葬儀の起源

 今回も葬儀、特に仏式葬儀の起源に付いて書かせて頂きました。

 

 仏式葬儀に於ける作法はお釈迦さまの葬儀を基本にしているとされて居ります。

ご遺体を洗う湯灌の行事に付きましては原始仏教の時代より ご遺体を棺にお納めする前に 香水で洗浴する事が行われて居りました。又 釈尊は ご遺体に触れた者は体と衣服を洗い、触れなかった者は手足を洗うだけで良いと 教えました。

 

 末期の水とは ご臨終を迎えた人に与える水を指します。筆先、あるいは 新しい綿に水を含ませ唇を湿らせます。これは 釈尊が臨終を迎えた時 水を所望し 従弟であり十大弟子の一人であった 阿難尊者が川の水を汲んで 釈尊に差し上げた事に由来します。釈尊はおいしいと言って水を飲み、この水が釈尊の最後の飲物と成りました。

 

 仏式に於ける死装束は 白の経帷子ですが、これは 巡礼をする際の装束で、巡礼の途上で亡くなられた場合は そのまま火葬、あるいは埋葬された事に由来します。釈尊の場合は 支援者より 金色の衣裳が贈られ、これが死装束と成りました。東南アジアで見られる寝釈迦像が金色で飾られているのは この死装束に由来します。

 

 釈尊は 旅の最後に沙羅双樹の林の中で入滅されました。入滅された時 沙羅双樹の木は白い花を咲かせて供養をしたと言われて居ります。日本の葬儀で良く見られる 紙華花は 沙羅双樹の白い花に由来していると言われて居ります。 

 

 人が亡くなられると 布団を敷き直し 頭を北に向けて安置します。これは 釈尊が沙羅双樹の林の中で入滅された時 頭は北、足は南、顔を西に向けていた事に由来します。これを頭北面西と言い、右脇を下にする寝方を獅子臥の法と言います。

 

 法事の際の食事を”お斎(おとき)”と言いますが、インドでは 僧侶が食事をして良い時間を時食、食事をしてはいけない時間を非時食と言います。この時食が日本に伝わり斎(とき)に変化したと言われて居ります。

 

  今回は以上です。 

葬儀の起源

 今回は葬儀の起源に付いて書かせて頂きました。

 

 葬儀の起源は 非常に古く 4万年以上前のネアンデルタール人の時代と言われて居ります。人類は有史以来 人が亡くなると葬儀を行って来たと言えます。フランスの歴史学者で 死に付いての学問を本格的に開いたと言われる フィリップ・アリエス(1914−1984)は その著書の中で以下の様に書いています。

” 古くより信じられて来た様に、人間は自らが死にゆく事を理解している唯一の動物である、と言う事は、実は確実では有りません。その代り 確かな事は、人間は死者を埋葬する唯一の動物だと言う事です。”

 

 現代の日本では ご葬儀の90%以上が仏式で執り行われて居ります。そういう意味では 仏式の葬儀の起源が 日本の葬儀の起源とも言えます。仏教は釈迦(釈尊)の教えで有りますので、葬儀の作法は 釈尊が係わった葬儀や 釈尊自身の葬儀を基にして作られたと考えられます。釈尊は長い伝道生活の後、自分の死期を悟り、南方のマガダ国から数百人の弟子を連れて北方に向かい最後の旅に出ました。そして 半年後に クシナガラで 80年の生を終えたと言われて居ります。

 

 釈尊の尊父は カビラ城の浄飯王で、病の知らせを受けただちに駈け付け、到着の7日後に崩御されました。

葬儀の準備は釈尊と重臣たちにより行われ、まず たくさんの香料を溶かした汁で王の体を洗い、きれいにふき取ったあと、絹の布で全身を覆い棺に納めました。ご遺体の周りを7つの宝石で荘厳し、棺を台座の上に安置して、香をたいて死者を供養しました。棺を火葬場へ送る際は 尊父の恩義に報いる為、釈尊、弟、子供、従弟の四人で棺を担ぎました。血縁の濃い者が柩を担ぐ習慣は これに由来していると言われて居ります。

 

  今回は以上ですが、次回に釈尊 自らの葬儀に付いて書かせて頂きます。

 

 

葬儀の意味

 今回は葬儀の意味について書かせて頂きました。

 

 葬儀は 故人さまの逝去を弔うために執り行う祭儀ですが、それと共に 残された方々のために執り行う意味合いも強く有ります。残された方々が 故人さまの逝去を どの様に心の中で受け留め、位置付け、そして処理するかを手助けするする為の儀式でも有ります。日本では 宗教が文明の中で作られる前の 旧石器時代には すでに行われていた宗教的儀式とも言えます。


 現代の葬儀では 宗教的係わりが大きな要素となって居ります。葬儀の主体は あくまでも故人さまですが、葬儀の責任は故人さまを見送るご遺族さまであり、執行は僧侶、神職、神父、牧師等の宗教者であり、さらに参列される方々により構成されます。 そして 日本の葬儀では 悲しみの場である事が一般的ですが、他国では死者の新たな門出の祝いとして 明るく見送るケースが多く見られます。


 現在 よく葬儀の形骸化という事が語られますが、葬儀が大切な営みである事に変わりは無く、人の生と死は それぞれ固有の価値を持つものであり、そのご葬儀は 故人さまとご家族にとって固有の大切な営みで御座います。従いまして ご葬儀は如何に在るべきかと言うよりは 故人様・ご遺族が如何に在りたいかを大切にすべきと考えます。形骸化が世の流れであるとすれば それはそれで良しとし、私ども葬儀コーディネーターは 執り行わさせて頂くご葬儀の中に 故人様・ご遺族のご希望を折り込むべく 心せねば成らないと考えて居ります。


 現在の横浜では 核家族化が進み、地域の人々の協力も得難い状態となって参りました、その中で ご葬儀と言う あまりご経験の無い事を執り行うには相談相手として 私ども 葬儀コーディネーターが居ります。私共も 既成の概念に捉われず、ご遺族さまのご要望を勉強させて頂き その実現に向けて努力したいと熱望致して居ります。


   今回は以上です。





 

葬儀と文化

 今回は葬儀と文化に付いて書かせて頂きました。

 

 有史以来 人が亡くなられると葬儀が営まれて参りました。そして その葬儀は 地域、民族、宗教などに根ざした文化と死生観を基に営まれ それぞれの時代の生活文化、精神文化を反映したもので有りました。その意味では 葬儀は 人の生死に係わる総合文化とも言えます。

 

 葬儀文化は その地域で長い歴史を通して人々が培って来たもので有り、多くの人々の知恵によって出来上がって居ります。そこに含まれている意味合いを良く理解し、その精神を大切にする事が必要です。勿論 文化はその時々の時代を反映して出来て居りますので、中には現代にそぐわない儀礼等も含まれますが、古い物と 単純に切り捨てるのでは無く、その儀礼(文化)が なぜ、どの様にして形成されたのかを学ぶ事により 過去の人々が どの様な 習慣、儀礼、文化を大切にし、どの様な価値を生み出したかを知る事が大切ではないでしょうか。

 

 横浜は 古くは小さな漁村と宿場町を擁する地域であり 特別な文化を持つ地方では有りませんでしたが、百数十年前の開港から 多くの人々が集まり現在に至って居ります。その文化は各国、各地域の文化が集合、混在して出来て居ります。又 高齢化、核家族化が大きく進む中では 多様な文化と死生観を持つ人々の都市となり、葬儀文化もより個人化された形に成りつつ有ります。私ども葬儀社も既成概念に捉われず、ご遺族さまの死生観に合わせたご葬儀を企画しなければ成らないと愚考する昨今で御座います。

