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火葬を営む

 今回はご火葬に付いて書かせて頂きました。

 告別式が終了し ご出棺しますと 霊柩車を先頭にして火葬場へ向かいます。火葬場へ向かう際は 火葬許可証と心付けを忘れずに持参します。火葬場に到着しましたら 係員の指示に従いお柩と共に火葬炉前まで進みます。火葬炉前でお柩の窓から最後のお別れをし、ご火葬が始まります。火葬中は控室で待機し、拾骨開始の連絡を受けて、指定の場所で収骨を行います。

 火葬場へは ご遺族、近親者、故人様と特別な親交の有った方に同行を願います。お願いした方以外でも 当日 同行を申し出る方が居られれば、同行して頂きます。火葬場へは霊柩車を先頭にして向かいます。霊柩車には お柩と運転手 そして葬儀社の者が同乗します。霊柩車に続く車に ご位牌を持った喪主様、ご遺影を持った遺族代表が乗ります。僧侶が同行される場合は同じ車に同乗をお願いします。他の方々は自家用車、マイクロバス等に分乗して続きます。葬儀式場として 横浜市営式場 及び西寺尾会館をご利用の場合は 火葬場が隣接して居りますので、式場出口からは係員が操作する お柩をお乗せした移動車を先頭に、喪主様 遺族代表 近親者の順で火葬炉に徒歩で向かいます。その際 火葬許可証は事前に葬儀社の者に渡し手続きを済ませてもらいます。お心付けは 霊柩車の運転手へのみご用意下さい。横浜市営斎場の係員に対する心付けは規則により必要ありません。

 火葬炉の前に到着しますと お柩の小窓をとおして最後のお別れを行い、火葬炉のお収めして火葬が始まります。火葬炉の前には 祭壇用の小机が御座いますので、祭壇の上にご位牌とご遺影をお飾りして 納めの式 を行います。僧侶の読経、焼香につずき 喪主様 ご遺族 近親者 会葬者が 故人様との血縁の深い順に焼香 合掌 拝礼を行い 式を終えます。ご火葬には1時間から1時間半が必要とされ、その間 ご遺族は控室で僧侶と同行者をおもてなしします。

 ご火葬がすんだお骨を骨壺に納めることを 拾骨、若しくは 骨揚げと言います。拾骨は 火葬炉前 又は 拾骨室で行います。所定の箸を使用して 二人一組でそれぞれ箸を持ち、一つの骨片をいっしょにはさんで骨壺にお納めします。お納めしたら、次の方々に箸をお渡しします。拾骨の順番は 故人様と関係の深い順に 喪主様、ご遺族、近親者、友人・知人と続きます。拾骨が終ると 係員の手で骨壺と埋葬許可証(納骨の際に必要)を白木の箱に入れ、白布で包んで 喪主様に手渡されます。喪主様に続くご遺族がご位牌とご遺影を持って、喪主様のお車を先頭に帰宅します。

 分骨が必要な時には 事前に葬儀社にその旨を伝え、分骨用の骨壺、錦袋、ペンダントなどを用意します。尚 横浜市の場合 分骨の費用は1件に付き300円の費用が必要です。

   今回は以上です。

仏壇の準備

 今回は仏壇に付いて書かせて頂きました。

 仏壇の中心は 信仰する宗派の本尊となります。仏壇内の最上段を須弥壇(しゅみだん)と呼び、須弥壇の中央に本尊を安置し、その左右に脇仏を配置します。ご先祖・故人様の位牌は二段目の左側に、中央には茶湯器 仏飯器が置かれ、最下段に具足 その他の仏具 お供え物が置かれます。尚 ご本尊は 天台宗 曹洞宗 臨済宗が釈迦牟尼如来、浄土宗 浄土真宗が阿弥陀如来、真言宗が大日如来、日蓮宗は大曼荼羅となります。

 仏壇はご先祖を祀るものと 考えがちですが、仏壇の中心は 先祖の位牌ではなく、信仰されているご宗派の本尊です。仏壇は信仰される宗教・宗派の 御家庭内の於ける基点であり、亡くなった人は全て成仏するという仏教の教えから、ご先祖のお位牌も仏壇に安置するようになりました。本尊は所属される菩提寺の宗派によって異なります。普通は立像、坐像、掛け軸などですが、絵像や名号のご宗派も御座います。ご本尊の左右に両脇仏を飾ります。脇仏もご宗派により異なります。尚 仏檀の大きさ等により脇仏を飾らないケースも多々御座います。

 仏壇内の最上段は 須弥壇と呼ばれる聖域を意味し、御本尊はこの須弥壇に安置され、仏壇の中心部となります。須弥壇は 仏教の世界で中心にそびえ立つ、最も高い位置をあらわす須弥山をかたどったものとされます。仏壇には 本尊、両脇仏の他、位牌、過去帳などが置かれ、供物の為の仏具や、読経・礼拝の為の仏具も用意しなければ成りません。仏壇はご宗派により 本尊や仏具の数、置き方が異なりますので、御購入される場合は 仏具店の方に良く相談をされて、自家のご宗派に合ったものを購入される様 お薦め致します。

   今回は以上です。 

仏壇の設営

 今回は仏壇の安置に付いて書かせて頂きました。

 現在 市販されている仏壇は 大きさとしても 箪笥の上に置ける小型の物から、幅1mを超える大型のものまで、又 材質も従来からの唐木のものから新素材を使用したものまではば広く御座います。その仏壇の安置の仕方は 諸説御座いますが、御家族が集まり、落ち着いて礼拝できる場所であれば 何れの場所、いずれの方角でも良いでしょう。但し 神棚をおかれている場合は 神棚と向い合せにならぬ様、気お付けて下さい。

 ご仏壇は 大別して、塗り仏壇(金仏壇とも言います)と唐木仏壇の2種類が主流です。塗り仏壇は 主に 杉、松、ひのきなどを素材として作り、漆塗りをした上に金箔を施して、華やかに仕上げて有ります。唐木仏壇は黒檀、紫檀、鉄刀木(たがやさん)、桑、けやき、桜、胡桃など 重くて硬い素材を使い、木目を生かして作られます(金箔は使用しません)。塗り仏壇は大型の仏壇が多く、唐木仏壇は比較的小型の仏壇で使用されます。又 最近では 新素材を使用した仏壇や、居間にも安置出来る家具調の仏壇なども作られて居ります。

 ご仏壇の安置する方向に付いては諸説御座います;

1 南面北座説; 仏壇を北を背にして南向きに安置する考え方。但し 直射日光が当たらぬ様にします。

2 本山中心説; 仏壇の背を本山のに向けて安置する考え方。仏壇に向かって正座合掌した時、自動的に宗派の本山に向かう形となります。

3 西方浄土説; 仏壇の背を西に向けて安置する考え方。礼拝する際には常に 西方極楽浄土を向いて礼拝できる事に成ります。

かつては 仏間を設けた御家庭も多く御座いましたが、昨今の住宅事情から考えますと、ご仏壇を安置する場所や方向は 余りこだわる必要は御座いません。ご家族が集まって 落ち着いて礼拝できる場所であれば良いでしょう。但し 湿気のある場所や直射日光の当たる場所は避けます。その他 気を付けて頂きたいのは 座って礼拝をする時に ご本尊がご自分の目線の高さより 上に来るよう仏壇を安置して下さい。又 立って礼拝をする形の場合は 御本尊の位置がご自分の胸よりも高い位置にご仏壇を安置して下さい。

