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葬儀 天理教Ⅱ

 今回は葬儀 天理教Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 天理教は 1798年大和国山辺郡三昧田村(現 天理市三昧田町)に生を受けた 中山みき が江戸時代末期の1838年に 神の啓示(おつげ)を受け、その教えを人々に伝えたのを始まりとします。世界と人間を創造した親神を天理王命(てんりおうのみこと)、教祖 中山みきを ”おやさま” と敬い、親なる神様によって人間が創造された場所 ”じば” (奈良県天理市三島町 天理教本部)を中心として 世界中の人々が 心を澄まし 助け合って仲良く暮らす”陽気ぐらし”世界の実現を目指しています。

 天理教では 他の宗教と違い 極楽を あの世や 死後の世界に結び付ける考えは無く、この世が極楽であるという 陽気ぐらし を提唱して居ります。天理教に於ける 死後観、霊魂観は 人間の身体は 神様からの借り物で、死 すなわち 出直しの時には 身体を神様に返し、再び生まれ変わるまで 魂は親神様のふところで生きる とされます。従いまして 死によって変はる事は 魂の居場所が代わるだけである とされます。生も死も 全ては 親神様の思し召しと守護の下になされる事で有り、良い事であるとされます。とは言え 人の死を悲しくない とするものではありません。葬儀は 悲しみの内に、霊を親神様の下に移し、残る亡骸(身体)を葬り、何時の日にか 再び新しい身体を借りてこの世に出直して来ることを願う 儀式ですが、その次第は以下の通りです;

遷霊鎮霊祭(神道の通夜祭・遷霊祭に相当)

遺族親族着席

礼拝作法案内

開式案内

-斎主斎員着席

-祓 詞(はらいど) 奏上

-大麻行事(おおぬさぎょうじ)

-遷霊の儀(せんれいのぎ)

-遷霊祭詞奏上(せんれいさいしそうじょう)

-遷 霊(せんれい)

-献 饌(けんせん)

-斎主玉串奉献 鎮霊詞奏上(さいしゅたまぐしほうけん ちんれいしそうじょう)

-斎員列拝(さいいんれつはい)

-遺族親族参列者玉串奉献

-斎主斎員退手退席

-斎主挨拶

閉式挨拶

発葬祭(神道の蔡場祭に相当)

遺族親族着席

礼拝作法案内

開式案内

-斎主斎員着席

-斎主玉串奉献註詞発葬詞奏上

-斎員礼拝

-遺族親族参列者玉串奉献

-斎主斎員退手退席

ー告別の儀

玉串奉献は 玉串を受取り、根元を祭壇側に向けて置き、祭壇に向かい二礼、四拍手、一拝、四拍手、一礼 を忍び手で行います。

   今回は以上です。

葬儀 天理教

 今回は葬儀 天理教に付いて書かせて頂きました。

 天理教は 江戸時代末に成立した 中山みき を教祖とする新宗教の一つで、そのご葬儀は 悲しみの内に 霊を親神様の下に移して、残った亡骸(身体)を葬る儀式であると共に、何時の日にか再び新しい着物(身体)を借りてこの世に出直し帰ってくる事を願う、儀式であると言えます。天理教の死後観、霊魂観では 人の魂は神様より与えられた身体に宿って生まれ、神様の意思により生涯を終えると、古い身体は神様にお返しし、その魂は 新しい身体が見つかって この世に出直すまでの間、神様の懐に抱かれて待つと考えらられて居ります。天理教の教会本部は 奈良県天理市に置かれ、ご葬儀に於ける祭壇へのお参りは 神式と同様の玉串奉奠(たまぐしほうてん)により行います。玉串を献じた後に 参拝として 二礼四拍手一拝四拍手一礼を行います。尚 神式ではしのび手と呼ばれる 音をたてない拍手で行いますが、天理教では音をたてても良いとされます。

 天理教のご葬儀では 仏式の通夜式、神式の遷霊祭にあたる儀礼を”みたまうつし”と呼び、神様からお借りしていた身体から 魂(みたま)を移す儀礼で、大変重要な儀礼となります。みたまうつしに続き 発葬儀(はっそうのぎ、出棺の際の儀礼)、葬場儀(そうじょうのぎ、告別式にあたる)、ご火葬、葬後祓(そうごはらい、出棺後 各室を祓い清め火葬場から帰って来る方を門前でお祓いする)、葬後霊祭(そうごれいさい、神道の帰家祭に相当します)が営まれます。

 天理教のご葬儀は 神道の神葬祭を基本とした形式をとって居りますが、あまり厳密に形式にこだわる事はありません。これは 天理教の教理の中心が ”人間がいかにして神によって造られ、育てられ、守護されていることへの、感謝と報恩” に置かれ 極楽をあの世と結び付けるのではなく、”ここはこの世の極楽や” この世が極楽であって、”陽気ぐらし”を説くことから、現世が主で あの世や死後のことは従とされている と考えられます。従いまして ご葬儀の流れは 所属される教会により異なります。

   今回は以上です。

葬儀 日蓮正宗

 今回は葬儀 日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)に付いて書かせて頂きました。

 日蓮正宗は 日蓮大聖人の高弟六老僧の一人である 日興を開祖とする 仏教の宗派の一つで 日蓮大聖人を宗祖、本仏として仰ぎ、総本山を静岡県富士宮市上條の 多宝富士大日蓮崋山大石寺(たいせきじ)(本尊;本門戒檀の大御本尊、開基;日興)とします。その教えは 御本尊(曼荼羅)に向かって”南無妙法蓮華経”の題目を唱えることにより、いかなる人も仏の境界に至ることができる と説きます。又 その葬儀式は 今生を終えた故人の即身成仏を願う儀式 とされます。

 日蓮正宗 開祖の日興は 1246年 甲斐の国大井庄鰍沢(現在の山梨県富士川町鰍沢)に誕生し、12歳で富士岩本の実相寺へ入室します。その後 ”立正安国論”の執筆に際し 実相寺に入った日蓮大聖人の弟子となり、日蓮の伊豆配流(伊豆流罪)や 佐渡配流に同行し常随給仕をしたとされます。そして 日蓮の高弟六老僧の一人となりますが、日蓮大聖人 入滅後 日興は他の五人の老僧と考えが大きく異なることや、身延の地頭・波木井実長との意見の相違などから 身延山を降り、越前や富士河合に逗留した後 駿河の国上野郷の南条時光の寄進により大石寺を建立しました。

 日蓮正宗は 釈迦説法を末法の世に合う教えではないとして、日蓮大聖人こそ本仏であるとする日蓮本仏論の立場をとり、宗祖(日蓮大聖人)を本仏と仰ぎ、本門戒壇の大御本尊を信じて題目を修行しさえするならば、どんな者でも必ず一生の内に成仏できる として居ります。色々な宗派により 様々な戒律が説かれますが、日蓮正宗の戒は 捨悪と 持善であります。

 葬儀式の次第は 日蓮正宗の日常勤行とほぼ同じで、1 喪主・親族・会葬者 着席、2 僧侶出仕、3 題目三題、4 読経 ”方便品、寿量品”、5 焼香、6 弔辞・弔電 披露、7 読経 ”自我偈”・題目、8 観念文、9 僧侶退出。式は ”導師・喪主・その他弔問客も一体となって故人の即身成仏を心より願い、大御本尊の御威光に照らされて霊山浄土に向かえるよう祈念する” もので、引導は特に有りません。日蓮宗では 日蓮大聖人は ”法華経に帰依することが持戒にまさる” と説いたため、仏弟子としての名を戒名と言わず 法号といいますが、日蓮正宗では ”御受戒” があり ほとんどの場合は 死亡した時に 戒名が与えられます。又 死装束において三角巾や六文銭は用いません。

 日蓮正宗の 焼香は 額に押し頂いて 三回を原則とします。

   今回は以上です。 

葬儀 日蓮宗Ⅱ

 今回は葬儀 日蓮宗Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 日蓮宗は 鎌倉時代 1222年に安房の国長狭郡(現在の千葉県鴨川市)に生を受けた日蓮大聖人により起こされました。その葬儀式の本義は 故人様を霊山浄土(りょうぜんじょうど)に導くことにあります。霊山浄土とは インドの霊鷲山(りょうじゅさん)を指し、久遠実成(くおんじつじょう)の仏である釈尊は 現在も霊鷲山で法華経を講じているとの信仰にもとずきます。葬儀式では ”南無妙法蓮華経”を中心に 仏・菩薩・明王・天・神の名前が書き込まれた ”十界曼荼羅” をご本尊として掲げます。日蓮宗の総本山(祖山)は 身延山妙法華院久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町、本尊;三宝尊、開山;日蓮)、そして 宗務院として 長栄山大国院本門寺(東京都大田区池上、本尊;三宝尊、開山;日蓮)がおかれて居ります。

 故人様 ご臨終の際の枕経 及び通夜は 基本的に日常勤行と同じで 勧請、開経偈、読経、祖訓、唱題、宝塔偈、回向、四誓、題目三題が行われます。日蓮宗では読経(どっきょう)と言い ”方便品(ほうべんぽん)” ”自我偈(じがげ)”などが読まれます。枕経の際は仏壇の前か、十界の曼荼羅をかけた前で 営みます。通夜の場合は営みの後に通夜説教 又は祖訓の解説が行われます。そして 湯灌 及び納棺では南無妙法蓮華経を唱題しながら行います。

 葬儀式は 日常勤行の形に 声明曲が加わり、引導が行われます。その次第は;

1 入堂(にゅうどう)

2 開式の辞(かいしきのじ)

