葬儀の豆知識 日本の習俗

 今回は葬儀に係わる習俗に付いて書いてみました。

 魂呼び、食い別れも日本の習俗の一つですが、以外にも耳塞ぎ、歳違え、犬はじき、息つき竹などが

有ります。

 

 耳塞ぎ; 身近の方が亡くなったとき、故人様と同年齢である方は死の穢れに染まりやすいということで、

     これを避ける為の習俗です。

     餅や団子などで耳を塞ぎ、死の知らせを聞かない様にします。耳栓に使用した餅や団子は川や海

     に流します。また地方によってはただ単に一度手で耳を塞いでから その後で知らせを聞くという所

     もあります。同年齢者の葬儀には会葬しない、どうしても会葬するときは耳に餅をつめて行くという

     処も有ります。

 

 歳違え; 会葬の前に豆を食べてご自分の歳を取り越し、故人様と同年齢でなくしてしまう習俗です。

 

 イヌハジキ; 墓地を青竹で囲ったり、生垣を作ったりすることがあります。犬が墓地を荒らさない様にと

       (イヌハジキ)と言ったり、忌みが外に出ない様にと(イガキ”忌垣”)と言ったり、色々な

       表現があります。

       古代ではご遺体を小屋に安置して白骨化を待つ風葬が普通であり ご遺体を守る為に囲いが

       必要でした。この習俗が土葬になっても残ったようですが 火葬が普及するとともにこの習俗

       も少なくなりました。

 又 埋葬地に石を置き その後ろに竹を突き刺すことがあります。これは故人さまが息をつく為だとして

 (イキツキタケ)と呼ばれます。

 

今回は以上です。

 

 

        

 

葬儀の豆知識 食い別れ

 今回は葬儀に於ける”食い別れ”を書かせて頂きます。

 葬儀の中では飲食も重要な要素のひとつとなっており、通夜の際の通夜振る舞い(お清めとも言います)

、出棺前の一膳飯(出立ちの膳とも言います)、火葬後の精進落とし(お斎とも言います)などがあります。

 

 共に飲食をする事は人と人との交わりにとって大切な事柄です。通夜振る舞いあるいは精進落としの席に

故人様の膳も用意する事により 故人様との最後の交わりをすると共に、お別れをする事が出来るのでは

ないでしょうか。

昨今は葬儀での飲食は会葬頂いた方、あるいはお手伝い頂いた方々へのお礼の意味が強くなっておりますが

、加えて 故人との食い別れの意味合いも色濃くあると思われます。

 

 又 古くには死穢(しえ)という言葉がありますが”死は伝染するもの”と考えられて居りました。

そして 飲食は故人様の魂を鎮め、死穢を払う力があると信じられていたようです。

棺を担ぐ人、湯灌をする人、納棺をする人、墓穴を掘る人は死穢に染まりやすいと考えられご馳走が振舞わ

れました。

 

 四十九日の忌明けに作る四十九餅は 他界に転ずる故人様の霊との最後の食い別れとも言われています。

 

   今回は以上です。

 

 

葬儀の豆知識 魂呼び

 今回は魂呼びに付いて書いてみます。

 魂呼びとは地方により異なりますが 亡くなられた思われる方の枕元、屋根の上、井戸、あるいは海などに

向かって名前を大声で呼び復活を祈る習俗です。

 

 現在 私どもは死を不可逆性(戻る事の無い)の事象と理解しておりますが、古くは亡くなられてから埋葬まで

”モガリ” と呼ばれる期間を設けて復活への望みを託す習慣が有りました。魂呼びもこの習慣と同じ習俗と考え

られます。

身体から遊離して行く霊魂を呼び戻し復活を願うと共に、その死を確認し愛惜する儀礼ではないでしょうか。

 

 魂呼びとの記録としては平安時代の”小右記”に書かれている藤原道長の娘で後冷泉天皇の母の尚侍が身罷

(みまかる)った夜に行われたとされるものが有名です。

万寿2年(1025年)6月5日夜 陰陽師恒盛が嬉子(尚侍)の居所である東対の上に登り、嬉子の上で

衣を持って名前を呼び、三度招いたと言うものです。

また 沖縄では ”魂よばい” ”魂込め(マブイグウミ)” ”魂呼び(タマスアビー)”などと呼称されております。

 

 小生も小さい頃 長野県の農村で見聞した記憶が有りますが、病院で亡くなられる事が多い昨今では見る事の

無い習俗となりました。

 

今回は以上です。 

葬儀の豆知識 湯灌

 今回は湯灌に付いて書いて見ました。

 湯灌とはご遺体を納棺する前に洗い清めることですが、死者の霊魂を浄化する為に行います。

仏教に於いては中国 宋の時代に禅宗で行われたのが最初とされております。禅宗の日本伝来と共にわが国でも

湯灌が行われる様に成りました。盥に水を入れそれに湯を加えた温水でご遺体を洗浄します。日常生活では湯に水

を加えて適温にしますが これと逆の方法をとるので”逆さ水”と言います。

 

 古くは湯灌は聖(ひじり)と呼ばれる宗教者の手により行われ ひげ、髪を剃って剃度の儀式を供させるのが

作法でした。江戸時代になると庶民の間で葬儀を執り行う事が一般的になりましたが個人宅での湯灌が困難であった

為 多くの寺院では湯灌場を常設しておりました。当時は座棺が普通でしたので湯灌により死後硬直を解いて納棺

を容易にするという効用もあったようです。

 

 戦後の日本ではご自宅より病院で亡くなるケースが多くなり ご遺体の洗浄は看護師の手にゆだねられ本格的な

湯灌が行われる事は無くなりましたが 簡易な洗浄と女性の場合の死に化粧をする時間は親族にとり故人とお別れ

する大切な時間ではあります。

 

 又 看護師による簡易な清拭を”エンジェルサービス”と称します。

 

今回は以上です。

葬儀の豆知識  野辺の送り

 前回までは各国の葬儀に付いて書かせて頂きましたが今回からまた日本に戻れせて頂きます。

今回は野辺の送りを書いてみました。

 

 野辺の送りとはご遺体をお墓までお送りする事ですが、お送りすると共に故人様の霊魂が無事に成仏するよう 

仏様の加護を念じる為の時間でもあります。

墓地が敷地内や町内の寺院にあり土葬が普通の時代には野辺の送りは葬儀の中の大切な要素でしたが 大都市内

での墓地、土葬に制限が出て後は墓地も自宅より遠地となり霊柩車を先頭にした葬列が一般的なりました。

しかしながら車での移動ではあっても故人様の成仏祈念は忘れぬようにと思います。

 