   今回は以上です。

神道の御霊舎

 今回は御霊舎(みたまや)に付いて書かせて頂きました。

 神道では 神様を神棚にお祀りしますが、ご先祖は御霊舎(みたまや)(祖霊舎 それいしゃとも呼びます)にお祀りします。 祖霊舎は 神棚より一段低い位置に安置し、中にご先祖の霊が宿る神鏡と故人様の霊璽を安置して 神棚と同じように 洗米 お塩 お水をお供えし 榊を飾り、毎朝 拝礼します。故人様の霊は祖霊に加わり 家の守護神となって 子孫を護ると言われます。

 御家族内にご不幸があって 御霊舎を新たにご用意される場合は 五十日祭までに用意します。ご用意される場合は 事前に設置する場所を決め、縦 横 高さを採寸して神具店にお出かけ下さい。御霊舎は神棚の近くで構いませんが、神棚より一段下げた所にお決め下さい。祖霊舎には 仏式の位牌に代わる 霊璽をお祀りします。五十日祭の忌明けに営む祭儀の際に 合祀祭と呼ばれる 霊璽を御霊舎に移す儀式が行われます。その他に 神具として 水器 土器 お神酒徳利一対 灯明具一式 榊立て一対なども用意します。

 御霊舎の日々のお祀りは 神棚と同じく お米、お塩、お水、お神酒をお供えし 榊はいつもきれいなものを飾ります。特にお水と榊の水は毎朝拝礼の前に新しいものに変えます。又 美味しい物を頂いた際には お供え下さい。尚 お供えされた物は 後にご家族皆様でお召し上がり下さい。仏教では 仏様にお供えした物は食さない という風習を持つ地域も御座いますが、神道ではお供えしたものを頂くことに意義があるとされます。又 何かあった時などは 御霊様、ご先祖様にご報告下さい。拝礼は毎朝 顔 手を清め、口をすすいだ後、神饌を供え、軽くお辞儀をしてから 二礼をし、祓詞を奏上して、願い事を祈念し、二礼二拍手一礼をします。尚 祓詞(祝詞)や拝礼の仕方の詳細は最寄りの神社の神職に聞かれる事をお薦めします。

   今回は以上です。 

墓石を建てる

 今回は墓石に付いて書かせて頂きました。

 墓石は お墓のしるしとして建てる石材製品で、墓碑とも言われます、主には御影石(花崗岩)を原材料として作られて居りますが、墓碑としては大理石や鉄、白銅、木材を使用するお墓も御座います。日本に於ける墓石の形は仏式であれば 和型三段墓と呼ばれる 四つの石を組み合わせた物が一般的です。神道では お墓を 奥津城(おくつき)と呼び、その形状は仏式の和型三段墓と似た形となります。尚 仏式では お墓の完成時に は僧侶を招いて 開眼式(入魂式、御魂入れとも言う)を行います。

 墓石の和型三段墓は 下から 下台石、中台石、上台石と積み上げられ、その上に竿石が立てられます。この上三段の石は天地人に見立てられ、竿石を天の石、上台を人の石、中台を地の石と呼んで居ります。竿石の正面には 以前は個人や夫婦の名前が刻まれて居りましたが、家制度の確立により 家単位で建立されたお墓では ”〇〇家先祖代々の墓”が一般的と成りました。そして 側面や背面に建立日、建立者、故人名、命日などが記されます。昨今では 台石の上に横長の石を乗せた洋式墓石や、既成の観念に囚われない 故人様への想い入れを反映させたデザイン墓なども多く見られる様になりました。

 墓石の建立は石材店に委託する事になります。公営墓地の場合はご自分で石材店を探すか、管理事務所に紹介を依頼します。寺院墓地や民営墓地の場合は指定の石材店を利用しなければ成らず、墓石の形や大きさも規定されているケースがほとんどです。墓石の形態は大きくわけて 縦長の和型、横長の洋型、オリジナルデザイン石碑とありますが、建立費用は デザイン、石の種類、大きさ、加工方法により異なります。墓石建立には 墓地・石材店を決めてから2ヶ月前後の期間が必要となります。百ヶ日、一周忌、三回忌などを目安に この期間を見込む必要が御座います。墓地がご用意出来ても、建立が間に合わない場合は、納骨だけを済まして白木の墓標を建てておく事も可能です。

   今回は以上です。

お墓の準備

 今回はお墓の準備に付いて書かせて頂きました。

 お墓の準備をお考えの場合 もし先祖代々の墓地をお持ちの際は、そこに埋葬して貰うことが考えられますが、後々 どなたにお墓を継いでもらい、管理して貰うかをお決め頂く必要が御座います。即ち 祭祀承継者をどなたにお願いするか考える必要があります。又 お墓が無い場合は どの様な形のお墓を、どの様な墓地に設けるのかお決め頂き、墓地を購入頂きます。

 お墓を新たに設けられる場合、どの様なスタイルのお墓に埋葬してもらいたいのか、自然葬にするのなら、どの様な形が良いのか、そのお墓を誰に承継して貰うのかを考える必要があります。子供の居ないご夫婦や一人暮らしの方、お墓を継ぐ方がいない場合などでは、永代供養墓や、合同墓を選択されるのも、その一つです。

 お墓のスタイルとしては以下の様な形が有ります;

-累代墓; 墓石に 〇〇家累代之墓 と彫られ、親から子へ、子から孫へ と代々受け継がれて行く 一族(家)の為のお墓です。

-個人墓・夫婦墓; 個人がご自分の為だけに建てるお墓を個人墓と言い、その一種として夫婦墓があります。いずれの場合も ご自分が入れるお墓が無い、先祖代々のお墓に入りたくない、お子様が居られないので お墓を家のものにする必要が無い、などの理由で選択されます。個人墓は お墓を建てたご本人が埋葬された後 承継者が居られない場合は 菩提寺に永代供養をお願いする必要があります。個人墓専用墓地では 始めから 永代供養を前提として募集している 永代供養墓もあります。

-両家墓; ひとりっ子同士が結婚すると、双方の実家のお墓を 一つの家で継承しなければ成りません。この時 両家のお墓を合わせて一つにするのが両家墓です。

-永代供養墓; 寺院や霊苑が 永代にわたって供養・管理するスタイルのお墓です。主に お墓を承継する方がいないケースで利用されます。

-室内墓苑; 核家族化、高齢化が進む都会で、お墓のお参りに負担をかけたくない、アクセスの良い所にお墓が欲しい等のご希望に合わせた霊苑が室内霊苑です。駅に近い建物の中に独立した家ごとの墓碑が複数 納められ、お墓参りの際には 参拝祭壇まで故人様の墓碑が自動的に運ばれてきて、香を捧げる事も出来ます。又 永代供養墓としての条件を備える室内霊苑も多くなりました。

   今回は以上です。

尊厳死

 今回は尊厳死に付いて書かせて頂きました。

 尊厳死とは ご自分が 治る見込みの無い病態に陥り、死期が迫った時に、延命治療を施さずに死を迎えたい、という考え方です。具体的な内容としては ① 不治かつ末期になった場合、無意味な延命処置を拒否する、② 苦痛を和らげる処置は最大限に実施して欲しい、③ 回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った場合は生命維持措置をとりやめてほしい、④ 以上の要望に沿った行為の責任は本人に帰する、というものです。

 尊厳死は ”延命措置は望まず、人間としての尊厳を保ちながら死を迎えたい”、”自分の死のあり方を選ぶ権利は自分自身にある”という考え方にもとずいた終活の一つです。

ご本人が延命措置を望まない場合でも 病院では 回復の見込みのない病気で死が迫っている病人にも 各種の延命措置が施されるのが一般的であり、又 御家族が延命措置を希望されたり、医師が尊厳死に理解を示さないことなどから、本人の意思が尊重されないことになります。

 この様な場合を想定して、本人の意思を確実に伝える方法の一つとして、日本尊厳死協会の会員になる事が有ります。協会では ”尊厳死の宣言書(リビング・ウイル、Living Will)”を会員の為に 登録、発行し、入院時にリビング・ウイルを提示する事により、医師に尊厳死を認めてもらい、延命措置を施さぬよう理解を求めるものです。現在 協会には12万人の会員が登録されて居り、95%以上の医師が このリビング・ウイルを受容しているとの事です。