 

   今回は以上です。 

生命の大切さに見合う葬祭儀礼

 今回は人の命の大切さに見合った葬祭儀礼(葬儀)とはを考えてみました。

 

 人が亡くなるという事は 大切な生命が喪われることです。人の死は 多かれ少なかれ、社会の中で 又周囲の方々のお心の中に危機状況を作り出します。そこで 命に見合う受け留め方が要請されます。葬儀(葬祭儀礼)は 時代や民族や地域の文化にを基に様々な行われ方が有り、又 その文化が持つ死生観によっても 大きく異なります。しかしながら 共通している事は 葬儀は 危機状況を乗り越える為には 手厚い儀礼が必要であると人々に理解され、日常的でない 非日常の特別な事として営まれて来ました。これを制度化、慣習化したものが 弔いの儀礼、葬祭儀礼です。

 故人さまの死を悼んで 人々が集まり 執り行われる葬儀は 集まった人々に 悲しみと人の命の大切さ、生ある人は必ず死ぬべき存在であることを知らしめます。人々は葬儀に接し 故人さまの死の事実に直面し、その事実の大きさから 生の大切さを知り、又 死が終りや無を来すだけのものではないという事を学び取ります。

 葬儀を執り行うと言う事は 人の生と死は 非常に重く、大切なもので有ると言う事を意味します。ご葬儀では 故人さまの生き様に思いをし、ご遺体を大切にし、故人さまに寄せる家族の心、その痛みを思い遣り、そして 会葬に訪れる方々のお心と思い遣りを大切にしなければ成らないと考えます。

 

   今回は以上です。 

悲嘆へのケアー

 今回は前回に続いて悲嘆へのケアーについてもう少し書かせて頂きました。

 

 身近な方が亡くなられ 受ける悲しみの体験は人それぞれに千差万別です。家族分散や核家族化が進み、同じ家族であっても 同じ程度の悲しみを体験するとは限りません、ある方々は 故人さまの死を納得し、それ程 悲しみを感じない一方で、少数の特定の家族だけが深い悲しみに陥る事がよく有ります。どなたが どの様な悲しみを体験しているか 周りの方は良く理解をして差し上げる事は大切です。

 最近では長い看護の末に亡くなるケースも多く見られる様に成りました。この様な場合 ご家族は 医師より早い段階で 死の告知を受け まだ入院中の生ある状態であるにも関わらず、死別の悲嘆に襲われる事も見られる様に成りました。更に 老人ホーム、老人病院、或いは その他の医療機関で長期の療養の末に亡くなられるケースでは ご家族だけではなく、付添いの方や看護師さんにも悲嘆の体験が現れる事が有ります。その他 ご家族より親しいお付き合いをされていたご友人等に 悲嘆現象が出る場合も有ります。ご葬儀・中陰の間は ご家族だけではなく こうした悲しみを体験している方々のお心にも ご配慮が必要ではないでしょうか。

 悲嘆のケアーをされる方が ご家族の死に出会った経験をお持ちであれば、その体験を思い起し、その気持ちを大切にして接する事により 共感を得て 悲しみを和らげる事が出来ます。又 そうした経験が無くとも ご自分を相手の立場に置いて 接する事は非常に良い事ではないでしょうか。

 

   今回は以上です。

死別の悲嘆へのケア―

 今回は死別の悲嘆へのケアーに付いて書かせて頂きました。

 

 故人さまと死別をされ深い悲嘆に暮れて居る方へのケアーにマニアルは有りません。それぞれ個別の状況により大きな違いが御座います。この事を理解した上で 以下の事に注意する必要が御座います。

 

1 ”忘れよう”、”頑張れ”、”しっかりしよう”の言葉はタブーです。

  悲しみの中に居られる方に 悲しい事実を忘れさせるさせる様仕向ける事は 一般的にマイナス効果となります。むしろ悲しい事実を見つめる事が大切です。頑張れやしっかりしようの言葉は 励ましのつもりであっても、悲しみの中の方にとっては大きな負担と成りかねません。むしろ 悲しみの状態を理解し 静かに見守ってあげる事が必要です。

 

2 話を聞いてあげる。

  悲しみの中に居られる方に大切な事は 説教をしたり、助言をしたりする事では無く 同じ目線で その方の想いを聞いてあげる事です。但し 無理に話させる事は 逆効果になる事が有ります。その方が話したい時に、その方の想いを吐き出させ 怒りに対しても遮る事なく その怒りを発散して頂くことが必要です。

 

3 一人にしない。

  悲しみの中では 孤独感が強くなり、周囲へ反感を持つ場合が有ります、そんな状態の時 大切な事は 気を付けて側に居てあげる事です。監視するのではなく、静かに寄り添ってあげる事が必要です。

 

4 悲しみを避けない。

  突然の子供さんの死、不慮の事故による親御様の死などでは 可哀想だから、残酷過ぎるから等の配慮で その死がら遠ざける事も有りますが、これは時として逆効果になり 死の現実をなかなか受け入れられない決果になる事が有ります。辛い現実では有りましても 現実に対面する事は大切です。その決果 不安・悲しみなどが様々な形で現れ 情緒が不安定になったり 落ち着きを失ったり、暴力的になったりしても、周囲の方々は 注意して見守りながら、悲しみを表現させる努力が必要です。

 

5 笑いや休息は不謹慎ではない。

  悲しみにある方が お通夜や葬儀の席で他人の冗談に笑っても、疲れて休息しても 非難してはなりません。悲しみと言うストレスには 笑い、ユーモア、休息は良薬である事を理解すべきです。

 

  今回は以上です。

 

香典と返礼品

 今回は香典と返礼品について書かせて頂きました。

 

 香典とは仏式の葬儀に於いて故人さまの霊前にお供えする金品の事を言い、返礼品とはそれに対するお返し、通夜 参列への御礼、葬儀・告別式への会葬御礼等の品物を指します。

 

 香典は かっては香奠と書き、香を供えると言う意味でした。これが その後 変化して 香を買う代金である 香典になったと言われて居ります。古くは室町時代の武士階級で金銭香典を出した記録が見られます。しかしながら 一般の人々の間では 米や野菜などの食物を香奠として持ち寄る事でした。これは  喪家では故人さまの成仏を願い、贖罪する為のお布施として 人々に食事を振舞いますが、この食材の用意を手助けする為のものでありました。その後 貨幣制度の変化と共に 明治以降 金銭香典が一般的となって参りました。従いまして 香典は 故人さまへのお供えと、喪家への相互扶助という二つの目的を持って居ります。極く最近まで ご自分の家で葬儀を出した際は 香典帳を保存しておき、他家の葬儀のさいは 頂いた香典と同額をおくると言う事が行われて居りました。

 

 返礼品とは 供養品とも言い 他者に布施をする事により 仏様に徳を積み これを故人さまへ振り向ける事です。古くは 葬列などで 籠に菓子や小銭など入れて 見送りの人々へ撒いたりもしました。現在の返礼品としましては 通夜返礼品・会葬返礼品・香典返し・法事返礼品が有ります。

 通夜返礼品; 通夜に弔問頂いた方で 通夜振る舞いに出ないで帰る方への返礼品です。しかしながら 最近では全ての弔問客へお渡しする事が多くなりました。500円前後のハンカチ等が一般的です。

