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横浜市での葬儀・葬儀の後の忌と喪

日本に於きましては古くより死者の霊を然るべき期間偲び弔う文化がつくられて居りました。

その文化は仏教の伝来とともに融合して”忌(き)”、そして”喪(も)”の期間として定着しました。

1 忌・忌中

故人様がご逝去されてから四十九日法要が営まれるまでの期間を忌の期間と定め、その期間は忌中と呼ばれます。

忌中とは、日本では古くから”死は穢れたもの”と考えられ、

近親者が亡くなったとき、その穢れを祝いの場などにに持ち込まない様、

外出を控え、社交的な行動を避けて身を慎む期間とされました。

又、この期間には殺生をしては成りませんので、魚や肉を食する事が出来ません。

その期間は亡くなられてから四十九日(神道では五十日祭)の法要を終えるまでとされます。

当然、キリスト教では死を穢れとは捉えませんので忌の概念は有りません。

又、浄土真宗でも死を穢れとは考えませんので、忌を考慮する事は有りません。

そして 忌中には四華を飾り、玄関に忌中札を掲げます。

忌中札とは玄関に忌中と書いた札を掲げるものですが、

死穢を他に及ぼさぬ様、告知し、遺族は死の穢れに染まっているので籠っている事をお知らせするお札です。

様々な形式が有りますが、簾を裏に返して垂らし、そこに忌中と書いた紙をはる事も有ります。

最近は昔の死穢観念の名残りであるとして用いない事も多く成りました。

お経

2 喪・喪中

1)喪とは

喪(英語ではmourning)とは

身近な方や心を寄せる方、尊ぶべき方のご逝去を受けて、それを悲しむ者が 

日常生活とは異なる儀礼的禁忌状態の中に一定期間身を置く事を言います。

2)服喪

喪の状態に身を置く事を”喪に服する”と言い、

服喪(ふくも)・喪服(もふく)・忌服(きぶく) 服忌(ぶっき)などとも言います。

喪の期間に身を置いている事を喪中、服喪期間、忌服期間と言います。

日本に於いては死は穢れの一種であるとされ、

それに関与した者は一時的に地域社会の慶事から外すことにより

穢れを他に伝播させないとの意味合いを持ちました。

喪の服するケースは、身近な方が亡くなられた場合(喪主様はこのケースとなります)、

最高為政者・最高権力者・多くの人々から尊敬を集めた方が亡くなられた際に服喪します。

近い例ではタイ王国のプミポン国王が崩御され、タイ王国国民は1年間の喪に服しました。

喪中の服装は葬儀の時と同じ喪服であるべきですが、

現実には華美に流れない控え目な服装であれば良いと思います。

蓮の花

3)服喪の期間

喪中の期間は故人様との関係や宗派により大きく異なります。

喪中の期間は忌と服の期間に分けられます。

忌の期間は死の穢れが身に付いている期間とされ、

古くは家の中に籠り、穢れが他の人に移らぬ様外部との接触をたち、

故人様の為の祈りに専念する期間であるとされました。

現代ではそれ程厳密である必要は有りませんが、同様の心持で生活される事をお薦め致します。

喪主様の忌の期間は最長で仏教では四十九日法要まで、神道では五十日祭までとなります。

服喪の期間は故人様への哀悼の気持ちを表わす期間で、一周忌法要までの一年間となります。

4)服喪期間の心得

現代の横浜でその間に控えなければならない事項は;

慶事を執り行う事、慶事への出席、正月の挨拶(年賀状の出状を含む)、殺生を行うこと、などです。

日本に於いて喪中とは大変重要な期間と認識されて居り、歴史を左右した事もしばしば見られます。

有名なお話としては、平安時代末期に左大臣として強権を振るった藤原頼長は政争により失脚しましたが、

復権を画策する時期が妻の服喪期間と重なり、宮中への参内が許されず、機会を失うことと成りました。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・喪主の服装

喪主とは故人様の葬送儀礼(葬儀)の全てを主宰する方を指して言います。

葬儀後の故人様の供養を主宰する人(祭祀承継者となるべき方)が務めます。

そして、儀礼に際しては然るべき服装で臨まなければなりません。

告別式花祭壇

1 喪主の服装

1)喪主様は喪服を着用

喪主様はご葬儀や法要を執り行う際に喪服を着用して臨むのが礼儀です。

喪服とは葬儀や法事などに参加する際に着用する礼服です。

藤衣(もぎぬ)や喪衣(もごろも)とも呼ばれます。

本来、喪服とは喪主様・ご遺族が喪に服している事を示す服装ですが、

現代では儀礼に際してのみ着用する礼装として位置ずけられる様になりました。

2)正式な喪服と略式の喪服

 喪主の服装

 ―喪主様は喪服を着用

喪主様はご葬儀や法要を執り行う際には喪服の着用が礼儀です。

喪服とは葬儀や法事などに参加する際に着用する礼服です。

藤衣(もぎぬ)や喪衣(もごろも)とも呼ばれます。

本来喪服とは、喪主様・ご遺族が喪に服している事を示すものですが、

現代では儀礼に際してのみ着用せるのが一般的と成りました。

-正式な喪服と略式の喪服

正式と略式と呼ばれるものがあります。

喪主様は正式な喪服を着用します。

男性の正式礼装は;

洋装であればモーニングコートに黒とグレーの縦縞のズボンを合わせ、Yシャツは白、

ネクタイは黒無地を着用します。

ただし、モーニングコートは昼間の正装ですので、夕刻に行われる通夜では着用しません。

通夜では略式礼服を着用します。

尚、フロントボタンは慶事の際の拝み合わせでは無く普通の合わせ、

カフスボタンは光る物は避けます、付けなくても構いません。

靴下は黒無地、靴は黒のプレーンなものを着用します。

-和装での喪服

和装であれば;

黒羽二重染め抜き五つ紋の着物に角帯で締め、仙台平のはかまを履いて羽織を着用します。

足袋は白もしくは黒、草履の鼻緒は黒です。

-最近の喪服

最近の横浜では喪主様であっても正式礼装を着用するケースは少なくなり、

喪主様、ご遺族、一般会葬者の方々が通夜、葬儀、告別式をとうして略式礼装を着用される様に成りました。

-喪服の統一

ご葬儀を営むに当たり気を付けたい事として、

喪主様と葬儀委員長、世話人代表は葬儀の中で同格ですので服装の統一をはかります。

喪主様は略式礼装、葬儀委員長は正式礼装を着用という様なちぐはぐにならぬ様に気を付けねが成りません。

-女性の喪服

女性の正式礼装は、

洋装であれば、黒無地のオーソドックスなデザインの ワンピース、スーツ、アンサンブルとなり 

透けていたり光沢のある素材は避けます。

襟元がつまったデザインで、袖は長め、スカート丈は膝が隠れる程度にします。

和装では、黒無地染め抜き五つ紋付きで、半えりと足袋は白ですが 

それ以外の帯や帯揚げ、帯締めなどの小物は全て黒にします。

バック、靴、草履は布製のものが正式です。

尚、つやの無いシンプルなものであれば革製でも構いません。

-制服の着用

幼少の方が喪主の場合は学生服を着用します。

警察官。自衛官・消防官・海上保安庁など職業上制服を着用される方は 

喪服の代りに制服を着用するケースも御座います。

その場合は 記章・略章等をはずす事が望ましい。

2 喪服の色

日本に於いて、江戸時代までは喪服の色は白又は水色の無紋の麻の上下で、

女性も白絹白麻布の着物に白絹白綸子の帯を着用しました。

又、江戸では染服に小紋の上下を着用して居りました。

それが明治11年大久保利通の葬儀に当たり多くの会葬者が黒の大礼服を着用した事から、

上流社会の中では黒が喪の色として認識され始め、明治時代を通して庶民の間にも黒の喪服が定着して行きました。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・葬儀の主宰者・喪主

喪主(もしゅ)とは葬儀の主宰者を言います。

葬儀後の故人様の供養を主宰する人(祭祀承継者となるべき方)が務めます。

喪主は喪に服す遺族の代表者として、葬儀を取り仕切るだけではなく、

故人の御霊をお守りすることが第一の役割です。

元々はケガレ(死)を嫌う神に対して、喪に服し身を慎む家族の代表者を喪主としておりました。 

尚、神式のご葬儀ではお見送りの主宰者は斎主と呼ばれます。

花祭壇

1 喪主を務める方とその役目

1)喪主を務める方

一般的には家長に相当する方、若しくは家長と成るべき方が喪主を務めます。

しかしながら、以前の様な家制度は現在存続して居らず、

現在では故人様の配偶者、ご長男、男のお子様が居られない場合はご長女、故人様が独身の場合は親御様、

ご長男が幼少の場合はご長男が喪主を務め ご親族の中から然るべき方を後見人とされるのが一般的です。

2)喪主様のお務め

喪主様はご遺族の代表者であり、葬儀の主宰者です。

葬儀の運営や進行を司る、葬儀委員長・世話役・葬儀社を指揮すると共に、

遺族の代表者として弔問客への応対に務めなければ成りません。

通夜式の服装

3)喪主様にお決め頂く事

喪主をお努めに成られた方は、まずご葬儀の方針をお決め頂かなければ成りません。

主要なポイントとしては;

 -葬儀の形式

日本に於ける葬儀の形式では95%を超える御家庭が仏式で葬儀を行って居りますが、

同じ仏式でもご宗派によって仕来りが異なりますので、

菩提寺、或いは葬儀社から紹介されたご住職との確認が必要です。

故人様の宗旨が家の宗旨と異なる場合や、宗旨は同じでも宗派が異なる場合は、

故人様の生前のご遺志を尊重頂くのが良いと考えます。

但し、家として寺院墓地をお持ちの場合は、

戒名を頂いていないと納骨が出来ないなど問題が起こる可能性が有りますので、

菩提寺ご住職に相談するなど慎重な検討が必要です。

又、無宗教葬で戒名を付けない場合や、戒名を他のお寺から頂いた場合などでも、同様の問題が発生します。

花祭壇

ー葬儀の規模

葬儀の規模は、故人様の社会的地位、交際範囲、遺志、葬家の意向、経済的条件などを 

考え合わせてお決め頂きます。

かっては、本家・分家の関係、地域の慣習などにより葬儀の規模が決められて居りましたが、

現在では故人様とご葬家の意向が優先される様に変化致しました。

世間体に捉われて、経済的に無理をしてまで大規模な葬儀を営む必要は御座いませ。

ご家族だけで故人様とゆっくりお見送りをしたいのであれば、家族葬を選択されるのもその一選択肢です。

百合花祭壇

-通夜・葬儀の場所

通夜・葬儀の式場は、かってはご自宅で行うのが通常でしたが、

現代の住宅事情などを考慮すると、ご自宅以外で行うのが一般的となりました。

以前はマンションや団地の集会所を利用する事も多く有りましたが、

現在ではほとんど行われる事も無くなっております。

現在では、ホテル、菩提寺、私営斎場、公営斎場など設備が整えられた式場で営まれる事が多くなりました。

横浜市内には市営斎場が3ヶ所有ります(緑区・戸塚区・金沢区)。

これらの斎場は設備も整い、火葬場が隣接している事からマイクロバスの手配など不要で、

横浜市内在住の方には廉価で利用する事が出来ます。

その為、予約に時間がかかる事も御座いますが、余りあるべネフィットが御座います。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・季節の花で飾る花祭壇

生花祭壇を構成するお花は白菊や白のカーネーションなどが主体でした。

これは葬儀を荘厳な式にする為のデザインの一つでした。

しかし現代では故人様の人生を表わした彩が求められる様になり、

お好みのお花を組み合わせた生花祭壇をお受けする事も多くなりました。

又、バラやあざみなどトゲを持つ花で祭壇を飾る事はタブ-とされて居りますが、

ひかりの杜ではご希望に合わせ全てのトゲを取りさった上で

祭壇のお花としてご利用頂く事もしばしば御座います。

葬儀について

1 生花祭壇

1)水仙の生花祭壇

水仙が華やぐ季節は12月~2月ですが、

寒い冬のご葬儀で黄色の水仙を白い花祭壇のアクセントとして飾らせて頂いたり、

黄色の水仙を中心とした花祭壇をデザインさせて頂く事も御座います。

尚 水仙の花言葉は “うぬぼれ、自己愛”です。水仙は西区の区花でもあります。

2)梅の生花祭壇

現代では花見と言えば桜を思い浮かべますが、この習慣は江戸時代に一般化したものです。

それ以前の平安時代など、花見は梅を前提としていました。

ひかりの杜では生花祭壇を飾らせていただく際、2~3月の季節時にはご希望により 

ご遺影の周囲に梅の枝をお供えし、祭壇全体をより高潔な雰囲気にデザインさせて頂きます。

梅は港北区の区花でも有ります。

3)チュ-リップの生花祭壇

チューリップが華やぐ季節は3月~5月ですが、この季節、ご葬家様のご希望に合わせて

お好みの色のチューリップを生花祭壇のアクセントとしてデザインさせて頂だいて居ります。

チュ-リップの花言葉は “思いやり”、中区の区花です。

4)桜の生花祭壇

桜の花の華やかな季節は3月~4月です。

薄いピンク儚げな花は、日本人の心に染みる花でもあります。

この季節に “今年の桜も見たかった”と名残りを残した故人様のため、

ひかりの杜では祭壇に安置された故人様のご遺影の周りを桜の花で飾らせて頂いております。

あるいは、家族葬でお柩の周りを桜の花で囲んでお見送りケースも御座います。

桜の花言葉は『精神の美、優美な女性』、南区と戸塚区の区花でもあります。

5)桜草の生花祭壇

西洋にはギリシア神話を由来とした花言葉もあります。

花の女神フローラの息子パラリソスが恋人のニンフを失ってしまい、悲しみでやつれて最後には死んでしまいます。

フローラはそんな息子を不憫に思い、彼の姿を早春一番に咲く「桜草」に変えたと語られています。

そのため「桜草」は『悲しみや死のシンボル』とされています。

季節となる4~5月には焼香台に置かれたご遺影の周りを可憐な桜草で飾らさせて頂いて居ります。

さくら草は旭区の区花です。

6)菖蒲(あやめ)の生花祭壇

菖蒲は水と緑をイメージした花で、その華やぐ季節は5月です。

菖蒲の花言葉は“良き便り、吉報”で、お見送りの儀式には相応しくありませんが、

美しい紫の花は生花祭壇を荘厳するに相応しく、

紫を主体とした祭壇をデザインする際には 利用させて頂いて居ります。

7)紫陽花(アジサイ)の生花祭壇

紫陽花の華やぐ季節は梅雨時期の6月~7月です。

紫陽花は開花の後、順次色が変化して行くお花です。

従いましてその中から色々な色を利用する事が出来ます。

白い花祭壇のアクセントとして大変便利なお花です。

紫陽花は瀬谷区の区花でもあります。

8)桔梗(キキョウ)の生花祭壇

桔梗が華やぐ季節は6月~9月です。

万葉集の中で秋の七草と歌われている可憐な紫の花ですが、残念ながら絶滅危惧種に指定されて居ります。

暑い夏のお見送り儀式の中で、一涼を感じさせるお花でも有ります。

9)牡丹(ボタン)の生花祭壇

牡丹の華やぐ季節は、多くの種が有り、種により季節が異なる為、トータルとしては非常に長く

10月~5月となります。

牡丹は、立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹(ぼたん)の言葉通り花の中の女王です。

生花祭壇の中では赤や紫の牡丹を貴重なアクセントとしてデザインさせて頂いて居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お花に囲まれたお旅立ち