 尚 尊厳死は安楽死とは異なります。安楽死とは 医師が 患者本人の自発的意思にもとずく要求に応じて 患者の自殺を故意に幇助して死に至らしめる(積極的安楽死)、患者本人又は親・子・配偶者の自発的意思にもとずく要求に応じて 治療を行わず 死に至らしめる(消極的安楽死) ことを言います。

   今回は以上です。

臓器提供

 今回は臓器提供に付いて書かせて頂きました。

 臓器提供とは 重い病気や事故等により臓器の機能が低下し、臓器の移植でしか治療出来ない方に対して、ご自分の死後 臓器を提供する事です。死後の定義は ”心臓が停止した死後” と”脳死後”の二つがあり、心臓停止後では 腎臓 脾臓 眼球(角膜)が、脳死後では 心臓 肝臓 肺 腎臓 膵臓 眼球 の移植が可能となります。何れの場合も、2010年7月17日に施行された 改正臓器移植法にもとずき移植は行われます。尚同法に規定されていない 皮膚 心臓弁 血管 耳小骨 気管などは 御家族が承諾すれば提供が可能と成ります。

 臓器提供は 脳死後、あるいは心臓が停止した後に可能となります。臓器提供は ご本人が生前に書面で臓器を提供する意思を表示している場合、ご本人の臓器提供の意思は不明だが 御家族が承諾された場合、15歳未満でも前二項目の前提で移植をすることが出来ます。

 臓器提供の意思表示は ①インターネットによる意思登録、②健康保険証・運転免許証の意思表示欄への記入、③意思表示カードやシールへの記入、により行う事が出来ます。

①は(公社)日本臓器移植ネットワークのホームページにアクセスして登録する事が出来ます。登録すると登録カードが発行されます。

②は保険証・免許証の裏面に意思表示欄が有り、そこに自筆で記入する事により、意思が表示されます。

③は臓器提供意思表示カード付きリーフレットが 都道府県市区町村役所、保健所、全国のハローワーク、運転免許試験場、警察署、コンビニ、スーパーマーケットなどに置かれて居り、これに自筆で記入する事により、意思が表示されます。

臓器提供に付いての意思表示は 必ず御家族にもお知らせする様お薦め致します。

又 ご親族に対して優先的に臓器提供する意思を書面で表示する事が出来ますが、提供するに当たっては厳しい条件が御座いますので、意思表示の前にご確認下さい。

現在 日本で臓器の提供を待っている患者は 約13,000人ですが、その中で移植を受けられる患者は およそ 年間300人です。

   今回は以上です。

遺言を遺す

 今回は遺言(ゆいごん、いごん)に付いて書かせて頂きました。

 遺言とは 一般的には 故人様が自らの死後のために残した言葉や文章を指しますが、死後の法律関係を定める為の最終意思の表示とする為には 民法に定める方式に従い文書として残さなければ成りません。出来れば 公証役場に公正証書として残されることがベストです。

 最近は ご遺産の多寡に係わらず 相続でトラブルになるケースが増えて居ります。遺産相続の方法としては 遺言による相続、相続人全員による分割協議の決果を基にした相続、民法に定められた相続人の範囲で 相続分に従って相続する法定相続がありますが ご自分の財産を どの様に相続させたいのかお決まりでしたら 無用の混乱を避ける為には 遺言書を作成される様 お薦めいたします。相続には ”遺言による相続は法定相続に優先する” という大原則があります。遺言書が残されていて それが法的に有効であれば 相続は ご遺言の通りに行われます。相続争いを防ぎ、相続を円滑に進めさせるためにも 遺言書作成は有効な手段となります。特に遺言を残しておいた方が良い場合とは お子様が居ないご夫婦、内縁関係の相手に財産を譲りたい場合、相続関係が複雑な場合、認知したお子様をお持ちの場合、認知していないお子様がいる場合、相続人がいない場合、相続権の無い人に財産を譲りたい場合、家業の後継者を指定したい場合などです。

 遺言書を作成しておけば 内縁の妻、息子の嫁、世話になった団体など 本来は相続権を持たない人や団体にも 財産を譲る事が出来ます。又 遺言では 子の認知など血縁者の身分についても 本人の最終意思を明確にする事が出来ます。遺言書は 満15歳以上であれば だれでも遺言する事が出来ますが、法律上の効力を持たせる為には 法律で定められて方式にのっとって作成しなければ成りません。不備があれば 無効となってしまいますので 注意が必要です。尚 夫婦で1通の遺言書を作成するなど、連名による遺言は禁止されて居ります。

   今回は以上です。 

正しい遺言書の内容

 今回は遺言書の内容に付いて書かせて頂きました。

 遺言書とは 故人様が 自らの死後のために残した文章のことをさし、書く内容に特別な制限は有りませんが、法律上の効力を期待できる 事項には限りがあります。法的に効力を持つ事項は大きく分けて 三項目となります。① 身分に関する事、② 財産の処分に関する事、③ 相続に関する事です。尚 ”死後、配偶者との婚姻関係を解消する” とか”養子縁組を解消する”などの 婚姻や養子縁組に関する内容は認められて居りません。

 身分に関する事としては 婚姻関係にない相手の子との親子関係を認める事(子の認知)や、相続人が未成年者である場合に その後見人や後見監督人を指定する事ができます。

 財産の処分に関する事としては 財産を相続人以外の人に贈与する事、財産を寄付したり 財団法人を設立する事、財産を指定した信託銀行等に預けて、管理・運用してもらう事などができます。

 相続に関する事としては 各相続人の相続分を指定する事、遺産分割方法の指定、遺産分割の禁止、相続人相互の担保責任の指定、生前贈与など特別受益の持ち戻しの免除、相続人の解除や 廃除の取り消し、遺言執行者の指定とその委託、祭祀継承者の指定などができます。

 尚 推定相続人が遺言者を虐待したり、重大な侮辱を与えた場合や、推定相続人自身に著しい非行があった場合は 遺言者は推定相続人の相続権を奪う事ができます(相続人の廃除)。相続人の廃除は 遺言者が生前中であれば 家庭裁判所に申立てをして 調停 または審判を受けて認めてもらいます。又 相続人の廃除や 解除の取消しは 遺言によって行う事も出来ます。

 遺言書がもつ法的な効力は以上ですが、遺言書を書くに当たっての心境、遺産分割についての考え方、ご家族への思いなどを したためることも、相続トラブルを防ぐ一助になるのではないかと考えます。

   今回は以上です。

民間仏教と葬儀Ⅱ

 今回は平安時代の民間仏教と葬儀の広がりに付いて書かせて頂きました。

 民間仏教の広がりは 奈良時代の行基上人を始めととして、平安時代の空也上人(903年-972年)とその弟子達による口称念仏により民間に普及して行きました。阿弥陀聖(あみだひじり)、市聖(いちのひじり)、市上人(いちのしょうにん)などと尊称され ”南無阿弥陀仏”の名号を唱えながら 道路・橋・寺院などを造る社会事業に奉仕し、貴賤を問わず 幅広い帰依者を得ました。口称念仏の祖、民間に於ける浄土教の先駆者として評価されて居ります。

