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横浜市民の葬儀・故人様お見送りの儀礼

お身内の方が不幸にもご逝去された場合には、故人様とご遺族自身の為にお見送りの儀礼を営みます。

お見送りの儀礼を宗教に関わらず一般的な名詞として”葬儀”(そうぎ)と言いますが、

本来は仏教の用語である葬送儀礼を略して葬儀と呼ばれる事と成りました。

葬儀について

1 葬儀とは

葬儀とは、狭い意味では通夜式、葬儀式(葬式)を想像しますが、本来の意味では葬送儀礼の略であり、

人の臨終からその後の喪までを含めた、故人様を葬り悼むための一連の儀礼を表わします。

その次第は、それを営む人々の死生観や宗教観が深く反映されたものであります。

葬儀は宗教が文明のなかで発生する以前の旧石器時代から行われてきた人間自身の宗教的行為であるとも言えます。

又、葬儀は故人様のためであると共に、故人様の死を悼む残された方々の心を癒す手助けとなる儀礼でもあります。

日本に於ける葬儀の営みは仏式が主流となって居ります。

インドから中国を経て伝来した仏教の儀礼に、中国・儒教の教えや、

日本古来の神道の習慣等日本で培われた文化が加味されて、現在の仏式葬儀の次第が出来上がりました。

通夜は日本で古代に営まれていた”もがり”に発すると言われて居り、

故人様との最後のお別れをすると共に、魔除けの意味も込めて、

夜明けまで灯明や線香の火を絶やさぬようにします。

出棺時に行う故人様の飯茶碗を割る儀式は故人様の霊が自宅に名残りを残さぬようにと行います。

葬儀の終了後に、振り塩と呼ばれる、塩で清める習慣は神道由来の習慣であります。

孔子を始祖とする儒教は5世紀頃に日本に伝来し、永く日本文化の進捗に寄与しましたが、

その教えの中で、親の葬儀を盛大に営む事が何より大切な事とされます。

その死生観では、人は死ぬと魂(こん)と魄(はく)という二つたましいに別れ、

魂は精神を、魄は肉体を司るたましいであるとされます。

魂は天に昇って神となり、魄は地にかえる、とされます。

残された人々は魂を祀る為に位牌を作って廟に祀り、魄の戻る場所として地中に遺体を埋葬します。

天国や地獄などの7っの世界は儒教から生まれて居り、

紙幣を燃やして死者の魂を慰めるのも儒教から来ております。

百合

2 葬儀を営む目的

葬儀とは一般的に、通夜、葬式、及び告別式と理解されておりますが

本来は葬送儀礼の略で、臨終から死後の喪に至るまでの死者を葬リ、悼む為の一連の儀礼のことを表します。

では何故、葬儀が必要なのでしょうか?

人は誕生とともに多くの愛に育まれ、多くの愛を与え、様々な社会生活を営みます。

そして生が有るところには必ず死が有り、

それは事故であったり、病に倒れるものであったり、老齢になり命尽きるものであったり、

短い人生、長い人生と様々です。

全ての人に、それぞれに生と、それぞれの死が有ります。

ひとつとして同一の死は有りません。

では、人が死ぬと何をしなければならないでしょうか

   1) 社会への告知
   2) 遺体の処理
   3) 霊の処理
   4) 悲嘆の処理
   5) 様々な感情の処理

1)は故人さまとご遺族さまの為に、

2)と3)は故人さまの為に

4)と5)はご遺族、そして故人さまと近しい方々の為に行うお見送り儀礼の大切な目的と成ります。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・エンデイングノート

この世に生を得た者はすべからく死を迎えなければなりません。

ご寿命を迎えた時に、認知症になった時にはどうするのか、介護の受け方、終末期医療は受入れるのか、

死後は、どの様な葬儀を希望されるか、現在の財産は、その相続は、お墓はどうするのか、

等に付き細かく記述しておく事は残されたご家族への思い遣りであると共に、

今から終末期までの御自身の人生をより良く生きる為の指針ともなるものです。

これらをまとめた記述をエンデイングノートと言います。

夕暮れ

1 ご遺族の混乱を避けるエンディングノート

核家族化、少子高齢化が進む現代・未来では葬儀に参列する機会も少なくなり、

ご家族は葬儀に付いての知識も準備も少ない中で、

大きな悲しみと共に、とまどいながら葬儀を執り行はなければ成りません。

ご葬儀は故人様の安らかな永眠を祈ると共に、

遺された方々が最愛の人のご逝去を受入れる為の大切な儀式でも御座います。

自らの死や葬儀を生きている内に考えるのは縁起が悪いとの考え方も有りますが、

御元気な内にご自分はどの様に送って欲しいのか御家族に伝えておく事は、

お見送りする方々の不安や不満を和らげる事ともなります。

2 文書で残すエンディング

この様なエンディングの意思は第三者でも解る様な形で文章に残す事をお薦めします。

特に従来の形とは違う形でのお見送り、無宗教葬、直葬、家族葬などをご希望の場合、

又納骨には散骨をご希望の場合など、ではご親族の方の中で違うご意見をお持ちの場合も多々御座います、

その様な際に混乱を避ける為にも文書で残してあれば、

“故人の希望でもあるので”と周囲のご理解を得やすくする事が容易となります。

又、お子様の居ない御家庭や、単身で過して居られる方の場合、

遠方のご親族が解らないままに葬儀やご遺骨の始末を行う事となります。

この様な場合でも死後の始末をスムーズに行ってもらう為には葬儀のプランやお墓を準備し、

必要な費用と共に整えておくと安心です。

葬儀の生前契約などもその一つとなります。

以上の様な事を目的としてエンディングノートが御座います。

ご葬儀予約

3 後見人と終末期の医療

高齢化社会が進捗すると共に、老いて認知症になった場合や不治の病に侵された場合に

誰が生活の援助をし、療養・介護はどの様にするのか、

財産の管理は誰が行うのか等を決めて於かなければ成りません。

配偶者、ご親族、信頼の置けるご友人の中から後見人を選ぶ必要が有ります。

-成年後見制度

法律上は成年後見制度と呼ばれる制度が有り、法定後見制度と任意後見制度の二つの制度があり、

法定後見制度は既に判断能力が失われた方の為の後見制度です。

任意後見制度はご自分の判断能力が十分にある時に、認知症などで判断能力が低下した時に備えて、

信頼できる人を後見人として事前に選任する制度です。

-任意後見制度

任意後見の契約は公証役場で“任意後見契約公正証書”を作成する事で成立します。

任意後見人に成るには法律上の資格に制約はありません。

ご本人の親族、友人、弁護士、税理士、行政書士、司法書士、NPO法人など信頼のおける人を選びます。

個人、法人、いずれにも依頼できます。

ご本人の判断能力が低下し任意後見人が必要となった際には

本人、配偶者、4等親以内の親族、もしくは任意後見人は家庭裁判所に任意後見監督人の選任を申し立てます。

家庭裁判所がこの申立てを受けて、任意後見監督人を選任すると、

任意後見人は契約職務を遂行し援助を開始する事が出来る様に成ります。

ー尊厳死

通常、病院では回復の見込みのない病気で死が迫っている患者にも各種の延命治療を施します。

こうした中で無意味な延命措置を望まない”尊厳死”を希望する方が増えて来ました。

これは人間としての尊厳を保ちながら死を迎えたい、

自分の死のあり方を選ぶ権利は自分自身にあるとの考え方に基いて居ります。

とはいえ、御自身が望んでもご家族の方の希望や、

医師が理解を示さない事により延命措置が施され本人の意思は尊重されないケースも多くあります。

本人の意思を確実に伝える方法として、日本尊厳死協会があります。

日本尊厳死協会では会員の方にたいして“尊厳死の宣言書”(リビング・ウイルと呼ばれる)を発行して居り、

これをご家族や担当医師に示す事により尊厳死を認めて延命措置を行わない意思を表示する事が出来ます。

このリビング・ウイルは法的な効力は有りませんが、

現在90%を超える医師が受容して延命措置を行わないという現実が御座います。

-献体

献体とは医学・歯学の大学で人体解剖学の教育、研究に役立たせる為、無条件・無報酬でご遺体を提供する事です。

献体の場合は死後48時間以内のご遺体提供を目安として居りますのでその間に葬儀を執り行う事は可能です。

-臓器提供

臓器提供とは心臓・肝臓・肺・小腸・腎臓・膵臓・眼球(以上 脳死後に提供出来る臓器)

皮膚・心臓弁・血管・耳小骨・気管等の臓器を

“日本臓器移植ネットワーク”を通して必要としている患者に提供する事です。

その意思表示は日本臓器移植ネットワークへの登録、臓器提供意思表示カード、臓器提供意思表示シール、

健康保険被保険者証、運転免許証で可能です。

臓器移植の場合は移植後にご遺体は綺麗に修復されてご遺族の元に戻されますので、

その後にご葬儀を執り行う事が出来ます。

-ご家族の了解を

献体、臓器提供 何れの場合もご家族の了解が必要と成りますので、

意思表示の内容は必ず御家族に知らせて置かなければ成りません。

無情

4 死後の準備

-菩提寺の確認

ご自分の葬儀に特別なご希望が無い場合でもご遺族が迷わぬ様、菩提寺・宗派・連絡先をメモに残しておきます。

特に墓地を菩提寺にお持ちの場合、戒名は菩提寺より頂かなければご遺骨を埋葬出来ない場合が御座います。

又、菩提寺が遠方、あるいはお持ちで無い場合は葬儀社に紹介を頼む事も可能ですが、

その場合ご宗派は必ず必要と成りますので明記しておきます。

-お布施の金額確認

葬儀を経験して困った事の一番目として”お布施や心付けの金額が解らない”と有りますので、

忌憚なく菩提寺様に問い合せて確認し明記しておくのも良いでしょう。

-万一の際の連絡先

それから、御自身の人間関係です。

危篤になった時、亡くなられた時、葬儀に来て欲しい方などをそれぞれリストにして残しておくと、

ご遺族も連絡漏れを悩まずに済みます。

-ご遺産は遺言書で

ご遺産についてはトラブルを防ぐ為に、法的に有効な遺言書を残して置きます。

-祭祀承継者の指名

仏壇・仏具・墓地・墓石を承継する”祭祀承継者”も指名して置きます。

原則として、祭祀承継者が喪主を務める事と成ります。

墓地が寺院内の場合は埋葬する為には寺院より戒名を頂く必要がある場合も有りますので、

戒名に拘らない場合はそれでも納骨は可能か事前に確認しておく必要が御座います。

-葬儀プランの作成

御自身がご家族に“仕来りや形式に捉われない葬儀”、“自分らしい葬儀”などと伝えられても、

具体的なプランが無ければ実現は困難です。

とはいえ、御自身だけでプランを作成するのも難しい場合は葬儀社に問合せ事前相談、

生前予約を行うのも一つ方法です。

葬儀社にご希望の葬儀を全て伝え、葬儀社にプランを作成して貰うのも一つ方法です。

ご希望をお話される際には必ずしも順序立ててお話する必要は無く、

思いつくままにお話頂いても葬儀社の方でまとめてくれます。

その上で見積書を受領しておけば必要費用の心積りもしておけます。

ご葬儀は亡くなった方が安らかに旅立てる様、残された方々が執り行うものですが、

遺された方々の大いなる悲しみを癒し、老いや死を身近に感じて貰い、

命の大切さを感じてもらう大切な場でもあります。

プランをお考えの際にはお見送りする方々のお気持ちにも配慮して作成する必要が御座います。

-葬儀プランを考える際のポイント

葬儀のプランを考えるポイントとしては;

1) 形式と規模

葬儀は仏式、神式、キリスト教などの進行する宗教にのっとって行うのか、それとも 無宗教形式で行うのか。

大勢の人に集まって貰うのか、ごく親しい方のみに集まって欲しいのか、家族のみで送って貰いたいのか。

2) 喪主には誰を指名するのか

一般的には配偶者、若しくはお子様ですが、

シングルの方の場合はどなたにお願いするか決めて、事前に了解を頂くと良いでしょう。

3) 費用はどの位掛けるのか

費用はかけたくないと希望されても、場合によっては大規模な葬儀となってしまいます。

先程の事前相談を基に条件と概算費用見積を文書として残して置けば不要な混乱を避ける事が出来ます。

-遺言書には書かない葬儀の希望

葬儀プランのご希望を法定遺言書の中に書かれる方も居られますが、

法定遺言書は後日然るべき時に家庭裁判所で開封されます。

通常はご葬儀が終了した後となり、ご葬儀には間に合いません。

従いまして、ご葬儀のお希望はエンディングノート、若しくは葬儀施行に関する遺言書を別途作成し、

ご家族にその旨お話しし、保管場所をお知らせしておく事をお薦めいたします。

5 エンデイングノート

以上の検討結果を記述する為のエンディングノートは書店で購入可能ですが、

インターネット上で無償ダウンロードする事も可能です。

その詳細内容は;

1) ご自分の事

名前、生年月日、血液型、住所(所帯主名)、電話番号、携帯電話、本籍(筆頭者名)、出生地、

緊急連絡先(氏名・関係・連絡先)、

現在かかって居る病気・病院名(病名・対症薬・病院名・担当医・その他付記)、

既往歴(病名・病院名・担当医)、アレルギ-や健康上の注意点、

健康保険証・年金手帳・介護保険証・後期高齢者医療保険証・運転免許証・パスポート・

住民票コード(記号・番号・保管場所)、その他、資格、免許(取得日・内容)、

父親に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)

母親に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、

配偶者に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、

子供に付いて(氏名・生年月日・出身地・住所・連絡先)、

家系図。

2)その他

自分史、親戚・友人・知人リスト、ぺットに付いて、

私の財産に付いて、保険・私的年金、

介護・告知や延命治療・献体など、

葬儀に付いて、お墓の事、大切な人へのメッセージ、などをガイドに従って記述します。

今回は以上です。

横浜市民の葬儀・人生の最期を迎える準備

古くより創られてきた日本の文化・習慣の中では、死に付いて語る事はタブーとされて居りました。

しかしながら、社会環境の変化と共に、ご自分の最期をどの様に迎え、死後をどの様に弔ってもらうかを、

ご自分でお考え頂かなければならないご家庭も多くなり、終活と呼ばれる言葉も生まれて居りますまt。

終活は報道機関などでも取り上げられる様になり、葬儀のコマーシャルも放映が許される事となって居ります。

それに伴い、多くの方々が御自身の終活”に付いてお考えになり、ご家族にも伝える時代になって参りました。

夕暮れ

1 終活(エンデイング)

