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横浜市での葬儀・曹洞宗の葬儀と読まれるお経

現代の横浜市内で営まれるご葬儀の多くは仏式で執り行われて居ります。

仏式のご葬儀では宗派によりその目的と次第が異なります。

従いまして、詠まれるお経も異なる事となります。

1 曹洞宗(そうとうしゅう)の葬儀とお経

曹洞宗の葬儀は故人様を偲び、讃えることであり、ご遺族をいたわり、慰める為に営むものとされます。

葬儀儀礼は僧侶の葬儀を簡略化して営まれ、

授戒(戒を授けて仏弟子とすること)と引導(仏世界に入らしむこと)が中心に置かれます。

又、肉親の死により悲しみの中に居られるご遺族に、

故人様もこうして仏の慈悲により救済され、仏の世界に入れることを儀式により示すことで、慰めを与えます。

ー枕経では仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)又は舎利礼文(しゃりらいもん)が読誦され、

ー通夜式では修証義(しゅうしょうぎ)舎利礼文が読誦されます。

ー葬儀式では大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)、舎利礼文が読誦されます。

2 曹洞宗

日本に於ける曹洞宗は禅宗の一宗派であり道元禅師(どうげんぜんし)を開祖とします。

道元禅師は比叡山に学び、栄西禅師の下で参禅した後

中国に渡り曹洞禅の法を継承して帰国し興聖寺を建てますが

旧仏教からの迫害を受け越前に永平寺を建立します。

”臨済将軍曹洞土民”と言われるように臨済宗は中央の武家政権に支持され政冶・文化の面で重んじられたのに対し

曹洞宗は地方武家、豪族、下級武士、一般民衆に広まりました。

道元禅師自身、自らの教えを”正伝の仏法”であるとしてセクショナリズムを否定しました。

このため弟子たちには特定の宗派名を称することを禁じ、

どうしても名乗らなければならない際は”仏心宗”と称するようにと示したと伝えられています。

道元禅師の入滅後、じょじょに禅宗を名乗る様にになり

第四祖・蛍山禅師(けいざんぜんし)のころから曹洞宗を用いるように成り始めました。

蛍山禅師は禅を大衆化して大教団の基礎を築き能登に総持寺を開きます。

総持寺は明治時代に焼失し横浜の鶴見で再建されました。

現在は永平寺と総持寺の二大本山制になつております。

道元禅師は宗旨の開創者として高祖、蛍山禅師は宗団の開創者として太祖と仰がれております。

教義は、正伝の仏法を伝統とし、釈迦を本尊と仰ぎ”即心是仏の心を持って”座禅により働きかけます。

その修行生活は極めて過酷であり、曹洞宗の修行は旧日本陸軍に於ける精神論、根性論のルーツであるとされています。

まず入門する為にはどんなに拒絶されても門前で許されるまで入門を請い続けなければなりません。

修行僧である雲水たちの睡眠時間は平均二時間で、お粥に梅干程度の粗食で長時間の作業をしなければ成りません。

その食事の様式も高熱の粥を、まわって来れば即座に食べないと遅いと厳しく叱責されます。

この様な厳しい修行のなかで中途挫折者も数多いとのことです。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・臨済宗の葬儀と詠まれるお経

現代の横浜市内で営まれるご葬儀の多くは仏式で執り行われて居ります。

仏式のご葬儀では宗派によりその目的と次第が異なります。

従いまして、詠まれるお経も異なる事となります。

1 臨済宗(りんざいしゅう)の葬儀とお経

臨済宗のご葬儀は、故人様が仏弟子となり、修行の道に入り、自己の仏性に目覚める事を願う 儀式とされます。

従いまして、死者を仏弟子とする授戒と、仏性に目覚めさせる引導が葬儀式の中心となります。

葬儀には、人間は仏の世界から見れば修行不足の存在であるから、

縁が無くてこの世で修行を積むことが出来なくても、

亡くなった後に仏弟子として修行に励んで欲しいとの願いが表現され、

又、ご遺族は故人様の最後をきちんとしてあげ

故人様の安心を願うと共に、平静な心を得、亡き人に報いるべく、自らを促されます。

臨済宗は禅宗であり、導師の修行を背景として営まれ、地域によっても式次第は異なります。

ー枕経では観音経、大悲呪(だいひしゅう)などが読誦されます。

ー通夜式では 観音経、金剛経などが読誦されます。

ー葬儀式では 大悲呪が読誦されます。

2 臨済宗

日本の臨済宗は栄西禅師を開祖とする日本の禅宗の宗派の一つであり、

師から弟子への悟りの伝達(法嗣、はっす)を重んじる宗派です。

臨済宗は、仏教は教祖ゴータマ・シッダッタ(本師釈迦如来大和尚)の教え(悟り)を直接受け継いだ

マハーカシャバ(釈葉)から28代目のボーディダルマ(初祖菩提達磨大師)をへてインドから中国へ伝来し、

唐末、河北の地の臨済寺を拠点とした臨済義玄(宗祖臨済大師)により始まります。

日本へは宋の時代に中国に学んだ栄西禅師を始めとし、

中国に学んだ日本の僧侶、日本に招かれた中国の僧侶たちによって日本に伝えられました。

法嗣という師匠から弟子への悟りの伝達を続けて現在に至っております。

師匠と弟子の重要なやりとりは室内の秘密と呼ばれ師匠の部屋から持ち出される事は有りません。

しかしながら、師匠の振る舞いを記録した禅語録が弟子たちにより作られ、

時代の流れと共に多くの禅語録が集成され、悟りの伝達も禅語録を教材に行う様にに変化して来ました。

師匠が肉体を去るとき跡継ぎを選ぶのが一般的ですが、

臨済宗では複数の跡継ぎを指名したり、跡継ぎを指名しないケースもあり、

ある流れはいくつもの支流に別れ、ある流は消えてゆき現在に至っております。

禅宗は知識ではなく、悟りを重んじております。

ここで悟りとは”生きるもの全てが本来持っている本性である仏性に気ずく”ことです。

悟りは言葉で伝えられるものではなく祖師たちは苦闘を重ねて悟りを得てきましたが多くの技法が考案され 

現在では師の下で座禅、公案(知的な理解を超えた話を理解する事)、読経、作務(普段の作業)の修行をする事で

悟りを得る方法論が生み出されております。

悟りは師から弟子へ伝わるとされております、言葉による教えでは有りません。

従い自分にとって正しい禅師を選ぶことが肝要とされます。

臨済宗には多くに宗派があり、建仁寺派、東福寺派、建長寺派、円覚寺派、南禅寺派、国泰寺派、大徳寺派、

向嶽寺派、妙心寺派、天竜寺派、永源寺派、方広寺派、相国寺派、佛通寺派、興聖寺派などが

現在活動中の宗派となります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・浄土真宗の葬儀とお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 浄土真宗の葬儀と詠まれるお経

浄土真宗の葬儀は他の宗派と大きく異なります。

葬儀の中に授戒と引導が無い為、葬儀は日常の勤行がそのまま葬儀式の構成となります。

これは在家仏教ゆえに戒が無く“絶対他力”ですので、

信心をいだいていない人が亡くなっても、その人を往生・成仏される力は私たち凡夫(僧を含む)には出来ない 

阿弥陀如来の一人働きによるのみとされ、

“平生業成”から生前に信心をいただいていたならば浄土往生と成仏はすでに約束されている事なので

故人様の成仏を祈る必要はない、との考えから引導も有りません。

又、”人間には他に分かち合うだけの功徳が備わっていない”との考えから、他宗派と同じ回向の考え方も有りません。

往生即成仏と成りますので、死装束は不要であり、霊やケガレも認めて居りませんので清め塩は使いません。

浄土真宗の葬儀式は故人様が死という事実を身をもって示し、

私達に死を迎える準備をしなければならない事を無言の内に教えてくれて居る事から、

これを機縁として本尊阿弥陀如来に報恩感謝し、仏様の教えを学ぶ“聞法”の場であると位置付けられて居ります。

従いまして、あくまでもご本尊を中心にしてご葬儀は営まれます。

臨終勤行の枕経では阿弥陀経(本願寺派)が読誦され、通夜式でも同様です。

葬儀式では阿弥陀経が読誦されます。

2 浄土真宗

浄土真宗は鎌倉時代初期、比叡山の学僧であった親鸞聖人が法然上人に弟子入りし、

浄土門の念仏の教えこそ真実の教え(浄土真宗)を継承して展開し、

親鸞上人の没後、弟子たちにより教団として発展させた日本の仏教の宗旨の一つです。

親鸞上人には独立開宗の意思はなく法然上人に師事出来た事を生涯の喜びとしていました。

宗旨名として浄土真宗を用いることに成るのは親鸞聖人の没後であり、

他派からは永らく一向宗、あるいは門徒宗と通称されて居りました。

浄土真宗は僧侶の肉食妻帯が許されて居り、細かい戒律も有りません。

明治になるまで公式に妻帯を認めていた宗旨は浄土真宗だけです。

法然上人が説いた

”出家・在家の仏教徒の規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である”

を親鸞上人は実遷して妻帯をしたのが始まりと成りました。

真宗はただ如来の働きに任せて、全ての人が往生できるとの教えから 

合理性を重んじ、作法や教えも簡潔であった事から広く庶民に受け入れられました。

又、加持祈祷を行わない唯一の仏教宗派です。

室町時代、浄土真宗本願寺派第八世宗主として蓮如上人が登場し講と呼ぶ組織を作り発展・拡大をします。

その後、戦国大名との争いをへて、十一世宗主顕如は豊臣秀吉に降伏します。

顕如は京都に土地を与えられ本願寺(西)を再建します。

その後、徳川家康の宗教政策により顕如の長男教如が本願寺(東)を建立して 

以降、西と東の二派に別れ今日にいたって居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・浄土宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 浄土宗の葬儀とお経

浄土宗の葬儀は死者を仏の弟子として、仏の本願により阿弥陀仏の下にある極楽浄土へ往生することを教え導き、

本来の住処であり生命の根源である極楽浄土へ立ち帰る凱旋式として行うとされます。

更に、参列する方々に悲しみの中のも自らの死の意味を問い、清浄な心で仏の教えに耳を傾け、

授戒し新たに仏の弟子となった故人様と共に一心に念仏せる生活に入る契機となるよう願って営まれます。

葬儀式の構成は浄土宗の通常の法要(序分、正宗分、流通分)に授戒と引導が加えられたものです。

序文は法要を行うに当たって仏様をお迎えする部分、

正宗分は法要で仏様のお話をうかがう部分、

流通分は法要を終えたら感謝して仏様をお送りする部分、

授戒は戒名を授けて仏様の弟子とすること、引導は 仏様の弟子として教え導くことをさします。

ー枕経は臨終行儀として伝統的に重視され、この際に授戒することが基本とされて居りました。

しかし、現代では枕経では来迎仏をあげて念仏するだけで良いと変化し、

授戒は通夜式で行うことが一般的となって居ります。

通夜式では四誓偈(しせいげ)が読誦されます(もしくは仏身観文(ぶつしんかんもん)、阿弥陀経)。

葬儀式では四誓偈、もしくは仏身観文が読誦されます。

2 浄土宗

奈良時代に中国より日本に伝来した仏教は天皇家や貴族階級の庇護を受けて奈良・平安時代と繁栄してきましたが、

一般民衆に広がることは有りませんでした。

そのカラを破ったのが比叡山の学僧であった法然上人により起された浄土宗であり、

それに続く親鸞の浄土真宗、良忍の融通念仏宗、一遍の時宗、日蓮の日蓮宗などです。

これらの宗教は一般民衆を対象とした、日本人自身による独自の仏教であり、鎌倉時代の創設されました。

これらの宗派と同時期に宋より栄西が伝えた臨済宗、道元が伝えた曹洞宗を含めて 鎌倉仏教と言われて居ります。

法然上人(法然房源空)は1133年美作国久米(現在の岡山県久米郡)に生まれ、9歳で出家し、

13歳で比叡山に登って学僧となります。

しかしながら学僧に満足出来ず、学僧の道を捨てて民衆の為の仏教の道を探り、

源信の往生要集に影響を受けて1175年・43歳で専修念仏の浄土宗を開きました。

法然は仏教を厳しい修行を行い悟りを得る聖道門と、

念仏を唱え極楽浄土に往生する浄土門との分け、

衆生の凡夫でも行うことが可能な浄土門を選択して浄土宗を起こしました。

法然の専修念仏は古来の比叡山を含む仏教・各宗派より迫害を受け、

法然自身は四国へ、弟子の親鸞は越後へ配流されますが、最期には京都に戻り、

後に教本の一つとなった一枚起請文を起して1212年に満78歳で没します。

法然上人の没後は長老の信空が後継となりましたが、

親鸞を含む多くの門人ごとに教義に対する解釈が少しずつ別れ 

浄土四流などいくつもの教団が乱立する事に成ります。

その後、徳川家康が江戸幕府を開くと共に寺院諸法度の一還として浄土宗法度が制定され 

浄土宗は京都の知恩院を門跡寺院・総本山、江戸の増上寺を大本山として 幕府より手厚い保護を受ける事となります。

明治時代に入り廃仏棄却の混乱の中で宗派の統合・近代化が図られ、

現在は鎮西派と西山派の二っの流れを中心にして布教活動が行われて居ります。

本尊は阿弥陀如来、脇侍は左・観音菩薩、右・勢至菩薩となります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・真言宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第が異なり、それに伴い読まれるお経もことなります。