 会葬返礼品; 葬儀・告別式に会葬頂いた方への返礼品です。通夜返礼品と同じく 500円前後の品物が一般的です。

 香典返し;  頂いた香典の50−30%程度の品物をお返しします。香典返しには 即返しと 忌明け返しが御座いますが、横浜では 即返しが一般的です。3000円前後の品物を用意し 香典を頂いた方へ式場受付でお渡しします。

 法事返礼品; 四十九日や一周忌の法要の際 引き物として用意します。

 

  今回は以上です。    

献花

 今回は献花について書かせて頂きました。

 

 献花とは 無宗教葬のお別れ会、キリスト教葬、香を使用出来ないホテルでの葬儀等で 故人さまをお見送りする際に捧げるお花を指します。ご遺体にお花を捧げる習慣は非常に古くから有り、イラク北部で発見された シャニダール遺跡で ネアンデルタール人のご遺骸の周りで 洞窟内では咲くはずの無い 花の花粉が見つかり 数万年前の亜人類にも 死者を葬る習慣があり、葬られたご遺体に お花を捧げたのではないかと 推測されております。

 

 キリスト教葬における献花は 白のカーネーションで行われるのが一般的ですが、これは日本だけの習慣で、仏教葬の焼香の変わる行為と言われて居ります。海外では お柩にお花を捧げる習慣は有りますが、ご葬儀でお花を捧げる習慣は有りません。ご献花を捧げる作法として決められた形は有りません、 その教会により異なりますが、参列者は各自一輪の花を持ち、一人ずつ式場の前に進み、お柩やご遺影の前に置かれたテーブルの上にお花を置いて、故人さまに拝礼をして席に戻ります。お花の置き方は お花をお棺に向けて置く場合と、茎の部分をお棺に向けて置く場合とが御座いますが、前の方と同じ方法で置かれるのが良いでしょう。又 お花は教会の入り口で会場に入る際に渡される場合と、献花の前に介添いの方より渡される場合が有ります。

 

 無宗教葬の場合や、仏教葬でもホテルで執り行う場合は焼香が出来ない為、献花を行います。献花に使用する花は @ 一輪咲き、A 茎がしっかりしてる、B 持ちやすい長さがある、C 白色の品種がある の条件を満たす花であれば良いのですが、トゲを持つ花は避けます。但し 今後は世の変化と共に変わって行くかもしれません。お花の置き方に付きましては 特に決められた作法は御座いませんので、前の方に従うのが良いと思われます。

 

   今回は以上です。 

 

焼香

 今回は焼香について書かせて頂きました。

 

 ご葬儀等に於きまして 故人さまとの告別をされる際に 仏教葬儀ではご焼香が、キリスト教でが献花が、神葬祭では玉串奉納が一般的です。そして 仏教葬儀でも ご宗派によりご焼香の仕方が異なります。又 キリスト教でも カソリック教会やルーテル教会では焼香を行う場合が御座います。

 

 焼香には 線香焼香と抹香焼香が有ります。線香焼香は日常のお参りに用いられ、通常は”線香を上げる”と言はれます。抹香焼香は香(抹香)を香炉に落として焚くもので、通夜・葬儀・法要などで用いられます。一般的には この抹香焼香のことを焼香と呼んで居ります。焼香は 心と身体の穢れを取り除き、清浄な心でお参りする際の作法とされ、左手に数珠をかけ、右手の親指・人指し指・中指の三指で香をつまみ香炉に落としますが、その作法は宗派により異なります。

 真言宗; 焼香3回、線香も3本立てます。仏・法・僧の三宝に捧げ、身・口・意の三業を清め、三毒の煩悩(貧り・いかり・愚痴)をなくして 心の静寂を求めることができる功徳が有るとされて居ります。

 曹洞宗; 焼香2回、線香は1本を立てます。(線香を3本 横に並べて立てる場合も有ります、立てる順は右・左・中央とします) 焼香は まず右手で抹香を取り 軽く額に押し戴いて 香炉に焚きます、次に 抹香を押し戴かずに香炉に焚きます。初めに焚く香を主香、次に焚く香を従香と言います。

 浄土真宗本願寺派; 焼香1回、線香は立てずに寝かせます。焼香では香を押し戴きません。

 真宗大谷派; 焼香2回、線香は立てずに寝かせます。焼香では香を押し戴きません。

 浄土宗; 焼香1−3回、線香1−3本を立てる、回数は特に拘らない。

 日蓮宗; 焼香3回、線香は1本を立てます。

 天台宗; 回数について特に定めは有りません。

 臨済宗; 回数に拘りません。

 

ご焼香の際に 葬儀の宗派に合わせるべきかとの問合せをお受けする事が御座いますが 信教の自由と言う観点から考えますと、ご会葬者の方のお気持ちに従って頂くの良いのではないかと考えます。

 

   今回は以上です。 

火葬

 今回はご火葬に付いて書かせて頂きました。

 

 ご火葬とは 葬送の手段の一つとして ご遺体を焼却する事です。ご火葬後の焼骨は 骨壺に収骨し ご納骨されます。ご火葬の事を 仏教の用語では 荼毘(だび)に付す と言います。荼毘とは火葬を意味する梵語で お釈迦さまが 入滅後 火葬に付された事に由来します。

 

 横浜市営の斎場は原則 式場と火葬場は併設されて居り、式場でのお別れが終りますと お柩は台車にお乗せして 火葬炉前にお運びします。ご火葬の前に 小机の上に ご遺影と白木のご位牌を飾り、ご僧侶による読経と参列の方々による焼香を行い、ご火葬となります。又 故人さまとの最後のお別れも可能です。ご火葬には一時間から一時間半が必要と成ります。 ご火葬の間 参列者の方々は控室でお休み頂く事に成りますが、昨今では葬儀の際に初七日も合わせて執り行う事が多くなりましたので、その場合は 控室に お斎の席を設ける事も出来ます。


 ご遺体の火葬が終りましたら 収骨(骨上げ)となります。ご遺族によるご収骨は 日本独特の儀礼で 欧米では焼骨が粉に成るまで火葬しますが、日本では焼骨がきれいに残る様 火葬する事が大切とされて居ります。収骨は 古くは 一人の人がご遺骨を 竹又は木の箸で持ち、順に次の人に渡して 骨壺に入れる形でしたが、現在では 二人一組で ご遺骨を拾い、骨壺にお納めします。地域により 使う箸の種類、焼骨を拾う順番、収骨の部位等 色々な作法が御座いますが、横浜では 火葬場の担当者の指示に従い二人一組でのご収骨が一般的です。


 箸渡しは 箸と橋の音読みが同じ事から 故人様をこの世から あの世へ三途の川の橋渡しをお手伝いするとの思いから来ていると言われて居ります。何れにしろ 皆で送って上げようとの 気持ちの表れかと思います。

尚 分骨をされる場合は 事前に申し出て 容器を用意して置く必要が御座います。


   今回は以上です。

供花

 今回はご供花に付いて書かせて頂きました。

 

 ご供花は きょうか、又は くげ と読み、仏様や故人様へ供えるお花の事を指します。ご葬儀の際は主祭壇の両脇や式場の両脇のお供えします。ご葬儀の前に ご供花をお受けするか否か、香典・供物・花輪等と共にご方針を決める必要が有ります。又 花輪等の場合は斎場の意向でお飾り出来ない場合も御座います。更に生花祭壇をお使いの場合は 全体の飾り付けを考えてお受けしなければ成りませんので お受けするお花屋さんは一本化した方が良いでしょう。ご供花に付けるご芳名板も ご供花 一基毎に付けるのが一般的ですが、ご供花が多数に渡る場合や 序列を付けたくない場合、又 その他の理由で ご芳名を一括してアイウエオ順に記す方法等も有ります。