 空也は 平安時代中期の僧ですが 複数の宗派と関わりを持って 超宗派的立場を保ち、若い頃から在俗の修行者として諸国を回り、南無阿弥陀仏を口称すれば 阿弥陀仏の絶大な力を働かせる事が出来る と口称の念仏を説きました。この事は 民間念仏として死者儀礼や農耕儀礼と結びついて仏教の民衆化を推し進めました。念仏も呪力として死者の減罪に力を持つと信じられました。空也は948年に比叡山で天台座主・延昌のもと授戒し、光勝の法号を受けて居りますが、生涯超宗派的立場を守り続けました。又 踊念仏、六斎念仏の開祖とも仰がれて居ります。そして その弟子たちは 高野聖など 以降に広まった民間浄土教行者”念仏聖”の先駆者となり、鎌倉時代の仏教界に多大な影響を与えました。

 又 空也は 風葬されたと思われる野原の委骸(いがい、遺され捨てられた死骸)を集めて、火葬して供養をしたと伝えられます。空也の弟子達も火葬の技術を伝承したと考えられます。

 こうした民間仏教の広がりは 仏教を民衆の中に定着させ、民衆の葬儀も仏教で行われる様になって参ります。

 尚 空也上人は972年 京都東山西光寺(現在は東山区 六波羅蜜寺)において、70歳で示寂されました。

   今回は以上です。

社葬での方針

 今回は社葬の方針に付いて書かせて頂きました。

 社葬や団体葬を瑕疵無く執り行うに当たりまして 企画書を作成する事は大変重要な準備と言えます。そして 具体的な作業内容を記述する前に、葬儀の方針を明確にし、社内 若しくは団体幹部の承認を得なければ成りません。方針の大きな項目としては 1 葬儀の規模、2 内容、3 性格、4 主要事項、5 体制、6 その他 等が含まれていなければ成りません。

1 葬儀の規模とは 参列者数、一般会葬者数(予測)、葬儀全体の予算が含まれます。

2 内容では 宗教形態(どの宗教に従って行うのか、又は無宗教で行うのか)、葬儀形式(葬儀式+告別式、告別式のみ、追悼会、その他の形式)、展開形式(ビデオなどを使用するか、音楽はどの様に使うか等)、設営形式(式場外飾り、祭壇の形態、式場のレイアウト 等)、ご遺族・御来賓の扱い方、弔辞をどなたにお願いするか などです。

3 性格とは 基本性格(故人顕彰、企業としての感謝、ご遺族への慰め中心、などの中で 何を中心に置くのか)、葬儀の外見(地味に、華やかに、その他)、その他 が含まれます。

4 主要事項では 葬儀の名称(故人様の肩書、名前、葬儀名)、日時(何時行うのか、何時間の儀式とするか)、場所(会社内、外部斎場、ホール、ホテル、自宅など)、死亡広告など 社葬の案内・告知の方法、供花・香典の取扱い方法、会葬返礼品の取扱い、などを定めます。

5 体制(葬儀委員長、実行委員長、企業と施行業者との作業分担、企業関連会社 販売店等への依頼事項。

6 その他(マスコミへの対処法、その他)。

   今回は以上です。 

神道の葬儀 神葬祭

 今回は神道の葬儀、神葬祭に付いて書かせて頂きました。

 神葬祭とは 日本固有の宗教である神道の葬儀です。この日本固有の葬儀は 仏教の伝来以降、天皇家の庇護を受けて 急速に仏式の葬儀へと変わって行きます。更に 江戸時代の寺請制度により、神職も何れかの寺院に所属しなければならず、神葬祭を行う機会は失われました。その様な状態の中、江戸時代中期に入ると、国学が興隆し、国学者たちによる日本古来の精神・文化の研究が進み、日本古来の信仰にもとずいた葬儀を求める”神葬祭運動”が起こり、その結果として 1785年 江戸幕府は吉田家から許可状を受けた神職、及びその嫡子に限り、仏門を離れて神葬祭を行う事が許可されます。そして 明治時代になり 政府の神祇政策の一還として神葬祭が奨励され、明治5年には 明治政府の教部省により ”葬祭略式”が制定されました。

 江戸時代 神社は仏教からの独立を志向しましたが、キリシタン対策の為の寺請制度(檀家制度)により、神職と言えども、何れか寺院の檀家でなければ成らず、仏式の葬儀が強いられました。神社側としても 宗教としての神道を確立するとともに、神葬祭を求める運動を起しました。しかしながら 江戸幕府は寺請制度を宗教問題としてだけではなく、民衆支配体制の問題としても捉えていたため、神葬祭運動が許可されるまでには長い時間が必要とされ、許可された1785年でも大きな制限の中でしかなく、この状態は明治維新まで続く事となります。

 江戸時代の神葬祭は儒教葬を基本としたものにとどまりましたが、神葬祭の形式がまとめられるのは 明治5年(1872年)制定の”葬祭略式”によってとなります。明治政府は神葬祭を奨励しましたが、明治憲法では 制限付きでは有りますが、信教の自由が保障されて居りましたので、神葬祭が強制される事は有りませんでした。又 葬儀は宗教行為とされ、公務員に相当する神社神道の神職は宗教活動である神葬祭を執り行う事が禁止されていた為、神葬祭の普及は必ずしも進捗しませんでした。第二次世界大戦後 神道は宗教としての立場を取戻し、葬儀に係わる事が出来る様になりました。

   今回は以上です。

ご遺体の保全

 今回はご遺体の保全に付いて書かせて頂きました。

 故人様がご逝去されてから ご火葬、或いは埋葬されるまでの間、ご遺体は腐敗を遅延させ、又 外形的な変化が起こらぬ様、各種の処置を行わなければ成りません。この処置を ご遺体の保全処置と言います。日本に於いて 古くは塩により腐敗遅延を即す事が一般的でしたが、現在では各種のより良い処置方法が生まれ、ご遺体が生前と同様の外見で保全する事も可能に成りました。ご遺体をより良い状態にする方法としての、古くから行われて来た湯灌の他に、清拭(せいしき)、エンジェルケア等 腐敗防止としては ドライアイス、エンバーミング等が御座います。

 湯灌とは 日本古来から行われて居り、ご自宅のお風呂場 或いは寺院の湯灌場で ご遺体を湯で洗い清める事ですが、ご親族の手により行うものとされ ご遺体に直接触れる事により 故人様の死を実感して頂くという 深い意味を持つ 大切な儀式でした。現代では 専用のバスタブを室内に持ち込み 行う様に成りましたが、浴室や居室も手狭となり 横浜等の都市部では 病院でのエンジェルケアで済ませる事も多くなりました。

 清拭とは 身体を拭き清める事で、ご葬儀の中では ご遺体を納棺する前に拭き清める事を言います。

 エンジェルケアとは 病院 或いは看護士の用語で、病院で亡くなられた方のご遺体処置を指します。清拭 着せ替え 綿詰め 顔剃り、化粧などの処置を包括的に指して言います。

 ドライアイスとは 炭酸ガスを固形にした物で、非常に低い温度で昇華する為 水分が出ないので 食品や洋菓子などの保冷用として利用されますが、ご遺体の保全用としても用いられて居ります。約10Kgのドライアイスで24時間前後のご遺体保全が可能とされて居りますが、真夏などの暑い時には注意が必要となります。

 エンバーミングとは ご遺体に施す防腐処置の一つで、ご遺体の一部を切開して 血液を抜き、代りに 防腐剤を注入する事により、ご遺体を長期間保全する事が可能となります。この技術は北米で加発され、日本にも伝わりましたが、日本では 火葬までの日数がそれ程掛らずドライアイスの利用で十分と考えられて居り、ご遺体を海外に移送する等の 特別な場合にのみ利用されて居ります。尚 Embalm とは ”香料を塗る(死体に)” という意味で、本来は ミイラを作る事を指して居ります。