 私の母方の故郷 福島では今も土葬であり野辺の送りに葬列が組まれております。

葬列に参加する近親者は出棺前に一膳飯を食します。

そして出棺の合図を受けると庭先で棺を左に三回廻し仮門より出棺します。

葬列は松明、高張提灯、竜頭、魂袋、幡、僧侶、位牌(喪主)、遺影(配偶者又は子)、飯持、香炉、天蓋

、供花、導師、ご遺体、親族、近親者の順で進み 墓地の入り口で棺を右に三回廻して埋葬に入ります。

この葬列の中で 位牌を持つ人、天蓋を持つ人、棺を担ぐ人は三役と呼ばれ白の裃を着用します。

 

今回は以上です。

 

葬儀の豆知識 アメリカの葬儀

今回はアメリカ合衆国ロスアンゼルスでの葬儀を書いて見ました。

 人種のるつぼとも言える米国では沢山の宗教が存在しますが人口の九割はキリスト教徒です。

そしてキリスト教にも多くの宗派が有り、それぞれ葬儀の方法も少しずつ異って居りますのでここでは一般的な

習慣につき書かせて頂きます。

多くはキリスト教の葬儀ですので故人の逝去を悼むことに変わりは有りませんが、死を悲しむと言うよりは

昇天を祝うという明るいムードでの葬儀になります。埋葬の多くは土葬となっています。

 

 信者が亡くなられるとご遺体は葬儀社に移送し、葬儀ミサまでそこで保管されます。

そして死亡広告を新聞社に送り社会へ告知します。

死亡広告には死者名、死亡日、密葬又は公開、公開の場合はお悔やみの公式訪問、葬儀ミサ、埋葬の

日時場所 そして花束の受け取り可否、花束に変わる寄付の送り先等が書かれます。

 

 お悔やみの公式訪問は普通 自宅で夕刻お悔やみを受けます。

葬儀は教会で行われ、故人との最後の対面、黙祷、讃美歌斉唱、聖書朗読、お説教、葬儀委員長挨拶が

約一時間程度で終了します。そして霊柩車により墓地へ移送されますが 葬列は白バイあるいは警察車両に

よる支援を受けて進み 一般車両は葬列を見ると道路わきに車をよせて停車し葬列を見送ります。

墓地では埋葬の前にお祈りを行い会葬者は散会となり埋葬は業者により行われます。

 

その日の午後 会葬者を招待してホームパーティ−を開き故人の昇天をお祝いして葬儀は終了と成ります。

 

今回は以上です。

 

 

争議の豆知識 インドの葬儀

今回はインドでの葬儀を書いてみました。

 インドでは人口の八割 八億数千万人がヒンドゥー教徒で、世界三大宗教はキリスト教、イスラム教、仏教と言われま

すが、教徒の数ではヒンドゥー教が三番目に大きな宗教です。

ヒンドゥー教ではガンジス川は聖なる川で沐浴をする事により罪を清め、罪を洗い流すことが出来るとされております。

葬儀は故人が苦しい輪廻を繰り返す事なく悟りの境地に達っして天界へ送りだす祭祀です。又 故人がこの世に未練

や執着を遺さず旅立てる様、一切合切を焼いて川に流し、故人が川と一体になることが最良とされています。

故人は輪組して生まれ変わるのでお墓は必要とされません。

 

 信徒が臨終されるとご遺体はすぐに国営の火葬場に移送され荼毘にふされます。火葬炉はレンガで囲まれただけで

そのなかに薪を積み、ご遺体を乗せて更に薪を積み上げ荼毘が点けられます。火葬には四日間が必要で四日後に親

族が集い水に牛乳を混ぜた聖水で焼骨を冷します。そして収骨をし名前が書かれた袋に収めて火葬場内に十三日間

安置します。

 十三日後 ご遺骨を引き取りお坊さんをお呼びして葬式を自宅または斎場で執り行います。

葬儀が終わりますとそのまま最近親者の手で川まで運ばれますますが、ご遺骨を置くことは禁じられております。

ニューデリーからガンジス川まで約200Km程有りますがその移送の車内でも手で持ち続けなければなりません。

ガンジス川には案内人が居り、その手元のノートに故人の名前と死亡日を記入しご遺骨を指示された処に流します。

これで ご遺骨が川と一体になり 故人は天界ヘ旅立たれます。

 

今回は以上です。       

葬儀の豆知識 イタリアの葬儀

今回はイタリア 北部地方 ボローニャでの葬儀を書いてみました。

イタリアでの葬儀はキリスト教カトリックが主流です。カトリックでは葬儀は第二バチカン公会議の典礼憲章にもとずき取り行われます。葬儀は死者の霊を清め、聖なる人々とともに天にお送りする為の祭祀です。また肉体はキリストの来臨を希望して復活を待つ身となります。従い埋葬は土葬となります。

 

 信者が危篤に成りますと司祭様をお呼びし臨終の祈りをあげて頂きます。

ご臨終の後は葬送のミサとなりますが15世紀に建てられた大聖堂にご遺体が安置され、ご遺体の周りは故人が好まれた花で囲まれ更にその外側は色とりどりの花で飾られました。イタリアで花祭壇など考えもしませんでしたが今でも記憶に残る美しく荘厳な花祭壇でした。

 

 ミサは一時間程で司祭様の聖書朗読、お説教を挟んで聖歌に始まり、聖歌で終わりました。

会葬の方々の服装は紺、緑、茶等抑えた色では有りますがかなり自由です。そして香典は無く花輪や花束を持参されます。ミサが終わりますとご遺体を近くの墓地ヘ移送し埋葬されました。墓地はそれ程広くなく他の棺を除けながら埋葬していたのが印象的でした。


 ミサから埋葬まで長い時間では有りませんでしたが心に残る葬儀でした。


今回は以上です。

 

 

 

葬儀の豆知識 イラン国の葬儀

 今回は小生も経験させて頂いたイラン国の葬儀に付いて書いてみました。

イラン国はペルシャ帝国ののちイスラム教シーア派を国教として建国されました。従いまして葬儀はイスラム教の習慣のもと取り行われます。

 

 イスラム教の経典コーランには

  •   −魂は皆 死を体験しなければならない。
  •   −各人の死の時間はあらかじめ正確に定められている。
  •   −天使が時の終わりにラッパを吹くと、神がよしとする者以外は全て消滅する。

と書かれています。そして信徒は死んだ後 神アッラーの審判の日に復活する、死は第二の世界の基点である

とされてご遺体はそのまま土葬されます。ご遺体を損傷する火葬は厳禁となります。

又 偶像崇拝は禁止されておりお墓も簡素なものに限定されます。

 