3 総礼(そうらい) 僧侶、参列者全員が合掌して唱題三遍し礼拝する。

4 道場偈(どうじょうげ) 諸仏諸尊を勧進(招く)する声明曲。

5 三宝礼(さんぽらい) 仏法僧の三宝を礼拝する。立ったり座ったりするので起居礼(きこらい)という。

6 勧請(かんじょう) 久遠釈尊をはじめ四菩薩、諸仏諸尊、日蓮大聖人等を招く。

7 開経偈(かいきょうげ) 読経の前に唱えるもので法華経の功徳を讃え、この教えを何時までも受持する事を誓う。

8 読経(どっきょう) 方便品など法華経の中の肝要な諸品を拝読する。

9 咒讃鐃(しゅさんにょうはち) 唄をうたい、器楽を演奏して諸仏を供養。咒讃は声明曲の一つ、その後に鐃(銅鑼 どら)とを演奏する。(導師が一人の場合は省略)

10 開棺(かいかん) 引導の前触れとして行い、迷いを転じて悟りにはいることを予告する意味をもつ。

11 献供(けんく) 茶湯、霊膳、献華、水供と 極上の美味を献上する式。事前にお供えし省略する場合も有り。

12 引導(いんどう) 導師は柩前に進み、払子(ほっす)を三振りし、焼香を三回した後に引導文を読み上げる。霊山往詣の安心を説き、故人の一生の行績を語り、法号の由来を述べ、法華経信仰をもつことの尊さを讃嘆する。故人の徳を讃える部分を”歎徳(たんとく)”という。

13 弔辞・弔電(ちょうじ・ちょうでん)

14 読経(どっきょう) 自我偈など法華経の中の肝要な諸品を拝読する。焼香に入り 16の唱題までに終える。

15 祖訓(そくん) 日蓮大聖人の遺文を拝読する。省略されることも多い。

16 唱題(しょうだい) 参列者全員で霊山往詣を念じ、一心に南無妙法蓮華経と唱える。

17 宝塔偈(ほうとうげ) 回向の前に唱える偈文で、法華経受持の功徳を讃嘆する。

18 回向(えこう) 法要の功徳をめぐらして、現世安穏後生善処 を祈念する。

19 四誓(しせい) 回向の次に唱える文で、人々を救う誓いの言葉を唱える。

20 三帰(さんき) 三宝に帰依し、仏道に精進することを誓う声明曲。

21 奉送(ぶそう) 諸仏諸尊をお送りする声明曲(起居礼 きこらい)。

22 閉式の辞(へいしきのじ)

23 退堂(たいどう)

 日蓮宗の焼香は 香を親指と人指し指ではさみ 額の高さにおしいただいて 香炉にくべ、三回繰り返します。基本的には三回ですが 地域のしきたりや 時間の関係により一回と指定される場合も御座います。

   今回は以上です。

葬儀 日蓮宗

 今回は葬儀 日蓮宗に付いて書かせて頂きました。

 日蓮宗は 日本仏教の一宗派で、鎌倉時代に立正大師 日蓮聖人によって起されました。その葬儀式は 日蓮聖人の言葉である ”法華経を信じ、南無妙法蓮華経の題目を受持する者は、必ず 霊山浄土に往詣(おうけい)することができる”をよりどころとして営まれます。総本山は 山梨県南巨摩郡身延町の身延山 久遠寺、ご本尊は 十界曼荼羅、お題目は ”南無妙法蓮華経”です。ご焼香は 正式には3回ですが、宗徒 会葬の方々は額に押し頂いて1回でも良いとされます。

 日蓮宗のご葬儀は 死者(精霊)に対して、生死の二法を明らかにし、法華経信仰を通して釈尊と日蓮聖人との関係に於ける安心(あんじん)を説き、過去・現在・未来の三世にわたり法華経を護持することを勧め、霊山浄土(りょうぜんじょうど)への導きをなす事に眼目があります。

 霊山浄土とは 仏教に於ける浄土の一つで、霊山は釈迦がしばしば説法を行ったとされる、霊鷲山(りょうじゅせん)を意味しており、日蓮宗では 霊鷲山は釈尊の浄土であるとされる、と共に 信仰上では人々が法華経を受持するところを指します。釈尊が今なおそこで法華経を講じている久遠実成(くおんじつじょう)の仏である との信仰から、ご本尊は久遠実成の本師 釈迦牟尼仏とされています。その永遠の釈尊の慈悲と救いを示すのが 大曼荼羅であり、これを法会の中心に本尊として掲げます。法華経の世界の再現が法会であり、ご葬儀は 最後の聞法修行の機会であると理解されて居りますので、日蓮宗のご葬儀では ご本尊が大切な位置を占める事と成ります。

   今回は以上です。

葬儀 曹洞宗Ⅱ

 今回は葬儀 曹洞宗Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 曹洞宗は 鎌倉時代に道元禅師により 中国から日本に伝えられた禅宗です。道元禅師は自らの教えを”正伝の仏法”であるとしてセクショナリズムを否定しました。弟子達には自ら宗派名を称することを禁じ、禅宗の一派として見られることにも拒否感を示し、どうしても名乗らなければならない時のみ 仏心宗 と称するよう示したと伝えられます。禅師の入滅後(死後) 次第に禅宗を標榜する様に成り、第四祖・第五祖の頃から曹洞宗を宗派の呼称として用いる様に成りました。鎌倉・室町時代には 臨済将軍曹洞土民 と言はれ、臨済宗が時の中央武家政権の庇護を受け 政治・文化的に重んじられたのに対し、曹洞宗は 地方武家・地方豪族・下級武士・一般民衆の間に広まりました。大本山は 福井県吉田郡永平寺町の 吉祥山永平寺(開山;道元、本尊;釈迦如来・弥勒仏・阿弥陀如来)と 神奈川県横浜市鶴見区の 諸嶽山総持寺(開基;行基、本尊;釈迦如来)の 2山があります。その葬儀は 故人様を偲び・讃え、ご遺族を労り・慰める為に 営まれるものとされます。

 故人様 ご臨終の際は 臨終諷経(りんじゅうふぎん、枕経)として、臨終者の枕元で 仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)、又は 舎利礼文(しゃりらいもん)を読み、回向を唱えます。通夜では 僧侶が 葬送の辞 を述べ、修証義(道元禅師の主著 正法眼蔵 の内容を解り易く編集した書)や舎利礼文などを適宣 読み、最後に回向を唱えます。最後に説法が行われます。

 葬儀式の次第は;

1 入堂(にゅうどう)

2 剃髪(ていはつ) 導師は香をたき合掌して 流転三界中 を三唱。柄を紙でまいた剃刀を香に薫じ、両手の親指と人差し指の間に挟んで合掌。剃除鬚髪‥‥くぎよう寂滅 と三唱の内に剃刀を髪にあてる。(男性の場合は下顎にも)。

3 授戒(じゅかい) 懺悔、三帰戒、三聚浄戒、十重禁戒、血脈授与から構成される。悪業を懺悔し、身・口・意の三業を懺悔して清浄を得たので三宝に帰依し、仏の戒め 法を守り 世の為に尽くすという 三聚浄戒を授かり、不殺生などの十重禁戒を授かり、仏弟子に入る血脈を授かる という流れになります。

4 入棺諷経(にゅうかんふぎん) 大悲心陀羅尼 を読み、回向を唱える。

5 龕前念誦(がんぜんねんじゅ) 故人の死に当たり、諸仏のみ名を唱え、その功徳が故人の悟りえの道をより美しいものにすることを祈念する意味の念誦を唱え、十仏名を唱え、舎利礼文を読み、回向文を唱える。

6 挙龕念誦(こがんねんじゅ) 維那(儀式をリードする僧)の発声により 大宝楼閣陀羅尼 が読まれ、チンドンチャンと鼓三通する。

7 引導法語(いんどうほうご) 導師が自作の悟りの心境を表わす漢詩を法語として唱える。このとき法炬(たいまつ)を香の薫じ、右回り、左回りに円を描く。故人を一挙に仏世界(悟り)に導く。

8 弔辞(ちょうじ)

9 弔電(ちょうでん)

10 山頭念誦(さんとうねんじゅ) 故人は仏弟子となったので、一路涅槃に入り、仏性の覚醒を助けてくれることを祈願する。ここでご遺族の焼香を行う。

11 回向(えこう) ここで会葬者は焼香を行う。回向に続いて 修証義 などを読誦し、最後に送棺回向を唱える。

12 鼓三通(きはつさんつう)

13 散堂(さんどう)

   退場

 曹洞宗の葬儀に於ける焼香は 数珠を左手にかけ、右手の親指、人指し指、中指の三本で抹香をつまみ、そのまま 右目の高さまでささげ、香炉の中に落とします。回数は二回が基本ですが、地域のしきたりによっては異なる場合が御座います。線香焼香の場合は 一本の線香にロウソクで火をつけ、香炉に立てます。

   今回は以上です。 

葬儀 曹洞宗

 今回は 葬儀 曹洞宗に付いて書かせて頂きました。

 曹洞宗は 宋(中国)に於ける五禅宗の一宗派で、鎌倉時代初期に南宋に学んだ 承陽大師 道元禅師により日本に伝えられました。その ご葬儀は 故人様を偲び、讃えることであり、ご遺族を労り、慰めるために営まれる、とされて居ります。総本山は 福井県吉田郡の永平寺と、神奈川県横浜市の総持寺の2大本山制をとって居ります。ご本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)、お念仏は”南無三世諸仏(なむさんぜしょぶつ)” 若しくは”南無釋迦牟尼仏(なむしゃかむにぶつ)”のいずれかを唱えます。お焼香は 2回で 1回目は額にいただき、2回目はそのまま香炉にくべます。1回目を主香、2回目を従香と呼びます。