   今回は以上です。

平成の葬儀

 今回は現代の葬儀に付いて書かせて頂きました。

 戦後 昭和時代後半の葬儀は告別式を中心として執り行われて参りましたが、平成時代となり 少子高齢化、核家族化、無縁社会化、そして社会の個性化が進捗する事により、葬儀の目的も大きく変化して参りました。従来は葬儀の目的として 社会への告知という面が大きな部分を占めて居りましたが、現在では 家族と極親しかった友人だけによるお別れの意味が強くなり、葬儀の形も 伝統に拘らない 故人様やご遺族のご希望にのっとった形が主流となりました。

 以前の葬儀は 仕事の関係者などを含め多くの方々に参加して頂き、葬儀・告別式を行うのが主流でした。故人様が亡くなられてから 通夜・葬儀・告別式・ご火葬と慌しい中で ご会葬の方々の応対に追われ、故人様とのお別れも十分に出来ない事もまま有りました。現代では 亡くなられる高齢者の方が 会社生活から離れて長く、又 ご本人が 葬儀に費用を掛けぬ様 ご希望されたり等から、より小さく 落ち着いたお見送りが多く見られる事となりました。ご家族だけでお見送りをする 家族葬、ご火葬だけを行う 直葬などです。

 又 伝統的な形に捉われないご葬儀も増え始めて居ります。お柩やご遺影を飾る祭壇は 以前の白木の祭壇からひかりの杜が推奨する花祭壇へと変わりつつあり、更には 故人様が好きだったお花に囲まれた式場等も御座います。宗教色を持たない お別れ会を行う事も多くなりました。お別れ会では 故人様のお好きだった音楽を流したり、生演奏を行うケースも有ります。更に ご友人やお孫さんの弔辞の後に、卒業校の校歌を会葬者で斉唱する、特別な思い出の残る お見送りも御座います。

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死の環境と臨終

 今回は死の環境 臨終に付いて書かせて頂きました。

 臨終とは 死を迎える直前の時期を指し、臨命終時(りんめいしゅうじ)の略語です。人の死という 危機的な時期に関しては エジプトやチべットなどの古い文献の中で種々語られて居りますが、現代の日本に於ける臨終の手引きに関しては インド仏教の伝承を基にして創造されて居ります。臨終の時は 本人は勿論、近親者にとっても大切な時間です。最期の看取りを行い、きちんとしたお別れが出来たか如何かは 近親の方々の 後々の心の平安にも影響を与えかねません。

 インド仏教では 祇園精舎の北西の一角に無常院が造られ 病者や死を迎える人が受入れられたと言われます。このインド以来の伝承に基ずいて 中国の唐代に活躍した道宣、善導の二人の僧により 臨終の作法が説かれました。この臨終論が日本に伝わり、平安時代中期の僧源信により ”臨終の行儀”がまとめられました。現在の臨終の作法は これにより定着する事と成りました。

 現代の臨終は 交通事故などの突然の死を除いては 病院で迎えるのが一般的です。従いまして 臨終の作法を ご自宅で行うのと同様に病院で行えるか如何かは その病院の許可次第と成ります。一般的には不可です。しかしながら その病院では 近年、延命だけを目的とする治療よりも、ご本人と近親者が 最期の時をどの様に迎えるかを重視するよう変化して参りました。本人と家族が より良い別れをどう持つか重視し始めたとも言えます。ですから 本人が安らかに最期の時を迎える事が出来る様、家族の方々は 担当医師と充分なコミニュケーションを図るようお薦めします。又 医師と相談の上で ご本人が面会を望む方々にも 連絡されると良いでしょう。

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ご遺体を安置する

今回はご遺体の安置に付いて書かせて頂きました。

 ご家族が万一 亡くなられた際は 信仰される宗教が仏教でしたら 枕を北側に置いてご遺体を安置します。更に 死穢が神棚に及ばぬ様 白い半紙で覆います。守り刀を置く習慣をお持ちの場合は 守り刀をご遺体の枕元、あるいは ご遺体の上に置きます。屏風をお持ちのお宅では その屏風を上下逆さにして ご遺体の周りを覆います。最後に ご遺体の枕元に 枕飾りを荘厳(お飾り)して 通夜の日を待つ事とします。

 神棚に白紙を貼る習慣は 神道が穢れを避ける事から、死穢が神棚に及ばぬ様に と言う事で行われます。この作業は 忌みがかかっていない他人にお願いするものとされます。この白紙は忌明けと共に取り除きます。

 守り刀を置く習俗は 死者が武士の場合に刀を枕元に置いた名残りであるとか、魔除けの為とか、死霊に対する鎮魂の為とか、死者の魂が持ち去られる事を防ぐ為とか、死霊を封じ込める為とか、さまざまな言い伝えがあります。従いまして 刃先をどちらに向けて置くか その地域によって異なります。横浜市内では特定のお宅を除いて 置かれることは無くなりました。又 浄土真宗では守り刀は使用しません。

 逆さ屏風は古くから有る習俗で 死の世界は日常の世界とは逆であるとの考えから、上下を逆さにするとされます。屏風でご遺体を囲むのは ご遺体を悪霊から守る為とも、死霊が周囲の人々に及ばぬ様にとも、その土地により相反する言い伝えがあります。

 枕飾りはご遺体の枕元に置く供物台の事で、その上にお供えする品物は 地域や宗派によって異なります。一般的には 白木の小机を使用し、三具足(香炉、花瓶、燭台)と鈴(りん)を備えます。備え方は 香炉を中心に、左側に花瓶、右側奥に燭台、右側前に鈴を配します。燭台には白の一本ローソクを立て、燭台には樒(しきみ) あるいは菊の花を一本活けます。このお花を枕花とも言われます。三具足以外には 供え物として 浄水、枕団子、枕飯、そして故人様がお好きだった食べ物などをお供えします。尚 浄土真宗では枕団子や枕飯はお供え致しません。又 燭台のローソクや香炉の線香の火は消さない様にするのが本来の習俗ですが、現在では 防火上 ローソクの火は必要な時のみ点灯する事をお薦め致します。

神道の枕飾りは 白木の八脚の台(案と呼ばれます)を置き、その上に燭台、洗米 塩 水 お神酒を乗せた三宝、榊を生けた花瓶を供えます。

キリスト教に於きましては特に枕飾りに関する習慣は有りません。 

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忌中札とは

 今回は忌中札(きちゅうふだ)に付いて書かせて頂きました。

 忌中札とは 御家族のどなたかが亡くなられた際に 忌中の期間 忌中と書かれたお札を玄関前に掲げる習俗に使用されます。忌中札は 死穢を他の人に及ばさぬ様 告知し、遺族は死の穢れに染まっているので こもって居る事を知らせれ為のものです。現代では 死者が出た家であることを告知する現実的な意味合いが強くなりました。昨今の東京、横浜等の大都市では 控え目なご葬儀をご希望されるご葬家が多くなり、忌中札を見かける事も少なくなりました。

 忌中とは 故人様を偲び 祀りに専念して 故人様の御霊を鎮め そして殺生をしてはいけない期間で、仏式であれば四十九日法要まで 神式であれば五十日祭までの間ですが、故人様との関係により その期間は異なります。父母・配偶者は四十九日(神式50日)、祖父母は30日、兄弟姉妹・子ども・叔父叔母は20日、孫は10日、その他の親戚は1~3日間が一般的です。この期間には神事、結婚式・お祝い会・初詣などの祝い事への出席を控えます。又 神棚をお祀りの御家庭では 神棚に白紙を掛けてお参りを控えます。

 忌中と同義語のように思われてもいる 喪中(もちゅう)と呼ばれる期間があります。喪中とは 精神的に故人様を偲び、悲しみを乗り越えて通常の生活に戻って行く期間で、忌中とは目的が異なり 一般的には 13ヶ月(一周忌法要まで)とされます。喪中に服しなければならないご親族は 父、母、兄弟、姉妹、子、義理の父、義理の母 が一般的です。喪に服している間(喪中)は 年末年始の挨拶は控え、結婚式やお祝い事への参加も控えます。但し 喪中である事を承知の上でご招待を受けた場合は 参加するのが礼儀となります。