1 真言宗の葬儀とお経

弘法大師の作と言われるご詠歌(ごえいか)

“阿字(あじ)の子が、阿字の古里、立ち出でて、また立ち帰る、阿字の古里”

は真言宗に於ける葬儀観を示したものとされます。

阿は梵字で書かれ、大日如来とその生命を表わします。

死者(亡者と呼ばれる)を宇宙生命の源である大日如来の大生命に包まれている弥勒菩薩の浄土である“都率浄土”へ送り返す事が葬送儀礼の精神とされます。

従いまして、葬儀式は即身成仏への引導作法として示されます。

剃髪・授戒・戒名の授与までが前段階で、大日如来のもとへ導くための準備段階の作法で、

それ以降が後段階として大日如来との一体感、すなわち永遠の生命との一体感をきわめる作法となります。

具体的な葬儀の進行は真言宗内の宗派、地域により異なります。

ー枕経では死者の成仏を勧める“般若理趣経”が読誦され、

“慈救の呪”を唱えて悪魔を祓い、阿弥陀如来の“陀羅尼”、“光明真言”、御法号“南無大師遍照金剛”を唱えます。

ー通夜式でも 理趣経を読誦し、慈救の呪、光明真言、御法号が唱えられます。

ー葬儀式では 前賛、理趣経などが読誦されます。

白蓮の花

2 真言宗

真言宗は平安時代の9世紀初頭に空海(弘法大師)によって開かれた日本の仏教の一宗派です。

真言陀羅尼宗(しんごんだらにしゅう)、曼荼羅宗(まんだらしゅう)、秘密宗(ひみつしゅう)とも称します。

空海は804年に唐(中国)に渡り、長安の青龍寺で恵果より真言密教を学んで、その秘法を伝授され 

日本へ帰国後、高野山金剛峰寺と嵯峨天皇より勅賜された平安京の教王護国寺・八幡山東寺を修行場として真言宗を開きました。

法身仏(絶対者)である大日如来をご本尊とし、その教義は即身成仏と密厳国土のもと 

身(しん)、口(く)、意(い)という人の三っの働き(三密)において、

手に印を結び、口に真言を唱えて、心を静めて三昧(さんまい)の境地にはいれば即身成仏できると説きます。

空海は835年・62歳で高野山で入定しましたが、入定に際し住持していた寺院を弟子達に付属しました。

そして、これらの寺院は年分度者(国家公認の僧侶の養成)を許可され、それぞれの寺院は独立性を持つ事と成ります。

その後、各種の変遷を経て、明治政府の神仏分離とそれに伴う廃仏棄却など困難な時代を乗り越え、

昭和14年の宗教団体法成立に伴い宗派は統合され真言宗として一本化されました。

第二次世界大戦終了後には分派独立が相次ぎ、

現在は約50の宗派が有りますが、その内 主要な16派・18総大本山は各山の連絡親睦・共通事業の主宰を目的として 真言宗各派総大本山会を設立して融合を図って居ります。

    今回は以上です。

横浜市での葬儀・天台宗の葬儀と読まれるお経

仏教でのご葬儀ではその宗派により葬儀の目的・次第・そして読まれるお経がことなります。

1 天台宗の葬儀とお経

天台宗の葬儀は

顕教法要(けんきょうほうよう)の法華懺法(ほっけせんぽう)(法華経を読誦する事で煩悩を薄くし滅罪する作法)、

例時作法(阿弥陀経を読誦する事で極楽往生の指南とする作法)、

密教法要の光明供(こうみょうぐ)(阿弥陀如来の来迎を得てその指導の下に故人を引導して仏と成す作法)

の三種の儀礼により営まれます。

顕教とは仏法を理解しやすいように言葉・文字を用いて説いたものであり、

密教とは仏と自分が一体である事を念じ仏の加護によって仏の境地に達しようとする秘法の事です。

天台宗では顕密一致を説きます。

供養する遺族、供養される故人様が一体となり、仏の本性を開発し、共に仏道を成して行く事が天台宗の葬儀の本質であるとされます。

枕経(臨終誦経りんじゅうじゅきょうと呼ばれる)では阿弥陀経が読経されます。

通夜式では授戒が行われ、戒名を授かり、戒を護持して犯さざる事を仏前に誓います。

葬儀式は光明供修法阿弥陀如来の来迎を得て、その指導の下に故人を引導して仏となす密法作法)

と故人の成仏を祈る引導の作法が主となります。

適時、法華経と阿弥陀経が読経されます。

菊

2 天台宗

天台宗は中国の智顗(ちぎ 538-597)が開創した妙法蓮華経を根本経典とする大乗仏教の一宗派で 

浙河省天台山国清寺を本山とします。

日本では比叡山延暦寺で修行中の最澄が805年唐に渡り天台山にのぼって 

天台数学(円)、密教、禅、律を伝授され、

806年に帰国し延暦寺に戻って天台法華円宗(天台法華宗)を開創します。

天台宗は平安時代奈良仏教にあきたらない多くの学僧に受入れられ日本仏教の母胎となり、

その学僧の中から平安末期から鎌倉時代にかけて新しい宗派を唱えた 

融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗などが輩出しました。

又、伝教大師最澄は866年7月に清和天皇より”伝教”の大師号が贈られて居ります。

伝教大師最澄は全ての衆生は成仏出来るという法華一乗の立場を説き、

当時は認められていなかった大乗戒壇を設立して、大乗戒を受戒した者は天台宗の僧侶と認め、

菩薩僧として12年間比叡山に籠山して学問・修行を修めるという革新的な構想を立ち上げ、

当時奈良仏教に飽きていた朝廷はこの考えを受入れて、

天台宗は平安時代の新しい仏教として認められる事と成りました。

天台宗の修行は法華経の観心に重きを置き、その修行は朝題目・夕念仏という言葉で集約されます。

すなわち、午前中は題目、つまり法華経の読誦を中心とした行法(法華懺法)を行い、

午後は阿弥陀仏を本尊とする行法(例時作法)を行います。

この作法が発展して、後の”念仏”という新たな仏教展開の萌芽と成りました。

天台宗に於ける密教は”台密”と呼ばれ、真言宗の密教を”東密”とよびます。

又、天台宗は座禅に関する造詣が深く、日本の禅宗に座禅の教科書として強い影響を与えました。

架空の人物である達磨大師は実は天台大師ではなかったか、という天台大師達磨大師説が唱えられても居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・お経の読誦(読経)

仏式の葬送儀礼では僧侶によるお経の読誦が主体となりますが、

これは、”お経の読誦や念仏を唱えることは浄土へ往生する為の正行の一つである”との教えに基きます。

葬送儀礼の中で読経はご逝去の直前・通夜式・葬儀式・火葬炉前・納骨式(埋葬式)・各種の法要などで行われます。

葬儀について

1 葬送儀礼に於ける読経

1)枕経

ご逝去直前の読経は枕経と言われ、本来は死にゆく方が不安にならぬ様

浄土への案内として枕元で死を看取りながらお経をあげる儀式でした。

しかしながら現在では死後すぐに行う儀式に変化して居ります。

特に現代では病院で息をひきとるケースが多くなり、病院での読経は困難な事から、

ご遺体がご自宅に帰宅した後にご遺体を安置し、

ご遺体の枕元に小机を備え、その上に三具足(香炉、花立て、燭台)と鈴を整えて枕飾りとし、

僧侶の読経を頂きます。

この儀式は死者に初めて経を聞かせると言う意味も御座います。

又、宗派によりましては枕飾りの他に指定の掛け軸や絵像を掲げで儀式を行う事が御座います。

尚、宗派、地域によりましては枕経を行わない場合も御座います。

葬儀

2)通夜式

通夜式は故人様を仏門に帰依させる為の授戒と御仏を揺るぎ無く信仰する事を誓い、

それに対する功徳が故人様にも振り向けられて彼岸に往生する事を願う為に行います。

従いまして読まれるお経は授戒式の為と、御仏に帰依する事を誓う為の、二種類の読経となります。

尚、宗派によりましては故人様の死と同時に仏門への入門が許されるとの解釈から、

授戒を行わない事も御座います。

3)葬儀式

葬儀式は御仏への帰依を誓うと共に、仏弟子となった故人様の成仏を祈念する儀式です。

御仏への帰依、故人様の成仏を祈念する読経は宗派によりそれぞれ決められた形に従います。

4)火葬炉前・納骨式

火葬炉前、納骨式での読経は故人様の成仏を祈るお経が宗派の決まりに従って読経されます。

5)法要

法要とは、本来は釈迦の教え(仏法)を知る事、仏法の要点・肝要を知る事を言いましたが、

現代の日本では次第に追善供養のことを指す様に成り、現在では死者を弔う儀式を指す様に成りました。

追善供養は故人様の命日に故人様の冥福を祈って行われる儀式ですので、

死者の冥福を祈るお経が読まれる事と成ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・仏教葬儀のお経

現代の横浜市内に於きまして、ほとんどの方々は旅立ちの儀式は仏教式を選択されております。

仏式に於ける旅立ちの儀式は“葬送儀礼”と呼ばれますが、それを略して葬儀と呼ばれます。

そして、仏式葬儀の中心とされるのがご導師(僧侶)の読経と成ります。

1 仏教の葬送儀礼

仏教に於ける葬送儀礼は本来重視される儀式では有りませんでした。

釈尊(釈迦の敬称)は弟子に死後の遺骸の処置を問われた時に、

“僧侶は遺骸の供養などは考えず真理の追求に専念すべき、供養は在家の信者がしてくれる。”

と答えたと伝えられます。

この考えの一部は現在でも継承されて居り、僧侶は故人様のご遺体・ご遺骨・墓石には触れないものとされます。

しかし、仏教がインドから中国へ伝播すると、

中国・漢民族が信奉してきた道教や儒教の先祖供養の民間信仰と習合し、

葬送儀礼も仏教に於ける儀式の一つとなって行きました。

その中国仏教は飛鳥時代に日本に伝来し、皇室や豪族の信仰の対象となって日本国内に浸透して行きます。

更に、鎌倉時代には庶民の間にも広がりを見せ、庶民の間でも葬送儀礼が行われ始めます。

そして、江戸時代・寺檀制度を基とした檀家制度が全国に定着すると、

葬送儀礼は仏教に於ける重要な儀式となりました。

2 葬送儀礼とお経

 お経とは 仏教に於ける経典を意味します。

仏教に於ける葬送儀礼の主要な部分が読経と呼ばれる経典の読誦です。

キリスト教の“聖書”、イスラム教の“コーラン”に当る、仏教の経典に当るものが“お経”です。

お経は;

教(釈迦の教え、本来のお経)、

律(僧が守るべき社会生活上の掟)、

論(後世の仏教学者によるお経の内容の注釈)

の三部(三蔵経という)により構成されます。

お経はインドではバーリ語(小乗仏教)サンスクリット語(大乗仏教)で書かれて居りましたが、

中国に伝わった後に中国語(漢字)に翻訳され、日本へは漢字で伝えられました。

-お経の種類

お経の種類は俗に八万四千あると言われますが、正確には不明です。

主なお経としては以下のお経が有ります;

