましたが、第二次世界大戦後 多くの分派・独立が成されました。この13宗とは 華厳宗、法相宗、律宗、真言宗、天台宗、日蓮宗、浄土宗、浄土真宗、融通念仏宗、時宗、曹洞宗、臨済宗、黄檗宗(おうばくしゅう)を指します。それぞれの宗の日本に於ける開祖と本山は以下の通りです。

 −奈良仏教系

   華厳宗 開祖は審祥 他、本山は東大寺。

   法相宗 開祖は道昭、本山は興福寺・薬師寺。

   律宗  開祖は鑑真(鑑真和上)、本山は唐招提寺。

 −平安仏教系・密教系

   真言宗(東密) 開祖は空海(弘法大師)、本山は東寺、高野山金剛峰寺 他。

   天台宗(台密) 開祖は最澄(伝教大師)、 本山は比叡山延暦寺。

 −法華系(鎌倉仏教法華系)

   日蓮宗 開祖は日蓮(立正大師)、総本山は身延山久遠寺。

 −浄土系(鎌倉仏教浄土系)

   浄土宗 開祖は法然(源空、円光大師、黒谷上人)、総本山は知恩院。

   浄土真宗 開祖は親鸞、本山は本願寺

   融通念仏宗 開祖は良忍(聖応大師)、本山は大念仏寺。

   時宗 一遍(証誠大師、円照大師)、本山は清浄光寺(遊行寺)。

 −禅系(鎌倉仏教禅系)・禅宗系

   曹洞宗 開祖は道元(承陽大師)、本山は永平寺。総持寺。

   臨済宗 開祖は栄西(千光国師) 他、本山は建仁寺・円覚寺・東福寺 他。

   黄檗宗 開祖は隠元(真空大師、華光大師)、本山は黄檗山萬福寺。

 

   今回は以上です。

仏教

 今回は仏教に付いて書かせて頂きました。

 

 仏教とは 紀元前5世紀にインドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ)を開祖として開かれた宗教で、キリスト教・イスラム教と並んで 世界の三大宗教の一つとされて居ります。その教えは 仏陀(目覚めた人、解脱した人)の説いた教えであり、そして 自ら仏陀になる為の教えでもあります。

 

 仏教は インド古来の世界観であった 輪廻 転生 解脱の考えを基に作り出されました。人の一生は苦であり 永遠に続く輪廻の中で終わり無く苦しまねばならない。その苦しみから抜け出す事が解脱であり、修行により解脱を目指すことが 釈迦の教えの目的でした。従いまして 釈迦の思想の中には偶像崇拝の概念は存在しませんでした。現在 伝来した各国で多く見られる仏像や仏閣は その土地、時代の主権者が政治的な目的で民衆に信仰を解り易くする目的で作り出されたと考えられます。

 

 初期仏教の歴史には時代区分があります。原始仏教、部派仏教、大乗仏教の三区分です。

 原始仏教は紀元前5世紀に インド北部ガンジス中流域で釈迦の提唱により生まれた初期仏教です。原始仏教は 他の世界的宗教と異なり、自然崇拝や民族宗教などをルーツに持たない宗教であり、世界各地で都市国家が成熟すると共に 社会不安が増大する中で、サマナ(沙門)と呼ばれる 出身・出自を問わない自由な立場の思想家・宗教家・修行者が持つ文化の中で作られました。釈迦の死後 その教えは弟子達により集められ、仏典として口誦により伝承され、後に文字化されます。更に経・律・論の三っに分類されて 仏教聖典に編纂されました。

 部派仏教は紀元前4世紀、仏滅後100年くらいに 釈迦の説いた教えの解釈に 色々な異見が出始め、考え方も岐れはじめます。その決果 上座部と大衆部の二つに大きく分裂し、その後 更に多くの部派に分裂して行きます。この時代の仏教を部派仏教と呼んでおります。上座部の一部は スリランカに伝わり、さらにミヤンマー・タイなどの東南アジアに伝わり、現在でも広く残って居ります(南伝仏教)。