何れの古代文明にも然るべき神が存在し、人の力を超えた何かを神に願い、祈祷が行われました。

その際、神への捧げ物を供える台が祭壇の起源です。

従いまして、祭壇とは神、聖霊、や死者等に犠牲や供え物を捧げる壇を指して言います。

その祭壇を風雨から守る為に屋根や壁が設けられ、時代とともに神殿、教会、寺院、神社として 

私達の生活の中で発展しました。

古くは、旅立ちに於ける祭壇は控え目な小机でしたが、

明治時代以降、葬送儀礼の中心が葬列から葬儀式・告別式へと変化する中で 

葬儀式場の祭壇はより大きく華やかな形へと変化して行きます。

そして、現代では華やかさを型作る素材は形式的な白木祭壇から、

事後にも有効利用が可能な生花祭壇へと変化して参りました。

最近多く頂くコメントは 

“会葬者は身近な方のみで良いが、ご自分が好きだった花に囲まれて旅立ちたい”と言うものです。

1 宗教により異なる祭壇

祭壇の形態は板状の自然石を用いた石壇、土を盛り上げて作る土壇(インドの仏教は土壇が始まり)、

石を積み上げて作る石積壇、地面に獣の皮やコモを敷いて作る祭壇など多様に渡ります。

当初は自然物をそのまま使用したり、簡単な加工を加えた祭壇でしたが、

神殿の建設が可能になると、培われた技術をもとにした複雑な構造の祭壇も造られて行きました。

祭壇の形式、形状は宗教により異なります。

ちなみに、世界最大の祭壇は中国北京市東城区に位置し、

明国の永楽帝が1420年に建立したとされる、天地壇が御座います。

その敷地面積は273万㎡(約 東京ドーム60個分)です。

1)仏教の祭壇

仏教に於ける祭壇としては、常設の祭壇として寺院内に設けられ仏像を安置する須弥壇、家庭内に設置する仏壇、

仮設の祭壇としてご遺体の枕元で飾る枕飾り、葬儀の際に設ける葬儀壇、四十九日法要まで設置される中陰壇 

盆に設置する精霊棚(盆棚とも言う)などが御座います。

2)神道の祭壇

神道に於いて、古くは常設の祭壇は無く、正月など適時行われる祭事の際に歳棚が設けられて居りました。

神棚が常設される様になるのは中世以降のことです。

神社内で神像を祀る場合は神像を中心に屋根で覆ったり、厨子や乗輿を用いて祠をつくるのが一般的です。

神社の神が自然物の場合などでは、石で囲んだり(磐境)、神拓地に常磐木を立てて神座としたり(神離)、

特別に壇を設けない場合も祭壇と位置図けられます。

又、仏教の仏壇と同様に故人様をお祀りする場合は神棚の他に祖霊舎を設けます。

3)キリスト教の祭壇

キリスト教では聖堂内に於いてミサ聖祭を行う台を祭壇と呼びます。

但し、正教会の至聖所にある聖体礼儀が行われる台は祭壇とは呼ばず宝座と呼ばれます。

キリスト教の祭壇はイエス・キリストの“最後の晩餐”で使われた食卓を模ったもので、

材料は石と定められて居りました。

しかしながら、現在では木製や金属製の祭壇も許されて居り、各種の装飾も施される様に成りました。

2 葬儀に於ける祭壇

1)祭壇の位置付け

宗教儀礼としての葬儀に於ける祭壇の位置付けに付いては色々な考え方が有ります。

ー仏教であれば“仏を供養する事によって得られる功徳を故人様に振り向ける” 事から 

祭壇の中心は仏様の本尊であります。

ーキリスト教では、故人が地上での罪を許されて神のもとに召される事を神に礼拝する事から 

祭壇の中心は神となります。

ーそして、告別式は故人様とご遺族・会葬者の方々とのお別れが中心となりますので 

祭壇の中心は 故人様のご遺体となります。

現代の横浜では、葬儀式と告別式は同時に行われるのが通例となって居りますので、

祭壇の中心は御本尊と故人様が同時に祀られる形となって居ります。

但し、キリスト教ではあくまでも祭壇の中心は神となります。

勿論、無宗教葬の場合は故人様が祭壇の中心にお祀りされる事と成ります。

3 生花祭壇のご利用

祭壇に生花を用いる例は、以前では著名人のお別れ会や社葬など大規模な葬儀に限られて居りましたが、

現在では家族葬等の小規模な葬儀でも利用できる様に成りました。

費用的にも白木祭壇より廉価な費用でご採用頂けます。

又、花祭壇で利用したお花は故人様のお柩を飾る御花として使用させて頂くと共に、

忌中の後飾りに利用する生花やご仏壇の仏花としてもご利用頂けます。

1)生花祭壇に使用するお花

生花祭壇を構成するお花は白菊や白のカーネーションなどが主体でした。

これは葬儀を荘厳な式にする為のデザインの一つでした。

しかし、現代では故人様の人生を表わした彩が求められる様になり、

お好みのお花を組み合わせた生花祭壇をお受けする事も多くなりました。

又、バラやあざみなど、トゲを持つ花で祭壇を飾る事はタブ-とされて居りますが、

ひかりの杜ではご希望頂ければ全てのトゲを取りさった上で 

祭壇のお花としてご利用頂く事もしばしば御座います。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・良い葬儀社の選択

現代の横浜では多くの葬儀社がお見送りのお手伝いを致して居ります。

そうした中で良いお見送りを営む為のポイントに付いて書かせて頂きました。

1 葬儀業者の選択ポイント

 葬儀業者を選択するに当たり大切な項目は以下の通りです。

① 面談した担当者に信頼が置けるか?

② その担当者は葬儀を含め一周忌法要までの全ての関連事項のコーディネーターとして信頼出来るか。

③ 依頼の窓口は常に同一の担当者である事。

④ 葬儀の規模、費用、サービスの内容は ご希望の葬儀の範囲内か。

⑤ 見積書には変動要素が含まれている事。

2 身近にどの様な葬儀業者があるか

ご自分の近くにどの様な葬儀業者があるかを知る方法と致しましては

ー入院中の病院からの紹介、

ー事故に遭遇した所轄警察署からの紹介、

ー看板広告、パンフレット、

ーそして最近は容易となったインターネット検索により調べる 

等が有ります。

又、葬儀業者の事業規模も地元に密着した小規模な業者から全国規模の業者まで多岐に渡ります。

これらの中からご希望に合う業者を選び出す事は困難な様に感じられますが、

ご自分が希望する葬儀の形が明確であればそれ程困難な作業では有りません。

1)大手、有名葬儀業者

全国規模の大手・有名葬儀業者はスケールメリットを生かし、

葬儀費用の全国平均などを考慮して費用設定をして居り、参考となる費用構造です。

又、プランと呼ばれる廉価なセット料金も示されて居り、利用し易いとも言えます。

但し、葬儀費用の相場はその地域により大きく異なりますので、その点は注意が必要です。

サービスの質は全国共通が前提となって居りますので、

特別なご希望は高額な見積となる場合も有りますので、同じく注意が必要です。

2)病院・警察で紹介される葬儀業者 

病院で亡くなられた方のご遺族が葬儀業者を決めて居ない場合

病院側に問い合せると葬儀業者を紹介してくれます。

又、万一の事故等で亡くなられた方のご遺族には

必要に応じて警察署にて葬儀業者を紹介してくれます。

何れの場合も紹介される葬儀業者は然るべき規模の葬儀業者ですので、

お手伝いに支障をきたす心配は有りませんが、

ある一定規模の葬儀を前提としてお手伝いを行う場合も有りますので、

その場合は割高な葬儀費用と成り得ます。

3)地元の小さな葬儀社

小さな葬儀社は地元で然るべき評判を得なければ永く経営を続ける事は出来ませんので 

長年続いた葬儀業者は然るべきサービスの質を維持した葬儀業者と言えます。

又、葬儀費用もその地域の相場を反映した見積と成ります。

但し、古くから葬儀業界に携わる業者の中には追加費用は当然かかるものと考えるケースも多く見られ、

この点は要注意となります。

4)インターネットを利用した葬儀業者

現代では、全ての葬儀業者がインタ-ネット上にWEbサイトを持って居りますが、

その中身は従来の営業形態にWebサイトを追加した葬儀業者と、

Webサイトのみを営業ツールとする葬儀業者とに二分されます。

従来からの営業形態では多額の営業間接経費が必要とされましたが、

Webサイトのみの場合はこの間接経費は大幅に削減が可能となり、

ご遺族様のご負担も大きく削減する事が可能となりました。

ネットで葬儀業者を検索される場合にはこの点を頭の片隅に置いて検索されると良いでしょう。 

不対称花祭壇

5)プランとは

最近のWebサイトでは、

家族葬プラン、一般葬プラン、火葬儀プラン等、プランと呼ばれる言葉が多く見られます。

これは葬儀のセット費用です。

特定条件の下、葬儀に必要最低限な項目を組み合わせて積み重ねた金額より廉価に提供するサービスです。

従いましてご遺族様がお考えの項目がどの程度含まれているかは良く確認頂く必要が御座います。

特別なご希望が有る場合は別途の企画を用意する事も可能です。

   今回は以上です。

c横浜市での葬儀・葬儀社のお手伝い

少子高齢化、核家族化が進んで居ります現代の横浜に於きましては、

特別なお立場の方を除いて葬儀を執り行う当事者となられる機会はそれ程多く有りません。

又、ご家族・ご親族の長老の方から適切なアドバイスを頂ける機会も少なく成りました。

そうした中でご家族のどなたかに万一が起こりました場合には

大切な方のお見送りを取り仕切らなければ成りません。

その主要な部分をお手伝いさせて頂くのが葬儀社となります。

ご希望される葬儀・お見送りをお手伝いさせて頂く葬儀社の作業に付いて書かせて頂きました。

葬儀について

1 葬儀社がお手伝いできる事

葬儀社がお手伝い出来る事柄としては葬儀社本来の作業と、必要な関係者をご紹介する事の二つに分かれます。

1)葬儀社本来の作業

ーお見積書の提出と成約

生前予約であればご本人様、ご逝去後であれば喪主様、そして身近のご親族様より

ご希望されるご葬儀の内容をお聞きした上で葬儀全般に必要とされる費用の見積書が提出されます。

見積書には変動要素も明記されていなければ成りません。

以上をご確認の上で成約の意思表示を頂き作業が開始される事と成ります。

尚、葬儀の内容とは; 

  ご宗旨、ご宗派、宗教家の依頼先、会葬者予定数、ご希望の式場、

  式場内デコレーション、ご希望の祭壇、ご希望の日取り、ご予算、その他のご希望、などです。

ーご遺体の移送

病院で亡くなられた場合、ご遺体は病院からご自宅へ移送され、安置されます。

その後、通夜式前にご自宅から式場へ、更に葬儀後式場から火葬場へと移送されご火葬と成ります。

ーご遺体の保全

故人様のご遺体は生命活動が停止した後、お体の状態は急速に悪化して行きます。

従いまして、ご遺体が変化しない様、保全処置が施さなければ成りません。

一般的にはドライアイスを使用してご遺体を保全します。

ご遺体安置中、通夜式、葬儀式の間、継続して保全されなければ成りません。

直接

ー枕飾りの設営

ご遺体をご自宅に安置している間、故人様をお祀りする為の小型祭壇が設営されます。

ー式場、火葬炉の予約と全体の流れを示す予定表の提出

ご遺族様ご希望の日取りと式場・火葬炉の空き状況を突き合せ、

通夜式・葬儀式・告別式・ご火葬の日取りを決定して式場・火葬炉の予約を行い、

全体スケジュールを作成して提出。

同時に式場・火葬炉の住所・連絡先・地図・最寄の交通機関等も提出。

ーご遺影写真の作成

故人様、ご遺族様のご希望に合わせたご遺影を作成します。

ー死亡届の提出と火葬許可証の入手(手続きの代行)

死亡診断書をお預かりして、死亡届を該当する市区町村役所に提出し、火葬許可証を受領。

死亡届は故人様ご逝去後7日以内に提出し、火葬許可証はご火葬時に提出しなければ成りません。

ー湯灌・納棺のお手伝い

通夜式の前にはご遺体をお棺の中にお納めしなければ成りません。

お身内の方々の手でご遺体をお浄め(湯灌)し、お棺の中にお納めします。

ー式場の設営

ご遺族様のご希望に合わせて式場内に祭壇を設営し、会場全体をデコレーションします。

ー葬儀全般の管理・運営

通夜式・お清めの席・葬儀式・告別式・ご火葬・ご拾骨に当たり司会進行を担当すると共に、

式場内外の管理・運営を執り行います。

四十九日法要祭壇

ー後飾りの設営

忌中(四十九日法要までの間)の間お骨壺を安置しお祀りする為の祭壇をご自宅に設営します。

ー最終見積書と請求書の提出 

当初見積書の内容に変動項目を追加した最終費用明細を提出し、ご同意を得た上で請求書の提出。

ーその他

ご遺体をご自宅に安置出来ない場合の安置設備、

棺、骨壺、白木位牌、仏衣(神衣)、その他 、儀に必要な葬具一式が提供されます。

2 葬儀社がご紹介出来る事項

1)お料理

ご葬儀に於いてお料理を用意する機会は通夜式後のお清めの席と、初七日法要後のお斎の席が有ります。

用意するお料理のメニューは宗旨 宗派 地域により定められたメニューが有りますが、

現代の横浜ではそれ程厳密に考えなくても良い状態です。

この仕出し料理はご遺族のご希望に合わせた料理屋を葬儀社がご紹介する形が一般的です。

2)会葬礼状、会葬御礼品、お香典返し

これらの礼状、品物はご遺族様のご希望に合わせて、必要な業者を適時紹介する形が一般的です。

3)宗教家の紹介

ご葬儀を司る宗教家は仏教であれば檀家寺、神道であれば日頃お参りする神社、

キリスト教であれば所属する教会にお願いするのが基本ですが、

檀家寺・神社・教会との交わりもそれ程無いが無宗教葬では、と考えられるご遺族には 

ご希望される宗教家をご紹介する事も可能です。

4)霊園

現代の横浜では墓地を保有しないご家族も少なく有りません、

そんなご遺族の為にご希望に合わせて霊園をご紹介出来る葬儀社も多くなりました。

以上ですが、

ひかりの杜では一周忌が営まれるまでの間、葬送儀礼に関わる全ての事柄につき

同じ担当者が継続してお手伝いさせて頂きます。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・ご臨終前/後の連絡

ご看病中のご家族に担当の医師より”しかるべき方々にご連絡を”との診断を受けましたら、

ご家族・ご親戚・知人・友人のなかでご臨終前に面会させたい方々に然るべき連絡を入れます。

1 臨終前のご連絡

医師からご家族の危篤を告げられましたら、まず 息のある内に会わせたい人々に至急連絡を取ります。

1)一般的に 危篤を知らせる範囲と順位は;