 

 現在では 家族葬や極近しい方々だけで執り行う小さなご葬儀が多くなりました。この様なご葬儀では従来の考え方に捉われず、故人さまを取り囲んでのお見送り等 ご遺族さまのご希望に沿った葬儀式も少なく有りません、当然にご供花の受け方や お供えの仕方もそれに合わせる事が出来ます。又 従来の 白を中心とした茎のしっかりした花だけには拘らず、故人さまのお好きだったお花や、ご遺族様のお好みのお花を ご供花としてお請けする事も多く成りました。

 

  今回は以上です。

通夜

 今回は通夜に付いて書かせて頂きました。

 

 通夜は 故人さまとの別れの最後の夜と言う事で、故人さまと親しかった方が 故人さまを取り囲み、故人さまの思い出話を通して、語り合う夜の事です。ご遺族や身近な方々にとりましては 故人さまのご逝去はまだ 受入れ難く、夜を徹して 故人さまの周りに侍り、ご生前と同じよう仕えて、最後に過ごす大切な時間でも有ります。起源は お釈迦さまの入滅後、その死を悲しんだ弟子たちが ご遺体を見守りながら夜を通して お釈迦さまが生涯をかけて説いた お説法を弟子たちが互いに聞かせあったとの故事によります。


 現代のお通夜では 故人さまがご逝去されてから 斎場・火葬炉の空状況、ご遺族のご都合等を考慮し、ご予定を決めますが、ご逝去から葬儀まで数日の間が有ります。従いまして ご逝去の夜はご自宅で仮通夜、葬儀の前日を斎場で本通夜とする形がほとんどです。本通夜は 夜の6時から7時の一時間くらいを 僧侶の読経、弔問客によるご焼香にあて、その後 弔問客に対して通夜振る舞いのお酒と食事を供して 一時間から二時間で順次散会し、その後はご遺族や極く親しい方のみで 故人さまを見守るというのが一般的です。又 昨今は お仕事のご都合から会葬者の方々は 昼間のご葬儀よりも 夜間のお通夜のみに参列されるケースが多く見られ、通夜の参列者が多くなる傾向に有ります。


 尚 横浜市営の斎場では 5名程度まで宿箔が可能です。又 通夜ではロウソクと線香の火を絶やしてならないとの俗言が有ります これはご遺体の保全が十分に出来なかった時代にご遺体の腐臭を消す為に必要だったと考えられますが、現在ではドライアイス等によりご遺体の保全は問題御座いませんので 不要と成りました。市営斎場でも 火災予防の観点から 夜間は火気厳禁となって居ります。これは余談ですが 夜間に線香を絶やさない為の 蚊取り線香型の線香が御座いますが、これは 江戸時代の線香屋さんがか発明したものです。


  今回は以上です。

ご自宅での葬儀

 今回はご自宅で葬儀を行う場合の要点に付いて書かせて頂きました。

 

 最近の横浜では少なくなりましたが ご自宅で葬儀を執り行う場合の注意事項は以下の様に成ります。

 

お部屋の準備と動線の確認;

 式場とする部屋、飲食の接待をする部屋、近親者・僧侶の控え室、会葬者の待機する場所などを 会葬者の流れを考えながら、道路から室内までを含めて配置を決めます。この配置を五線紙に書き込み、見取り図として用意し、関係者に説明します。又 これを基に隣家の了解を取り付けます。

 

整理と清掃;

 決められた動線に従い 動線に支障が無い様 物を動かし、室内、通路、庭、玄関、自宅前の道路を清掃します。

 

駐車スペースの用意;

 ご会葬者が車で来られる事を前提に 近隣の駐車場スペースを用意したり、一時的な路上スペースを確保する為 近隣の方の了解を得ると共に警察署へ届を出して許可を得ます。交通整理が必要であれば警察官の出動もお願いします。

 

案内標識;

 地元に不案内なご会葬の方の為に 最寄駅、最寄バス停、曲り角に案内板を設営します。

 

受付の設営;

 受付は 記帳、香典預かりの場所ですが、机・椅子・テントなどを設営すると共に 手荷物の一時預かり所も用意します。道路も使用しなければならない場合は 所轄警察署の許可も得ておきます。

 

その他;

 履物を脱いで会葬をお願いする場合は 下駄箱、簀の子、預かり札等を用意します。

 門前、玄関の足元が暗い場合は照明を用意します。

 夏場の場合は冷房、扇風機 冬場の場合は暖房器具 雨の場合はテント、傘なども用意します。

 照明器具など 電気の使用料も増えます、式中の停電など起こらぬ様、電気容量の確認もする必要が有ります。

 

   今回は以上です。  

四華、忌中札

 今回は四華と忌中札に付いて書かせて頂きました。

 

 四華とは 四華花、死華、死花等とも書かれ シカ 或いはシカバナと読みます、仏の説法などの際 瑞兆として天から降るとと言われる 四種類の蓮の花を指します。白蓮華・大白蓮華・紅蓮華・大紅蓮華の四種類で、葬送の際 柩の四方に立てます。忌中札は喪家の玄関に忌中の札を掲げ、死穢を他に及ぼさない為の告知です。

 

 四華花は 葬具の一つで、白い紙に細かく切れ目を入れ その紙を細い棒に撒きつけて作ります。その由来は お釈迦さまが亡くなられた時、沙羅双樹が真っ白な花を咲かせ、そのご遺体を白い花びらで覆い尽くしたとの故事によります。又 お釈迦さまの最後の説法は沙羅双樹の下で行われましたが、この最後の説法の後 涅槃(ねはん、悟りの境地)に入られた事から、四華花は 故人さまが涅槃に入った事を表すとも言われて居ります。以前は 近親者が悲しみを表す四華花を持って 葬列に加わわりましたが、葬列を組むことが少なく成りました 横浜などでは 四華花を供える習慣はほとんど残って居りません。

 

 忌中札は 忌中である事を周りの方々に知って頂く為に貼り出す札です。かっては 裏返したすだれを玄関表にかけ そのすだれに半紙に書いた忌中札を貼り出しました。死を穢れとして扱っていた時代には 穢れを他に及ぼさない様、家に籠っています との意思表示でもありました。又 忌中札には通夜・葬儀・告別式の時間等も書かれて居りましたが、横浜・東京等では 葬儀の式場は自宅で執り行うよりも 斎場等を利用する事が多くなり、空き巣などの犯罪が増加している現在では 留守の時間を知らしめる事にも成りかねず、忌中札を見る事は少なく成りました。

 

   今回は以上です。

 

 

 

 

守り刀、逆さ屏風

 今回はご遺体を安置する際に行われる守り刀、逆さ屏風について書かせて頂きました。

 

 仏教に於ける守り刀や逆さ屏風などの風習は 亡くなられた故人さまの霊を守る為や 死後の世界は現世とは逆の世界であるとの意味を示したものです。

 

 守り刀とは 本来 武士階級で男子が誕生した際 誕生した子の生涯を守る刀として作り与え、逝去の際にはその枕元を守る為に置かれました。それが時代と共に変化し、一般庶民の間でも 亡くなられた方を魔物から守る魔除けとして ご自宅に安置されたご遺体の枕元、或いは胸元に刃物を置く様に成りました。使われ刃物は 刀とは限らず 地域によりましては 鋏や鎌などを守り刀として置く場合も有ります。守り刀を置く場合は 刃先が故人さまの顔に向かない様、必ず足元に向く様に於きます。現代では 法律上や火葬炉内に金属を持ち込めない等の事情から、本物は使用せず 葬儀専用の模造品を使用するのが一般的と成りました。尚 浄土真宗などの宗派によりましては守り刀は使用致しません。