 大乗仏教は紀元前後に 自身が解脱するだけではなく、一切智智を備えた仏となって、積極的に全ての衆生を得度する教え(大乗仏教)が起こります。この教えは急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して中国、更に韓国、日本へと伝来します(北伝仏教)。

更に7世紀頃にインドのベンガル地方でヒンドゥ−教の神秘主義一派であるタントラ教と融合した密教が起こり、様々な土地の習俗や宗教を包括しながら独自の修行体系を完成し、インドからチべット・ブータン、そして中国・韓国・日本にも伝えられました。

 

 現在の仏教は三大宗教の一つでは有りますが、大部分の仏教国は滅亡し、発祥の地であるインドでも廃れており、東南アジアの多くの国ではヒンドゥー教 或いはイスラム教へと移行が進み、中国・北朝鮮・モンゴルでは共産化により宗教は弾圧され、韓国ではキリスト教徒による廃仏運動が社会問題となっており、全体的には縮小傾向にあります。

現在 仏教を国教、或いは国教に準ずる地位としている国は タイ・スリランカ・カンボジア・ラオス・ブータンがあります。又 土着の信仰との混在・習合が顕著な国としては 日本・台湾・ベトナムなどがあります。

 

   今回は以上です。

 

仏教

 今回は仏教に付いて書かせて頂きました。

 

 仏教とは 紀元前5世紀にインドの釈迦(ゴータマ・シッダッタ)を開祖として開かれた宗教で、キリスト教・イスラム教と並んで 世界の三大宗教の一つとされて居ります。その教えは 仏陀(目覚めた人、解脱した人)の説いた教えであり、そして 自ら仏陀になる為の教えでもあります。

 

 仏教は インド古来の世界観であった 輪廻 転生 解脱の考えを基に作り出されました。人の一生は苦であり 永遠に続く輪廻の中で終わり無く苦しまねばならない。その苦しみから抜け出す事が解脱であり、修行により解脱を目指すことが 釈迦の教えの目的でした。従いまして 釈迦の思想の中には偶像崇拝の概念は存在しませんでした。現在 伝来した各国で多く見られる仏像や仏閣は その土地、時代の主権者が政治的な目的で民衆に信仰を解り易くする目的で作り出されたと考えられます。

 

 初期仏教の歴史には時代区分があります。原始仏教、部派仏教、大乗仏教の三区分です。

 原始仏教は紀元前5世紀に インド北部ガンジス中流域で釈迦の提唱により生まれた初期仏教です。原始仏教は 他の世界的宗教と異なり、自然崇拝や民族宗教などをルーツに持たない宗教であり、世界各地で都市国家が成熟すると共に 社会不安が増大する中で、サマナ(沙門)と呼ばれる 出身・出自を問わない自由な立場の思想家・宗教家・修行者が持つ文化の中で作られました。釈迦の死後 その教えは弟子達により集められ、仏典として口誦により伝承され、後に文字化されます。更に経・律・論の三っに分類されて 仏教聖典に編纂されました。

 部派仏教は紀元前4世紀、仏滅後100年くらいに 釈迦の説いた教えの解釈に 色々な異見が出始め、考え方も岐れはじめます。その決果 上座部と大衆部の二つに大きく分裂し、その後 更に多くの部派に分裂して行きます。この時代の仏教を部派仏教と呼んでおります。上座部の一部は スリランカに伝わり、さらにミヤンマー・タイなどの東南アジアに伝わり、現在でも広く残って居ります(南伝仏教)。

 大乗仏教は紀元前後に 自身が解脱するだけではなく、一切智智を備えた仏となって、積極的に全ての衆生を得度する教え(大乗仏教)が起こります。この教えは急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して中国、更に韓国、日本へと伝来します(北伝仏教)。

更に7世紀頃にインドのベンガル地方でヒンドゥ−教の神秘主義一派であるタントラ教と融合した密教が起こり、様々な土地の習俗や宗教を包括しながら独自の修行体系を完成し、インドからチべット・ブータン、そして中国・韓国・日本にも伝えられました。

 