①家族と3等親くらいまでの近親者、

②特に繋がりの深い友人・知人、

③勤務先・学校・関係団体などでお付き合いの深い方、

以上が目安ですが、本人が会いたがっている人やご家族が知らせたい人が優先となります。

仮に現在交流が無い場合でも、親、兄弟、深い繋がりを持っていた方には連絡すべきです。

ご親戚でも日頃の交流が無い方には連絡する必要は有りません。

危篤の連絡は電話で行います。

2)連絡の方法

この連絡は無礼講ですので深夜・早朝でも構いません。

電話で連絡が取れない場合はファクシミリ、メール、電報などにより連絡します。

連絡の内容は;

①危篤者の病状、

②危篤者の居る場所の住所、電話番号、病院の科名、病室番号、交通機関、道順、

③何時ごろ来て欲しいのか、などで 

“〇〇が危篤となりました 最後に一目会って頂けませんか”と付け加えます。

お見取り

2 臨終後の連絡

ご臨終の連絡は臨終に立会えなかった家族、近親者、故人様と親しかった友人・知人、

勤務先、学校、関係団体、隣近所、町内会などですが、

ー直ぐに知らせなければならない方と、

ー葬儀の日取りが決まってからお知らせする方

とに分けて連絡します。

ー連絡を全ての方にご遺族だけでするのが大変な場合は

カテゴリー毎の代表者に連絡をして、その後の関連の方への連絡はお任せします。

ー又、葬儀でお世話になる宗教者(菩提寺の住職、神官、神父、牧師)にも連絡を入れ 

葬儀のお願いと、ご予定を確認して置きます。

これはご葬儀の日程を決める際に必要と成ります。

菊

1)連絡は電話で構いません、通常の挨拶は省いて; 

“〇〇の長男〇〇でございます。

本日〇時 父が亡くなりましたのでお知らせ致します”と伝えます。

ー葬儀日程が決まってから連絡する場合は

“〇〇の次男〇〇で御座います父が本日〇時に死去致しました。

通夜は〇月〇日〇時より、葬儀・告別式は〇月〇日〇時より、

ともに〇〇会館で仏式にて行いますのでお知らせいたします”と伝えます。

葬儀斎場の住所、電話番号、道順などを用意して於き、必要な方にはFAXします。

連絡は手短に行います、

ー連絡の際には先方に通夜・葬儀への出席可否を聞いては成りません。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓事情・手元供養

核家族化・少子化が進む現代の日本では何世代にも渡り継承する従来型の墓地の維持は困難な状況となりました。

現在の横浜市内の世帯当たりの平均人数は2.2名で、夫婦2名でのご世帯が主流となって居ります。

そうした中で、従来とは異なる形での埋葬・安置を検討されるご家庭も多くなりました。

その一つの形態として手元供養”が御座います。

横浜での海洋散骨

1 手元供養(自宅供養)

手元供養とはご遺骨(ご遺灰)を墓地に埋葬する代わりに、

ご遺骨の全て、若しくは一部を自宅などの手元で保管し、

慰霊・供養の対象を身近に置いて、故人様を偲び続けるという概念です。

自宅供養とも言われ、グリーフケアーの一つとして注目される供養の方法です。

  

1)新たな世代と新たなグリーフケア(悲しみへの対応)

これは死生観、供養観、価値観の多様化と共に生み出されて来た供養の新しい形態です。

現代では宗教的供養を望まない方々も増え、従来の形式に代わる供養の形が求められケースも多く、

少子高齢化による娘一人・単身者の増加による、お墓制度維持の困難さ、

葬儀・供養にかける費用負担限度の低下、都市部住宅事情による仏壇不要論、

身近な人の死によって受ける精神的ダメージを克服する手段(グリーフケアー)として

手元供養(自宅供養)を選択する方が出始めて居ります。

手元供養は大切な人を

ー遠くへ葬りたくはない、

ー供養を人任せにはしたくない、

ー仏壇を置く場所は無いが何かで故人を偲びたい、

ー故人様の気持ちとして無宗教なのでお墓や戒名は不要、

ー自分らしい最後を、残る家族に余計な負担を掛けたくない、

などの気持ちが重なり合って生まれてきた新しい供養の形です。

最愛の方のご遺骨を身近に置く事で心の拠り所となり、

手を合わせ、あるいは握りしめ、故人様を偲び語りかける自由な形の供養でもあります。

2)手元供養の例

手元供養を選択される例と致しましては;

ーお子様や長年連れ添った方など想いの強い方が亡くなられた場合

 お骨を手放す事が出来ず、オブジェにして手元に置いたり、ペンダントにして身に付けたりして

 グリ-フケアの一助として使われる方。

ー散骨や樹木葬などの自然葬を行い、その後ご遺族が手を合わせる対象としてご遺骨の一部を手元供養。

ー墓は不要と考えるが、何かで偲んでもらいたい、その対象として。

ー何等かの事情でお墓が建てられず、その代りとして。

ー次男、三男、嫁いだ身だが、大袈裟でなく、ささやかに両親の供養をしたい。

ー海外生活や 転勤などで墓地の場所が決められないので。

ーお骨の一部を手元に残しておき、携帯出来るお墓として。

ー洋風の生活なので部屋にマッチする仏壇の代りとして。

等が御座います。

3)手元供養の形態

手元供養の具体的な形状としては

ーご遺骨をそのままご自宅でお祀りする形、

ーご遺骨を粉骨して最小化しご自宅でお祀りする形、

ーご遺骨の一部をペンダント等に入れて身に付けておく形、

ー遺骨(遺灰)をリングなどの装飾品に加工して身に付けておく形、

などが御座います。

ひかりの杜ではご遺族のご希望に合わせた各種の加工を承って居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓事情・散骨

核家族化・少子化が進む現代の日本では何世代にも渡り継承する従来型の墓地の維持は困難な状況となりました。

現在の横浜市内の世帯当たりの平均人数は2.2名で、夫婦2名でのご世帯が主流となって居ります。

そうした中で、従来とは異なる形での埋葬方法を検討されるご家庭も多くなっており、

その一つとして散骨が御座います。

鶴見つばさ橋

1 散骨

1)散骨とは

散骨とは死者葬送の方法の一つで、

ご火葬した後の焼骨を粉末状にした上で、山中、海、空、宇宙などへ撒く形の葬送です。

死後は山や海等の想いのある自然の中に帰りたいという故人様のご希望や、

お墓を守る方が居ない、などの理由から選ばれております。

2)散骨の規則

葬送方法を規定した ”墓地、埋葬等に関する法律”では

焼骨の墳墓への埋蔵や、納骨堂に収蔵する為の手続きに付いて定められて居りますが、

これら以外の方法に付いては特段の規定は無い為、法律上散骨をする事が可能です。

但し、私有地、水源地周辺、漁場・養殖場の周辺は避けるべきかと考えます。 

散骨は法務省の”節度をもって行われる限りは違法性はない”と言う見解により認められて居ります。

この”節度をもって”とは、

① 焼骨をそのままでは無く、粉末状(焼灰と同程度)にして原型を無くす事、

② そして、周辺住民から苦情の出ない場所に散布する事が求められます。

尚、北海道長沼町では条例により散骨は認められて居りません。

又、北海道七飯町、長野県諏訪市、北海道岩見沢市、埼玉県秩父市では散骨は条件付きとなって居りますのでご注意下さい。

神奈川県御殿場市は現在散骨の条件等が検討されて居ります。

3)海外での散骨

海外ではアメリカ・ハワイ州等で散骨に関する法律が有り、

法律に反して散骨を行うと、多額の罰金が科せられますので、良くご確認下さい。

又、反対にブータンなどでは宗教上の理由から墳墓を作りませんので、散骨が原則となって居ります。

キリスト教ではカトリックは教会に埋葬する事を前提として居りますので、ご自宅での保管や散骨には否定的です。

プロテスタントでは多くの教派で散骨を許容して居ります。

散骨

3)-散骨の手続き

日本に於いて散骨を行うに当たりましては特に必要な書類や届け出は有りません。

ご希望の場所で、ご希望の時に散骨を行うことが可能ですが、

”節度をもって”の制約から民間業者に希望を伝えてプランを作り、行うのが一般的です。

当社ひかりの杜でも海上、航空、宇宙での散骨をお手伝いさせて頂いて居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓事情・納骨堂

核家族化・少子化が進む現代の日本では何世代にも渡り継承する従来型の墓地の維持は困難な状況となりました。

現在の横浜市内の世帯当たりの平均人数は2.2名で、夫婦2名でのご世帯が一般的となって居ります。

そうした中で、従来とは異なる形での埋葬方法を検討されるご家庭も多くなっております。

その一つとして納骨堂が御座います。

1 納骨堂とは

納骨堂とは“墓地、埋葬に関する法律”に基き都道府県知事より認可を受けた施設で、

お骨壺に納められたご遺骨を安置しておく事が出来る建物です。

管理・運営の主体者により寺院納骨堂、公営納骨堂、私営納骨堂に分かれます。

菊

1)ご遺骨の保管形態

ご遺骨の保管はお墓を建てるまでの短期間、5年間・10年間等の長期保管、永代保管などの形態が御座います。

永代保管の場合は一定期間は何時でもお骨壺に面会する事が可能ですが、

定められた期間以降はご遺骨は特定場所に合祀され、その後の面会は出来ないのが一般的です。

2)納骨堂の起源とメリット

日本に於ける現代の納骨堂はお墓を継承する方が居られない場合や、

経済的な理由でお墓を建立する事が出来ない方々の為に提供が始まりました。

現代では生涯独身の方や、現在お持ちのお墓の維持・管理に負担を感じ始めた方、

お墓が遠方でお参りに行きにくい方などに選ばれる様になって居ります。

お墓を建てるには墓地の永代使用料、墓石代と工事費用、維持管理料等が必要と成りますが、

納骨堂では墓石建立の費用は不要であると共に、使用空間も大幅に小さくなり 

使用料はそれに合わせて少額となります。

百合

3)納骨堂は清掃不要

お墓は屋外に建立され風雨にさらされて居る為、適時清掃をしなければならず、

墓石の老朽化に伴う補修も必要と成ります。

その点、納骨堂ではお骨壺は屋内に安置されて居り、常に清潔な環境の中で保管されて居ると共に 

天候に左右されずお参りする事が可能です。

更に、納骨堂は建物の内部で運営する事が可能で、駅近くに所在する場合は交通の便も大変良くなります。

4)納骨堂でのご遺骨安置

ご遺骨(骨壺)安置の方式としては、ロッカー式、棚式、仏壇式、お墓式などが有ります。

何れの方式も外形は異なりますが、内部にはお骨壺を安置する為の納骨壇と

ご位牌を安置する祭壇が用意されて居ります。

薔薇

5)宗旨は問わない納骨堂

納骨堂は一般的に宗旨を問はずに利用出来ますので、神道 キリスト教のご遺骨も利用が可能です。

5)納骨堂利用に当っての注意事項

納骨堂のご利用に当たりご注意頂く点は、

納骨堂にご遺骨を納骨されますと、納骨された時点でご遺骨の管理主体はご遺族から納骨堂管理者に移行されます。

従いまして、以降は管理者の許可なくご遺骨を持ち出す事は出来ません。

無断で持ち出した場合は法律による処罰の対象となります。

6)モダン化する納骨堂

近年、納骨堂は室内霊園とも呼ばれて増えて居り、マンション形式で多数の納骨壇を持つ施設なども多くなり、

東京都内には9階建の日本最大の屋内霊園なども御座います。

又、香港やシンガポールなど国土の狭い国ではより大型の室内霊園が建てられる傾向に有ります。

7)横浜市営納骨堂

横浜市営の納骨堂としては横浜市久保山霊堂が御座います。

久保山霊堂は横浜市西区元久保町1-1に位置し、

家族納骨壇2000基、短期保管庫910基、大式場・小式場各1の施設を維持して居ります。

家族納骨壇は、扉付きの納骨壇で上部が香炉及び花立が配置された祭壇、

下部は6体分のご遺骨納めることが出来る壇となって居り、

10年間(12万円)、若しくは5年間(6万円)の利用が可能となって居ります。

短期保管庫はロッカー形式の保管庫でご遺骨1体分を安置し、保管期間は1年(3千円)となります。

横浜市民であれば申込みは可能ですが、現在は申込み多数で順番待ちの状態となって居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓事情・樹木葬

核家族化・少子化が進む現代の日本では何世代にも渡り継承する従来型の墓地の維持は困難な状況となりました。

現在の横浜市内の世帯当たりの平均人数は2.2名で、夫婦2名でのご世帯が一般的となって居ります。

そうした中で、維持継承を必要としない埋葬方法を検討されるご家庭も多くなっております。

その一つとして樹木葬・樹林葬が御座います。

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1 樹木葬

日本に於ける樹木葬とは “墓地、埋葬に関する法律” に基き認可された墓地の地中に

ご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、樹木墓地 樹林墓地などとも呼ばれます。

1)樹木葬の歴史

樹木葬の歴史は樹木葬の定義が明確でない為、何時から何処でと言うのが必ずしも明確では有りませんが、

海外での有名な樹木葬墓地としては、環境保護に対する国民性が高く、キリスト教の伝統が必ずしも強く無い、

ドイツ連邦共和国の“ミュウヘン森林墓地”が御座います。

ミュウヘン森林墓地は1899年から1907年の間に造成され、

樹木葬墓地として設計された最初の事例とされます。

現代日本に於ける最初の樹木葬墓地は1999年に開設された岩手県一関市の宗教法人知勝院です。

知勝院では里山にご遺骨を埋葬するタイプと、整備された霊園の区画に埋葬するタイプとが提供されました。

2)東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては、2012年に開設された東京都の小平霊園 樹林墓地が有名です。

又、横浜市営としてはメモリアルグリーン(戸塚区)の合葬式樹木墓地が提供されて居り、

横浜市内の各地でも樹木葬墓地が多数提供され始めて居ります。

3)継承を前提としない樹木葬

現代の横浜に於ける高齢化率は既に25%を超え、家族構成も単身所帯が30%を超える中で、

従来の家族制度を基にした先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では個人個人がご自分のお墓の事を考え、親のお墓の供養をどの様に続けるのか、

考慮しなければならない状況です。

この様な中で継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

4)樹木葬墓地でのご遺骨埋蔵

尚 ご遺骨埋蔵の形態としては; 

岩手県一関市の知勝院では①と③が提供されると共に現地の里山保護にも寄与して居ります。

東京都営の小平霊園では②と③が提供されて居ります。

横浜市営のメモリアルグリーン(戸塚)では③の合葬式樹木墓地が提供されて居ります。

又、多くの私営霊園が樹木葬墓地を提供して居りますが、大多数は④の形態となります。 

面白い形態としては散骨樹木葬と呼ばれ、

島根県壱岐郡海士町に属する無人島カズラ島は島全体が霊園として登録され、

この島の樹林に有料で散骨する事が可能となって居ります。

ー韓国の墓地事情(余談)

これは余談ですが、お隣の国韓国は儒教を基にした葬送文化が過去500年に亘り継承されて来ました。

そのお墓は山野に大きな土葬墓を造成する事で有り、

現在の墳墓の総面積は国土の1%を超える規模となって居ります。

この深刻な土地問題に直面して政府は2006年に埋葬に関する法律を改正して、

土葬墓を止めて樹木葬を採用すべく推進する事と成って居ります。

韓国でも大家族での生活形態から、日本と同様に生活の都市化や核家族化が進捗し、

お墓を守る事の困難さ故、樹木葬は急速に普及し始めて居りますが、

現状では供給不足で価格が高騰して居り、その対策も必要との事です。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お墓は不要?