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死に装束とは

 今回は死に装束(しょうぞく)に付いて書かせて頂きました。

 死に装束とは 死者を見送るに当たり施される衣裳の事です。白を基調とした衣裳から 白装束とも呼ばれます。日本では古くから仏式の葬儀が基本となって居り、故人様の衣裳も仏式を前提とされて居ります。神道の葬儀においては、同じく白を基調とした神官が着用する衣裳に近い装束が施されます。キリスト教では特に死に装束は無く、故人様がお好きだった衣服を施す形となります。尚 古くには 武士が切復するさいの衣裳も死に装束と呼ばれました。尚 浄土真宗では死と共に成仏するとの教えから、冥土(めいど)への旅を認めて居りませんので、死に装束は有りません。又 その地域や宗派により それぞれ特色を持ち、相違が御座います。

 日本に於ける死に装束は ご遺体を棺に納める直前に施されます。基本的には仏式の巡礼者や修行僧の衣裳が前提となります。死に装束は 経帷子(きょうかたびら)・帯、三角巾(さんかくきん)、頭侘袋・六文銭、杖・手甲(てこう)・脚絆(きゃはん)・草鞋・編笠、そして 数珠により一式となります。

経帷子・帯は 白無地の帷子に真言や経文を記したもので、古くは 故人様と縁のある女性の手により縫い上げられ、裁縫のさいには 引っ張り合ながら縫い、糸には結び目をつけぬものとされました。明衣(みょうえ)、浄衣(じょうえ)とも言われます。

三角巾は 宝冠・、紙冠、あるいは額烏帽子 とも呼ばれる、額につける三角形の布です。起源としては 大日如来の頭部にある五智の宝冠を模したもので、山伏が被る兜布に由来するとの説があります。又 死者の贖罪を願うと共に魔除けになる との説や、閻魔大王に拝喝する際の正装となる烏帽子との説などが有ります。

頭侘袋は 修行僧が托鉢の際に首にかけて携帯 使用するもので、六文銭は三途の川の渡し賃とされます。六文銭には硬貨が使用されて居りましたが、火葬がほとんどとなった昨今では紙に印刷された物が使用されて居ります。

木製の杖は利き腕の横に置かれ、手甲・脚絆は左右反対に着け、草鞋を履いて、編笠を頭上に置き、数珠を手持たせて 西方極楽浄土への旅装が整います。

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ご遺体の納棺

 今回はご納棺に付いて書かせて頂きました。

 ご納棺とは ご遺体をお浄めし、装いを整えてお柩にお納めする事です。入棺とも言われます。ご自宅でご葬儀を執り行う場合はお通夜の支度を整える前に、外部の式場で行う場合はご自宅から出棺する前に行います。湯灌などのご遺体処置を行い、死に装束で身支度をし、ご遺体を柩の中にお納めし、副葬品でご遺体の周りを飾ります。故人様の”死”を受け止める大切な儀式ですので、ご遺族様 御親戚 極親しいご友人の手を煩わせて行う事をお薦めします。

 ご納棺は ご遺族の手で行うのが基本ではありますが、ご葬家のご希望に合わせて 葬儀社のスタッフにより行う事も可能ですし、納棺師と呼ばれる特別なスタッフをご利用頂く事も可能です。ご遺体をお納めするに当たり 死に装束で身支度を整えた後にお柩にお納めすべきではありますが、ご遺体の死後硬直の状態によりましては ご遺体をお納めした後に 死に装束でご遺体を覆うかたちの場合も御座います。又 指輪や装身具ははずした上でご納棺致します。

 尚 副葬品は 火葬の際に問題が起きぬ様;

-爆発の怖れのあるもの。

-燃えないもの。

-ご遺骨を傷つける怖れのあるもの。

-ご遺骨を着色する怖れのあるもの。 

は避けて下さい。具体的には ペースメーカー、ガスライターなど爆発の恐れの有るもの 体内に埋め込まれたペースメーカーは病院で除去して貰います。メガネや酒のビンなどのガラス製品、金属やカーボンで作られた釣竿やゴルフクラブなどです。又 ゴルフボールは火葬炉の中で回ってご遺骨を傷つける怖れがあり、果物は燃えにくく ご遺骨を着色する可能性があり、書籍は燃えにくいので、お納めする際に注意が必要です。

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葬儀の花祭壇

 今回は葬儀の祭壇に付いて書かせて頂きました。

 祭壇とは 葬儀式に使用される壇を指しますが、故人様を偲び供養する為に、ご位牌 ご遺影写真 お供物を供える為に用います。仏式の葬儀の場合は 祭壇の前に経机が置かれて、葬具がその上に置かれます。神式の場合は 経机に代えて饌案が置かれて、洗米 酒 塩 水 その他生饌が配置されます。祭壇は伝統的に白木祭壇が用いられて来ましたが、近年は後々にも有効活用出来る 花祭壇が好まれる様に成りました。ひかりの杜では花祭壇を主としてお薦めし、故人様やご遺族様がお好みのお花や季節のを利用して、オリジナリティの高い祭壇でお手伝いをさせて頂いて居ります。尚 花祭壇は 仏式、神式、キリスト教式に拘らずご利用頂けます。

 花祭壇を用いる例は 以前では著名人のお別れ会や社葬など 大規模な葬儀に限られて居りましたが、現在では 家族葬等の小規模な葬儀でも利用できる様に成りました。費用的にも白木祭壇より廉価な費用でご採用頂けます。又 花祭壇で利用したお花は 故人様のお柩を飾る御花として使用させて頂くと共に、忌中の後飾りに利用する生花やご仏壇の仏花としてもご利用頂けます。

 花祭壇の左右を飾るものとしてご供花が御座います。喪主様御自身、御家族、ご親族、そしてご友人・関連各社様からお供えされる花束が花祭壇の彩を更に高める事となります。一般的には 個々の花束にはご芳名が記されます。ご供花を配置する順序は ご葬家様のお気持ちが優先されますが、一般的には 故人様との血縁の深さに合わせて上段から下段へと配置されます。又 祭壇の右側は左側より高位とされます。又 ご芳名を個々の花束に付けずに、芳名板として一括してお名前を記す形も御座います。

   今回は以上です。 

お別れを終えてご出棺

 今回は出棺に付いて書かせて頂きました。

 出棺とは 葬儀・告別式を終えた後に、火葬場に向けてお柩を式場からお運び出すことを指します。式場がご自宅の場合は ご自宅からの出棺となり、お柩は霊柩車にお乗せして火葬場にお運びする事と成ります。私設の式場の場合もご自宅からの出棺と同様となります。火葬場が併設された 横浜市営斎場、若しくは 西寺尾斎場の場合は 斎場からのご出棺の後は霊柩車は使用せず、徒歩での移動となります。ご出棺の際には 故人様と関係の深かった若い男の方々の手をお借りして、お柩をお運びします。

 ご自宅からの出棺の場合、古くから習俗として、玄関からでは無く 窓や縁側から運び出したり 仮の門を設けてそこからお柩を運び出す事もあります。これは 死霊に対する恐怖心から、死霊がふたたび家に戻る事が無い様にとの気持ちの現れであるとも、死は非日常の事柄であるので 日常とは逆のことをしなければ成らず 通常の出入り口げある玄関や門を用いてはならないと言われて居ります。又 出棺に当って 故人様が生前使用していた茶碗を割ると言う習俗も御座います。これも 死霊に対する恐怖心から 死霊が戻らぬ様にする為とも、来世でこの茶碗が使用出来るようにする為とも、言われます。何れにしろ 故人様の蘇生断念する為の儀式であったと考えられます。更に 式場を出る際も、霊柩車にお乗せする際も、足側が先にくる様にするのがセオリーです。これは 故人様が家に帰って来ぬ様にとの願いが込められていると言われます。