 友人のご尊父が危篤になりますとイマーム(導師)をお呼びしコーランを唱え聖水を口に含ませます。

亡くなりますとご遺体は同性の親族により清められ、腐敗防止の薬液をかけて白い布で包みます。

 

 その後 ご遺体は同性の親族によりモスクへ移送されます。モスクではご遺体の顔をメッカに向けて安置し

イマームの指導により礼拝が行われます。この礼拝は平常の礼拝と違い立って行います。

 

 礼拝が終わりますとすぐに埋葬となりお顔をメッカにむけて埋葬し簡素な墓碑が立てられました。

友人のご尊父の場合 早朝に亡くなられましたので午後には埋葬されました。夕方に亡くなられた場合は翌朝

埋葬との事です。友人の説明ではイスラム教の聖地メッカは気温も高くご遺体の傷みも早いので埋葬をなるべく早くしたのではないかとの事。

 

今回は以上です。

葬儀の豆知識 韓国の葬儀

今回はお隣の国 韓国の仏式葬儀に付いて書いてみました。 

 韓国では葬儀は死者の霊魂を現世からあの世へ送り届ける大切な儀式とされております。葬儀は故人さまの死の直後の家払いから始まり、3日間の葬儀、3ヶ月後、6ヶ月後 のみこ祭りと続きます。

 葬儀は自宅で行うのが基本ですが 近年はマンションやアパー ト住まいのご家族も多くなり日本型の葬儀場や病院の葬儀場が多く使われる様になりました。

 韓国ではほとんどの大手病院は隣接した葬儀場を持って居ります。斎場の入り口は病院の入り口とは別に有り斎場は地下に設けられて会葬者が患者の目に触れない造りにしています。日本では病院と斎場が隣接するとは考えられませんがご遺体移送の煩わしさがない分 好評の様です。

 3日葬は3日3晩 弔問客を迎え 食事を振舞います。  

  •    −1日目は臨終後新しい服に着替えさせ白い布をかぶせます。前に遺影を掲げ その両脇のろうそくを立て香をたきます。  
  •    −2日目はご遺体を清め、寿衣(スイ)を着せ、故人の口に水にふやかした生米を入れます。そして亡くなってから24時間を過ぎると納棺を行います。納棺後 棺の前に屏風をまわし 遺影を掲げ、ろうそくを立て、香を焚きます。  
  •    −3日目は祭祀と告別式を行い出棺、埋葬となります。埋葬後 土を盛り上げてお墓を作ります。その後お墓の前に霊座を設けて供物をそなえ祭祀をした後、家に帰って魂を迎える祭祀を行い 葬儀が終わります。  

 以前は風水で墓地を決め土葬と言うのが一般的でしたが生活様式の変化と共に 火葬をして納骨堂や霊園に納骨の形が多くなりました。

 今回は以上です。

葬儀の豆知識 タイ国の葬儀

今回から何回かに別けて海外の葬儀に付いて書いてみます。 

 ご葬儀、ご遺体の処置の方法論に付いてはその国、その土地に於ける文化、生活、宗教 、死生観などにより大きく異なります。今回は小生が長年 滞在したタイ国(泰国)の葬儀を書かせて頂きます。  

 泰国は仏教国として有名ですが仏教は国教ではありません。しかし国王が仏教の最大守護者であり国民の90%以上が上座部仏教徒(小乗仏教)であります。 又 泰国仏教徒の死者にお墓は有りません。

 泰では死亡確認後 警察へ届け出を出し死亡証明書を発行してもらいます。この死亡証明書を役所に提出してご遺体の火葬許可証を受け取り葬儀が可能となります。 泰では身分、立場により異なりますが葬儀終了までの期間が数日以上 王室では一年に亘ることもあり ご遺体の防腐処理(エンバーミング)を国家認定を受けた技術者により泰国古来の方法で行います。その後ご自宅に安置されます。

 ご自宅での安置期間が終わりますと葬儀の斎場へ移送されます。葬儀斎場は火葬場が付属された寺院が使用されます。葬儀は9人の僧侶による読経、僧侶への喜捨と供物、お清めの料理が一日のスケジュールですが これが何日か続くことになります。 以前は一日毎に葬儀の費用を親戚、友人、お世話になった人たちが交代で負担する習慣で十数日間の葬儀も珍しく有りませんでしたが近年は一日、長くても三日程度が一般的になりつつあります。

  葬儀の最終日は前記のスケジュールの最後に高僧による説教があり その後寺院内の火葬炉でご遺体が焼かれます。翌朝 僧侶のご指導のもとご遺族により収骨が行われ 一時自宅に祀ります。そして僧侶の助言する日に山又は川へ散骨して終わります。

 死者の霊魂は手厚い葬儀により極楽往生しており ご遺体は単なる物質に戻ったから との事です。

 今回は以上です。

葬儀の豆知識 ご遺体の海外移送

 今回はご遺体の海外移送に付いてです。


 近年 外国人の方の観光、就労、留学等を目的とした来日が増加しております。一昨年の福島原発事故により一時減少はしましたが回復傾向にあります。それと共に事故や病気により亡くなるケースも多く見られます。

 そうした際の対処方法方法ですが、ご遺体の処置に付きご遺族の確認が必要となります。ご遺族が海外の場合は日本に於ける身元引受人。何れも確認が取れない場合は故人さま国籍の大使館、あるいは領事館との確認となります。

 海外では土葬が主流ですのでご遺体を移送するケースがほとんどですがネパールの様に ご遺体移送を認めず火葬処理済みのご遺骨のみ移送を認めている国もありますので 移送先国の大使館あるいは領事館に確認する必要が有ります。 


移送の前のご遺体処理に必要とされる資料は 

  • ご遺骨を移送の場合 
    • 死亡診断書2通 1通は死亡地の役所に提出 埋火葬許可証を受ける。1通は領事館へ提出 
  • ご遺体を移送の場合 
    • 死亡診断書2通 1通は遺体処理をする病院へ1通は領事館へ 
    • 遺体処理証明書 エンバーミングを行った担当医の処理証明書を領事館へ
    • 梱包証明書 棺の中はご遺体のみの証明、領事館員立会いの下納棺梱包し領事館へ提出

ご遺体の移送は貨物扱いとなりますが移送先の国により規則が違いますので該当領事館 の指示に従い取り扱う必要があります。

 

今回は以上です。

葬儀の豆知識 遺言に付いて

 今回はご遺言に付いて書いてみました。 

 

