霊柩車

 今回は霊柩車に付いて書かせて頂きました。

 

 霊柩車とは 貨物自動車運送事業法に定められた ”遺体の搬送を行う自動車”で、ご遺体を葬儀式場から火葬場へ移動させる際などに使用される 特殊用途自動車です。ご遺体の搬送は 国土交通省管轄の許可事業で 許可を得ていない自動車でのご遺体の搬送は出来ません(特別な場合を除き)。従いまして霊柩車のナンバープレートは青色となり、形式として 宮型、洋型、バン型、バス型の4種類が御座います。尚 俗言として ”霊柩車を見たら 親の死に目に会えなくなるので 親指を隠せ” と言われました。

 

 日本に於いて 古くは柩は人間により担がれて運ばれていましたが、明治時代に入り 大八車に乗せて運ぶ様になり、その後自動車が日本で作られる様になると トラックの荷台に宗教的な装飾を施して その上に柩を乗せて運ぶ様になり、昭和時代初期には 米国より パッカ−ドを改造した霊柩車が輸入されました。

 

 現在 宮型霊柩車は 後部に輿の様な形のデザインを施し、主としてご遺体を火葬場に搬送する為に用いられます。 

 洋型霊柩車は 欧米式の霊柩車の架装を施した形のもので、普通の車と変わらず 宮型よりもスマートで近代的と言われ 良く使用される様に成りました。宮型と同じく ご遺体を火葬場に搬送する際に用いられます。

 バン型霊柩車は 特別な外装を施さない霊柩車で 通常は病院からご自宅への搬送に用いられますが、遠隔地への搬送や ご遺族のご希望で目立たぬ様に移送する際などに用いられる、多目的のご遺体移送車です。

 バス型霊柩車は 大型のバスを使用し 柩を収めると共に 火葬場への同行者も同乗できる霊柩車です。

 

霊柩車の運賃体系は 運賃+緒料金+実費 の合計金額となります。

 

   今回は以上です。

 

返礼品

 今回は返礼品に付いて書かせて頂きました。

 

 返礼品とは 他の方から受けた好意に対する お礼のお返し品を指しますが、ご葬儀では 各種の返礼品が御座います。通夜や告別式の会葬者に対する 会葬のお礼としての”会葬返礼品”、香典を頂いた方への”香典返し”、法事などに於ける 参列者に対する お礼の”引き物”、通夜に参加して頂いたが 通夜振舞いには 出席されない方に対する 振る舞いの代りの”通夜返し”、そして 葬儀をお手伝い頂いた方々への”お礼”です。この返礼品は 供養品、あるいは 粗供養とも呼ばれ 主として 西日本地域で使われて居ります。尚 香典に対する 返礼品の金額は 3分返し(3分の1相当の品物を贈る)、若しくは 2分返し(半額相当の品物を贈る)が一般的です。又 横浜市内などの都市部では 香典返しは 通常の忌明けにお送りするのではなく、即日返し と呼ばれる 通夜・葬儀・告別式の当日にお返しするケースが増えました。

 

 葬儀では 各種の返礼品が用意されますが、これらを供養品とも呼びます。これは 仏教の葬儀においては 他者に布施をする事によって仏に徳を積み これを故人様に振り向ける べく供養をしますが、お手伝いを頂いた方々や 会葬頂いた方々に品物を振舞う事により、供養をする品 と言う事で 供養品と呼びます。通夜や葬儀の時に 会葬者へ食事、酒、菓子などを振舞うのは 故人様の滅罪を願って行われる布施のひとつで、故人様の供養につながるという考えから生まれました。又 葬儀・告別式の会葬者に 香典の有無にかかわらず振舞われた菓子などを 粗供養と言いますが、粗末な供養しか出来ませんが という謙った想いから生まれた言葉と考えられます。

 

   今回は以上です。

香典の表書き

 今回は香典の表書きに付いて書かせて頂きました。

 

 香典は 仏教の葬送に於いて、故人様の冥福を祈り、故人様の霊前にお香をお供えする代わりに 金銭ををお供えする事から始まった習慣とされて居りますが、同様の習慣が神式、そして日本に於けるキリスト教の葬送にも取り入れられました。そして その表書きは 仏式では ”御香奠”又は御香典”、神式では ”御玉串料”、キリスト教式では ”御花料”、とご記入下さい。表書きを書く際には 薄墨を使用しなければ成りません。これは 悲しみの涙で墨が薄くなってしまった と言う事を表わす為と言われます。市販のペンを使用される場合は 薄墨専用のものをご利用下さい。

 

 香典の語義は仏事に由来します。その表書きは 四十九日までは ”御霊前”、四十九日以降は ”御仏前” と書くのが正しいとされます。俗説としては どの宗教でも ”御霊前”と書いて良いと解説される事が有りますが、これは必ずしも正しくは有りません。但し 仏式の中でも ご宗派によっては 考え方が異なります。浄土真宗では 亡くなった方は 即浄土で成仏しますので、霊を認めて居りません、従いまして ”御霊前”は用いません。曹洞宗などの禅宗では 教義の中に”浄土”は有りませんので 成仏以前 という考え方は無い為 ”御仏前”と書くのが一般的です。又 表書きには特に拘らないとする宗派も御座います。お香典は 故人様に供えるのではなく、本尊である仏様に捧げる と言う意味であれば ”御仏前”となります。又 キリスト教では カトリックは ”御霊前”を許容して居りますが、プロテスタントは否定して居ります。

 

 とは言え 会葬者側の立場で考えると、必ずしも ご葬家の宗教や宗派を 良く理解した上で会葬出来るとは限りませんので、ご自分の宗旨で表書きされても良いのではないでしょうか。

 

   今回は以上です。

香典の相場

 今回は香典の相場に付いて書かせて頂きました。

 

 日本に於ける葬儀の慣習として 多額の費用が必要とされて来ました。その費用を支援する為、古くは食料や酒などを供出し、現代ではご遺族への献金という習慣が定着して居ります。この献金を 仏式の葬儀では 香典、神式の葬儀では 御玉串料(みたまぐしりょう)、キリスト教式の葬儀では お花料 と呼んで居ります。そして その金額は供出される方のお気持ちと 世間的な立場を基本と致しますが、世間一般的な相場と言われるものも存在します。その相場は故人様との血脈に合わせて考えられ、濃い方は高額で 薄くなるに従い低額となって行きます。

 

 お香典(御玉串料、お花料)として包む金額は 地域共同体の決まり、町内会の決まり、所属団体の決まり等が有る場合は その決まりに従ってご用意頂くのが良いでしょう。しかしながら 現代の都市部では この様な決まりも明確では無く、時として困惑される方も居られます。尚 包まれる方の世間的なお立場(年齢を含む)により金額は異なりますが、50歳代の方の目安は以下の通りです;

祖父母が亡くなられた場合;3万円、親御様の場合;10万円、兄弟姉妹の場合;5万円、伯父・叔母の場合;3万円、その他の親族の場合;1万円、職場の上司・同僚・その家族の場合;5千円、取引先関係の場合;1万円、友人・知人・隣人・その家族の場合;5千円 が目安となります。尚 20歳代や30歳代の方は 前記の金額−αとなります。