 曹洞宗の葬儀儀礼は 修行途上の僧侶の葬儀を簡略化したかたちで営まれます。授戒(戒を授けて仏弟子となす)と引導(仏世界に入らしむこと)に中心が置かれます。曹洞宗に於いては 坐禅により悟りを開き、仏性を自覚する所に信仰の中心が有ります。ひたすら座禅をすることにより釈尊の悟りに到達し、自己と大宇宙が一つとなる即心是仏(そくしんぜぶつ)を説きます。従いまして 生前に授戒すべきではありますが、出来なかった方にもこれを及ぼす為、葬儀式で授戒と引導を行い悟り(仏世界)に入らしめるのです。又 肉親のご逝去により悲しみに陥って居られるご遺族に 故人様もこうして御仏の慈悲により救済され、仏の世界に入られる事を儀式により示して、その慰めとします。

   今回は以上です。

葬儀 臨済宗Ⅱ

 今回は葬儀 臨済宗Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 臨済宗は 中国禅宗五家(臨済、仰(いぎょう)、曹洞、雲門、法眼)の一つで、日本には 鎌倉時代に中国 宋に渡り 修学した 栄西禅師(千光国師)により始めて持ち込まれ、その後 何人もの僧侶により 日本に伝えられ、様々な派が成立しました。栄西禅師は 帰国後 紆余曲折の後 鎌倉幕府の支持を得て、二代将軍 源頼家の庇護の下、京都に建仁寺を建立して 布教活動を行いました。その教えは 師から弟子への悟りの伝達を重んじ、釈迦を本師釈迦如来大和尚 インドから中国へ禅を伝えたとされるボーディダルマを初祖菩提達磨大師 中国 宋の臨済禅師を宗祖臨済大師と呼んで崇拝しております。

 臨済宗の臨終の儀式は 枕経諷経(まくらきょうふぎん)と言い、観音経・大悲呪(だいひしゅう)などが 読まれた後に 菩薩の4っの誓いである 四弘誓願(しぐせいがん)が読まれます。通夜の儀式は 通夜諷経と呼ばれ、夜を通して死者の冥福を愛惜の念を込めて祈り、観音経・金剛経が読まれた後に 四弘誓願が読まれます。尚 諷経とは 声を揃えて経文を読むこと を意味します。

 葬儀式に於ける 一般的な授戒以降の次第は以下の通りです;

1 授戒(じゅかい) 故人様を剃髪し、授戒し、釈迦牟尼仏の弟子にする。剃髪偈を 剃刀を持って唱え、悪行を懺悔し清らかな身・口・意による入滅を願う 懺悔文、仏・法・僧に帰依して信心のまことを捧げる 三帰戒文を故人様に代わって唱え、その後 五戒・三聚浄戒・十重禁戒を授ける。

2 入龕諷経(にゅうがんふぎん) ご遺体が棺に入るときに行う。大悲呪を読み、回向文を唱える。

3 龕前念誦(がんぜんねんじゅ) 本来は葬儀式の前夜に行う。故人様のために諷経し、故人様が悟りを得ることを願って営むことを明らかにする龕前念誦を唱え、十仏名を唱和し、大悲呪を読み、回向文を唱える。

4 鎖龕諷経(さがんふぎん) 柩に蓋をして閉ざすときに行う。大悲呪を読み、回向文を唱える。

5 起龕諷経(きがんふぎん) 出棺に際して行う。大悲呪を読み、回向文を唱える。

6 葬列(そうれつ) 遺族・親族・故人様の関係者が柩に伴い、葬列を組んで寺に移動し、これを一般の会葬者は見送る。往生咒が読まれ、チン(いんけい) ドン(たいこ) チャラン(はち)を鳴らしながら進む。

7 山頭念誦(さんとうねんじゅ) 山は元来 寺や火葬場を表わす。本来は火葬 又は土葬に際しての念誦と考えられます。

8 引導法語(いんどうほうご) 引導は 苦海の衆生を大悟の境界に引き導く こと。授戒と共に葬儀式の中心となります。

臨済宗の焼香は 額にいただかずに一回が一般的ですが、宗派や地域によっては 二回、三回の場合も御座いますので、ご導師に確認する事をお薦め致します。

   今回は以上です。

葬儀 臨済宗

 今回は葬儀 臨済宗に付いて書かせて頂きました。

 臨済宗は 日本仏教に於ける禅宗の一つで、鎌倉時代に南宋(中国)に留学した 千光国師栄西禅師により日本に伝えられました。臨済宗のご葬儀は 故人様が仏弟子となり、修行の道に入り自己の仏性に目覚めることを願う儀式です。従いまして 故人様を仏弟子とする為の授戒と、仏性に目覚めさせる為の引導が、葬儀式の中心となります。臨済宗は多くの派が存在しますが 栄西禅師を宗祖とする建仁寺派の総本山は”京都東山 建仁禅寺”、ご本尊は”釈迦如来”、お念仏は”南無釋迦牟尼佛”、お焼香は”心を込めて1回””線香は1本”で行うのが一般的です。

 臨済宗のご葬儀は 人間は仏の世界から見ればまだまだ修行が十分でない存在で有るからして、縁が無くてこの世で修行出来なかったとしても、この後 仏の世界に縁を結んで、亡くなった後でも仏弟子となり修行に励んで欲しいとの願いが表現されて居ります。又 ご遺族は故人様の最後をきちんとしてあげ、故人様の安心(あんじん)を願うと共に、葬儀を営むことを通して故人様と共に平静な心(安心)を得、故人様に報いようと自ら促されます。

 葬儀式は 龕前念誦(がんぜんねんじゅ、棺の前でお経をあげる)、鎖龕念誦(さがんねんじゅ、棺を閉ざしてお経をあげる)、起龕念誦(きがんねんじゅ、お経をあげて出棺となり)、葬列(そうれつ、葬列を組み寺院に向かい)、山頭念誦(さんとうねんじゅ、寺院でお経をあげる)と言う昔の葬儀の一連の流れに従う流れで営まれます。

 引導法語は 四六文と言われる漢詩文で書かれ、漢詩作法に則り、禅の宗旨 生死の安心を示し 故人の生涯 戒名の意味などを、一定の様式に従い、導師の修行の背景をもとに書かれます。

 尚 式次第は地域、ご導師によって異なります。

   今回は以上です。 

葬儀 浄土真宗Ⅲ大谷派

 今回は葬儀 浄土真宗大谷派に付いて書かせて頂きました。

 真宗大谷派は 浄土真宗の宗派の一つで 親鸞聖人を宗祖と仰ぎ、京都市下京区烏丸通り七条の真宗本廟(通称 東本願寺)を本山とします。大谷派、大派、谷派 と略称され お東さん とも通称されます。1602年 顕如上人の長男 教如上人が徳川家康より 烏丸七条に土地を拝領し 真宗本廟を建立して分派しました。明治14年の 宗教団体法により 宗派名が真宗大谷派と定まりました。尚 東京台東区の 浄土真宗東本願寺派 本山 東本願寺 を本山とする 浄土真宗東本願寺派は 1981年に真宗大谷派から 離脱・独立した 別の宗教法人です。

 真宗大谷派の葬儀式は 棺前勤行 と葬場勤行からなる ”葬儀式第一”と 告別式形式の ”葬儀式第二”があります。その次第は以下の通りです;

1 葬儀式第一

 1-1 棺前勤行

  (1) 総礼(そうらい) 導師・衆僧が合わせて合掌・蹲踞・起立・蹲踞する礼をなすこと。

  (2) 勧衆偈(かんしゅうげ) 帰三宝偈と同じ。

  (3) 短念仏十遍(たんねんぶつじゅっぺん) 

  (4) 回向(えこう) 我説彼尊功徳事 衆善無辺如海水‥‥ (十二礼 より)。

  (5) 総礼(そうらい)。

  (6) 三匝鈴(さんそうりん) 三匝の鈴(鈴をきざんで小から大へと打ち上げ、あるいは大から小へと打ち下げる)を打ち出す。

  (7) 路念仏(じねんぶつ) 葬列の際に詠唱するもので 南無阿弥陀仏 4句を1節とする念仏で独特の節回しがある。

 1-2 葬場勤行

  (8) 三匝鈴(さんそうりん)。

  (9) 路念仏(じねんぶつ)。

  (10) 導師焼香(どうししょうこう) 導師焼香のときに総礼。

  (11) 表白(ひょうびゃく) 葬儀式の趣旨を簡略に述べる文。

  (12) 三匝鈴(さんそうりん)。

  (13) 路念仏(じねんぶつ)。

  (14) 弔辞(ちょうじ)。

  (16) 正信偈(しょうしんげ)。

  (17) 和讃(わさん) 本願力あひぬれば、むなしくすぐる人ぞなき‥‥。

  (18) 回向(えこう) 願以此功徳‥‥。

2 葬儀式第二

  (1) 総礼(そうらい)。

  (2) 伽陀(かだ) 先請弥陀入道場‥‥。

  (3) 勧衆偈(かんしゅうげ)。

  (4) 短念仏十遍(たんねんぶつじゅっぺん)。

  (5) 回向(えこう)。

  (6) 総礼(そうらい)。

  (7) 三匝鈴(さんそうりん)。

  (8) 路念仏(じんねんぶつ)。

  (9) 三匝鈴(さんそうりん)。

  (10) 導師焼香(どうししょうこう) 導師焼香の時に総礼。

  (11) 表白(ひょうびゃく)。

  (12) 三匝鈴(さんそうりん)。

  (13) 弔辞(ちょうじ)。

  (14) 正真偈(しょうしんげ)。

  (15) 短念仏(たんねんぶつ)。

  (16) 三重念仏(さんじゅうねんぶつ)。

  (17) 和讃(わさん)。

  (18) 回向(えこう)。

  (19) 総礼(そうらい) 弔電代読。

焼香は 額に押し戴かず 一回となります。

   今回は以上です。 

葬儀 浄土真宗Ⅱ

 今回は浄土真宗の葬儀式に付いて書かせて頂きました。

 浄土真宗の葬儀式は ご遺族やご縁故の方々が集まり 故人様を偲んで共に読経念仏して 尊い仏縁にあうという大切なご縁であると共に 亡き人に永遠の別れを告げる葬送儀礼でもあります。華美になることなく、又 見栄や外聞にとらわれることなく、阿弥陀如来のおはたらきによって お念仏をいただかれて お浄土へ還られた故人様を偲びながら、人生における生と死の問題にしっかりと目を向け、浄土真宗に相応しい葬儀式でありたいものです。世間には 葬儀にまつわる様々な 風習や世俗の迷信・俗信がありますが、浄土真宗では それらに振り回される事無く、簡素な葬儀でなければ成りません。