  ご遺言とは ”形式や内容にかかわらず故人が自らの死後の為に遺した言葉や文章” のことです。私どもはよく”ゆいごん”と言いますが法律上は”いごん”と読みます。


 人類の歴史の中で遺言は古くから有りましたが初めて文章と成りましたのはBC5世紀 古代ローマの十二表法の中です。この中では相続人を明記する事とともに金銭、私有物はもちろん身分も相続も可能でした。故人が政府の大臣であれば相続人は大臣職を引き継ぐことが出来たのです。


 英国では十三世紀に成文化され、故人の遺産はまず遺言執行人に引き渡され、その後遺言の指示に従い相続人に譲渡されました。米国も基本は英国と同様です。 

独国、仏国は英国とは違い相続人へ直接引き渡されます。日本は独国と同じ形です。


 日本では八世紀初頭に制定された大宝律令の中に財産の相続方法が規定され、その後757年の養老令で遺言優先が示されております。平安時代後半から私有する財産が大きく成りはじめ、地頭職などの地位を含めた権利譲渡先を示す譲状という書状(遺言状)が出されるように成りました。その後江戸時代に入り社会が安定するとともに長子単独相続が定着して行きます。

 現在の日本に於ける遺言の方式には”普通方式”と”特別方式”があり普通方式には自筆証書、公正証書、秘密証書の三種類が 特別方式には死亡危急者の遺言、 伝染病隔離者の遺言、在船者の遺言、船舶遭難者の遺言の四種類があります。

  • 自筆証書 遺言者が遺言書の全文、日付け、氏名を全て自書し印鑑を押したものです。
    日付けは特定され
    ていなければ成りません、吉日等は不可です。自筆証書は遺言者の死後 家庭裁判所の検認を受ける必要があります。また封印されている場合の開封は家庭裁判所以外では無効となります。 
  • 公正証書 証人二名の立会のもと公証人により作成されます。
    公証人手数料はかかりますが最も安全です。                                                
  • 秘密証書 遺言内容を秘密にしたまま封印し二名の立会人のもと公証人に認定してもらいます。
    開封、検認は家庭裁判所で行う必要があります。

 特別方式については此処ではお許し頂きます。尚 実際に当たりましては地方自治体の法律相談、あるいは然るべき人にご相談のうえ対処願います。

 


 今回は以上です。

葬儀の豆知識 お墓に付いて

 今回はお墓です。

 

 お墓のことを正しくは墳墓(ふんぼ)と言います。墳墓はご遺体あるいはご遺骨(焼骨)を葬り故人を弔う場所を指します。 

 古くから時代の有力者たちはその業績のモニュメントとして巨大な墓を築いて来ました。日本では王や天皇の墓を陵(りょう)あるいは陵墓(りょうぼ)と呼んで居りますが 古くは奥都城(おくつき)とも呼ばれ現在でも神道の墓をおくつきと言います。 

 世界最大の面積を持つ陵墓は日本の仁徳天皇陵(大仙陵古墳、大阪府堺市)であります。


 お墓は必ずしも世界共通の文化ではありません ヒンドゥー教では遺骨を川か海に流します。日本でも長い間墓を建てる習慣は有りませんでした一般的になるのは江戸時代中期からです。

 ご遺体あるいはご遺骨の処置は厚生労働省管轄の墓埋法により規定されております。 

 まず墳墓は ”死体を埋葬し、又は焼骨を埋蔵する施設” と規定され 死体を埋葬は土葬が許されている事を示しており、焼骨の埋蔵は納骨堂も可能な事を示しています。 

 墳墓を設ける墓地は ”墳墓を設ける為に、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域” とされ ”死体の埋葬、又は焼骨の埋蔵は墓地以外にこれを行ってはならない” と示されております。

 納骨堂に関しては”他人の委託を受けて焼骨を収蔵する為に納骨堂として都道府県知事の許可を受けた施設”なっております。この他人の委託を受けての延長線でご自宅でのご遺骨の保管が可能となっております。

 尚 焼骨の埋蔵、収蔵に当たりましては火葬済みの認印を受けた火葬・埋葬許可証が必要です。認印は火葬場で受けられます。

 

今回は以上です。 

葬儀の豆知識 仏壇に付いて

 今回は仏壇に付いて書いてみます。 

 

 仏檀とは本来 仏を祀る神聖な檀のことをさしました。

 古代インドでは土を盛り檀を作ってそこを神聖な場所として神を祀りました。その場への風雨を避ける為 屋根を設けて それがやがて寺院となります。  

 日本へ仏教が伝来し多くの仏教寺院が建立されましたが 平安時代後半から室町時代にかけて上流階級の中で個人の仏堂(持仏堂)を持つ貴族が出ます。藤原頼道の平等院 鳳凰堂や足利義満の鹿苑寺(金閣寺)などがそれにあたります。

 この持仏堂の考え方が広がり自宅内に小型化した持仏堂を設けこれを仏壇と呼ぶ様になります。同時に寺院に於ける本来の仏檀は須弥檀(しゅみだん)と呼ばれる様になりました。 

 仏壇を持つ習慣は江戸時代の寺請制度により一般庶民の間に普及しました。尚 この家の中で仏を祀る仏壇という習慣は日本特有のものであります。 

 仏壇は宗派により決まり事が異なりますのでここで細かくは述べませんが大きく別けて 金仏壇(漆仏壇)と唐木仏壇の二種類がありますが;

  • 金仏壇 杉、松、欅、檜などの木に漆塗り箔押し仕上げをしたもので主に浄土真宗で使われております。
    室町時代 浄土真宗の本願寺八世・連如は布教に辺り”南む阿弥陀仏”(むが変換出来ませんでした)と書かれた掛軸を授け 本山を真似た仏壇に祀ること を奨めました。これが金仏壇(漆仏壇)の原型となっております。
  • 唐木仏壇 紫檀、黒檀、檜、桜、松などの無垢財 練り財で作られ金仏壇に比べ安価です。
    江戸中期以降 大阪で作られ関東大震災後の仏壇需要で大きく普及しました。  

 仏壇に使われる大きさの表示は尺貫法を使い 又 少々特殊で主に内径を示します;例えば 45X15は 高さ4尺5寸 戸幅1尺5寸を表します。このとき戸幅は扉を閉めた時の扉の全体幅を指しており外形寸法とは異なります。

 高さを示す表示に号を使う事もあります。1号は1寸で15号は1尺5寸です。仏壇の数は 一基、一本、一台のいずれかで数えられます。

 