 仏事には偶数を使用してはいけない との言い伝えから、偶数の金額は不可とされて居りましたが、1万円の次は3万円となり、その差が大きい事から 1万円よりもう少し多くとお考えの方は 2万円という金額も許される様になりました。又 お香典には新札を使用してはならない という不文律が有りますが、これは あたかも事前に準備していた様で失礼に当るとの事によります。とは言え ボロボロのお札を包む訳には行きませんので、新札を使用する場合は かるく折り目を付けた上で使用します。


   今回は以上です。

 

香典の歴史

 今回は御香典の歴史に付いて書かせて頂きました。

 

 香典は 仏式の葬儀等に於いて 故人様の霊前に供える金品をいいます。古くには 香奠と書かれました、香は 香・線香に代わるものという意味であり、奠は霊前に供える金品を意味します。香奠は元来 米などの食料が一般的でしたが、室町時代後期に武士階級が金銭による香奠を出したことが記録されております。とはいえ その後も長い間 香奠は食料や酒などをもちよる習慣が続いて居りました。明治時代に入り、都市部を中心に金銭香奠の習慣が広まり、第二次世界大戦後は農村部を含めて 金銭香奠が普及する事と成りました。

 

 江戸時代 日本国民は全て仏教徒であり、葬儀は その地域共同体の重要な行事でした。そして ご葬家は 葬儀の期間中 故人様の成仏を願い、故人様の滅罪するためのお布施として 人々に食事を振舞いました。当時の記録として 地域の共同体に属する人々は 葬儀のお手伝いをすると共に、子供を含めて 葬儀の期間は ご葬家の振る舞いに与り、自宅で食事をとる事はなかった、という記録も存在します。この 振る舞いの為の飲食料を用意する必要から、親族は多量の飲食料を提供しなければ成りませんでした。これが 親族香奠です。親族香奠は 血縁の深い方がより多くの食料を提供し、血縁な薄くなるに合わせて少なくなるルールでした。又 近隣の人々は自分達の食する分を持ちよりました。これが 村香奠です。現在の金銭香奠でも 親族香奠や村香奠の考え方が踏襲されております。

 

 葬儀を出すには 近隣の方々に振る舞いをしなければ成らず、多額の出費をご葬家や親族は負担しなければ成りませんでした。従いまして 貧しい家では 葬儀をだせない という事態も起こり得ますが、香奠はこの様な事態を回避せる為の 相互扶助として大切な意味を持つものでも有ります。


   今回は以上です。 

献花による告別

 今回は献花による告別に付いて書かせて頂きました。

 

 献花による告別は 日本に於けるキリスト教葬、無宗教葬、ホテルで行う仏教葬(ホテル内では焼香が行えない為)などで行われております。使用される生花は @一輪咲きの花、A茎がしっかりしている、B持ち易い長さがある、C白色の品種、などの条件を満たす生花としてカーネーションや菊の花等が使用されます。又 バラはトゲがあるので使用してはいけない と言う説も有りますが、ご遺族のご希望があれば トゲを全て取り除いた上で使用する事も可能です。

 

 本来 キリスト教葬では 献花の習慣は有りません(埋葬時の献花はあります)。これは キリスト教に於いて ”捧げもの”は 主(神)にするものであって、人にするものではない という基本の考え方がある為です。しかしながら 日本に於いては 仏教葬の焼香、或いは 神道葬の玉串拝礼に代る何かが欲しいとの 信徒の希望から、生花の献花が生み出されました。従いまして キリスト教葬の献花は日本独特の習慣です。献花に使用される生花は 白のカーネーションが一般的ですが、これは 菊は仏教葬のイメージが強い事、バラにはトゲある事などからカーネーションが選ばれた様です。献花の作法は 特に決められた形は有りません。多くの場合 参列者は係の方から一輪の生花を頂き、一人ずつ式場の前に進み、ご遺影の前に造られた献花台の上に置いて 黙祷を捧げた上で下がります。生花をどちらの方向に向けて置くかは 前の方に従って置かれるのが良いと考えます。 


 無宗教葬の場合も 故人様との告別には献花により行われるのが一般的です。しかしながら ご遺族のご希望によっては 焼香により行うケースも御座います。又 ご遺族のご希望によっては 生花を献花台に置くのではなく、ご遺影の前にオアシスを作って そこに生花を挿すなどの形も御座います。


   今回は以上です。

神道・キリスト教の告別

 今回は神道やキリスト教の告別に付いて書かせて頂きました。

 

 仏式のご葬儀では 故人様との告別は焼香により行いますが、神道では 玉串拝礼、日本に於けるキリスト教では 生花の献花 により行うのが一般的です。又 無宗教でのご葬儀(お別れ会等)では 生花の献花 が一般的ですが、ご遺族のご希望によっては 焼香で行う場合も御座います。尚 告別をご遺族の宗教で行うべきか、会葬者御自身の信ずる宗教で行うべきか との議論が有りますが、会葬者の方の信教の自由を考える時、会葬者の方の判断に任せるべきかと考えます。例えば キリスト教を信仰する方が 仏式の葬儀に参列される時、焼香はせずに 黙祷により告別される事で良いのではないでしょうか。

 

 神道の神葬祭では故人様との告別は玉串拝礼により行います。玉串は 神霊を迎える為の依代ですが、玉串を捧げて祈る人の気持ちが込められる事により、祀られる神と 祀る人との霊性を合わせる仲立ちとしての役割を果たす供物であると考えられます。玉串奉奠は 神職より玉串を受取り、右手で榊の根元の方を上から 左手で先の方を下から支え 胸の高さに 少し肘を張って持ちます。そして 玉串案の前に進み 深く拝礼します、玉串の先を時計方向に90度回し、左手を下げて根元を持ち、祈念を込めます。右手で玉串の中程下から支え、玉串を更に90度回して根元を神前に向け、左手を放して右手の下に添えます。玉串案の上に奉奠します。最後の拝礼は 二拝二拍手一拝で行いますが、二拍手は 両手を打つ寸前で止めて 音をたてない しのび手により行います。

 

 今回は以上です。生花の献花に付いては次回書かせて頂きます。

告別の作法

 今回は告別の作法に付いて書かせて頂きました。

 

 日本に於いて 葬儀・告別式・その他で 故人様とのお別れに当っては いくつかの方法が有ります。基本的には 営みの基本となる宗教によります。仏式の告別であれば”焼香”、神式であれば”玉串拝礼”、キリスト教式であれば”生花の献花”、無宗教葬の場合も”生花の献花”が一般的です。但し キリスト教葬の本来では 告別の考え方が異なりますので、決められた告別の作法は有りません。献花の習慣は日本でのみ行われる 焼香に代わる作法です。従いまして キリスト教の特定宗派では焼香を行う場合もがざいます。又 無宗教葬では ご遺族のご希望により 献花ではなく、焼香を行う場合も御座います。

 

 仏式のご葬儀・告別式に於ける 告別の作法は焼香ですが、その仕方は宗派により異なります。以下にその概要をまとめました;

天台宗; 焼香の回数については特に定めはありません。

真言宗; 通常は3回。仏・法・僧に供養すること、身・口・意の三密修行に精進すること、戒香・定香・解脱香と言って 自らが戒律を守り 心の静寂を求めることができる功徳があると 説かれます。