 臨終勤行である 枕経では ご本尊の前にご遺体を安置し勤行を行います。本願寺派では 阿弥陀経を読経し、念仏し、和讃、回向を行います。故人様が帰敬式・法名を受けていない時は、おかみそり・法名を枕経の段階で授けます。

 通夜勤行は 本願寺派では枕経と同じですが 最後に法話が行われます。通夜の前にご納棺を行いますが、このとき 棺の蓋の内側に 棺書(名号、命日、法名、年齢 等)を書くことが有ります。

 本願寺派の葬儀式次第は以下の通りとなります;

1 偈文(げもん)  帰三宝偈

2 念仏(ねんぶつ) 短念仏(ナムイダ あるいは ナンダム)

3 回向(えこう)  

4 お別れの言葉  弔辞に当りますが、死者を讃えるのではなく ”お浄土より我々を照覧して お導き下さい”という言い方を主とします。

5 三奉請(さんぶじょう) 法要を始めるに当たり、阿弥陀如来、釈迦如来、十方如来あるいは諸菩薩衆に入場を請う偈。

6 正信偈(しょうしんげ) 親鸞聖人の”教行信証” に付せられた120句からなる偈。

7 念仏(ねんぶつ) 短念仏。

8 和讃(わさん) ”本願力あひぬれば、むなしくすぐる人ぞなき‥‥。

9 回向(えこう) 

 ご遺体を火葬する時に行うのが 火屋勤行で 偈文(重誓偈)、念仏、回向となります。ご収骨のさいに行うのが 収骨勤行で 偈文(讃仏偈)、念仏、回向となります。

焼香は一回 額にはいただきません、香を香炉にくべる前に合掌はせず リンをならしたりもしません。線香を供える際は 一本の線香を 二つ あるいは三つに折り、火を点けた後に 線香を横に寝かせて供えます(寝線香)。

   今回は以上です。

葬儀 浄土真宗

今回は葬儀 浄土真宗に付いて書かせて頂きました。

 浄土真宗は 親鸞聖人を宗祖と仰ぐ仏教の宗派ですが、絶対他力 平生業成を基本とし、全ての人が 阿弥陀如来の慈しみの世界(浄土)に納め取られ 仏と成る と教えます。人の往生、成仏は 阿弥陀如来のひとり働きによるのみで 普段にご信心をいただいているならば 浄土往生と成仏は平生に約束されていることなので 死者のために 成仏を祈る必要はない とされます。従いまして 浄土真宗の葬儀は ご遺体に対してではなく、ご本尊 阿弥陀如来の 仏徳を讃嘆し、故人様を偲びつつ、報謝のまことをささげる儀式となり、他宗派の葬儀で行う 授戒と引導は行いません。

 浄土真宗の葬儀では 日常勤行がそのまま移行する形で葬儀式が形成されます。従い 浄土真宗各派(10派、その中で大きな派は 本願寺派(西本願寺)と 大谷派(東本願寺)の二つ)の葬儀の違いは 各派の日常勤行の違いを表わしております。葬儀の目的は各派とも大きな相違は御座いません。

 浄土真宗の葬儀が 他宗派と大きく異なる点は 授戒と引導を行わないと共に 回向の意味合いです。通常 回向は ”私達の功徳を死者にめぐらし差し向ける”ことにありますが、浄土真宗では 死者に対する回向は無く、”仏から頂く功徳を仏の本願によって人々におよぼしていただけることを喜ぶ”となります、人間には他に分かち合うだけの功徳が備わっていないと考えるからです。

 更に 浄土真宗では 往生即成仏ですので 死出の旅路に必要とされる 死装束は不要となります。霊も認めていません。中陰に付いても 供養をしなければ成仏出来ない とする考えは有りません。穢れを清めると言う考えも有りませんので 浄めの塩も不要で、むしろ失礼にあたると考えます。

 浄土真宗に於ける 葬儀式は 死者は死という事実を身をもって示し、私たちに死を迎える用意が出来ているかを無言の内に教えているにであるから、これを機縁としてご本尊 阿弥陀如来に対して 報恩感謝し、仏の教えを学ぶ 聞法 の場であると位置付けております。

 浄土真宗の葬儀に際して 使用しない言葉は以下の通りです;

ご霊前-   ご仏前・ご尊前

祈る-    念じる・お念じ申し上げます

冥福を祈る- 哀悼の意を表します

戒名-    法名

魂ー     故人

ご回向を頂く- おつとめを頂く・読経を頂く

引導をわたす- おかみそりを行う

安らかにお眠り下さい- 私たちをお導き下さい

幽冥境を異にする- 御仏の国に生まれる

天国に昇天する- お浄土に生まれる

草ばのかげー お浄土・み仏の国

   今回は以上です。

葬儀 浄土宗Ⅱ

 今回は前回に引き続き葬儀浄土宗Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 浄土宗では 臨終行儀を大切にしてきた伝統から枕経を重視して居り、このときに授戒するのが基本とされて居りました。しかし 現在では 枕経は 来迎仏をあげて念仏だけで良い と変化し、授戒は通夜のときに行うのが一般的となっております。

 浄土宗に於ける葬儀式は 堂内式と称します。その次第は以下の通りです。但し 葬儀式をご自宅で行う場合は 省略される部分も御座います;

序分(諸仏をお迎えし、讃嘆し、仏前で懺悔する部分)

1 洪鐘(こうしょう) 法要があることをご案内。

2 法鼓(ほうこ) 法要の開始準備をご案内、ご遺族・参列者 入堂。

3 喚鐘(かんしょう) 導師・式衆 入堂。

4 作相(さそう) 威儀を整える。

5 香偈(こうげ) 香を焚き、清らかな心になることを願う。

6 三宝礼(さんぽうらい) 仏・法・僧の三宝に礼をする。

7 奉請(ぶじょう) 諸仏の入場をお願いする。

8 懺悔偈(さんげげ) 迎えた仏、菩薩に対し自己の罪業を懺悔する。

正宗分(仏の説法を聞き 念仏し その功徳を回施する部分)

9 転座(てんざ) 向きを本尊から柩に変える。

10 作梵(さぼん) 転座する際に梵語の 四智讃を唱える。

11 合はち(がっぱち) はちを鳴らす。

12 鎖龕(さがん) 棺を閉ざす儀式。

13 起龕(きがん) 葬場へ赴くために柩を起こす儀式。

14 奠湯(てんとう) 葛湯を霊前に供養する儀式。

15 奠茶(てんちゃ) 茶を霊前に供養する儀式。

16 霊供(りょうぐ) 仏飯を霊前に供える。

17 念誦(ねんじゅ) 念誦僧が節をつけて唱えること。

18 下炬(あこ) 二本の松明を持ち、1本を捨て、残りの1本で一円を描き、下炬引導文を述べる。捨てるのは 厭離穢土(えんりえど)の意味、一円を描くのは欣求浄土(ごんぐじょうど)の意味を表す。終えると同時に松明を捨てて 十念を授ける。

19 弔辞(ちょうじ) 弔辞がある場合は ここで拝読。

20 開経偈(かいきょうげ) 誦経に際して 教えの真義を体得することを願う。

21 誦経(ずきょう) 四誓偈か仏身観文を読経、この間に焼香。

22 摂益文(しょうやくもん) 念仏を唱える者は皆仏に守られる との偈。

23 念仏一会(ねんぶついちえ) 救われる幸いを喜び、感謝し、数多く念仏を唱える(この間に向きを柩から本尊に変える)

24 回向(えこう) 死者の霊に誦経・念仏の功徳を捧げる。

25 総回向(そうえこう) 誦経・念仏の功徳を一切のものに振り向け、往生を願う。

流通分(誓いを新たにして仏をお送りする部分)

26 総願偈(そうがんげ) 仏道修行の四願を誓い、成就を念じ往生を願う。

27 三身礼(さんじんらい) 阿弥陀仏への帰依を表明する。

28 送仏偈(そうぶつげ) 諸仏諸菩薩を心からお送りする。

29 退堂(たいどう)

焼香は 仏や亡き人にご自分の真心をささげて供養すると共に 自らの身心を清らかにする為に 焚きます。

焼香をする際には 香炉の前に姿勢を正して合掌し、一礼した後、香合のお香を右手の親指、人差し指、中指の3指で軽くつまみ、その手を仰向けにし、この右手に左てを添えて、これを恭しく額の高さまで持ち上げ、そして 香炉の炭の上にくべます。くべ終わりましたら 再び合掌をして 最後に一礼します。焼香の回数は特に拘りません。

   今回は以上です。

葬儀 浄土宗

 今回は葬儀 浄土宗に付いて書かせて頂きました。

 浄土宗は 法然上人(法然房源空)を宗祖(元祖とも崇められる)とする日本仏教の宗派で、そのご葬儀は 故人様を仏の弟子として、仏の本願により阿弥陀仏の下である極楽浄土に往生することを教え導き、本来の住処であり 生命の根源である極楽浄土へ立ち戻る凱旋式として行うとされます。ご本尊は 阿弥陀仏・阿弥陀如来、お念仏は 南無阿弥陀仏、焼香の回数に定めはありませんので 一回 真心を込めて 額尾に押し戴き香炉にくべます。

 浄土宗のご葬儀では 参列の方々にも 深い悲しみのなか 自らも死の意味を考え、清浄な心で仏の教えに耳を傾け、授戒して新たに仏の弟子となった故人様と共に、一心に念仏を唱えて生活に生きる決意をする契機にして欲しいと願われます。