 ご出棺の際は お柩を霊柩車にお乗せした後 ご遺族は 会葬者の方々に向かって横一列に並び、喪主様 もしくはご遺族代表がご挨拶します。挨拶のときは ご遺族は お位牌と御遺影を会葬の方々に向けて持ようにし、終わりましたら一礼して出棺となります。火葬場に向かう車には 喪主様がお位牌を持ち、ご遺族様が御遺影を持って乗車します。火葬場には ご遺族・ご親族・そして故人様と特に親しかった方が同行します。

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ご遺体の火葬

 今回はご出棺の後の火葬に付いて書かせて頂きました。

 霊柩車が火葬場に到着しましたら 火葬場係員が用意した台車にお柩を移し、火葬炉前へと進みます。その際 お柩の後ろには僧職を先頭に位牌を保持した喪主様 ご遺影を持つご遺族 そしてご親族・友人・知人と続きます。炉前に到着しますと 僧侶の読経 そして 焼香を行い、火葬が始まります。ご火葬の時間は 横浜市内の火葬場では1時間前後が必要と成ります。火葬が終了すると係員の指示の下 拾骨を行い、故人様の焼骨は全て お骨壺の中に収容され ご自宅にお持ち帰り頂く事と成ります。

 火葬場に到着した後 お柩は丁重に移動用の台車にお移しし、炉前へと移動しますが、横浜市内の火葬場では ご火葬の前に最後のお別れをする事が出来ます。故人様のご遺体と面談し、お柩の中に ご遺体と共にご火葬を希望する品物をお納めする事も可能です。そして お柩は火葬炉内に納められ 仏式であれば僧侶による読経、神式であれば神官による祝詞、キリスト教式であれば司祭・牧師によるお祈りをあげて頂き、ご火葬が始まります。その後に 焼香 玉串奉奠を行って、ご火葬の終了を控室でお待ち頂く事と成ります。

 ご火葬の時間は横浜市内の火葬場の場合、1時間前後が必要となりますが、この間 控室でお休み頂く事と成ります。横浜市営斎場をご利用されたご葬家では 葬儀・告別式に加えて初七日法要も行われて居りますので この時間を利用して 精進落とし席とされるのが一般的です。

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お骨壺

 今回はお骨壺に付いて書かせて頂きました。

 お骨壺とは 故人様のご火葬後の焼骨を収める為の容器を指します。一般的には 白の陶磁器、絵付けされた陶磁器、キリスト教では十字架が刻まれた陶磁器等が使用されます。又 ご葬家のご希望に合わせて 金属製、大理石を使用した容器もご利用頂けます。お骨壺の大きさは 全部拾骨、部分拾骨、分骨などに合わせて その大きさが異なります。収骨の後は お骨壺は桐箱に収められ 白布に包まれてご遺族に引き渡されます。尚 桐箱にはお骨壺と共に埋葬許可証も収められるのが一般的です。

 お骨壺は 古代に於いては 蔵骨器と呼ばれ、土師器(はじき)や須恵器(すえき)の甕を転用したものの他、石をくり抜いた物や金属製の容器なども利用されて居りました。これらの容器の蓋や本体には銘文などが刻印されているケースも多く、貴重な古代の歴史史料となっても居ります。更に 中世に於いては 常滑焼、瀬戸焼、信楽焼など大衆的な陶器も使われるようになりました。

 東日本に於いてはご火葬された焼骨の全てを収骨する 全部拾骨が一般的でお骨壺も大き目な容器を使用しますが、西日本では 特定部分のみを収骨する部分拾骨が主流ですので 使用される容器は小さ目な物となります。部分拾骨を行う為には 残存焼骨を後日請求しない という誓約書を入れて許可されます。尚 残存の焼骨は共同墓地に埋葬される事となります。又 沖縄では 厨子甕と呼ばれる石製、あるいは陶器製のお骨壺が使用される場合も有ります。厨子甕は それ自体が礼拝の対象となる様な外見を有したお骨壺です。

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故人様供養の為の法要

 今回は故人様の供養の為の法要に付いて書かせて頂きました。

 法要の本来の意味は 釈尊の教え(仏法)を知る事、或いは 仏法の要点・肝要を知る事を意味します。そして 時代の変化と共に 理解が変わり 現在では 法事・仏事・法会などの仏教行事一般の事を指す様になり、私ども一般社会の中では 故人様を弔う 追善供養の儀式を指す事と成りました。日本では古くより死者供養を大切とする文化が醸成されて居り、法要(追善供養)は御家庭の大切な行事の一つとなって居ります。法事、仏事とも言います。

 死者供養の歴史は インドに始まり、中国を経て日本に伝わり、更に日本独自の考えを加えて、現在の形が出来上がって居ります。四十九日までの中陰の七仏事(初七日、二七日、三七日、四七日、五七日、六七日、七七日)はインドに起源をもちます。その後 中国に於いて 百ヶ日、一周忌、三回忌(満2年目)の三仏事が加わり10仏事と成りました。そして 日本に於いて 七回忌、十三回忌、三十三回忌の弔い上げが加わり十三仏事となりました。更に 近世に十七回忌と二十五回忌が加わり、15仏事と言われる現在の形が出来上がりました。尚 お寺様によっては二十三回忌と二十七回忌を加えて十七仏事で追善供養を行う場合も御座います。

 七回忌(満6年目の命日)は 仏教に於い 七が節目の数字となる事から設定され、十三回忌は 七回忌から七年目である事から、十七回忌は 七の数字が付く事から設定されたと言われて居ります。三十三回忌 若しくは 五十回忌をもって”弔い上げ”となります。弔い上げとは 死者は個性を失い、祖霊になることで、”ほとけからかみになる”とも言われ、仏壇から戒名を書いたお位牌を下げ、以降は ”〇〇家先祖の霊”のお位牌となります。

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中陰とは

 今回は故人様が御逝去されてからの四十九日間、中陰(ちゅういん)に付いて書かせて頂きました。

 中陰とは 輪廻転生を前提とする仏教に於いて、人が亡くなってから 次の生を受けるまでの四十九日間を指します。死者は今生と後生の中間に居る事から、中陰 或いは中有(ちゅうう)と言われます。又 日本独自の死生観として、死者があの世に旅立つ期間とも解釈されます。尚 四十九日は 七日間を七回繰り返す事によりますが、これは 古代インド文明では七進法(七毎に桁上がりする)が用いられていた事に起因します。

 古代インド文明では 人間を含む動物は輪廻転生すると考えられて居りました。この世に誕生した瞬間が 生有(しょうう)、この世で生きている間が本有(ほんう)、死の瞬間が死有(しう)、死んだ後に次の生を得るまでの期間を中有 若しくは中陰と呼び その期間は四十九日間とされました。インドに於ける輪廻の思想では 故人の没後 四十九日目に次の六道中(天界道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のどの世界に生まれ変わるかが決まると考えられて居り、生まれ変わり先を決める為の審判が七日毎に行われ、生前の罪が裁かれますが、罪が重いと魂を清める為に地獄道に落とされます。但し ご遺族の読経の声が審判官に届く事により その罪は赦されるとされて、七日毎に行われる審判に合わせて中陰法要を行う事と成りました。

 中陰の期間は 故人様の死の穢れが強い期間であるとされ、死穢が他の方々に移らぬ様 ご遺族は外出などを控えて 自宅に籠り謹慎するものとされます。これを 忌中と言います。四十九日法要が営まれ その終了と共に 忌明けとなり、生活は通常生活へ戻る事となります。