終活とはご自分の終末期をどの様に迎えたいか考え・準備する為の活動を言います。(エンデイングともいいます)

エンディングには御自身の死に係わる全ての事が含まれます。

認知症になった時にはどうするのか、

介護の受け方、

終末期医療は受入れるのか、

どの様な葬儀を希望されるか、

現在の財産は、

その相続は、

お墓はどうするのか、

等に付き細かく検討されて、その内容を記述しておく事は 

残されたご家族への思い遣りであると共に、御自身の残り人生をより良く生きる為の指針ともなるものです。

お悔やみの言葉

核家族化、少子高齢化が進む現代・未来では葬儀に参列する機会も少なくなり、

ご家族は葬儀に付いての知識も準備も少ない中で、大きな悲しみと共に、

とまどいながら葬儀を執り行はなければ成りません。

ご葬儀は、故人様の安らかな永眠を祈ると共に、遺された方々が最愛の人のご逝去を受入れる為の大切な儀式です。

ご逝去から葬儀までの間は、早ければ1日、遅くとも2~3日の内には 

葬儀の形式や内容をお決め頂かなければ成りません。

自らの死や葬儀を生きている内に考えるのは縁起が悪い、との考え方も有りますが、

御元気な内にご自分はどの様に送って欲しいのか御家族に伝えておく事は、

お見送りする方々の不安や不満を和らげる事ともなります。

お悔やみの言葉

この様なエンディングの意思表示は第三者でも解る様な形で文章に残す事をお薦めします。

特に、従来からの形式とは違う形でのお見送り、

例えば、無宗教葬、直葬、家族葬などをご希望の場合、

又、納骨には散骨をご希望の場合などでは 

ご親族の方で違うご意見をお持ちの場合も多々御座います。

その様な際に混乱を避ける為にも文書で残してあれば、

“故人の希望でもあるので”と周囲のご理解を得やすくする事が容易となります。

薔薇

又、お子様の居ない御家庭や、単身で過して居られる方の場合、

遠方のご親族が解らないままに葬儀やご遺骨の始末を行う事となります。

この様な場合でも死後の始末をスムーズに行ってもらう為には 

葬儀のプランやお墓を準備し、必要な費用と共に整えておくと安心です。

ご葬儀の生前契約なども その一つとなります。

以上の様な事を目的としてエンディングノートと呼ばれるものがが御座います。

書店で購入する事も出来ますが、

インターネットより無償で入手する事も可能ですので、一見されては如何でしょうか。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・ご葬儀の変化・小さな葬儀

日本に於きましては、社会環境の変化と共にその文化も大きく変化して参りました。

そんな日本の文化の一つであるご葬儀の営みも変化して居ります。

柩

1 葬儀文化の変化

葬儀の営みは、故人さま、ご遺族さまが信仰する宗教の於ける葬送の儀式であると共に、

ご遺族さまのお心を慰め、故人さまが過ごされた世間さまへご逝去をお知らせる事を目的として執り行われました。

しかしながら、社会の変化と伴に葬送観は大きく変化し 

葬儀の形態も形式やしきたりに拘らない形へと変わって参りました。

以前は人が亡くなられますとご親戚はもとより、広くご友人・知人へ連絡をして葬儀・告別式を執り行い 

より多くに方々で故人さまをお見送りする儀礼であるべき、と信じられておりました。

立派な祭壇を設え、盛大な葬儀を営む事が故人さまの為であり、残された者の務めと考えられて居りました。

この様な葬送観が大きく変わりつつ有ります。

財団法人”日本消費者協会”が2000年に行った消費生活モニターに対するアンケート

に対する回答の中の葬儀に関する部分を取り出しますと 

以下の様なご意見が見られます;

1) 今後の葬儀の有り方に付いて

  形式や仕来りに拘らない自由な葬儀があっても良い;57%

  家族だけの葬儀で良い;49%

  地域のつながりは大事にすべきなので 仕来たりに従うのが良い;10%

2) 自分の葬儀はどの様にしたいか

  費用をかけないで欲しい;63%

  家族だけで送って欲し;40%

3) 葬儀に支払った費用

  3-1 葬儀一式(葬儀本体)費用

       平均額;1,266,593円、最高額;5百万円、最低額;20万円

  3-2 寺院費用

       平均額;514,456円、最高額;188万円、最低額;1万円

  3-3 飲食接待費用

       平均額;454,716円、最高額;4百五十万円、最低額;一万五千円

実際に、横浜市内では核家族化、少子高齢化が進み、

”家族だけでの静かにお見送り”、

”故人が好きだったバラで囲んだお見送り”、

”故人さまの思い出の場所でのお見送り”

など、従来の仕来りとは違う形のご要望も多くお受けする様になってまいりました。

カトリック教会の葬儀

2 小さな葬儀

小さな葬儀とは、社会環境の変化とともに葬送観も変化し、葬儀の形態も多様化して参りました。

更に2年間を超える新型コロナウイルスの慢延に伴い、

より大きな葬儀から、より小さな葬儀への変化が顕著と成りました。

葬儀に於けるお通夜は、本来ご遺族や近親者の方など故人さまと深い係わりを持った方々が集まり、

最後の別れを惜しみ、故人さまの霊を慰める為のものでしたが、

最近では一般会葬者の方も昼間に行はれる告別式より通夜に参列されることが多くなりました。

その結果、ご遺族や近親者の方は弔問客(初めてお目にかかる方も多く居られます)の対応に追われ 

ゆっくりと故人さまとのお別れを惜しむ時間が取れないケースも多く見られます。

この様な経験を何度かされ、また町内会的な絆も薄れて行く中で、故人さまもご遺族さまも、

ご自分や身内の葬儀は親しい方だけで静かにお見送りをと考えるご家族が多く成りました。

その様な背景の中で家族葬と言う言葉も一般的となりました。

家族葬の内容は様々です。

10人前後の身内だけでと言う部分は共通ですが、

身内だけでシンプルに費用を抑えてというケースも有れば、

故人さまのお好きだった生花をふんだんに飾り、

お好きだった料理やお酒を用意したホームパーティーの様な葬儀も御座います。

小規模=費用をかけないだけではなく、葬儀にかける費用の考え方も多様となりました。

そして、費用をかけない葬儀として一日葬や直葬も注目されて参りました。

一日葬は通夜式は営まずに一日でお見送りの儀礼を執り行います;

亡くなられた当日はご自宅でお別れの時間を持ち、

翌日、葬儀・告別式・火葬を執り行う形態となります。

ー直葬は葬儀・告別式等の儀式は営まずにご火葬のみを執り行います;

ご逝去当日、ご自宅でお別れの時間を過ごすヶース、ご遺体をひかりの杜遺体安置所でお預かりするケース、

そして、然るべき日に火葬炉の前でお別れのみをされる形で御座います。

   今回は以上です。 

横浜市民の葬儀・ご自分で葬儀の予約を

核家族化の下で大きく発展した横浜では少子高齢化も急速に進み、

高齢の方々には、ご家族に葬儀で迷惑をかけたくない、家を継ぐ方が居られない、

などでお悩みの方も少なく有りません。

そんな悩みの解決策として、ご自分の葬儀の生前予約が御座います。

1 生前予約とは

生前予約とはご自分のご葬儀に付いて生前に契約を結んでおく事です。

この考え方は1990年代初めに米国より入って参りました。

プレニードと呼ばれる生前契約の内容は下記の二点を主なものとしております;

このプレニードは米国の葬祭業者によって開発されましたが、その背景には日本とは異なる米国の文化が有ります。

それに比べ過去の日本は共同体社会であり、

葬儀も親族との血縁、地域社会との地縁、企業との社縁を基に営まれ、

又、その費用も香典という共同負担の習慣により賄われ、生前契約は必要有りませんでした。

その様な日本古来の文化も、今日では変化し、核家族化、少子化、高齢化が急激に進む中で 

子供に葬儀の負担を掛けたくないと思う高齢者の方が増える中で 

生前契約はそういう方々にとって大切な契約形態となりつつあります。

そして、生前契約は将来の施行に対する契約であり、ご本人が確認することも出来ませんし、

又、支払いも日本には米国にあるプレニード預金の様な制度も有りません。

従いまして契約に当たりましては色々な注意が必要となります。

キリスト教の葬儀

2 葬儀の生前契約注意事項

 葬儀の生前予約(契約)とは

ご自分のご葬儀を 希望する形で執り行う様

生前に特定の葬儀社と葬儀の形式、内容、費用を取り決めて 予約(契約)して置くシステムです。

普段から ご家族にどの様な葬儀にして欲しいか 伝え、

葬儀の為の遺言書を遺して置いても ご親族の中で強力に反対する方が居られたり、

或いはその他の理由で、実現しない可能性が有ります。

ご自分が希望する葬儀を執り行ってもらう為

生前予約(契約)のシステムを利用して既成事実を作る事により

ご家族、ご親族に ご理解 頂き易く成るのではないでしょうか。

百合花祭壇

 生前予約(契約)のシステムには

葬儀の形式(規模、形式、演出等)を予約するだけのものから、

各種費用まで細かく取決めたもの、解約手数料の有無等 様々なタイプが有ります。

色々なタイプを比較し納得にいくシステムをお選び下さい。

又、 予約内容の変更も重要です、定期的に変更可能なもの、

随時 状況により変更可能なもの等 更に解約条件を含めご事情に合せてお選び下さい。

 ご葬儀の費用を準備するには 色々な方法が有ります。

一括払い、積み立て方式、生命保険・損害保険の利用等です。

生命保険の死亡保険金を充てる場合は 現在 葬儀費用が十分でなくとも  必ずご希望の葬儀を執り行う事が出来、

又 残されたご家族に費用負担をかける事は有りません。 

 生前予約(契約)は 予約(契約)したプランが適正な内容か、費用か 冷静に判断することが出来ます。

よく ご遺族は悲しみの中で 葬儀社の言われるままになってしまい

後で "お金が掛り過ぎた"と感じるケースを多く聞きますが、

生前予約(契約)ならば じっくり 検討が出来、葬儀後も故人様の遺志、ご希望にかなったと言う事で

ご遺族が後悔する事も有りません。

ご家族全員、共通の安心と共に お金の使い過ぎを防ぐ事にも成ります。

  今回は以上です。

横浜市民の葬儀・良い葬儀社の選択

少子高齢化、核家族化が進捗する現代の横浜では、

ご家族のお見送りに際し、周囲の協力による祭詞の遂行は困難な状況となって居ります。

そうした中ではご遺族のご希望を実現する葬儀担当者の選択が重要と成ります。

横浜での海洋散骨

1 身近に存在する葬儀社

1)大手、有名葬儀業者

全国規模の大手・有名葬儀業者は、スケールメリットを生かし、

葬儀費用の全国平均などを考慮して費用設定をして居り、参考となる費用構造です。

又、プランと呼ばれる廉価なセット料金も示されて居り、利用し易いとも言えます。

但し、葬儀費用の相場はその地域により大きく異なりますので、その点は注意が必要です。

そして、サービスの質は全国共通が前提となって居りますので、

特別なご希望は高額な見積となる場合も有りますので、同じく注意が必要です。

2)病院・警察で紹介される葬儀業者 

病院で亡くなられた方のご遺族が葬儀業者を決めて居ない場合 

病院側に問い合せると葬儀業者を紹介してくれます。

又、万一の事故等で亡くなられた方のご遺族には、必要に応じて警察署にて葬儀業者を紹介してくれます。

何れの場合も紹介される葬儀業者は然るべき規模の葬儀業者ですので、

お手伝いに支障をきたす心配は有りませんが、

ある一定規模の葬儀を前提としてお手伝いを行う場合も有りますので、

その場合は割高な葬儀費用と成り得ます。

3)地元の小さな葬儀社

地元の小さな葬儀社は地元で然るべき評判を得なければ永く経営を続ける事は出来ませんので 

長年続いた葬儀業者は然るべきサービスの質を維持した葬儀業者と言えます。

葬儀費用もその地域の相場を反映した見積と成ります。

但し、古くから葬儀業界に携わる方の中には追加費用は当然かかるものと考えるケースも多く見られ、

この点は要注意となります。

4)インターネットを利用した葬儀業者

現代では全ての葬儀業者がインタ-ネット上にWEbサイトを持って居りますが、

その中身は従来の営業形態にWebサイトを追加した葬儀業者と、

Webサイトのみを営業ツールとする葬儀業者とに二分されます。

従来からの営業形態では多額の営業間接経費が必要とされましたが、

Webサイトのみの場合はこの間接経費は大幅に削減が可能となり、

ご遺族様のご負担も大きく削減する事が可能となりました。

ネットで葬儀業者を検索される場合にはこの点を頭の片隅に置いて検索されると良いでしょう。

2 良い葬儀社の選び方 

1)身近にどの様な葬儀業者があるか

ご自分の近くにどの様な葬儀業者があるかを知る方法と致しましては 

入院中の病院からの紹介、事故に遭遇した所轄警察署からの紹介、看板広告、パンフレット、

そして、最近は容易となったインターネット検索により調べる等が有ります。

又、葬儀業者の事業規模も地元に密着した小規模な業者から全国規模の業者まで多岐に渡ります。

これらの中からご希望に合う業者を選び出す事は困難な様に感じられますが、

ご自分が希望する葬儀の形が明確であればそれ程困難な作業では有りません。

2)ご希望に合った葬儀業者の選び出し

前記の情報源を基にご自分が希望する葬儀の形に合ったキーワードを持つ、

接触が容易、ご自分の予算に近い等の観点で3~4社程度の葬儀業者を選択し見積書を含む必要資料を請求し、

比較・検討の上、ご希望に沿う葬儀業者の担当者と面談をします。

現代ではほとんどの葬儀業者がインターネット上にWebサイトを出して居りますので、

問合せもご自分のご都合に合わせて行う事が可能です。

3)担当者との面談

担当者との面談では、どの程度の規模の葬儀を行うか、必要とされる費用は、サービスの中身は、

などの観点で行いますが、その際下記の点もご注意頂く事が必要です;

ー相談者の希望を全て聞き、希望の真意を正しく理解する努力の姿勢があるか?

ー相談者の想いを引き出す努力の姿勢があるか?

ー前記2点の上でいくつか選択肢を示してくれる事。

ー説明は資料、パンフレット、施行例などを基に解り易く説明してくれるか。

ー質問には丁寧に解り易く答えてくれるか。

ー見積書は明細を含めた明確な形で示されているか。

ー葬儀では会葬者の人数など幾つか変動要素が有りますが、

どの様な変動要素があり、その場合の費用はどの様に変化するか、が明確に示されているか。

ー担当者は最後まで同一人物であるか。

ー担当者に信頼感を抱けるか?