 浄土宗のご葬儀は 通常の法要で営まれる、序分(じょぶん、法要を営むに当たって 御仏をお迎えする部分)、正宗分(しょうじゅうぶん、法要で御仏のお話を伺う部分)、流通分(るつうぶん、法要を終えて 感謝して御仏をお送りする部分)の3段階に、授戒(じゅかい、仏法に縁の無かった方でも戒名を授けて御仏の弟子とすること)、引導(いんどう、御仏の弟子として教え導くこと)の2段階を加えた5段階で営まれます。但し 生前に授戒会(じゅかいえ)に出ている場合は 授戒は省略されて引導のみ、僧侶が亡くなられて場合は 授戒も引導も省略されます。

 浄土宗では 臨終行儀を大切にして来た伝統から 枕経が重視され、この時に授戒するのが一般的な作法です。しかしながら 枕経は来迎仏をあげて念仏だけで良いとされることから、現代では 授戒は通夜式の際に行うのが一般的となって居ります。

   今回は以上です。 

葬儀 真言宗Ⅱ

 今回は葬儀 真言宗Ⅱに付いて書かせて頂きました。

 真言宗は 弘法大師空海を開祖とする 真言密教の教えで、この身のままで仏になる即身成仏を目指しています。ご本尊は大日如来で その葬儀は 故人様を大日如来の密厳浄土、あるいは 弥勒菩薩の浄土である 都率天に送る儀式であります。高野山 金剛峰寺の奥ノ院で入定した空海は 弥勒菩薩が地上に降りてくる時に力を合わせて人々を救済すると言われて居ります。

 高野山真言宗では まず ご遺体を納棺してから、柩の前で授戒が行われます。真言宗の葬儀の特徴は 灌頂(かんじょう)の儀式にあると言われます。灌頂とは 頭に法水をそそぎかける事で、密教では 仏の位にのぼる為の重要な作法となります。故人様の霊を浄土にお運びする役目は弥勒菩薩で、この弥勒菩薩の来迎をを頂いて 故人様の霊を弥勒の浄土に成仏させることが 葬儀式の目的となります。その式次第は以下の通りです;

1 洒水(しゃすい)

  加持された法水を注いで 故人様の身心を浄める。

2 加持供物

  仏前に供えられた供物を加持して浄める。

3 三礼(さんらい)

  三礼文を唱えて仏法僧を礼拝する。

4 剃髪

  剃刀を執って偈を唱える。

5 授戒

  故人様に戒律を授けます。十善戒 又は 五善戒を授けます。

6 授戒名

  故人様に戒名を授けます。

7 表白(ひょうびゃく)

  本尊大日如来をはじめ 諸仏諸菩薩を讃え これから行う儀式の成就を祈ります。

8 神文(しんぶん)

  諸仏諸菩薩の降臨を感謝し、故人様の贖罪、生善、成仏を願う。

9 教化(きょうけ)

  故人様が即身成仏の正覚を得る為に、その開発、教化を願う。

10 引導の印明

  臨終の大事を授けます。

11 破地獄の印明

  故人様の心内の地獄を破砕する。

12 五鈷杵授与偈文(ごこしょじゅよげもん)

  如来の五智を表現する五鈷杵を授けて灌頂とする。喝を三遍唱える。

13 真言

  真言を授ける。

14 大師御引導の大事偈文

  弘法大師による引導の印明、偈文を授け即身成仏の境地に引導する。真言宗引導の中心。

15 開眼の印明

  仏眼の印明により故人様を加持し、位牌を開眼します。

16 授血脈(じゅけちみゃく)

  大日如来から弘法大師に至る系譜の後に導師名、故人様戒名を加え、真言密教の師資相承の血脈を授ける。

17 六大の印明

  地・水・火・風・空・識の六大縁起による生命の境界を与えて引導を授ける。

18 諷誦文(ふじゅもん)

  導師により 故人様の生前の功績と徳を讃え、その成仏を願う文 が読まれます。

以降 弔辞、弔電、焼香、祈願、導師最極秘印、出棺と続きます。

尚 焼香は 戒香、定香、解脱香の3っを 仏法僧に捧げる意味で 三回行います。

   今回は以上です。  

葬儀 真言宗

 今回は葬儀 真言宗に付いて書かせて頂きました。

 真言宗は 唐(中国)の長安 青龍寺に学んだ 弘法大師空海によって開創された 平安二教の一つです。真言宗のご葬儀は 故人様を宇宙生命の本源である大日如来の大生命に包まれた 弥勒菩薩の浄土である ”都率天(都率浄土)”へ還帰させることことを目的とした儀式です。ご本尊は 大日如来、御焼香の回数は3回、唱える念仏は 南無大師偏照金剛(御法号と呼びます)です。真言宗の葬儀に於ける 特徴としては 故人様の頭頂に水を灌いで諸仏や曼荼羅と縁を結ぶ為の、灌頂(かんじょう)の儀式があります。

 弘法大師空海の作と伝えられる御詠歌(ごえいか)”阿字の子が・阿字の古里・立ち出でて・また立ち帰る・阿字の古里”は 真言宗の葬儀観を端的に物語っていると言われます。梵字(ぼんじ)で書かれた”阿”は 大日如来とその生命を表わして居り、葬儀の精神は 阿字の古里より 生まれた故人様を、阿字の古里へ再びお返しする事にあります。このため 葬儀式は 即身成仏への引導作法として示されます。

 真言宗では 三密加持による即身成仏(自力本願)を説いて居ります。密教の修行の実践により、誰でも仏に成る事が出来るという教えです。三密とは 手に印を結び(身密)、口に真言を唱え(口意)、心に仏を想う(意密)、の 身・口・意を言います。

 剃髪・授戒・戒名の授与までが 葬儀の前段階で、大日如来のもとえ導く準備段階のさほうです。それ以降が後段階となり 大日如来との一体感、すなわち 永遠の生命との一体感に関わる作法となります。故人様に真言の教義を教え、一刻も早く仏弟子にする(速疾成仏)ということで、読経は 微音で速めに行われます。

   今回は以上です。

葬儀 天台宗

 今回は天台宗の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 伝教大師最澄によって唐の国(中国)より伝えられた天台宗の葬送儀礼は 顕教法要の法華懺法(ほっけせんぽう、法華経を読誦する事で煩悩を薄くし贖罪する作法)、と例時作法(れいじさほう、阿弥陀経を読誦する事で往生極楽の指南とする作法)、そして 密教法要の光明供(こうみょうぐ、阿弥陀如来の来迎を得てその指導の下 故人様を引導して仏となす作法)の3っの儀礼にとって営まれます。供養するご遺族・ご縁者・供養される故人様が一体となり、仏の本性を開発して、共に仏道を成してゆくことが 天台宗の葬儀の本質であるとされます。

  通夜式は例時作法で 阿弥陀経を読誦します。又 通夜式では 授戒式を営み、故人様は戒名(法名)を授かり、戒を護持して犯さざることを仏前に誓います。この授戒式は天台宗の葬儀の基本と成る儀礼です。尚 授戒式は ご納棺の際に行う場合も御座います。

 葬儀式は 光明供(こうみょうぐ)で営まれる場合は 全体として 葬式作法(追善冥福の法要)と 引導作法が営まれます。葬式作法は 阿弥陀経を唱え その功徳によって悟りに到る事を祈願します。引導作法では 光明供を中心に 故人様に法語を与え、涅槃の世界に行くことを教え論します。更には 法華経を唱えて三昧になることを祈念します。三昧とは 心を静めて一つのことに集中し、心を乱さない状態をいいます。 

   今回は以上です。

日本のイスラム教

 今回は日本に於けるイスラム教に付いて書かせて頂きました。

 イスラム教は 全世界に16億人の信者を持つ世界第二位の宗教で、唯一絶対の神アラー(アラビア語でアッラ-フ)を信仰し 神より送られた預言者ムハンマドを通して人々に下されたコーラン(クルアーン)の教えを信じ 従う 一神教の宗教です。日本へは明治維新後 日本に滞在したロシア人、インド人、トルコ人のイスラム教徒(ムスレム)により伝えられました。特にロシア革命により祖国を逃れ 来日したカザフ人が 日本のイスラム教に大きな役割りを果たしたと言われます。日本に於けるイスラム教徒は中東出身者を中心として 7万人とも20万人とも言われますが、何れにしろ多くは有りません。

 イスラム教は 西暦610年頃に ムハンマドは メッカ(現在のサウジアラビア国内)の郊外で 天使ガブリエルよりアラーの啓示を受けたと主張し、以後 アラビア半島でイスラム教の布教を始めました。その後 拡大と分裂を繰り返しながら信徒を増やし続け 八世紀半ば以降 アラブ帝国からイスラム帝国へと変貌し そのテリトリーもアラビアから 西アフリカ、東アフリカ、南ヨーロッパ、中央アジア、インドへと広がりました、その後 キリスト教との争いから弱体化し、現在に至ります。その教義は六信と五行から成ります。六信は6っの信仰箇条で 1 神(アラー)、2 天使(マラーイカ)、3 啓典(クトゥブ)、4 使徒(ルスル)、5 来世(アーヒラ)、6 定命(カダル) から成り 五信は5っの信仰行為で 1 信仰告白(シャハーダ)、2 礼拝(サラー)、3 喜捨(ザカート)、4 断食(サウム)、5 巡礼(ハッジ)から成ります。イスラム教の教えは その解釈の仕方により 世界一般の概念と異なる部分も有り、その差異が多くの摩擦を生み出して居ります、ジハードの概念、信教の自由、偶像崇拝、女性差別、一夫多妻、女性の服装規定 等です。