〇 般若心経(はんやしんきょう)

 大般若経(全600巻)のエッセンスを簡潔にまとめたもの。智慧で彼岸(悟りの世界)へ渡る事を説いた経典。

〇 法華経(ほけきょう)

 最澄の天台宗、日蓮の日蓮宗の教えで①一条妙法;万人を平等に成仏させる教え、②久遠本仏;釈迦の永遠の生命について説く、③菩薩行道;現実社会での実践について説く、の三部から成る。

〇 観音経(かんのんきょう)

 法華経の第25章で 何時でも、何処でも救いを与える観世音菩薩の功徳に付いて述べたもの。

〇 阿弥陀経(あみだきょう)

 浄土教の最も重要な教典で 極楽浄土がどんな所か、どうすれば極楽浄土に往生出来るかを説いている。

この他のも維摩経(ゆいまきょう)、経集(きょうしゅう)、法句経(ほうくきょう)、

涅槃経、開経偈(かいきょうげ)、四弘誓願文、正信偈等があります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・花祭壇いろいろ

横浜市内で営まれるご葬儀の祭壇には花祭壇をご希望されるご遺族様が多数居られます。

故人様のご遺体をお花で飾る花祭壇は式場の雰囲気を和やかにも致します。

1 生花祭壇

 -水仙の生花祭壇

水仙が華やぐ季節は12月~2月ですが、

寒い冬のご葬儀で黄色の水仙を白い花祭壇のアクセントとして飾らせて頂いたり、

黄色の水仙を中心とした花祭壇をデザインさせて頂く事も御座います。

尚 水仙の花言葉は “うぬぼれ、自己愛”です。水仙は西区の区花でもあります。

-梅の生花祭壇

現代では花見と言えば桜を思い浮かべますが、この習慣は江戸時代に一般化したものです。

それ以前の平安時代など花見は梅を前提としていました。

ひかりの杜では生花祭壇を飾らせていただく際、

2~3月の季節時にはご希望によりご遺影の周囲に梅の枝をお供えし、

祭壇全体をより高潔な雰囲気にデザインさせて頂きます。梅は港北区の区花でも有ります。

-チュ-リップの生花祭壇

チューリップが華やぐ季節は3月~5月ですが

この季節、ご葬家様のご希望に合わせてお好みの色のチューリップを 

生花祭壇のアクセントとしてデザインさせて頂だいて居ります。

チュ-リップの花言葉は “思いやり”、中区の区花です。

 -桜の生花祭壇

桜の花の華やかな季節は3月~4月です。

薄いピンクで儚げな花は日本人の心に染みる花でもあります。

この季節に“今年の桜も見たかった”と名残りを残した故人様のため、

ひかりの杜では祭壇に安置された故人様のご遺影の周りを桜の花で飾らせて頂いております。

あるいは、家族葬でお柩の周りを桜の花で囲んでお見送りケースも御座います。

桜の花言葉は『精神の美、優美な女性』、南区と戸塚区の区花でもあります。

 -桜草の生花祭壇

西洋にはギリシア神話を由来とした花言葉もあります。

花の女神フローラの息子パラリソスが恋人のニンフを失ってしまい、悲しみでやつれて最後には死んでしまいます。

フローラはそんな息子を不憫に思い、彼の姿を早春一番に咲く「桜草」に変えたと語られています。

そのため「桜草」は『悲しみや死のシンボル』とされています。

季節となる4~5月には焼香台に置かれたご遺影の周りを可憐な桜草で飾らさせて頂いて居ります。

 -菖蒲(あやめ)の生花祭壇

菖蒲は水と緑をイメージした花で、その華やぐ季節は5月です。

菖蒲の花言葉は“良き便り、吉報” で、お見送りの儀式には相応しくありませんが、

美しい紫の花は生花祭壇を荘厳するに相応しく、紫を主体とした祭壇をデザインする際には利用させて頂いて居ります。

-紫陽花の生花祭壇

紫陽花の華やぐ季節は梅雨時期の6月~7月です。

紫陽花は開花の後、順次色が変化して行くお花です。

従いましてその中から色々な色を利用する事が出来ます。

白い花祭壇のアクセントとして大変便利なお花です。

紫陽花は瀬谷区の区花でもあります。

 -桔梗の生花祭壇

桔梗が華やぐ季節は6月~9月です。

万葉集の中で秋の七草と歌われている可憐な紫の花ですが 残念ながら絶滅危惧種に指定されて居ります。

暑い夏のお見送り儀式の中で、一涼を感じさせるお花でも有ります。

 -牡丹の生花祭壇

牡丹の華やぐ季節は多くの種が有り、種により季節が異なる為、トータルとしては非常に長く10月~5月となります。

牡丹は”立てば芍薬座れば牡丹”の言葉通り花の中の女王です。

生花祭壇の中では 赤や紫の牡丹を貴重なアクセントとしてデザインさせて頂いて居ります。

今回は以上です。

横浜市での葬儀・花祭壇

宗教儀礼に於ける祭壇の位置付けに付いては色々な考え方が有ります。

仏教であれば、“仏を供養する事によって得られる功徳を故人様に振り向ける” 事から

祭壇の中心は仏様の本尊であります。

キリスト教では、故人が地上での罪を許されて神のもとに召される事を祝福して神に礼拝する事から

祭壇の中心は神となります。

又、告別式では、故人様と会葬者の方々とのお別れが中心となりますので 

祭壇の中心は故人様のご遺体・遺影となります。

現代では、葬儀式と告別式は同時に行われるのが通例となって居りますので、

祭壇の中心は御本尊と故人様が同時に祀られる形となって居ります。

但し、キリスト教ではあくまでも祭壇の中心は神となります。

勿論、無宗教葬の場合は故人様が祭壇の中心にお祀りされる事と成ります。

花祭壇

1 日本の仏教に於ける葬送儀礼の変遷と祭壇

葬儀で用いられる祭壇を葬儀壇とも言います。

かっての葬儀はご自宅での法要と、葬列を組んで葬場若しくは菩提寺におもむいての法要と、

二段階で法要が行われて居りましたが、

現在では、この二段階の法要が合体し、更に告別式も加えられて葬儀が執り行われます。

従いまして、祭壇もその目的に合わせて変化致しました。

葬列が組まれた当時の葬儀壇は柩の前に野机と呼ばれる小机を置き、白布で覆い、

その上に位牌、三具足、供物を供えて、その両側に供花や供物、

そして葬列で用いた野道具を式場後方に並べるという形で式場が設営されました。

その後、時代の変化と共に小机が大型となり、仏壇の様に二段、三段と増えて、

さらには寺院の荘厳(お飾り)にならった白木の須弥壇が葬儀壇として備えられる様になりました。

今日では故人様のお人柄に合わせた生花祭壇も流行の一つとなって居ります。

2 葬儀壇の形式

葬儀壇とは葬儀式に使用される祭壇を指しますが、

特定ご宗派の場合は御本尊を祀り、故人様を偲び供養する為にご位牌・ご遺影写真を安置しお供物を供える為に用います。

仏式の葬儀の場合は祭壇の前に経机が置かれて、葬具がその上に準備されます。

神式の場合は経机に代えて饌案が置かれて、洗米・酒・塩・水・その他生饌が配置されます。

葬儀壇は伝統的に白木祭壇が用いられて来ましたが、

近年は後々にも有効活用出来る花祭壇が好まれる様に成りました。

ひかりの杜では花祭壇を主としてお薦めし、故人様やご遺族様がお好みのお花や季節を表わす生花利用して、

オリジナリティの高い祭壇でお手伝いをさせて頂いて居ります。

尚、生花祭壇は、仏式、神式、キリスト教式に拘らずご利用頂けます。

花祭壇

3 生花祭壇のご利用

生花祭壇を用いる例は、以前では著名人のお別れ会や社葬など大規模な葬儀に限られて居りましたが、

現在では家族葬等の小規模な葬儀でも利用される様に成りました。

費用的にも白木祭壇より廉価な費用でご採用頂けます。

又、花祭壇で利用したお花は故人様のお柩を飾る御花として使用させて頂くと共に、

忌中の後飾りに利用する生花やご仏壇の仏花としてもご利用頂けます。

百合花祭壇

4 生花祭壇に使用するお花

生花祭壇を構成するお花は、白菊や白のカーネーションなどが主体でした。

これは葬儀を荘厳な式にする為のデザインの一つでした。

しかし、現代では故人様の人生を表わした彩が求められる様になり、

お好みのお花を組み合わせた生花祭壇をお受けする事も多くなりました。

又、バラやあざみなどトゲを持つ花で祭壇を飾る事はタブ-とされて居りますが、

ひかりの杜ではご希望頂ければ、全てのトゲを取りさった上で祭壇のお花としてご利用頂く事もしばしば御座います。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・葬儀式場の祭壇

人間の世界では文明が生まれる以前から、人の心には然るべき神が存在し、

人の力を超えたものを得る為には神に願い、神への祈祷が行われました。

祈祷を営む際に神への捧げ物を供える台が祭壇の起源です。

従いまして、祭壇とは神、聖霊、や死者などの対する犠牲や供え物を捧げる壇を指して言います。

その祭壇を風雨から守る為に屋根や壁が設けられ、さらには神殿、教会、寺院、神社として私達の生活の中で発展しました。

葬儀について

その様な歴史の中で日本に於いて葬送儀礼に使用される祭壇は控え目な小机でしたが、

明治時代以降、葬送儀礼の中心が葬列から葬儀式・告別式へと変化する中で、

葬儀式場の祭壇はより大きく、華やかな形へと変化して行きました。

現代の横浜では華やかさを型作る素材として形式的な白木祭壇から、事後にも有効利用が可能な生花祭壇へと変化して参りました。

1 宗教により異なる祭壇

-祭壇の形態

祭壇の形態は板状の自然石を用いた石壇、土を盛り上げて作る土壇(インドの仏教は土壇が始まり)、

石を積み上げて作る石積壇、地面に獣の皮やコモを敷いて作る祭壇など多様に渡ります。

当初は自然物をそのまま使用したり、簡単な加工を加えた祭壇でしたが、

神殿の建設が可能になると、培われた技術をもとにした複雑な構造の祭壇も造られて行きました。

祭壇の形式・形状は信仰する宗教・儀礼の目的により異なります。

ちなみに世界最大の祭壇は、中国北京市東城区に位置する、明国の永楽帝が1420年に建立したとされる、

天地壇が御座います。

その敷地面積は 273万㎡(約 東京ドーム60個分)です。

仏式直葬

-仏教の祭壇

仏教に於ける祭壇としては常設の祭壇として、寺院内に設けられ仏像を安置する須弥壇、家庭内に設置する仏壇、

仮設の祭壇として、ご遺体の枕元で飾る枕飾り 葬儀の際に設ける葬儀壇 四十九日法要まで設置される中陰壇。

盆に設置する精霊棚(盆棚とも言う)などが御座います。

天理教葬儀

-神道の祭壇

神道に於いて、古くは常設の祭壇は無く正月など適時行われる祭事の際に歳棚が設けられて居りました。

神棚が常設される様になるのは中世以降のことです。

神社内で神像を祀る場合は神像を中心に屋根で覆ったり、厨子や乗輿を用いて祠をつくるのが一般的です。

神社の神が自然物の場合などでは、石で囲んだり(磐境)、神拓地に常磐木を立てて神座としたり(神離)、

特別に壇を設けない場合も、祭壇と位置図けられます。

又、仏教の仏壇と同様に故人様をお祀りする場合は神棚の他に祖霊舎を設けます。

牧師様

-キリスト教の祭壇

キリスト教では聖堂内に於いてミサ聖祭を行う台を祭壇と呼びます。

但し、正教会の至聖所にある聖体礼儀が行われる台は祭壇とは呼ばず宝座と呼ばれます。

キリスト教の祭壇はイエス・キリストの“最後の晩餐”で使われた食卓を模ったもので、材料は石と定められて居りました。

しかしながら、現在では木製や金属製の祭壇も許されて居り、各種の装飾も施される様に成って居ります。

   今回は以上です。

横浜市での葬儀・喪主

散骨

喪主とは故人様お見送りの為の儀礼全般の主宰者の事を言います。

葬儀後の故人様の供養を主宰する人(祭祀承継者となるべき方)が務めます。

本来は仏式葬送儀礼の主宰者をさしましたが、現代日本では宗旨を問わずに使用されて居ります。

1 喪主を務める方とその役目

-喪主を務める方

一般的には家長に相当する方、若しくは家長と成るべき方が喪主を務めます。

しかしながら、以前の様な家制度は現在存続して居らず、現在では故人様の配偶者、ご長男、

男のお子様が居られない場合はご長女、故人様が独身の場合は親御様、

ご長男が幼少の場合はご長男が喪主を務めご親族の中から然るべき方を後見人とされるのが一般的です。

-喪主様のお務め

喪主様はご遺族の代表者であり、葬儀の主宰者です。

葬儀の運営や進行を司る葬儀委員長・世話役・葬儀社を指揮すると共に、

遺族の代表者として弔問客への応対に務めなければ成りません。

-喪主様にお決め頂く事

喪主に成られた方は、まずご葬儀の方針をお決め頂かなければ成りません。

主要なポイントとしては;