ー契約を急かさない、支払い期日に余裕がある。

などです。

-プランとは

最近のWebサイトでは 家族葬プラン、一般葬プラン、火葬儀プラン 等、

プランと呼ばれるサービスが多く見られます。

これは葬儀のセット費用です。

特定条件の下で葬儀に必要最低限な項目を組み合わせて、積み重ねた金額より廉価に提供するサービスです。

従いまして、ご遺族様がお考えの項目がどの程度含まれているかは良く確認頂く必要が御座います。

特別なご希望が有る場合は別途企画・見積りを問い合わせる事も可能です。

 今回は以上です。

横浜市民の葬儀・葬儀社がお手伝い出来る事

ご葬儀の方針が決まりましたら具体的な作業に入らなければ成りません。

過去には一族の長老の方、町内会の然るべき方、団地・マンションの管理組合などで

ご葬儀を取り仕切って戴く事が一般的でしたが、現代横浜の社会環境では困難な状態となって居ります。

代わりまして葬儀社にもろもろを委託して頂く形と成ります。

葬儀について

1 葬儀社の作業

葬儀社がお手伝い出来る事柄としては、葬儀社本来の作業と、必要な関係者をご紹介する事の 二つに分かれます。

1-1葬儀社本来の作業

1)お見積書の提出と成約

生前予約であればご本人様、ご逝去後であれば喪主様、そして身近のご親族様より 

ご希望されるご葬儀の内容をお聞きした上で葬儀全般の企画と、必要とされる費用の見積書が提出されます。

又、見積書には変動要素も明記されます。

以上をご確認の上で成約の意思表示を頂き、作業が開始される事と成ります。

尚、葬儀の内容とは; 

ご宗旨、ご宗派、宗教家の依頼先、会葬者予定数、ご希望の式場、式場内デコレーション、ご希望の祭壇、

ご希望の日取り、ご予算、その他のご希望、などです。

2) ご遺体の移送

病院で亡くなられた場合、ご遺体は病院からご自宅へ移送され安置され、

その後、通夜式前にご自宅から式場へ、更に葬儀後式場から火葬場へと移送されます。

3) ご遺体の保全

ご遺体は生命活動が停止した後、お体の状態は急速に悪化して行きます。

従いまして、ご遺体安置中、通夜式、葬儀式の間も状態悪化を遅らせる為の保全処置を施さなければ成りません。

一般的にはドライアイスを使用してご遺体を保全します。

4)枕飾りの設営

 ご遺体をご自宅に安置している間、故人様をお祀りする為の小型祭壇が設営されます。

5)式場、火葬炉の予約と全体の流れを示す予定表の提出

ご遺族様ご希望の日取り、宗教家のご予定、式場・火葬炉の空き状況を突き合せ、

通夜式・葬儀式・告別式・ご火葬の日取りを決定して式場・火葬炉の予約を行い、

全体スケジュールを作成して提出。

同時に式場・火葬炉の住所・連絡先・地図・最寄の交通機関等も提出。

6)ご遺影の作成

故人様、ご遺族様のご希望に合わせたご遺影を作成します。

7)死亡届の提出と火葬許可証の入手(手続きの代行)

死亡診断書をお預かりして死亡届を該当する市区町村役所に提出し、火葬許可証を受領。

死亡届は故人様ご逝去後7日以内に提出し、火葬許可証はご火葬時に提出しなければ成りません。

8)湯灌・納棺のお手伝い

通夜式の前にはご遺体をお棺の中にお納めしなければ成りません。

お身内の方々の手でご遺体をお浄め(湯灌)し、お棺の中にお納めします。

通夜式の服装

9)式場の設営

ご遺族様のご希望に合わせて式場内に祭壇を設営し、会場全体をデコレーションします。

10)葬儀全般の管理・運営

通夜式・お清めの席・葬儀式・告別式・ご火葬・ご拾骨に当たり 司会進行を担当すると共に、

式場内外の管理・運営を執り行う。

11)後飾りの設営

忌中(四十九日法要までの間)の間、お骨壺を安置しお祀りする為の祭壇をご自宅に設営します。

12)最終見積書と請求書の提出 

当初見積書の内容に変動項目を追加した最終費用明細を提出し、了解を得た上で請求書の提出します。

13)その他

ご遺体をご自宅に安置出来ない場合の安置設備、棺、骨壺、白木位牌、仏衣(神衣)、その他 

葬儀に必要な葬具等が提供されます。

1-2 葬儀社がご紹介出来る事項

1)お料理

ご葬儀に於いてお料理を用意する機会は、通夜式後のお清めの席と、初七日法要後のお斎の席が有ります。

用意するお料理のメニューは宗旨、宗派、地域により定められたメニューが有りますが、

現代ではそれ程厳密に考えなくても良い状態です。

この仕出し料理はご遺族様のご希望に合わせた料理屋を葬儀社がご紹介する形が一般的です。

2)会葬礼状、会葬御礼品、お香典返し

これらの礼状、品物はご遺族様のご希望に合わせて、必要な業者を適時紹介する形が一般的です。

3)宗教家

ご葬儀を司る宗教家は、仏教であれば檀家寺、神道であれば日頃お参りする神社、

キリスト教であれば所属する教会にお願いするのが基本ですが、

檀家寺・神社・教会との交わりもそれ程無いが、無宗教葬では、と考えられるご遺族には 

ご希望される宗教家をご紹介する事も可能です。

4)霊園

現代では墓地を保有しないご家族も少なく有りません、

そんなご遺族の為にご希望に合わせて霊園をご紹介出来る葬儀社も多くなりました。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・葬儀の方針を決める

ご家族の方の万一の不幸に際しまして、喪主様をお決め頂きましたら、

次には、葬儀を執り行うに当たりましての葬儀の基本方針をお決め頂く必要が御座います。

まず第一には、葬儀の形式で仏式、神式、キリスト教式、無宗教式などの何れの宗教の下で営むのか?

葬儀の規模をどの程度で行うのか

(ご火葬のみ、少数での家族葬、一般の葬儀であれば どの範囲の方々にご連絡をするのか)、

とそれに伴うご予算の規模をお考え頂きます。

最後に通夜・葬儀の式場をお考え頂きます(ご自宅、市営斎場、私営斎場、寺院、ホテルなど)。

1 ご葬儀の形式(宗教)

現代の横浜に於ける葬儀の形式は、90%を超えるご葬儀は仏式で営まれて居ります。

同じ仏式でも、ご宗派によって仕来りが異なりますので、

菩提寺、或いは葬儀社から紹介された住職との確認が必要です。

故人様の宗旨が家の宗旨と異なる場合や、宗旨は同じでも宗派が異なる場合は、

故人様の生前のご遺志を尊重頂くのが良いと考えます。

但し、ご家族として寺院墓地をお持ちの場合は、後日納骨の際に問題が起こる可能性が有りますので、

墓地を管理する寺院のご住職に相談するなど慎重な検討が必要です。

無宗教葬で戒名を付けない場合や、戒名を他のお寺から頂いた場合などでも、同様の問題が発生します。

桃の花

2 ご葬儀の規模と予算

葬儀の規模は故人様の社会的地位、交際範囲、遺志、葬家の意向、経済的条件などを 

考え合わせてお決め頂きます。

かっては、本家・分家の関係、地域の慣習などにより葬儀の規模が決められて居りましたが、

現在の横浜では、故人様とご葬家の意向が優先される様に大きく変化致しました。

世間体に捉われて経済的に無理をしてまで大規模な葬儀を営む必要は御座いません。

ご家族だけで故人様とゆっくりお見送りをしたいのであれば、家族葬を選択されるのもその一選択肢です。

又、新型コロナウイルス慢延下の昨今では多数の会葬者をお願いする事にもはばかりが御座いますので、

ご親族だけでの小規模ご葬儀、通夜式を営まない一日葬、ご家族だけでの家族葬、

式は営まないご火葬だけでの直葬、などを営まれるご葬家が多くなりました。

これら、お見送り儀礼の規模によりご予算をお決め頂く必要が御座います。

ひかりの杜ではご予算に合わせた企画も提案させて頂いて居ります。

3 お見送り儀礼の式場

通夜・葬儀を営む式場は、かってはご自宅で営まれるのが通常でしたが、

現代の住宅事情などを考慮すると、ご自宅以外で営むのが一般的となりました。

以前はマンションや団地の集会所を利用する事も多く有りましたが、現在ではほとんど見られません。

現在の横浜では、ホテル、菩提寺、私営斎場、公営斎場など設備が整えられた式場で営まれる事が多くなりました。

横浜市内には市営斎場が3ヶ所有ります(緑区・戸塚区・金沢区)。

これらの斎場は設備も整い、火葬場が隣接している事からマイクロバスの手配など不要で、

横浜市内在住の方には廉価でご利用頂く事が出来ます。

但し、予約に時間がかかる事も御座いますが、余りあるべネフィットが御座います。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・喪主様を決める

人生には色々と悲しい出来事が待ち受けて居りますが、ご家族を亡くされる事ほど悲しい出来事は有りません。

この様な悲しみの中でも営まなければならないのがご葬儀です。

このご葬儀全般を取り仕切るのが喪主様であり、まず最初にお決め頂かなければ成りません。

喪主様は葬儀全般の主宰者であり、弔問を受ける葬家の代表者であり、ご葬儀の宗教的な主宰者であると共に、

その後の行事の責任者でもあります。

そして喪主様は故人様の生前の意とご希望に沿うべく努め、故人様の霊を護る役柄を努めねばなりません。

葬儀について

1 喪主様の決定

喪主様をどなたにするか時として問題になる事があります。

古くは、家の祭祀を主宰する方で、戸主あるいはその跡継ぎの男子でした。

戦後に民法の改正が有り、家の祭祀権を継承する方と、遺産を相続する方とは分離され、

家の祭祀者が祭祀権の継承者を指名すれば良い事となりました。

この指名された継承者が喪主様を努めなければ成りません。

もし指名がされて居ない場合は御遺族で協議をしお決め頂きます。

一般的には世帯主以外の方が亡くなられて場合は世帯主が、

世帯主が亡くなられた場合は、その配偶者もしくはお子様が喪主を務められます。

喪主様は通常は一人ですが、まれに複数の方々(配偶者と長男、子供たち等)が共同で務める場合も御座います。

尚、地域の習俗として子供が親より先立った場合は逆縁として親が喪主にならない習慣や、

夫が逝去された場合は喪主は配偶者ではなく長男が務める、

などが御座いますので、日頃よりご確認頂く事をお薦め致します。

喪主

1-1 喪主様の役割

喪主様はご遺族の代表者であり、葬儀の主宰者です。

葬儀の運営や進行を司る、葬儀委員長・世話役・葬儀社を指揮すると共に、

遺族の代表者として弔問客への応対に務めなければ成りません。

1-2 喪主様にお決め頂く事

喪主をお努めに成られた方は、まずご葬儀の方針をお決め頂かなければ成りません。

主要なポイントとしては;

 -葬儀の形式

日本に於ける葬儀の形式では95%を超える御家庭が仏式で葬儀を営まれて居られますが、

同じ仏式でもご宗派によって仕来りが異なりますので、

菩提寺、或いは葬儀社から紹介された僧侶との確認が必要です。

故人様の宗旨が家の宗旨と異なる場合や、宗旨は同じでも宗派が異なる場合は、

故人様の生前のご遺志を尊重頂くのが良いと考えます。

但し、家として寺院墓地をお持ちの場合は、

戒名を頂いていないと納骨が出来ないなど問題が起こる可能性が有りますので、

菩提寺ご住職に相談するなど慎重な検討が必要です。

又、無宗教葬で戒名を付けない場合や、戒名を他のお寺から頂いた場合などでも、同様の問題が発生します。

百合の花

ー葬儀の規模

葬儀の規模は、故人様の社会的地位、交際範囲、遺志、葬家の意向、経済的条件などを 

考え合わせてお決め頂きます。

かっては、本家・分家の関係、地域の慣習などにより葬儀の規模が決められて居りましたが、

現在では故人様とご葬家の意向が優先される様に変化致しました。

世間体に捉われて、経済的に無理をしてまで大規模な葬儀を営む必要は御座いません。

ご家族だけで故人様とゆっくりお見送りをしたいのであれば、家族葬を選択されるのもその一選択肢です。

ヒンドゥー教の花

-通夜・葬儀の場所

通夜・葬儀の式場は、かってはご自宅で営むのが通常でしたが、

現代の住宅事情などを考慮すると、ご自宅以外で営む事が一般的となりました。

又、以前はマンションや団地の集会所を利用する事も多く有りましたが、

現在ではほとんど行われる事も無くなっております。

ご自宅以外の式場としては、ホテル、菩提寺、私営斎場、公営斎場など設備が整えられた式場で営まれる事が多くなりました。

横浜市内には市営斎場が3ヶ所有ります(緑区・戸塚区・金沢区)。

これらの斎場は設備も整い、火葬場が隣接している事からマイクロバスの手配など不要で、

横浜市内在住の方には廉価で利用する事が出来ます。

その為、予約に時間がかかる事も御座いますが、余りあるべネフィットが御座います。

家族葬について

2 施主とは

施主様と呼ばれるお役目めが御座います。

最近では、葬儀を主宰する人と言う意味で喪主様と同じ様に用いられますが、厳密には異なります。

施主様とは、血縁に拘らず、布施費用を納める人と言う意味で、葬儀の施行主であります。

個人葬の場合は喪主と施主を御一人で務めますが、

社葬や団体葬などの場合、喪主はご家族が務め、施主は費用を負担する会社や団体の代表者が務める事と成ります。

又、個人葬の場合でも、跡継ぎが未成年の場合、喪主を跡継ぎな務め、叔父様が施主を務める形なども御座います。

元来は布施を為す人という意味で、仏教の僧侶に供養をなす人を指しました。

現代では葬儀・告別式・法要などの費用を負担し施行する個人や団体を言います。

2-1)施主様の役目

施主を務める団体若しくは個人の方は;

ー組織の立ち上げ。

ー企画書の作成。

ー予算の確保。

ーそして、その施行。

を図らねばなりません。

1)組織の立ち上げ

葬儀委員長、葬儀委員、実行委員会(事務局)、広報係、記録係、進行係、受付係、案内係、接待係、携帯品係、

式典係、駐車・配車係、会計係、などの方々をご指名頂きます。

2)企画書の作成と承認

葬儀・告別式を営むに当たっての;

方針、全体概要、詳細な内容を企画書として作成し、葬儀委員会の承認を得ます。

3)予算の確保

葬儀委員会で承認を受けた企画賞の内容に基ずき、

必要となる費用支出の承認を施主となる故人様若しくは団体より得ます。

4)葬儀・告別式・法要の施行

企画書の内容に従い、指名された組織の下で式を執り行います。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・危篤ご逝去の連絡

ご家族の方が病の床に伏し、担当の医師より”危篤の状態に陥った”と知らされた際には 

その御家族と繋がりの深い方々に連絡をします。

その連絡は電話を主として、電話が繋がらない場合は電子メール、又は電報などでお知らせします。

そして、危篤あるいはそれに近い状態にある場合は事前に当座に必要となる現金をご用意頂くのが良いでしょう。

1 危篤の連絡

担当の医師よりご家族が危篤を告げられましたら、まず息の有る内に面会させたい方々に至急連絡を取ります。

危篤を知らせる範囲と順番は以下が一般てきです;

1)ご家族や近親者

 血縁の深い親族が優先となります。

 両親、子供、兄弟姉妹、祖父母、孫、配偶者の親や兄弟姉妹、叔父、叔母、甥、従弟の方々などです。

2)次に特に繋がりの深い友人、知人。

3)そして、勤務先・学校・関係団体などの中で特別に付き合いの深い方。

などです。

以上が目安と成りますが、

大切な事はご本人が会いたがって居る人、ご家族が会わせたと考える人を優先して連絡を取ります。

親戚であっても日頃は行き来していない場合は特に知らせる必要は有りませんが、

日頃は行き来をしていなくとも、親・兄弟姉妹にはお知らせすべきでしょう。

危篤の連絡は原則、電話で行います。

相手が目上であっても、深夜 早朝であっても気にせず早目の連絡を心がけます。

とうしても電話が通じない場合は 電子メール、Fax、電報などを適時使用して内容を確実にお知らせします。

お知らせする内容は;

〇〇の長男〇〇で御座いますが父〇〇が危篤となりました。一目会って頂けないでしょうか?