 現在の仏教は三大宗教の一つでは有りますが、大部分の仏教国は滅亡し、発祥の地であるインドでも廃れており、東南アジアの多くの国ではヒンドゥー教 或いはイスラム教へと移行が進み、中国・北朝鮮・モンゴルでは共産化により宗教は弾圧され、韓国ではキリスト教徒による廃仏運動が社会問題となっており、全体的には縮小傾向にあります。

現在 仏教を国教、或いは国教に準ずる地位としている国は タイ・スリランカ・カンボジア・ラオス・ブータンがあります。又 土着の信仰との混在・習合が顕著な国としては 日本・台湾・ベトナムなどがあります。

 

   今回は以上です。

神道その2

 今回は前回に続き神道その2に付いて書かせて頂きました。

 

 神道の起源は非常に古く、日本の風土や日本人の生活習慣に基ずいて、自然発生的に生まれた神観念です。中国に於ける神道とは性質の異なる別個の観念です。気象、地理地形、事物等の自然現象に始まる全て事象に神の存在を認め、中でも 1881年 明治天皇の決栽により 伊勢神宮に祀られた 天照大神が最高の神格を得て居ります。

 

 現在 日本に於いて 最初に神道の言葉が見られるのは 日本書記の中の 用明天皇紀にある ”天皇、仏法を信(う)けたまひ、神道を尊びたまふ” でありますが、この様に外来の宗教である仏教と、日本古来の信仰である神道が共存しており、土着の民俗信仰である神道は 外来の宗派宗教と融合しやすい性格を持って居りました。

 

 神道に於ける基本は 自然を感じ取り、そのもののままでは厳しい自然の中で、人間としての生活を営むに相応しい環境と状態を、自然の調和に配慮しながらバランスを取り調節して、生活を見回して、生活する為の知恵やヒント与えたり、少し手伝ってあげたり、何かやって貰ったときは少しお礼をしたり。それが 日本の神がやっていた仕事の一つです。日本人にとって神は身近な存在であり、日本の神は地域社会を守り 現世の人間に恩恵を与える穏やかな守護神であると共に、天変地変を引き起こし 病や死を招き寄せる 祟る 性格も持って居ります(荒魂・和魂)

 

 神道は 中央や地方の統治者・統治組織と融合しながら発展して参りましたが、徳川幕府の仏教を基にした民心管理に対して、明治維新は神道を基にして理論付けられており、”尊皇攘夷” は神道にもとずき考え出されました。

 

 現在の神道は 神社神道、民俗神道、教派神道、古神道、皇室神道などに分類されて居ります。

 

   今回は以上です。

神道その1

 今回は神道について書かせて頂きました。

 

 神道(しんとう、かんながらのみち)とは 日本固有の宗教で、山河などの自然や 自然現象を敬い その中に八百万(やおよろず)の神を見出す多神教の宗教です。自然と神は一体として認識され、神と人間を取り結ぶ作法が祭祀であり、祭祀を行う場所を神社と呼びます。神社は神道に於ける聖域とされます。

 

神道は 古代日本に起源をたどる事が出来る宗教で、日本民族古来の民俗信仰や自然信仰を基礎とし 自然発生的に生まれた信仰です。遅くとも弥生時代には初期の形が作られ、古墳時代には民族宗教としての形態が整えられたと考えられます。その後 豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら発展し、日本国家の形成に多くの影響を与え続けた宗教でもあります。

 

 神道には 教祖や創始者は居らず、仏教の経典やキリスト教の聖書に当る 明確な教典は有りません、古事記、日本書紀、古語拾遺、宣明などの古典を規範として、その教えは神社や行われる祭祀を通して伝えられます。森羅万象に神が宿ると考え、その神々と共に生き 祖霊を崇拝し 地縁・血縁などで結ばれた共同体(部族や村など)を守る事を目的とした信仰です。浄明正直(浄く明るく正しく直く)を徳目として居ります。

宗教法人である神社本庁から文化庁に提出された資料によれば 支持者数 約一億600万人と申請されて居り、登録されている神社は約85,000社有ります。

 