 日本に於けるイスラム教 最初期の日本人教徒としては 明治時代にインドで貿易商をしていた有賀文八郎氏が著名です。日本国内最初のモスクは愛知県名古屋市に1931年建設された名古屋モスクで それ以外にも 兵庫県神戸市の神戸モスク、東京都渋谷区の東京ジャーミィ等が有名です。著名な日本人モスレムとしては 山岡幸太郎氏(オマル山岡 日本人初のメッカ巡礼者)、三田了一氏(オマル三田 コーランの日本語訳者の一人)、市来龍雄氏(アブドルラフマン市来 インドネシア独立戦争 義勇兵)、吉住留五郎氏(アレフ吉住 インドネシア独立戦争義勇兵)、谷豊氏(日本軍諜報員 マレーのハリマオ)他が居られます。

   今回は以上です。

禅宗 曹洞宗

 今回は禅宗 曹洞宗(そうとうしゅう)に付いて書かせて頂きました。

 曹洞宗は 鎌倉時代に道元禅師により中国から伝えられた 日本の禅宗(曹洞宗・日本達磨宗・臨済宗・黄檗宗(おうばくしゅう)・普化宗)の一つで、”正伝の仏法” を伝統とし 南無釈迦牟尼仏として釈迦をご本尊と仰ぎ  修証一如(無限の修行こそが成仏である)、只管打坐(しかんたざ、ひたすら座禅する事)をもっぱらとし、座禅を通して 真実の自己・仏性に目覚め、懺悔・菩薩心の働きによる菩薩行により他者に働きかけ活かすことを教義とします。大本山は 福井県吉田郡の 吉祥山永平寺(ご本尊 釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来)と 神奈川県横浜市鶴見区の 諸嶽山総持寺(ご本尊 釈迦如来)の二寺が有ります。

 道元禅師は 1200年京都に生まれ、14歳で天台宗座主公円の下で出家し 仏法房道元と名乗ります。その後 三井寺で天台教学を修め、1217年より京都建仁寺にて栄西の弟子 明全に師事します。1223年 明全と共に南宋に渡り 諸山を巡って修学し、曹洞宗禅師 天童如浄より 印可を与えられ 1228年に帰国します。帰国後 1233年京都深草に興聖寺を開きますが 比叡山からの度重なる弾圧を受け、1243年 越前国の地頭 波多野義重の招きに応じて 越前志比荘に移り 傘松に大仏寺(後に永平寺)を開き 自ら貫首となります。そして1253年病を得て 貫首の座を 弟子の弧雲懷ジョウ(こうんえじょう)に譲り、京都高辻西洞院で没っしました。享年は54歳でした。

 道元禅師は 自らの教えを 正伝の仏法であるとして セクショナリズムを否定し、弟子達にも特定の宗派名を称することを禁じ、禅宗として見られることすら 拒否感を示したと伝えられます。従いまして 道元の下に集まる人々により教団が形成されましたが 特定名称を持ちませんでした。宗派の呼称として曹洞宗を用いる様になるのは 宗団の太祖と仰がれる 第四祖瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)の頃からで、瑩山により 禅の大衆化と 現在の様な大教団なる為の基礎が築かれました。総持寺は瑩山により 能登で開山しましたが 明治時代に焼失した為 現在の横浜市鶴見に移して建立されました。

   今回は以上です。

禅宗 臨済宗

 今回は禅宗の臨済宗(りんざいしゅう)に付いて書かせて頂きました。

 日本の臨済宗は 平安時代末 中国宋に学んだ栄西により日本に伝えられた 禅の宗派の一つで、悟りを開く事を目的とし、座禅 禅問答 詩 絵画 や建築などを通して、師から弟子へ悟りを伝えます。禅宗に於ける悟りとは ”生きるもの全てが本来もっている本性である仏性に気付く”、そして 仏性とは ”言葉による理解を超えた範囲のことを認知する能力”のこと と説かれます。 鎌倉・室町時代と  幕府の庇護を受けて大きく発展すると共に多くの派に分かれ臨済十四派と言われ、教義内容は同じですが 14の派が大本山をを持ちます。最大宗派は 栄西が建立した 京都 東山建仁禅寺を大本山とする 建仁寺派で ご本尊は釈迦如来です。神奈川県内には建長寺派と円覚寺派の 二つの大本山が鎌倉に建立されており それぞれ 巨福山 建長興国禅寺(ご本尊 地蔵菩薩)、瑞鹿山 円覚興聖禅寺(ご本尊 宝冠釈迦如来)を中心として布教活動が行われて居ります。

 臨済宗は ゴータマ・シッダッタ(釈迦)の教え(悟り)を直接に受け継いだ マハーカ―シャパ(迦葉)から28代目のボーディダルマ(菩提達磨 達磨大師)によりインドから中国へ伝えられ、それから起きた中国禅宗五家(臨済、蕩仰、曹洞、雲門、法眼)の一つで、日本には 栄西以降 中国から各時代に多くの僧により伝えられました。特に 江戸時代の白隠エイ鶴は有名です。

 栄西は 1141年備中国賀陽郡(岡山県加賀郡)に吉備津神社の禰宜の子として誕生し、1154年14歳で比叡山延暦寺にて出家得度します。以降 延暦寺、伯耆大山寺などで天台宗の教学と密教を学びますが、形骸化し貴族政争の道具と化した天台宗を立て直すべく、平氏の庇護を受けて1168年南宋に留学し、天台山万年寺などで修学します。その当時 南宋では禅宗が繁栄して居り、日本の仏教精神立て直しに活用すべく合わせて修行を受け、日本へ帰国します。1187年 再度入宋し 臨済宗で修行を重ね、1191年 臨済宗黄龍派の嗣法の印可を受けて帰国します。帰国後は九州博多を中心に布教活動を始めますが、天台宗からの排斥を受けたり、既存勢力との摩擦も多く、京都での布教に限界を感じて鎌倉に下向し、幕府の庇護を得ます。1200年北条政子建立の寿福寺の住職に就き、1202年には源頼家の外護を得て 京都に建仁寺を建立し 禅宗の振興に努めます。1212年には 法印に叙任、1213年には 権僧正に栄進、そして 1215年7月5日 京都建仁寺で入滅しました。享年75歳でした。

   今回は以上です。

鎌倉仏教 時宗

 今回は鎌倉仏教 時宗について書かせて頂きました。

 時宗は 鎌倉仏教の一宗派で 一遍上人を開祖とし 浄土教を基にして 阿弥陀仏への信・不信に係わらず、念仏を唱えれば極楽浄土へ往生できる と説き、仏の本願力は絶対であるが故 それが信じない者にも及ぶという解釈です。一遍上人は 日本全国を念仏勧進して回り、遊行上人 捨聖とも尊称されます。一遍上人の時代には 時衆と呼ばれて居りましたが、江戸時代に現在の時宗として正式な宗派と成りました。総本山は 神奈川県藤沢市の 藤沢山無量光院清浄光寺(通称 遊行寺)、ご本尊は阿弥陀如来坐像です。

 一遍上人は 1239年四国の伊予国(現在の愛媛県)に生まれ、10歳で出家し(天台宗) 13歳で大宰府に移り 法然の孫弟子にあたる 聖達の下で10年に亘り浄土宗西山義を学びます。その間に法名を智真(智は悟りの智慧、真は御仏が示す真)と改めます。1263年 25歳で父の後を継ぐ為 還俗して伊予に戻りますが、1271年32歳で再び出家し 信濃の善光寺、伊予の窪寺などで修行を重ね、窪寺で十一不二のを感得し、1274年から遊行を始め、摂津国 紀伊国などの各地を転々としながら修行を積み、同時に六字名号を記した念仏札を配り始めます。更に 紀伊の熊野本宮で 阿弥陀如来の変わり身とされる熊野権現から 衆生得度の為に”信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札を配るべし”との夢告を受けて、名を一遍と定め、念仏札の六字名号に 決定往生/六十万人 を加えて日本全国を念仏勧進します。勧進は 15年に亘り 南は鹿児島から北は奥州平泉と ほぼ全国を網羅ししました。有名な 踊り念仏は 1279年信濃の国を勧進した時から始まりました。そして1289年 一編は 過酷な遊行による過労と栄養失調から 摂津兵庫津の観音堂(後の真光寺)で没し、15年半に及ぶ遊行を終えました。享年は51歳でした。一遍は時衆を率いて遊行を続け、民衆を踊り念仏と賦算(ふさん 念仏札を配る事)により極楽浄土へと導きました。

 時衆は 一遍上人亡き後 自然消滅しますが、門弟たちにより遊行と賦算は続けられました。そして 江戸幕府の意向により 色々な念仏勧進聖は 時宗という単一の宗派に統合されます。その中には12の流派があり、時宗12派と呼ばれ、主流が藤沢道場清浄光寺を本寺とする遊行派で有りました。

 時宗では 戒名は法名と呼び、当初は 男性には”阿弥陀仏”号、女性には”一房”号 あるいは”仏房”号が附されましたが、現在では 男性は”阿”号 女性には”弌(いち)”号を用います。但し 派により 号が異なる場合が御座います。

   今回は以上です。

鎌倉仏教 融通念仏宗

 今回は鎌倉仏教 融通念仏宗に付いて書かせて頂きました。

 融通念仏宗は 鎌倉仏教の宗派の一つで、天台宗の僧侶であった 聖応大師良忍(1073-1132年)を宗祖とし、阿弥陀如来から速疾往生(誰もが速やかに仏の道に至る方法)の偈文 ”一人一切人 一切人一人 一行一切行 十界一念 融通念仏 億百万編 功徳円満” を授かり開宗したとされます。大念仏宗とも言います。但し 良忍の時代には宗派として認められては居らず、天台宗から独立して 宗派として認められたのは 江戸時代の元禄年間です。阿弥陀如来をご本尊とし、総本山は大阪市平野区にある 大念仏寺です。