家族制度が固定化されて居りました以前の日本ではご家族単位でお墓が保有されて居り、

ご逝去されたご家族のご遺体(ご遺骨)はそのお墓に埋葬されるのが常とされて居りました。

しかしながら、核家族化・少子化・価値観の多様化が進む現代の横浜ではお墓の形態も多様化して参りました。

江ノ島沖

1 お墓とは

お墓(墓地)とは故人様のご遺体を埋葬、或いはご遺骨をお納め・保管する為の設備を言います。

1)お墓を建てる歴史と目的

この日本に於けるお墓を建立し、家族で守り(供養)続ける墓制度の習慣は、

仏教を基にして三百数十年前の江戸時代に確立され、

現在に至まで面々と踏襲されて参りました。

このご遺体を埋葬し墓石を目印として供養する習慣は;

-故人様に敬意を表し、死後の世界で再生、往生、復活できる事を願う。

-ご遺体の復活を怖れ、宗教的な処置をすると同時に物理的な脱出を困難にする。

-ご遺体をそのまま放置するのは衛生上好ましくない。

-故人様のご供養を葬儀の時のみならず継続的に行うには墓石が残る埋葬は便利である。

などの理由により、日本の文化として深く根付いてまいりました。

-江戸時代のお墓

江戸時代のお墓は;

 集落の共有地、

 個人所有の土地の一区画、

 寺院所有の土地の特定区画などを

墓地としてお墓が建てられて居りました。

-明治・大正・昭和のお墓

明治時代に入り、東京・横浜などの都市部で自宅の裏庭などに無制限に墓地が造成されるのを避ける為、

墓地埋葬法が制定されます。

更に昭和23年“墓地、埋葬等に関する法律”(墓埋法)が制定され、

以降、都道府県知事の認可した土地、若しくは建物でのみご遺体の埋葬・ご遺骨の保管が可能と成りました。

2 現代の墓事情

墓制度の習慣は江戸、明治、大正、昭和時代と日本人の間に踏襲されて参りましたが 

戦後71年が過ぎ、その間に起きた核家族化、少子高齢化、宗教観の変化(宗教に対する依存度の低下)、

都市部での墓地事情等から、墓制度の習慣も多きく変化しつつ有ります。

まず、ご遺体を埋葬する土葬の形式は特定の地域を除いて無くなりました。

日本に於ける現在の火葬率は約99%で、イスラム教などの特定の宗教を信ずる方以外は 

ご火葬された焼骨で納骨されるのが一般的と成りました(キリスト教でも日本ではご火葬が前提となります)。

1)先祖代々の墓から個別家庭の墓へ

東京・横浜居住の方々の多くは地方より上京し、この地でご家族を構成されて居ります。

従いまして、居住は横浜、菩提寺・墓地は故郷・出身地が通常の形で、

少し前まではご葬儀・ご火葬は横浜で行い、ご遺骨は故郷の菩提寺に持参し納骨されるご遺族も多く見られました。

しかしながら、故郷を離れて長い時間が過ぎ、

故郷にお住いのご親族も少なくなり、お子様方に遠くの故郷にお墓参りさせる不便さを考える時、

ご自分のお墓はご自宅近くの都市部に墓地をとお考えになる方が多くなりました。

2)ご遺骨供養の多様化

更には宗教への依存度が薄れる中で 

等から、新しい供養の方法が生み出され始めました。

墓石を必要としない樹木葬などの自然葬、

墓地・墓石を必要としない納骨堂、

ご遺灰を自然に返す散骨、

ご遺骨をご自宅に安置して供養する手元供養

など、故人様ご供養の方法も多様化して参りました。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・夫婦別埋葬

夫婦別性は違憲か合憲の議論が話題になる昨今ですが、

近年、夫と同じお墓に入りたくない、妻とは別のお墓を用意して於きたい、

独身用のお墓は、などのコメントを頂く機会が多くなりました。

“○○家代々の墓”と書かれた墓碑の考え方は時代の変化と共に少なく成りつつ有ります。

改葬について

1 現代の家族・終活事情

1)単身家庭の増加 

表題の配偶者と同じ墓には入りたくない、と希望される方々と共に、

昨今の社会情勢では核家族化・少子化・男女差別解消(男女雇用平等化)等が進捗する中で 

多くの方々が終活をお考えになる際、御自身御一人で検討しなければならないケースも多くなりました。

その理由は生涯独身、結婚はしたが離婚した、熟年離婚、配偶者に先立たれた、その他等多岐に渡りますが 

その中でも生涯独身と熟年離婚は大きく増える傾向に有ります。

この熟年離婚と同様の延長線上に配偶者と同じ墓には入りたくないとのご希望が出て来るのではないでしょうか。

2)単身家庭の方にお薦めする葬送儀礼(葬儀)

この様に終活を御一人でお考えの方には、

葬送儀礼として通夜式・葬儀式を行わずにご火葬だけを行う火葬儀、

通夜式・葬儀式は行いますが極少人数の身内の方々だけでお見送りを行う 家族葬をお薦め致します。

3)単身家庭の方にお薦めするお墓

又、永眠されるお墓に付きましては、墓地を購入して墓石を建てる従来型の他に、

隣が誰かを気にする必要の無い樹木葬、

永代供養を保障された永代供養墓、

室内にロッカ-形式の納骨壇が設けられた霊堂、

海や空での散骨、更にはご遺骨を宇宙にお送りする宇宙葬などがご利用頂けます。 

2 熟年離婚

 -日本と各国の離婚事情

日本に於ける離婚件数は1975年(昭和50年)では約12万件でしたが、

2014年(平成26年)では約22万件と倍に増えましたが、

その離婚率(1000人対)は1.77で 先進国の中では 比較的低い数字となって居ります。

ちなみに、先進各国の離婚率は USA;3.6、スウェーデン;2.46、韓国;2.3、ドイツ;2.19、イギリス;2.05、フランス;1.97でした。

-熟年離婚

その中で50歳以上の夫婦が離婚する熟年離婚は、

1975年の6千件弱から2014年には6万件弱と10倍に増加して年齢別離婚の中で特出して居ります。

尚、この6万件前後は2002年をピークとしてその後横這い状態で推移して居ります、

又、70歳以上の離婚は非常に少数です。

-熟年離婚のパターン

熟年離婚の典型的なパターンとしては20年を越える結婚生活を過し、お子様が自立した事を喫掛けとしたケースです。

その原因・理由としては;

①価値観の違い、②性格の不一致、③両親とそりが合わない、④相手の親の介護が苦痛、⑤家庭内で会話が無い、⑥お金の浪費・借金、⑦家庭を顧みない・家事をしてくれない、⑧夫婦間の精神的暴力(モラルハラスメント)、⑨相手方の異性問題、⑩自分に好きな人が出来た、⑪相手の介護をしたくない等が挙げられます。

価値観の違い・性格の不一致・両親とそりが合わないなどは結婚生活中には我慢していた事が 

お子様の自立と共に噴出して、訣別となるケースですが、

それと共に夫が定年退職し、自宅に居る時間が長く接触する時間が多くなると、新たなフラストレーションが造成されます。

又、熟年離婚を後押しする要素としては子供が自立し手がかからなく成る事と共に 

年金分割制度の整備により離婚後でも年金が受給できる事になった事があります。

なすびの花

-熟年離婚をして良い事・困る事

離婚をした方に対するアンケートによれば 

良かった事は 離婚原因から解放された事が一番でした。

後悔している事としては 

一人での生活で感じる孤独感、収入確保の困難さ(高齢であるが故 就職が困難)、

不十分な収入により子供・親族に対する金銭援助の依頼、などがあげられました。

特に女性の方は離婚後高齢での就職は困難が伴い、

当初考えていた収入を確保出来ず、御苦労する事が多いようです。

平均寿命が延びる中で離婚後の生活も長期に及びます、資金確保は十分に検討する必要が御座います。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・埋葬の変化(個人埋葬)

日本の歴史の中では長く共同での生活が醸成されて、

家族・一族としての運命共同体が社会文化として定着して参りました。

“○○家代々の墓”と書かれた墓碑の考え方はこの文化を前提として居ります。

しかしながら、近年では

夫と同じお墓に入りたくない、妻とは別のお墓を用意して於きたい、独身用のお墓は、

などのコメントを頂く機会が多くなり

“○○家代々の墓”と書かれた墓碑の考え方は 時代の変化と共に少なく成りつつ有ります。

横浜での海洋散骨

1 現代の家族・終活事情

1)単身家庭の増加 

昨今の社会情勢では核家族化 少子化 男女差別解消(男女雇用平等化)等が進捗する中で 

多くの方々が終活をお考えになる際、御自身御一人で検討しなければならないケースも多くなりました。

その理由は生涯独身・結婚はしたが離婚した・熟年離婚・配偶者に先立たれた、その他等多岐に渡りますが 

その中でも生涯独身と熟年離婚は大きく増える傾向に有ります。

2)単身家庭の方にお薦めする葬送儀礼(葬儀)

この様に終活を御一人でお考えの方には葬送儀礼として、

通夜式・葬儀式を行わずにご火葬だけを行う火葬儀(直葬)、

通夜式・葬儀式は行いますが極少人数の身内の方々だけでお見送りを行う家族葬をお薦め致します。

3)単身家庭の方にお薦めするお墓

又、永眠されるお墓に付きましては、墓地を購入して墓石を建てる従来型の他に、

ー隣が誰かを気にする必要の無い樹木葬、

ー永代供養を保障された永代供養墓、

ー室内にロッカ-形式の納骨壇が設けられた霊堂、

ー海や空での散骨、更にはご遺骨を宇宙にお送りする宇宙葬などがご利用出来ます。 

遺言書

2 日本での離婚事情

1)日本と各国の離婚事情

日本に於ける離婚件数は1975年(昭和50年)では約12万件でしたが、

2014年(平成26年)では約22万件と倍に増えましたが、

その離婚率(1000人対)は1.77で先進国の中では 比較的低い数字となって居ります。

ちなみに、先進各国の離婚率は

米国;3.6、スウェーデン;2.46、韓国;2.3、

ドイツ;2.19、イギリス;2.05、フランス;1.97でした。

樹木葬とは

3 単身家庭の方にお薦めするお墓

御一人のお墓で永眠したい、とのご希望をお持ち方には 

樹木葬、霊廟(納骨堂)、散骨、永代供養墓などの選択肢が御座います。

1)樹木葬とは

日本に於ける樹木葬とは“墓地、埋葬に関する法律”に基き

都道府県知事より認可された墓地の地中にご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、

樹木墓地 樹林墓地などとも呼ばれます。

-樹木葬の歴史

現代日本に於ける最初の樹木葬墓地は1999年に開設された岩手県一関市の宗教法人知勝院です。

知勝院では里山にご遺骨を埋葬するタイプと、整備された霊園の区画に埋葬するタイプとが提供されました。

-東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては2012年に開設された、東京都の小平霊園 樹林墓地が有名です。

又、横浜市営ではメモリアルグリーン(戸塚区)の合葬式樹木墓地が提供されて居り、

日本国内各地でも樹木葬墓地が多数提供され始めて居ります。

-継承を前提としない樹木葬

現代の日本に於ける高齢化率は既に25%を超え、家族構成も単身所帯が30%を超える中で、

従来の家族制度を基にした先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では個人個人がご自分のお墓の事を考え、

親のお墓の供養をどの様に続けるのか、考慮しなければならない状況です。

この様な中で継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

画の永代使用権を得てお骨壺を埋蔵し、その墓標として植樹する形、

樹木墓地の中の指定場所にお骨壺を埋蔵する形、

樹林墓地の特定場所にご遺骨を合同埋蔵する形、

宗興寺 全景

2)納骨堂とは

納骨堂とは “墓地、埋葬に関する法律” に基き都道府県知事より認可を受けた施設で、

骨壺に納められたご遺骨を安置しておく事が出来る建物です。

管理・運営の主体者により寺院納骨堂、公営納骨堂、私営納骨堂に分かれます。

-ご遺骨の保管形態

ご遺骨の保管はお墓を建てるまでの短期間、5年間・10年間等の長期保管、永代保管などの形態が御座います。

永代保管の場合は一定期間は何時でもお骨壺に面会する事が可能ですが、

定められた期間以降はご遺骨は特定場所に合祀され、その後の面会は出来ないのが一般的です。

-納骨堂でのご遺骨安置

ご遺骨(骨壺)安置の方式としてはロッカー式、棚式、仏壇式、お墓式などが有ります。

何れの方式も外形は異なりますが、内部にはお骨壺を安置する為の納骨壇とご位牌を安置する祭壇が用意されて居ります。

-宗旨は問わない納骨堂

尚、納骨堂は一般的に宗旨を問はずに利用出来ますので、神道 キリスト教のご遺骨も利用が可能です。

-納骨堂利用に当っての注意事項

納骨堂のご利用に当たりご注意頂く点は

納骨堂にご遺骨を納骨されますと、納骨された時点でご遺骨の管理主体はご遺族から納骨堂管理者に移行されます。

従いまして、以降は管理者の許可なくご遺骨を持ち出す事は出来ません。

無断で持ち出した場合は法律による処罰の対象となります。

散骨

3)散骨とは

散骨とは、葬送方法の一つで、

ご火葬した後の焼骨を粉末状にした上で、山中、海、空、宇宙などへ撒く形の葬送です。

死後には山や海等の自然の中に帰りたいという故人様のご希望や、

お墓を守る方が居ない、などの理由から選ばれます。

-散骨の規則

葬送方法を規定した”墓地、埋葬等に関する法律”では

焼骨の墳墓への埋蔵や、納骨堂に収蔵する為の手続きに付いて定められて居りますが、

これら以外の方法に付いては特段の規定は無い為、法律上は散骨をする事が可能です。

但し、私有地、水源地周辺、漁場・養殖場の周辺は避けるべきかと考えます。 

散骨は法務省の”節度をもって行われる限りは違法性はない”と言う見解により認められて居ります。

この”節度をもって”とは、焼骨をそのままでは無く粉末状(焼灰と同程度)にして原型を無くす事、

そして周辺住民から苦情の出ない場所に散布する事が求められます。

尚、北海道長沼町では条例により散骨は認められて居りません。

又、北海道七飯町、長野県諏訪市、北海道岩見沢市、埼玉県秩父市では

散骨は条件付きとなって居りますのでご注意下さい。

神奈川県御殿場市は現在 検討中です。

-海外での散骨

海外ではアメリカ・ハワイ州等で散骨に関する法律が有り、

法律に反して散骨を行うと、多額の罰金が科せられますので、良くご確認下さい。

又、反対にブータンなどでは宗教上の理由から墳墓を作りませんので、散骨が原則です。

キリスト教ではカトリックは教会に埋葬する事を前提として居りますので、ご自宅での保管や散骨には否定的です。

プロテスタントでは多くの教派で散骨を許容して居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お彼岸の過ごし方