1-1 危篤者の居る場所(駈け付けて欲しい場所)の住所、電話番号、最寄の交通機関、道順、などです。

    病院の場合は科名、病室番号も付け加えと良いでしょう。

1-2 病状

1-3 何時までに来て欲しいのか。

万一の状態が発生した場合には、

病院の支払い、当座のタクシ-・食事代、遠方から来られる方の交通費・宿泊代、

葬儀式場費用、火葬炉利用料、などで現金が必要と成ります。

出来れば危篤状態と成る前にまとまった現金を用意しておきましょう。

銀行など金融機関では名義人が死亡した事実を認識すると

口座を凍結して入出金を止める事が法的に定められて居りますので、

危篤者の口座から現金が必要な場合には、ご逝去の前に出金する事が必要と成ります。

2 ご逝去の知らせ

ご逝去のお知らせはご臨終に立会えなかった 

ご家族、近親者、故人様と親しかった友人・知人、勤務先、学校、関係団体、隣近所や町内会、

そして葬儀でお世話になる宗教者(菩提寺の僧侶、神官、神父、牧師)ですが、

すぐに知らせる必要のある方と通夜・葬儀の日程が決まってからお知らせする方とに分けます。

ご遺族が全ての方々に連絡出来ない場合は、

それぞれのグループの代表者2-3名に連絡をし、その方から他の方への連絡をお願いします。

連絡は電話で構いません。

日常の挨拶は省いて

”〇〇の長男〇〇で御座いますが、本日〇〇時父が亡くなりましたのでお知らせ致します” 

という様にお伝えします。

葬儀日程が決まってからお知らせする場合は

”〇〇の弟〇〇で御座います、兄が本日〇〇時に死去致しました。

通夜は〇月〇日〇時より、告別式は〇月〇日〇時より、

共に〇〇区の〇〇会館で執り行いますのでご連絡させて頂きます。

葬儀は〇〇(仏式・宗派、神式、キリスト教式、無宗教式、お別れ会など)で営ませて頂きます。” 

連絡は簡潔に行います。

尚、その際、出席の有無はお尋ねしてはなりません。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・ご遺体の移送

現在の日本に於きましては、ご逝去された故人様のご遺体移動は

特別な場合を除いて定められた車輛を使用して移送しなければ成りません。

ご遺体を移送する車輛を霊柩車とと呼びます。

横礼自動車

1 霊柩車

霊柩車とは貨物自動車運送事業法に定められた”遺体の搬送を行う自動車”で、

ご遺体を葬儀式場から火葬場へ移動させる際などに使用される特殊用途自動車です。

ご遺体の搬送は国土交通省管轄の許可事業で、許可を得ていない自動車でのご遺体搬送は出来ません。

従いまして霊柩車のナンバープレートは青色となり、形式として 

宮型、洋型、バン型、バス型の4種類が御座います。

尚、俗言として”霊柩車を見たら親の死に目に会えなくなるので親指を隠せ”と言われました。

ー宮型霊柩車とは、後部に輿の様な形のデザインを施し、主としてご遺体を火葬場に搬送する為に用いられます。 

ー洋型霊柩車は欧米式の霊柩車の架装を施した形のもので、普通の車と変わらず 

 宮型よりもスマートで近代的と言われ、良く使用される様に成りました。

 宮型と同じくご遺体を火葬場に搬送する際に用いられます。

ーバン型霊柩車は特別な外装を施さない霊柩車で、通常は病院からご自宅への搬送に用いられますが、

 遠隔地への搬送や、ご遺族のご希望で目立たぬ様に移送する際などに用いられる、多目的のご遺体移送車です。

ーバス型霊柩車は、大型のバスを使用し、柩を収めると共に火葬場への同行者も同乗できる霊柩車です。

蘭

2 霊柩車の運賃体系

霊柩車ご利用費用は出発車庫より目的地までの運賃となり、その体系は運賃、諸費用、実費からなります。

運賃は、基本額・加算額・特別加算額を足したものが総額費用となります。

基本額は霊柩車の型式により費用は異なりますが、最初の10Km以内を基本とします。

加算額は走行距離が10Kmを超える場合の運賃で、10Km単位で加算されます。

尚、ご遺体を届けた後の復路については費用請求はされません。

特別加算額は、深夜・早朝・待機に対する作業の割増費用です。

30分箪位で費用は加算されます。

諸費用は、特殊仕様車料金、遺骨宅送料、車両留置料等です。

実費は、有料自動車道使用料、フェリーボート使用料、駐車料金、依頼人の特別要請にもとずく作業実費などです。

3 ご遺体搬送の歴史   

大喪の礼

江戸時代には士農工商という身分制度の下で、身分に合わせた葬儀が営まれて居りましたが、

明治時代に入りこの身分制度が廃止されると、大都市を中心に葬儀の在り方が大きく変化して行きました。

まずは、ひそかに夜間行われていた葬列が、昼間大掛りに行われる様に成ります。

又、使用される棺が棺桶を使用した座棺から、寝棺へと変化します。

更に寝棺を乗せる為の白木の輿(こし)が組まれ、その輿を彩る為の葬具が出現しました。

江戸時代の葬列は夜間に少人数でひそやかに組まれるのが普通でしたが、

明治時代に入ると、台頭してきた商人層を中心にして社会に誇示する為日中に大掛りな葬列を組む様に成ります。

葬列の要員としては明治と共に役割を終えた大名行列の奴(やっこ)が動員されました。

この状態は第二次世界大戦終了まで続きました。

そして、この葬列を彩る為の野道具と言われる葬具も立派な物が作られ始めます。

金連、銀蓮、生花や造花を挿して作った花車、放鳥する為の鳩を運ぶ放鳥輿、

位牌を運ぶ位牌輿、香炉を運ぶ香炉輿などです。

現代の葬具の原型となるもので、これらの葬具を作成する専業の葬具屋がこの時代から出現しました。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・末期の水・エンジェルケア

日本に於きましては、ご家族がご臨終された際に営む古くからの慣習として、

故人様の唇を水で湿らす末期の水と呼ばれる儀礼が御座います。

その後にご遺体はお浄め・お整えして、北枕で安置される事となります。

1 末期の水

末期の水は死に水とも言われ、

故人様の臨終を告げられた後に同席している近親者の手で故人様の唇を水で湿す儀礼で、

故人様が水を飲む事により蘇(よみがえる)るべく祈念しての儀礼とも、

”あの世で渇きに苦しまぬ様にとの願いを込めた”儀式とも言われて居ります。

本来は息を引き取る間際に行うものでしたが、

現在はほとんどの場合、死後に行われる事が多くなりました。

病院で息を引き取り、その後ご自宅に帰った後に営まれるのが一般的です。

末期の水の儀礼は、仏教だけではなく、宗教を問わず広く行われる様になって居ります。

末期の水は、新しい筆の穂先や割りばしの先に脱脂綿やガーゼを付けて 茶碗の水に浸して軽く唇を湿らせます。

地域によりましては鳥の羽を使用したり、二枚貝の殻に水をいれて飲ませる処も御座います。

2 ご遺体の保全とエンジェルケア

故人様がご逝去されてからご火葬、或いは埋葬されるまでの間、

ご遺体は、腐敗を遅延させ外形的な変化が起こらぬ様、各種の処置を行わなければ成りません。

この処置をご遺体の保全処置と言います。

日本に於いては古くは塩により腐敗遅延を即す事が一般的でしたが、

現在では各種のより良い処置方法が生まれ、ご遺体が生前と同様の外見で保全する事も可能に成りました。

ご遺体をより良い状態にする方法としての、古くから行われて来た湯灌の他に、

清拭(せいしき)、エンジェルケア等、腐敗防止としてはドライアイス、エンバーミング等が御座います。

湯灌とは、日本古来から行われて居りましたご自宅のお風呂場或いは寺院の湯灌場で 

ご遺体をぬるま湯で洗い清める事ですが、

ご親族の手により行うものとされ、ご遺体に直接触れる事により故人様の死を実感して頂くという 

深い意味を持つ大切な儀式でした。

現代では専用のバスタブを室内に持ち込み行う様に成りましたが、

浴室や居室も手狭となり、横浜等の都市部では病院でのエンジェルケアで済まされるご葬家も多くなりました。

清拭とは身体を拭き清める事で、ご葬儀の中ではご遺体を納棺する前に拭き清める事を言います。

お悔やみの言葉

エンジェルケアとは、病院・或いは看護士簡で用いられる用語で、病院で亡くなられた方のご遺体処置を指します。

清拭 着せ替え、綿詰め、顔剃り、化粧などの処置を包括的に指して言います。

ご遺体保全の為のドライアイスとは、炭酸ガスを固形にした物で、非常に低い温度で昇華する為 

水分が出ませんおで食品や洋菓子などの保冷用として利用されますが、

ご遺体の保全用としても用いられて居ります。

約10Kgのドライアイスで24時間前後のご遺体保全が可能とされて居りますが、

真夏などの暑い時には注意が必要となります。

ご遺体のエンバーミングとは、ご遺体に施す防腐処置の一つで、

ご遺体の一部を切開して血液を抜き、代りに防腐剤を注入する事により、

ご遺体を長期間保全する事が可能となります。

この技術は北米で開発され、日本にも伝わりましたが、

日本では火葬までの日数がそれ程掛らずドライアイスの利用で十分と考えられて居り、

適用のケースはそれほど多くありません。

但し、ご遺体を海外に移送する等で長期にご遺体保全が必要とされる場合には非常に有用な技術です。

Embalmとは”香料を塗る(死体に)”という意味で、本来はミイラを作る事を指して居ります。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・ご臨終の後に

ご家族のどなたかが亡くなられましたら、故人様ご逝去時の担当医師より死亡診断書を受領し、

死亡届の届出人をお決め頂いて、故人様のご逝去から七日以内に死亡届を当該役所に提出しなければ成りません。

そして、死亡届提出時に死体火埋葬許可証の発行を申請し、受領します。

この後に故人様の葬儀・火葬を営む事が可能と成ります。

尚、ひかりの杜ではこれらの手続きを全て代行させて頂いて居ります。

夕暮れ

1 死亡診断書

死亡診断書は死亡日時・事由などに付いて担当医師の診断結果を記した診断書の一つであり、

故人様の死亡を証明する効力を持ちます。

その発行は診断をした医師、もしくは歯科医師のみに許されます。

記載用紙はA3サイズの用紙で、右側半分が死亡診断書、左側半分が死亡届の構成となって居ります。

日本国戸籍法では人が亡くなった場合、故人様のご親族、又は関係者は、

故人様の死亡届をご逝去後7日以内に死亡診断書、又は死体検案書を添付して届け出なければ成らない、

と規定して居ります。

通常の病死あるいは老衰などの自然死の場合は、その診断・治療に当っていた医師が死亡診断書を発行します。

日没の写真

突然死や長期に渡り医師に罹ることなく死亡された場合は病死、或いは自然死であっても 

医師は死亡診断書を発行する事が出来ません。

この様な場合と、病死あるいは自然死以外の異状死体、又は犯罪の疑いのある死体の場合も警察の検視を経て、

監察医又は警察の嘱託医による検案を受けて死体検案書が発行されます。

死体検案書は死亡診断書と同等の効力を持ちます。

横浜市内の場合、検案には状況に応じて2万ー7万5千円の間で費用が発生します。

又 検案所までの往復のご遺体移送費用もご遺族のご負担となります。

警察による検視、監察医による検案が必要なケースは;

 1 病死、あるいは自然死であっても生前に診察・治療の担当医師がいない場合。

 2 病死、あるいは自然死であるか原因不明の場合。

 3 伝染病死、中毒死などの場合。

 4 溺死、事故死、災害死、自殺などの非犯罪死の場合。

東京23区、大阪市、横浜市、名古屋市、神戸市には監察医が置かれ、

その他の地区では嘱託医が置かれております。

現在の横浜市では中区と金沢区の2ヶ所に検案所が設けられて入ります。

2 死亡届

故人さま担当の医師より死亡診断書を受領されましたら、

死亡診断書左側の死亡届に必要事項を記入し、死体火埋葬許可申請と共に当該役所に提出します。

届け出る方は”同居の親族”、”同居していない親族”、”親族以外の同居人”、

家主、家屋管理人、土地管理人”、”後見人、補佐人、補助人、任意後見人”の何れかの方です。

提出先は”故人さまの本籍地又は”死亡した場所”、”届出人の住所地”の何れかの市区町村役所戸籍係となります。

市区町村役所は死亡届の提出を24時間・365日受け付けております。

届け出は葬儀社などの代行者で構いませんが、

その場合は届出人と代行者の印鑑が必要です(シャチハタは不可です)。

又、銀行その他の金融機関は故人さまの死亡を確認しますとその口座を凍結する義務が有り、

凍結後は遺産相続が確定するまで、預金の出し入れが出来なく成りますので、

現金を出金する必要が有る場合は死亡届を提出する前に手続きをして下さい。

夕陽の富士山

死亡届の提出後、死体火埋葬許可証の交付を受けます。

死体火埋葬許可証はご遺体火葬の前に火葬場に提出する必要が御座います。

死体火埋葬許可証はご火葬終了後、火葬済の証印が押されて返却されます。

この書類が故人様ご遺骨埋葬(納骨)の際に必要な埋葬許可証となる重要な書類と成りので、

ご遺骨と共に大切に保管が必要です。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・行政解剖・司法解剖・遺体保全