 

 日本の仏教に於きましては 葬儀の事を 逆さ事などとも呼びます、即ち 日常生活とは逆の事を行うと言う事です。悪霊が故人さまの霊に取り付かぬ様、ご遺体の周りに屏風を巡らせますが、逆さに置かねば成りません。死出の旅路に着る経帷子は 左前にお着せしなければ成りません。着物の帯は立て結びに結び、足袋は左右反対に履かせます。故人さまのお体を清める為の湯灌に使用するぬるま湯は 逆さ湯と言い 水にお湯を注いで適温を作ります。逆さ事は 故人さまのご逝去は 日常生活とは正反対の悲しい出来事と捉える考え方も御座います。

 

   今回は以上です。

祭壇

 今回は祭壇に付いて書かせて頂きました。

 

 祭壇は 神、仏、精霊、や死者などに 犠牲や供物を捧げる為の壇を指します。仏教に於ける祭壇としては 仏像を安置する為の須弥壇、ご家庭内に置かれる仏壇は常設の祭壇であり、仮設の祭壇としては 葬祭儀礼用の葬儀壇、四十九日までの間 置かれる中陰壇、お盆の時期に設置される精霊棚(盆棚)等があります。

 

 仏教の葬祭儀礼に於ける祭壇は 儀礼により目的が異なります。葬儀の目的は 御仏を供養し それによって得られた功徳を故人さまに振り向けて頂くことに有ります、従いまして祭壇は仏様の為に設けられます。告別式の場合は 故人さまとご遺族や会葬者の方々とのお別れが主体と成りますので 祭壇は故人さまの為に設けられます。しかしながら 昨今の事情では 葬儀と告別式を個別に行う事は少なくなり、同時に執り行われる様に成り 祭壇も二つの目的を持つように成りました。

 

 江戸時代では 柩の前に野机と呼ばれる小机を置き、白布で覆い、灯明・香炉・花立て・位牌・供物を置き、両側に供花を添えて祭壇として居りました。明治に入りましてから 葬列がより盛大となり 柩を運ぶ白木の輿に色々な装飾がされる様に成り、戦後 この白木の輿が二段、三段となって 白木祭壇が祭壇の主流と成りました。戦後の葬祭儀礼は 葬儀よりも告別式が中心と成り 立派な祭壇を飾る事が故人さまを弔う事に成るとの考えが生まれ、祭壇はより大きなものへと変わりました。又 故人さまを より中心として弔う為に 故人さまの愛用品を祭壇に飾ったり、故人さまの人柄に合わせた生花祭壇を設ける事が流行とも成りつつあります。

 

   今回は以上です。

 

遺影写真

 今回は遺影写真に付いて書かせて頂きました。

 

 ご遺影とは ご逝去された故人さまを偲ぶ為に 作成した写真もしくは肖像画を指し、ご葬儀の祭壇に飾られ、その後 ご自宅の床の間、或いは仏間の長押に代々のご先祖様と共に飾られます。一般的には 胸から上の肖像で 写真の場合は 四つ切と呼ばれるサイズに引き延ばしますが、社葬や団体葬など 大規模な葬儀の場合はさらに大きく引き延ばして飾ります。以前は着物、或いはモーニングを着用したモノクロの写真を 黒縁の額に納めて飾られましたが、葬儀会場を明るく、温かい印象でなどのご希望から、最近では 普段の生活や旅行の記念写真から選んだカラー写真で黒色以外の額縁を使用する例が多くなりました。ご遺影の発祥や考案者は不明ですが、昭和の初期には 祭壇の中心にご遺影を飾る形が出来あがって居りました。

 

 本来は 故人さまがご自分で 気にいった写真をお選び頂くのが良いのですが、突然のご逝去や、事前に用意する事をお好みでない場合などでは 色々な集合写真の中から ご遺族がお選び頂く事となります。この集合写真から故人さまだけを抜き出し、背景を変えて作成する事に成りますが、現在の画像加工技術は非常に優れており 小さな原写真でもあまり問題は御座いません。又 着衣の着せ替え等も可能と成りました。

 

 現在では写真のご遺影だけではなく、電飾写真や液晶遺影なども使われる様に成りました。又 お別れ会などではモーションポートレートやライブポートレートのような動画もご遺影として使われると予想されます。


 尚 米国などの海外では まだ土葬が主流であり、ご遺体の保存技術も発達している事、及び宗教の関係からご遺影写真を飾る習慣は有りません。


  今回は以上です。 

ご遺体の保全

 今回はご遺体の保全に付いて書かせて頂きました。

 

 人間や動物の肉体は死後 体内にある自己溶解酵素、及び体の内外に棲息する微生物などによって、細胞は急速に分解を始め(腐敗)、さらに ハエの幼虫など 死肉食性の昆虫の摂食活動により速やかに損壊されます。又 ご遺体から浸出す体液・腐敗汁などの汚染による感染症の危険もあります。これらを防ぐ為に ご遺体の衛生保全(エンバーミング)や 腐敗の進行を遅延させる為のドライアイス使用などを行います。日本国内の法律では 医師による死亡の判定から24時間以内のご火葬は許されて居りません(死亡原因が感染症である場合を除く)、又 火葬炉の空状況によりましては 更に数日間 ご遺体を保全する必要が有り、この間は一般的にドライアイスによる腐敗防止を、ご遺体を遠方に移送したり 何らかの事情で長期間 保全する必要が有る場合は遺体衛生保全(エンバーミング)を施す必要が御座います。

 

 ドライアイスは 皮膚に直に当てますと皮膚が傷つきますので、タオルなどでくるんで使用します。胃や腸の腐敗は早く、腐敗ガスを発生させますので 側頭部と胸から腹部を中心としてドライアイスを当てます。通常は10Kgで24時間 保全が可能ですが、夏場の暑い時などは量を増やしたり、交換の頻度を上げたりして調節する必要が御座います。又 ドライアイスは直下にしか効きませんので、ご遺体の上に置くかたちとなります。

 

   今回は以上です。

お布施

 今回はお布施に付いて書かせて頂きました。

 

 仏教に於いて、お布施とは梵語では壇那(旦那)(ダーナ)と言い、菩薩(悟りを求めて修行をする人)が行うべき六つの実践徳目(六波羅蜜)の一つで、慈悲の心をもって 他人に財物などを施すことです。施す人も、施される人も、施す財物も本来的に空であり、執着心をはなれてなされるべきものとされています。お布施は様々有りますが 財施(ざいせ)、法施(ほうせ)、無畏施(むいせ)が一般的で 和顔施(わがんせ)、言辞施(げんじせ)なども有ります。

 

財施; 仏教の教えに感謝を表し 出家修行者、仏教教団、貧窮者などへ 金銭や衣服・食料などの財を施すこと。

法施: 仏の教えを説き、精神的な施しを行うこと。僧侶の務めとされています。

無畏施; 不安や怖れを抱いている人に対して安心を施す、困った人に親切を施すなどです。

和顔施; 笑顔を見せる事は それを見る人に幸福感を与え それも布施の一つであると言う考え。

言辞施; 言葉で他人を傷つけない様 気を付ける事。

 