浄土宗; 特に定めはありませんが、真心をこめて一心に で一回、身を静めて 一回、心を清めるのに 一回 の3回と説かれます。

臨済宗; 焼香の回数に拘らない。

曹洞宗; 焼香の回数に拘らない。

日蓮宗; 通常は3回、仏・法・僧の三宝供養とも、空・仮・中の参諦(さんだい)にならうとも説かれます。

浄土真宗; 焼香は自身の身心を清めるため と説かれ、他の宗派と相違し 香を額に戴くことはしません。本願寺派(西)では1回、大谷派(東)では2回行います。

 

   今回は以上です。

死亡広告

 今回は死亡広告に付いて書かせて頂きました。

 

 死亡広告とは ご遺族様のご希望に従い 故人様のご逝去を広く告知する為に、新聞等のメディアに依頼する有償の広告です。通常は黒枠で囲みますので 黒枠広告、あるいは お悔み欄 などとも呼ばれて居ります。その内容は 故人様の氏名、肩書、ご逝去の日時、葬儀・告別式の日時・場所を告知するのが 主たる目的です。記載する内容の標準的 形式は有りますが、決まったものでは有りません。又 最近の 無宗教葬などでは 黒枠は用いず、表現の仕方も自由な文章で広告するケースが増えて居ります。尚 日本に於いて最初に死亡広告が掲載されたのは 1873年(明治6年)1月14日発行の 日新真事誌における 外務少輔 上野景範 ご尊父の死亡広告とされて居ります。


 死亡広告は 全国紙、地方紙、ブロック紙等のなかから 故人様のお立場に合わせてお選び頂き広告します。広告の原稿は下記の様な点に注意して作成します。

1 葬儀式と告別式を分離して行う場合は 其々の時間を明記します。これは 葬儀式の時間だけの表示では 一般会葬者の方々が葬儀式の間 待機しなければならない事を避ける為です。

2 供花、供物、香典の扱いに付いて明記します。特に記載しない場合は 受け取る 事を意味します。

3 一般的に死亡広告の文章には句読点を用いません。

4 故人様の氏名の後に 〇〇〇〇儀として 儀の文字を付けますが、これは 手紙に於ける 私儀と同様の意味を持ちます。故人様の事柄は身内の事ゆえ 氏名の後ろに 殿や様をつけるわけには行きませんが、故人様を尊ぶ心理から儀の文字を付けたと考えられます。


   今回は以上です。 

葬儀の相談

 今回はご葬儀のご相談に付いて書かせて頂きました。

 

 ご葬儀のご相談は 以前は事前相談はタブーの様に考えられ、御家族が亡くなられて際には 隣組の方々や病院からご紹介された 葬儀社に依頼することを前提として、ご相談する形が一般的でした。しかしながら 昨今では 事前相談のタブー視も無くなり、葬儀社の宣伝広告もしばしば見かける様になり、インターネットによりご希望とする葬儀社を見つけ出す事も難しく無くなりました。又 ご相談に当っても、依頼を前提とはせずに ご希望を伝え、見積りを入手した上で 葬儀社をお決め頂く事が出来る時代となりました。

 

 ご葬儀のご相談は 依頼を前提として行う必要は御座いません。そして まずは 故人様に対する想い入れと、どの様なお見送りをされたいのか お話頂く事が大切です。その上で 知りたい事や疑問点を良く確認頂きます。普通 喪主をされる機会はそれ程多く有りません、こんな事を聞いても良いのだろうか などとは考えずに どんな事でも 不明な点は ご確認頂く事が重要です。その上で 葬儀社より 見積書を受取り、ご検討頂く事となります。数社の葬儀社から見積を取って ご検討頂くケースも一般的となりつつ有ります。尚 見積書には お料理や返礼品などの 変動費も 前提条件と予測数字が記載されなければ成りません。

 

 日本消費者協会の調査による、消費者が葬儀に付いて知りたい事項は以下の通りでした。

葬儀に付いて知りたい事項;

 1 葬儀の手順など一般的事項  38.6%

 2 葬儀費用(料金)について   37.3%

 3 葬儀の前に準備しておく事   24.5%

 4 心構え            7.7%

 5 葬儀を依頼する先に付いて   5.2%

町内会など地域共同体が葬儀の運営主体であった時代には 地域ごとに葬儀の仕方が決められて居り、又 手伝いの形で葬儀に参加する機会も多く有りました。しかしながら 葬儀の運営が 葬儀社に委ねられる様になると、お手伝いの部分も受付などの 特定の部分に限られ、葬儀に係わる度合は少なくなり、葬儀の仕方に関する知識を得る機会は大変少なくなりました。従いまして 一般の方々の 葬儀に関する知識や経験が乏しいのは当然の事ですので、不安を感じる事の無い様、どんな事柄でも確認される事をお薦め致します。

 

   今回は以上です。  

死亡の告知

 今回は死亡の告知に付いて書かせて頂きました。

 

 ご家族のどなたかが ご逝去された場合、ご家族だけでお見送りする密葬のケースを除いては、故人様のご逝去を広く社会に告知する事が一般的です。告知の方法と致しましては 故人様ご逝去のお知らせを 友人・知人間で回覧頂く形、死亡記事、死亡広告等の方法が御座います。

 

 故人様ご逝去の告知に当たりましては、何れの形でも 下記の要点を含む形で作成します;

1 故人様に関する事項

  故人様氏名、肩書、死亡日時、死因(省略可)、死亡場所(省略可)、死亡時年齢(満年齢)。

2 通夜、葬儀、告別式に関する事項

  通夜、葬儀、告別式の場所(住所)と日時。

3 喪主様に関する事項

  喪主様氏名、喪主様と故人様との関係、ご自宅住所。

4 その他

  指定の服装(省略可)、供花 供物 香典の取扱い等。

 

 新聞 その他の媒体を使用した告知の方法として 死亡記事、死亡広告などが有ります。死亡記事は 新聞社等 媒体の掲載基準に従って掲載される記事で 費用負担は発生しません。死亡広告は 記載する内容に合わせてスペースを有料で確保する告知方法です。

 

 死亡記事は 新聞社により掲載基準が異なり 掲載内容も異なります。横浜市内の場合 全国紙での掲載は かなり制限が有りますが、神奈川新聞ではかなり協力的に処理してもらえます。いずれにしろ 新聞社指定の広告代理店があり、指定のフォーマットに記入をして代理店に送ると、新聞社に転送してくれ、新聞社の判断待ちとなります。掲載が決定すると 新聞社から確認の連絡が入ります。

 

 死亡広告は 掲載スペースと、掲載内容により料金が異なります。又 新聞社によっても広告料金は異なりますので、どの様な内容を どの新聞に載せるか決めた上で、料金をご確認下さい。

 

   今回は以上です。

追善供養

 今回は追善供養に付いて書かせて頂きました。

 

 追善供養とは 亡くなられた方の命日に 故人様の冥福を祈って 法要を営み 供養する事を称します。本来 法要とは 仏教に於いて 釈迦の教えである 仏法の要点・肝要を知る事を指して居りましたが、次第に 法事・仏事・法会などの儀式祭礼などの仏教行事一般を示すようになり、特に日本に於いては 死者の冥福を祈る 追善供養を指し示す様になりました。法事(ほうじ)、仏事(ぶつじ)とも言います。尚 法要は 死者を弔う儀式の他に、寺の創立記念日 落慶(新しいいお堂の完成記念) 仏像の開眼式のどの慶事にも営まれます。

 