今回は以上です。     

訃報 ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏

ドイツ人指揮者、ヴォルフガング・サヴァリッシュ氏が今月22日、享年90才で亡くなりました。

 

日本のクラシックファンの中には、NHK交響楽団との数多くの共演を楽しんだ人も多いでしょう。際立った個性は感じられませんが、きちんとした演奏で自然に楽曲に浸っているうちに、感動させられるような演奏だったと思います。

彼の実力は、数々のエピソードからも伺えます。33歳でバイロイト音楽祭出演という最年少記録を打ち立てた後、カラヤンやメトロポリタン歌劇団から勧誘を請けながら、まだ経験不足という事で辞退した事。フィラデルフィア管弦楽団を育て上げたユージン・オーマンディからも後継者として二度の招聘を請けましたが固辞し、果ては楽団員全員一致の指名投票でようやく請けた。伝説的な歌手、エリザベート・シュヴァルツコップはフルトヴェングラー、カラヤン、ベームとも多数共演しているにもかかわらず、全ての指揮者のうちでもっとも素晴らしい指揮者はサヴァリッシュである、と明言しているなどなど。

人物としてもかずかずの人間味にあふれた逸話があります。

1960年代はウィーンフィルの首席指揮者として活躍、私は個人的には1970年代のバイエルン国立歌劇場での演奏を、FMでよく聴いた記憶があります。


冥福を祈ります。


葬儀の豆知識 お布施に付いて


ofuse.gif 今回はお布施に付いてです。

 

 ブッダを目指す菩薩(修行者)は六波羅蜜(ろくはらみつ)と呼ばれる六つの徳目 (六道とも言う )を修めなければ成りませんが その一つが布施波羅蜜です。

 布施波羅蜜は梵語でダーナ、漢字で檀那、意味は分け与えるです。

 お布施には五つの施があります。

  1. 財施 金銭、食料、衣服などの財を施すこと  
  2. 法施 仏の教えを説き 精神的な施しをすること  
  3. 無畏施 不安や恐れを抱いている人へ安心を施すこと  
  4. 和顔施 笑顔を人に見せ 幸福感を施すこと  
  5. 言辞施 言葉で人を傷つけないこと

 

 またお布施をする人を施主、あるいは檀那の檀をとり檀徒と言い 菩提寺にお布施をする人を檀家といいます。

 そして このお布施は何かに対する代償ではなくご自分の出来る限りの施しと考えます。

 葬儀に於ける枕経、通夜、葬儀式の法要は僧侶による法施であり 僧侶あるいは寺院へのお布施は財施であります。従いましてご自分の範囲での施しをお考え下さい。

 ちなみに日本消費者協会の統計によれば平成19年の お布施 平均金額は全国平均 五十四万九千円、東京、神奈川、埼玉は六十八万四千円でした。

 

 今回は以上です。


葬儀の豆知識 戒名に付いて

 今回は戒名に付いて書いてみました。


 戒名とは 仏教に帰依し 然るべき修行を修めた人 すなわち受戒した人に対し俗名の代わりに与えられる名前(法名とも言う)のことをいいます。戒名には苗字はありません。

 仏教の起源でありますインドでは 僧侶に戒名は有りませんでした。その後仏教が中国に渡り 僧侶になると 俗名に変えて戒名を名乗る習慣が出来上がりました。更に日本に伝来し 死生観が変化して 死後に成仏すると言う考えから死者へ戒名を送る習慣が出来上がりました。

 尚 この戒名は浄土真宗では法名、日蓮宗では法号 が正しい名称となります。

 戒名は基本二字で表現されますが 戒名には号が付けられます。


 OO院XX△△居士(大姉)

   OOは院号、XXは道号、△△は戒名、居士(大姉)は位号です。

 

  • 院号
    社会や宗派へ高い貢献をした者に送られる号です。院号は皇族、もしくは高位の公家に送られました。又 武家に対しては院殿号があり 室町時代以後の将軍には院殿号が送られています。よく院殿号は院号より上と言われますがこれは最近の解釈で 本来は院号、院殿号の順となります。
  • 道号
    戒名の前に付ける字(あざな)で社会活動、宗教活動の功績により長さが変わります。
  • 位号
    性別や年齢を表します。

 

 先程述べましたが戒名には苗字は有りませんが戦国大名の武田信玄、上杉謙信などは 苗字+戒名の組み合わせで使われた例はあります。

 江戸時代 僧侶は戒名のみで呼ばれておりましたが 明治維新以降の戸籍法により僧侶 も苗字をつけて戸籍登録をしなければいけなく成りました。

 

 戒名に付いては以上です。

葬儀の豆知識 ご位牌

 今回はご位牌です。


 ご位牌は霊牌とも呼ばれておりますが 故人さまの霊の依代(よりしろ)であります。

 木の板を使用し表に戒名を裏面に俗名、死亡年月日、死亡時年齢(数え年)を書いて 故人さまの葬礼の際に使われます。


 位牌 という名前の由来ですが 中国の後漢時代から 儒教の葬礼では神主(しんしゅ)と呼ばれる霊牌が使われて居りました。神主には官位と姓名が書かれており その官位の位を取り 位牌になったと言われております。この位牌は 鎌倉時代に禅宗と共に伝来し 一般的に使用される様になるのは江戸時代からです。


 位牌には使われ方により 内位牌、野位牌、本位牌、寺位牌の四種類があります。

 内位牌は 御臨終後すぐに製作し枕飾り、葬儀に使われます。白木の簡素な位牌であるゆえ 白木位牌とも呼ばれております。内位牌は 四十九日の納骨式まで後飾りで使用され 霊を本位牌に移して頂いた後 焚き上げます。土葬の場合は喪明けまで墓地に飾り 喪明けと共に土葬もしくは焚き上げます。

 野位牌は 墓石に故人さまの名前が刻まれるまでの間 お墓に置いておく白木の位牌です。

 本位牌は 四十九日の喪明け以降 仏壇に飾る位牌です。漆塗りやカシュー塗装を施した塗位牌、黒檀や紫檀に透明の塗装を施した唐木位牌に金文字を入れたものが一般的です。

 また 本位牌には 札位牌と繰り出し位牌とがあります。札位牌は 一枚の板に戒名を書いたものです。繰り出し位牌は 多数の薄い板を重ねて 収納出来る様にした箱型の位牌で 過去何代にも渡り戒名を納める事が出来ます。

 寺位牌は 菩提寺へ供養のお布施と共に納める位牌です。

 

 尚 浄土真宗では位牌を使用致しません。

 日本に於ける位牌の生産地は 会津若松、京都、名古屋、和歌山が有名ですが 最近は 中国、ベトナム産の廉価な物も出回り始めました。

 