お彼岸は、日本文化独特の先祖をお祀りする風習で、

春分・秋分の日を中日(ちゅうにち)とした7日間に彼岸に渡る為の6徳目の修行と先祖の霊を慰めるお祀りし、

命日の他に先祖・故人を供養する祭礼の一つとして日本の文化に定着しております。

金沢区野島公園の桜

1 お彼岸

1)お彼岸とは 

お彼岸とは季節の移り変わりを的確に掴む為に設けられた雑節一つで、

”暑さ寒さも彼岸まで” に示されように、冬から春、夏から秋への変わり目を指します。

節分、杜白、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日を含めて雑節と呼ばれます。

春分の日・秋分の日を中日とした前後其々3日を合わせて計7日間を指し、

その中日は先祖に感謝する日であり、残りの6日間は悟りの境地に達する為に必要な六つの徳目

“六波羅蜜” を1日に一つずつ修める日とされて居ります。

すすきの原

2)お彼岸の起源 

お彼岸の語源は仏教用語の到彼岸(とうひがん)から来ており、

サンスクリット語で、完全である事、最高である事 を意味する 波羅蜜多(はらみた)をあらわし、

仏教に於いて各修行で完遂・達成されるべきものを指します。

達成されるべき徳目は全六種であり、六波羅蜜(ろっぱらみつ)と呼ばれます。

六波羅蜜を会得することにより此岸(しがん、迷い)から彼岸(ひがん、覚り)に到る(到彼岸)とされます。

これらの考え方は全て日本で創られたものです。

尚、彼岸の間に行う仏事を彼岸会(ひがんえ)と呼びます。

日本で初めて行われた彼岸会は806年で、

諸国の国分寺の僧が崇道天皇の為に七日間”金剛般若経”を読み続けたとされます。

 -お彼岸の願い 

本来の彼岸は、自身が極楽浄土昇天を祈念するものでした。

浄土思想で信じられている極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土)は西方の遙か彼方(西方浄土)にあるとされ、

春分と秋分の日は太陽が真東から昇り、真西に沈むので、

西方に沈む太陽を礼拝して遙か彼方の極楽浄土を思い描き 

浄土に生まれ変わる事に思いをはせたのがお彼岸の始まりとされます。

現在では六波羅蜜を修める6日間を除いた中日のご先祖法要のみが一般化しました。

尚、彼岸は、日願(ひがん)から変化したとも言われて居ります。

3)お彼岸のお供え物

お彼岸の期間にご先祖にお供えする物として“おはぎ”があります。

おはぎはもち米と小豆を焚いて作られますが、

古く小豆には邪気を払う効果が有ると信じられて居り、先祖の霊から邪気を払う為に

小豆をまぶした食べ物をお供えする様になり、それが定着して現代に至りました。

尚、現在の甘いおはぎは明治時代以降、砂糖が庶民の手にも入る様になってからの変化です。

-御萩(おはぎ)、と牡丹餅(ぼたもち)

 おはぎ、とぼたもちの違いに付いては以下の様に諸説が有ります;

① 春のものを牡丹餅、秋のものを御萩とする説

 牡丹餅は牡丹の花に似せて見立てたものであり、御萩は萩の花が咲き乱れる様子を見立てたものである故、

 春は牡丹餅、秋は御萩と呼ぶ。

② もち米を使用したものは牡丹餅、うるち米を使用したものは御萩と言う。

③ 小豆餡を使用したものをぼたもち、きな粉を使用したものはおはぎ。

④ こし餡を使用するとぼたもち、つぶし餡を使用したものはおはぎ。

   (逆の場合も有ります)

⑤ 二口程度で食べられる小さいものをおはぎ、それより大きいものをぼたもち。

等の説が御座います。

日没

2 お彼岸の過し方 

彼岸とは、本来迷いや苦悩に満ちたこの世(此岸)に対して、悟りの世界、浄土のあの世(彼岸)を指します。

お彼岸の期間は春分の日・秋分の日を中日とし前3日間 後3日間の計7日間、年間で合わせて14日間です。

前3日間・後3日間の6日間は阿弥陀如来が司るあの世(彼岸)行く事が出来る様、

布施(ふせ)、持戒(じかい)、忍辱(にんくつ)、精進(しょうじん)、禅定(ぜんじょう)、智慧(ちえ)

の6徳目を修行し、

中日には彼岸に往かれたご先祖・故人様を慰める為に、家族揃ってお墓参りをします。

しかしながら、現代では6徳目の修行を行う事は少なくなり、中日のお墓参りだけが風習として根付いて居ります。

1)お彼岸前の準備

ーお彼岸が来る前には;

〇 まず、お墓とその周りを綺麗に清掃して於きます。

〇 そして、仏壇の掃除も行います。

〇 お墓参りに必要な、

 数珠、供花、供え物、ローソク、マッチ、線香、掃除道具、手袋、ゴミ袋、植物用ハサミ、

 手桶、柄杓、タオルを用意します。

 通常、寺院や霊苑の場合 掃除道具、手桶、柄杓は備え付けの物が有ります。

〇 お彼岸の前日におはぎを作ります。

 仏壇用、墓前用、家族用が必要です。

お墓参り

2)中日の過し方

〇 朝一番で仏壇におはぎ等のお供え物をし、生花を飾り、お参りします。

〇 家族内揃ってお墓参りをします。

まず墓地に着きましたら、寺院の場合はお寺様、霊苑の場合は管理事務所に挨拶します。

最初に墓地の木や草を刈込み、古い卒塔婆をかたずけて、墓地を清掃します。

そして墓石の汚れを落としてきれいにします(事前に手入れが出来なかった場合)。

お墓がきれいに成りましたら、お花を飾り、おはぎ等のお供え物をお供えします。

ローソクに火を付けて線香に火を移し、お参りする方々で分け、それぞれお参りします。

お参りは、柄杓で水をお墓にかけ、線香を上げて、合唱礼拝します。

このときお墓を見下ろしてはなりません、見上げる形で礼拝します。

また、墓石へのかけ水は墓石を浄める意味と故人様に施す食べ物の意味が有ります。

〇 お墓参りを済ませ、ご自宅に戻りましたら 

故人様・ご先祖様を偲びながらおはぎや彼岸団子などを食します。

〇 時間が有れば、故人様を偲んで故人様がお好きだった場所にご家族で出かけるのも良いでしょう。

3)お彼岸に避けるべき事 

お彼岸の期間中の避けなければいけない事は何も有りません。

仏事と祝い事が重なる事は良くない印象が有りますが、

お彼岸は忌中や喪中とは意味が異なりますので、特に身を慎む必要は有りません。

但し、中日に行う結婚式や引越しなどはお墓参りと重なる時間的な制約が御座いますので、注意が必要です。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・新盆の迎え方

令和3年も7月に入りお盆(ぼん)の季節と成りました。

お盆は日本文化独特の先祖をお祀りする風習で、太陰暦の7月15日を中心として先祖の霊をお祀りします。

現代のお盆は太陽暦の8月15日を中心としてお祀りするのが一般的となっております。

ご家族を亡くされて初めて迎えるお盆は新盆(にいぼん)と呼ばれ、故人様を供養する特別な祭礼の一つとなります。

1 お盆

 -お盆とは

お盆とは旧暦(太陰暦)の7月15日を中心として行われる祖先の霊を祀る一連の行事です。

この行事は日本古来の祖霊信仰と仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)が融合して創られた行事とされます。

現在では太陽暦の8月15日を中心とした期間で行う形が一般的と成りました。

横浜でも、古くから居住されて居られるご家族を除いては8月15日の盆会が中心になりつつあります。

盆は本来霊に対する供え物を乗せる容器を指しますが、供え物を供え祀られる霊の呼称へと変化し、

盂蘭盆の呼称とも混同されて、先祖供養の行事をお盆と呼ぶ様に成りました。

地域によりましては精霊を盆様と呼んで居ります。

-お盆の起源

お盆の起源は必ずしも明確では有りませんが、

日本に於いて8世紀頃には夏の祖先供養行事として定着していたと考えられます。

古くには初春と初秋の満月の日に先祖の霊が子孫の許を訪れて交流するという行事が有りましたが、

初春の行事は正月の祭へと変化し、

初秋の行事は盂蘭盆と融合して仏教の先祖供養の行事へと変化したと言われます。

-盆禮(中元)

中国では正月15日を上元、12月15日を下元として祝い、7月15日を中元の佳節として

一年間の無事を祝して先祖の霊を供養する為の盂蘭盆会を営み、

その時、親しい間柄の家々では盆禮(盆礼 中元)として互いに物の贈答を行い、商家では配りものをしました。

又、中華文化の道教では七月は鬼月とし、七月朔日(一日)に地獄の蓋が開き、

中元の七月十五日にその蓋が閉じられると考えられました。

-お盆の日取り

本来は太陰暦の7月15日満月の日にお盆を執り行うべきですが、

現代では太陽暦の8月15日が一般的と成りました。

それ以外の日に行う例としては;

 太陰暦(旧暦) 7月15日 沖縄・奄美地方(旧盆とも呼ぶ)。

 太陽暦(新暦) 7月15日 東京、横浜、静岡、函館、他。

 太陽暦      8月1日 東京都多摩地区(西東京市、小金井市、国分寺市、調布市、府中市)、他。

旧暦でのお盆を旧盆と言います。

但し、新暦でのお盆は新盆とは言いません。

新盆(にいぼん)の意味は四十九日法要を終えて最初に迎える故人様のお盆の事を言います。

お盆

-お盆の過し方 

 釡蓋朔日(かまぶたついたち)

7月1日は地獄の釡の蓋が開く日であり、この日からお盆が始まります。

この日からお墓参りなどをしてご先祖様をお迎えする準備をします。

自宅に通じる道の草を刈り、清掃をして、彼岸からお帰りになる故人様が通り易い様にします。

又、地域によりましたは地獄の釜の蓋が開いている間は川や湖に近付いてはならないとされます。

 七夕、棚幡(たなばた)

七月七日は七夕ですが棚幡とも書き、この日に故人様をお迎えする為の精霊棚と

その上に供える幡(ばん)や笹を安置する日です。

精霊棚の安置は七日の夕方から行う事から七夕と書くとも言われます。

 迎え火

七月十三日の夕刻に自宅玄関の前で故人様を彼岸から迎える為の迎え火を焚きます。

以後、故人様の為に精霊棚のお供え物を欠かさぬ様にします。

 お盆の供養

七月十五日はお盆の中日となり、家族一同で供養をした上で、故人様と家族一同は夕餉を共にします。

 送り火

七月十六日は故人様を彼岸にお送りする為の送り火を夕刻に焚きます。

又、川へお送りする風習の地域では燈籠流し(とうろうながし)を行います。

 盆踊り

七月十六日、十五日のお盆の次の日の晩に寺社の境内に老若男女が集まって踊る場を盆踊りと言います。

地獄での苦難を免れた亡者たちが喜んで踊る場面を模したと言われます。

お盆の茄子、胡瓜

 -お盆での風習

お盆に於ける風習は宗派、地域により数多くの物があります。

一般的な物の一つとして精霊馬(しょうりょううま)と呼ばれるものが有ります。

これは故人様の霊魂が彼岸と此岸の間を行き来する為の乗り物で、キュウリやナスで作ります。

キュウリやナスを乗り物の胴体と見立て、折った割りばし四本を胴体に挿し込んで足の代りとします。

キュウリは足の速い馬として故人様の霊が早くこの世に戻れる様に、

ナスは力の強い牛としてあの世に帰る故人様の供え物を乗せてゆっくり帰って頂くべく

仏壇、もしくは精霊棚の周辺にお盆の間中お供えします。

横浜市内でのお盆のお祀りとしては鶴見区所在曹洞宗大本山総持寺の”み霊祭りと盆踊り”が有名です。

   今回は以上です。 

横浜市での葬儀・単身家庭での葬儀と埋葬

近年はご伴侶を亡くされた方を含めて単身家庭の方のお見送りをお手伝いさせて頂くケースが増えて居ります。

その様なケースでのお見送り儀礼や埋葬に付いて書かせていただきました。

鶴見つばさ橋

1 単身家庭の方にお薦めする葬送儀礼(葬儀)

現在は独身で終活をお考えの方には、

葬送儀礼として通夜式・葬儀式を行わずにご火葬だけを行う”火葬儀”、

通夜式・葬儀式は行いますが極少人数の身内の方々だけでお見送りを行う”家族葬”をお薦め致します。

1)火葬儀

終活をお考えに成る際の選択肢の一つとして“火葬儀”が御座います。

一般には直葬と呼ばれる葬儀形式で、通夜式・葬儀式は営まずにご火葬のみを執り行う形式で 

高齢ゆえに静かに見送りたい、宗教色の無い葬儀でありたい、費用を抑えたい、

などのご希望をお持ちの方にご利用頂けます。

その内訳は;

ご火葬のみのシンプルな儀式ですが、故人様とのお別れの時間を十分に取る事は可能です。

 -家族葬

葬送儀礼は仕来りにのっとり行いたいが、

会葬は家族のみの密葬とし、静かに、廉価に行いたいとのご希望に方には家族葬をお薦め致します。

その内訳は;

家族葬は 故人様とご家族だけでのお別れとなりますので、慌しさや煩わしさも無く、

喪主様は故人様とのお別れの時間を大切に過ごす事が出来ます。

2 単身家庭の方にお薦めするお墓

単身家庭の方が永眠されるお墓に付きましては、墓地を購入して墓石を建てる従来型の他に、

隣が誰かを気にする必要の無い樹木葬、

永代供養を保障された永代供養墓、

室内にロッカ-形式の納骨壇が設けられた霊堂、

海や空での散骨、

更にはご遺骨を宇宙にお送りする 宇宙葬などがご利用出来ます。 

竹林
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1)樹木葬とは

日本に於ける樹木葬とは“墓地、埋葬に関する法律”に基き、都道府県知事より認可された墓地の地中に

ご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、樹木墓地・樹林墓地などとも呼ばれます。

-樹木葬の歴史

現代日本に於ける最初の樹木葬墓地は1999年に開設された岩手県一関市の宗教法人知勝院です。

知勝院では里山にご遺骨を埋葬するタイプと、整備された霊園の区画に埋葬するタイプとが提供されました。

-東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては2012年に開設された東京都の小平霊園・樹林墓地が有名です。

又、横浜市営ではメモリアルグリーン(戸塚区)の合葬式樹木墓地が提供されて居り、

日本国内各地でも樹木葬墓地が多数提供され始めて居ります。

-継承を前提としない樹木葬

現代の日本に於ける高齢化率は既に25%を超え、家族構成も単身所帯が30%を超える中で、

従来の家族制度を基にした先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では個人個人がご自分のお墓の事を考え、親のお墓の供養をどの様に続けるのか、

考慮しなければならない状況です。この様な中で継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

-樹木葬墓地でのご遺骨埋蔵

尚 ご遺骨埋蔵の形態としては 

又、多くの私営霊園が樹木葬墓地を提供して居りますが大多数は④の形態となります。 

面白い形態としては散骨樹木葬と呼ばれ、島根県壱岐郡海士町に属する無人島カズラ島は 

島全体が霊園として登録され、この島の樹林に有料で散骨する事が可能となって居ります。

天台宗、法話(蓮の花)