 ご葬儀に於きましては ご僧侶は 通夜・葬儀式などの法要を営む事により 法施を施し、ご遺族は これに感謝して財施を施すという関係にあります。ご僧侶が法要を営む事は ビジネスでは無く あくまで法施であり、ご遺族のお布施は 法要執行への対価では無く あくまで財施を行うという事が本来の考え方です。しかしながら 現在の横浜など都会に於いては 檀家制度など希薄となり 寺院とご遺族の関係は日常の信仰を基本としたものでは無くなりつつあります。法要の施行に当たりご僧侶をお願いする場合、お布施の金額を問い合せる事もタブーでは無くなりつつ有り、ご遺族が負担可能な財施がどの位か 忌憚なくご相談する事も一般的と成りつつ有ります。ご僧侶をお願いしたいが 経済的事情がある様な場合は素直にご相談される事をお薦め致します。

 

   今回は以上です。

位牌

 今回は位牌について書かせて頂きました。

 

 位牌とは 仏教の祭祀で故人さまの霊を祀るために使われる木製の碑で、故人さまの戒名などが書かれて居ります。元々は中国の後漢時代に儒教の葬礼に用いられた霊碑を起源として居り、霊碑には死者の官位・姓名が書かれていた事から ”位”牌と呼ばれました。又 死者の霊が宿る 依代(よりしろ)という古来の習俗と仏教の卒塔婆が組み合わされた物とも言われて居ります。日本へは鎌倉時代に禅宗と共に伝来し、江戸時代に一般化しました。表には戒名が書かれ、裏には俗名と 死亡時の年齢、死亡年月日が書かれます。

 

 位牌には 内位牌、野位牌、本位牌、寺位牌などが有ります。

内位牌(仮位牌); ご臨終後 僧侶より戒名を頂き、作られる白木の簡素な位牌です。枕飾り、通夜、葬儀、後飾り(中陰壇)に祀られます。四十九日の法要で 御霊を内位牌から本位牌にお移しした後 お寺さまで焚き上げられます。

 

野位牌; 内位牌と同じ白木の位牌で、墓石に文字が刻み込まれるまでの間 お墓に置きます。

 

本位牌; 四十九日の法要により忌明けとなり ご仏壇の二段目に安置する位牌です。殆んどは木製で 漆塗りやカシュ―塗装に金箔・沈金・蒔絵が施された塗り位牌、黒檀・紫檀などに透明 或いは半透明の塗装をした唐木位牌、近年 多くなりました家具調位牌などが有ります。文字は地色と違う色で書いたものや 彫ったものなどが選べます。又 一枚の板に御一人 或いは複数の戒名を記した 札位牌(板位牌)、多数の薄い札が納められる様に作られた 繰り出し位牌等が御座います。

 

寺位牌; 本位牌とは別に 菩提寺に納める位牌です。お寺さまでは 本堂内や位牌堂に安置され、朝夕の勤行の際に供養されます。

 

尚 浄土真宗の場合は 原則として位牌は用いません、代りに法名軸、或いは過去帳を用います。しかしながら近年では お寺様の了解を得て お位牌を作られるご遺族さまも多く成りました。

 

   今回は以上です。

 

骨壺

 今回は骨壺について書かせて頂きました。

 

 骨壺とは ご火葬を終えた 故人さまの焼骨をお納めする為の容器です。事情に因りましては洗骨をお納めする場合も御座います。古くは 蔵骨器(又は骨蔵器)と呼ばれ 土器や素焼きのカメが使われて居りましたが、石をくり抜いた物や、金属で作られた物など 多岐にわたっておりました。その後 常滑焼、瀬戸焼、信楽焼などの 大衆的な陶器で作られた物が多くなりました。現在でも 陶磁器製が主流ですが 白一色だけではなく 色々な絵付けがされた物や、故人さまが生前に絵付けされた物、故人さまの戒名(法名)とお名前が入った骨壺など 多様性に富んで参りました。

 

 骨壺の形状は 古代より現在に至るまで おおむね円形です。大きさは 全部収骨か部分収骨かにより 異なりますが 東日本では全部収骨ですので大型となり、西日本では部分収骨ですので小型の骨壺となります。骨壺は収骨後 蓋をして 開かぬよう粘着テープで しっかりと留め、白布で包み 白木 又は金襴の箱に納めて 墓石の下、寺院の納骨堂、納骨室に安置する事になります。尚 納骨される際には 火葬場より発行された埋葬許可証が必要と成りますのでご注意下さい。横浜市営の火葬場では骨壺を骨箱に納める際に承認済の埋葬許可証を同封してくれます。琉球地域では 厨子甕と呼ばれる石製や、陶器製のものが骨壺として使われ ご遺骨を納めた厨子甕は礼拝の対象とされて居りました。

 

 これは余談ですが アメリカでは土葬が一般的ですが、火葬の場合も有り、葬儀社ではもちろん、ショッピングセンターなどで 陶器製は勿論、金属製やガラス製の 意匠を凝らした骨壺を見る事が出来ます。

 

    今回は以上です。

 今回は柩(ひつぎ)に付いて書かせて頂きました。

 

 柩とは 棺(かん)とも書かれ 故人さまのご遺体を納めて葬る為の容器です。ご遺体が納められていない物を棺、ご遺体が納められた物を柩とする説が有りますが、棺の訓よみはひつぎであり、ご遺体を納めた容器を葬儀式場から送り出す事を 出棺と言いますので 棺と柩を使い分ける必要は無い様に思います。棺には大きく分けて寝棺(伸展葬)と座棺(屈葬)が有ります。古くは 石を組み合わせた石棺、木をくり抜いて作られた木棺、木に漆を施した乾漆棺等が 寝棺として身分の高い人々の間で使われて居りました。一般民衆の棺は 座棺であり 鎌倉時代に始まり、江戸時代に大きく普及しました。これは 木製の桶で、故人さまが亡くなられると、急いで作らなければ成りませんので 早桶とも呼ばれて居りました。それ以外にも 棺を示す言葉としては オケ、コガ(桶の別称)、舟(フネ)、龕(ガン)などが有ります。江戸時代の埋葬は土葬でしたので、場所を取らない屈葬が一般的であったと考えられます。明治時代に入り 富裕層の間で寝棺が使用される様に成り火葬も一般的と成りましたが、初期の火葬炉では寝棺用の火葬炉と、座棺用の火葬炉が有り、地域によりましては座棺用の火葬炉しかない為 昭和40年代まで座棺しか使用出来ない市区町村が有りました。現在では火葬炉も近代化し 寝棺が一般的となって居ります。

 

 現在の棺としては大きく分けて 天然木棺、フラッシュ棺、布張棺の三種類となります。

天然木棺;   マキ、モミ、ヒノキなどの天然木を使用して作られた 最高級とされる棺です。中でも ヒノキが最高級とされ 百万円超の棺も有ります。

フラッシュ棺; 白木の薄い合板を組み合わせて作られ、見た目も良く軽量で、現在の主流となって居ります。本物の天然木を薄くスライスして合板に張り付けた 突板張棺や、薄い用紙に木目と色を本物そっくりに印刷し 合板の表面に張り付けた プリント合板棺があります。余談ですが フラッシュとは日本語で偽物を意味しています。

布張棺;    フラッシュ棺の表面に布を張った棺で、主としてキリスト教の棺として使用され、海外から色々なデザインが輸入されて ファッション性の有る棺として定着しております。

 

 天然木棺、フラッシュ棺には 表面に手彫りや機械彫で彫刻を施した 彫刻棺があり、二面彫、三面彫、四面彫、五面彫などが有ります。本体と蓋の組み合わせも 従来の釘打ち形から、釘を使用しない はめ込み式の印籠(インロー)タイプへと変化して居ります。

 