人の死は、死亡時の加療担当医師、もしくは監察医による死亡判定により確定します。

死亡判定は担当医師により書面(死亡診断書、死体検案書)にてご遺族に通告されます。

尚、死亡確定以前にご遺体に何らかの処置を施す事は許されて居りません。

1 行政解剖と司法解剖

人が亡くなられて場合は、亡くなられた所在地、故人様の本籍地、

又は届け出人が居住する市区町村役所に死亡届を提出しなければ成りません。

死亡届には故人様の死因が明記されます。

通常は掛り付けの医師により、死因が確定されますが、

各種の事情で掛り付けの医師がいない場合、又は死因の判明しない犯罪性のない異常死体に対して、

死因の究明を目的として監察医、若しくは警察の指定する医師により行われる解剖を行政解剖と言います。

そして、犯罪性のある死体、又はその疑いのある死体の死因を究明する為に行う解剖を司法解剖と言います。

単身家庭(女性)

2 死体解剖保存法第8条に於いて

”政令で定める地を管轄する都道府県知事は、

その地域における伝染病、中毒又は災害により死亡した疑いのある死体その他死因の明らかでない死体について、

その死因を明らかにするため監察医を置き、これに検案をさせ、

又は検案によっても死因の判明しない場合には解剖させることができる。”

と定められ、

東京23区、大阪市、横浜市、名古屋市、神戸市の5地区には監察医が置かれ、

その他の地区では警察により委嘱された嘱託医が検案・解剖を担当します。

横浜市役所

横浜市に於いては、伝染病、中毒、災害により死亡した疑いのある死体、又は死因の明確でない死体に対して 

まず監察医による検案(外見的調査により死因を特定、検死とも呼ばれます)が行われます。

検案では死因が特定出来ない場合、行政解剖が施術されます。

犯罪死のおそれがある場合は全て司法解剖を行う事と成ります。

又、行政解剖の途中でも犯罪死が疑われる状況が出てきた場合には司法解剖に移行されます。

行政解剖、司法解剖 何れの場合もご遺族の同意は必要とされません。

   今回は以上です。   

横浜市民の葬儀・死体検案書

人が亡くなられた場合、御家族、或いは身近な方は死亡診断書、もしくは死体検案書を添付して、

七日以内に死亡届を市区町村役所に届けなければ成りません。

死亡診断書は死亡事由や死亡日時などを証明する診断書で、

故人様の診断・治療を担当していた医師、又は歯科医師により発行されます。

死体検案書は犯罪に関係したご遺体、若しくは診断・治療を担当した医師がいない場合のご遺体を

警察の検死を受け、監察医もしくは警察の嘱託医が検案の後、発行されます。

日本国戸籍法では死亡届にはやむおえない事由を除き、

死亡診断書または死体検案書を添付するよう義務ずけられて居ります。

用紙はA3用紙の左半分が死亡届、右半分が死亡診断書(死体検案書)の形式となって居ります。

夕暮れ

1 死体検案書

死体検案書とは死者の死因が継続的に担当医師により診療中の病気を原因としていない場合に 

監察医、若しくは警察が指定する医師により発行される、死亡を証明する為の書類です。

掛り付けの医師を持たない場合の自然死、各種の事故死の場合は死者のご遺体は警察官の検視を受け、

その上で警察署が指定する医師の検案、必要に応じて司法解剖・行政解剖が行われ、死因を特定し、

その上で担当医師により死体検案書が発行されます。

ただし 死亡診断書と異なり歯科医師は死体検案書を発行する事は出来ません。

ご家族が亡くなられた場合、病死あるいは自然死以外の異常遺体、あるいは犯罪の疑いのあるご遺体の場合には 

最寄の警察署に届け出て、警察官の検視を受け、監察医若しくは警察が指定する嘱託医の検案を受けて、

死体検案書の発行を待ちます。

警察による検死、監察医による検案が必要となるケースは以下の通りです;

1 病死あるいは自然死であっても、生前に診療・治療をしていた医師がいない場合。

2 病死あるいは自然死であるかどうか不明な場合。

3 伝染病死、中毒死などの場合。

4 溺死、事故死、災害死、自殺などの非犯罪死の場合。

5 殺人、過失致死などの犯罪死 あるいはその危惧が有る場合。

2 監察医

監察医とは、死体解剖保存法の規定に基ずき、都道府県知事が任命する行政解剖を行う医師を指します。

日本に於ける監察医制度は飢餓、栄養失調、伝染病などによる死亡者が続出していた第二次世界大戦終戦直後に 

死亡者の死因が適切に把握されず、その対策にも科学性が欠けて居た為、

その状況を憂慮した連合軍総司令部(GHQ)が、公衆衛生の向上を目的として日本政府に創設を命令した制度で、

1947年(昭和22年)に創設されました。

散骨

監察医制度の目的は、死因不明の死体を検案(けあん)、又は解剖して死因を明らかにする事により、

公衆衛生の向上に資する事に有ります(犯罪捜査を目的とした制度では有りません)。

監察医の業務内容は死因の明らかでない死体に付いて 

①死体の検案を行う事、

②検案によっても死因が判明しない場合は解剖を行う事(ご遺族の同意は不要)です。

その対象となるご遺体は伝染病、中毒、又は災害により死亡した疑いのある死体 

及びその死因が明らかでない死体です。

監察医制度は昭和22年当時の人口上位7都市

(東京23区、大阪市、京都市、名古屋市、横浜市、神戸市、福岡市)で運用が開始されました。

監察医は常勤、或いは非常勤の形で監察医務院と呼ばれる組織に所属して死因の解明に当ります。

現在、監察医務院が運用されて居るのは上記から京都市、福岡市を除いた5都市です。

それ以外の地域では、委嘱を受けた大学の法医学教室がその任務を代行して居ります。

監察医や警察の嘱託医が行う、死因を特定する為の解剖を”行政解剖”と言います。

これに対して、犯罪死の惧れがある場合に行う解剖を”司法解剖”と言います。

行政解剖の途中で犯罪死の疑いが出た為、司法解剖に移行することもあります。

行政解剖と司法解剖はご遺族の同意を必要とは致しません。

一般的医療機関で行う病理解剖はご遺族の同意が必要です。

尚 横浜市内で監察医の検案を受けると、2万五千円から7万円の範囲で費用負担が発生します。

監察院との往復に必要となるご遺体の移送費用もご遺族の負担と成ります。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・死亡診断書

人が亡くなられた場合は、故人様の身寄りの方(御家族、近親者、家主、他)は

死亡診断書、又は死体検案書を添付して七日以内に死亡届を市区町村役所に届けなければ成りません。

死亡診断書は死亡事由や死亡日時などを証明する診断書で、

故人様の診断・治療を担当していた医師、又は歯科医師により発行されます。

死体検案書は犯罪に関係したご遺体、若しくは診断・治療を担当した医師がいない場合のご遺体は 

所轄警察の検死を受け、監察医もしくは警察の嘱託医が検案の後、発行されます。

日本国戸籍法では、死亡届にはやむおえない事由を除き、

死亡診断書または死体検案書を添付するよう義務ずけられて居り、

用紙はA3用紙の左半分が死亡届、右半分が死亡診断書(死体検案書)の形式となって居ります。

夕暮れ

1 死亡診断書

死亡診断書は故人様の死亡事由などに付いての検案について記した診断書の一つであり、

故人様の死亡を証明する効力を持ちます。

その発行は診断をした医師、もしくは歯科医師のみが可能と成ります。

記載用紙は 左が死亡届、右が死亡診断書の、組になったA3用紙です。

お悔やみの言葉

人が亡くなられましたら、御家族、或いは身近な方は

死亡診断書又は死体検案書を添付して、七日以内に死亡届を市区町村役所に届けなければ成りません。

死亡診断書は故人様の死亡事由や死亡日時などを証明する診断書で、

故人様の診断・治療を担当していた医師、又は歯科医師により発行されます。

通常の病死、あるいは老衰などの自然死の場合は、その診断、治療に当っていた医師が死亡診断書を発行します。

突然死や長く医師に罹っていないで死亡した場合は 

病死、或いは自然死であっても医師は死亡診断書を発行する事が出来ません。

この様な場合と病死あるいは自然死以外の異状死体、又は犯罪の疑いのある死体の場合も警察の検視を経て、

監察医又は警察の嘱託医による検案を受けて死体検案書が発行されます。

死体検案書も死亡診断書と同等の効力を持ちます。

神奈川県警察本部の場合、検案には状況に応じて2万ー7万5千円の費用が発生します。

又、検案所までの往復のご遺体移送費用もご遺族のご負担となります。

 警察による検視、監察医による検案が必要なケースは;

 1 病死、あるいは自然死であっても 生前に診察・治療の担当医師がいない場合。

 2 病死、あるいは自然死であるか不明の場合。

 3 伝染病死、中毒死などの場合。

 4 溺死、事故死、災害死、自殺などの 非犯罪死の場合。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・死の判定・脳死