2)納骨堂

-納骨堂とは

納骨堂とは“墓地、埋葬に関する法律” に基き都道府県知事より認可を受けた施設で、

骨壺に納められたご遺骨を安置しておく事が出来る建物です。

管理・運営の主体者により寺院納骨堂、公営納骨堂、私営納骨堂に分かれます。

-ご遺骨の保管形態

ご遺骨の保管はお墓を建てるまでの短期間、5年間・10年間等の長期保管、永代保管などの形態が御座います。

永代保管の場合は一定期間は何時でもお骨壺に面会する事が可能ですが、

定められた期間以降はご遺骨は特定場所に合祀され、その後の面会は出来ないのが一般的です。

-納骨堂の起源とメリット

日本に於ける現代の納骨堂は、お墓を継承する方が居られない場合や、

経済的な理由でお墓を建立する事が出来ない方々の為に提供が始まりました。

現代では生涯独身の方や、現在 お持ちのお墓の維持・管理に負担を感じ始めた方、

お墓が遠方でお参りに行きにくい方などに選ばれる様になって居ります。

お墓を建てるには墓地の永代使用料、墓石代と工事費用、維持管理料等が必要と成りますが、

納骨堂では墓石建立の費用は不要であると共に、使用空間も大幅に小さくなり使用料はそれに合わせて少額となります。

-納骨堂利用に当っての注意事項

納骨堂のご利用に当たりご注意頂く点は、納骨堂にご遺骨を納骨されますと、

納骨された時点でご遺骨の管理主体はご遺族から納骨堂管理者に移行されます。

従いまして、以降は管理者の許可なくご遺骨を持ち出す事は出来ません。

無断で持ち出した場合は法律による処罰の対象となります。

-横浜市営納骨堂

横浜市営の納骨堂としては横浜市久保山霊堂が御座います。

横浜市久保山霊堂は横浜市西区元久保町1-1に位置し、

家族納骨壇2000基、短期保管庫910基、大式場・小式場各1の施設を維持して居ります。

家族納骨壇は扉付きの納骨壇で上部が香炉及び花立が配置された祭壇、

下部は6体分のご遺骨納めることが出来る壇となって居り、10年間(12万円) 

若しくは5年間(6万円)の利用が可能となって居ります。

短期保管庫はロッカー形式の保管庫でご遺骨1体分を安置し、保管期間は1年(3千円)となります。

横浜市民であれば申込みは可能ですが、現在は申込み多数で順番待ちの状態となって居ります。

散骨クルーズ

3)散骨

-散骨とは

散骨とは葬送方法の一つでご火葬した後の焼骨を粉末状にした上で、山中、海、空、宇宙などへ撒く形の葬送です。

死後には山や海等の自然の中に帰りたいという故人様のご希望や、お墓を守る方が居ない、などの理由から選ばれます。

-散骨の規則

埋葬方法を規定した”墓地、埋葬等に関する法律”では焼骨の墳墓への埋蔵や、

納骨堂に収蔵する為の手続きに付いて定められて居りますが、

これら以外の方法に付いては特段の規定は無い為、法律上は散骨をする事が可能です。

但し、私有地、水源地周辺、漁場・養殖場の周辺は避けるべきかと考えます。

散骨は法務省の”節度をもって行われる限りは違法性はない”と言う見解により認められて居ります。

この”節度をもって”とは、焼骨をそのままでは無く粉末状(焼灰と同程度)にして原型を無くす事、

そして、周辺住民から苦情の出ない場所に散布する事が求められます。

尚、北海道長沼町では条例により散骨は認められて居りません。

又、北海道七飯町、長野県諏訪市、北海道岩見沢市、埼玉県秩父市では散骨は条件付きとなって居りますのでご注意下さい。

神奈川県御殿場市は現在 検討中です。

-海外での散骨

海外ではアメリカ・ハワイ州等で散骨に関する法律が有り、

法律に反して散骨を行うと、多額の罰金が科せられますので、良くご確認下さい。

又、反対にブータンなどでは宗教上の理由から墳墓を作りませんので、散骨が原則です。

キリスト教ではカトリックは教会に埋葬する事を前提として居りますので、ご自宅での保管や散骨には否定的です。

プロテスタントでは多くの教派で散骨を許容して居ります。

 -散骨の手続き

 日本に於いて散骨を行うに当たりましては特に必要な書類や届け出は有りません。

ご希望の場所で、ご希望の時に散骨を行うことが可能ですが、”節度をもって”の制約から 

民間業者に希望を伝えてプランを作り、行うのが一般的です。

当社ひかりの杜でも海上、航空、宇宙での散骨をお手伝いさせて頂いて居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・増える生涯独身

近年、独身用のお墓は、などのコメントを頂く機会が多くなりました。

“○○家代々の墓”と書かれた墓碑の考え方は 時代の変化と共に少なく成りつつ有ります。

横浜での海洋散骨

1 現代の家族・終活事情

 -単身家庭の増加 

昨今の社会情勢では、核家族化・少子化・男女差別解消(男女雇用平等化)等が進捗する中で

多くの方々が終活をお考えになる際、御自身御一人で検討しなければならないケースも多くなりました。

その理由は生涯独身、結婚はしたが離婚した、熟年離婚、配偶者に先立たれた、その他等、多岐に渡りますが 

その中でも生涯独身は大きく増える傾向に有ります。

散骨クルーズ

2 単身家庭(生涯独身)

 -生涯独身とは 

生涯独身(50歳まで結婚をしなかった)の方は

1965年(昭和40年)には男性1.5%、女性2.6%(人口比)でしたが、

2010年(平成22年)では男性20.1%、女性10.6%と大きく増加しており、

2020年には男性26.6%、女性18.9と更に増加して居ります。

-生涯独身の理由

生涯独身の方々には一生独身で居たいと考える方も居れば、

結婚したくても何らかの理由で出来なかった方など様々ですが、

その生活は”覚悟さえあれば”それ程難しい事では有りません。

-生涯独身の方が気を付けなければならない事

その独身生活には多くのメリットとディメリットが御座います。

但し、気を付けなければならない事は老後の生活資金と死後の必要費用を確保しておく事です。

平均寿命を90歳とした時、60歳から90歳までの老後に必要な資金は夫婦2人で8000万円と言われます。

生涯独身の方はこの半分4000万円+アルファ(病気への備え、介護費用、後見人費用等)を

退職金・年金を含めて計算し、不足分を用意しなければ成りません。

又、葬儀費用は控え目に行うのであれば100万円、

お墓の費用・室内の永代供養墓を前提とすれば100万円を別途用意しなければ成りません。

三浦半島

-生涯独身のメリット

生涯独身を選ばれた男性の特徴やメリットとしては

時間が自由に使える、お金が自由に使える、恋愛に縛られない、家庭に縛られない等があります。

-時間が自由に使える

時間が自由に使えるという事は御自身のプライベートな時間は自分で管理する事が出来、

自分がしたい事をしたい時に誰にも邪魔されずする事が出来ます。

自分の想う様に行動できるのが最大のメリットです。

-お金が自由に使える

ご自分のお金は自由に使えます。

家庭を持てばご自分の収入は自分を含めた家族全員の為に使用されます。

生涯独身であれば収入は全て自分自身の為に使用しても 誰にも文句を言われる事はありません。

-恋愛に縛られない

恋愛に縛られないとは結婚をすれば原則として恋愛は出来ません。

結婚後に魅力的な女性に出会った場合、その女性との恋をあきらめるか、不倫をするか の二者択一となります。

人に隠れて不倫をするよりは何時でも好きな様に恋愛をしたい男性は生涯独身を選択する事と成ります。

但し、御自身が年を取り周囲の女性から相手にされなくなった際にも

この選択を後悔しないか?は良く考えなければ成りません。

 -家庭に縛られない

生涯独身のメリットとして家庭に縛られないがあります。

どの様な形にしろ結婚をした後は家庭に縛られる事と成ります。

家庭を持つ事により安心感を得て、自分磨きを怠る男性の方が多くみられます。

江ノ島沖

-生涯独身女性の特徴・メリット

生涯独身を選択する女性の特徴やメリットとしては

仕事に対する能力が高い、人を余り信用しない、

派手な交際関係、一人で生活するに十分な収入(貯蓄)がある等があります。

生涯独身を選ぶ、或いは選ばざる得ない女性の方は仕事に対する能力の高い方が多く見られます。

常にスキルを向上させ、自信を持って仕事をこなす女性は

仕事が楽しく、仕事を生きがいとする為、結婚を意識する機会が減り、いつの間にか歳を取ってしまったと言う方です。

人を余り信用できない女性も生涯独身の方の中に多く見られます。

過去の何等かの出来事によりトラウマとなって男性不信や人間不信に陥いった結果、

恋愛が思う様に出来ない方です。

交友関係が派手な女性は

多くの男性から遊び相手としては見られても、結婚の対象としては見られない事が多々あります。

この誤解から結婚したくても出来ないという状況が推移し、婚期を逸する という形です。

但し、この形の女性は結婚出来なくとも周りに多くの友人が居られますので寂しい思いをする事はありません。

一人で生活するのに十分な収入が有る女性は男性と同様にあえて結婚をして制限を受けたくないと考える方です。

 -生涯独身の覚悟

生涯独身を決めた方は幾つかの事を覚悟しなければ成りません。

その一つは、子供を持てない事です。

子供を持たない事はご両親に孫を抱かせる事が出来ない事でも有ります。

日本では古くからご両親に孫を抱かせる事は親孝行の第一とされて居りました。

生涯独身の方は別の親孝行を考えなければ成りません。

二番目は病気や怪我で倒れても助けてくれる家族は居ないと言う事です。

どの様な状態に陥っても自分自身の力で解決する覚悟が必要と成ります。

生涯独身の方は老後の心配も若い内から準備を行い、生涯自己解決の前提を覚悟して努力し続ける事が必要です。

三番目は世間一般、結婚するのが当たり前と考える近親者や世間の中で肩身の狭い思いをする事と成りますが、

耐えねばなりません。

   今回は以上です。

 

横浜市での葬儀・墓地のご用意

ご家族の方が不幸にみまわれた場合、故人様のご遺体を長期間維持することが困難な事から、

然るべき時期にご遺体を埋葬(土葬)するか、荼毘(だび、火葬)に付してご遺骨にする必要が御座います。

但し、現在の横浜市内には土葬が許可された霊苑が御座いませんので、

ご火葬を選択されるご遺族様が一般的となって居ります。

このご遺骨・若しくはご遺体を埋葬してお祀りする場所を墓地と言います。

改葬について

お墓とは故人様のご遺体、もしくはご遺骨を葬り、故人様を弔う場所を言い、

墳墓(ふんぼ)、墳塋(ふんえい)などとも言います。

お墓を設ける区域を墓地と言い、全て”墓地、埋葬等に関する法律”(墓埋法)により規定されて居ります。

又、ご遺体・もしくはご遺骨を葬る場合には市区町村役所が発行する埋葬許可証を提示しなければ成りません。

墓埋法によれば、墳墓とは”死体を埋葬し、又は焼骨を埋蔵する施設” と規定されて居り、

土葬墓・火葬墓を総称して墳墓と規定されます。

尚、現在の日本では99%が火葬墓ですが、土葬墓も法律的に禁止されている訳ではなく、

高知県や山梨県では現在でも10%前後は土葬墓に葬られて居ります。

墓地は”墳墓を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域”と規定されて居り、

勝手に設ける事は出来ません。

そして、墓地経営は事実上自治体による公営か、宗教法人、財団法人のいずれかでないと認められません。

又、許可に当っては通常”焼骨の埋蔵に限る”との条件が付加されて居り、

一部の地域や信仰上の問題など特別な事情がある場合を除いては土葬は困難な状態となって居ります。

お墓参り

墓地は経営形態により村落共有墓地、寺院境内墓地、公営墓地、民営墓地などが有ります。

1 村落共有墓地

   古くから村落が共有して保持していた墓地を追認したもので、新しく認められる事はないと考えられます。

2 寺院境内墓地

   寺院の檀信徒の為に設けられた墓地で、檀信徒は寺院の維持 その他に義務を負います。

3 公営墓地

   自治体の条例、その他で使用条件が定められた墓地です。

4 民営墓地

   管理者と使用者が対等な契約に基ずいて使用権を取得できる墓地です。

   名前は宗教法人が運営する墓地でも、実質的には民営墓地と変わらない墓地も多数御座います。

   現代横浜市内の多くの霊苑はこの形態の墓地です。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・ご葬儀後のお手続き