  今回は以上です。 

 

死に装束

 今回は死に装束に付いて書かせて頂きました。

 

 死に装束とは 故人さまが西方浄土へ旅立つ為の 衣裳を指します。古くは 武士階級が切腹する際の衣裳(装束)も死に装束と呼ばれました。白を基調とした装束から白装束とも呼ばれて居ります。神道やキリスト教では特に死に装束に該当するものは有りませんが、神道では神主の衣裳に似た白の装束を着せる場合もあります。又 浄土真宗では ご逝去と共に 故人さまは仏と成り(成仏)、冥土に立たれますので、旅の為の死に装束は 着用せず、故人さまのお好みの服装に、胸前の両手に数珠をおかけして お見送りします。

 

 日本に於ける 死に装束は 経帷子・帯・天冠・頭陀袋・六文銭・手甲・脚絆・草鞋・編笠・杖・数珠で 一式となります。これらの装束は 仏式での巡礼者 或いは修行僧の装束で、江戸時代以降 葬儀は仏式と成りましたので 一般的となり、ご納棺の前に 故人さまに施します。死に装束は 古くは親族により用意されるものでしたが、現在では 葬儀業者でご用意させて頂くのが一般的となり、故人さまのお好みの着衣の上に置かせて頂いたり、お棺の中に入れるだけのケースも多く成りました。

 

経帷子・帯; 浄衣や経衣(きょうえ)と呼ばれ、親族の女性の手で、白の麻や木綿、紙布などで作ります。裏地を付けない一重で、糸尻を留めずに縫われました。そして 衽(おくみ)や背に 南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経などの名号、題目や 真言(陀羅尼)、経文などを書き込んだ着物です。死者もこれを身に付けると生前の罪が消え、地獄の責め苦を免れ、浄土に往生出来るとされて居ります。又 重罪の者もこれを着れば解脱を得るとも言われます。故人さまには経帷子を左前でお着せし 帯で結びます。

天冠;   額に付ける三角の布で 額紙や額布とも呼ばれ、冥土への旅に於ける魔除け、その他の説が有ります。起源は観音菩薩の頭部にある冠を模したものとの説だ有ります。余談ですが 能や舞踊でも天冠を付けて舞う事が有ります、もちろん布製では無く金属製の天冠ですが。

頭陀袋; 頭陀袋は 修行僧が托鉢の際に頂く お供物を入れる袋です。

六文銭; 六文銭は六道銭とも呼ばれ 三途の川の渡し賃とされて居りますが 電気火葬炉の関係上 金属ではなく 紙、又は木片に印刷された物が使用されます。又 青森県の一部では六文ではなく 49文を持たせます、何れにしろ どんな金持ちでも 死出の旅立ちには 六文しか持って行けない とも伝えられ居ります。

以上の他に 手甲・脚絆・草鞋を左右逆、又は裏返しにして着用し、編笠を頭の上に、杖を利き腕の側の置き、両手に数珠を置いて、お棺を閉じます。

 

   今回は以上です。

 

 

後飾り

 今回は後飾り壇に付いて書かせて頂きました。

 

 後飾り壇とは 仏教、或いは神道に於いて ご火葬・ご収骨の後 ご納骨までの間 ご自宅でご遺骨を安置する為の祭壇です。仏教では 四十九日までの”中陰”の間に設けられる祭壇である事から 中陰壇(ちゅういんだん)とも称されます。

 

 後飾り壇は 白木、或いは小机に白い布をかぶせた 二段又は三段の祭壇で、一般的には ご遺骨、野位牌(白木のご位牌)、ご遺影、三具足(香炉・花瓶・燭台)、鈴(りん)等を置きます。後飾り壇に飾るものは その宗派、地域により飾る物、その飾り方が異なる事が有ります。一般的な飾り方と致しましては 上段にご遺骨を安置し その前にご位牌を置き、下段にご遺影を置きます。ご遺影の前には 中央に香炉、向かいまして右側に燭台と鈴(りん)、左側に花瓶を、両サイドに供物を配置します。お水をお供えする場合は ご位牌の前に置きます。又 ご葬儀で頂いた 生花や供物は 後飾り壇の周囲に適宜並べます。後飾り壇を設ける場所は 仏間であれば ご仏壇の前、もしくは横、あるいは居間であれば床の間などが選ばれます。床の間の場合 後ろに十三仏の掛け軸を掛ける事も有ります。

 

 神式の後飾り壇では 祭壇にご遺骨を安置し ご遺影を飾り 榊を活けた花瓶 洗米・塩・お神酒などが置かれます。キリスト教では 特に決まりは有りませんが ご納骨までの間 ご遺骨、ご遺影、燭台などを置いて お祈りします。


  今回は以上です。

枕飾り

 今回は枕飾りに付いて書かせて頂きました。

 

 枕飾りとは ご家族がご逝去され ご遺体を北枕でご自宅に安置しますが 葬儀を執り行うまでの間、故人さまの霊を慰める為の仮祭壇を指します。ご遺体の枕元にお飾りしますので、枕飾りと呼ばれて居り、仏教や神道で使われます。

 

 ご遺体の枕元に 白木の台を備え、三具足を配置します。香炉を中心にして ご遺体に向かって右側に燭台(火立て)を置き、左側に花立てを配します。燭台に白のローソクを灯し、花立てにはシキミ又は白菊を一本たて(一本花と言います)、香炉に線香を立てます。それぞれ一本が原則とされて居ります。但し 浄土真宗では 線香は立てずに 適当な長さに折って 火を付け 横に寝かせます。このローソクと線香の火は絶やさぬ様にが 原則でしたが、現在では 火災予防の観点から ローソクの火は必要な時のみ灯すように成りました。そして 浄水、枕飯、枕団子、故人さまの好物などをお供えします。枕飯、枕団子はご逝去後 すぐに作るものとされて居りますが 浄土真宗ではお供えしません。

 

 枕飾りのローソクの光は御仏の光明を意味し、線香の煙は御仏の食物を意味して居ります。又 灯りは故人さまが迷わぬ様に道を照らすという意味も有ります。枕飯は 食物が身体を養うならば、魂も養うという考えから、魂の形である丸形 即ち 山盛りにしてお供えします。枕団子は 釈迦が入滅された時に 無辺見菩薩が香飯を捧げた故事にもとずきます。枕飯や枕団子等の食べ物を供えるのは ご遺体から遊離した霊魂を食事の魅力で呼び寄せ蘇生させる 魂よびの一種であるとか、霊魂が善光寺参りする為の弁当である等の習俗も有ります。

 

  今回は以上です。

神道のお墓、お墓参り

 今回は神道のお墓とお墓参りに付いて書かせて頂きました。

 

 神道に於きましては お墓を ”奥津城”(おくつき) と言います。奥津城とは 元来は 昔の墓 を意味して居りましたが 後に お墓その物を意味する様になり、又 神道式のお墓に刻まれる文字とも成りました。奥津城は 奥都城、や奥城とも書かれますが 奥深い所で、外部から遮断された聖域で、お棺を安置する場所の意味でもあります。中間の文字である 津・都は ”〜の” の意味を持ち、一般信徒のお墓では”津”を使用し、神官や氏子を勤役した方 或いはご先祖が勤役されていた場合は ”都” を使用するのが基本です。

 