 良忍上人は 1073年 尾張国知多郡の領主の子として生まれ、比叡山東塔常行三昧堂の堂僧となり、不断念仏を修めます。そして 23歳の頃から 京都大原に隠棲し念仏三昧の生活を送りますが、1117年 阿弥陀仏の示現を受け、”一人の念仏が万人の念仏に通じる”という 自他の念仏が相即融合し合う という立場から 融通念仏を創始し、称名念仏で浄土に生まれる と説きました。その後 良忍上人は 結縁した人々の名前を記入する名帳を持参して各地で勧進を行います。勧進の途上で参籠した 摂津国四天王寺で見た霊夢から 摂津国住吉郡平野庄の領主 坂上広野の邸宅内に建てられた修楽寺に日本最初の念仏道場を開きます。この念仏道場が後に融通念仏宗の総本山 大念仏寺となります。融通念仏とは元来は合唱の念仏であったと考えられます。又 良忍上人は 仏教音楽である声明の集大成者としても有名です。

 融通念仏の最大の特徴は 観想念仏から称名念仏の重要視に変えた事で、融通念仏宗では 毎朝西方に向かって 良忍上人の説いた 十界一念・自他融通の浄土往生を期する 融通念仏を 十唱するする事を日課とします。

   今回は以上です。  

鎌倉仏教 浄土真宗

 今回は鎌倉仏教 浄土真宗に付いて書かせて頂きました。

 浄土真宗は 鎌倉仏教の宗派の一つで 法然上人に師事した親鸞を宗祖とし、阿弥陀如来の本願によって与えられる名号 ”南無阿弥陀佛” を浄土門の真実の教え 浄土真宗(浄土を顕かにする真実の教え) であるとし、本願を信じ念仏申さば仏になる と示しました。親鸞自身は 法然上人に師事出来た事を 生涯の喜びとして 独立開宗をする事は有りませんでしたが、親鸞の滅後 弟子達により 浄土真宗として教団が設立されました。しかしながら 長い間 浄土真宗の呼称は世に認められず 一向宗、や門徒宗と通称されて居りました。宗旨名が 浄土真宗として世に認められたのは 明治時代に入ってからとなります。現在の浄土真宗は 真宗教団連合に加盟する真宗十派を中心として約22,000の寺院を運営し、仏教界 最大の信徒を擁して居ります。

 親鸞聖人(見真大師 1876年追贈)は 1173年に京都で生誕、9歳で出家し その後 比叡山の学僧となり厳しい修行を積みますが 自力修行の限界を感じて 29歳の時 叡山と訣別し京都に戻ります。そして 法然の教えに触れ入門を決意し 研鑚をつみますが、1207年 後鳥羽上皇の怒りに触れ 法然は土佐へ、親鸞は越後(現在の新潟県上越市)へと配流されます。5年後に順徳天皇により 勅免の宣旨が出され流罪は解かれますが 親鸞は京都には戻らず その後20年に渡り 東国で 浄土門の真実の教え を布教し続け、62歳(63歳?)で京都に戻り、1263年 89歳で入滅しました。親鸞の生涯は 寺院を持つ事は無く、各地の道場で浄土真宗を説くことに費やされました。

 浄土真宗が 他の仏教宗派と異なるてんは 僧侶の肉食妻帯が許され、無戒であるという事です。法然は 一般の僧侶という概念や 世間内で生活する仏教徒としての規範から はみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である と説き、その教えを親鸞は実践して 公式に妻帯した初めての僧侶と成り、子ももうけました。それにより 浄土真宗では 血縁関係による血脈と 師弟関係による法脈との二つの系譜が存在する事と成りました。又 与えられる名前も 戒名ではなく 法名と言われます。そして 浄土真宗は ただ如来の働きに任せ 全ての人は往生することが出来る との教えから 宗教儀式や習俗に捉われず、報恩謝徳の念仏と聞法を大切にし、加持祈祷をおこなわない などの特徴を持ちます。

   今回は以上です。

鎌倉仏教と浄土宗

 今回は鎌倉仏教と浄土宗に付いて書かせて頂きました。

 奈良時代に中国より日本に伝来した仏教は 天皇家や貴族階級の庇護を受けて奈良・平安時代と繁栄してきましたが、一般民衆に広がることは有りませんでした。そのカラを破ったのが 比叡山の学僧であった法然上人が起した浄土宗であり、それに続く親鸞の浄土真宗、良忍の融通念仏宗、一遍の時宗、日蓮の日蓮宗などです。これらの宗教は 一般民衆を対象とした、日本人自身による独自の仏教であり、鎌倉時代の創設されました。これらの宗派と 同時期に 宋より 栄西が伝えた臨済宗、道元が伝えた曹洞宗を含めて 鎌倉仏教と言われて居ります。

 法然上人(法然房源空)は 1133年美作国久米(現在の岡山県久米郡)に生まれ、9歳で出家し、13歳で比叡山に登って学僧となります。しかしながら学僧に満足出来ず、学僧の道を捨てて 民衆の為の仏教の道を探り、源信の往生要集に影響を受けて、1175年 43歳で 専修念仏の浄土宗を開きました。法然は仏教を 厳しい修行を行い悟りを得る聖道門と、念仏を唱え極楽浄土に往生する浄土門との分け、衆生の凡夫でも行うことが可能な浄土門を選択して浄土宗を起こしました。法然の専修念仏は 古来の比叡山を含む仏教 各宗派より迫害を受け、法然自身は四国へ、弟子の親鸞は越後へ配流されますが、最期には京都に戻り、後に教本の一つとなった 一枚起請文 を起して1212年に満78歳で没します。

 法然上人の没後は 長老の信空が後継となりましたが、親鸞を含む多くの門人ごとに 親鸞の教義に対する解釈が少しずつ別れ 浄土四流など いくつもの教団が乱立する事に成ります。その後 徳川家康が江戸幕府を開くと共に 寺院諸法度の一還として 浄土宗法度が制定され 浄土宗は 京都の知恩院を門跡寺院・総本山、江戸の増上寺を大本山として 幕府より手厚い保護を受ける事となります。

明治時代に入り 廃仏棄却の混乱の中で 宗派の統合 近代化が図られ、現在は 鎮西派と西山派の二っの流れを中心にして布教活動が行われて居ります。

本尊は阿弥陀如来、脇侍は 左 観音菩薩、右 勢至菩薩となります。

   今回は以上です。

神道の参拝

 今回は神道に於ける参拝に付いて書かせて頂きました。

 神道は日本古来の宗教で、民俗信仰や自然信仰を基にし、天地に存在する自然や自然現象 神話に残る祖霊 怨念を残して死んだ者 などの中に神を見出した 八百万の神を持つ多神教です。その神と人や社会を取り結ぶ作法は祭祀であり、その祭祀を行う神聖な場所が神社です。それぞれの神社には神社固有の神が祀られて居り、神を参拝する日は 毎月 一日と十五日が良いとされて居ります。尚 神道に於いて 死は穢れである事から ご葬儀は 原則として 聖域である神社内で執り行う事が出来ません。但し 社殿前に幕で結界を張り 穢れが聖域に入らぬ様にして 執り行う事は可能です。

 参拝の心得と その流れは以下の通りですが、神社により作法が異なる場合が御座いますので、作法の表示をご確認願います。

1 神は穢れを嫌うとされて居りますので、参拝の前に 心身を清める 禊が必要です。現代であれば 参拝の前に 入浴やシャワーで身体を清潔にする事が望ましいとされます。

2 神社に到着しましたら 鳥居をくぐる前に 服装を正し、一礼をしてくぐります。

3 鳥居をくぐりましたら 参道の端を通り 手水舎に向かい 手水の作法を行います。これは 手と口を洗い清める事ですが、拍手を行う手と 祝詞を行う口と そして 心を清める 禊の意味合いを持ちます。

4 手水の作法は;

 -まず 柄杓を右手で持ち 水を汲んで その水を少し左手にかけて清めます。

 -次に 柄杓を左手に持ち替え 右手にかけて清めます。

 -柄杓を 再度 右手に持ち替え 再度すくった水を左手に受け留め その水で口を清めます。口を清めるさい 柄杓に口が触れないようにしなければ成りません。

 -以上の後 次の人の為に 使用した柄杓を洗い清めます、柄杓に水を入れ 柄杓を立てて 柄に水が掛る様にして清めます。

 -清め終わった柄杓は元の位置に伏せて戻します。

 -以上を 一連の動作で行います。

5 この後 神前へ進みます。最前と同様に 参道の中心を避けて歩きます。参道の中心は正中と呼ばれ 神の通る道とされて居ります。

6 神前では 神へのお供物として賽銭を奉納し、鈴鐘を鳴らします。これは 清らかな音色で神を呼び寄せる、神霊の発動を願う、邪気を払う、参拝者を敬虔な気持ちにさせる などの意味合いがあるとされます。

7 その後 拝礼を行います。拝礼の基本的な作法は 二拝二拍手一拝(二礼二拍手一拝)となります。

 -拝(身体を90度折り曲げる礼)を二度行う。礼(身体を45度折り曲げる礼)

 -祈念を込めて柏手を二度打ちます。

 -最期に一拝します。

 *祈願を行う場合は 二拍手と一拝の間、若しくは 一拝の後に 居住地、氏名 そして願い事を(声を出して、又は心の中で)陳べるのが一般的です。

 8 そして 正中を避けて退出し 最後に 鳥居を出た後 社殿に向かって一礼し 辞去します。

 尚 葬儀の際は 拍手は忍び手と言い 音を立てずに柏手を打ちます。又 身内に不幸があった方は 50日間を過ぎるまでは 神社参拝を控える必要が有ります。 

   今回は以上です。   

葬儀の習俗その2

 今回も葬儀の習俗に付いて書かせて頂きました。

 日本に於ける 葬儀の習俗の中で 死装束、喪服、お清めの席、拾骨についてです。

 死装束は 埋葬 或いは火葬をされる前に 故人様にお着せする衣服を指しますが、仏教では 仏弟子と成られた故人様が 修行を行う為の修行着であると共に、西方の極楽浄土へ旅する為の旅行服でもあります。従いまして 修行僧の旅姿を模した形となります。そして 着衣の色は白を基本と致します。