 -葬儀の形式

日本に於ける葬儀の形式では90%を超える御家庭が仏式で葬儀を営まれて居りますが、

同じ仏式でもご宗派によって仕来りが異なりますので、式を導いて頂くご導師(住職)との確認が必要です。

故人様の宗旨が家の宗旨と異なる場合や、宗旨は同じでも宗派が異なる場合は故人様の生前のご遺志を尊重頂くのが良いと考えます。

但し、家として寺院墓地をお持ちの場合は後日納骨の際に問題が起こる可能性が有りますので、菩提寺・ご住職に相談するなど慎重な検討が必要です。

又、無宗教葬で戒名を付けない場合や 戒名を他のお寺から頂いた場合などでも、同様の問題が発生します。

-葬儀の規模

葬儀の規模は故人様の社会的地位・交際範囲・葬家の意向・経済的条件などを考え合わせてお決め頂きます。

かっては本家・分家の関係、地域の慣習などにより葬儀の規模が決められて居りましたが、

現在の横浜では故人様とご葬家の意向が優先される様に変化致しました。

世間体に捉われて経済的に無理をしてまで大規模な葬儀を営む必要は御座いませ。

ご家族だけで故人様とゆっくりお見送りをしたいのであれば、家族葬を選択されるのもその一選択肢です。

-通夜・葬儀の場所

通夜・葬儀の式場はかってはご自宅で行うのが通常でしたが、

現代横浜での住宅事情などを考慮すると、ご自宅以外で行うのが一般的となりました。

以前はマンションや団地の集会所を利用する事も多く有りましたが、現在ではほとんど行われる事も無くなりました。

現在ではホテル、菩提寺、私営斎場、公営斎場など 設備が整えられた式場で営まれる事が多くなって居ります。

横浜市内には市営斎場が3ヶ所有ります(緑区・戸塚区・金沢区)。

これらの斎場は設備も整い、火葬場が隣接している事から マイクロバスの手配など不要で、

横浜市内在住の方には廉価で利用する事が出来ます。

その為、予約に時間がかかる事も御座いますが、余りあるべネフィットが御座います。

喪主

ー喪主の服装

喪主様や故人様のご親族はご葬儀や法要を執り行う際に喪服を着用しなければ成りません。

喪服とは葬儀や法事などに参加する際に着用する礼服で、藤衣(もぎぬ)や喪衣(もごろも)とも呼ばれます。

本来喪服とは、喪主様・ご遺族が喪に服している事を示すものです。

-正式な喪服と略式の喪服

正式と略式と呼ばれるものがあります。

喪主様は正式な喪服を着用します。

● 男性の正式礼装は、

洋装であればモーニングコートに黒とグレーの縦縞のズボンを合わせ、Yシャツは白、ネクタイは黒無地を着用します。

ただし、モーニングコートは昼間の正装ですので、夕刻に行われる通夜では着用しません。

通夜では略式礼服を着用します。

尚、フロントボタンは慶事の際の拝み合わせでは無く、普通の合わせ、カフスボタンは光る物は避けます

付けなくても構いません、靴下は黒無地、靴は黒のプレーンなものを着用します。

● 和装での喪服

和装であれば、黒羽二重染め抜き五つ紋の着物に角帯で締め 仙台平のはかまを履いて羽織を着用します、 

足袋は白もしくは黒、 草履の鼻緒は黒です。

● 最近の喪服

最近では正式礼装を着用するケースは少なくなり、喪主様・ご遺族・一般会葬者の方々が 

通夜・葬儀・告別式をとうして略式礼装を着用される様に成って居ります。

● 女性の喪服

女性の正式礼装は、洋装であれば黒無地のオーソドックスなデザインのワンピース、スーツ、アンサンブルとなり、

透けていたり光沢のある素材は避けます。

襟元がつまったデザインで、袖は長め、スカート丈は膝が隠れる程度にします。

和装では黒無地染め抜き五つ紋付きで半えりと足袋は白ですが、 

それ以外の帯や帯揚げ、帯締めなどの小物は全て黒にします。

バック、靴、草履は布製のものが正式です。

尚、つやの無いシンプルなものであれば革製でも構いません。

● 制服の着用

幼少の方が喪主の場合は学生服を着用します。

警察官。自衛官・消防官・海上保安庁など職業上制服を着用される方は 

喪服の代りに制服を着用するケースも御座います。

その場合は記章・略章等をはずす事が望ましい。

● 喪服の色

日本に於いて江戸時代までは喪服の色は白又は水色の無紋の麻の上下で、

女性も白絹白麻布の着物に白絹白綸子の帯を着用しました。

江戸時代に入り、染服に小紋の上下を着用するようになります。

それが明治11年大久保利通公の葬儀に当たり、多くの会葬者が黒の大礼服を着用した事から、

上流社会の中では黒が喪の色として認識され始め明治時代を通して庶民の間にも黒の喪服が定着して行きました。

喪(英語ではmourning)とは身近な方や心を寄せる方、尊ぶべき方の逝去を受けて、

それを悲しむ者が日常生活とは異なる儀礼的禁忌状態の中に一定期間身を置く事を言います。

   今回は以上です。

              

横浜での良い葬儀社の選び方

ご自身の終活を検討される場合、或は身近の方が最期の時間を迎えられるときには、

お見送りのお手伝いを司る葬儀社をお選び頂く必要が御座います。

散骨

1 良い葬儀社の選び方 

 1)身近にどの様な葬儀業者があるか

 ご自分の近くにどの様な葬儀業者があるかを知る方法と致しましては;

ー入院中の病院からの紹介、

ー事故に遭遇した所轄警察署からの紹介、

ー看板広告、パンフレット、

ーそして、最近は容易となったインターネット検索により調べる、

等が有ります。

又、葬儀業者の事業規模も;

ー地元に密着した小規模な業者から全国規模の業者まで多岐に渡ります。

これらの中から、ご希望に合う業者を選び出す事は困難な様に感じられますが、

ご自分が希望する葬儀の形が明確であればそれ程困難な作業では有りません。

2)ご希望に合った葬儀業者の選び出し

前記の情報源を基に;

ーご自分が希望する葬儀の形に合ったキーワードを持つ、

ー接触が容易、

ーご自分の予算に近い

等の観点で5~8社程度の葬儀業者を選択し見積書を含む必要資料を請求し、

比較・検討の上、ご希望に沿う葬儀業者の担当者と面談をします。

現代ではほとんどの葬儀業者がインターネット上にWebサイトを出して居りますので、

問合せもご自分のご都合に合わせて行う事が可能です。

3)担当者との面談

担当者との面談では、どの程度の規模の葬儀を行うか・必要とされる費用は・サービスの中身は・などの観点で行いますが、その際 下記の点もご注意頂く事が必要です;

ー相談者の希望を全て聞き、希望の真意を正しく理解する努力の姿勢があるか?

ー相談者の想いを引き出す努力の姿勢があるか?

ー1、2の上でいくつか選択肢を示してくれる事。

ー説明は、資料、パンフレット、施行例などを基に解り易くしてくれるか。

ー質問には丁寧に解り易く答えてくれるか。

ー見積書は明細を含めた明確な形で示されているか。

ー葬儀では会葬者の人数など幾つか変動要素が有りますが、

 どの様な変動要素があり、その場合の費用はどの様に変化するか、が明確に示されているか。

ー契約を急かさない、支払い期日に余裕がある。

などです。

2 葬祭業者

1)大手、有名葬儀業者

全国規模の大手・有名葬儀業者はスケールメリットを生かし、葬儀費用の全国平均などを考慮して費用設定をして居り、参考となる費用構造です。

又、プランと呼ばれる廉価なセット料金も示されて居り、利用し易いとも言えます。

但し、葬儀費用の相場はその地域により大きく異なりますので、その点は注意が必要です。

又、サービスの質は全国共通が前提となって居りますので、特別なご希望は高額な見積となる場合も有りますので、同じく注意が必要です。

2)病院・警察で紹介される葬儀業者 

病院で亡くなられた方のご遺族が葬儀業者を決めて居ない場合、

病院側に問い合せると葬儀業者を紹介してくれます。

又、万一の事故等で亡くなられた方のご遺族には必要に応じて警察署にて葬儀業者を紹介してくれます。

何れの場合も紹介される葬儀業者は然るべき規模の葬儀業者ですのでお手伝いに支障をきたす心配は有りませんが、

ある一定規模の葬儀を前提としてお手伝いを行う場合も有りますので、その場合は割高な葬儀費用と成り得ます。

3)地元の小さな葬儀社

小さな葬儀社は地元で然るべき評判を得なければ永く経営を続ける事は出来ませんので 

長年続いた葬儀業者は然るべきサービスの質を維持した葬儀業者と言えます。

又、葬儀費用もその地域の相場を反映した見積と成ります。

但し、古くから葬儀業界に携わる担当者の中には追加費用は当然かかるものと考えるケースも多く見られ、

この点は要注意となります。

4)インターネットを営業の手段とした葬儀業者

現代では全ての葬儀業者がインタ-ネット上にWEbサイトを持って居りますが、

その中身は従来の営業形態にWebサイトを追加した葬儀業者と、

Webサイトのみを営業ツールとする葬儀業者とに二分されます。

従来からの営業形態では多額の営業間接経費が必要とされましたが、

Webサイトのみの場合はこの間接経費は大幅に削減が可能となり、

ご遺族様のご負担も大きく削減する事が可能となりました。

ネットで葬儀業者を検索される場合にはこの点を頭の片隅に置いて検索されると良いでしょう。 

5)プランとは

最近のWebサイトでは、家族葬プラン・一般葬プラン・火葬儀プラン等、プランと呼ばれる言葉が多く見られます。

これは葬儀に必要とされる費用を特定条件の下、

葬儀に必要最低限な項目を組み合わせて、積み重ねた金額より廉価に提供するサービスです。

従いましてご遺族様がお考えの項目がどの程度含まれているかは良く確認頂く必要が御座います。

特別なご希望が有る場合は別途用意する事も可能です。

6)葬儀業者の選択ポイント

 葬儀業者を選択するに当たり大切な項目は以下の通りです。

1 葬儀の規模、費用、サービスの内容はご希望の葬儀の範囲内か。

2 その葬儀業者は葬儀そのものだけでなく、一周忌法要までの全ての関連事項のコーディネーターとして信頼出来るか。

3 担当者は常に同一人物か。

4 見積書には変動要素が含まれている事。

    今回は以上です。

横浜市都筑区の葬儀式場・慈恩寺

横浜市都筑区或は緑区内にお住まいのご葬家で、お住まいの近くでご葬儀を希望されるご遺族様には

慈恩寺のご利用をお勧め致します。

散骨クルーズ

1 慈恩寺葬儀式場

横浜市都筑区加賀原に位置する慈恩寺は浄土真宗本願寺派に属する寺院ですが、

都合がつけば、その本堂を葬儀式場として利用する事が出来ます。

ー慈恩寺はJR横浜線の中山駅からタクシーで10分(料金千円前後)に位置する浄土真宗本願寺派の寺院で、

 住宅地に建立されては居りますが、落ち着いた雰意気の大変良い寺院です。

ーお車で来場の方には、東名高速道路青葉インターより15分、

 第三京浜港北インターよりは20分程度の所に立地して居ります。

ー遠方より来られた参列の方々の宿泊施設と致しましては、

 ホテルパストラール横浜鴨井をお薦め致します。

 同ホテルはJR横浜線鴨井駅前にあり、慈恩寺まではタクシーで20分、料金は2千円前後でお着き頂けます。

ー慈恩寺では本堂をそのまま葬儀式場として利用させて頂く事が可能です。

 従いまして葬儀は仏式を前提と致します。

 しかし宗派はいずれの宗派でも営む事は可能です。

ー慈恩寺正面入り口の前が受付・待合せ場所となり、

 入口を入ると直ぐに本堂となり葬儀式場としてご利用頂けます。

 本堂右手には和室が有り、ご遺族の控室としてご利用が可能です。

 但し、通夜仮眠のお部屋としては利用出来ません。

ー本堂内は席数50席・参列者200人規模の葬儀を営む事が出来ます。

尚、慈恩寺をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

緑区内の横浜市北部斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

慈恩寺 全景

2 慈恩寺

浄土真宗本願寺派慧日山慈恩寺は住宅地内に創建された寺院で、地域社会との融合をもとに活動されて居ります。

現在のご住職は伝教師としてハワイなど海外で永らく布教活動をされた後、

本山の御意向により横浜で布教を始められました。

その様なバックグランドから他の寺院とは少々違う形で地域社会に溶け込んだ寺院で御座います。

   今回は以上です。

横浜市神奈川区の葬儀式場・宗興寺会館

横浜市内で公共鉄道機関から徒歩での会葬が可能な葬儀式場をご希望のご葬家様には、その一つとして

横浜駅と東神奈川駅の中間に位置する宗興寺会館のご利用をお勧め致します。

散骨クルーズ

1 宗興寺会館(そうこうじかいかん)