 四十九日、一周忌、三回忌などの法事を営む際には 御身内だけで営むのであれば電話連絡で構いませんが、関係者にもお集まり頂く場合は 案内状を出状し、出欠の確認とる方が良いでしょう。法事にご招待するお客様の範囲に特定の決まりは有りません。故人様との関係、御家庭の事情などを考慮して慎重にお決め頂くの良いでしょう。法事の場所は 自宅 若しくは寺院で行うのが一般的ですが、最近では 斎場 ホテル 料理屋をご利用されるケースも多くなりました。

 

 ご自宅で営む場合は ご仏壇の前に打敷を敷き 五具足を用意するのが正式とされます。香炉を中央に置き その左右に花立て 更に外側の左右に火立て(燭台)を配置します。御供物は 仏飯 餅 菓子 果物などです。お供えする花は 原則として赤などの華美なお花は避け、ロウソクも白を原則とします。そして 故人様のお位牌、過去帳を仏壇の最下段に安置します。

 

 法事は 先に関係者が着席をして僧侶を迎え、読経、焼香、法話が営まれます。法要が終りますと 会食となりますが これを”お斎”(おとき)と言います。お斎の席では まず 施主様が挨拶をし 会食となります。席次は 僧侶を上席とし、御家族は末席とします。お斎の料理は 古くは肉食は避けて 菜食の精進料理とされましたが、現在ではあまり拘る必要は御座いません。

 

   今回は以上です。

中陰

 今回は故人様が御逝去されてからの四十九日間、中陰(ちゅういん)に付いて書かせて頂きました。

 

 中陰とは 輪廻転生を前提とする仏教に於いて、人が亡くなってから 次の生を受けるまでの四十九日間を指します。死者は今生と後生の中間に居る事から、中陰 或いは中有(ちゅうう)と言われます。又 日本独自の死生観として、死者があの世に旅立つ期間とも解釈されます。尚 四十九日は 七日間を七回繰り返す事によりますが、これは 古代インド文明では七進法(七毎に桁上がりする)が用いられていた事に起因します。

 

 古代インド文明では 人間を含む動物は輪廻転生すると考えられて居りました。この世に誕生した瞬間が 生有(しょうう)、この世で生きている間が本有(ほんう)、死の瞬間が死有(しう)、死んだ後に次の生を得るまでの期間を中有 若しくは中陰と呼び その期間は四十九日間とされました。インドに於ける輪廻の思想では 故人の没後 四十九日目に次の六道中(天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のどの世界に生まれ変わるかが決まると考えられて居り、生まれ変わり先を決める為の審判が七日毎に行われ、生前の罪が裁かれますが、罪が重いと魂を清める為に地獄道に落とされます。但し ご遺族の読経の声が審判官に届く事により その罪は赦されるとされて、七日毎に行われる審判に合わせて中陰法要を行う事と成りました。

 

 中陰の期間は 故人様の死の穢れが強い期間であるとされ、死穢が他の方々に移らぬ様 ご遺族は外出などを控えて 自宅に籠り謹慎するものとされます。これを 忌中と言います。四十九日法要が営まれ その終了と共に 忌明けとなり、生活は通常生活へ戻る事となります。

 

   今回は以上です。

十王信仰

 今回は十王信仰に付いて書かせて頂きました。

 

 十王信仰とは 人間などの衆生は 特別な善人かよほどの悪人で無い限りは、没後に中陰と呼ばれる存在となり、初七日から七七日までのまでの7回と 百ヶ日、一周忌、三回忌の3回、合わせて十回、それぞれ決められた王の裁きを受けて、六道の何れかに輪廻するが、遺族の追善供養により地獄に堕ちる事を免れる とされる信仰です。日本では 恵心僧都源信により記された”往生要集”により紹介され、11世紀以降に全国に広まりました。一般には 閻魔に対する信仰と理解されて居りますが、正確には 閻魔の他 九王を加えた信仰です。

 

 十王信仰は 10世紀 中国に於いて、インドから伝来した仏教に道教の思想が加味されて作り上げられたと言われます。

 

 初七日には 秦広王(しんこうおう、本地;不動明王)(本地とはおおもとの仏を意味します)の審判を受け、判定の定まらない者は三途の川を渡ります。二七日には初江王(しょこうおう、本地;釈迦如来)の審判を受け、三七日には 宋帝王(そうていおう、本地;文珠菩薩)、四七日には 五官王(ごかんおう、本地;普賢菩薩)、五七日には 閻魔王(えんまおう、本地;地蔵菩薩)、六七日には 変成王(へんじょうおう、本地;弥勒菩薩)、七七日(四十九日)には 泰山王(たいざんおう、本地;薬師如来)の審判を受けます。この王の下で 地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の 六道のいずれかが決定されますので、四十九日の追善供養は特に懇ろに行う必要がある と説かれます。ここでも判定が定まらない場合は 百ヶ日に平等王(びょうどうおう、本地;観世音菩薩)、ここでも定まらない場合は 一周忌に 都市王(としおう、本地;勢至菩薩)、そして 三回忌に 五道転輪王(ごどうてんりんおう、本地;阿弥陀如来)の判定を受けますが、これまでに十分な追善供養がされていれば ここで成仏できるとされます。

 

   今回は以上です。 

法要

 今回は故人様の供養の為の法要に付いて書かせて頂きました。

 

 法要の本来の意味は 釈尊の教え(仏法)を知る事、或いは 仏法の要点・肝要を知る事を意味します。そして 時代の変化と共に 理解が変わり 現在では 法事・仏事・法会などの仏教行事一般の事を指す様になり、私ども一般社会の中では 故人様を弔う 追善供養の儀式を指す事と成りました。日本では古くより死者供養を大切とする文化が醸成されて居り、法要(追善供養)は御家庭の大切な行事の一つとなって居ります。法事、仏事とも言います。

 

 死者供養の歴史は インドに始まり、中国を経て日本に伝わり、更に日本独自の考えを加えて、現在の形が出来上がって居ります。四十九日までの中陰の七仏事(初七日、二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、七七日)はインドに起源をもちます。その後 中国に於いて 百ヶ日、一周忌、三回忌(満2年目)の三仏事が加わり10仏事と成りました。そして 日本に於いて 七回忌、十三回忌、三十三回忌の弔い上げが加わり十三仏事となりました。更に 近世に十七回忌と二十五回忌が加わり、15仏事と言われる現在の形が出来上がりました。尚 お寺様によっては二十三回忌と二十七回忌を加えて十七仏事で追善供養を行う場合も御座います。

 

 七回忌(満6年目の命日)は 仏教に於い 七が節目の数字となる事から設定され、十三回忌は 七回忌から七年目である事から、十七回忌は 七の数字が付く事から設定されたと言われて居ります。三十三回忌 若しくは 五十回忌をもって”弔い上げ”となります。弔い上げとは 死者は個性を失い、祖霊になることで、”ほとけからかみになる”とも言われ、仏壇から戒名を書いたお位牌を下げ、以降は ”〇〇家先祖の霊”のお位牌となります。

 

   今回は以上です。

葬儀後のご相談

 今回は葬儀後の各種ご相談事に付いて書かせて頂きました。

 

 ご遺族様のとって葬送儀礼(葬儀)は 通夜・葬儀・告別式の2日間で終るのではなく、その後も悲しみの中で ”喪”のときを過さねばなりません。又 故人様のご逝去に伴う各種届け出なども行わなければ成りません。この様な時 以前であれば 地域社会やご親族の長老が各種のフォロ−をしてくれました。しかしながら 現代の核家族化、少子高齢化の時代には従来と同じ事を期待する事が出来ません。その様な中では 葬儀社が 地域社会に代わって ご葬儀後のお手伝いをしなければ成らないと考えて居ります。