 日本に於ける喪服は元来は白でした。古くは 葬儀にあたり ご遺族は白を着用し、一般の参列者は然るべき晴れ着を着用して居りました。今日の様に仏事用に黒礼服を着用する習慣は 西欧列強にごする為 明治政府が推進した 欧化政策に中で 明治30年 皇室の葬儀の際 参列者に黒の礼服を着用させた事が始まりと成りました。

 仏事の中では 通夜の後の お清めの席、葬儀の後の 出立の膳、仏事の後の お斎の席 等 食事をする機会が多く有ります。これは 参列者への感謝や、故人様を偲んでの食い別れ、と共に 飲食には穢れを清める力があるとされ 参列者に死穢が伝染しない為のものでも有りました。昔は 柩を担いだ人、墓穴を掘った人、湯灌をした人には 死の穢れに染まらぬ様 食事を沢山させ、お酒を沢山飲ませたとあります。

 ご火葬の後 故人様の焼骨を拾い 骨壺の納めることを 拾骨(収骨) 或いは骨上げと言われますが、焼骨を上げる際には 二人一組で箸を使い骨をはさみます。従いまして ”箸渡し(はしわたし)” と言われますが、これは 三途の川の橋渡し に絡めて 橋を箸に絡めたものです。又 地域によっては 男女が対になり 箸を一本ずつ持って骨上げを行う場合も御座います。

   今回は以上です。

数珠

 今回は数珠(じゅず)について書かせて頂きました。

 数珠とは 108個の珠(たま)の中心に穴をあけ、この穴に糸の束を通して 輪にしたもので、仏教では法具と呼ばれます。一般的には 仏事や法要の際に、仏・菩薩・故人様の霊位などに礼拝をする時、合掌した手の親指と人指し指の間にかけます。合掌時以外は 房を下にして左手に持つか、左の手首に下げます。数珠は法具ですので 大切に取扱います、携帯の際には数珠袋や 専用の袱紗(ふくさ)に入れ、一時的に置かなければならない場合は 畳の上や 机の上に直に置かず、袱紗などの上に置く様にします。又 数珠は 個人の身代わり(お守り)となる法具で、数珠を持つ事により その人に功徳が与えられると言われ、一人一人が自分専用の数珠を持つべきとされます。尚 数珠の持ち方や、使用の作法は 宗旨により異なりますので、ご利用の前に 僧侶に確認されると良いでしょう。

 数珠は 古代インドのバラモン教で用いられた道具が原型で、釈迦により用いられ、日本へは仏教の伝来と共に伝わったとされます。その後 鎌倉時代 浄土教の称名念仏の流行とともに 数珠の使用も一般化したとされます。数珠は梵語では アクシャ・マーラーと呼ばれ、アクシャは 物をまっすぐ貫くもの、マーラーは 物を糸で繋いで重ねた物を意味し、ヒンドゥ-教では 50珠を連ねた数珠が使われます。

 仏教の数珠は 108珠を重ねたものが基本とされ、当初は 念仏の回数を数える事に使われました。その後 54珠、42珠、27珠、21珠、18珠、14珠のものが説かれて居ります。これは百八煩悩、金剛界百八尊、五十四位、四十二位、十八学人、二十七聖賢、二十一位、観音十四無畏などを象徴するものとされます。珠の形状は 丸珠、みかん珠、平珠(ろばん珠)が一般的で、素材としては ヒスイ、象牙、水晶、サンゴ、オニキス、沈香、黒檀、白檀、柘植、檜、菩提樹等が有ります。

 数珠は 仏を念ずる時に用いる珠 との意味から 念珠(ねんじゅ)とも呼ばれ、字の前後を入れ替えて 珠数と書く場合もあります。 

 数珠の形状もご宗派により異なりますので、御購入される前に 菩提寺や所属宗派の本山に 確認されることをお薦め致します。

   今回は以上です。  

戒名

 今回は戒名に付いて書かせて頂きました。

 戒名とは 仏教教団に入門し その戒律を守る事を誓った者に与えられる名前です。本来は 戒を授けられ 出家した僧侶にのみ与えられるものでした。その後 出家しない在家の檀信徒でも 授戒会の参加して戒を受ける事により、仏法に帰依した者として戒名が与えられる様になりました。更に 日本に於いては 死生観の変化により 死後に成仏するという思想の下、死後に戒名を授ける風習が生まれました(没後作僧と呼ばれます)。尚 インド仏教では戒名は無く、中国に伝わった後に生まれたと言われ、没後作僧は日本でのみ行われる習慣です。又 戒名は 浄土真宗では法名、日蓮宗では法号が正式な名称と成ります。

 江戸時代以降 寺壇制度が確立する中で、亡くなった方に授戒して戒名を与える事が一般的となります。本来 戒名は 生前に入信して授かる名前ですが、死者の場合でも 生きている者として扱い、出来るだけ早く授戒させる為 通夜式で授戒が行われます。この没後作僧は 亡くなった方を仏の弟子として浄土へ送る事を意味し、現在では 授戒は引導と共に 葬送儀礼の中心に位置付けられて居ります。没後作僧は 生前 入信に際して授かるのが本来であるが その縁が無かった者も 死後と言えども切り捨てる事無く 仏の大慈悲が存在する、と説かれます。

 戒名は 本来 寺院への貢献度、社会への貢献度、信仰の深浅、人徳 等を僧侶が判断してつけるものされて居ります。又 身分制度が有る時代に発達しましたので 院号、院殿号など 戒名に身分を表わす事も見られます。

 浄土真宗は 在家道で 教義にも戒律や授戒は無く、聞法者(もんぽうしゃ)よいう意味を込めて ”法名”と呼ばれます。

 日蓮宗は 法華経に帰依することが授戒にまさる と説かれ、法華経を受け持つことが戒をもつこと という考えから 葬儀式に授戒の作法は有りません。信仰に入った証 として法号が与えられます。

   今回は以上です。 

告別の方法(その2)

 今回も告別の方法に付いて書かせて頂きました。

 通夜、葬儀、告別式で 故人様と最後のお別れをする際、仏式であればご焼香、キリスト教や無宗教葬であれば生花の献花、神道であれば玉串拝礼が一般的です。今回は 生花の献花 及び 玉串拝礼の作法に付いて書かせて頂きます。

 生花の献花は 無宗教葬のお別れ会、キリスト教葬で焼香の代りとして(日本特有、欧米では墓地での献花)、又 仏式であっても ホテル等の公共施設で葬儀を行う場合 規則により焼香がでない為、お別れの際に利用されて居ります。

献花には 特に決められた作法が有る訳では有りませんが、通常は 献花台の横に立つ奉仕の方から 花を一輪受取り、茎を先にし 花を手前に来るようにして 献花台に置き、ご遺影に拝礼してお別れをします。又 ご遺族が居られるのであれば 献花の前と後にはご遺族に挨拶される方が良いでしょう。特に決められた作法が有る訳では有りませんので、最初に献花をされた方に従うという方法も有ります。又 献花台ではなく、オアシスを用意したケースでは そこに花を挿すかたちとなります。使用される花は 白の菊やカーネーションが一般的ですが、決まって居る訳では有りません。

 神道の神葬祭では 玉串拝礼を行います。まず 玉串は神職より受取ります。

1 玉串は胸の高さに 左手で手の平を上に向け葉の部分を下から支え、右手で手の平を下に向け榊の根元を上から持ち、左手を少し高目に肘をはって持ちます。

2 神前の玉串案の前に進み 深く頭をさげます。

3 玉串を時計方向に90度回し、左手を手前に引いて根元を持ち、祈念を込めます。

  そして 右手で玉串の中ほどを下から支え、更に90度回して、左手をはなし、右手の下に添えます。

4 一歩前に進んで、そのまま 玉串案に奉奠します。

5 拝礼をします。拝礼は 二拝、二拍手、一拝ですが、二拍手は しのび手と言い、両手を打つ寸前で止めて 音を立てない拍手で行います。

   今回は以上です。 

告別の方法

 今回は告別の方法に付いて書かせて頂きました。

 通夜、葬儀、告別式で故人様とお別れをする際、仏式であればご焼香、神式であれば玉串拝礼、キリスト教や無宗教式であれば献花が一般的でありますが、必ずしも固定概念に捉われる必要は有りません。キリスト教でも カトリック教会やルーテル教会では焼香も認められて居り、無宗教葬でご焼香をされる場合も御座います。尚 仏式では ご宗派によりご焼香の仕方が異なりますが、会葬の方々が多い場合などは時間の都合により ご宗派に係わらず ご焼香1回でお願いする場合も御座います。

 仏式のご焼香は宗派により仕方が異なりますが、その内容は以下の通りです;

天台宗

 回数は特に定めない。

真言宗

 ご焼香は3回、仏・法・僧に供養すること、戒香・定香・解脱香によって 自ら戒律を保ち、心の静寂を求めます。

浄土宗

 回数は特に定めないが 通常は ”真心を込めて一心に”1回、”身を静め、心を清める”1回、”過去 現在 未来の衆生に回向”1回の3回となります。

臨済宗

 回数に拘らない。

曹洞宗

 回数に拘らない。

日蓮宗

 ご焼香は3回、仏・法・僧の三宝供養。

浄土真宗

 本願寺派では1回、大谷派では2回、但し香を額に戴くことは致しません。

ご焼香については ご導師の宗派に合わせる考え方と、会葬者の宗派に合わせる考え方とが有りますが、これは 故人様のご宗派を尊重するか 会葬者の方の信ずる宗派を尊重するか というになります、何れが良いかは ご会葬の方の信教の自由を損なはない為に ご会葬の方の判断にお任せすべきかと考えます。

   今回は以上です。

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