宗興寺会館は曹洞宗の寺院である開塔山日輪院宗興寺の管理による私営の葬儀式場で

宗旨・宗派を問わずにご利用く事が可能です。

宗興寺会館はJR京浜東北線東神奈川駅と横浜駅の中間に位置して居り、

どちらの駅からも徒歩10分以内で来場が可能な大変便利な葬儀式場です。

ーお車で来場の方には、首都高速横浜線東神奈川ランプをご利用頂くのが便利です(所要5分以内)。

ー又、遠方より来られた参列の方々の最寄の宿泊施設と致しましては横浜駅東口に隣接する

 京急EXイン横浜駅東口のご利用をお薦め致します。

 同ホテルはシングル6900円よりご利用が可能で、式場までは徒歩で10分、

 タクシ-利用の場合は5分(料金1000円以内)程度で到着が可能です。

ー宗興寺会館は国道15号線とJR京浜東北線の間に建立された寺院で、

 2階建の建物は、1階が式場設備、2階が寺院本堂となって居ります。

 1階は、正面入り口を入りますと受付となり、受付の先に式場の部屋とお清め室とが襖を挟んで配置され、

 右手にお清め室、奥に親族控室・僧侶控室等が用意されて居ります。

 式場は席数40席会葬者200名前後での葬儀を執り行う事が可能となって居ります。

尚、宗興寺会館をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

西区内の横浜市久保山斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

宗興寺 全景

2 開塔山日輪院宗興寺

宗興寺は山号を開塔山、院号を日輪院と号する横浜市神奈川区幸ヶ谷に位置する曹洞宗の寺院です。

創建の年代は不詳ですが、伊豆海島風土記によれば

永享12年(西暦1440年)に神奈川宿開塔山宗興寺より住職を招いて八丈島宗福寺が創建されたとありますので

古くより存在していたと考えられます。

宗興寺の名が広く知らしめるられたのは、江戸時代末期の横浜開港時に来日した

北アメリカ長老教会の宣教医、ジェームス・カーティス・ヘボン博士が寺内に神奈川施療所を開いたことによります。

ヘボン博士は”ヘボン式ローマ字”を創成して日本で最初の和英辞典を完成させ、

先進の医療技術を多くの日本人医師に教育して日本に近代医学の創生期を起こし、

明治学院(現在の明治学院大学)を創設して初代総理に就任し、

1892年(明治25年)に離日して米国に帰国して1911年(明治44年)に病没しました。

   今回は以上です。

横浜市南区の葬儀式場・瑞延寺会館

横浜市内で駅に近い葬儀式場と致しましては横浜市南区の瑞延寺会館が御座います。

瑞延寺会館は横浜市営地下鉄、若しくは京浜急行電鉄を利用して徒歩での来場が可能な式場です。

瑞延寺会館は浄土真宗大谷派瑞延寺の運営による葬儀式場ですが、

宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける私営の葬儀式場です。

但し、駐車場はそれ程広くありませんのでお車での来場はお勧め致しません。

1 瑞延寺会館

瑞延寺会館は横浜市南区日枝町に位置する私営の葬儀式場です。

ー瑞延寺会館は横浜市営地下鉄線吉野町駅から徒歩3分の市街地に建立された

 瑞延寺の境内に建つ落ち着いた雰生きの私営の葬儀式場です。

 京浜急行線をご利用の場合は南太田駅より徒歩5分となります。

ーお車で来場の場合は首都高速道路神奈川3号狩場線の花之木ランプを下りて10分以内の距離となります。

ー遠方よりお出で頂き参列頂く方々への最寄の宿泊設備と致しましては、

 徒歩10分の距離で横浜ウイークリー吉野店(シングル5900円より)が御座います。

 又、横浜駅周辺のホテルにお泊り頂いた場合は

 横浜駅より吉野町駅までの所要時間は市営地下鉄ブルーラインを利用して10分となります。

ー瑞延寺会館は総二階建ての葬儀式場で

 1Fに受付・お清め室・

 2Fに式場・ご遺族控室が配置されて居り、宗旨 宗派に係わらずご利用頂ける葬儀式場で御座います。

 式場は式場内席数40席、参列者200人規模の葬儀を営む事が可能です。

 ご遺族控室・通夜仮眠室としては和室(6畳)が用意されて居り、通夜仮眠は5名前後方々がお出来になります。

ー瑞延寺会館をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

 横浜市久保山斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

 瑞延寺会館は市街地にあり、駐車場は必ずしも広くありません。

 最寄駅に近接する交通の便の良い式場ですので、ご来場のせつは電車利用をお薦め致します。

瑞延寺会館 全景
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2 瑞延寺

”南区の歴史”によれば、大正2年12月に権律師串田慈延師により、真宗大谷派説教所が現在地に設立され、

当時信徒二〇〇名をかぞえましたが、昭和20年5月29日の横浜大空襲に罹災し、堂宇全てを焼失しました。

その後、昭和27年5月30日新たな宗教法人法にのっとって寺号公称が許可され、現在に至って居ります。

   今回は以上です。

横浜市戸塚区の葬儀式場・宝蔵院会館

横浜市戸塚区内で戸塚駅より徒歩で来場が可能な葬儀式場をご希望のご葬家様には

宝蔵院会館のご利用をお勧め致します。

1 宝蔵院会館

宝蔵院会館はJR線戸塚駅東口より徒歩で13分程度に位置する、

宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける私営の葬儀式場です。

宝蔵院本堂とは離れた場所に設けられた独立の2階建て式場で、国道1号線に面した大変交通の便の良い式場です。

ーお車で来場の方には横浜新道戸塚出口より5分程度の距離に立地して居ります。

ー遠方より来られた参列の方々の宿泊施設と致しましては、スーパーホテル戸塚駅東口(JR線戸塚駅東口前)をお薦め致します。

 同ホテルはJR線戸塚駅前に所在し、シングル7500円よりご利用が可能で御座います。

ー 宝蔵院会館は国道1号線に面した敷地入口の左側に建造されて居り、

 1階に受付・待合せロビー・席数40席(会葬者100名前後)の式場、

 2階にお清め室・僧侶控室・親族控室・通夜仮眠室が配置されて居ります。

ー尚、宝蔵院会館をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

 所用10分前後で到着可能な戸塚区鳥が丘の横浜市戸塚斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

2 東峰山宝蔵院

東峰山宝蔵院は横浜市戸塚区吉田町に位置する真言宗大覚寺派の寺院です。

御本尊は不動明王で、戸塚不動尊とも呼ばれ、連ぎょう寺とも通称されて居ります。

伝えによれば、当初寺院は東峰山光円寺として東海道戸塚宿東の眺望に富んだ小高い丘の上に所在したといわれ、

平安時代、弘法大師・空海が唐(中国)での密教の奥義伝授を受けて日本に帰国した後行った東国御巡かの際には

光円寺に立ち寄られたといわれます。

その後、盛衰を経て江戸時代の寛永年間(西暦1624-1644年)に東海道沿いの現在地に移転して、

東峰山金剛寺宝蔵院と寺院名を改めたとされます。

現在は地域社会に貢献する寺院として、地域住民にたいする各種の催しがいとなまれて居ります。

   今回は以上です。

横浜市青葉区の葬儀式場・あおば浄苑

横浜市青葉区にお住まいのご葬家では横浜市北部斎場をご利用頂くのが一般的ですが、

日程のご都合等で葬儀式場を別途お探しの場合には横浜市青葉区恩田町に位置するあおば浄苑のご利用をお勧め致します。

1 徳恩寺 あおば浄苑

あおば浄苑は高野山真言宗摩尼山延壽院徳恩寺により運営される私営の葬儀式場で宗派に関わらずご利用頂けます。

ーあおば浄苑は東急田薗都市線、若しくはJR横浜線の長津田駅からこどもの国線に乗り換え、

 最初の駅であります恩田駅から徒歩で二分に位置する私営の斎場で、相模の田薗風景が残る地に建立された、

 落ち着いた雰意気の大変良い斎場です。

ーお車で来場の方の便は非常に良く、東名高速道路青葉インターより12分の所に立地して居ります。

ー遠方より来られた参列の方々の宿泊施設と致しましては青葉フォーラムをお薦め致します。

 同フォーラムは東急田薗都市線青葉台駅前にあり、

 式場まではタクシーで15分、料金は1千5百円前後でお着き頂けます。

ーあおば浄苑は徳恩寺敷地内に別棟として建てられおり、宗旨・宗派に係わらず大、小のホールを利用出来る形となって居ります。

 小高い丘の中腹に建てられて居り、徳恩寺を正面に見て右手の坂道を登って頂くとあおば浄苑の正面入り口となります。

 建物は二階建てとなって居り、

 一階には受付・待合せホール・大ホール・小ホール・パントリーが配置され、

 二階には和室控室(3室)迎賓室が配置されて居ります。

 大ホール内は席数50席・参列者300人規模の葬儀を営む事が出来、

 小ホールでは15席の家族葬を営む事が可能となって居ります。

 二階の和室はご遺族の待合室としてご利用頂けると共に通夜仮眠の部屋としても使用可能です。

 5名前後の通夜仮眠が出来る様になって居ります。

ー尚、あおば浄苑をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

 緑区内の横浜市北部斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

 高野山真言宗摩尼山延壽院徳恩寺は 1355年(建武二年)等海律師により中興開山され、地域の人々に親しまれて現在に至って居ります。ご本尊の虚空蔵菩薩は室町時代の作と伝えられ、横浜虚空蔵としても有名です。

2 摩尼山延壽院徳恩寺(まにさん・えんじゅいん・とくおんじ)

徳恩寺

高野山真言宗摩尼山延壽院徳恩寺は1355年(建武二年)等海律師(とうかいりつし)により中興開山された、

地域の人々に親しまれて現在に至る真言宗の寺院です。

ご本尊の虚空蔵菩薩は室町時代の作と伝えられ、横浜虚空蔵としても有名です。

徳恩寺は元々、延命院という草庵が十世紀早々に結ばれていたが、

戦乱や自然災害により衰微し、廃寺寸前であったところ、

建武二年(1355)、等海律師(?~1373)の手によって、高野山真言宗摩尼山延壽院徳恩寺として中興開山されました。
江戸中期には中本寺として近隣の真言宗寺院十三ヶ寺を統べる法談所でもありました。

殊に元禄十四年(1701)、柳沢吉保の一族、恩田郷を治めていた柳沢信尹公より、

鉄眼禅師の「大般若経六百巻」及び大名駕籠二丁のご寄進。

また、奥方の 念持佛であった弁財天一躰及び弁天社を寄進建立されるなど、

菩提寺への帰依信仰に篤く多大な貢献をされ、

さらに信尹公の上申により、慶安二年(1649) には寺領七石の朱印地を賜りました。(朱印状の写しが現存)