人間の死の判定は、古来心停止を前提として居り、医学的に厳密な定義を必要とするものでは有りませんでした。

その後、法律上での定義として”死の三徴候”が定められ、今日に至って居ります。

人は、肺機能の停止、心臓機能の停止、脳機能の停止の過程を辿って死に至りますが 

今日、医療技術の発達と共に人工呼吸器、人工心臓等が開発され 

自発呼吸が不可逆的に停止しても人工呼吸器によって呼吸と心臓の拍動が維持できる様に成りました。

これにより出て来たのが脳死の概念です。

人工呼吸器の使用により、

呼吸と心拍の停止よりも先に腦の全ての機能が不可逆的に停止する状態が発生する事となります。

これが脳死の状態です。

鶴見つばさ橋

1 脳死の定義

脳死とは、人の脳幹を含む脳の全ての機能が不可逆的に回復不可能な状態まで低下し、

回復不能と認められた状態を指します。

その判定は臓器を含む移植に関係しない、脳死判定の経験を持つ2名以上の医師により行います。

判定は6時間の間を置いて2回行い、2回目の判定の決果に基ずいて、脳死が確定します。

2回目の判定が終了した時間をもって死亡時間とされます。

尚、脳死の判定基準は国毎に異なり、脳幹のみの機能低下を基準とする脳幹死を採用する場合と、

大脳と脳幹の機能低下を基準とした全脳死を採用する場合とがあります。

日本の場合は全脳死を前提として居ります。

日本の法律では脳死を”個体死”とする旨の明記は有りません。

散骨

2 脳死の経緯

20世紀始めより死の判定は”死の三徴候”を基に成されて居りましたが、

その後、医療技術の発展に伴い人口呼吸器が開発され、

自発呼吸が不可逆的に停止しても、人工的に呼吸と心臓の拍動が維持出来る様に成りました。

その結果創出されたのが”脳死”の概念です。

人口呼吸器の使用により、

呼吸と心拍の停止より先に脳の全ての機能が不可逆的に停止する状態が発生する様になりましたが、

これを脳死の状態と呼びます。

脳死に陥ると生命は蘇生する事は無く、脳死状態が何時までの固定化される事はありません。

脳死後1日から1週間の間で心停止に至るとされます。

3 脳死と臓器移植

この脳死状態に臓器移植の問題がからむことにより、

脳死をもって人の死とするか、あくまでも心停止をもって人の死とするか、

の議論が提起されました。

昔は息を引取り、体温が低下し、身体が硬直し、という死のプロセスを判断して死を受入れて来ましたが、

近代に入り死の三徴候が死の判定基準となり、

更には脳死の概念が出来、脳死状態を前提とした臓器移植の是非が議論される事となりました。

そして、現代では本人及び家族の同意を前提として、脳死状態での臓器提供が可能な状況と成りました。

この脳死を前提として臓器移植、尊厳死に関する諸問題が提起されて居ります。

日本に於ける法的な脳死の定義は”臓器の移植に関する法律”により規定されて居ります。

脳死判定は臓器提供を前提とした場合にのみ行われます。

従いまして、その実施に当っては本人及び家族の臓器提供同意が基本となります。

日本では腦の機能を完全に解析出来て居る訳では有りません、

又、脳死という新しい観念を受入れる為には多くの議論がなされた事はご承知の通りです。

   今回は以上です。 

横浜市民の葬儀・人の死の判定

人が亡くなられる、その生・死の判定は現在の日本の法律に於いて医師のみが判定する事を許されて居ります。

古くは、宗教、哲学、神学などで、死の判定や定義を扱って居り、

その地域、文化、時代、分野などにより様々な解釈が存在しました。

死とは、命が亡くなる事、生命が亡くなる事、生命が存在しない状態等と定義されますが、

はっきりとした尺度、基準を示すものでは有りませんでした。

1 古の死の判定

人間の死亡の判定には様々な解釈があり、

文化的伝統、人の心情、医療、法制度、論理的観点など複雑に関連しあって必ずしも明解では有りませんが、

色々な観点での見解は以下の様に考えられます。

 息が止まる事

  古くから命は呼吸と強く結び付けられて考えられて居りました。

  従い 息が止まった状態を死と考えました。

 全身のさまざまな変化

  古くには、爪や髪が伸びている間はまだ生きていると考える人が多く居られました。

日本の古代葬送儀礼の一次第として殯(もがり)の儀礼が御座いました。

”殯(もがり)の儀礼”は各種の文献から、ご遺体を安置した喪屋の中で一諸に食事をするなど、

死者を生者と同様に丁重に取り扱っていた事を伺わせます。

古代に於いては人の死の判定は人体の変化を基に行う為それなりの時間が必要とされました。

人が死んだという事実を周囲の人々が納得する為にも一定の時間が必要とされたと考えられます。

従いまして、人が死んだと考えられても、直ぐにご遺体を処理する事無く、

一定の期間は”生きているかの如く”取り扱われたと想定されます。

殯の儀礼は人の生と死の境界線の時間を過ごすための儀礼であったとも言えます。

尚、喪屋(もや)を個別に建ててご遺体を安置したのは、ご遺体の腐敗を考慮しての事と考えられます。

2 現代日本での死の確定

人の死は、法律上は医師による死亡診断書、

或いは検死医師によって死体検案書が発行される事によって確定します。

従いまして、市区町村役所に死亡届を提出するに当たりましては

死亡診断書、又は死体検案書の添付が必須条件となります。

死亡診断書、又は死体検案書は特別な場合を除いて、

A3用紙の右側に診断書・検案書、左側が死亡届の書式となって居ります。

死亡届の提出先は死亡場所、故人様の本籍地、若しくは届け出人が居住する市区町村役所となります。

死亡届が受理された事により故人様の戸籍上の死亡が確定します。

3 人の死亡の判定

現代日本の法律では、人の死亡判定は医師の医学的経験に基ずいて行われます。

医師による人の死亡の判定は、伝統的にバイタルサインと呼ばれる

①呼吸停止、②心拍停止、③瞳孔散大・対光反射消失の、死の三徴候を根拠としてなされます。

医師はこの3点の不可逆的停止を確認する事により死の判定を行います。

一般的には呼吸が停止した時刻、あるいは心拍(脈拍)が停止した時刻をもって死亡時刻とする、との事です。

これが2心停止”と言われる死の判定法で、法律上でも確立して居ります。

但し、心停止により法律上は死が確定しても、その人の臓器や細胞は生きて居り、

その後、緩やかに死へと向かう事と成ります。

不可逆的停止とされる意味は、

自発的呼吸が停止しても直後に人口呼吸を施す事により自発的呼吸が再開されたり、

強心剤や電気的ショックにより停止していた心臓が動き出す事もあり、

一時的な機能停止は必ずしも絶対的なものではないからです。

墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)に於いても、これらに考慮し 

死亡判定後24時間以内には火葬や埋葬する事を禁じて居ります。

古くより有り得た生存埋葬を避ける為です。

但し、法定伝染病患者の死に関しては この限りでは無く、即刻の火葬が可能です。

   今回は以上です。

横浜市内の葬儀・ご逝去の環境

日本に於きましては第二次世界大戦以前のご逝去される場所はご自宅が基本で、

病院で加療されて居られる方でも、死期が近ずくとご自宅に戻られて、寿命をまっとうされました。

日本人の文化としては、ご自宅の畳の上で亡くなる事が最っとも平穏な人生の最期、と信じられて居りました。

しかしながら、戦後になりますと医療の発展、居住環境の変化、などからご逝去される場所も大きく変化しました。

 

夕暮れ

1 日本人のご逝去環境

日本の人口は昭和25年の8320万人から増加を続け、

平成20年の12808万人をピークとして以降減少の傾向にあります。

又、その年齢別構成を見ますと、14歳以下の年少人口は35%から13%へと 

65歳以上の老年人口は5%から23%へと変化し四人に一人が65歳以上となってまいりました。

死亡者数は昭和30年以降70万人/年前後で推移して居りましたが、昭和50代年後半から増え始め 

平成15年に百万人超/年、21年で114万人 令和3年では142万人/年と増加し続けて居ります。

その簡の死の場所も大きく変化しており、自宅死から病院/診療所での死へと変わりました。

年度死者総数病院/診療所老人ホーム自宅その他
195569万人11万人53万人5万人
16%77%7%
198575万人51万人21万人3万人
68%28%4%
2009114万人93万人4万人14万人3万人
82%3%12%3%
日没の写真

2 死者の年齢構成

死亡者の年齢構成を見ますと2009年の65歳以上の死亡者比率は85%でしたが 

2020(令和2年)の死亡者数は男性71万人、女性67万人、計137万人で

65歳以上の死者比率は90.9%と高齢者の死亡比率がより高まって居ります。

令和2年の死因内訳は以下が主なものでした。

死因内訳
悪性新生物(癌などの悪性腫瘍)27.6%
心疾患15.0%
脳疾患 7.5%
肺炎 5.7%

老衰は9.6%でした。

 今回は以上です。             

横浜市民の葬儀・臨終とその後

臨終とは死を迎える直前の時期を指し、臨命終時(りんめいしゅうじ)の略語です。

人がご臨終を迎える場所は、特別な場合を除き、古くはご自宅が一般的でした。

それが昭和時代の戦後には医療の発達と共に病院でご逝去されるケースがほとんどとなります。

現代の横浜では、慣れ親しんだご自宅で最期を迎えたい、

との希望を叶えてご自宅でご臨終を迎えるケースも多くなって居ります。

葬儀について

1 臨終に際して

人の死という危機的な時期に関しては、エジプトやチべットなどの古い文献の中で種々語られて居りますが、

現代の日本に於ける臨終の手引きに関してはインド仏教の伝承を基にして創造されて居ります。

臨終の時は本人は勿論、近親者にとっても大切な時間です。

最期の看取りを行いきちんとしたお別れが出来たか如何かは、

近親の方々の後々の心の平安にも影響を与えかねません。

インド仏教では、祇園精舎の北西の一角に無常院が造られ、病者や死を迎える人が受入れられたと言われます。

このインド以来の伝承に基ずいて、中国の唐代に活躍した道宣、善導の二人の僧により 

臨終の作法が説かれました。

この臨終論が日本に伝わり、平安時代中期の僧・恵心僧都源信により”臨終の行儀”がまとめられました。

現在の臨終の作法はこれにより定着する事と成りました。

現代の臨終は、交通事故などの突然の死を除いては病院で迎えるのが一般的です。

従いまして、臨終の作法をご自宅で行うのと同様に病院で行えるか如何かはその病院の許可次第と成ります。

一般的には不可です。

しかしながら、その病院でも近年延命だけを目的とする治療よりも、

ご本人と近親者が最期の時をどの様に迎えるかを重視するよう変化して参りました。

本人と家族がより良い別れをどう持つか重視し始めたとも言えます。

ですから、本人が安らかに最期の時を迎える事が出来る様、

家族の方々は担当医師と充分なコミニュケーションを図るようお薦めします。

又、医師と相談の上でご本人が面会を望む方々にも連絡されると良いでしょう。

お見取り

2 ご臨終の後に

お身内の方がご臨終された後には幾つかの手続きをしなければ成りません。

まずは担当の医師より死亡診断書を受取ります。

死亡診断書はA3の用紙で、右側半分が死亡診断書、左側半分が死亡届の形式となって居ります。

その上でご遺体の引取りに付き手配しなければ成りません。

最後にご遺体の搬出後には費用の支払いを含む退院の手続きをしなければ成りません。

お身内の方が亡くなられた場合には必ず担当の医師より死亡診断書を受取ります。

病院で亡くなった場合は立会った医師から、

ご自宅で亡くなられた場合は死亡を確認した医師より死亡診断書を受領します。

それ以外の場合、事故による死亡や掛り付けの医師が居ない場合、原因不明の死亡、等の場合は 

該当警察署が指定する医師より死体検案書を受領します。

横浜市内の場合、死体の検案費用は3万円~7万5千円の範囲で現金納付が必要となります。

死亡診断書(死体検案書)は葬儀後の緒手続き(市区町村役所、保険求償等)や、

遺産相続の申告などでも必要と成りますので、5部程度のコピーを取って置く様お薦めします。

ひかりの杜では必要手続きをさせて頂く前に必ずコピーをご葬家様にお届けして居ります。

故人様が病院で亡くなられた場合は、看護師の手でエンジェルケアー(病院により内容は異なる)が成され、

ご遺体は霊安室に安置されます。

霊安室には長時間安置する事が出来ませんので、

ご遺体をご自宅、若しくは然るべき所に移送しなければ成りません。

葬儀をお手伝いする葬儀社が決まって居る場合は、その葬儀社に連絡をしてご遺体移送の手配をします。

病院にてネット検索により葬儀社を調べるケースも多々御座います。

退院手続きに伴う支払いはご遺体の搬出時、若しくは翌日に行うのが一般的です。

お世話になった医師や看護師へのお礼の挨拶は後日改めて出向く事が良いでしょう。

尚 病院の方針によりましてはお礼の金品を受け取らない場合も御座いますが、

その場合でも感謝の気持ちを伝える事はしたいものです。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・仏教の檀家制度

故人様をお見送りする葬送の儀礼は、

故人様、若しくはご遺族様が信仰されていた宗教の下で営まれるのが基本であります。

日本に於きましては、江戸時代を頂点として仏式で営まれるのが一般的でありました。

現代に於きましても横浜で営まれる葬儀の90%は仏式です。

しかしながら、横浜に居住される方の多くは戦後日本各地から移動された方とそのご家族であり、

檀家寺院は故郷にお持ちですが、永らく疎遠となっている事から、

私ども”ひかりの杜”にご導師の紹介を依頼されるご葬家もしばしばです。

葬儀について

1 現代横浜の葬儀事情

現代の日本におきましてはご葬儀を営む環境も大きく変化して参りました。

第二次世界大戦終了後に於ける民法の改正により、日本の家制度は大きく変わりましたが、

更に七拾数年を経て、核家族化と少子高齢化はその影響をより大きなものとしました。

寺院と信徒をつなぐ檀家制度は非常に弱い結び付きとなり、

仏教葬の割合が90%を超えてるのも係わらず、人々の寺院離れは進み、

特に横浜などの大都市部では葬儀の儀式だけの為に仏教寺院に頼る形となりました。

又、ご遺族が必ずしも仏教に帰依していない事から戒名やそれに伴う戒名料への批判も出始めて居ります。

近年では宗教に拘(こだわ)らない無宗教葬、お別れの会、故人様を偲ぶ会、

更には儀礼は営まずにご火葬のみを行う直葬などがみられる様になりました。

こうした変化の中で、寺院側もご葬家の意向に合わせた改革が行なわれ始めて居ります。

2 仏教の檀家制度

檀家制度は、日本仏教独特の制度であり、

寺院は檀家の葬祭供養を独占的に執り行い、

それに対し檀家は寺院へ布施を施し経済支援を行うという、

寺院と檀家の関係を指します。

この制度は応仁の乱以降、荘園制の崩壊と共に惣村が生まれ、家という概念が出来始めて進捗し、

江戸時代の寺請制度により確立しました。

不対称花祭壇

檀家とは壇越(だんおつ)の家という意味ですが、

壇越とは梵語のダーマパティの音写で、寺院や僧侶を援助する庇護者を意味します。

日本国では仏教伝来の後、有力な氏族は壇越となって、寺院を建立し仏教諸宗派を保護しました。

例えば蘇我氏は飛鳥寺を、秦氏は広隆寺を建立して居ります。

この壇越が檀家の源流となります。

伝来当初は有力者の信仰対象であった仏教は、その後、広く世に浸透し、仏教の庇護者は有力氏族から惣村へ、

更には家単位へと広がって行きました。

そして、キリシタン禁制を目的とした寺請制度により、檀家制度が始まりました。

寺請制度とはキリスト教徒ではない証として、武士・農民・町民を問わず 

全ての国民は家単位で特定の寺院に所属し、寺院の住職は檀家である証明として寺請証文を発行する 

という制度です。

又、キリシタン改めの責任も壇那寺に委ねられ、それと共に壇那寺に権限も与えられる様に成ります。

通夜式の服装

檀家の義務として以下の様な事項が定められました;

1 4月8日の釈迦降誕会、12月8日の成道会、2月15日の涅槃会、各宗開祖の命日、

  お盆、春秋の彼岸、先祖の命日には必ず寺院に出向いてお参りすること。

2 説教や仏法を説く寺院の集会に参加すること。

3 寺院の建物の建立や修理に協力すること。

4 葬儀は必ず寺院にお願いすること。

お盆や彼岸の墓参はこの時代に定められた様です。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・ご遺骨の埋葬・樹木葬

核家族化と少子高齢化社会が進捗する現代の横浜ではご遺骨の埋葬事情も多きく変化して参りました。

先日、ご主人様のお見送りを御手伝いさせて頂きましたご家庭でも、

ご主人様の故郷とも永らく疎遠となって居り、ご主人様のご遺骨は身近に埋葬したいが、

お子様達に負担となる形での埋葬はしたくない、とのご希望で樹木葬墓地を選択されました。

1 ご遺骨の埋葬

埋葬とは故人様のご遺体を土の中に埋める事(土葬)を指しますが、

広義には、ご火葬後のご遺骨を墓地や納骨堂等にお納めする事をも含みます。

現在の日本に於いては多くの場合火葬が前提となって居り、ご遺体を埋葬する事はほとんど無くなりました。

特に横浜では衛生上の観点からも土葬が禁止されて居ります。

ご遺骨を埋葬する時期と致しましては、

仏教であれば四十九日法要後の忌明けに、

神道であれば忌明けの五十日祭に合わせて、

キリスト教では1ヶ月後追悼ミサに合わせて、

埋葬(納骨)するのが一般的です。

日本に於ける埋葬の歴史と致しましては、

旧石器時代の北海道美利河1遺跡の土抗にお墓の可能性がある遺構が発見されて居り、

それに続く縄文時代の貝塚などから多くの埋葬行為が確認されて居ります。

この時代の埋葬はご遺体の手足を折り曲げて埋葬された屈葬が主流でした。

弥生時代に入ると、埋葬に当たりご遺体を収める甕棺や石棺が現れる様になります。

又、この時代には再葬墓と呼ばれる故人様のご遺体を一度埋葬し、

白骨化するのを待って骨壺に納め直し、埋葬する形態も現れました。

何れにしろ、仏教が伝来する前の古代から中世にかけては、神道を基にした”死は穢れ”との思想が強く、

貴人の墓地であっても、その管理は疎かでありました。

ご遺骨は御骨壺に納められている場合、ご遺骨はほとんど風化しませんが、

そのまま土壌に埋葬されたご遺骨は年と共に風化し、土に還ると言われます。

土壌の種類によって差異がありますが、大体30年でご遺骨は土に還るとされて居ります。

尚、日本では墓地埋葬法により墓地以外の場所、例えば自宅の庭などに埋葬する事は出来ません。

違反をすると死体遺棄罪として罰せられる事が有ります。

2 樹木葬墓地への埋葬

日本に於ける樹木葬とは“墓地、埋葬に関する法律” に基き

都道府県知事より認可された墓地の地中にご遺骨を埋蔵し墓石の代りに樹木を墓標とする埋葬の形で、

樹木墓地・樹林墓地などとも呼ばれます。

-樹木葬の歴史

現代日本に於ける最初の樹木葬墓地は1999年に開設された岩手県一関市の宗教法人知勝院です。

知勝院では里山にご遺骨を埋葬するタイプと、整備された霊園の区画に埋葬するタイプとが提供されました。

-東京・横浜の樹木葬公営墓地

公営霊園の樹木葬墓地としては2012年に開設された東京都の小平霊園・樹林墓地が有名です。

又、横浜市営ではメモリアルグリーン(戸塚区)の合葬式樹木墓地が提供されて居り、

横浜市内・外でも樹木葬墓地が多数提供され始めて居ります。

-継承を前提としない樹木葬

現代の横浜の社会形態では、従来の家族制度を基にした先祖代々の墓制度を継承する事は困難な環境となりました。

この様な環境下では、継承を前提としない樹木葬は注目に値するお墓と言えます。

墓石も必要とせず、特定区画を必要としない合同埋蔵であれば、必要とされる費用も限られたものと成ります。

-樹木葬墓地でのご遺骨埋蔵

ご遺骨埋蔵の形態としては 

岩手県一関市の知勝院では①と③が提供されると共に現地の里山保護にも寄与して居ります。

東京都営の小平霊園では②と③が提供されて居ります。

横浜市営のメモリアルグリーン(戸塚)では③の合葬式樹木墓地が提供されて居ります。

又、多くの私営霊園が樹木葬墓地を提供して居りますが、大多数は④の形態となります。

面白い形態としては、散骨樹木葬と呼ばれ島根県壱岐郡海士町に属する無人島カズラ島は 

島全体が霊園として登録され、この島の樹林に有料で散骨する事が可能となって居ります。

   今回は以上です。

 