 神道に於ける拝礼は 二拝二拍手一拝が基本的な作法です。

1 拝(直立姿勢から身体を90度折り曲げる礼)を二度行う。

2 拍手を二度打つ。

3 最後に再度 拝を一度行う。

尚 俗説として 女性は音を立てて拍手してはいけないというものが有りますが、これは正しくありません。拝礼に性別は関係有りません。

又 御身内に不幸があった場合は 不幸の日から50日間は神社参拝を控える必要が有ります。

 

   今回は以上です。 

日本の宗教法人

 今回は宗教法人について書かせて頂きました。

 

 宗教とは超自然的存在の神や仏の概念を創造し、その存在を崇拝、信仰する事を指します。そして 宗教法人とは 教義をひろめ、儀式行事を行い、及び信者の教化育成することを主たる目的とする団体で、都道府県知事 若しくは文部科学大臣の認証を経て法人格を取得した団体を指します。

 

 世界の主な宗教としては キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、そしてユダヤ教などがあります。日本に於ける主な宗教としては 神道、仏教、キリスト教、そして諸教が有ります。日本の宗教指導は 法人格を取得した宗教法人により行われて居り、教派・宗派・教団と呼ばれる包括法人(宗教団体)と、個々の神社・寺院・教会・布教所などの 単位宗教法人に分類されます。又 単位宗教法人は 包括法人(宗教団体)に属する 被包括法人と、いずれの宗教団体にも属さない 単立宗教法人から成ります。

 

 宗教法人の数は 平成23年12月末現在以下の通りです;

        包括宗教法人  被包括宗教法人 単位宗教法人   教師数        信者数

神道        130       83,047     2,040    77,434     100,770千人

仏教        168       74,740     2,660   332,911      84,708千人 

キリスト教      69        2,837     1,722    29,160       1,920千人 

諸教         30       14,335       422   131,580       9,490千人  

計         397       174,959     6,844   571,985     196,888千人

 

   今回は以上です。 

祭壇

 今回は祭壇に付いて書かせて頂きました。

 

 祭壇とは 神、仏、精霊、あるいは死者などに 供物や犠牲を捧げる為の壇ををさします。祭壇の形状は多様で 台状あるいは板状の自然石を用いた石壇、土を盛り上げて作る土壇、石を積み上げて作る石積壇、そして木材などの自然物を加工して作られたもの等が御座います。

 

 葬儀で用いる祭壇を葬儀壇とも言います。仏教の古くからの仕来りでは 葬儀は 自宅での法要と 葬列を組んで蔡場 あるいは菩提寺に行ってからの法要と 二段構えでした。現在の都市部では この二つの法要は合体して 一つの法要となり、その飾り付けは 蔡場 或いは菩提寺の祭壇を原型として居ります。

 

 葬列では 柩は白木の輿に乗せられて運ばれ、そのまま蔡場に安置されます。時代の変化と共に 白木の輿に色々な装飾が施され、荘厳な祭壇へと変化して 現在の祭壇が出来上がりました。

 

 葬儀に於ける祭壇の位置付けは必ずしも明確では有りません。宗教儀礼として葬儀を営むのであれば 仏あるいは神の導きによって故人さまをあの世にお送りする事が基本となります。仏教では 仏を供養する事によって得られた功徳を故人さまに振り向けることから 祭壇は仏の供養の為に設けます。キリスト教の場合は 神を対象とした礼拝が中心となり、祭壇は神への礼拝の為に設けます。そして 告別式は 故人さまとご遺族や会葬者の方とのお別れが中心となり、祭壇はその為に設けられるべきです。

 

 葬儀と告別式では目的が異なりますので 祭壇も異なるべきですが、現在の葬送儀礼では 時間の制約も有り 葬儀と告別氏を同時に行うことが一般的となり その祭壇も両方を目的として設けられる様になりました。故人さまのお好きな花で飾った花祭壇などは より告別を主と考えた祭壇と言えるのではないでしょうか。

 

   今回は以上です。

霊柩車

 今回は霊柩車の費用に付いて書かせて頂きました。

 