 奥津城の形状は 基本的には仏式と同様ですが 墓石は細長い角柱型で、頭頂部を四角錐にします。これは ”三種の神器”の一つであります、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の形を表していると言われて居ります。そして 神道では 焼香が御座いませんので 香炉は不要ですが、代りに 玉串を奉奠する為の 八足台を置きます。墓石には ”〇〇家之奥津城” と刻みます、墓石が無い場合には 墓標に ”〇〇大人(刀自)命之奥津城” の様に刻みます。神道では 仏教のような戒名は有りませんので、生前のお名前の下に 之霊・命・命霊・霊位の何れかを付けるだけです。

 

 通常 神社では墓地を所有して居りませんので、神式のお墓を建てる際には、公営や民営の霊苑の墓地を購入される必要が有ります。

 

 神道に於けるお墓参りは 故人さまの祥月命日に行う式年祭(一年祭、五年祭、十年祭等)を中心に、お盆や春秋のお彼岸に行います。まず 墓地内をきれいに清掃し、線香は使わずろうそくを立て灯します、水・洗米・塩・お神酒の神饌と 故人さまの好物をお供えします、花立には榊を飾ります。拝礼は まず深く礼をし、一度 拍手を打ちます、それから二礼二拍手一礼の拝礼をします。この場合の拍手は 一年祭まではしのび手で、一年祭からは音を立てて打ちます。

 

   今回は以上です。

霊祭、霊前祭

 今回は神道に於ける霊祭に付いて書かせて頂きました。

 

 仏教に 初七日を始めとして 五十回忌、あるいは百回忌まで 故人さまの冥福を祈り、霊をお慰めする法要が有りますが、神道でも 故人さまの御霊を慰め鎮める追悼儀礼が御座います。この儀礼を 霊祭(みたままつり)、又は 霊前祭(れいぜんさい)と言います。

 

 霊祭は 斎場祭(ご葬儀)の翌日から行われます、ご葬儀が全て終了した事を奉告する”翌日祭”(現在ではほとんど行われて居りませんが)、ご逝去から十日毎に行う ”十日祭”、”二十日祭”、三十日祭”、四十日祭”、そして”五十日祭” と行います。十日祭から四十日祭は ご自宅で ご家族だけで執り行いますが、五十日祭は 忌明けとなる重要な霊祭で、ご自宅 或いは ご用意の斎場に近親者、知人・友人にお集まり頂き、神職をお呼びし、祭詞を奏上して丁寧に執り行います。又 五十日祭に併せて、ご納骨を行う”埋葬祭”を行うのが一般的です。五十日祭が終りますと 忌明けと成りますので 神職に清祓いをして頂き、神棚の覆いをとって お祀りを再開します。更に 故人さまの御霊(霊璽)を仮霊舎から ご先祖さまの霊をお祀りする御霊舎へ御遷しする”合祀祭”を執り行います。

 

 この後は 百日目の百日祭、毎年の命日(帰幽当日)に行う ”正辰祭”と、三年・五年・十年・二十年・三十年・四十年・五十年の命日に行う ”式年祭”が有り、故人さまの御霊を慰め 子孫の繁栄を祈ります。一般的には 五十年祭を節目として ”まつりあげ”を行います。

 

 霊祭は 神社ではなく、ご自宅 斎場 又は墓前に神職をお招きして執り行います。霊祭の後には ご臨席頂いた近親者、知人・友人、にご神官と世話役をお招きして ”直会”(なおらい)と呼ばれる宴席を設けます。仏式で行われるお斎にあたります。尚 地域によりましては 喪家の火は使わないという仕来たりも有り、この場合は世話役、お隣の家、或いは仕出し屋で料理を用意する必要が御座います。

 

  今回は以上です。 

御霊舎(祖霊舎)

 今回は神道に於ける御霊舎(みたまや)に付いて書かせて頂きました。

 

 御霊舎(みたまや)は祖霊舎(それいしゃ)とも言い、神道に於いて 祖先の霊を祀る為の神棚であります。神道では神をお祀りする神棚と 祖先の霊をお祀りする御霊舎をお設け頂きます。御霊舎は 仏教のご仏壇に代わるものと考えられます、但し ご仏壇は御仏を中心としてお祀りしますが、御霊舎は故人さまの霊璽を中心としてお祀りする所が大きく異なります。故人さまの霊は祖霊に加わって家の守護神となり、子孫を護るものと言われて居ります。

 

 ご不幸があって 御霊舎を新たにご購入される場合は 五十日祭までに用意します。ご購入された御霊舎は神壇より低い位置にお置き頂き、神具として 水器、土器、灯明具一式、お神酒徳利一対、榊立て一対などをご用意いただきます。五十日祭の忌明けに行う合祀祭により 御霊舎に故人さまの霊璽とご神鏡をお納めします。ご神鏡には ご先祖の霊が宿るとされています。

 

 日々の拝礼は 神棚、御霊舎の順に行います。拝礼の作法と致しましては まず 顔と手を清め、口をすすいだ後に神饌を供えます(洗米、塩、水の三品)。その後 軽くお辞儀をしてから 二回深く拝礼します(二礼)、そして祓詞を奏上し、神棚拝詞、祖霊拝詞を述べます。心の中でお考えの事を そのまま祈念しても構いません。最後に二礼二拍手一礼を行って終わります。祓詞、神棚拝詞、祖霊拝詞を省略する場合は 二礼二拍手一礼だけでも構いません。

   今回は以上です。

 

三具足

 今回は葬儀等 仏教の儀式で使用される三具足に付いて書かせて頂きました。

 

 三具足とは 仏教の儀式で使用される 仏具の一つで、香炉・燭台(火立)・花立各一つずつで一組となります。

仏具は仏教の儀式で使用される 特殊な道具や 僧侶などの聖職者が使用する装飾品の事で、法具・法器とも言います。仏教では本来 僧侶は 生活する上で必要となる 最低限の着物と食器(三衣一鉢)以外の金品の所有は戒律で禁じられて居りました。しかし お釈迦さまの死後100年ぐらいから 信者から寄付された最低限の金銭や日用品の個人所有を認めようとする派が現れ、従来の戒律を守ろうとする保守派との間で論争が起き、 教団は分裂し、許可派では三衣一鉢以外の金品の個人所有が認められる様に成りました。更に紀元を過ぎて仏教は中国や西域にも伝播し、僧職者は人々の中で 祈祷や葬儀などの儀式を司る様になると共に、儀式の中で必要となる道具も開発されました。そして 中国で起きた 浄土信仰は 仏教を民衆の間に多きく広め、僧職者を介しての仏への信仰から、信者自身による仏への信仰へと変化して行き、一般社会の中で定着しました。それと共に 仏画、数珠、三具足などの仏具を僧職者ではない、普通の信者の家庭でも使用する様に成りました。

 

 三具足は みつぐそく 又は さんぐそく と読み 香炉、火立(燭台)、花立(花瓶)で一組となります。置き方は ご本尊に向って、左側に花立、真中に香炉、右側に火立を置き、左右対象となる様 気を付けます。五具足は ごぐそく と読み 香炉一つと、火立(燭台)一対、花立(花瓶)一対の五つで一組となります。置き方は ご本尊に向って 中央に香炉、その両側に火立、更のその外側(両端)に花立を配置し、左右対象となる様に気を付けます。尚 浄土真宗では 三具足は 金香炉・燭台・花瓶(かひんと発音)と呼び、平時の荘厳作法に使用します、五具足は 特別な荘厳作法で使用し、その配置の仕方も宗派により異なりましゅので、注意が必要です。


 具足の名称は鎌倉時代ぐらいから 鎧や兜等の身を守る道具の総称として使われ始めましたが、仏具に何故 三具足や五具足の呼称が付けられたかは 良く調査の上 再度 ご報告申し上げます。


   今回は以上です。

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