 今回は以上です。

葬儀の豆知識 ご位牌

 今回はご位牌です。


 ご位牌は霊牌とも呼ばれておりますが 故人さまの霊の依代(よりしろ)であります。

 木の板を使用し表に戒名を裏面に俗名、死亡年月日、死亡時年齢(数え年)を書いて 故人さまの葬礼の際に使われます。


 位牌 という名前の由来ですが 中国の後漢時代から 儒教の葬礼では神主(しんしゅ)と呼ばれる霊牌が使われて居りました。神主には官位と姓名が書かれており その官位の位を取り 位牌になったと言われております。この位牌は 鎌倉時代に禅宗と共に伝来し 一般的に使用される様になるのは江戸時代からです。


 位牌には使われ方により 内位牌、野位牌、本位牌、寺位牌の四種類があります。

 内位牌は 御臨終後すぐに製作し枕飾り、葬儀に使われます。白木の簡素な位牌であるゆえ 白木位牌とも呼ばれております。内位牌は 四十九日の納骨式まで後飾りで使用され 霊を本位牌に移して頂いた後 焚き上げます。土葬の場合は喪明けまで墓地に飾り 喪明けと共に土葬もしくは焚き上げます。

 野位牌は 墓石に故人さまの名前が刻まれるまでの間 お墓に置いておく白木の位牌です。

 本位牌は 四十九日の喪明け以降 仏壇に飾る位牌です。漆塗りやカシュー塗装を施した塗位牌、黒檀や紫檀に透明の塗装を施した唐木位牌に金文字を入れたものが一般的です。

 また 本位牌には 札位牌と繰り出し位牌とがあります。札位牌は 一枚の板に戒名を書いたものです。繰り出し位牌は 多数の薄い板を重ねて 収納出来る様にした箱型の位牌で 過去何代にも渡り戒名を納める事が出来ます。

 寺位牌は 菩提寺へ供養のお布施と共に納める位牌です。

 

 尚 浄土真宗では位牌を使用致しません。

 日本に於ける位牌の生産地は 会津若松、京都、名古屋、和歌山が有名ですが 最近は 中国、ベトナム産の廉価な物も出回り始めました。

 

 今回は以上です。

葬儀の豆知識 祭壇に付いて

 今回は祭壇に付いて書いてみます


 いずれの古代文明にも何らかの神が存在し、人の力を超えた何かを神に願い祈祷が 行われました。その祈祷を行う際に神への奉げ物を配置したものが祭壇です。

 従いまして石で作られたもの、木を組み立てたもの、あるいは地面に獣の皮を敷いたものなど 多様な祭壇が存在し 多くの遺跡を多くの国で見ることが出来ます。

 現存する最大の祭壇は中国 北京市にあります。

 明時代に天を祭るために建築された 天壇という祭壇です。


 さて葬儀に戻りますと ご葬儀で使う仏教の祭壇は厳密には葬儀壇と言います。

 以前は故人の成仏を願い 柩の前に小机を置き 白布で被い 花立て、香炉、火立ての三具足に供物、供花をそえたささやかなものでしたが 明治以降 特に戦後になり 葬儀と告別式の区別が明確でなく、又ご遺族の哀悼を より大きな告別式で表す風潮とともに 多くの飾りをつけた多段の祭壇へと変化しました。

 そして昨今は無宗教のご葬儀も多くなり 故人さまの遺品を祭壇に飾るとか 故人さまの好きな花を使った花祭壇など 故人さま・ご遺族さまのご希望に沿った祭壇が主流になっております。

 

 私どもひかりの杜では ご遺族様のご要望に沿う生花祭壇をご用意しております。ぜひこちらをご検討ください。

 

 今回は以上です。

 

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葬儀の豆知識 お棺に付いて

 今回はお棺に付いてです。


 おひつぎには棺と柩の2種類の文字が使われますが ご遺体を納棺前には棺を 納棺後には柩の文字を使用するとされております。

 お棺には寝棺と座棺の二種類が有りますが 寝棺の歴史は古く弥生時代には すでに 石や木の棺が使われて居りました。但しこれは現在のイメージとは違い 地面を掘って その周囲を石や木で覆ったもので むしろ石室、木室のイメージでした。

 現在に近い棺は 古墳時代から見られます。木や石をくり貫いたり組み合わせたものが 出土されています。

 何れにしろ 明治時代に至るまで 寝棺は高貴な方にのみ使われて居りました。

 座棺の歴史は鎌倉時代からが認識されております。

 縄文時代の屈葬は出土しておりますが柩が使用されたかは不明です。

 江戸時代から庶民の間で葬儀が行われる様になり埋葬は屈葬でしたので座棺が使われました。この座棺には桶が使われましたので棺桶という言葉が生まれ 又急いで作らなけ ればいけない為 早桶も棺の代名詞となりました。

 現在の棺は材料として木材が使われ 天然木棺、フラッシュ棺、布張棺が主なものです。天然木棺は檜、樅などの一枚板を使用した高級棺で彫刻を入れたものなどは百万円を 超える価格のものも有ります。

 フラッシュ棺はベニア材に桐などの天然木を貼り付けて作られており今主流の棺です。 布張棺はフラッシュ棺に布を貼り付けたものでキリスト棺などで多く使われております。

 

今回は以上です。   

葬儀の豆知識 霊柩車について

 今回は霊柩車に付き書かせて頂きます。


 DSC005911.jpg現代では 霊柩車(遺体の搬送を行う自動車)の提供サービス事業は 運輸省管轄の許可事業であり 貨物自動車運送事業法に基づいたサービスが提供されて居ります。


 古くはご遺体の搬送は 特別な階級の方を除き人により担いで搬送されて居りましたが 江戸時代 大八車が開発され 搬送手段は大八車へと変わりました。

 明治時代には 葬列のきらびやかさと共に宮型の装飾をした大型の台車が現れ 更に宮型の装飾をトラックの荷台に乗せた形が出現しました。

 大正時代には 米国より霊柩車が輸入されます。

 日本で最初の宮型霊柩車は1917年 大阪で葬儀社を営んでいた駕友の鈴木勇太郎氏 により考え出されました。

 同じく大正年間には名古屋市で市内と市営火葬場・墓地間で霊柩電車が走っていたとの事です。

 

 現在では宮型・洋型・バス型・バン型の四種類の霊柩車が使われて居ります。

 宮型霊柩車はキャデラック・トヨタクラウンワゴンなどの 後部を宮型装飾に変えて 使われております。しかしながら最近は装飾の派手さゆえ 進入禁止の場所も増え 洋型あるいはバン型に変わられつつあります。