横浜市民の葬儀・現代の終活・死の自己決定権

現代の横浜では葬儀という言葉に対する忌避感がほとんど無くなりました。

昭和時代では、ご自身の事ですら葬儀を語る言葉は禁句と考えられて居りましたが、

都市人口の核家族化と少子高齢化とが進捗する中で、

葬儀を営む母体は地域共同体から個人へと変化し、

ご自分自身がご自分の葬儀をどの様に営んで欲しいのか、

どなたに喪主・施主をお願いするのか、決めねばならない時代と成りました。

ご自身の死はどの様に迎えたいのか、

仏教の檀家制度も弱体化した中で、葬儀を宗教葬で営むのか、無宗教葬とするのかも考えなければ成りますん。

1 葬儀次第はご自身で

時代が昭和から平成・令和時代に入りますと、

従来の定形化した葬儀から個人の希望をより多く取り入れた葬儀の個性化と呼ばれる考えが世の中に広がります。

マスコミによる葬儀に関する報道や葬儀社の広告が増え、社会の葬儀に対するタブー意識が急速に薄れ、

葬儀業者への事前相談や各種終活セミナーなどへの参加も一般的な事と成りました。

従来の地域共同体意識が希薄となり、葬儀運営の主体が経験値の高い地域共同体主導から 

未経験が一般的な各御家庭主体へと変化する中で、

経験値を持つ葬儀業者のアドバイスと御家庭の希望を合わせた形で、現代の葬儀は営まれる様に成りました。

2 死の自己決定権

昨今では死の自己決定権が議論される様に成りました。

日本人にとり過去の永い歴史と文化から死を語る事はタブーとされて居りました。

特に第二次世界大戦を身近に経験した人々には死は悲惨な経験でもありました。

その後、時代の進捗と共にタブー観が薄れ、人々の死は自宅ではなく医療施設で迎える様に成ります。

そして、医療技術の発展と共に過度な延命処置・治療に対し各種の意見が述べられる様になり、

”人の死に方”は医師に決定権があるのではなく、患者本人に決定権があるべきである、とする 

死の自己決定権が主張される様になります。

その結果、現代では医療情報の本人への開示、

医療方法の本人同意(インフォームド・コンセント)が当たり前の状態となり、

緩和ケア―を含めた尊厳死の在り方も患者の意思を尊重する医療へと変化しました。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・平成/令和時代

時代も昭和から平成時代に入りますと、社会環境の変化と共にご葬儀の営み方も変化して行きました。

平成時代には家族葬と呼ばれる、お身内の方々のみでお見送りする形態が生まれ、

令和の現在は新型コロナウイルスの慢延から、密な接触を避けながらのお見送りとなって居ります。

1 平成時代の葬儀

平成時代に入ると、徐々に葬儀という言葉に対する忌避感が無くなってまいりました。

昭和時代では、自身の事ですら葬儀を語る言葉は禁句と考えられて居りましたが、

社会の核家族化と少子高齢化とが進捗する中で、葬儀を営む母体は地域共同体から個人へと変化し、

ご自分自身がご自分の葬儀をどの様に営んで欲しいのか、

誰に喪主・施主をお願いするのか、決めねばならない時代と成りました。

ご自身の死はどの様に見送られたいのか、

檀家制度も弱体化した中で葬儀を宗教葬で営むのか、無宗教葬とするのかも考えなければ成りますん。

時代が昭和から平成に入ると、従来の定形化した葬儀から 

個人の希望をより多く取り入れた葬儀の個性化と呼ばれる考えが世の中に広がります。

マスコミによる葬儀に関する報道や葬儀社の広告が増え、社会の葬儀に対するタブー意識が急速に薄れ、

葬儀業者への事前相談や各種終活セミナーなどへの参加も一般的な事と成りました。

特に、従来の地域共同体意識が希薄となり、葬儀運営の主体が経験値の高い地域共同体主導から 

未経験が一般的な各御家庭主体へと変化する中で、

経験値を持つ葬儀業者のアドバイスと御家庭の希望を合わせた形で、現代の葬儀は営まれる様に成りました。

昨今では、死の自己決定権が議論される様に成りました。

日本人にとり過去の永い歴史と文化から、死を語る事はタブーとされて居りました。

特に第二次世界大戦を身近に経験した人々には死は悲惨な経験でもありました。

その後、時代の進捗と共にタブー観が薄れ、人々の死は自宅ではなく医療施設で迎える様に成ります。

そして、医療技術の発展と共に過度な延命処置・治療に対し各種の意見が述べられる様になり、

”死に方”は医師に決定権があるのではなく、患者本人に決定権があるべきである、

とする死の自己決定権が主張される様になります。

その結果昨今では、医療情報の本人への開示、

医療方法の本人同意(インフォームド・コンセント)が当たり前の状態となり、

緩和ケア―を含めた尊厳死の在り方も患者の意思を尊重する医療へと変化しました。

2 令和時代の葬儀

令和時代に入り、直ぐに新型コロナウイルスが発生して世界はパンデミックの中に晒される事と成りました。

催し事は三密を避けて執り行わなければならず、ご葬儀の営みもその外ではありません。

又、ご葬儀を営む目的の一つである社会への告知を必要としないお見送りでは、

近親の方のみで静かにお見送りする葬儀が多くなりました。

家族葬と言われる形です。

会葬者の方も限定される事から、大規模な祭壇などは必要とされず、

お見送るする御家族のご希望に沿った祭壇、式次第などが主流になりつつ有ります。

更には、通夜式の後のお清めの席は設けない形、

通夜式は営まない一日葬、

ご火葬のみでお見送りする直葬、

などをご希望されるご遺族様も居られます。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・近代の葬儀・昭和時代

昭和時代のご葬儀の事情は大きく三つの局面で区分されます。

大正時代の延長線である昭和初期、昭和15年以降の戦時下、そして昭和二十年以降のです。

横浜での海洋散骨

1 昭和初期・戦時下の葬儀

昭和時代も初期の昭和10年くらいまでは横浜のご葬儀ではわずかに葬列を組む祭事が営まれて居りました。

その後、徐々に戦時下におかれる事と成り、ご葬儀も倹しく営む事と成ります。

更に戦局が厳しくなりますと、ご遺体を運ぶ霊柩車の燃料も不足しはじめ、葬具の用意も困難と成ります。

葬祭業者の要員も軍隊に召集されて、祭事の営みもご遺族だけの手で執り行わなければ成りませんでした。

そして、空襲が頻発した昭和20年前半の横浜では、市民の手でご遺体の処理をしなければ成りませんでした。

2 戦後のご葬儀

昭和20年8月15日 第二次世界大戦は日本の降伏により終結します。

その後の日本国内は物資の不足とインフレにより社会生活は混乱の時期に入ります。

葬儀を執り行う事も困難な時期が続きますが、昭和25年に始まった朝鮮戦争の特需により、

日本の経済と社会は回復期に入ります。

経済の回復と共に葬儀に対する関心も以前の状態に戻り、各種の祭壇や葬具が整備され、

各種の葬儀様式が生まれ、宮型霊柩車が全国的に普及し、そしてご火葬の普及率が急速に高まりました。

通夜式の服装

葬儀に於ける戦後の大きな変化は祭壇、棺、葬具などの標準化があります。

多くの葬具が開発されると共に、その製品は全国的な標準化が図られてゆきます。

それまでは各地域で、その地域特有の葬具が利用されて居りましたが次第に姿を消してゆきました。

それまでは大都市だけで使用されていた複数壇飾りの祭壇も全国に普及して行き、

祭壇を飾る道具も多数開発されて葬儀=祭壇の図式が出来上がります。

大正から戦前にかけて大都市で使用されていた霊柩車が、戦後には全国に普及して行きます。

霊柩車の普及とともに、各地で行われていた葬列は姿を消して行きます。

更に、その後の高度経済成長の波に乗り宮型霊柩車がご遺体移送の手段として一般化して行きます。

不対称花祭壇

戦後に大きく変化した事柄としては火葬率の変化があります。

戦前の昭和15年に初めて50%(55.7%)を超えた火葬率は 

戦後、各地方自治体による火葬設備の新設、統廃合、改善・整備が進められ、急速に向上して行きました。

昭和35年には63.1%、昭和40年71.8%、昭和45年79.2%、

昭和50年86.5%と火葬率は増え続け、

現在では特別な場合を除いてほぼ100%のご遺体が火葬される様になって居ります。

   今回は以上です。 

横浜市民の葬儀・近代の葬儀・明治・大正

武士の時代であった江戸時代から、近代国家を目指す明治時代に入りますと、

営まれるご葬儀の次第も変化して行きました。

葬儀について

1 明治時代のご葬儀

江戸時代には士農工商という身分制度の下で、身分に合わせた葬儀が営まれて居りましたが、

明治時代に入りこの身分制度が廃止されると、大都市を中心に葬儀の在り方が大きく変化して行きました。

まずは、ひそかに夜間行われていた葬列が、昼間大掛りに行われる様に成ります。

又、使用される棺が棺桶を使用した座棺から、寝棺へと変化します。

更に寝棺を乗せる為の白木の輿(こし)が組まれ、その輿を彩る為の葬具が出現しました。

江戸時代の葬列は夜間に少人数でひそやかに組まれるのが普通でしたが、

明治時代に入ると、台頭してきた商人層を中心にして社会に誇示する為日中に大掛りな葬列を組む様に成ります。

葬列の要員としては明治と共に役割を終えた大名行列の奴(やっこ)が動員されました。

江戸時代の棺と言えば棺桶すなわち座棺が中心でしたが、

明治に入ると富裕層を中心とした葬列の肥大化に伴い長方形の寝棺が使用され始め、

この寝棺を運ぶ為の白木の輿をあつらえて、より多くの人により柩を運ぶ事で、その財力を社会に示しました。

但し、一般庶民の柩は棺桶が中心で、この柩を駕籠や御輿型に飾られた人力車などで運びました。

この状態は第二次世界大戦終了まで続きました。

そして、この葬列を彩る為の野道具と言われる葬具も立派な物が作られ始めます。

金連、銀蓮、生花や造花を挿して作った花車、放鳥する為の鳩を運ぶ放鳥輿、

位牌を運ぶ位牌輿、香炉を運ぶ香炉輿などです。

現代の葬具の原型となるもので、これらの葬具を作成する専業の葬具屋がこの時代から出現しました。

2 大正時代のご葬儀

明治時代の葬儀の中心は葬列に有りましたが、大正時代に入ると市街地での埋葬や火葬が制限され始め、

明治36年より走り始めた路面電車の走行に支障をきたす事などからも徐々に葬列廃止の方向に進み、

それに代わって告別式が登場して来ます。

葬列が廃止されると共に、お柩の移送には霊柩車が使用される様に変化しました。

大正時代に入ると都市部で行われていた大型葬列に対して 

”私事の為に交通を妨げるのは良くない”などの批判が出始め、

新聞などのマスコミにも都市部では葬列を廃すべきである、などの論調が顕著と成り始め、

葬列廃止の方向が急激に進み始めます。

そして、葬列に代わる葬儀の儀式として、告別式が葬儀の中心となって行きました。

日本で最初に告別式が行われたのは、明治34年に営まれた中江兆民の葬儀であったと言われて居ります。

中江兆民自身が無宗教であった事から、教え子たちにより宗教儀礼を行わず、

告別式によるお見送りを執り行いました。

この時代、地方では葬儀の中心は”野辺の送り”と言われた葬列でしたが、

東京、大阪、名古屋などの大都市では葬列に代わって霊柩車が使用され、儀式のメインは告別式と成りました。

霊柩車が始めて使用された時期は諸説ありますが、明確な記録としては、

大正6年に大阪で葬列の要員派遣を生業としていた大手業者の籠友が米国より輸入した霊柩車があります。

大正8年には名古屋の一柳葬具店も米国より霊柩車を輸入して居ります。

当時の米国の霊柩車は彫刻がほどこされ、破風の付けられた派手な形の車でしたが、

従来の輿にも似た形態から採用されたものと考えられます。

大正10年前後には、これらの輸入車に日本独自の装飾を施し、後部を輿仕立てにし、和風の唐草模様を施した 

宮型霊柩車が登場しました。

この形態が現在まで継承されて居ります。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・現代火葬の歴史

現代の日本に於きましてはご逝去された方のご遺体は、そのまま放置する事は許されず、

そのままご遺体を埋葬する土葬、若しくはご遺体を火葬した後に埋葬・散骨などの処置をしなければ成りません。

現代の横浜では土葬は許されて居りませんので、

市民の方がご逝去された場合は、宗旨に関わらずほぼ100%ご遺体は荼毘(だび、火葬)ふされる事と成ります。

1 火葬

火葬は葬送の一手段としてご遺体を焼却する事ですが、ご遺体の焼却を伴う葬儀全体を指す場合もあります。

又ご遺体の焼却はご遺体の減容量化と安定化の為の処理とも言えます。

仏教ではご火葬を荼毘(だび)に付すとも言います。

荼毘とは火葬を意味するインドのバーリ語に由来し、仏教用語の一つで、釈尊が死後火葬されたことにちなみます。

特に浄土真宗では火葬を強く推奨しております。

2 火葬の目的

現代の横浜では ご遺体の処置はご火葬が一般的となって居りますが、その理由としては;