本尊虚空蔵菩薩は、室町期の作と伝えられ、

特に毎年十一月の十三詣・七五三の参詣には、ご祈祷をうける幼児や児童であふれ、

横浜虚空蔵として地域の人々に親しまれています。

   今回は以上です。

横浜市緑区の葬儀式場・大林寺観音堂山水閣

横浜市緑区内の葬儀式場と致しましては先ず横浜市北部斎場のご利用が優先されますが、

ご希望の日取りでの式場予約が難しい場合は大林寺観音堂山水閣のご利用をお勧め致します。

1 大林寺観音堂山水閣

大林寺観音堂山水閣は横浜市緑区内のJR横浜線(東急田薗都市線)の長津田駅から徒歩で5分以内に位置する、

宗旨・宗派に係わらずご葬儀でご利用頂ける私営の葬儀式場です。

ー山水閣は慈雲山大林寺本堂とは道を隔てて建造された独立の2階建て式場で、

 落ち着いた雰意気の大変良い式場です。

ーお車で来場の方には、東名高速道路横浜青葉インター、もしくは横浜町田インターより10分程度の距離に立地して居ります。

ー遠方より来られた参列の方々の宿泊施設と致しましては

 ベストウェスタンレンブラントホテル東京町田(JR横浜線町田駅前)をお薦め致します。

 同ホテルはJR横浜線町田駅前に所在し、長津田駅までは横浜線を利用頂き所要6分となります。

 式場までの徒歩の時間を含めて約30分で到着が可能です。

ー山水閣は道路に面した入口が2階、その下が1階となって居ります。

 2階には正面にお檀家様の為の観音堂が有り、

 その左手に受付・待合せロビー・席数45席(会葬者100名前後)の式場・お清め室・

 僧侶控室・親族控室・通夜仮眠室が配置されて居ります。

 1階は別の入り口が設けられ、受付・待合せロビー・席数100席(会葬者500名)の式場・

 お清め室・僧侶控室・親族控室・通夜仮眠室が配置されて居ります。

尚、山水閣をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

緑区内の横浜市北部斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

大林寺山水閣全景
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2 慈雲山大林寺

慈雲山大林寺は横浜市緑区長津田6丁目6-24に位置する曹洞宗の寺院で、

創建は1570年(元亀元年)、長津田の初代領主岡野平兵衛房恒の父・板部岡江雪斎が開基とされております。

寺院内は静かなたたずまいで、季節ごとに梅や桜が咲きそろい、地域住民の憩いの場ともなって居ります。

   今回は以上です。

横浜市都筑区の葬儀式場・長徳寺観音堂

横浜市都筑区にお住まいのご葬家では横浜市北部斎場をご利用頂くのが一般的ですが、

ご自宅の近くでご葬儀をご希望の場合や、北部斎場の予約が思う様に出来ない場合は、

横浜市都筑区牛久保西3丁目に所在する浄土真宗本願寺派長徳寺観音堂をご利用頂く事も可能です。

長徳寺 観照堂

長徳寺は浄土真宗本願寺派の寺院ですが、

本堂とは別棟となる観音堂は宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける葬儀式場です。

ー長徳寺観照堂は横浜市営地下鉄センター北駅より徒歩で15分の都筑区内に位置する私営の式場で、

 緑地に囲まれた静かな式場でもあります。

ー遠方より来られた参列の方々には、

 隣駅のセンター南駅前ホテルアトラス(シングル7600円より)にお泊り頂き、

 式場まではタクシ-をご利用頂いて20分以内(料金1500円前後)で斎場においで頂く事が可能です。

ー会葬にお車で来場される場合は第三京浜道路都筑インターより15分程度の距離となります。

ー長徳寺境内に建てられた観照堂は総二階の建物で、宗旨・宗派に係わらずご利用出来る形となって居ります。

 堂内は1階にセレモニーホール・喫煙室・トイレ・洗面場所が、

 2階には待合せロビー・和風客室(28帖)・洋風客室(お清め室32帖)・親族控室(14帖)

 トイレ・洗面所 喫煙室が配置されて居ります。

ー正面入り口より入りますと受付、待合せロビー、そしてセレモニーホールと続く形となって居ります。

ーセレモニーホールでは式場内席数100席 参列者500人規模の葬儀を営む事が可能で、

 通夜式の後のお清め室は2階の洋風客室をご利用頂く形となります。

 尚、観照堂をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

 横浜市北部斎場(横浜市営)をご利用頂くのが一般的です。

 弘願山長徳寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、開山後500年と伝えられて居ります。ご本尊は阿弥陀如来です。

   今回は以上です。

横浜市戸塚区の葬儀式場・浄蓮会館

横浜市戸塚区の横浜市戸塚斎場をご利用希望のご葬家様で式場の予約がなかなか取れずにお困りの際には

代わりの葬儀式場として戸塚斎場の程近くに位置する浄蓮会館のご利用をお勧め致します。

浄蓮会館

浄蓮会館は横浜市戸塚斎場から車で10分以内に位置する私営の葬儀式場です。

宗旨・宗派を問わずにご利用頂く事が可能です。

ー浄蓮会館はJR線戸塚駅東口バス6番乗り場より弥生台駅行に乗車し15分程度で到着する

 岡津バス停前(泉区岡津町)に位置する、宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける私営の葬儀式場です。

ー独立平屋建ての葬儀式場で、横浜市戸塚斎場まで車利用であれば10分以内という

 大変交通の便の良い式場です。

ーお車で来場の方には横浜新道矢沢立体交差点より10分程度の距離に立地して居ります。

ー遠方より来られた参列の方々の宿泊施設と致しましては

 スーパーホテル戸塚駅東口(JR線戸塚駅東口前)をお薦め致します。

 同ホテルはJR線戸塚駅前にあり、シングル7500円よりご利用が可能で御座います。

ー浄蓮会館は県道401号瀬谷柏尾道路に面して建造されて居り、

 入口前面が駐車場、右手に本館葬儀式場、左手に別館家族葬式場が配置されて居ります。

本館右手には浄蓮茶房がオープンして居り、早めにご来場頂いた方々へのお休みの場としてもご利用頂けます。

ー本館葬儀式場は入口を入りますと、

 受付・待合せロビーとなり、左手に席数40席(会葬者100名前後)の葬儀式場、

 右手にお清め室、僧侶控室、親族控室・通夜仮眠室が配置されて居ります。

 又、別館が有り家族葬式場としてご利用頂けます。

 別館はこじんまりとした建物で御会葬者10名以内での家族葬(密葬)が営める構造となって居ります。

ー浄蓮会館にはご遺体の安置設備が完備されて居り、

 ご遺体をご自宅に安置出来ないご事情をお持ちの場合は利用する事が可能です。

尚、浄蓮会館をご利用頂いた場合の火葬場はマイクロバスをご利用頂き、

戸塚区内の横浜市戸塚斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

   今回は以上です。

横浜市旭区の葬儀式場・旭斎場

横浜市民のご葬家が横浜市営斎場の利用をご希望されても、予約がなかなか出来ない場合も御座います。

この様な場合に、ご利用頂ける葬儀式場として横浜市旭区の旭斎場が御座います。

旭斎場は私営の葬儀式場ですが廉価にご利用頂け、横浜市北部斎場にも近い所に位置して居りますので、

火葬炉への移動も容易な葬儀式場です。

但し、式場の広さには限りが御座いますので、大型のご葬儀を営むには無理がございます。

旭斎場

旭斎場は横浜市旭区下川井町1556-7に位置する私営の葬儀式場で宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける葬儀式場です。