 

 ご葬儀後のご相談項目と致しましては 節目毎の法要、香典返し、御仏壇、お墓、そして 死後の手続きなどが御座います。

 

 節目毎の法要と致しましては 初七日を始めとする7日毎の法要と四十九日の忌明け法要、納骨、100日法要、一周忌、三周忌、‥‥‥五十回忌・弔い上げの法要までとなりますが、一般的には 初七日法要は葬儀・告別式と同日に行い、二七日から六七日法要は行わず、四十九日法要と納骨を行い、次は一周忌法要となります。これらの法要の段取りをご遺族様のご希望に合わせて企画させて頂きます。


 香典返しは 現在の横浜では 即返しが一般的で告別式の式場でお返しをしますが、改めてお返しをする場合は香典帳を整理して、お返しの品物を決め、然るべき業者に委託しなければ成りません。このお手伝いも葬儀社でさせて頂きます。


 御仏壇や墓地をお持ちで無い場合も 葬儀社では ご遺族のご希望に合わせたご仏壇を提供出来る仏具店、ご希望に沿った霊園をご紹介する事がかのうです。


 故人様 御逝去の届け出は 市区町村役所が主となり、現在の役所では然るべく丁寧に手続きの指導をしてくれます。又 必要であれば葬儀社がお手伝いの為 同行する事も可能です。


 現代の葬儀社は 葬儀前は勿論、葬儀後もご遺族様のご希望に合わせて、必要なお手伝いをする事が可能ですが、ご依頼される場合は 有償・無償を明確に確認し、有償であれば 事前に見積書をお取り頂く事をお薦め致します。


   今回は以上です。

後飾り壇

 今回は後飾り壇に付いて書かせて頂きました。

 

 後飾り壇とは 葬祭儀礼の中で使用される祭壇のひとつで、ご遺体を火葬した後 墓所にご納骨されるまでの間 御自宅にご遺骨を安置しておく為に設けられる祭壇です。仏式では 四十九日法要までの”中陰”の間に使用される事から 中陰壇とも呼ばれます。後飾り壇に飾られるものは ご遺骨、白木位牌(白木霊璽)、ご遺影を中心として 仏具 若しくは神具とお供え物となりますが、宗旨 宗派 地域により異なりますので、ご指導頂いた僧職 若しくは神職にご確認下さい。

 

 後飾り壇は ご遺骨が火葬場からお戻り頂いた時 安置出来る様 設営されます。仏式の祭壇であれば、2段 若しくは3段の小机に白布をかけ、上段にご遺骨と白木のお位牌を安置し、下段の奥に御遺影を置き、その前に 三具足(火立て、香炉、花立て)と鈴(りん)を配置します。香炉を中央に、火立て(燈台)を右奥に、鈴を右前に、花立てを左奥に配置し、故人様の好物等のお供え物を左前に飾ります。又 ご葬儀で使用した 生花やお供え物は整理をして 後飾り壇の左右にお飾りします。尚 後飾り壇を設営する場所は 仏間であれば 仏壇の前 又は横に、居間であれば床の間などが一般的です。

 

 神式の後飾り壇は 白木の八脚案(八本の脚のついた台(案))を2段にして祭壇とします。上段に ご遺骨 白木の霊璽を安置し、下段奥にご遺影を置き その前に 洗米 塩 お神酒 榊を収めた花瓶 とその他のお供え物を配置します。

 

 キリスト教式の後飾り壇の場合は 特に定まった決まりは有りませんが、小机を用意し、その上に ご遺骨 ご遺影 燭台 お供え物などを配置します。

 

   今回は以上です。

精進落とし(直会)

 今回は精進落とし(神道では直会)について書かせて頂きました。

 

 精進落としとは 本来は 御家族の不幸、寺社巡礼、祭礼、神事など 精進潔斎が必要な行事が終了した後に 肉 酒等の摂守を再開する事を指します。ご家族に不幸があり四十九日(中陰)の間 通常の食事を断って精進料理を摂っていた方が 忌明けと共に精進料理から通常の料理に戻す事を指します。尚 浄土真宗では精進落としとは言いません。又 地域によりましては 精進上げ、精進落ち、精進明け、お斎(とき)などとも呼ばれ、神道では直会(なおらい)と呼ばれます。

 

 現代では 御葬儀・告別式、ご火葬、初七日法要を終えた後に設ける宴席を 精進落としと言う様になりました。現代の精進落としの宴席は本来の 精進料理から通常料理への切り替えの意味と共に、1 僧侶等の宗教者、お手伝い頂いた方々への感謝の席、2 故人様を偲んで食事をし お話をして交わる席、とも成りました。特に横浜市営斎場では 都合により ご火葬後に初七日を行う式場が無い為、葬儀式・告別式の後に続けて初七日法要を執り行い、ご火葬中の待ち時間(1時間+)の間に精進落としの宴席を設けるのが一般的となって居ります。

 

 ご火葬が始まりましたら あらかじめ お願いした方々に控室にお集まり頂き、宗教者を上席にご遺族は末席にお座り頂いて会食となります。精進落としの宴席での式次第としては 特に決まりは御座いませんが、喪主様のご挨拶 ご親族の長老の方による献杯(浄土真宗では献杯とは言いません)の音頭により会食が始まります。お料理は 出席者の数が確定している場合はお料理膳で、数が確定しない場合は 大皿料理を用意します。又 喪主様、ご遺族の方々は 会食の間 席を回ってお礼の言葉を述べると共に、お好みの飲物をお勧めします。宴席は拾骨室への移動を持って閉宴となります。

 

   今回は以上です。

骨壺

 今回はお骨壺に付いて書かせて頂きました。

 

 お骨壺とは 故人様のご火葬後の焼骨を収める為の容器を指します。一般的には 白の陶磁器、絵付けされた陶磁器、キリスト教では十字架が刻まれた陶磁器等が使用されます。又 ご葬家のご希望に合わせて 金属製、大理石を使用した容器もご利用頂けます。お骨壺の大きさは 全部拾骨、部分拾骨、分骨などに合わせて その大きさが異なります。収骨の後は お骨壺は桐箱に収められ 白布に包まれてご遺族に引き渡されます。尚 桐箱にはお骨壺と共に埋葬許可証も収められるのが一般的です。

 

 お骨壺は 古代に於いては 蔵骨器と呼ばれ、土師器(はじき)や須恵器(すえき)の甕を転用したものの他、石をくり抜いた物や金属製の容器なども利用されて居りました。これらの容器の蓋や本体には銘文などが刻印されているケースも多く、貴重な古代の歴史史料となっても居ります。更に 中世に於いては 常滑焼、瀬戸焼、信楽焼など大衆的な陶器も使われるようになりました。

 

 東日本に於いてはご火葬された焼骨の全てを収骨する 全部拾骨が一般的でお骨壺も大き目な容器を使用しますが、西日本では 特定部分のみを収骨する部分拾骨が主流ですので 使用される容器は小さ目な物となります。部分拾骨を行う為には 残存焼骨を後日請求しない という誓約書を入れて許可されます。尚 残存の焼骨は共同墓地に埋葬される事となります。又 沖縄では 厨子甕と呼ばれる石製、あるいは陶器製のお骨壺が使用される場合も有ります。厨子甕は それ自体が礼拝の対象となる様な外見を有したお骨壺です。