ご家族の何方かがご不幸に合われた場合には、故人様のご逝去を偲んでお見送りの儀礼を営むことと成ります。

ご遺族様はお見送りの悲しみのなかでも、幾つかの手続きを行わなけれ成りません。

お手続には期限が御座いますので注意が必要です。

江ノ島沖

1 葬儀後のお手続き

1)名義の変更

 -世帯主変更 

葬儀が終了致しました後には、故人様が所帯主であった場合は所帯主変更をしなければ成りません。

新たにその家の生計を維持する世帯主は故人様の死後14日以内に市区町村役所に所帯主変更届を提出しなければ成りません。

届け出には印鑑と本人確認の為の書類(運転免許証、パスポート、マイナンバーカード等)が必要と成ります。

この届け出は代理人でも可能ですが、その場合は本人確認の書類と委任状が必要と成ります。

尚、残された所帯員が1名の場合は自動的に世帯主が変更されますので、変更届を提出する必要は有りません。

 -賃貸契約の名義変更

故人様が住居の賃貸契約をしていて、その契約をご遺族が引き継ぐ場合は名義変更をします。

家主に連絡をして契約者を変更します。

承諾されない場合は契約者が変更される旨、内容照明書留で家主に送付し、従来からの条件で継続使用する事が可能です。

変更を理由に賃料を変更される事はありません。

借地の場合も同様です。

公団や公営住宅の場合はそれぞれ定められた手続きが有りますので、早い機会に問い合せて、必要書類を用意し手続きします。

 -その他の名義変更

その他にも名義変更が必要とされる契約が有ります。

ガス・水道・電気などの公共料金やNHKの受信料など契約者の名義変更が必要と成ります。

手続きは所轄の営業所に電話連絡をする事で可能です。

その際にお客様番号が確認出来ていればより簡単です。

お客様番号は毎月の料金通知や領収書などで確認頂けます。

又、故人様が電話加入権をお持ちの場合は早い機会に所轄のNTT営業窓口で、名義変更の届け出をします。

この届け出には故人様の戸籍(除籍)謄本、相続人の戸籍抄本、相続人の印鑑が必要となります。

尚、電話加入権は故人様の相続財産の一部ですが、遺産相続の決定前でも承継手続きをする事が出来ます。

 -料金自動引き落とし口座の変更

住居の賃貸契約、公共料金、電話加入権などの名義変更に伴い料金の自動引き落とし口座の変更もしなければ成りません。

口座変更の申込みをしてから手続きが完了するまでに1ヶ月程の時間が掛りますので早目の手続きが必要です。

又、故人様の口座から引き落しが出来なかった料金は、後日請求書が参りますので、指定の口座への振込が必要と成ります。

-各種契約の停止、名義変更

クレジットカード、携帯電話、インターネットのプロバイダー契約、各種の会員カードなど

会費が必要とされるものは早目の契約終了、退会手続きが必要です。

手続きはそれぞれの会社・団体から必要書類を郵送してもらい、申請します。

蘭

2 返却する書類

故人様の健康保険証、年金手帳、運転免許証、パスポート、身分証明証なども発行機関に返却しなければ成りません。

-健康保険証の返却 

勤務していた企業に健康保険証を返却する際には埋葬料の支給申請をします。

請求者は故人様によって生計を維持していたご家族の中の喪主と成られた方で、その金額は5万円です。

支給は申告制で死亡日より2年以内の申請が必要となります、申請を怠ると支給はされません。

-労災保険が適用される方

業務上の事故や通勤途上の事故が原因で亡くなられた場合は労災保険(労働者災害補償保険)から 

葬祭給付金と補償給付金が支給されます。

請求先は勤務先を所轄する労働基準監督署で、葬祭給付金は葬儀を行った日より2年以内、

補償給付金は死亡日より5年以内の申請が必要と成ります。

-国民健康保険 加入者

故人様が国民健康保険に加入、もしくはその扶養家族であった場合は葬祭費が自治体より支払われます。

その金額は自治体により異なりますが、横浜市の場合は5万円です。

同じく申告制ですので、申請しないと支給は受けられません。

申請期限は葬儀の日より2年以内となります。

-ご遺族の健康保険

故人様が企業の健康保険に加入されていた場合、その扶養家族は健康保険証を企業に返却すると同時に 

居住地の市区町村役所で国民健康保険に加入します。

手続きは死亡した日の翌日から14日以内に行います。

加入が遅れた場合はその間に係る医療費は全額自己負担となります。

-高額医療費 補助

高額医療費補助と呼ばれる制度が有り、故人様が国民健康保険、後期高齢者医療制度、又は健康保険を利用して、

同じ医療機関に支払った医療費の自己負担額が(1ヶ月単位)一定限度を超えると、

その超えた分が払い戻される制度です。

該当する場合は医療費を支払った2~3ヶ月後に高額医療費の払い戻し通知が送られて来ます。

この通知を基に国民健康保険・後期高齢者医療制度であれば居住地の市区町村役所に、

健康保険であれば健康保険組合に申請して、払い戻しを受けます。

健康保険組合によっては 申請をしなくても自動的に払い戻されるところも有ります。

 -ローン契約に係わる団体信用生命保険の求償

故人様が銀行などと住宅ローン契約を結んでいた場合は団体信用生命保険を契約するのが一般的です。

これはローンの返済者が返済途中で亡くなられた場合、残額と同額が保険会社から銀行に支払われるものです。

故人様がこの契約をされていた場合は借入先の金融機関に手続きを申告します。

これにより故人様のローンは完済される事となり、故人様の債務は解消されます。

3)国民年金・厚生年金 受給者 

国民年金・厚生年金を受給していた方が亡くなられて場合は受給を停止する手続きを取らなければ成りません。

国民年金は死後14日以内に、厚生年金は10日以内に行います。

停止をせずにいると年金は支払われ続け、死亡が判明した時点で全額を一括で返還しなければなりません。

手続きは厚生年金・国民年金の老齢基礎年金の場合は年金事務所で、

それ以外の国民年金の場合は市区町村役所の国民年金窓口で行います。

必要とされる書類は年金受給権者死亡届、年金証書、死亡を証明する書類(死亡診断書の写し、戸籍抄本(除籍))などです。

年金は2ヶ月毎の支給されますが、前回支給日から死亡日までが未払いとなるケースが有ります。

この場合は受給停止の手続きと共に未払い金を受取る手続きも行います。

又、年金加入者が亡くなられた場合はご遺族に一時金や遺族年金が支給されますので、その手続きも必要です。

尚、その金額は故人様の加入条件、ご遺族が誰か、ご遺族の年齢により異なりますので窓口でご確認下さい。

    以上 

横浜市での葬儀・ご葬儀前の手続き

ご家族の何方かが亡くなられた後には幾つかの手続きが必要と成ります。

項目によりましては期限を持つものも御座いますので注意が必要となります。

横浜での海洋散骨

1 葬儀前に必要とされる手続き 

1)死亡届の提出 

人が亡くなられた場合、故人様の身近な方による”死亡届”の提出が義務付けられて居ります。

死亡届の提出は死亡日から7日以内に行わなければ成りません。

死亡届の届け出は、同居の親族、同居していない親族、同居者、家主、地主、家屋管理人、土地管理人、

公設所の長、後見人、補佐人、補助人、任意後見人 の中の何れかの方が行わなければ成りません。

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2)死亡届の提出先

届け出先は、故人様の本籍地、届け出人の現住所、若しくは故人様がご逝去された場所、

の中の何れかの市区町村役所となります。 

3)死亡届の様式

故人様のご逝去後、担当医師より死亡診断書が発行されます(警察による検死が行われた場合は死体検案書)。

死亡診断書(死体検案書)の用紙はA3の用紙で、右半分が死亡診断書、左半分が死亡届の様式となって居り、

左半分の死亡届に必要事項を記入して捺印(シャチハタは不可)の上、該当役所に提出します。

この際、死亡診断書本紙は死亡届と共に役所に提出されますので、

後日の各種手続き用にコピーを取った後に提出して下さい。

4)死亡届 提出に当って

ー死亡届が受理されますと、故人様の金融機関口座は凍結されますので、

必要金銭の払い出しは届け出前に行う必要が御座います。

口座の解放は遺産相続合意書の提示により行われます。

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5)死体火・埋葬許可証の入手

死亡届の提出と共に死体火・埋葬許可申請書を提出し、火・埋葬許可証の交付を受けます。

火・埋葬許可証は故人様のご遺体火葬の際に必要と成ります。

そして、ご火葬終了後に火葬場より埋葬許可証を受取り、ご納骨が可能となります。

尚、以上の手続きは全てひかりの杜にて手続き代行をさせて頂きます。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・日蓮宗の葬儀と詠まれるお経

現代の横浜市内で営まれるご葬儀の多くは仏式で執り行われて居ります。

仏式のご葬儀では宗派によりその目的と次第が異なります。

従いまして、詠まれるお経も異なる事となります。

1 日蓮宗の葬儀とお経

日蓮宗の葬儀は、日蓮聖人の法華経を信じ、

南無妙法蓮華経の題目を受持する者は必ず霊山浄土に往詣(おうけい)する事が出来る 

の言葉をよりどころに営まれます。

死者に対し、生死の二法を明らかにし、法華経信仰を通して釈尊、日蓮聖人との関係に於ける安心を説き、

過去、現在、未来の三世にわたり法華経を護持することを勧め、霊山浄土への導きをなすことを眼目とします。

ー枕経、通夜式、葬儀式 いずれの場合も 法華経が読誦されます。

2 日蓮宗

日蓮宗は、鎌倉仏教の宗派の一つで日蓮上人を開祖とし、法華宗とも称されて居ります。

日蓮上人の没後、多くの弟子達により布教が行われ、それに伴い多くの派にも分かれて居りますので、

日蓮宗系とさせて頂きました。

日蓮上人は釈尊の教えの全ては法華経(妙法蓮華経)に凝縮されて居り、

久遠の本仏として釈尊を諸仏の根源とすべきこと、滅後末法の世の衆生の救済は法華経の護持によりなされる、

そして南無妙法蓮華経(法華経に帰依する の意味)を題目として唱えよ と説きました。

日蓮宗の総本山は山梨県南巨摩郡身延町の、身延山久遠寺でご本尊は三宝尊です。

三宝尊とは仏・法・僧の三宝をさし、仏の第一を釈迦如来、法の第一を法華経、

僧の第一を日蓮大菩薩(後光厳天皇より、大正天皇よりは立正大師が贈られる)として祀られます。

日蓮聖人は 1222年安房国(千葉県鴨川市)の小湊で生まれ、11歳で地元の清澄寺の道善房に入門し、

16歳で出家し是正房蓮長の名を与えられ、23歳の時比叡山にのぼり就学し、

その後、三井寺、薬師寺、高野山、天王寺、東寺などで遊学し、1253年31歳で安房の清澄寺に帰山し 

4月28日朝、日の出に向かい”南無妙法蓮華経”と題目を唱えました(立教開宗の日)。

そして、名を日蓮と改め、翌1254年鎌倉に出て辻説法を始めます。

各地で辻説法を説き、1260年立正安国論を著し、鎌倉幕府に建白しました。

この建白により、日蓮は幕府や他宗派より迫害を受けることとなります。

1261年からは伊豆国伊東へ、1271年からは佐渡へ流罪となりますが、

その間にも各地で辻説法を続け、”開目抄” ”観心本尊抄”などを著述し、法華曼荼羅を完成させました。

1274年春、流罪赦免ののち鎌倉で幕府に対し法華経・国教化の建白を行い、

身延の地頭であった南部実長の招きを受けて身延山に入山し、

身延山を寄贈されて身延山久遠寺を開山しました。

1282年病を得て常陸国へ湯治に向かう途上、武蔵国の池上宗仲氏の邸宅近くに建立された一宇を開堂供養し、

長栄山本門寺(通称池上本門寺)と命名。その一ヶ月後10月13日池上邸で逝去。享年は61歳でした。

日蓮宗(法華宗)は、日蓮の死後弟子たちにより各地で布教が行われましたが 

法華教団は発展と共に分化されて行きます。

多くに分かれた日蓮宗は1941年(昭和16年)政府の指導により日蓮宗と法華宗の二つに統合されましたが、

戦後は再び各宗派に分かれ、現在に至って居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・曹洞宗の葬儀と読まれるお経

現代の横浜市内で営まれるご葬儀の多くは仏式で執り行われて居ります。

仏式のご葬儀では宗派によりその目的と次第が異なります。

従いまして、詠まれるお経も異なる事となります。

1 曹洞宗(そうとうしゅう)の葬儀とお経

曹洞宗の葬儀は故人様を偲び、讃えることであり、ご遺族をいたわり、慰める為に営むものとされます。

葬儀儀礼は僧侶の葬儀を簡略化して営まれ、

授戒(戒を授けて仏弟子とすること)と引導(仏世界に入らしむこと)が中心に置かれます。

又、肉親の死により悲しみの中に居られるご遺族に、

故人様もこうして仏の慈悲により救済され、仏の世界に入れることを儀式により示すことで、慰めを与えます。

ー枕経では仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)又は舎利礼文(しゃりらいもん)が読誦され、

ー通夜式では修証義(しゅうしょうぎ)舎利礼文が読誦されます。

ー葬儀式では大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)、舎利礼文が読誦されます。

2 曹洞宗

日本に於ける曹洞宗は禅宗の一宗派であり道元禅師(どうげんぜんし)を開祖とします。

道元禅師は比叡山に学び、栄西禅師の下で参禅した後

中国に渡り曹洞禅の法を継承して帰国し興聖寺を建てますが

旧仏教からの迫害を受け越前に永平寺を建立します。

”臨済将軍曹洞土民”と言われるように臨済宗は中央の武家政権に支持され政冶・文化の面で重んじられたのに対し

曹洞宗は地方武家、豪族、下級武士、一般民衆に広まりました。

道元禅師自身、自らの教えを”正伝の仏法”であるとしてセクショナリズムを否定しました。

このため弟子たちには特定の宗派名を称することを禁じ、

どうしても名乗らなければならない際は”仏心宗”と称するようにと示したと伝えられています。

道元禅師の入滅後、じょじょに禅宗を名乗る様にになり

第四祖・蛍山禅師(けいざんぜんし)のころから曹洞宗を用いるように成り始めました。

蛍山禅師は禅を大衆化して大教団の基礎を築き能登に総持寺を開きます。

総持寺は明治時代に焼失し横浜の鶴見で再建されました。

現在は永平寺と総持寺の二大本山制になつております。

道元禅師は宗旨の開創者として高祖、蛍山禅師は宗団の開創者として太祖と仰がれております。

教義は、正伝の仏法を伝統とし、釈迦を本尊と仰ぎ”即心是仏の心を持って”座禅により働きかけます。

その修行生活は極めて過酷であり、曹洞宗の修行は旧日本陸軍に於ける精神論、根性論のルーツであるとされています。

まず入門する為にはどんなに拒絶されても門前で許されるまで入門を請い続けなければなりません。

修行僧である雲水たちの睡眠時間は平均二時間で、お粥に梅干程度の粗食で長時間の作業をしなければ成りません。

その食事の様式も高熱の粥を、まわって来れば即座に食べないと遅いと厳しく叱責されます。

この様な厳しい修行のなかで中途挫折者も数多いとのことです。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・臨済宗の葬儀と詠まれるお経

現代の横浜市内で営まれるご葬儀の多くは仏式で執り行われて居ります。

仏式のご葬儀では宗派によりその目的と次第が異なります。

従いまして、詠まれるお経も異なる事となります。

1 臨済宗(りんざいしゅう)の葬儀とお経

臨済宗のご葬儀は、故人様が仏弟子となり、修行の道に入り、自己の仏性に目覚める事を願う 儀式とされます。

従いまして、死者を仏弟子とする授戒と、仏性に目覚めさせる引導が葬儀式の中心となります。

葬儀には、人間は仏の世界から見れば修行不足の存在であるから、

縁が無くてこの世で修行を積むことが出来なくても、

亡くなった後に仏弟子として修行に励んで欲しいとの願いが表現され、

又、ご遺族は故人様の最後をきちんとしてあげ

故人様の安心を願うと共に、平静な心を得、亡き人に報いるべく、自らを促されます。

臨済宗は禅宗であり、導師の修行を背景として営まれ、地域によっても式次第は異なります。

ー枕経では観音経、大悲呪(だいひしゅう)などが読誦されます。

ー通夜式では 観音経、金剛経などが読誦されます。

ー葬儀式では 大悲呪が読誦されます。

2 臨済宗

日本の臨済宗は栄西禅師を開祖とする日本の禅宗の宗派の一つであり、

師から弟子への悟りの伝達(法嗣、はっす)を重んじる宗派です。

臨済宗は、仏教は教祖ゴータマ・シッダッタ(本師釈迦如来大和尚)の教え(悟り)を直接受け継いだ

マハーカシャバ(釈葉)から28代目のボーディダルマ(初祖菩提達磨大師)をへてインドから中国へ伝来し、

唐末、河北の地の臨済寺を拠点とした臨済義玄(宗祖臨済大師)により始まります。

日本へは宋の時代に中国に学んだ栄西禅師を始めとし、

中国に学んだ日本の僧侶、日本に招かれた中国の僧侶たちによって日本に伝えられました。

法嗣という師匠から弟子への悟りの伝達を続けて現在に至っております。

師匠と弟子の重要なやりとりは室内の秘密と呼ばれ師匠の部屋から持ち出される事は有りません。

しかしながら、師匠の振る舞いを記録した禅語録が弟子たちにより作られ、

時代の流れと共に多くの禅語録が集成され、悟りの伝達も禅語録を教材に行う様にに変化して来ました。

師匠が肉体を去るとき跡継ぎを選ぶのが一般的ですが、

臨済宗では複数の跡継ぎを指名したり、跡継ぎを指名しないケースもあり、

ある流れはいくつもの支流に別れ、ある流は消えてゆき現在に至っております。

禅宗は知識ではなく、悟りを重んじております。

ここで悟りとは”生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気ずく”ことです。

悟りは言葉で伝えられるものではなく祖師たちは苦闘を重ねて悟りを得てきましたが多くの技法が考案され 

現在では師の下で座禅、公案(知的な理解を超えた話を理解する事)、読経、作務(普段の作業)の修行をする事で

悟りを得る方法論が生み出されております。

悟りは師から弟子へ伝わるとされております、言葉による教えでは有りません。

従い自分にとって正しい禅師を選ぶことが肝要とされます。

臨済宗には多くに宗派があり、建仁寺派、東福寺派、建長寺派、円覚寺派、南禅寺派、国泰寺派、大徳寺派、

向嶽寺派、妙心寺派、天竜寺派、永源寺派、方広寺派、相国寺派、佛通寺派、興聖寺派などが

現在活動中の宗派となります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・浄土真宗の葬儀とお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 浄土真宗の葬儀と詠まれるお経