 洋型霊柩車は大型の高級外車をリムジン化して使われています。 色は黒が主流ですがパールホワイト、シルバーなども散見されます。

 バス型霊柩車はご遺体と会葬者を同時に搬送する事が出来 北海道などの寒冷地で多く 使用されています。

 バン型霊柩車は外側に装飾を施さずご遺体でもお棺でも搬送出来る形になっており病院からの搬送などにも利用されます。搬送車あるいは寝台車とも呼ばれます。

 

 最後に有名な迷信をひとつ

 「霊柩車が走って居るのを見たら親指を隠す事 さもないと親の死に目に会えない」

 私ども、昭和の人間は霊柩車が走っているのを見ると無意識に親指を隠してしまいます。

 

 

 今回は以上です。  


葬儀の豆知識 返礼品

 今回は返礼品に付き書かせて頂きます。


 ご葬儀には係わる返礼品は通夜返礼品、会葬返礼品、香典返し、そして法事返礼品と さまざま有りますが 供養品とも言われております。

 他人にお布施をする事のより仏に徳をつみ これを故人へ振り向けることを願う 供養の為の品と言う事で供養品と呼ばれます。

 供養品には”志”と表記します。キリスト教でも表記は同様でかまいません。

 通夜返礼品  通夜にご会葬頂きお清めの席に出られない方への返礼品ですが 現在ではお清めの席  への出欠に係わらずお渡しする様です。
 又 最近では通夜のみご出席の方も多くなって居りますので告別式と共通の返礼品を  お渡しする事が多くなつております。

 会葬返礼品  葬儀・告別式に会葬頂いた方への返礼品です。
砂糖・お茶・ハンカチなどの繊維製品・商品券などが一般的です。金額は500円から800円程度の品物です。


 香典返し  ご香典への返礼品です。香典返しには即返し、と忌明け返しとが有ります。
即返しはご香典を頂いた際その場でお返しするものでご香典の金額に係わらず一律のお返しを用意するのが一般的です。
金額は3000円前後です。忌明返しは49日の喪明けに”志”の表記に挨拶状を添えてお送りします。金額は半返し、もしくは三割返しですがその地域のしきたりによります。キリスト教では故人の死後一ヶ月頃にお送りします。

 法事返礼品  ”御仏前”への返礼品です。


 私どもがお手伝いさせて頂いて居ります横浜では”即返し”が今は主流です。


 今回は以上です。        

葬儀の豆知識 香典について

 今回は香典に付いて書かせて頂きます。


 香典の意味は 仏様の食物である香の煙を代わりに供えるという意味と 典は金品を 意味しております。

 本来は 仏式の葬儀で使われるものでしたが 今では不祝儀の際の一般的な名詞となりました。


 香典袋は仏式の場合 白無地か蓮の花の絵が入った包みに、成仏前は「御霊前」成仏後は「御仏前」と表書きしてご遺族にお渡しします。

 尚 成仏日の解釈は宗旨、宗派により異なりますが一般的には7x7日(49日)で良いかと思います。


 神式では白無地の包みに「御玉串料」「御榊料」と表書きします。


 キリスト教では白無地の包みに「お花料」と表書きします。カソリックの場合は「御ミサ料」と書くという説が有りますが 御ミサ料は追悼ミサのお礼として ご遺族から司祭さまへお渡しするもので 通夜、葬儀の際に使用するのは 間違いです。


 御霊前の下にご自身の名前、中袋に金額 住所を書きますが その際は薄墨で書くとされていますが 正しくは 薄墨は涙で墨が薄まる すなわち悲しみを表し、濃墨は丁寧に墨を擂った証し すなわち故人への思いの深さを表します。弔事には薄墨でも良いが 慶事に薄墨を使用してはいけないという事です。


 香典の金額は勤務先・友人・隣近所であれば三千円から一万円、親族一万円から三万円、兄弟・姉妹三万円から五万円、子供五万円から十万円が現在の相場でしょうか。なお古くからの日本の伝統として金額 紙幣の数には偶数を使わないという習慣が有りました。

 香典は故人に対するお供え物であると共にご遺族にたいする支援の意味もあります。以前は米、酒、食料品でしたが徐々に金銭へと変わりました。

 武士階級は室町時代から、一般庶民は明治時代から、一部農村部では戦後から金銭の香典へと変化してきたのです。

 

 今回は以上です。   

葬儀の豆知識 神道の玉串拝礼

 前回に続き焼香に変わるものとして 神道では玉串拝礼を行います。 

 

 玉串とは榊の枝に紙垂(しで)あるいは木綿(ゆう)を付けたもので 神事の際に  神前に捧げるものであり 神霊がよりつくものとされています。

  語源は諸説有りますが「玉をつけたから」というものと「玉は魂の意味」という説が あります。


 以下、玉串拝礼の作法をご説明いたします。

  1. 神職より榊を受け取ります。
    受け取り方は左手のひらを上に向けて葉の部分を乗せ 右手のひらを下に向けて根元を上から持ちます。その際ややひじをややはります。
  2. 神前の玉串案(机)の前に進み 深く頭を下げます。
    玉串の先を時計方向に90度回し左手を下げて根元を持ち 祈念を込めます。右手で玉串の中程を下からささえ 玉串をさらに時計方向に回しながら、根元を神前に向け左手を離して右手の下に添えます
  3. 前に進んで玉串案(机)の上に奉でん(置く)します。
    二拝して 音をたてないように二拍手 一拝して終わります。葬儀の時は両手を打つ寸前で止め 音をたてない様に拍手をします。これを「しのび手」といいます。

 

 今回は以上です。

葬儀の豆知識 献花


kiku.jpg 前回は焼香に付いて書かせて頂きましたが他の葬礼で焼香に変わるものとして献花が御座います。

 

 献花は日本に於けるキリスト教、宗教を持たない方、ホテルでの葬祭、そして密葬後の お別れ会などで行われております。

 献花の歴史は古くイラク北部のシャニダ−ル遺跡でネアンデルタール人の遺骨の周りか ら花の花粉が発見され この時代にはすでに献花がされていたと考えられます。 (これは献花ではないとの学説もあります。)

 何れにしろ人類が生まれて以来 人の死を悲しみ その悲しみを表現する方法のひとつ として”故人に花を贈る”という習慣は非常に長い歴史を持っております。


 献花に使用される花は 一輪咲き 茎が長くてしっかりしている 白い花という前提 からカーネーション、菊、バラなどが有りますがバラはとげが有るので使用されず キリスト教葬ではカーネーションが それ以外では菊が(仏教葬のイメージか?) 一般的に使用されております。