   今回は以上です。


お骨揚げ

 今回はお骨揚げについて書かせて頂きました。

 

 お骨揚げとは 荼毘(火葬)に付した故人様の焼骨を拾い上げ、お骨壺に納める事を言います。お骨揚げは拾骨(しゅうこつ)、収骨(しゅうこつ)とも呼ばれ、又 お骨上げと書かれる場合も御座います。厳密に言うと 拾骨は 焼骨を拾う事を指し、収骨は 拾い上げた焼骨をお骨壺等に収める事を指しますが、特に使い分けられる事は無い様です。ご遺族によるお骨揚げの習慣は日本独特の儀礼と言われて居ります。このため 欧米ではお骨の原型が残らぬ様 骨灰になるまで焼かれますが、日本ではご遺骨の形がきれいに残る様 焼かれる事が大切とされます。

 

 横浜市内の火葬場では ご遺体の火葬が終り、火葬炉の冷却が始まると 控室に ”間もなく拾骨です” との連絡が入り、ご遺族の方々には拾骨室への移動の準備をお願いする事となります。そして 火葬炉の冷却が終ると ”〇〇家のご遺族様 拾骨室へお集まり下さい” とのアナウンスを受けて 拾骨室に集合頂きます。拾骨室では まず最初に係員の指示に基ずいて 喪主様以下2名の方は 火葬炉にて 火葬後の状態を確認して頂きます。その上で 係員は全ての焼骨を火葬炉から容器に収めて拾骨室に運び お骨揚げが始まります。


 お骨揚げは 古くには 箸渡しと呼ばれ 一人がご遺骨を箸で持ち 順に次の人に渡して行き、最後に骨袋 若しくは骨壺にお納めする形でしたが、現在では 二人一組でご遺骨を持ち上げ、お骨壺に収める形が一般的となって居ります。箸渡しは 箸と橋は音読みが同じところから、故人様をこの世からあの世へ 三途の川の橋渡しを皆でお手伝いする との願いが込められて居ると言われます。


  今回は以上です。

火葬

 今回はご出棺の後の火葬に付いて書かせて頂きました。

 

 霊柩車が火葬場に到着しましたら 火葬場係員が用意した台車にお柩を移し、火葬炉前へと進みます。その際 お柩の後ろには僧職を先頭に位牌を保持した喪主様 ご遺影を持つご遺族 そしてご親族・友人・知人と続きます。炉前に到着しますと 僧侶の読経 そして 焼香を行い、火葬が始まります。ご火葬の時間は 横浜市内の火葬場では1時間前後が必要と成ります。火葬が終了すると係員の指示の下 拾骨を行い、故人様の焼骨は全て お骨壺の中に収容され ご自宅にお持ち帰り頂く事と成ります。

 

 火葬場に到着した後 お柩は丁重に移動用の台車にお移しし、炉前へと移動しますが、横浜市内の火葬場では ご火葬の前に最後のお別れをする事が出来ます。故人様のご遺体と面談し、お柩の中に ご遺体と共にご火葬を希望する品物をお納めする事も可能です。そして お柩は火葬炉内に納められ 仏式であれば僧侶による読経、神式であれば神官による祝詞、キリスト教式であれば司祭・牧師によるお祈りをあげて頂き、ご火葬が始まります。その後に 焼香 玉串奉奠を行って、ご火葬の終了を控室でお待ち頂く事と成ります。

 

 ご火葬の時間は横浜市内の火葬場の場合、1時間前後が必要となりますが、この間 控室でお休み頂く事と成ります。横浜市営斎場をご利用されたご葬家では 葬儀・告別式に加えて初七日法要も行われて居りますので この時間を利用して 精進落とし席とされるのが一般的です。


   今回は以上です。

 

 

出棺

 今回は出棺に付いて書かせて頂きました。

 

 出棺とは 葬儀・告別式を終えた後に、火葬場に向けてお柩を式場からお運び出すことを指します。式場がご自宅の場合は ご自宅からの出棺となり、お柩は霊柩車にお乗せして火葬場にお運びする事と成ります。私設の式場の場合もご自宅からの出棺と同様となります。火葬場が併設された 横浜市営斎場、若しくは 西寺尾斎場の場合は 斎場からのご出棺の後は霊柩車は使用せず、徒歩での移動となります。ご出棺の際には 故人様と関係の深かった若い男の方々の手をお借りして、お柩をお運びします。

 

 ご自宅からの出棺の場合、古くから習俗として、玄関からでは無く 窓や縁側から運び出したり 仮の門を設けてそこからお柩を運び出す事もあります。これは 死霊に対する恐怖心から、死霊がふたたび家に戻る事が無い様にとの気持ちの現れであるとも、死は非日常の事柄であるので 日常とは逆のことをしなければ成らず 通常の出入り口げある玄関や門を用いてはならないと言われて居ります。又 出棺に当って 故人様が生前使用していた茶碗を割ると言う習俗も御座います。これも 死霊に対する恐怖心から 死霊が戻らぬ様にする為とも、来世でこの茶碗が使用出来るようにする為とも、言われます。何れにしろ 故人様の蘇生断念する為の儀式であったと考えられます。更に 式場を出る際も、霊柩車にお乗せする際も、足側が先にくる様にするのがセオリーです。これは 故人様が家に帰って来ぬ様にとの願いが込められていると言われます。

 

 ご出棺の際は お柩を霊柩車にお乗せした後 ご遺族は 会葬者の方々に向かって横一列に並び、喪主様 もしくはご遺族代表がご挨拶します。挨拶のときは ご遺族は お位牌と御遺影を会葬の方々に向けて持ようにし、終わりましたら一礼して出棺となります。火葬場に向かう車には 喪主様がお位牌を持ち、ご遺族様が御遺影を持って乗車します。火葬場には ご遺族・ご親族・そして故人様と特に親しかった方が同行します。

 

   今回は以上です。

 

骨葬

 今回は骨葬に付いて書かせて頂きました。

 

 骨葬とは ご遺体のご火葬を事前に行い、葬儀・告別式をその焼骨を対象として執り行うお見送りです。それに対し 現在 横浜で一般的に行われている ご遺体を安置して行う葬儀・告別式を遺体葬を言います。骨葬は東北地方を中心に北海道や九州の一部で行われて居りますが、葬儀は重要な儀式であり 然るべく盛大に執り行われなければ成りませんが、その準備に時間を要する場合 ご遺体の保全技術が未熟であった以前には先にご火葬をせざるを得なかった事によります。骨葬の習俗は 火葬炉の利用は一般化されましたが、ご遺体保全は難しかった、大正時代より始まりました。

 

 骨葬を行う地域は 東北・北海道が中心となって居りますが、この地域は夏が短く 農作業はこの短い間に集中して行わなければならず、盛大な葬儀は農閑期に改めて行わざるを得なかった事情によります。又 漁師町などでは 平時は男性が居らず、どなたかが亡くなると まずご火葬を行って、ご葬儀は船が戻ってご親族がそろってから 改めて行う事になります。又 変わった事例と致しましては 函館大火が有ります。昭和9年3月 函館市では瞬間最大風速39m/秒の風な吹く中、住吉町から出火し その火は瞬く間に全市に燃え広がり、死者2千百人、重軽症者9千5百人の大惨事と成りました。このとき 全ての死者は ご火葬され、そのご遺骨がご家族に渡されて それぞれご葬儀が営まれました。この時以来 函館市では 骨葬が一般的と成りました。