浄土真宗の葬儀は他の宗派と大きく異なります。

葬儀の中に授戒と引導が無い為、葬儀は日常の勤行がそのまま葬儀式の構成となります。

これは在家仏教ゆえに戒が無く“絶対他力”ですので、

信心をいだいていない人が亡くなっても、その人を往生・成仏される力は私たち凡夫(僧を含む)には出来ない 

阿弥陀如来の一人働きによるのみとされ、

“平生業成”から生前に信心をいただいていたならば浄土往生と成仏はすでに約束されている事なので

故人様の成仏を祈る必要はない、との考えから引導も有りません。

又、”人間には他に分かち合うだけの功徳が備わっていない”との考えから、他宗派と同じ回向の考え方も有りません。

往生即成仏と成りますので、死装束は不要であり、霊やケガレも認めて居りませんので清め塩は使いません。

浄土真宗の葬儀式は故人様が死という事実を身をもって示し、

私達に死を迎える準備をしなければならない事を無言の内に教えてくれて居る事から、

これを機縁として本尊阿弥陀如来に報恩感謝し、仏様の教えを学ぶ“聞法”の場であると位置付けられて居ります。

従いまして、あくまでもご本尊を中心にしてご葬儀は営まれます。

臨終勤行の枕経では阿弥陀経(本願寺派)が読誦され、通夜式でも同様です。

葬儀式では阿弥陀経が読誦されます。

2 浄土真宗

浄土真宗は鎌倉時代初期、比叡山の学僧であった親鸞聖人が法然上人に弟子入りし、

浄土門の念仏の教えこそ真実の教え(浄土真宗)を継承して展開し、

親鸞上人の没後、弟子たちにより教団として発展させた日本の仏教の宗旨の一つです。

親鸞上人には独立開宗の意思はなく法然上人に師事出来た事を生涯の喜びとしていました。

宗旨名として浄土真宗を用いることに成るのは親鸞聖人の没後であり、

他派からは永らく一向宗、あるいは門徒宗と通称されて居りました。

浄土真宗は僧侶の肉食妻帯が許されて居り、細かい戒律も有りません。

明治になるまで公式に妻帯を認めていた宗旨は浄土真宗だけです。

法然上人が説いた

”出家・在家の仏教徒の規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である”

を親鸞上人は実遷して妻帯をしたのが始まりと成りました。

真宗はただ如来の働きに任せて、全ての人が往生できるとの教えから 

合理性を重んじ、作法や教えも簡潔であった事から広く庶民に受け入れられました。

又、加持祈祷を行わない唯一の仏教宗派です。

室町時代、浄土真宗本願寺派第八世宗主として蓮如上人が登場し講と呼ぶ組織を作り発展・拡大をします。

その後、戦国大名との争いをへて、十一世宗主顕如は豊臣秀吉に降伏します。

顕如は京都に土地を与えられ本願寺(西)を再建します。

その後、徳川家康の宗教政策により顕如の長男教如が本願寺(東)を建立して 

以降、西と東の二派に別れ今日にいたって居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・浄土宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 浄土宗の葬儀とお経

浄土宗の葬儀は死者を仏の弟子として、仏の本願により阿弥陀仏の下にある極楽浄土へ往生することを教え導き、

本来の住処であり生命の根源である極楽浄土へ立ち帰る凱旋式として行うとされます。

更に、参列する方々に悲しみの中のも自らの死の意味を問い、清浄な心で仏の教えに耳を傾け、

授戒し新たに仏の弟子となった故人様と共に一心に念仏せる生活に入る契機となるよう願って営まれます。

葬儀式の構成は浄土宗の通常の法要(序分、正宗分、流通分)に授戒と引導が加えられたものです。

序文は法要を行うに当たって仏様をお迎えする部分、

正宗分は法要で仏様のお話をうかがう部分、

流通分は法要を終えたら感謝して仏様をお送りする部分、

授戒は戒名を授けて仏様の弟子とすること、引導は 仏様の弟子として教え導くことをさします。

ー枕経は臨終行儀として伝統的に重視され、この際に授戒することが基本とされて居りました。

しかし、現代では枕経では来迎仏をあげて念仏するだけで良いと変化し、

授戒は通夜式で行うことが一般的となって居ります。

通夜式では四誓偈(しせいげ)が読誦されます(もしくは仏身観文(ぶつしんかんもん)、阿弥陀経)。

葬儀式では四誓偈、もしくは仏身観文が読誦されます。

2 浄土宗

奈良時代に中国より日本に伝来した仏教は天皇家や貴族階級の庇護を受けて奈良・平安時代と繁栄してきましたが、

一般民衆に広がることは有りませんでした。

そのカラを破ったのが比叡山の学僧であった法然上人により起された浄土宗であり、

それに続く親鸞の浄土真宗、良忍の融通念仏宗、一遍の時宗、日蓮の日蓮宗などです。

これらの宗教は一般民衆を対象とした、日本人自身による独自の仏教であり、鎌倉時代の創設されました。

これらの宗派と同時期に宋より栄西が伝えた臨済宗、道元が伝えた曹洞宗を含めて 鎌倉仏教と言われて居ります。

法然上人(法然房源空)は1133年美作国久米(現在の岡山県久米郡)に生まれ、9歳で出家し、

13歳で比叡山に登って学僧となります。

しかしながら学僧に満足出来ず、学僧の道を捨てて民衆の為の仏教の道を探り、

源信の往生要集に影響を受けて1175年・43歳で専修念仏の浄土宗を開きました。

法然は仏教を厳しい修行を行い悟りを得る聖道門と、

念仏を唱え極楽浄土に往生する浄土門との分け、

衆生の凡夫でも行うことが可能な浄土門を選択して浄土宗を起こしました。

法然の専修念仏は古来の比叡山を含む仏教・各宗派より迫害を受け、

法然自身は四国へ、弟子の親鸞は越後へ配流されますが、最期には京都に戻り、

後に教本の一つとなった一枚起請文を起して1212年に満78歳で没します。

法然上人の没後は長老の信空が後継となりましたが、

親鸞を含む多くの門人ごとに教義に対する解釈が少しずつ別れ 

浄土四流などいくつもの教団が乱立する事に成ります。

その後、徳川家康が江戸幕府を開くと共に寺院諸法度の一還として浄土宗法度が制定され 

浄土宗は京都の知恩院を門跡寺院・総本山、江戸の増上寺を大本山として 幕府より手厚い保護を受ける事となります。

明治時代に入り廃仏棄却の混乱の中で宗派の統合・近代化が図られ、

現在は鎮西派と西山派の二っの流れを中心にして布教活動が行われて居ります。

本尊は阿弥陀如来、脇侍は左・観音菩薩、右・勢至菩薩となります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・真言宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 真言宗の葬儀とお経

弘法大師の作と言われるご詠歌(ごえいか)

“阿字(あじ)の子が、阿字の古里、立ち出でて、また立ち帰る、阿字の古里”

は真言宗に於ける葬儀観を示したものとされます。

阿は梵字で書かれ、大日如来とその生命を表わします。

死者(亡者と呼ばれる)を宇宙生命の源である大日如来の大生命に包まれている弥勒菩薩の浄土である“都率浄土”へ送り返す事が葬送儀礼の精神とされます。

従いまして、葬儀式は即身成仏への引導作法として示されます。

剃髪・授戒・戒名の授与までが前段階で、大日如来のもとへ導くための準備段階の作法で、

それ以降が後段階として大日如来との一体感、すなわち永遠の生命との一体感をきわめる作法となります。

具体的な葬儀の進行は真言宗内の宗派、地域により異なります。

ー枕経では死者の成仏を勧める“般若理趣経”が読誦され、

“慈救の呪”を唱えて悪魔を祓い、阿弥陀如来の“陀羅尼”、“光明真言”、御法号“南無大師遍照金剛”を唱えます。

ー通夜式でも 理趣経を読誦し、慈救の呪、光明真言、御法号が唱えられます。

ー葬儀式では 前賛、理趣経などが読誦されます。

白蓮の花

2 真言宗

真言宗は平安時代の9世紀初頭に空海(弘法大師)によって開かれた日本の仏教の一宗派です。

真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称します。

空海は804年に唐(中国)に渡り、長安の青龍寺で恵果より真言密教を学んで、その秘法を伝授され 

日本へ帰国後、高野山金剛峰寺と嵯峨天皇より勅賜された平安京の教王護国寺・八幡山東寺を修行場として真言宗を開きました。

法身仏(絶対者)である大日如来をご本尊とし、その教義は即身成仏と密厳国土のもと 

身(しん)、口(く)、意(い)という人の三っの働き(三密)において、

手に印を結び、口に真言を唱えて、心を静めて三昧(さんまい)の境地にはいれば即身成仏できると説きます。

空海は835年・62歳で高野山で入定しましたが、入定に際し住持していた寺院を弟子達に付属しました。

そして、これらの寺院は年分度者(国家公認の僧侶の養成)を許可され、それぞれの寺院は独立性を持つ事と成ります。

その後、各種の変遷を経て、明治政府の神仏分離とそれに伴う廃仏棄却など困難な時代を乗り越え、

昭和14年の宗教団体法成立に伴い宗派は統合され真言宗として一本化されました。

第二次世界大戦終了後には分派独立が相次ぎ、

現在は約50の宗派が有りますが、その内 主要な16派・18総大本山は各山の連絡親睦・共通事業の主宰を目的として 真言宗各派総大本山会を設立して融合を図って居ります。

    今回は以上です。

横浜市での葬儀・天台宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第・そして読まれるお経がことなります。

1 天台宗の葬儀とお経

天台宗の葬儀は

顕教法要(けんきょうほうよう)の法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦する事で煩悩を薄くし滅罪する作法)、

例時作法(阿弥陀経を読誦する事で極楽往生の指南とする作法)、

密教法要の光明供(こうみょうぐ)(阿弥陀如来の来迎を得てその指導の下に故人を引導して仏と成す作法)

の三種の儀礼により営まれます。

顕教とは仏法を理解しやすいように言葉・文字を用いて説いたものであり、

密教とは仏と自分が一体である事を念じ仏の加護によって仏の境地に達しようとする秘法の事です。

天台宗では顕密一致を説きます。

供養する遺族、供養される故人様が一体となり、仏の本性を開発し、共に仏道を成して行く事が天台宗の葬儀の本質であるとされます。

枕経(臨終誦経りんじゅうじゅきょうと呼ばれる)では阿弥陀経が読経されます。

通夜式では授戒が行われ、戒名を授かり、戒を護持して犯さざる事を仏前に誓います。

葬儀式は光明供修法阿弥陀如来の来迎を得て、その指導の下に故人を引導して仏となす密法作法)

と故人の成仏を祈る引導の作法が主となります。

適時、法華経と阿弥陀経が読経されます。

菊

2 天台宗

天台宗は中国の智顗(ちぎ 538-597)が開創した妙法蓮華経を根本経典とする大乗仏教の一宗派で 

浙河省天台山国清寺を本山とします。

日本では比叡山延暦寺で修行中の最澄が805年唐に渡り天台山にのぼって 

天台数学(円)、密教、禅、律を伝授され、

806年に帰国し延暦寺に戻って天台法華円宗(天台法華宗)を開創します。

天台宗は平安時代奈良仏教にあきたらない多くの学僧に受入れられ日本仏教の母胎となり、

その学僧の中から平安末期から鎌倉時代にかけて新しい宗派を唱えた 

融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗などが輩出しました。

又、伝教大師最澄は866年7月に清和天皇より”伝教”の大師号が贈られて居ります。

伝教大師最澄は全ての衆生は成仏出来るという法華一乗の立場を説き、

当時は認められていなかった大乗戒壇を設立して、大乗戒を受戒した者は天台宗の僧侶と認め、

菩薩僧として12年間比叡山に籠山して学問・修行を修めるという革新的な構想を立ち上げ、

当時奈良仏教に飽きていた朝廷はこの考えを受入れて、

天台宗は平安時代の新しい仏教として認められる事と成りました。

天台宗の修行は法華経の観心に重きを置き、その修行は朝題目・夕念仏という言葉で集約されます。

すなわち、午前中は題目、つまり法華経の読誦を中心とした行法(法華懺法)を行い、

午後は阿弥陀仏を本尊とする行法(例時作法)を行います。

この作法が発展して、後の”念仏”という新たな仏教展開の萌芽と成りました。

天台宗に於ける密教は”台密”と呼ばれ、真言宗の密教を”東密”とよびます。

又、天台宗は座禅に関する造詣が深く、日本の禅宗に座禅の教科書として強い影響を与えました。

架空の人物である達磨大師は実は天台大師ではなかったか、という天台大師達磨大師説が唱えられても居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お経の読誦(読経)

仏式の葬送儀礼では僧侶によるお経の読誦が主体となりますが、

これは、”お経の読誦や念仏を唱えることは浄土へ往生する為の正行の一つである”との教えに基きます。

葬送儀礼の中で読経はご逝去の直前・通夜式・葬儀式・火葬炉前・納骨式(埋葬式)・各種の法要などで行われます。

葬儀について

1 葬送儀礼に於ける読経

1)枕経

ご逝去直前の読経は枕経と言われ、本来は死にゆく方が不安にならぬ様

浄土への案内として枕元で死を看取りながらお経をあげる儀式でした。

しかしながら現在では死後すぐに行う儀式に変化して居ります。

特に現代では病院で息をひきとるケースが多くなり、病院での読経は困難な事から、

ご遺体がご自宅に帰宅した後にご遺体を安置し、

ご遺体の枕元に小机を備え、その上に三具足(香炉、花立て、燭台)と鈴を整えて枕飾りとし、

僧侶の読経を頂きます。

この儀式は死者に初めて経を聞かせると言う意味も御座います。

又、宗派によりましては枕飾りの他に指定の掛け軸や絵像を掲げで儀式を行う事が御座います。

尚、宗派、地域によりましては枕経を行わない場合も御座います。

葬儀

2)通夜式

通夜式は故人様を仏門に帰依させる為の授戒と御仏を揺るぎ無く信仰する事を誓い、

それに対する功徳が故人様にも振り向けられて彼岸に往生する事を願う為に行います。

従いまして読まれるお経は授戒式の為と、御仏に帰依する事を誓う為の、二種類の読経となります。

尚、宗派によりましては故人様の死と同時に仏門への入門が許されるとの解釈から、

授戒を行わない事も御座います。

3)葬儀式

葬儀式は御仏への帰依を誓うと共に、仏弟子となった故人様の成仏を祈念する儀式です。

御仏への帰依、故人様の成仏を祈念する読経は宗派によりそれぞれ決められた形に従います。

4)火葬炉前・納骨式

火葬炉前、納骨式での読経は故人様の成仏を祈るお経が宗派の決まりに従って読経されます。

5)法要

法要とは、本来は釈迦の教え(仏法)を知る事、仏法の要点・肝要を知る事を言いましたが、

現代の日本では次第に追善供養のことを指す様に成り、現在では死者を弔う儀式を指す様に成りました。

追善供養は故人様の命日に故人様の冥福を祈って行われる儀式ですので、

死者の冥福を祈るお経が読まれる事と成ります。

   今回は以上です。

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