 ひかりの杜ではご供花のご注文も承っております。

 また、さまざまな生花祭壇を取り揃えており、 火葬から家族葬、通常の一般葬まで様々形式に対応できる最新設備とシステムを備えています。宗派も仏式だけでなく、キリスト教など様々な宗派に対応可能です。

 近年の葬儀では棺や遺影のまわりを生花で飾る生花祭壇をご希望される方が増えています。生前、故人様が好まれた花で、故人様を連想させるデザインで葬儀を執り行いたいとよくご依頼を頂きます。

 ひかりの杜ではそういった要望もご遺族様のご希望通りの祭壇をご用意することが可能です。
横浜で葬儀の際はひかりの杜へご相談ください。


 さて、献花の方法は遺影に向けてテーブルの上に置く 遺影の前のオアシス(水槽)に活ける 棺の中に直接納めるなどが普通でしょうか。

 献花の置き方としては棺に納める場合はお花を故人のお顔に向けて置きます。

 それ以外は特に決め事はありませんので最初に置いた方を見習うのが自然です。

 以前のマナー本では神道の玉串と同じ様に花を手前にして置くと書かれたものが 多く見られましたが最近は見かけなくなりました。

 

 今回もご拝読 有難う御座いました。


葬儀の豆知識 お焼香について

 今回から何回かに別けて葬儀に関わる豆知識を書かせて頂きます。

 

 今回はお焼香です。


 お焼香は主として仏教において香を焚くことを言います。葬儀、法事などで 仏や死者を拝むとき 心と身体の穢れを取り除き 清浄な心でお祈りする際の作法とされております。


 お焼香には線香と抹香の二種類の香が使われます。

 線香焼香は日常の儀礼で、末香焼香は法事の儀礼で使われて居ります。線香の炎は手うちわで消します、抹香は親指 人指し指 中指の三本でつまみ香炉の中 にパラパラと落とします。一般的には抹香焼香を焼香と言って居ります。


焼香の種類

  • 立礼焼香 遺影の前で立った状態で順次焼香する形式。
  • 座礼焼香 遺影の前に順次座って焼香する形式。
  • 回し焼香 座った状態で順次 香炉を回しながら焼香する形式。


宗派における焼香  

  • 真言宗 焼香 3回、線香は3本立てる。
  • 曹洞宗 焼香 2回、線香は1本立てる。 焼香は1回目は香をつまみ額に押し戴いて焚く、2回目は押し戴かずに焚く。1回目を主香、2回目を副香と言います。
  • 真宗大谷派 焼香 2回、線香は立てずに折って寝かせる。焼香は額に押し戴きません。
  • 浄土真宗本願寺派 焼香 1回、線香は寝かせる。焼香は額に押し戴きません。
  • 浄土宗 特にこだわらない。焼香 1−3回、線香 1−3本立てる。
  • 日蓮宗 焼香 3回、線香 1本立てる。

 会葬の方々の宗教や宗派が違う場合は必ずしも作法に拘る必要はないかと考えます。 むしろ会葬する事がより大切かと思考いたします。

 

 今回は以上です。

死の環境と葬儀

 前回は死の判定に付き書かせて頂きましたが 今回は死の環境に付き述べさせて頂きます。

 日本の人口は昭和25年の8320万人から増加を続け平成20年の12808万人をピークとして以降 減少の傾向にあります。

 又 その年齢別構成を見ますと 14歳以下の年少人口は35%から13%へと 65歳以上の老年人口は5%から23%へと変化し四人に一人が65歳以上となってま いりました。

 死亡者数は昭和30年以降70万人前後で推移して居りましたが50代年後半から増え始め 平成15年に百万人超 21年で114万人 47年には180万人と 推定されております。

 死の場所も大きく変化しており、自宅死から病院/診療所での死へと変わりました。

 

年度 死者総数 病院/診療所 老人ホーム 自宅 その他
1955 69万人 11万人 53万人 5万人
16%   77% 7%
1985 75万人 51万人 21万人 3万人
68%   28% 4%
2009 114万人 93万人 4万人 14万人 3万人
82% 3% 12% 3%

 

 死亡者の年齢構成を見ますと2009年の65歳以上の死亡者比率は85%でしたが 2025年には死亡者数160万人 うち65歳以上は140万人(87.5%)と 高齢者の死亡比率がより高まると見込まれます。

 平成22年の死因内訳は以下が主なものでした。

 

死因 内訳
悪性新生物(癌などの悪性腫瘍) 29.50%
心疾患 15.80%
脳疾患 10.30%
肺炎 9.90%

 

 今回は以上で終わらせて頂きます。             

葬儀と死の定義

 私どもはご葬儀のお手伝いを生業とさせて頂いてて居りますが それは 然るべき方が”不帰の人”となる事で御座います。この言葉では、「死」とは二度と帰らぬと言うことと表現されております。


 それでは死とはどう定義されて居るかと言いますと;  

  1. 呼吸の停止
  2. 心臓の停止
  3. 瞳孔反射の喪失

の三機能の停止をもって死亡と判定しております。


 以前はこの内ひとつの機能停止でも他の二つの機能停止に繋がるので心停止は死亡と 同義語でありました。

 現在では人工心肺などの最新機器と救急技術の進歩により脳の機能が停止しない限り 蘇生する事が可能にもなりました。従いまして現在は この三つの機能が 不可逆的に停止する と言う表現に変っております。

 事故などで心肺が停止しても心肺蘇生などにより回復した場合はこれを可逆的な死 (仮死)として死亡とは判定しません。 

 

 日本の法律では万が一の仮死埋葬を避ける為 死亡判定後 24時間は火、埋葬する事 が出来ません。但し伝染病による死亡はこの限りではありません。

 死亡の判定は医師、監察医、もしくは警察の嘱託医により下されます。

 医師の加療のもと病死もしくは自然死の場合は該当医師により死亡診断書が発行されます。

 掛かりつけの医師がいない場合、病死もしくは自然死が不明の場合、事故死 自殺などの非犯罪死の場合及び、犯罪死あるいはその可能性がある場合は 監察医か嘱託医により死体検案書が発行されます。

 

 以上が現代の日本の「死」の定義となります。

 

 最後に、上記のご説明とは感じが違いますが 先人の定義した「死」の定義をご紹介いたします。


 ”死は人生の終末ではない、生涯の完成である。”  マルティン・ルター 

 ”人は死ぬ。だが死は敗北ではない。”       ヘミングウェイ

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