 骨葬の地域では 本通夜に先立ってご火葬をする地域もありますが、午前中にご火葬に付し 午後に葬儀・告別式を行い、その後 菩提寺で納骨するのが一般的です。又 ご火葬とご葬儀・告別式の間を空けて行う場合も御座います。骨葬の場合 通夜・出棺・火葬をご遺族だけで密葬として行い、後日 葬儀・告別式を本葬として行う形も御座います。

遺体葬で行うか、骨葬で行うかは その土地の習俗によるだけでは無く、ご遺族様のお考えに従う事も重要ではないかと考えます。


   今回は以上です。


お別れの儀

 今回はお別れの儀に付いて書かせて頂きました。

 

 お別れの儀とは 葬儀・告別式の最後の出棺に先立って、ご遺族・関係者による故人様のご遺体との最後の対面の時間です。ご遺族・ご親族・親しい友人知人の方々は ご遺体と対面し、ご遺体と共にする遺品をお柩に納め、式場を飾っていた生花でご遺体を飾り、柩の蓋を有志の手で閉じて、お柩を送り出す事となります。生花祭壇をご利用頂いた場合はより多くのお花でご遺体をお飾りすることが出来ます。この後 お柩は火葬場、土葬の場合は埋葬地にお送りする事と成ります。

 

 葬儀式・告別式が終了しますと 式に参列された方々は会場外への退場を即されます。これはお別れの儀の準備を行う為で、会場内を ご遺体とのお別れがし易い様に整え直し、式場内の生花をお柩に納め易くする為 小さく切り分けて準備します。このお花は”別れ花”と呼ばれます。別れ花は故人様に身近な方から順にお納めします。一般的には喪主様、喪主様の配偶者、ご子息・御令嬢、親兄弟、親しい知人・友人の順となります。このお別れの時間は ご遺族にとって未練の残る時間では御座いますが、ある程度の時間で収めて頂く事と成ります。

 

 お柩に蓋をした後、古くには蓋が外れぬ様 縄で縛りました。その後 何時の頃からか ご遺族も参加して 釘を石で打って蓋を止めるという習俗が出来ました。これは 死霊が柩の外に出ぬ様に封じるという 死霊に対する恐怖心から生まれたと同時に、特定の石には呪力が有り 死者を悪霊から守る事が出来ると信じられていた事によります。又 ご遺族が自ら釘を打つ事で死者の蘇生を断念する為とも言われて居ります。尚 現在では 多くの火葬炉は電気式となり金属の使用が禁止された事から、柩の蓋ははめ込み式となって居り、釘を使用して止める必要は無くなって居ります。

 

   今回は以上です。

葬儀の演出

 今回は葬儀の演出に付いて書かせて頂きました。

 

 ご葬儀は 故人様をこの世からお見送りすると共に、ご遺族の悲しみをお慰めする為の宗教儀礼です。たとえ 宗教者を呼ばない無宗教葬であっても ある意味での宗教儀礼であると言えます。従いまして ご葬儀の演出は 故人様・ご遺族のご希望を良く忖度し、お願いする宗教者のご指示をふまえて演出されなければ成りません。又 結婚式ではサプライズが好まれますが、葬儀・告別式では主旨を考えるとサプライズは極力控えるべきでしょう。

 

 昭和時代後半の高度経済成長時代に合わせて 葬儀・告別式の演出も多様に行われる様に成りました。又 それに合わせて宗教者やお見送るする方々から多様な意見が出されて居ります。そうした中で 故人様の生前の写真を展示したり、故人様・ご遺族様がお好みの音楽を使用する事も一般化しております。式の開会を待つ間、弔辞のバックグランドミュージックとして、ご焼香の間、ご出棺の際などに音楽を流す形です。更に 故人様の人となりをお知らせする為 ナレーションテープやビデオなどを制作してお見せする演出も御座います。故人様の趣味であった詩歌や、音曲を流したり等もされます。又 会葬の方々の控室やお清めの席が作られた別室に 故人様の人となりを表はすお写真や生前の業績を表わす記念品などを展示する事も御座います。

 

 最近では 故人様やご遺族様による個性化のご希望から様々な演出をする事が可能となりました。葬儀・告別式の演出には様々な考え方が御座いますが、葬儀・告別式は宗教儀礼として厳粛に行う事が肝心であり、ご葬家や宗教者のご意見を良くお伺いした上で執り行われなければ成りません。

 

   今回は以上です。

葬儀の祭壇

 今回は葬儀の祭壇に付いて書かせて頂きました。

 

 祭壇とは 葬儀式に使用される壇を指しますが、故人様を偲び供養する為に、ご位牌 ご遺影写真 お供物を供える為に用います。仏式の葬儀の場合は 祭壇の前に経机が置かれて、葬具がその上に置かれます。神式の場合は 経机に代えて饌案が置かれて、洗米 酒 塩 水 その他生饌が配置されます。祭壇は伝統的に白木祭壇が用いられて来ましたが、近年は後々にも有効活用出来る 花祭壇が好まれる様に成りました。ひかりの杜では花祭壇を主としてお薦めし、故人様やご遺族様がお好みのお花や季節のを利用して、オリジナリティの高い祭壇でお手伝いをさせて頂いて居ります。尚 花祭壇は 仏式、神式、キリスト教式に拘らずご利用頂けます。

 

 花祭壇を用いる例は 以前では著名人のお別れ会や社葬など 大規模な葬儀に限られて居りましたが、現在では 家族葬等の小規模な葬儀でも利用できる様に成りました。費用的にも白木祭壇より廉価な費用でご採用頂けます。又 花祭壇で利用したお花は 故人様のお柩を飾る御花として使用させて頂くと共に、忌中の後飾りに利用する生花やご仏壇の仏花としてもご利用頂けます。

 

 花祭壇の左右を飾るものとしてご供花が御座います。喪主様御自身、御家族、ご親族、そしてご友人・関連各社様からお供えされる花束が花祭壇の彩を更に高める事となります。一般的には 個々の花束にはご芳名が記されます。ご供花を配置する順序は ご葬家様のお気持ちが優先されますが、一般的には 故人様との血縁の深さに合わせて上段から下段へと配置されます。又 祭壇の右側は左側より高位とされます。又 ご芳名を個々の花束に付けずに、芳名板として一括してお名前を記す形も御座います。

 

   今回は以上です。 

 

告別式

 告別式とは 故人様に別れを告げると共に、社会 そして参列者に故人様のご逝去をご挨拶する式です。葬儀式は僧侶が主導する宗教儀礼ですが、告別式は喪主様 もしくは施主様(葬儀委員長)が主導する社会儀礼です。一般的には葬儀式の後に続けて行われますが、参列者が多数見込まれる場合は後日 改めて執り行う事も御座います。又 無宗教の場合は 葬儀式は行わずに告別式のみを行うケースも御座います。告別式の代わりにお別れ会と告知される事も御座います。最初に告別式が執り行われたのは 明治34年の中江兆民の葬送だと言われて居り、現在の葬儀式の後に続けて行われ形は 昭和時代に入ってから定着しました。

 