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返礼品とは

 今回は返礼品に付いて書かせて頂きました。

 返礼品とは 他の方から受けた好意に対する お礼のお返し品を指しますが、ご葬儀では 各種の返礼品が御座います。通夜や告別式の会葬者に対する 会葬のお礼としての”会葬返礼品”、香典を頂いた方への”香典返し”、法事などに於ける 参列者に対する お礼の”引き物”、通夜に参加して頂いたが 通夜振舞いには 出席されない方に対する 振る舞いの代りの”通夜返し”、そして 葬儀をお手伝い頂いた方々への”お礼”です。この返礼品は 供養品、あるいは 粗供養とも呼ばれ 主として 西日本地域で使われて居ります。尚 香典に対する 返礼品の金額は 3分返し(3分の1相当の品物を贈る)、若しくは 2分返し(半額相当の品物を贈る)が一般的です。又 横浜市内などの都市部では 香典返しは 通常の忌明けにお送りするのではなく、即日返し と呼ばれる 通夜・葬儀・告別式の当日にお返しするケースが増えました。

 葬儀では 各種の返礼品が用意されますが、これらを供養品とも呼びます。これは 仏教の葬儀においては 他者に布施をする事によって仏に徳を積み これを故人様に振り向ける べく供養をしますが、お手伝いを頂いた方々や 会葬頂いた方々に品物を振舞う事により、供養をする品 と言う事で 供養品と呼びます。通夜や葬儀の時に 会葬者へ食事、酒、菓子などを振舞うのは 故人様の滅罪を願って行われる布施のひとつで、故人様の供養につながるという考えから生まれました。又 葬儀・告別式の会葬者に 香典の有無にかかわらず振舞われた菓子などを 粗供養と言いますが、粗末な供養しか出来ませんが という謙った想いから生まれた言葉と考えられます。

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棺の歴史

 今回は棺(かん、ひつぎ)に付いて書かせて頂きました。

 棺とは ご遺体を納めて葬る為の容器を指します。”ひつぎ”には2通りの文字があてられます。一般的な使い方としては ご遺体をお納めする前のひつぎを”棺”と書き、ご遺体をお納めした後のひつぎを”柩”と書き表します。又 霊柩 という言葉は ご遺体が入棺された状態を表わします。

 日本に於いて 棺の歴史は古く、弥生時代には埋葬に当って棺が使用されて居りました。木製の木棺や 石造りの石棺が国内各所で発掘されて居ります。しかしながら 当時 棺を使用出来るのは 上流階級の極一部の人々だけでした。庶民の間で棺が使われ始めたのは 鎌倉時代からです。そして 江戸時代に入り 一般庶民の間でも 棺の使用が普及します。この時代は土葬が主流であり、場所を取らない為にも 屈葬により埋葬する為 桶型の座棺が使用されました。江戸時代には この桶型の棺を 亡くなると急いで作らなければならない為 早桶と呼ばれて居りました。又 地域によりましては 棺を表わす言葉として 舟 が使用される場合も御座います。更に 古くは 棺や柩を表わす言葉として龕(がん)という表現も御座いました。

 明治時代に入り 富裕階層の間で平型の寝棺が使用される様になり、火葬場の普及と共に 寝棺も普及して行きました。但し 特定の地域では 火葬炉が座棺用のものしか無い為、昭和40年代まで座棺が使われて居りました。

 現在の棺は 特別な場合を除いて 平型の 天然木棺、フラッシュ棺、布張棺の中の何れかをご使用頂く事と成ります。

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葬儀の祭壇とは

 今回は葬儀の祭壇に付いて書かせて頂きました。

 葬儀に於ける祭壇の位置図けに付いては色々な考え方が有りますが、宗教儀礼としての葬儀であれば 仏教であれば 仏を供養する事によって得られる功徳を故人様に振り向ける 事から 祭壇の中心は仏様の本尊であり、キリスト教では 故人様が地上での罪を許されて神のもとに召される事を 神に礼拝する事から 祭壇の中心は神となります、そして 告別式は 故人様とご遺族・会葬者の方々とのお別れが中心となりますので 祭壇の中心は 故人様のご遺体となります。現代では 葬儀式と告別式は同時に行われるのが通例となって居りますので、祭壇の中心は 御本尊と故人様が同時に祀られる形となって居ります。但し キリスト教では あくまでも祭壇の中心は神となります。勿論 無宗教葬の場合は 故人様が祭壇の中心にお祀りされる事と成ります。

 葬儀で用いられる祭壇を 葬儀壇とも言います。かって 葬儀は ご自宅での法要と 葬列を組んで 葬場 若しくは菩提寺に行っての法要と、二段階で法要が行われて居りましたが、現在では この二段階の法要が合体し、更に 告別式も加えられて 葬儀が執り行われます。従いまして 祭壇もその目的に合わせて変化致しました。葬列が組まれた当時の祭壇は 柩の前に野机と呼ばれる 小机を置き 白布で覆い その上に位牌、三具足、供物を乗せて その両側に供花や供物、そして 葬列で用いた野道具を式場後方に並べる という形で式場が設営されました。その後 時代の変化と共に 小机が大きくなり、仏壇の様に二段、三段と増えて行き、さらには 寺院の荘厳(お飾り)にならった白木の須弥壇が葬儀壇として備えられる様になりました。又 今日では 故人様のお人柄に合わせた 生花祭壇も流行の一つとなって居ります。

 尚 仏教に於ける祭壇としては 常設で仏像を安置するための須弥壇、仮設の祭壇として葬祭用の祭壇、御家庭に設置する仏壇、四十九日までの間 設置される中陰壇、お盆に設置する精霊棚(盆棚とも言う)などの祭壇が御座います。

   今回は以上です。

お位牌

 今回は位牌に付いて書かせて頂きました。

 位牌とは 仏教葬儀で死者の霊を祀る為に使われる木製の牌で、故人様の霊が宿る依代(よりしろ)であります。その起源は 霊の依代という古来の習俗と仏教の卒塔婆が習合したものであると言われます。位牌には 内位牌(白木位牌)、野位牌、本位牌、寺位牌などがあります。位牌の表には 戒名(法名、法号)が書かれ、裏には 俗名(本名)と死亡年齢、死亡年月日などが書かれます。位牌の数え方の単位には ”柱”が用いられます。

 内位牌は 故人様がご臨終後 直ぐに製作される白木の簡素な位牌で 枕飾り・通夜式・葬儀式・告別式・中陰壇で使用されるべきものです。現在では 通夜式の前にご用意するのが一般的となりました。ご火葬を終えた後にご遺骨と共にご自宅へ持ち返って頂き、四十九日法要までの間 中陰壇にご遺骨と共にお祀りします。内位牌は 四十九日法要までにご用意する本位牌に御霊を移した後、菩提寺で焚き上げられます。

 野位牌は 内位牌と同様の白木の位牌で、墓石に文字が刻まれるまでの間 お墓にお祀りする位牌です。

 本位牌は四十九日法要以降、ご自宅の仏壇の二段目に安置する位牌です。伝統的なものとして 漆塗り やカシュ―塗装に金箔・沈金・蒔絵が施された 塗位牌、黒檀 紫檀等に透明や半透明の塗装をした唐木位牌などが御座います。又 本位牌には 夫婦など二名以上の戒名が記された 札位牌や、多数の薄い木の札が重ねて納められる様にした箱状の繰り出し位牌なども御座います。一枚に一人の戒名が書かれ、祥月命日や月命日などにその方のお札を前面に繰り出してお参りします。

 寺位牌は 本位牌の他に 菩提寺や本山に供養の布施と共に納める位牌で、位牌堂や本堂内に安置され、朝夕の勤行の際に供養されます。

 尚 浄土真宗では 原則として位牌は用いません。代りに 法名軸、あるいは 過去帳が用いられます。

   今回は以上です。

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