ー旭斎場は相鉄本線三ツ境駅から路線バスで所要10分、

 追分市民の森や矢指市民の森に近接した緑の中の静かな私営の葬儀式場です。

ーお車で来場の場合は、保土ヶ谷バイパス下川井インターより6分と大変交通の便の良い式場でもあります。

ー遠方より来られ宿泊が必要な参列の方々には、横浜駅周辺のビジネスホテルにお泊り頂き、

 相鉄本線をご利用頂いて所要18分で三ツ境駅へ、

 その後は路線バスであれば所要10分、

 タクシー利用であれば所要5分(料金1000円前後)で斎場に到着する事が出来ます。

ー旭斎場は受付・式場・お清め席がワンフロア―の中に配置されたコンパクトな式場で、

 宗旨・宗派に係わらずご利用頂ける形となって居ります。

ー式場内席数は30席・参列者70~80名規模の葬儀を営む事が出来ます。

 又、別棟に4.5畳の僧侶控室が容易されて居り、

 この部屋を通夜仮眠の部屋としても利用出来る形となって居ります。

ー旭斎場ではご遺体の保管設備が用意されて居り、

 ご遺体をご自宅に安置出来ない場合でも斎場内に安置する事が可能です。

ー旭斎場はご利用費用が廉価な事から、家族葬を営まれるご葬家様から好評を頂いている斎場で御座います。

尚、旭斎場をご利用頂いた場合の火葬場は

マイクロバスをご利用頂き、近所の横浜市北部斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

   今回は以上です。

横浜市港北区の葬儀式場・永昌寺会館

横浜市港北区内にお住まいで、ご自宅の近くでご葬儀をご希望のご葬家様にご利用いただける葬儀式場が

永昌寺会館です。

永昌寺会館は鶴見緑地内に位置した閑静な環境の中の式場で、

曹洞宗の久寶山永昌寺に所属する葬儀式場ですが、宗旨・宗派にかかわらずご利用頂けます。

永昌寺会館

永昌寺会館は港北区の東急東横線大倉山駅から徒歩20分の鶴見緑地内に建立された

永昌寺の境内に建つ落ち着いた雰囲気の私営の葬儀式場です。

ータクシ-を利用した場合は約10分(料金1500円前後)となります。

ー又、お車で来場の場合は綱島街道大豆戸交差点より10分、

 国道1号線下末吉交差点より15分程度の距離となります。

ー最寄の宿泊設備と致しましては、横浜駅周辺のホテルにお泊り頂き、

 東急東横線をご利用頂いて15分程度で大倉山駅にお出で頂くか、

ー新横浜駅前のホテルをご利用頂き、タクシーで(約15分、料金2000円前後)式場までお出で頂くのが便利です。

ー永昌寺会館は大小二つのホールを持ち、仏式・神式・キリスト教式いずれのお見送りを執り行う事が可能です。

ー大ホールは式場内席数50席、列者150人規模の葬儀を営む事が出来、

 小ホ-ルでは席数20席、参列者40名規模の家族葬が執り行えます。

 大ホールでは洋間2室、小ホールでは洋間1室がお清め所として用意され、

 ご遺族控室・通夜仮眠室としては和室(7.5畳)が用意されて居ります。

 又、シャワー付き浴室も御座いますので真夏の夜間でも故人様への付添いが容易です。

 尚、通夜仮眠は5名前後方々がお出来になります。

ー永昌寺会館をご利用頂いた場合の火葬場は、マイクロバスをご利用頂き、近所の西寺尾火葬場(私営)、

 若しくは横浜市久保山斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

    今回は以上です。

横浜市港北区の葬儀式場・妙蓮寺斎場

横浜市港北区にお住まいのご葬家がご自宅の近くでのご葬儀を希望された場合の葬儀式場としては

妙蓮寺斎場が御座います。

東急東横線妙蓮寺駅前に位置する妙蓮寺斎場は日蓮宗の長光山妙蓮寺殿が運営する葬儀式場ですが、

宗旨・宗派を問わずにご利用頂ける港北区民になじまれた便利な式場です。

妙蓮寺斎場

妙蓮寺斎場は東急東横線で横浜駅から三つ目の妙蓮寺駅前に位置する私営の斎場で、

大変交通の便の良い斎場でもあります。

ー又、お車で来場の場合は首都高速神奈川1号生麦インター、もしくは第三京浜道路新横浜インターをご利用頂き、

 いずれのインターからも15分程度の時間で斎場に到着がかのうです。

ー遠方より来られた参列の方々にも、横浜駅周辺のホテルにお泊り頂き、

 東急東横線をご利用頂いて10分以内で斎場においで頂く事が可能です。

ー現在の妙蓮寺境内には二棟の葬儀式場棟が建てられおり、

 宗旨・宗派に係わらずこれらの式場を利用出来る形となって居ります。

ー正門をくぐりますと左手に第一斎場があり、

 式場内席数100席・参列者500人規模の葬儀を営む事が出来ます。

ー又、右手墓地の脇の坂道を上りますと第二斎場があり、

 一階では式場内席数40席 参列者100名規模の葬儀が、

 二階では蓮華の間として席数10席10名規模の家族葬を営む事が出来る別室が用意されて居ります。

ー第一斎場、第二斎場共に和室の遺族控室が付属して居り、5名前後の通夜仮眠が出来る様になって居り、

 浴室・シャワーも完備しております。

ー妙蓮寺斎場ではご遺体の保管設備が用意されて居り、

 ご遺体をご自宅に安置出来ない場合でも斎場内に安置する事が可能です。

ー妙蓮寺斎場は交通の便の良さから御選択頂くご葬家様がほとんどのケースです。

ー尚、妙蓮寺斎場をご利用頂いた場合の火葬場は マイクロバスをご利用頂き、

 近所の西寺尾火葬場(私営)、若しくは横浜市久保山斎場(市営)をご利用頂くのが一般的です。

ー長光山妙蓮寺は日蓮宗の寺院で、

 1350年に現在の神奈川区神明町に妙仙寺として建立されましたが、

 明治時代、横浜線設営の為、移転を余儀なくされて、菊名池畔にあった蓮光寺を移転先として合併し、

 妙仙寺の妙と蓮光寺の蓮を合わせて妙蓮寺と改名し、現在に至って居ります。

   今回は以上です。

私営西寺尾火葬場

現在横浜市内には5ヶ所の火葬場が御座います。 4ヶ所の横浜市営火葬場と1ヶ所の私営火葬場が横浜市民のご火葬を営んでおります。 その私営火葬場が西寺尾火葬場で、隣接して葬儀式場としての西寺尾会堂がご利用頂けます。 横浜での海洋散骨

1 西寺尾火葬場

  西寺尾火葬場 西寺尾火葬場は横浜市神奈川区松見町に位置する大正13年(1924年)6月5日に設立された私営の火葬場で、 長らく横浜市民、川崎市民、東京都民(大田区民)に利用されてまいりました。 火葬炉利用料は6万~9万円と市営火葬場と比較して割高ではありますが、比較的早めにご火葬が営める斎場として多くのご葬家がご利用されて居ります。

2 西寺尾会堂

西寺尾会館 西寺尾会堂は西寺尾火葬場を併設し、古くより港北、神奈川、鶴見区民に利用されている、宗旨・宗派に係わらずご利用出来る私営の葬儀式場です。 ー会堂は東急東横線妙蓮寺駅から徒歩10分の丘の上に建てられて居り、 ー車で来場される方には首都高速神奈川1号線生麦ランプ、若しくは第三京浜道路新横浜インターより、何れも15分程の距離に位置する交通の便の良い葬儀式場です。 ー又、遠方より来られて宿泊が必要な方々には妙蓮寺駅から所要7分で横浜駅となり、横浜駅周辺には多くのビジネスホテルが営業しております。 ーその一つとしてはヨコハマプラザホテル(横浜駅東口)シングル6000円より等がご利用頂けます。 会堂は総二階の建物として建設され、 一階には受付、待合せロビー、葬儀式場、僧侶控室が、 二階には待合せロビー、お清め室、遺族控室・通夜仮眠室が配置されて居ります。 葬儀式場は約60席の会葬者席が用意可能で、200名程度までのご葬儀を執り行う事が可能です。 尚、同会堂では花輪の取り付けが出来ぬ為、斎場のお飾りは生花のみのご利用となります。 又、西寺尾火葬場への移動は徒歩での移動と成りますので、マイクロバス等は不要となります。 今回は以上です。

横浜市北部斎場

横浜市民の方のお見送りに際し廉価でご利用頂ける横浜市営の葬儀式場は横浜市戸塚斎場、横浜市南部斎場、横浜市北部斎場の三斎場が御座います。 三斎場の中で最っとも新しく、四室の葬儀式場を保有する斎場が横浜市北部斎場です。 横浜での海洋散骨

横浜市北部斎場

横浜市北部斎場は緑区長津田町に位置する横浜市営の斎場で、青葉・都筑・港北・緑・旭・瀬谷・保土ヶ谷区民のご葬家でご利用頂ける葬儀式場です。 横浜市北部斎場には火葬場が併設され、大駐車場も備えた大変便利な葬儀式場で、宗旨・宗派に係わらずご利用が可能な斎場です。 又、葬儀式場から火葬場への移動は徒歩が可能で、マイクロバス等を必要と致しません。 横浜市北部斎場 ー来場に当たりましては、JR横浜線十日市場駅より横浜市営バス55系統に乗車して頂き北部斎場前で下車(所要10分)の後 徒歩で10分となります。 又、タクシ-をご利用の場合はJR横浜線長津田駅南口より約8分(料金1300円前後)で来場頂けます。 ーお車で来場の場合は東名高速横浜インターより10分の距離となります。 ー又、遠方よりご参列の方々には最寄のホテルとして、“東京 湯河原温泉 万葉の湯”が御座います。 万葉の湯は東名高速横浜インター出入口前に位置する温泉ホテルで、 JR横浜線・小田急線町田駅よりシャトルバスが運行されて交通の便も良く、 北部斎場まではタクシーで10分(料金1300円前後)とご利用しやすい宿泊設備です。 ご利用料金は 洋室ツイン 2名利用で 10400円/人(税込)からとなります。 或は町田駅周辺のホテルをご利用される参列の方も多く居られます。 ー北部斎場は正門を入りますと直ぐにトンネルとなり、トンネルを抜けると前に駐車場、正面奥に火葬場、右手に式場の建物が配置されて居ります。 葬儀式場は4式場あり、いずれも式場も受付・待合せロビー・式場・お清め室・親族控室・宗教家控室・シャワー室・トイレが配置されて居り、 席数100席 300名程度のご葬儀を執り行う事が可能となって居ります。 通夜仮眠は5名様程度までは可能です。 但し、横浜市消防条例により夜9時以降の火気使用は不可となって居りますので 灯明・線香は9時で消灯しなければ成りません。 北部斎場は建物も比較的新しく 駐車場も大きく取られ居り、ご利用頂いた方々よりは好評を頂く式場で御座います。 今回は以上です。  

横浜市南部斎場

横浜市民の為の公営葬儀式場は三ヶ所、公営火葬場は四ヶ所運営されて居り、廉価に利用する事が出来ます。 横浜市営として三番目に開設された横浜市南部斎場は葬儀式場を隣接した火葬場であります。 横浜での海洋散骨

横浜市南部斎場

横浜市南部斎場は横浜市内最南部の金沢区みず木町に位置する横浜市営の斎場で、葬儀式場と火葬場が併設され、大駐車場を備えた大変 便利な葬儀式場で、 宗旨・宗派に係わらずご利用が可能で、磯子・港南・栄・金沢区民のご葬家にご利用頂いて居ります斎場です。 一般的交通機関での来場には少々時間が必要となりますが、横浜横須賀高速道路朝比奈インター出口に隣接して居り、お車での来場には便利な斎場です。 又、火葬場への移動は徒歩が可能で、マイクロバス等を必要と致しません。 1)来場に当たりましては ー京浜急行線金沢八景駅(特急停車駅)よりタクシ-利用で約20分(料金2000円前後)で来場頂けます。 ー路線バスご利用の場合は同じく金沢八景駅より神奈川中央交通の大船駅行、庄戸行、上郷ネオポリス行にお乗り頂き、隧道東口で下車(所要時間約20分)後、斎場まで徒歩10分です。 尚、斎場までの徒歩10分間は急な登り坂となりますのでお気を附け下さい。 ーお車で来場の場合は大変便利で横浜-横須賀高速道路朝比奈インター出口前となります。 ー又、遠方よりご参列の方々には最寄の宿泊施設として、“上郷・森の家”が御座います。 上郷・森の家は斎場よりタクシ-で5分(料金1000円)の距離にあるご利用し易い公営の宿泊設備です。 ご利用料金は2名利用で6500円(朝食付き)/人(税込)からとなります。 金沢八景駅周辺のホテルと致しましては“横浜テクノタワーホテル”が御座います。 ご利用料金はシングルルーム 8500円税込/人でご利用頂けます。 斎場まではタクシ-で3000円前後となります。 横浜市南部斎場 2)横浜市南部斎場はートンネルを潜り正門を入りますと、正面左手に火葬場・式場の建物が御座います、この前を通り建物奥には駐車場が配置されて居ります。 ー葬儀式場は1Fに1式場、2Fに1式場、計2式場があり、いずれも式場も 受付・待合せロビー 式場 お清め室 親族控室 宗教家控室 トイレが配置されて居り、 席数100席300名程度のご葬儀を執り行う事が可能となって居ります。 通夜仮眠は5名様程度までは可能です。 但し、横浜市消防条例により夜9時以降の火気使用は不可となって居りますので 灯明・線香は9時で消灯しなければ成りません。 ー横浜市南部斎場はインター出口に隣接し、深い緑地の中に造られた静かな斎場で 駐車場も大きく取られ居り、お車でご来場頂く方々よりは好評を頂く式場で御座います。 今回は以上です。  

横浜市戸塚斎場

横浜市民の為の公営葬儀式場は三ヶ所、公営火葬場は四ヶ所運営されて居り、廉価に利用する事が出来ます。 この中で横浜市久保山斎場に続いて二番目に古い横浜市戸塚斎場は葬儀式場を隣接した火葬場です。 横浜での海洋散骨 横浜市戸塚斎場 横浜市戸塚斎場は戸塚区鳥が丘に位置する横浜市営の斎場で、葬儀式場と火葬場が併設され、ぺットの火葬も可能な、駐車場を完備した、大変便利な葬儀式場です。 ご利用者の宗旨・宗派に係わらずご利用が可能な斎場です。 又、葬儀式場から火葬場への移動は徒歩が可能で、マイクロバス等を必要と致しません。 会葬者の来場に当たりましては、 ー横浜市営地下鉄線踊場駅より徒歩で15分、 ーJR線戸塚駅から路線バス利用であれば、戸塚駅西口バスセンターより“戸79;弥生台駅行き”に乗車し戸塚斎場前で下車(所要時間10分前後)、 ータクシ-利用であれば所要10分(料金1200円前後)で来場頂けます。 ーお車で来場の場合は横浜新道を藤沢方面に向かい、戸塚駅入り口・矢沢立体(IC)を右折して約5分となります。 又、遠方よりご参列の方々には最寄の宿泊施設として、戸塚駅前西口に“相鉄フレッサイン横浜戸塚”が御座います。 相鉄フレッサイン横浜戸塚は斎場までタクシ-で10分(料金1200円前後)の距離にあるご利用し易い宿泊設備です。 ご利用料金はシングルルーム6750円からとなります。 ご予約はインターネット予約利用が割安となります。 横浜市戸塚斎場 戸塚斎場は小高い丘の上に建設されて居り、坂道を登って正門に立ちますと、 正面手前が駐車場、正面奥に火葬場、右手に式場の建物が御座います。 葬儀式場は二階建てで、1Fに1式場、2Fに1式場、計2式場があり、 いずれも式場にも受付・待合せロビー・お清め室 式場 親族控室 宗教家控室 トイレが配置されて居ります。 会葬者の収容人数は席数100席300名程度のご葬儀を執り行う事が可能となって居ります。 通夜仮眠は5名様程度までは可能です。 但し、横浜市消防条例により夜9時以降の火気使用は不可となって居りますので、灯明・線香は9時で消灯しなければ成りません。 戸塚斎場は古くから横浜市民に利用されている火葬場であり、 横浜市営斎場の中で、ぺットの火葬は戸塚斎場でのみ可能となって居ります。。 今回は以上です。  

横浜市久保山斎場

横浜市民の方のお見送りに際し廉価でご利用頂ける横浜市営の葬儀式場は横浜市戸塚斎場、横浜市南部斎場、横浜市北部斎場の三斎場が御座います。 又、火葬場は前記三斎場に加えてご火葬のみを営める横浜市久保山斎場がご利用頂けます。 横浜での海洋散骨