 日本で初めて告別式が行われた 中江兆民は明治時代の思想家で フランスの思想家 ジャン・ジャック・ルソーを日本に紹介し、自由民権運動の理論的指導者として名を知られ、東洋のルソーとも評されました。本名は中江篤介(とくすけ)、1847年に土佐藩高知城下で生誕し、第一回衆議院議員総選挙の当選者の一人でも有ります。中江兆民は無宗教葬に対するこだわりを強く持って居り、生前より”自分が死んだら直ぐに火葬場に送って荼毘に付せ”と遺言して居りました。しかしながら その死を悼んだ弟子達により青山葬会場に於いて、宗教儀礼によらない無宗教葬として、日本で初めての告別式が執り行われました。

 

 現在の告別式は 葬儀式の後、出棺の前に行われるのが一般的となって居りますが、東北地方や九州地方など特定の地域では火葬を先に行うケースもあります。告別式の流れと致しましては 施主(葬儀委員長)による式辞、参列代表者の弔辞、弔歌の奉読、弔電の披露、参列者による故人様への告別(焼香、献花など)が行われます。参列者は喪服、若しくは喪服に準じる服装(学生の場合は制服)を着用するのが慣例とされ、華美な服装や派手な美粧はタブーとされます。喪服ではなく ”平服でおいで下さい”とお断りする場合も御座います。

 

   今回は以上です。

葬儀・告別式の流れ

 今回は葬儀・告別式の流れに付いて書かせて頂きました。

 

 仏教式の一般的な葬儀・告別式の流れは @一同着席、A導師入場・開式、B葬儀式作法(読経・引導、遺族焼香)、C式辞・弔辞、D読経・焼香、E導師退場・閉式、F一同退場、Gお別れの儀、H柩搬出、I喪主挨拶、J出棺(霊柩車出発)となり、@からBまでが葬儀式 CからFまでが告別式となります。式場利用時間の都合上 ご遺族による葬儀式と 会葬者による告別式が同時進行する場合も御座います。又 初七日法要も含めて行う場合は ご遺族様は葬儀式と法要の為 二回焼香を行う事となります。

 

 式辞は 葬儀委員長(施主)による故人様への弔いの表明であり、弔辞は会葬者代表による故人様へのお別れの言葉です。尚 宗派、地域によりましては導師が式辞を述べる場合もあります。この後に弔電が拝読されます。尚 ご自宅でご葬儀・告別式が執り行われる場合には式辞・弔辞が省略される場合も御座います。

 

 焼香は 遺族焼香、参列者焼香、そして一般焼香の順に行われますが、ご焼香の方々が多数にわたる場合は 遺族用焼香台、参列者用焼香台、一般用焼香台がそれぞれ別に用意されて 三カ所の焼香台で並行して焼香を行う場合も御座います。又 地域によりましては 遺族焼香、参列者焼香を指名により行う事も御座います。これは 指名焼香、呼名(こめい)焼香と言われます。

 

 お別れの儀は ご遺族や親しい知人の方々が故人様と面会出来る最期の機会です。最後のお別れをして頂くと共に柩の中にお花を供えてご遺体を飾ります。又 この際にご遺体と共に火葬する品物もお柩に納めます。お柩の蓋を覆った後に 喪主様よりご挨拶がされ 出棺となります。喪主様に代わってご遺族の代表が挨拶する場合も御座います。

 

 横浜市営斎場、西寺尾斎場で葬儀・告別式を執り行った場合は 火葬場が併設されて居りますので ご出棺の後は葬列を組んで 徒歩で火葬炉前まで向かう形となります。葬列は お柩を先頭に お位牌、ご遺影、ご遺族、親戚、指定された参列者の順に進みます。

 

   今回は以上です。

葬儀と告別式

 今回は葬儀と告別式に付いて書かせて頂きました。

 

 葬儀とは 古くから行われて来た宗教的儀式で、故人様を現世とは異なる世界にお送りする と共に残された人々が故人様の死を受け止める援助をする為の儀式でも有ります。従いまして その形式は 故人様とご葬家の死生観や宗教観が深く反映されたものでなければ成りません。告別式とは 葬儀の後、もしくは葬儀の代りに行われる式で、参列者が故人様にお別れを告げる と共に社会に故人様の逝去を告知する為の式でもあります。現代では葬儀と告別式が同時に行われる様になって参りましたが、本来は それぞれ異なる目的を持って行われるべき式であります。

 

 葬儀・告別式は 古くは自宅で出棺の儀礼を行った後に、葬列を組んで葬場に行き、葬場で葬儀式を行い、火葬 或いは土葬が行われました。しかしながら 現代では葬列は無くなり、自宅での儀礼と 葬場での儀礼が一体化した事により、私どもが行う葬儀・告別式の形態が出来上がっております。

 

 葬儀式は故人様をこの世からあの世へ送り出す宗教的儀礼であり、告別式は 参列者が 焼香や献花をして 故人様とお別れをし ご遺族へ慰めの言葉を寄せる儀礼で 故人様のお知り合いの方々が弔問する場を儀礼として作り上げた社会的儀礼です。

 

 そして 現代に於いては 各種の制約から葬儀・告別式を執り行う時間も1時間程度でとの要請を受けて、葬儀式と告別式を同時に進行させることが一般的となって居ります。横浜市営の斎場では 葬儀・告別式に加えて初七日法要も1時間の間で行うべく 推奨されて居ります。従いまして ご遺族は 葬儀式と初七日法要の焼香を2回行い、それと並行して参列者による告別式の焼香が行われる形となります。

 

   今回は以上です。 

通夜の準備

 今回は通夜の準備に付いて書かせて頂きました。

 

 通夜とは 葬儀の前夜に夜を通して行う儀式で、生と死の境界線に在る故人様を ご遺族 ご親族が別れを惜しむ場で御座います。しかしながら 現代では 昼間に行われる葬儀・告別式には参列する事が難しい方々が、比較的 融通しやすい夜間の通夜に参列される様になり、告別式より通夜にほうが参列される方が多く見られる事が一般的と成りました。従いまして 葬儀・告別式よりも 通夜式の方がより多くの参列者に応対する前提で準備して頂く必要が御座います。


 通夜は急な知らせを受けて、駈け付ける場でも御座いますので、本来は喪礼服の着用は必要とされて居りませんでした。しかしながら 現代では 喪服を着用しての弔問が一般的となって居りますが、派手ではなく きちんとした服装であれば平服でも問題有りません。ただし 金具類(ネクタイピン、結婚指輪以外の指輪、靴の飾り等)は着用を避けなっければなりません。又 遺族・親族よりも格式が上の喪服を喪服を着てはならない という暗黙の決まりも有りますので、和装の礼服は避けた方が無難です。


 通夜式のお焼香が済みましたら、弔問の方々に通夜振舞いとして酒食を供しますが、人数はその場にならないと解りませんので 盛り合わせのお料理を用意するのが一般的です。又 地域に依りましては 色々な形の通夜振舞いがあります。酒食は供さずに 弔問客にお菓子をお持ち帰り頂くもの、食事券(寿司屋などの)をお持ち帰り頂く形、酒食では無くお茶だけを供する形、あるいは 酒 砂糖などの詰め合わせをお渡しして通夜振舞いに代える形なども御座います。


 何れにしろ ご遺族様のご希望を明確にして、葬儀社と良くご相談される事をお薦め致します。


   今回は以上です。 

 

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