 霊柩車とは 貨物自動車運送事業法に規定される 遺体の搬送に使用する特殊用途自動車を言います。そして 霊柩運送事業は 国土交通省管轄の許可事業となって居り、許可のない車でご遺体を搬送し 費用を請求する事は 法律違反となります。又 その料金も事前届け出制となって居ります。

 

 霊柩車の型式は 多きく分けて 宮型、洋型、バン型、バス型の4種類が有ります。

宮型は 車の後部(棺室)を輿の様に宗教的な装飾を施し、主として火葬場にご遺体を搬送する為に使用します。

洋型は 高級ワゴン車の後部リムジン化して 棺室として使用し 特別な装飾は施しません、このタイプも 主として ご遺体を火葬場に搬送する為に使用します。

バン型は バンやステーションワゴンの後部を棺室に改造して使用し、火葬場への搬送だけではなく 病院、自宅、葬儀会場間での搬送等にも使用する 多目的車です。霊柩車とは呼ばずに 寝台車、搬送車などと呼ばれます。

バス型は ご遺体と共にご遺族、ご親族を乗せて運用する形の霊柩車です。

 

 霊柩車の費用は出発車庫より目的地までの運賃となり その体系は 運賃、諸費用、実費からなります。

運賃は 基本額、加算額、特別加算額を足したものが費用となります。

  基本額は 霊柩車の型式により費用は異なりますが、最初の10Km以内の運賃となります。

  加算額は 走行距離が10Kmを超える場合の運賃で、10Km単位で加算されます。尚 ご遺体を届けた後  の 復路については費用請求はされません。

  特別加算額は 深夜・早朝に於ける作業の割増費用です。30分箪位で費用が必要となります。

諸費用は 特殊仕様車料金、遺骨宅送料、車両留置料等です。

実費は 有料自動車道使用料、フェリーボート使用料、駐車料金、依頼人の特別要請にもとずく作業実費などです。

 

   今回は以上です。

虚空蔵菩薩

 今回は虚空蔵菩薩に付いて書かせて頂きました。

 

 十三仏信仰に於ける 三十三回忌の審理は法界王が司ります。法界王の本地は 虚空蔵菩薩となり、虚空蔵菩薩を仏菩薩と擬定して 法要を執り行います、この法要をもって弔い上げ(問切りとも言います)となり、故人様は ご先祖の中の仏の一人となります。

 

 虚空蔵菩薩は 梵名をアーカーシャ・ガルバと呼ばれ 仏教の信仰対象である菩薩の一尊です。アーカーシャ・ガルバは 虚空の母胎 を意味して居り、広大な宇宙の様に無限の智慧と慈悲を持つ菩薩と説かれて居ります。知恵、知識、そして記憶に利益をもたらす菩薩として信仰され、記憶力増進を祈念する修法(虚空蔵求聞持法)をもちます。その修法は 真言を百日間かけて 百万回唱えるというものです、これを修めた行者は あらゆる教典を記憶し、理解して忘れる事がなくなるとされます。

 

 良く知られている伝説としては 空海は 室戸岬の洞窟 御厨人窟に籠り 虚空蔵求聞持法を修めたとされます。日蓮もまた12歳のおりに 仏道を志すにあたって虚空蔵菩薩に21日間の祈願を行ったと言われます。又 京都の法輪寺では 13歳になった子供達が虚空蔵菩薩から知恵を授かりにお参りする十三詣りと呼ばれる行事も行われて居ります。

 

 虚空蔵菩薩の像容は 右手に宝剣、左手に如意宝珠を持つ形と 右手は掌を見せて下げる与願印の印相をし、左手に如意宝珠を持つ形があります。著名な作例と致しましては 東京国立博物館蔵の画像、奈良 大和郡山市の額安寺像、京都 広隆寺講堂像などが有ります。又 法隆寺の百済観音像は 宝冠が見つかる明治時代前半までは 墨蹟銘から 虚空蔵菩薩像と呼ばれて居りました。

更に 五大虚空蔵菩薩と言われる像も御座います。これは 虚空蔵菩薩のみ5体を群像として表したもので、虚空蔵菩薩の五つの知恵を5体の菩薩像で表わしたものとされて居ります。

 

   今回は以上です。

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