公衆衛生上の観点、埋葬する際の場所の問題、宗教上の観点等が考えられます。

又、ご火葬に際しては法律上の規制も御座いますので注意が必要となります。

現代の日本に於きましては 

火葬を忌避する宗教を信仰する方(外国人を含む)、

根強い土葬習慣を維持している特定地域の住民の方々、

大規模な災害により火葬場が使用出来ない等のケースを除いて、

ほぼ100%のご遺体が火葬に付されます。

その理由としては以下の事が考えられます;

1 公衆衛生上の観点から土葬よりも衛生的である。

  土葬の場合、ご遺体の腐敗は土中の微生物により進捗します、

   埋葬後、長期間にに渡って周辺地に腐敗菌が残存する為、衛生上広域な土地が必要となります。

2 仏教では仏陀は火葬に付された故事にならって、火葬が尊ばれて居ります。

  特に浄土真宗では火葬を強く推進して来ました。

  ちなみに日本で最初の近代的火葬場は、

  1878年(明治11年)に京都に建設された両本願寺火葬場(現在の京都市中央斎場)とされますが、

  浄土真宗の東・西の本願寺により建てられました。

3 都市部では人口集中のため、条例により土葬が禁止されたり、

  許可された条件を満たす墓地を確保する事が困難である。

4 宗教への拘りが薄れ、埋葬の方法にも拘りが無くなり、

  又、墓を家単位で考えると同じ墓石の中にご遺骨を納めるには火葬が必要となり、

  火葬は世間的にも認知された処理方法と成りました。

日本では”墓地・埋葬に関する法律”があり、その規定によれば

1 死体(もしくは妊娠7ヶ月以上の胎児)は

  死後(もしくは死産後)24時間以内は 火葬してはならないとされて居ります。

  但し、一類から三類までの感染症や新型インフレンザ等の感染症の場合はこの限りではない。

2 火葬を行う場合は死亡届を提出した市区町村長の許可が必要となります。

  許可を受けずに火葬をした場合は墓地・埋葬に関する法律違反と共に、

  死体遺棄・死体損壊罪に問われる可能性が有ります。

なお、墓地・埋葬に関する法律では、土葬等火葬以外の埋葬方法を禁じては居りませんが、

各地方自治体は環境衛生面等から火葬を奨励し、

東京・大阪・横浜などの大都市では条例で土葬を禁止して居ります。

    今回は以上です。

横浜市民の葬儀・ご遺体処理・火葬

ご火葬とは、葬送の手段の一つとしてご遺体を焼却する事ですが、

日本の一時代では葬儀全体を示した事もありました。

日本に於いてご火葬が何時から始まったかは定かで有りませんが、

紀元前10世紀以前の縄文時代の遺跡から火葬遺骨が出土して居ります。

その後、7世紀の仏教伝来と共に火葬の技術も伝来しましたが、

特定階級の方々を除いては一般的に普及する事はなく、火葬が普及するのは大正時代以降となります。

横浜での海洋散骨

1 仏教葬は火葬が基本

仏教葬と火葬は密接な関係にあると言われて居り、

江戸時代中期以降に成立した寺請制度による仏教葬の普及から考えると、火葬も普及したと考えがちですが、

現実は必ずしもそうでは有りませんでした。

江戸時代当時の火葬率の統計は有りませんが、

明治29年のデータによれば、火葬率は26.8%と記されて居り、

この状態から推測すると、江戸時代の火葬率は20%前後ではないかと考えられます。

蓮

ご火葬の比率は階級や地域により大きく異なるものと考えられますが、

江戸(東京)や京都などの大都市と、浄土真宗の信者が多かった北陸地方では火葬率は高かった様です。

大正14年(1925年)の統計によれば、火葬率が65%を超えている都道府県は

北海道、東京、新潟、石川、富山、福井、大阪、広島の8県でした。

但し、京都市は明治時代初期に市街地墓地での土葬を禁じた事も有り、

明治39年の時点の火葬率が80%と高率を示している事から、

江戸時代にあっても火葬が普及していたものと考えられます。

江戸時代、日本に於けるご遺体の火葬率は30%前後でしたが、現在では 99.986%となって居り 

ダントツで世界一の割合となりました。

この火葬率の向上は、明治30年の伝染病予防法制定により始まります。

この法律により法定伝染病の患者のご遺体は原則として火葬しなければ成らないと定められました。

現在、火葬場及び墓地は”墓地、埋葬等に関する法律(墓埋法)”のより管理されて居り、

厚生労働省の管轄となります。

明治時代以降、墓地や火葬は公衆衛生の観点で行政に理解されて居りました。

江戸時代の火葬場は仏教寺院が運営する火屋(ひや)と呼ばれる火葬施設でしたが、

伝染病予防法の制定後は、火葬場の統廃合、改修、新設が進み、自治体もその経営に参加する様に成ります。

ちなみに、火葬炉を建物の中に収容した形の最初の近代的火葬場は 

明治11年に東・西本願寺が建設した両本願寺火葬場(現在の京都市中央斎場)です。

横浜市久保山斎場

2 火葬場

火葬場とはご遺体を火葬する為の施設を言いますが、

現代では火葬場とは呼ばずに”斎場”と称されるケースが多くなりました。

本来、斎場とは葬送儀礼を営む為の施設全般を指す呼称ですが、

横浜市内には4カ所の公営の火葬場が有り、全て斎場の名称で運営されて居ります。

尚、私営の火葬場も運営されて居り、こちらは西寺尾火葬場の名称で運営されて居ります。

横浜市内5ヶ所の火葬場はいずれも公害を最小とする為、火葬炉は電気式を採用して居ります。

菊

現在、横浜市内では火葬場に葬儀式場を併設した

横浜市営の斎場が3ヶ所(横浜北部斎場、横浜南部斎場、横浜戸塚斎場)、

火葬場のみの横浜市久保山斎場、

私営の西寺尾火葬場が横浜市民のご不幸に対するお手伝いを致して居ります。

何れの火葬場も高度に機械化されてコンピュータが燃焼制御する火葬炉を備えて居ります。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・神道と神葬祭

神道は、古代日本に起源をたどる事が出来る日本独特の宗教で、日本各地の民俗信仰や自然信仰を基にし、

中央・地方の政治体制とも関連しながら、自然に生まれた神観念で、時代とともに徐々に形成されてきた、

八百万(やおよろず)の神をもつ多神教で、祖霊崇拝性をも強く持つ宗教です。

その神々は身近におり、地域社会を守り、現世の人間に恩恵を与える守護神でもあります。

神道では、キリストや釈迦のような開祖は存在せず、聖書や教典も存在しません、

浄明正直(じょうめいせいどう、浄く、明るく、正しく、直く)を徳目とし、

具体的な教義は、神社と神社が執り行う祭から学ぶ事が出来ます。

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1 神道とは

日本固有の神道は、日本の風土や日本人の生活習慣を基に、自然・自然現象・人物を神とした宗教で、

縄文時代を始まりとして弥生時代から古墳時代に原型が形成されたと考えられて居ります。

日本で”神道”という言葉が初めて出て来るのは、日本書記の中の用明天皇紀で、

”天皇仏法を信(う)けたまひ、神道を尊びたまう”とあります。

日本国内で独自の進化を進めていた神道は、

奈良時代の仏教伝来と共に神仏習合がされて江戸時代末までこの状態が続きますが 

その間、伊勢神道を始めとして吉田神道などの各派が複雑な教理を作り上げて行きました。

そして、神道各派の教理が尊王攘夷思想として広まり、討幕の理論根拠となって行きました。

従いまして、明治政府は神道国教化を前提として成立し、

五箇条の御誓文も国家神道の影響を受けて作られ居ります。

明治政府は神仏分離を行うと共に神道国教化を図りますが、

欧米列強に対抗する為の近代化政策上、信教の自由を認めざるを得ませんでした。

しかしながら明治時代、西欧の近代的な宗教概念が日本に輸入され、宗教学が本格化すると 

学問上”神道”の語が確立し、世の中に定着して行きました。

神道の神々をお祀りする社を神社と呼びますが、

全国の神社の大部分は神社本庁(宗教法人)が統括して居ります。

文化庁の宗教年鑑によれば日本国内で8万5千の神社が登録され、信者数は1億600万人とされて居ります。

この信者数は神社側からの自己申告ですので、地域住民を全て氏子として申告したり、

参拝者全てを氏子と計算するなどの例によるものと考えられます。

2 神葬祭

神葬祭とは日本固有の宗教である神道の葬送儀礼です。

この日本固有の儀礼は仏教の伝来以降、天皇家の庇護を受けて急速に仏式の葬儀へと変化して行きます。

更に江戸時代の寺請制度により、神職も何れかの寺院に所属しなければならず、神葬祭を行う機会は失われました。

その様な状態の中、江戸時代中期に入ると、国学が興隆し、国学者たちによる日本古来の精神・文化の研究が進み、

日本古来の信仰にもとずいた葬儀を求める”神葬祭運動”が起こり、

その結果として1785年江戸幕府は吉田家から許可状を受けた神職、及びその嫡子に限り、

仏門を離れて神葬祭を行う事が許可されます。

そして、明治時代に入り、政府の神祇政策の一還として神葬祭が奨励され、

明治5年には明治政府の教部省により”葬祭略式”が制定されました。

江戸時代、神社は仏教からの独立を志向しましたが、キリシタン対策の為の寺請制度(檀家制度)により、

神職と言えども、何れか寺院の檀家でなければ成らず、仏式の葬儀が強いられました。

神社側としても宗教としての神道を確立するとともに、神葬祭を求める運動を起しました。

しかしながら、江戸幕府は寺請制度を宗教問題としてだけではなく、民衆支配体制の問題としても捉えていたため、

神葬祭運動が許可されるまでには長い時間が必要とされ、

許可された1785年でも大きな制限の中でしかなく、この状態は明治維新まで続く事となります。

江戸時代の神葬祭は儒教葬を基本としたものにとどまりましたが、

神葬祭の形式がまとめられるのは、明治5年(1872年)制定の”葬祭略式”によってとなります。

明治政府は神葬祭を奨励しましたが、明治憲法では制限付きでは有りますが、

信教の自由が保障されて居りましたので、神葬祭が強制される事は有りませんでした。

又、葬儀は宗教行為とされ、

公務員に相当する神社神道の神職は宗教活動である神葬祭を執り行う事が禁止されていた為、

神葬祭の普及は必ずしも進捗しませんでした。

第二次世界大戦後 神道は宗教としての立場を取戻し、葬儀に係わる事が出来る様になりました。

   今回は以上です。

横浜市民の葬儀・寺請制度による仏教の普及

室町時代から江戸時代初期にかけて、武士階級を含む一般民衆の間に仏教の布教が進み、

寺院と檀家の関係が確立されてゆき、葬祭・祭事は仏式で行われる事が主流となってゆきました。

そして、1665年江戸幕府が各藩に発令した寺請制度により、全ての人が何れかの寺院の檀家とならればならず、

日本に於ける葬祭は全て仏式で行われる事と成りました。

又、寺請制度下では個人単位での登録は許されず、家単位での入信が必要となりました。

寺請制度の発令により、仏教は日本の準国教と成り、以降葬送の儀礼は仏式で営む事が一般化して現在に至ります。

1 寺請制度

寺請制度とは、1961年からの寛文年間に江戸幕府より発冷された 

キリシタン禁制、及び住民調査を目的とした宗教統制の制度です。

武士・農民・町人に係わらず、全ての人々に仏教寺院より寺請証文を受ける事を義務付け、

寺院にその人々がキリシタンではない事を証明させる制度でした。

必然的に、人々は家を単位として寺院の檀家とならねば成らず、寺檀体制を確立させる基とも成りました。

寺請制度は仏教の壇信徒で有る事の証明書を寺院から請ける制度で、

旅行や住居の移動の際には寺請証文の提示が必要とされました。

従い、民衆は幕府又は大名家に認められた仏教寺院の檀家と成らねばなりませんでした。

又、寺院側へは現在の戸籍に当る宗門人別帳の作成、年一回の更新、キリシタンの発見 

及びその家族・親族の監視などが義務付けられ、

仏教寺院は幕府の出先機関として民衆管理を行うと共に大きな権限を与えられる事と成ります。

江戸時代も進むと世の中は平和になり、民衆は自分の死後の葬儀や供養の事を考えて菩提寺を望む様になり、

寺請制度は受入れ易い環境とも成りました。

そして、仏教は幕府や藩の行政権威を補う役割を担い、事実上の国教と成りました。

現在、私共が接する寺院と信徒の関係(檀家制度)や、

葬儀・法要の基本は寺請制度を基にして作られと言っても過言では有りません。

但し、この権限が汚職の温床となり、宗教活動をおろそかにし、明治時代初期の廃仏棄却へと繋がってゆきます。

2 宗旨人別帳

宗旨人別帳とは寺院が信徒である壇家単位で家族全員の名前、年齢、続柄、家畜、持ち高などを記された人別帳で、

キリシタンでない事を壇那寺が証明するもので、村の構成員全員に課せられました。

寺院が檀家単位で邪宗(キリスト教他)の信徒でない事を証明するので寺請制度と呼ばれました。

この制度により、従来自然発生的に生まれた寺壇制度が法的に制度化される事と成ると共に、

全ての国民が家単位で何れかの寺院の檀家と成らなければならなく成りました。

この寺請制度により、当時としては世界最大規模(約3000万人)の人口調査が可能となり、

民衆は特定の寺院の檀家となる事により戸籍を持つ事にも成りました。

以降、日本国民は結婚、旅行、移転、奉公に際しては役人の発行する送り状、請け状、手形の他に 

寺院が発行する送り状、請け状、手形も必要と成りました。

出生、死亡の際も壇那寺への届け出が必要でした。

3 檀家信徒の務め

 江戸時代に記された”宗門檀那請合之掟”によれば、檀家の義務は以下の通りでした;

1 4月8日の釈迦の降誕会(こうたんえ)、12月8日の成道会、2月15日の涅槃会(ねはんえ)、

  各宗開祖の命日、お盆、春秋の彼岸、先祖の命日には必ず寺院に出向いてお参りする事。

2 説教や仏法を説く寺院の集会に参加すること。

3 寺院の建物の建立や修理に協力すること。

4 葬儀は必ず寺院にお願いすること。

 以上の事からも、この時代に葬祭仏教化が強く推進されました。

   今回は以上です。

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