横浜市久保山斎場

1 横浜市久保山斎場

横浜市民の方がご利用頂ける火葬場といたしまして横浜市久保山斎場が御座います。 故人様が横浜市の住民である場合には横浜市営の火葬場をご利用頂くのが費用的には最小のご負担となります。 横浜市久保山斎場は、他の横浜市営斎場とは異なりご火葬のみを提供する斎場で御座います。 横浜市久保山斎場は横浜市西区元久保町に位置するご火葬専用の斎場で、 主として鶴見、神奈川、中、西、南、保土ヶ谷区民の故人様のご過疎に頂いて居ります。 ご来場に当たりましては、JR線保土ヶ谷駅、若しくは京浜急行線黄金町駅よりタクシ-利用が便利です。 何れも所要時間10分、千参百円前後の費用で来場頂けます。 お車で来場の場合は首都高速横浜3号線永田インターより10分の距離となり、十分な広さの駐車場が用意されて居ります。 遠方よりご参列の方々には最寄のホテルとしては、JR線横浜駅、桜木町駅、関内駅周辺のビジネスホテルご利用をお薦め致します。

柩

2 久保山斎場に隣接する式場

横浜市久保山斎場はご火葬のみにご利用頂ける斎場ですので、ご葬儀を営む場合には別途葬儀式場をご利用頂く必要が御座います。 隣接する葬儀式場としては、小西斎場、若しくは一休庵久保山斎場がご利用頂けます。 小西斎場 1)小西斎場 小西斎場は西区元久保町に位置する私営の斎場で、横浜市久保山斎場(火葬場のみ)に隣接した大変便利な葬儀式場です。 火葬場への移動は徒歩が可能でマイクロバス等を必要と致しません。 ご来場に当たりましてはJR線保土ヶ谷駅、若しくは京浜急行線黄金町駅よりタクシ-利用が便利です。 何れも所要時間10分、千参百円前後の費用で来場頂けます。 お車で来場の場合は首都高速横浜3号線永田インターより10分の距離となります。 遠方よりご参列の方々には最寄のホテルとしてはJR線横浜駅、桜木町駅、関内駅周辺のビジネスホテルご利用をお薦め致します。 小西斎場の式場は1室あり1Fが駐車場と入口、60席 150名の葬儀を執り行う事が可能な式場となります。 その構造は1FとB1Fの二階構造となって居り、1Fに正面入り口、受付、待合せロビー、式場、そして宗教者控室が配置され、 B1Fには遺族控室(和室18畳)お清め室(立食100名)シャワー室が御座います。 1FとB1Fの間にはエレベーターで繋がれ、B1Fには多目的トイレも設備されて居ります。 遺族控室は通夜仮眠のお部屋としてもご利用頂け、大変ご利用頂き易い斎場で御座います。 尚、ご自宅でご遺体を安置する事が出来ない場合は別棟にご安置する事も可能となって居ります。 一休庵久保山斎場 正面入口 2 一休庵久保山斎場 一休庵久保山斎場は西区元久保町に位置する私営の斎場で、横浜市久保山斎場(火葬場のみ)に隣接した大変便利な葬儀式場です。 火葬場への移動は徒歩が可能でマイクロバス等を必要と致しません。 ご来場に当たりましてはJR線保土ヶ谷駅、若しくは京浜急行線黄金町駅よりタクシ-利用が便利です。 何れも所要時間10分、千参百円前後の費用で来場頂けます。 お車で来場の場合は首都高速横浜3号線永田インターより10分の距離となります。 遠方よりご参列の方々には最寄のホテルとしてはJR線横浜駅、桜木町駅、関内駅周辺のビジネスホテルご利用をお薦め致します。 一休庵久保山斎場の式場は2室あり、1Fが駐車場と正面入口、B1Fが第一式場、B2Fが第二式場となり、正面入口からはエレベーターで下りて頂きます。 エレベーターで下りますと受付と待合せロビーとなり、正面の通路を挟んで左側に式場とお清め室、右側に遺族控室(和室12畳)手洗い シャワー室が配置されて居ります。 式場は会葬の方々の予定人数に合わせて、広さを調整する事が可能となって居り、ご利用される広さに合わせた利用料体系となって居ります。 式場とお清めの席の間はパ-ティションで区切る形となります。 今回は以上です。  

遺族、悩み

身近な方とのお別れはどなたにとっても辛い悲しいことです。 その様なお気持ちの中でも故人様のお見送りを営まなければなりません。 特に初めてのご経験であれば、色々と不明な点を確認しながらの営みと成ります。 花祭壇 家族葬

1 ご遺族

身近な方の死は、故人様の周囲の方々、故人様をご存じの方々のお心で色々な感情が沸き起こります。 日本の歴史の中で、古くには人の死は新たなる死を招く祟りを持つとおそれられた時代も御座いました。 この様な恐れを和らげる為に故人様の霊を鎮魂する儀礼として葬儀を営む必要がありました。 又 故人様のご逝去をいとおしみ、惜別(せきべつ)の念を抱くと共に、ご遺体の腐敗に対する恐怖感も醸成されました。 この様な各種の感情を緩和する為にもお見送りの祭祀を営む必要が御座いました。 お別れ会 1)お見送りの祭祀から学ぶ 故人様のご逝去を悼んで人々が集まり営まれるご葬儀では、参列された方々に 生を受けた人は必ず死を迎えなければならない存在である事、 そして人々は人の死が周囲の人々に大きな悲嘆をもたらす程の出来事である事に直面し、 人の命の大切さを知る事と成ります。 葬送の儀礼という場に面し、人は死の事実に直面し、その事実の大きさから生の大切さを知ります。 更に又、人の死は決して終わりではなく、無に帰す事でもない事を学びます。 そしてご葬儀の営みはご遺族の方々のお気持ちを安らげる為の儀礼でも御座います。 葬儀式 2)命の大切さ どの様な命も重く、人の生と死が重くて大切なもである事から、ご葬儀が営まれます。 従いまして、ご葬儀では故人様の生き様に思いをなし、故人様のご遺体を大切にし、故人様に心を寄せるご家族様・会葬の皆様のお心やその痛みに思いをはせて営まれなければなりません。 故人様を悼み、故人様とお別れをし、心を込めてお見送りするとき、今生きてお見送りする我々もいずれは死を迎えねばならない身である事を知ります。 その上で、どの様な形で死を迎えるべきかの想いと、それに向かうこれからの命の在り方に思いをはせるのも、人の命の重さ故です。

花祭壇

2 お見送りに当たって

お見送りの祭祀である葬儀とは狭い意味では通夜式、葬儀式(葬式)を想像しますが、広い意味では葬送儀礼の略でもあります。 葬送儀礼は人の臨終からその後の供養までを含めた、故人様を葬り、悼むための一連の儀礼を表わします。 通夜式の服装 1)現代葬送儀礼の由来 その様式は、それを行う人々の死生観や宗教観が深く反映されたものであり、 葬送儀礼は宗教が文明のなかで発生する以前の旧石器時代から行われてきた人間自身の宗教的行為であるとも言えます。 又、葬送儀礼は故人様のためであると共に、故人様の死を悼む 残された方々の心を癒す手助けとなる儀礼でもあります。 現代の日本に於ける葬送儀礼は仏式が主流となって居りますが、 具体的にはインドから伝来した仏教の儀式を基に、中国儒教の儀式、日本古来の神道の儀礼 そして日本で培われて来た文化などが加味されて、現在の葬送儀礼があります。 通夜は日本で古代に行われていた”もがり”に発すると言われて居り、故人様との最後のお別れをすると共に、魔除けの意味も込めて、夜明けまで灯明や線香の火を絶やさぬようにします。 出棺時に行う故人様の飯茶碗を割る儀式は故人様の霊が自宅に名残りを残さぬようにと行います。 葬儀の終了後に振り塩と呼ばれる、塩で清める習慣は神道由来の習慣であります。 孔子を始祖とする儒教は5世紀頃に日本に伝来し、永く日本文化の進捗に寄与しましたが、その教えの中で親の葬儀を盛大に営む事が何より大切な事とされます。 その死生観では、人は死ぬと魂(こん)と魄(はく)という二つたましいに別れ、魂は精神を魄は肉体を司るたましいであるとされます。 魂は天に昇って神となり、魄は地にかえる、とされます。 残された人々は魂を祀る為に位牌を作って廟に祀り、魄の戻る場所として地中に遺体を埋めます。 天国や地獄などの7っの世界は儒教から生まれて居り、紙幣を燃やして死者の魂を慰めるのも儒教から来ております。 不対称花祭壇 2)葬儀の目的 人は誕生とともに多くの愛に育まれ、多くの愛を与え、様々な社会生活を営みます。 そして生が有るところには必ず死が有り、それは事故であったり、病に倒れるものであったり、老齢になり命尽きるものであったり、短い人生、長い人生と様々です。 全ての人に、それぞれに生と、それぞれの死が有ります。 ひとつとして同一の死は有りません。 では人が死ぬと何をしなければならないでしょうか ① 社会への告知 ② 遺体の処理 ③ 霊の処理 ④ 悲嘆の処理 ⑤ 様々な感情の処理 ①は故人さまとご遺族さまの為に、 ②と③は故人さまの為に、 ④と⑤はご遺族、そして故人さまと近しい方々の為に行う葬送儀礼の大切な目的です。 人の死は大切な命が失れることであり、その死は周囲の人々に危機状況を作り出します。 葬送儀礼は地域社会、民族、宗教、時代などをもとに長い時間をかけて作り出された文化であると共に、危機を乗り越える為に人々が作り出した知恵の集合体です。 又、人々は葬儀の中から多くのことを学ぶことになります。 故人を偲んで集まる人々は人の命の大切さを、人は何時か必ず死に直面するという事、 そして人の死は大きな悲しみを生み出すという事を体験します。 この貴重な体験から"生きることの大切さ"と"死は無に帰るだけではない"、ということを実感するでしょう。 どんな生も、どんな死も非常に重く大切なものです。 葬送儀礼の流れの中ではご家族、ご親族、会葬ご参列の方々が故人の生き様を振り返り、それぞれの心の痛み悲嘆を思い遣りたいものです。 先にも申し上げましたが葬儀は有史以来人の死と共に育まれて来た死生観であり、又大切な精神文化であります。 この葬儀文化は長い時間をかけて培って来た人間の知恵の集積です。 従いまして、それぞれの儀礼には重要な意味があります。 もちろん時代の流れとともに文化は変化していくものですから過去に捉われる必要は有りませんが、長く続いて来た習慣、儀礼、文化を一度考え直す事も必要ではないでしょうか。 葬儀について 3)葬儀の準備 永く日本民族の文化に於いては、御自身を含め生者の死に付いて語る事はタブーとされて来ました。 しかしながら、核家族化、少子高齢化が進んだ今日に於いては 御自身の葬儀をどの様に営むのか、余命短くなった近親の方のご葬儀をどの様に営むのか、その場に直面して慌てる事無く営める様、事前にご検討される風潮が一般的となって居ります。 この様なご要望に応えるべく、葬儀社自身もお問合せに対し必要な情報を提供するのは勿論、各社を比較検討する為の事前見積書の提出も一般的な形態ななって居ります。 日本の社会に於いて以前であればご家族のどなたかが亡くなられた場合、 地域社会の方々がご葬儀を全て段取ってくれる形態でしたが、現代の横浜では、その様な形態も希薄となって居り、ご遺族がご自分で段取りを考えなければ成りませんが、 ご経験や知識が豊富でないご遺族にとりましては、少ない時間の中で困難な選択が強いられる事となります。 この様な状態を避ける為にも経験豊富な葬儀担当者の知識を利用して、予め葬儀のイメージを作って置く事は、大きな安心となります。 葬儀の事前相談をする目的は ① 葬儀の手順など一般的知識を取得する事、 ② その上でご自分が希望する事をどの様に加味するか、 ③ ご希望とする葬儀の費用はどの程度必要か、 ④ 事前に準備しなければ成らないものは何か、 などを作り上げる事です。 尚、費用の見積書を入手する際には価額が変化しない費目と変化する費目を確認し、変化する際の前提を明確にしておく様 お薦めします。 これにより、費用精算の際の混乱を防ぐ事が可能となります。 今回は以上です。

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